2010年5月18日火曜日

国立大学法人の中期計画

国立大学法人の中期計画 (日本福祉大学常任理事 篠田道夫)


中期目標と中期計画の関係

4月より、2010年度からの新たな中期目標、中期計画がスタートした。法人・大学が達成すべき中期目標は、文部科学大臣が定める。これに対し、その達成のための具体的な方針である中期計画は、各法人が定める。これが6年間の法人の進むべき道筋を指し示すものであり、これに基づいて評価され、資源配分の基準ともなる。その意味で、法人運営の根幹である。

しかしこれは、法人化にあたっての大きな論点の一つであり「文部科学大臣は、中期目標を定め、またこれを変更しようとするときは、あらかじめ国立大学法人等の意見を聞かなければならない」と明文化することで決着したいきさつがある。

大学の側から見ればこれまでの強い管理や制約から各大学の個性に見合った自由な運営に転換したいところだし、国からみれば、全体改革推進のための目標を定め、評価・管理すること、そのための自律的管理体制の確立だということだ。しかし、国の政策目標達成の対象とすべき目標設定と大学内部の教学運営にかかわる目標設定とは自ずと異なり、あらゆる事項を目標管理の対象とすべきではないという意見は今でも根強い。


中期計画策定作業の改善

ただ、法人化スタートに当たっての、実際の計画策定作業は、中期目標の原案が示されてからわずか2カ月の猶予しかなく、至上命令である提出期限に向けて、目標項目に計画を当てはめていく作業にならざるを得なかったようだ。そのため、名前を隠せばどの大学の中期計画かわからない、とも言われるように、大学ごとのミッションや特性を鮮明に打ち出す点では不十分だった。当然、現場の実情や課題を良く分析し、大学構成員の知恵を集めて作成するという点でも限界を持っていた。しかも項目数は、最小でも70、最大で350にのぼり、それをさらに年度計画に落とし込んでいくと、膨大な量にならざるを得ない。それが評価作業に跳ね返って、膨大な資料と関連データの準備という悪循環につながっている。

このあたりが第二期の目標設定ではずいぶん改善された。文科省の「第二期の目標設計」によると、「一定の目標を設定し、これを達成すべく自律的な業務運営を行っていく」点で「中期目標・中期計画は大きな意義を有して」り、「大学の機能別分化も視野に入れつつ、それぞれのミッションに照らした役割を踏まえ」たものに改善していくと提起した。このため計画は、特色・個性化を図るべき事項を中心とし、すべての活動分野の記載は不要としたこと、「記載事項の例」を示さないことによって横並びを防ぐこと、項目数の目安を約100項目としたこと、大学全体の目標を中心とし、部局ごとの計画提示は精選すること、などとした。これにより第一期と比較して、1)各大学の個性化の促進、2)精選化により質の高い評価の実現、3)計画化や評価の作業量の軽減を目指す。本来の中期計画、戦略形成の方向に確実に前進していることが見て取れる。


計画に基づく先進的改革

しかし、限界があると言われた第一期の中期計画も多くの先進的側面を持っている。公開されている各大学のホームページで見ると、私学でもなかなか実施が難しい教員の任期制や評価制度の導入、あるいは学生の就職率など数値を掲げた目標設定がされているものも多い。さらには、キャリアセンターや学習相談センターの設置、学生の個人指導・援助の徹底や授業公開など改革の最先端を行くもので、決して私学の後追い、などと侮れるものではない。すべての国立大学が一斉に改革目標を掲げ、実践している状況は、明確な目標や計画を持つのが半数程度という私大と対比しても、想像以上に大きな力を持つことは確かだ。

年度ごとの国大法人評価委員会による経営計画達成度評価でも、総じて計画は順調に実施されているとのことだ。「特筆すべき進捗状況にある」と評価された法人も多く、例えば新潟大学では、学内の組織ごとに収入目標額を設定し、達成度に応じて翌年の予算を増減させる仕組みをつくり上げたとか、岐阜大学は、教員の定員管理をポイント制というものに移行をさせて、計画的な管理と圧縮を図る仕組みをつくったとか、教員の個人評価に基づいて選択定年制を導入するなど教員人事制度改革を実施した等。

また、九州大学は研究者の評価情報をインターネットで公開し、福井大学は若手教員に学内公募で配分する研究費枠を新たに設けるなど、いずれも先進的な改革を行い、優れた成果を挙げている。

先述の「第二期の目標設定」でも「学長のリーダーシップのもとで、法人化のメリットを生かして」改革が進み「教職員の新たな人事評価制度を構築し、評価結果を給与等処遇に反映させる」「先進的に財務分析を行い、その結果を法人運営の改善に活用する」「ITを活用して中期計画・年度計画の進捗状況管理や評価作業の効率化を先進的に実施する」など全体として成果を上げていると評価している。


目標達成を支える経営、財政計画

しかし、実際にこの計画なり目標をやりとげていくためには、いくつかの条件がある。

第一に、こうした政策が全学に共有され、構成員の活動の指針として機能しているかどうか、第二に、財政や人事が、計画が掲げる目的実現に向かって統制されているか、第三には、前号でも述べた改革を決定し、執行する経営体制、管理運営機構が有効に動いているのかどうかなどである。

中期目標が全学の旗印として役割を果たすためには、やはり、トップのリーダーシップとともに、構成員の知恵を集め、現場実態を踏まえた実行性のある内容にするための策定過程が大切で、これが政策を共有するベースにもなる。

二つめには改革推進型の財政運営の確立という点だ。国立大学は、私大に比して強い財政力を持つが、問題はこうした財政の投下の仕組みが、単なる割り振り型の予算配分から、政策目標の実現にシフトした重点型になっているか、という点だ。

また、こうした財源をつくりだす仕組みが通り一遍の経費削減から、本丸の人件費削減に踏み込んでいるのか、あるいは全体のどんぶり勘定の財政ではなくて、部門別の収支管理だとか、財政指標に基づいた運営や評価がなされているかどうかが問われる。学費以外の収入がほとんど無い私学では、この点が常に問われる経営の中枢課題だ。

天野郁夫氏は、日経新聞で「中期計画とは別途に、長期的な経営計画を策定することが差し迫って必要」としてバックボーンとなる経営政策の重要性を指摘した。どんな立派なプランもそれを実現させていく財政・人事や決定・遂行システムなしには機能しない。中期計画はいわば表の顔で、それを実践するためには、どうしてもヒト・モノ・カネを再配分、重点投下しなければならない。

ところが、国立大学も毎年予算が削減され、私学もまた入学者減で同じ状況にある。こうした右肩下がりの時代の重点課題への資源の集中には、経費削減とか、人員減とか、事業の見直し、圧縮とかが不可欠となる。既得権益や利害に絡む提起をせざるを得ず、当然抵抗も大きいが、これをやり遂げない限り、中期目標の達成はおぼつかない。

重点課題に、資金や人員を集中するための経営計画の確立と断行が勝負の要となる。(文部科学教育通信 No243 2101.5.10)