2008年6月4日水曜日

財政審は国民に夢を与える議論ができないのか

昨日(6月3日)、財政制度等審議会(以下「財政審」)は、「平成21年度予算編成の基本的考え方について」と題する建議を財務大臣に提出しました。(財政審の建議について取り扱うのは今回で2回目です。1回目:http://daisala.blogspot.jp/2007/11/blog-post_5702.html

財政審の建議は、例年、財務省の主張を忠実に反映した厳しい内容で埋め尽くされているわけですが、特に今回は、教育予算に関し、文部科学省とのいわゆる「対GDP比の議論」が目下山場を迎えていることも影響してか、財務省の反論が露骨に書き込まれています。見方によっては、財務省の省益優先の考え方を公の審議会をツールとして利用し国民に訴えているようにも見えなくはありませんし、今回の書きぶりは少々冷静さや品格に欠けたものではないかという気が個人的にはしています。

いつもながら不思議に思うのは、財政審は、各界の様々な立場の有識者で構成されており、我が国の将来発展の基盤となる健全な財政運営に関する議論を行う場であるはずなのですが、公表されている審議会の議事内容や今回のような建議からは、多様な意見や考えをうかがい知ることがなかなかできません。財務大臣の私的諮問機関という位置づけ、あるいは審議会委員の選定の仕方に要因があるのかもしれませんが、もう少し透明性のある運営を行うべきではないかと考えますし、財務省の役人が用意したシナリオどおりの議論だけではなく、国民の目線で議論をすることにも配意されてもいいのではないかと思います。


以下に、財政審建議に関する記事と、建議に書かれた高等教育関係の抜粋をご紹介します。

財政審、歳出削減路線の堅持を 09年度予算で建議 (2008年6月3日 共同通信)

財政制度等審議会(財務相の諮問機関)は3日、2009年度予算編成の基本的な考え方を示す建議(意見書)を額賀福志郎財務相に提出した。社会保障や教育など各分野で予算増の圧力が高まる中で、小泉政権以来の歳出削減路線の堅持を要請。高齢化で膨らむ医療や年金負担の財源として、消費税率引き上げを含む税制抜本改革の早期実現を訴えた。

建議は、国と地方を合わせた長期債務残高が08年度末には778兆円に達する見通しについて「金利上昇で利払い費が増加し、財政赤字が拡大する懸念がある」と危機感を表明。11年度までに基礎的財政収支を黒字化するだけでなく、債務残高を「経済の身の丈にあった範囲」に抑制すべきだとの考えを示した。

記者会見した西室泰三会長(東京証券取引所グループ会長)は「このままでは国の悲劇を招くのは確実だ」と述べた。

建議は、文部科学省が数値目標を掲げて教育予算の大幅拡充を求めていることを「意味がない」と厳しく批判、教員の増員や給与増額といった要求もはねつけた。


「平成21年度予算編成の基本的考え方」 (財政審建議 高等教育関係抜粋)

■文教予算について

(総論)

1 教育の体質改善の必要性

教育の質をより高める観点から、教育改革を行う必要があり、我が国の公教育の信頼確保のためには、
  • 校長等による学校経営の改善、教員の授業等への集中などによる教育資源の有効活用
  • 家庭や地域住民の参画による開かれた学校づくり
  • 政策の客観的な評価・検証によるPDCAサイクルの構築
といった教育の体質改善を行うことが重要である。

2 「投入量」目標から「成果」目標への転換

政策の遂行に当たっては、目標を明確に設定した上で、その成果(アウトカム)を客観的に検証し、新たな取組に反映させるPDCAサイクルの実践が不可欠である。しかしながら、教育分野においては、予算や教員数といった投入量により評価を行ったり、その拡充を目的化したりする傾向がみられる。
国民の関心は教育による成果であって投入量ではない。また、成果目標が不明確であれば評価や検証ができず、投入量が目的化すれば現状肯定に陥って、教育の改善が望めない。したがって、教育施策の目標を「投入量」から「成果」へ転換することを強く求めたい。

3 教育予算対GDP比の議論

教育振興基本計画の策定をめぐっては、我が国の教育予算対GDP比がOECD平均より低いことを理由に、OECD平均を目指して量的拡大を行う必要があるとの指摘がある。しかしながら、これは、まさに前述のように投入量の拡充を目的化するものである。また、教育予算対GDP比の多寡は、その国の児童・生徒・学生数や政府規模などによるところが大きく、その平均を目指すことに意味はない。
実際、我が国の児童・生徒・学生一人当たりの教育支出(予算・私費負担)のみならず教育予算は主要先進国と遜色ない。こうした中、我が国の教育予算対GDP比をOECD平均に引き上げることで、児童等一人当たり教育予算をOECD平均の1.4倍にしなければならないという合理的な理由は見出し難い。
しかも、政府規模を勘案すれば、我が国の教育予算は、主要先進国に比べ高い水準とも言える。

(高等教育予算)

1 国立大学法人運営費交付金の配分方法の見直し等

国立大学法人については、国際的に競争力のあるナショナルセンターを目指す大学から地域の教育等を担う大学まで、各機能・分野別に再編・集約化を行い、国からの助成も集中と選択をより徹底する必要がある。
平成20年度(2008年度)中に行われる中期目標期間の業務実績評価において、機関別評価だけではなく、各大学の学部・研究科ごとの水準と達成度の相対評価が明確になるよう厳格に実施・公表すべきである。
平成22年度(2010年度)以降の第2期中期目標・計画期間における国立大学運営費交付金の配分ルールについては、これらを念頭に、大学の成果や実績、競争原理に基づく配分が確実に行われるよう見直すべきである。
国立大学の授業料は、標準額の1.2倍を上限に、その範囲内で各大学が自ら設定することができ、増収分は自己財源として使用できることとなっているのにもかかわらず、全大学・学部で一律横並びの状況が続いている。各大学が目指す経営戦略に基づき提供する教育・研究内容の質に応じて設定するべきである。

2 私学助成の配分方法の見直し

中央教育審議会における大学関係者による提出資料において「社会からの負託に応えられない大学が淘汰されることは不可避」とした部分は傾聴に値する。学生数が減少を続け、定員割れが全体の4割に上っている私学においては、教育内容も含め戦略的な経営の在り方を早急に構築していくことが求められる。このため、歳出削減を緩めることなく、経営の効率化や戦略の明確化に資するような配分を推進する必要がある。

3 高等教育費における私費負担の議論

我が国の高等教育費にかかる私費負担については、その軽減が必要であると指摘されることがある。しかしながら、我が国の高等教育を受けた人の割合は主要先進国の中で最も高い水準であるなど私費負担が教育機会の確保に大きな障害となっているとは言い難い。そもそも高等教育費の私費負担の多寡については、
  • これを税で賄うか授業料で賄うかという国民負担の在り方の選択に関わる問題であること。
  • 我が国の国民負担率が先進国の中で最低レベルであること。
  • 高等教育の便益のほとんどは学生個人に帰着するものであること。
を考え合わせれば、これだけを論じることは適切ではない。

4 奨学金事業の見直し

奨学金事業については、「11月建議」において指摘したとおり、「能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講ずる」という教育基本法の目的から乖離しつつあり、その在り方をよく考える必要がある。
特に、有利子事業で、3%の金利上限を付していること等については、今後の金利上昇に伴い、他の高等教育予算を大きく圧迫する可能性があることから、早急な見直しが必要である。
滞納については、貸与人員の拡充もあり、大幅に増加し平成18年度(2006年度)末で2,000億円(3か月以上の滞納額)を超える水準(要返還債権に占める割合7.3%)となっている。しかしながら、回収努力は十分なものとは言えない。日本学生支援機構に対しては、迅速かつ的確な現状把握と、責任を持って厳格な回収に当たるよう厳しく求めたい。その際、同機構においては、「11月建議」でも指摘している法的措置の強化、民間委託の推進、機関保証の健全な運用のほか、学生の教育にあたった大学の関与や学生が就職した企業の協力を求める手法も検討すべきである。

(今後の教育予算の在り方について)

「基本方針2006」における教育予算の方針は、一律・機械的に配分している機関補助を削減し、より政策効果の期待できる競争的なメカニズムに移行させていくとともに、教育の質を高め、教育の再生に資する取組に対応しようとするものである。
こうした方針を堅持し、「基本方針2006」に則った教職員人件費、国立大学法人運営費交付金、私学助成のスリム化と配分方法の大胆な見直しによってメリハリ付けを一層強化していく必要がある。

■科学技術予算について

科学技術予算については、これまで一貫して伸び続けており、科学技術振興費は過去20年間で3倍以上に増加している。しかし、財政事情が一層厳しさを増す一方、国家基幹技術等の大規模なプロジェクトの運営費が今後も財源の多くを消費する中、新たな公的投資の量的な増大にはおのずから限度がある。
こうした状況にかんがみれば、新規の大規模事業の抑制やスクラップアンドビルドが不可欠である。また、民間を含めれば対GDP比で主要国随一の規模にある我が国の既存の研究開発投資を最大限に有効活用し、国民が期待する成果を実現するため、以下に述べるような研究開発システムの改革を進めていく必要がある。
まず、研究開発の要である研究人材について、任期制の拡大や、若手の積極的な登用等を通じて流動性・競争性を高め、その質の向上を図るべきである。
また、大学においては、米国や英国の大学のように、民間や非営利団体からの研究資金の導入や自己収入増大の努力を一層推進すべきである。
さらに、研究資金を効率的に活用するため、実効性ある不正対策や、繰越制度の適切な活用といった実務的な取組も重要である。
そして、研究開発の成果(アウトカム)に係る政策評価の充実や、総合科学技術会議における優先度判定の更なる厳格化により、予算配分のメリハリ付けを一層強化していくことが求められる。

建議本文
http://www.mof.go.jp/singikai/zaiseseido/siryou/zaiseia/zaiseia200603/zaiseia200603_00.pdf

先日参加したシンポジウム*1に、パネリストとして出席されていた文部科学担当の財務省主計局主計官は、「我が国の国と地方を合わせた長期債務残高(借金)が約800兆円もある中で、教育予算をこれ以上増やすということが果たして許されるのか。将来を担う子ども達に多額の借金を残すことを考えると涙の出る思いである」と饒舌な演説を行われました。

確かに800兆円という借金は、今後この国の財政運営の健全性を取り戻すためには、必ず減らしていかなければなりません。しかし、800兆円という多額の借金を作り続けてきた、作ることを許してきた責任官庁はそもそもどこなのでしょうか。そしてその責任ある財務省の予算作成責任者が、「借金返済のためには、この国の将来を支える人材を育てるための予算の確保は必要ない」と、堂々と言ってのける姿、その無責任さには正直言って愕然といたしました。

この国が生きていくための財政需要は多様かつ膨大であり、財務省の方々が、その財源の確保をどうするかという極めて難しい課題に直面していることは、国民一人ひとりが十分に理解しなければならないことだと思います。しかし、我が国の財政運営を担う政策担当責任者の一人であるならば、「多くの借金があるのだから、こぞって我慢するのが当然だ」ではなく、「多くの借金があり厳しい財政状況ではあるけれども、今我が国が置かれた内外の状況に照らせば、このような財政出動のプライオリティがあり、そのためには、こういった工夫や改善が考えられる」といったわかりやすい具体的な政策提言を国民の前に示すべきではないかと思います。

最後に、財務省の意向に沿った財政審の運営が行われている現状を前提として申し上げるならば、財政審の建議は、例年、現状批判・非難に終始しているような気がします。もう少し国民が将来に向かって夢を抱くことのできるような議論とその結果である建議であってほしいと心から願っています。


*1:「経済社会の将来展望を踏まえた大学のあり方」:http://daisala.blogspot.jp/2008/05/blog-post_30.html