2008年1月9日水曜日

いわゆる、ディグリー・ミル

ちょうど2週間ほど前になりますが、12月27日、文部科学省は、7月から9月にかけ、短期大学を含む全国の国公私立大学約1千校強を対象に実施した「真正な学位と紛らわしい呼称等についての大学における状況に係る実態調査」の集計結果を発表しました。

調査結果はようやく1月9日に文部科学省のホームページで公表されました。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/19/12/08010803.htm

事が事だけに、夏に行われた調査の結果公表がこの時期になったのはそれなりの理由があったのかもしれませんが、お正月休みに入る直前のプレスリリースは、反響の大きさを想定したお役所特有の戦略だったのかもしれません。

ニセ学位で採用・昇進 全国4大学で4教員 文科省調べ


出所が疑わしい「ニセ学位」をもとに04~06年度に採用されたり昇進したりしていた教員が、全国の4大学に4人いたことが27日、文部科学省の初めての調査でわかった。同省は全大学・短大に厳正な対応を求める通知を送ったが、関係者は「判明したのは氷山の一角」として、追加調査の必要性を指摘している。

欧米や中国などには、ニセ学位を発行する「ディグリー・ミル」(学位工場)と呼ばれる組織がある。国内でも、インターネットなどで入手したニセ学位を示して大学の教員に採用されたり、教員採用後に経歴の箔(はく)付けで入手したりするケースも出ている。

このため文科省は7月、すべての大学・短大1195校を対象に初の調査を開始。その結果、04~06年度にニセ学位を重要な判断要素として採用または昇進させたケースが、国立の大分大と私大3校で見つかった。大分大は工学部の准教授の採用を取り消した。

また、大学案内などの教員紹介欄にニセ学位を表示していたケースも、熊本大など国立大10校、公立大4校、私立大28校、私立短大4校の計46校(計48人分)あった。文科省は「非公表の前提で調べた」として、大学名や、学長や教授などの職名を公表していないが、大分、熊本両大は自主的に公表した。

教員らが「本物」と信じているケースもあり、「偽物」と承知したうえで記入した者は特定できないとしている。

ニセ学位に詳しい静岡県立大の小島茂教授(国際社会論)の話 
文科省が調査したこと自体が、大学に緊張感を持たせたので貴重な第一歩だ。しかし、関係者の間ではニセ学位で採用された教員は数十人はいるとされており、今回の判明分は氷山の一角。文科省は今後、米韓のように大学や教員の名前を公表し、社会的制裁を加えることを検討すべきだ。(2007年12月28日 朝日新聞)


今回の調査では、「認定リストに掲載のない機関が供与した呼称」を有していることが、採用・昇進にあたって、重要な判断要素となった事例は、国立大学1校、私立大学3校の計4校(4名)という結果でした。このうち、国立大学の1校については、昨年10月に事態が発覚し、報道でも大きく取り上げられました。

大分大 准教授との契約解消 非公認大学から「修士号」


大分大学は18日、工学部福祉環境工学科に所属する50代の外国人男性准教授が、採用条件の修士号を取得していなかったとして、雇用契約を取り消すと発表した。准教授は米国の公的認定機関が正規の大学と認めていない教育機関から「修士号」を得ていた。

同大は、懲戒処分にしない理由について「学歴詐称の積極的な意図が認められない」と説明。本人も「正規の学位ではないという認識はなかった」と話しているという。准教授は2000年に米国の教育機関から修士号を取得したとされるが、在籍はわずか3カ月。

05年の採用時に選考委員を務めた江崎忠男工学部長は、資格審査の調査を怠ったことを認めた上で「当時は非公認大学があるという認識はなく、チェックできなかった」と釈明した。

准教授は問題が学内で発覚した後の今月16日、退職願を提出した。西日本新聞の取材に対し、准教授は「何も分からない」と話した。

文部科学省は非公認大学の学位をめぐる問題が表面化したため、今年7月、実態調査を指示。同大は米国領事館などを通じて公的認定機関によるリストなどを調べたところ、准教授に学位を授与した機関は非公認だったことが判明した。

同省高等教育企画課は「採用時に見逃したとすれば(確認作業の)慎重さを欠いていた」と話している。(2007年10月19日 西日本新聞)


我が国でもここ数年問題視されてきたいわゆる「にせ学位」問題ですが、国立大学の教員採用時の重要な判断材料として使われたということで事が深刻化し報道も大きく取り上げることになったようです。

調べてみるとこの問題、実は政府レベルではその対応策について随分前から検討されていたようです。文部科学省のホームページによれば、平成15年11月に「国際的な大学の質保証に関する調査研究協力者会議(第3回)」という会合が持たれ、議題の一つに「ディプロマ(ディグリー)・ミル」が取り上げられています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/024/siryou/04010803/006.htm
具体的な論点は次のとおりです。
  • ディプロマ・ミル等問題をどのような観点から対処する必要があるか。
  • ディプロマ・ミル等問題に対し、どのような対処が必要か。
  • 高等教育の品質維持及び消費者保護の観点から、具体的にどのような情報項目の整備が必要か。

さらに、今年2月には、国会(衆議院予算委員会第四分科会)においても議論され、民主党からの質問に当時の伊吹文部科学大臣や担当局長が答弁しています。

こういった状況を背景として、文部科学省も重い腰を上げざるを得なくなり、昨年7月の調査の実施に乗り出したのでしょうが、上記国立大学の「にせ学位」保有の事実は、この文部科学省から指示された調査の過程で大学自身が確認したもののようですし、調査の結果、多くの大学がこの問題に関与していた事実が国民の前に明らかになったことは、「高等教育の質の保証」という大きな使命を担う大学にかなりの緊張感を与えたという意味ではある程度の効果があったのではないかと思います。

しかしながら、大なり小なりこの問題に関与した大学、あるいは「氷山の一角」という報道の言葉を信じるならば、全ての高等教育機関は、今回の文部科学省による調査結果の公表をもってこの問題を忘れ去るのではなく、この問題が与える社会的影響、つまり、にせ学位を有している無資格者を大学の教育者として採用し、多くの学生に教育を行う行為が、いかに我が国の高等教育に対する著しい信頼低下をもたらすことになるのかについて真摯に考えてみる必要があるのではないかと思います。

そして、仮に過ちを犯していることが事実となった場合には、責任の所在を社会が納得のいく形で明らかにし関係者の厳正な処分を行うとともに、深い反省に基づいた具体的かつ実効性のある再発防止策を社会に対し明確に説明すべきだと思います。特に、国民の税金によって生かされている国立大学は当然の責務だと認識すべきではないでしょうか。