2008年6月5日木曜日

国立大学の目指すべき方向

このたび、国立大学協会は、「国立大学の目指すべき方向-自主行動の指針-」(以下「指針」)を策定しました。

まだ、社会に公表されている段階のものではないようですが、教育振興基本計画の閣議決定を目前にした政府内での攻防が山場を迎えている今こそ、国立大学の存在価値と将来の展望について、国民の皆様の理解を得る必要があるのではないかと考え、今日は指針の概要をご紹介したいと思います。

指針には「提案の趣旨」として次のような記述があります。
  • 指針を提案することにしたのは、各国立大学が第2期の中期目標・中期計画を策定するに当たり、あらためて国立大学としての使命と役割を確認すると同時に、各大学がそれぞれの特徴を生かし、個性的で存在感のある大学として発展するための基本的な方向を示すことに意義があると考えたからである。
  • 指針は、大学の個性化・機能分化が大きな流れであることに鑑み、国立大学セクターとして求められている共通の役割に加え、各国立大学が、自らの将来を展望し、自主的な行動計画を策定するための基本的な方向性を「指針」という形で示すことにしたものである。

また、指針には、このたびの財務省と文部科学省の「対GDP比の議論」に触れる形で次のような主張が記述されています。

国立大学を取り囲む環境は大変厳しく、特に国の財政事情は逼迫の度を深めている。しかし、そのことを最大の理由に挙げ、高等教育費に対する政府支出のGDP比が先進諸国で最低水準であることを合理化することは、それこそ高等教育の国際的通用性を財政基盤から危うくすることに繋がる。このことの理不尽さを国民各層が実感を持って理解するためには、大学、とりわけ国立大学が21世紀を切り開く高等教育機関としての信頼性を確立することが何よりも重要である。

「指針」は、直接的には、国立大学の自主行動計画策定のためのガイドラインであるが、同時に、国民各層の期待に応えるための国立大学の「行動宣言」でもある。各大学において真剣な議論と責任ある行動が展開されることを願っている。

それでは本文(概要)をご紹介します。
現在、各国立大学は、平成22年度から始まる第2期中期目標期間(6年間)における事業計画である中期計画の策定に向けた準備に余念がありません。計画を策定するためには、各大学の理念に基づく個性の発揮などを核とした経営戦略の策定が必要です。今回の「指針」は、まさしくその経営戦略策定のベースとなることでしょう。


■概要前文

希望を持って迎えたはずの21世紀に待っていたのは、グローバルにも国内的にも様々な難問を抱え、混沌とした社会であった。
あらゆる面で改革が必要とされ、教育もその再生が叫ばれている。
世紀の変わり目とともに法人化され、高等教育の重要な一翼を担う国立大学に対して社会が求めている「公共性」とは?
それに応えるべく国立大学の目指すべき方向性は?
これは21世紀の社会に向かって、まなじりを決した国立大学の「行動宣言」である。


■国立大学の果たしてきた役割と課題

大学は近代国家の形成過程において、人類が作り上げてきた知識体系を押し広げ、それを普及させることで社会的な富の源泉とし、社会進歩の原動力としてきた。このことから大学は公共性を担うものと位置づけられて、その発展に国家が大きな役割を果たしてきたのである。

20世紀後半になり、国民経済が成長し、大学進学者が増加すると、大学の公的性格だけでなく、個人が得る利益に注目が集まるようになった。欧米とは異なり、日本の高等教育は私立大学のシェアが80%近いという、世界でも稀な構造を持っており、私立大学も公教育機関であるため、国立大学の持つ公共性とは何かが問われるようになってきた。

戦後の高等教育の歴史を紐解けば明らかなように、第一次ベビー・ブーマーに対応した1960年代と第二次ベビー・ブーマーに対応した1990年代の大学の大衆化は、いずれも規制緩和と私学セクターの市場的行動に依存した。

その結果、大学は進学需要を満たすのに貢献したが、少子化の進行ともあいまって入試は選抜機能を失い学習意欲や基礎学力を十分備えていない学生が入学することになり、大学教育の質保証と説明が要求される時代に、大きな問題を投げかけている。大学の安易な市場化は、戦後日本の高等教育の発展を歪めてきたのである。

また、知識基盤社会への移行が一般化し、諸外国では政府が高等教育に対する財政投入を拡大するなど積極的な政策を進めているが、我が国においては、高等教育の公共性を担ってきた国立大学の役割を正当に位置づけない議論が見られ、経費削減の対象とみるような風潮もあるのは驚くべきことである。

もちろん、高等教育全体のバランスある発展にとって、設置形態の区別を越えて政府が財源提供を行うことは重要であり、一層の拡大が必要である。OECD諸国は90年代後半から高等教育に対する公財政の投入を拡大しているが、我が国のそれはほとんど増加せず、学生一人当たり高等教育費は急落した。我が国の高等教育の質と競争力を低下させるものとして深刻に考えなければならない。

特に、国立大学は、政府資金によって維持されることで、消費者の家計にのみ依存せず、先端的・創造的な基礎・応用・開発研究の推進、数量とも充実した教員による学士課程・大学院教育の実施、地域・産業との連携などを一体的に行い、我が国の高等教育システムにおいて、基幹的な役割を果たしてきた。

国立大学は、政府が政策的に設置して全国的視野での人材養成を行っている。また、科学技術を現実に支える人材は大学院修了者であるが、理工系修士の7割、博士の8割は国立大学が育成している。さらに各種の国際協力・連携を通じて、我が国が国際社会に貢献するのに寄与してきた。我が国の高等教育の質の維持、地域社会・国家社会の発展は、国立大学の強化発展なしにはありえない。

しかし、法人化により一般財源化された国立大学への運営費交付金が、国の歳出改革の対象となり、この運営費交付金を含めた高等教育への公財政投資の総額も毎年度削減されてきている。高度に少子高齢化が進展する我が国において、現在レベルのGDPを維持するには、高等教育による一層の高度職業人の養成や学術基盤研究の展開が不可欠である。成果の見えにくい人材養成や基盤研究を担っていくため、高等教育への公財政投資の増額が強く望まれている。

確かに近年、特別教育研究経費のような特定財源は増加し、科学研究費補助金をはじめとする競争的資金も増え、間接経費も措置されるようになった。しかし、一般財源である運営費交付金が効率化係数により毎年度削減され、基盤的な教育研究経費相当分は縮小して、硬直性を増し、全体としてみると国立大学の公的財源は減少し、特に地方の小規模な国立大学は極めて厳しい環境に置かれている。国立大学が前述のような役割を果たすためには、そのすべての活動の基盤として必要な財源が保障されるべきである。

他方、国立大学は、長らく国の文教施設であり、予算、定員、組織等などは独立して意思決定することができず、政府に依存する行動様式を醸成し、このことが「護送船団方式」と呼ばれる批判を生んできた。国立大学法人制度によって国立大学は自律性と責任が拡大し、各種の改革に取り組んできたが、まだ十分とはいえないことは率直に認めなければならない。

厳しい財政状況の下で、社会保障など国民生活を支える予算が緊迫している中、国立大学に公的財源が投入されていることの重みを受け止め、産業・経済、教育、科学技術、文化・芸術と地域住民の生活・福祉などあらゆる社会からの付託にこたえ、国立大学の使命と役割を再確認し、今後のあるべき姿を共通理解とするために以下の指針を策定するものである。


指針1 公共的性格の再確認と社会への貢献の明確化

高等教育は、学術研究、教育及び地域貢献を通じて、我が国及び人類社会の持続的発展に貢献する公共的な役割を持ち、政府が国立大学を設置・維持するのは、この公共性に由来している。国立大学の法人化は、大学が附属機関として政府の指示によるのではなく、自らの判断と責任において、直接国民全体の期待と負託に応える責務を課したものであり、公共的な役割を放棄して財政的利益を追求するためのものではない。

高等教育のこの使命を果たすために、国立大学は、次の点を確認し、努力する。

1 社会全体に貢献する公共的存在であることを明確にする

(1)高等教育機関の均衡ある地域配置とその要としての役割を堅持する
(2)将来世代に対する投資としての役割を強化する
(3)国際交流拠点として発展させる

2 高等教育の機会の保障や地域社会への貢献など公共的価値を実現する

(1)地域社会の文化拠点として位置づける
(2)平等な教育機会の実現を担う
(3)質的充実を伴った真のユニバーサル・アクセスの実現を目指す

3 教育システム全体の均衡ある発展に寄与する

(1)大学教育の質を保証するナショナル・スタンダードの役割を果たす
(2)地域連携の基幹としての役割を強化する
(3)高等教育全体の発展に貢献する


指針2 特色を活かした存在感のある個性的な大学の創生

我が国では、平成10年の大学審議会答申「21世紀の大学像と今後の改革方針について」以来、大学の個性化が叫ばれて久しい。公立や私立を含めれば1000近い大学が存在し、これらの大学・短期大学への進学率は今や50%を超え、高等教育はマス化の時代を通り越しユニバーサル化の時代にある。このような中、他の高等教育機関との差も不明瞭になり、個々の大学の個性の明確化が望まれている。一方、国際的に見れば、環境問題などのグローバルな社会問題の解決に向け、国際社会の協調的な取り組みが進められると同時に国家の競争力の源泉として、高等教育機関の国際的な競争が激化している。

1 各大学の多様な特色を活かした使命・目的を明確にする

(1)歴史・分野・規模を活かした使命・目的を再確認する
(2)特色に立脚した長期構想を制定する
(3)長期構想に基づく中期目標・中期計画を策定する

2 個性的な大学の実現に向けた改革・改善を継続する

(1)個性的な大学の実現に向けた活動を継続する
(2)教職員の意識改革を図る
(3)存在感の向上に向けた戦略を展開する

3 設置形態にとらわれない大学間の協力と連携・連合を推進する

(1)都道府県を越えて
(2)設置形態や法人形態の枠を越えて


指針3 質の高い大学育の提供と学位の信頼性の確立

質の高い大学教育は、基礎学力と知的好奇心のある学生に対して、研究能力が高く教育力にも優れた人間性豊かな教員が、適切なカリキュラム編成に基づく魅力的な授業を展開することによって可能になる。しかし、すべての条件が常に満たされるとは限らない。

大学全入時代の到来を控え、改めて大学は、自らの教育活動によって、教育の質の保証と学位の信頼性を確立することの必要性に迫られている。中央教育審議会大学分科会は、大学卒業までに学生が最低限身につけておかなければならない能力を「学士力」と定義し、知識・技能・態度・創造的思考力の4分野13項目を示し、あわせて、卒業認定試験の実施などを提案している。このような中にあって、国立大学には、常に一定水準以上の教育成果を確実に保証できる大学セクターとして機能することが強く求められている。

1 優れた研究活動を基礎とした教育内容を提供する

(1)教育力・研究力に優れた教員を確保する
(2)知的共同体としての意識を高揚できる教育を展開する
(3)グローバル化時代に活躍できる人材養成を目指す

2 学ぶことの意味と価値を実感できる教育内容を提供する

(1)進路意識に応じた多様な教育プログラムを整備する
(2)学生の動機づけを高める教育方法を開発する
(3)学生の進路保障につながる教育活動を展開する

3 国際的通用性のある教育システムを構築する

(1)教育目標を実現するのに相応しい教育組織を編成する
(2)基礎学力と学習意欲のある学生を受け入れる
(3)国際的通用性のあるカリキュラムを編成する

4 学位の質を保証する適切な評価システムを確立する

(1)単位制度の実質化を図る
(2)学習成果を測る適切な評価方法を確立する
(3)学士・修士・博士の各学位の期待値を明確にする
(4)学位審査の公正さ・透明性・妥当性を高める


指針4 ナショナルセンター・リージョナルセンター機能の充実

国際的な流動性の高まりと切磋琢磨の環境が進む中でも、国が設置者たる国立大学法人全体としての役割に変動がある訳ではない。国立大学の普遍的な役割として、世界レベルの競争に打ち勝つ「ナショナルセンター」としての役割と、地域の活性化に貢献する「リージョナルセンター」としての役割の二つがある。これまでも、国立大学は卓越した研究とそれを反映した教育により世界に伍する一方、地域を支える高度な専門職人材を育成する中核となると同時に、地域の知の拠点となってきた。これらの役割により、国立大学が我が国の高等教育を牽弓してきたとも言える。

しかし、すべての国立大学がこの二つの役割を完壁に備えることは必須ではない。各大学の機能分化と同じく、それぞれの大学において歴史的な背景や地域社会の状況などにも依存し、高い比重を占める役割には差があって当然である。また、大学全体がこれらの役割を担う必要もない。大学の中の特色ある分野が、一方の役割を担うこともありえる。これもまた、各大学の個性と考えられる。

今後も、国立大学法人全体としての使命は、まさにこれらの役割をより高度なレベルにおいて実現していくことにある。各国立大学では、自らの特色を生かし個性的で魅力ある大学であるためにも、各大学が自ら選択した機能の充実を図ることに努力し続けねばならない。

1 基礎的・基盤的研究活動の一層の活性化を推進する
2 全人類的課題解決に向けたプロジェクト研究を推進する
3 医療と人材養成などを通じて地域社会に貢献する
4 地域社会の活性化につながる知的・文化的拠点機能を充実する


指針5 大学の活性化を目指したマネジメント改革

大学が法人格をもつということは、大学が自律的な経営体として機能することであり、大学の諸活動についての権限と責任を明確にするということである。とりわけ、管理運営の最終責任を担う学長の職責は重く、教職員の代表であると同時に、経営トップとしてのリーダーシップ機能が強く求められる。個性豊かな存在感のある大学として発展するためには、的確な現状認識の上で目指すべき方向を明確に定め、構成員が一致協力して目標実現に向けた努力を重ねるとともに、活動の結果を適切に評価し、それを改革・改善に繋げるPDCA(Plan-Do-Check-Action)を活かした創造的マネジメントが期待されている。

1 自主性と自己責任を基軸とした戦略的経営を行う

(1)戦略的経営目標と整合性のある中期目標・中期計画を立てる
(2)目標の実現につながるよう諸資源の効果的な投入を行う
(3)自主性・自律性を高める財政基盤の安定化を図る
(4)リスク管理システムを構築し大学の社会的責任を果たす

2 大学の活性化につながる柔軟で効率的な大学運営を行う

(1)教育研究の活性化につながる管理運営を行う
(2)意思決定の迅速化、管理運営の効率化を図る
(3)創造的な大学経営を担う人材の養成を行う

3 大学の諸活動の透明性を高め説明責任を果たす

(1)開かれた大学として社会への積極的な情報発信に努める
(2)活動全般に対する適切な評価・改善システムを構築する
(3)社会規範に沿った学内ルールを定め構成員に周知徹底する


■財政基盤の安定化を図るための制度改革の必要性

大学の自主性・自律性を高め、思い切った経営戦略を展開するためにも、財政基盤の強化は何よりも重要である。基盤的経費の確保・増額について政府に強く求めると同時に、下のグラフ(略)からも明らかなように寄附文化が未だ定着していない我が国において、民間からの寄附等、大学への民間資金の流れを容易にするための税制改正など、諸制度の改革を引き続き求めていかなければならない。また、大学としても最大限の経営努力を行い、自主財源の確保・拡充を図る必要がある。