2010年9月20日月曜日

プロとしての大学職員

大学職員への就職希望が増えていることがAERAで取り上げられています。”高収入と安定性”が人気の理由のようです。

”大学職員という職業”がちまたで認知されつつあることは、大学職員を仕事にしている私としては心から喜ばしいことだと思っています。このことは私の職業生活の支えにもなっています。しかし、できれば高収入や安定性だけで大学職員という仕事を選ぶのではなく、大学職員の仕事に魅力を感じ、大学を良くするために自分に何ができるか、あるいは何をやりたいかをよく考えた上で就職してほしいものだと思います。

大学職員面接試験で生き生き、はつらつと発言していたのに、就職し3か月も経つと途端に元気がなくなる新人職員をよく目にします。もっともっとのびのびと生きてほしいと願っています。

大学職員になりたい ブランド力向上に貢献 数千人応募の狭き門 (2010年9月12日 AERA-net)

大学入試どころか、オーディションなみの狭き門である。「2010年は、新卒の専任職員を17人採用しました。エントリー数は5千人以上です。中途採用にも2 千~3千人から応募がありました」 そう話すのは、早稲田大学の三浦暁人事課長だ。電力、銀行など有名企業の内定を得ながら選考に臨む学生が多いとい う。・・・


関連して、広島大学教授・高等教育研究開発センター長 山本眞一さんが書かれた論考「大学職員のプロフェッショナル化-IDEの特集を読んで」をご紹介します。

プロとしての職員の必要性

大学事務職員の能力開発については、この10年ほどの間、大学改革を実質的に支える手段としても、またこれからの大学経営を担わせるためにも、必要不可欠な要件として、次第に議論が煮詰まってきている。すなわち、それは第一に大学事務職員に大学内での然るべき役割ないし位置づけを確保すること、第二にその役割や位置づけにはそれにふさわしい能力開発が必要であること、第三に大学経営は「教職協働」の形で行われるべきこと、の3点に集約されるであろう。

このような折、最近の状況を把握するのに適切な読み物が出た。「IDE 現代の高等教育」の2010年8-9月号がそれである。「今月のテーマ」として「プロとしての大学職員」が設定されている。私の興味関心に合致するこれらの論考には、なるほどと思わせるものが多く含まれているので、すでに読者の皆さんがこの雑誌をお読みのこととは思うが、私なりの論評を交えつつ、紹介することとしたい。

筑波大学の加藤毅氏は「大学職員のプロフェッショナル化に向けて」の中で、これまでの現状認識と異なり、すでに少数派ながらもプロフェッショナルと呼ぶにふさわしい職員が活発な活動を展開し、実績を挙げているとして、これら「第一世代のプロフェッショナル」に学ぶことと、次世代のプロフェッショナル育成をどのようにするかが課題であるとする。わが国の大学には「人知れず地道な取り組みを重ねている優秀な職員が沢山いる」という指摘は、加藤氏が勤務する大学研究センターで実践中の社会人学び直しプログラムでの経験を踏まえてのことであろうが、彼らの意欲・能力をどう活かすかが課題であろう。

大学入試センターの柴田洋三郎氏は、長年勤務した九州大学での体験を踏まえて「大学職員への期待」を述べている。この中で、教員と職員の協働関係に触れているが、両者の関係には、1)支配型、2)従属型、3)中立型、4)協調型、5)折衷型があるという指摘や、大学職員は「社会の期待と要請を敏感に感じ取ることの出来る専門職能人として」活躍すべきだという主張には、大いに首肯し得る点がある。

プロに必要な能力・実力を

慶応義塾大学の上杉道世氏は、前任地の東京大学での経験から職員のあり方について有益な示唆を述べている。「変化する国立大学の事務組織」と題した論考において、「職員が教員に取って代わって大学を動かそうと言っているのではない」として、職員が教員と協力して力を発揮していくために必要な事務組織について、10ヵ条にわたる提言を書いている。

ルーティン業務の圧縮や、切り離せる業務の外部化や大学を越えた共同化、FDおよびSDの推進と一体になった組織編成の展開など、大いに参考とすべき提言である。実体験を踏まえたものだけあって、説得力があると感じるのは私だけではないだろう。

東京大学の山本清氏は「大学職員の能力開発」の中で、職員論を「支配・従属の論理」のみで語るのは危険であること、米国のように大学職員としての労働市場が確立するだけの規模を有している国とわが国を単純に比べるべきではないこと、などわれわれが日ごろ見落としがちな観点に触れつつ、教員と職員の職務分担は結局のところ両者の能力つまり生産性によって決まるものであるとして、わが国の実情に合った議論を勧めている。この中で、同氏が「最も不足しているのは、経営戦略を担うトップマネジメント層の人材である」ことや、教育学関係で行われている大学院プログラムが「専門職としての共有部分である経営知識・分析能力と大学関係の専門知識とのバランスが必ずしも十分取れていない」と述べている点などは、非常に重要な指摘であると思う。

事務組織も改革の方向へ

日本大学の大工原孝司氏は「大学の事務組織と職員」の中で、同氏が関係する大学行政管理学会の大学事務組織研究会での知見を紹介しながら、「ぬるま湯からの脱却と意識改革、大学経営戦略を立てるための情報収集の分析システムの構築、大学の経営、管理・運営について高度な知識・能力を持ったプロ職員の育成」が必要なことを述べている。企業に比べて遅れがちだとされる大学事務組織について、改革の改善の参考とすべき指摘である。

東京大学の鈴木敏之氏は東京大学の職員養成の課題をテーマとして、本年3月新たに策定された「東京大学の行動シナリオ」の中に「プロフェッショナルとしての職員の養成」が位置づけられていることを紹介し、「教員が中心的役割を担っている」大学の管理運営の現状を踏まえつついかにして教職協働を図るか、「教員の職員化」という問題を克服していかに職員の能力向上を図るか、など単なる理念ではない現実の課題への対処方策を述べていて、大変感銘を受けた。「リサーチ・アドミニストレータ」の育成方策などは、具体的な例として読者の皆さんも大いに参考とすべきであろう。

早稲田大学の谷口邦生氏は、早稲田大学における教職協働の実践を紹介している。同大学ではすでに1988年の文書で「教職協働」について述べられているそうだが、その後、必ずしも組織的な取組みが行われてこなかったところ、2007年度以来、新しい職員研修プログラムがスタートしたそうである。教職協働のあり方については学内でもいろいろ意見があるそうだが、同氏は「日常業務がますます多忙化するにつれて、むしろ教育研究への使命感や達成感への欲求が沸々と募っているように感じられる」として、その充満したエネルギーを経営陣がうまく引き出すことを求めている。

企画・戦略策定能力の養成

前兵庫教育大学副学長の川本幸彦氏は、国立大学の職員養成に関し、法人化に伴う業務量の増加に対応して職員の意識改革と業務課題の解決が必要であるとして、大学の未来戦略、早期決断による業務の迅速化、職員のSD活動の充実、組織運営の構造転換と業務量の削減を提言しているが、同氏の豊富な実務経験からくるものだけに、他の国立大学にも十分応用可能であろう。

東京大学の両角亜希子氏は、同氏が関わる東京大学大学経営・政策研究センターが2010年2月に実施した全国大学事務職員調査から、多くの職員は「企画調査能力」の強化が課題であると考えており、また個人のキャリアパスとして「幅広さ志向」が強いこと、プロとしての職員養成は、個人のやる気の問題ではなく仕組みをどう作るかという組織問題であること、など興味ある分析結果を紹介している。

最後に英国ロンドン大学のデビッド・ワトソン氏は、同大学が2002年に開設した英国初の大学マネジメントMBAコースについて紹介し、主として5回の一週間集中合宿で行われる内容には、戦略的マネジメント、教育・研究マネジメント、財政が必修としてのモジュールであり、そのほか大学のガバナンス、国際化、生涯教育、人的資源、マーケティングなどの選択科目も履修できるそうである。本人の自己評価によれば、これまで十分な資格と動機を持つ志願者を引き付けてきたとのことで、今後の展開を見守りたいところである。

以上、駆け足で紹介してきたが、いずれにしても現在は大学にとってその「体質変革の時代」(私が命名した2005~2020年のわが国高等教育システムの特徴)である以上、職員の能力開発とくにプロフェッショナルとしての養成方法には一段の工夫が必要なのである。(文部科学教育通信 No250 2010.8.23)