2008年8月1日金曜日

幹部事務職員の行動を変えるには

大学の経営力強化に今や不可欠となった事務改革。中でも先頭に立って改革を推進すべき幹部事務職員のポジティブな意識や行動は極めて重要であり、引いては多くの事務職員のモチベーションにも大きな影響を与えるものです。

幹部事務職員は、大学改革のキーパーソンと言っても過言ではなく、これからの時代を読み、社会のニーズを的確に捉え、自らの意識改革や職能開発に寸暇を惜しまない努力を傾注すべきでしょう。

しかしながら、現実は、幹部事務職員のあるべき姿と実態との乖離は予想以上に大きく、近視眼的なセクショナリズムや組織防衛により、改革は一向に進まず、進まないどころか、自分で仕事を「しない」あるいは「できない」、さらには、改革に積極的なやる気のある有能な部下達に仕事を「させない」といった無能な幹部事務職員が多すぎるような気がします。

今ほど、事務職員の職能開発の重要性や在り方が問われている時代はありません。大学や各種職能団体が行うSD(スタッフ・ディベロップメント)活動や大学院教育など多様な能力向上のための手法を活用した取り組みが求められる中、現場の日常業務において、上司と部下、先輩と後輩という関係を通じた研鑽、いわゆる「OJT」は今後も最も重視される能力開発の機会ではないかと思います。

その「OJT」を有効に機能させていくためには、上司や先輩に当たる幹部事務職員自身が十分な資質を身に着けておくことが何よりも重要なことではないでしょうか。

この日記でも既にご紹介をしましたが、放送大学で今年の4月から開講されている「大学のマネジメント」などは、幹部事務職員として身に着けなければならないスキルではないかと思います。幹部という立場にあぐらをかき、上司の命を部下に丸投げし、おいしいところだけを部下から奪うような人間としては失格者にだけはなりたくないものです。


さて、今日は、独立行政法人日本スポーツ振興センター理事(前東京大学理事)の上杉道世氏が自らの経験を基に書かれた「幹部職員の行動をどう変えるか」(文部科学教育通信 2008.5.26 No.196)をご紹介したいと思います。

1 大きな世代間のギャップ

官民を問わず長く存続している組織では、世代問のギャップが上司と部下のギャップと重なり、共通の悩みの種となっている。特に国立大学法人にあっては、古きよき公務員時代に過ごしてきた古い世代が幹部となっているのに対し、この10数年に採用された部下の世代には意欲と能力のある人材が多いことが各大学共通の傾向である。

私は若手職員としばしば意見交換をしてきたがその中で「もちろん自分たちは改善に取り組みたいのだけれど、上司が動いてくれない」という悩みを聞くことが多かった。露骨に言えば「何であんな幹部としての役割も果たせないような人たちが幹部になっているのか」という苦情である。私は「幹部の責任だと愚痴を言う前に自分たちでできることはやっていこうよ」と呼びかけてきたのだが、実は確かに当たっていて、今の大学職員の大きな弱点は幹部にあると思っていた。

組織変革のポイントは幹部の行動を変えることであるが、旧来の組織での成功体験を持ち、意識が硬直している幹部たちを変えるのは至難の業である。逆に言えば、幹部の行動を変えることができれば組織変革は大きく進むということである。

2 「幹部職員行動指針」の作成

それでは、幹部職員に求められるものは何だろうか。
東京大学で「幹部職員行動指針」が幹部職員自身の手でまとめられ、大変示唆に富んだ内容となっている。その資料に即してポイントを概観してみよう。

まず、幹部職員の心構えとして次の7点が挙げられている。この7点は、現在試行中の新しい評価システムの評価の観点と同一となっている。

1)方針・目標の策定

幹部職員として高い視点を持ち、その視点を明確な方針として具体化する。また、その方針を部下や関係者が納得するような形で浸透させる。

2)状況の構造的な把握と対応策の企画

組織を取り巻く状況と、それが組織全体にとってどのような意味や価値を持っているかを正確に把握・理解する。また、その状況にどのような働きかけをすればよいのかを企画する。

3)リスクマネジメント・組織コンディションの維持

冷静かつ客観的な姿勢を保ち続ける。また、いつ何が起こっても即応できるような体制を作り上げる。

4)判断・決定

明確な根拠を持った、タイミングよい判断を下す。また、実行すべき方策や、遂行体制などについても、それが現実的か、実行可能かを間違いなく判断する。

5)組織統率

組織の中に相互信頼関係を作り上げ、チームとしてまとめ上げる。また、チームワークを向上させ、チームとしての総合力を高める。

6)部下の育成・管理

部下に気づきを与え、業務を通じて計画的に部下の業務遂行能力及び人間性を高め成長を図る。また、必要に応じてしっかりと誉め、また叱るなど、部下のモチベーション(動機)の高揚に努める。

7)業務改善の推進

業務に関して問題点、改善点が無いかを掌握し、改善点を見いだした場合には積極的に取り組み、業務の省力化や費用対効果などを念頭に置いた業務改善を心がける。

幹部職員に必要な知識としては、大学経営のための知識、人事・労務管理のための知識、危機管理と行動規範遵守のための知識、大学全体・社会情勢に関する知識が挙げられている。

幹部職員に求められる資質・能力として、次の6点が挙げられている。
  1. 高い倫理観と価値観
  2. 組織を導く構想力や先見性、感性、特に企画立案能力、イニシアティブ・リーダーシップ、折衝・調整能力
  3. 様々な状況に適応する能力、特にプラス思考、変化・ストレスの中で自らを変革・適応させる能力
  4. 人材を育て、組織を育てる能力、特にマネジメント能力、人材育成能力
  5. 優れた判断能力と勇気ある決断力、特に分析思考力、判断能力、柔軟性・軌道修正能力
  6. 自己研鑽、特にチェック能力・情報収集能力、プレゼンテーション能力、語学力
資料では、これらのポイントの記述とともに実例に即した豊富なコメントや説明が記述されている。幹部職員が座右に置いて、ことあるごとに眺めると何かのヒントが得られる資料となっている。

3 鍛えられた幹部職員を育てる

私は法人化目前の東京大学に着任した時、多くの幹部職員の状態を見て大変な危機感を持った。それ以来、次々と幹部職員を刺激する試みを行ってきた。

まず、学内からの課長・事務長登用は学内公募による競争試験を経ることにした。面接でどのような幹部になるかをプレゼンテーションさせ、論文で文章力を試した。年齢・経歴が高くても力不足のものは登用せず、女性と若手の登用を進めた。法人化後、学内から登用された幹部は全員学内公募の試練を経た者であり、活発な人が増えている。

毎年職員人事について部局長と意見交換をし、その際に事務幹部への注文や評価を聞いた。その中で私が納得できるものについては人事異動に反映し、誉められた者や苦情を言われた者には私の表現で本人に伝達するようにした。他大学の理事・事務局長からは、御用聞きみたいなことをするのかとからかわれたが、まずこちらから行けば次は部局長が来てくれる。事務担当理事と部局長の間で対話型のコミュニケーションができていることが大切であって、それがあれば事務幹部は統制できる。

毎月1回、途中からは月2回、本部の部課長と部局の事務(部)長60人余りの事務長会議を行っていたが、当初は本部から部局への伝達に終始していた。

それではつまらないので、私は毎回冒頭に時間をもらい、学内外の情勢や取り組みの考え方・ポイントなどを率直に話すようにした。事務(部)長からは順番に各部局での改善の取り組みの状況を発表してもらったり、各役員や企業等から来てもらった幹部に次々と講話をしてもらったりした。アクションプラン作成時には、小宮山総長を囲んでの事務長合宿もやった。

業務改善の提案募集や組織のフラット化や新しい評価システムの導入に際しては、幹部職員の重要任務として人事管理と業務管理があること、どの改善の取り組みを取り上げても上司の役割が決定的に重要であることを繰り返し訴えた。どんなによい仕組みを作っても上司としての幹部職員がそれを生かすように行動しなければ生きて機能しないのだ。

このような取り組みを経て、平成19年度の事務長会議メンバーによる業務改善ワークショップとしてグループワークによる幹部マニュアルの作成を提案したところ、グループごとに自主的な会合や資料作成が進められ、上述の「幹部職員行動指針」が作成された。幹部職員自らが「我々はこう行動する」と宣言したわけである。

資料の内容とともに作成プロセスが貴重であり、私は幹部職員自身がこのような資料を作成できる状態になったことが東京大学の変化の一つの表れだと評価している。