2010年10月8日金曜日

法人化後の現状と課題 (3)

今回は、熊本大学長の谷口 功氏が、国立大学財務・経営センターのメルマガ(2010.9.17、第52号)に寄稿された論考「岐路に立つ国立大学」をご紹介します。

我が国の、高等教育の、国立大学法人の現状と課題が明確に示され、これからの国立大学法人の在り方を的確に占っていると思います。是非ご一読ください。

岐路に立つ国立大学 (熊本大学長 谷ロ 功)

1 はじめに


昨今の我が国の予算編成を巡って大学は大いに揺れている。低水準の税収予測の中で、財政再建を実現するための施策として、各省庁10%減の予算を基礎にとの政府のシーリング指示を受けての予算編成である。この深刻な事態の中で、特に国立大学運営費交付金の取り扱いがどうなるのかと各大学はやきもきしている。仮に、一律10%減が適用された場合、国立大学としての機能の存続は不可能とする大学関係者の声が全国的に湧き上がって、猛暑の夏は益々ヒートアップした。各大学の学長は政府や地域の代議士諸氏を初め関係者等に対して、国立大学崩壊の危機の説明に奔走した。筆者もその一人である。このような状況のもとで、8月末に各省庁の平成23年度予算の概算要求が提出された。国立大学の運営費交付金は、要求枠と要望枠を合わせると昨年度に比べて増加になるという。文部科学省関係者の努力による苦肉の策の結果と言えよう。新聞等では、いかにも国立大学運営費交付金などの増加が認められたかのように報じられ、大学関係者や国民も何か安堵している向きもある。しかし、勿論、来年度予算の編成はこれからである。要望枠分については、政策コンテストの対象になるという。政情不安定の中で予算がどうなるのか、先が見えないのが現状である。

一方で、予算案の編成作業が進む中で、限りある財源の中での税金の使途についての優先順位、従って国の将来像を明確にする必要性が喫緊の課題として突きつけられている。国立大学関係者にとっては、その存続やあり方について、改めて国民の皆様や関係者への理解を得ることの大事さを思い知らされることにもなった。折しも7年間の宇宙飛行の末に無事帰還した“はやぶさ"の快挙は、国民の皆さんの幅広い支持を得て、2号機の作製の財政出動へと大きく動いている。

国立大学が法人化して、平成16年以来の第一期中期目標計画期間の6カ年が終了し、今年度、第二期期間の計画の実行に入ったところである。この時期の“異変"は、国立大学関係者に国立大学の役割とは何かを再度問いかける結果にもなっている。

我が国の将来を確固たるものにするためにも、また、それに対する国民の皆様の期待に応えるためにも、地方に位置する中核的な国立大学に籍を置くものとして、日頃考えている個人的な思いを今の状況の中で再度考えてみたい。


2 国立大学を巡る昨今の状況


(1)戸惑いの1年から次の一歩へ

昨年夏から今年にかけて、政権交代という大きな社会の変化によって、大学の状況は、特に予算面において、目まぐるしく変化した1年であった。「事業仕分け」が実施され、前政権下で作成された平成21年度補正予算や平成22年度予算の組み替えがあり、当初約束されていた経費の一部が凍結になったり、大幅削減になったりしたことは周知の通りである。進行中であった補正予算関係の事業や従来からの継続事業は、何とか継続できたものもあったが、平成22年度の大学への予算措置において、財政難による経費削減等に苦しむこととなった。本学の場合、特に平成22年度においては、グローバルCOEの間接経費や、法人化以降毎年続いた効率化による1%減の義務が取り払われたにもかかわらず、未曾有の財政危機にあっての特別措置としての1.8%減(本学は附属病院の運営のための交付金をいただいている)などが、これまでの5力年間の削減によるボディブローの上に大きくのしかかって、大学運営にいくつもの難点をもたらすこととなった。

それでも、平成21年度は、第一期中期目標計画期間の最終年度であり、折しも新制大学設立60周年の還暦の年でもあったことから、第一期の集大成として60周年記念行事を企画し、11月の記念式典のみならず、計画どおり、各部局でのシンポジウム等の取り組みを含めて1年間にわたって多様なイベントを開催させていただいた。大学の活動を社会の皆様にご理解いただくための絶好の機会として必要と考えたからである。平成22年度は、第二期中期目標計画期間の初年度にあたり、また、還暦を終えた次の60年、100年に向けてのスタートの年として、「地域に根ざし、グローバルに展開する未来志向の研究拠点大学」として、「誇れる大学から憧れの大学を目指して」をキャッチフレーズとした第二期のアクションプランを作成し、教育力の強化、研究力のアップ、社会貢献の推進、国際化の推進、等を学長の社会への約束として公表した。本学の社会的な責任を明確にするためである。

(2)今日の我が国の状況

6月18に閣議決定され公表された新政権の「新成長戦略」には、「元気な日本」を取り戻すために、強い経済・強い財政・強い社会保障を柱とした取り組みの基本方針が記載されている。また、一方で、我が国の財政再建について10年後のプライマリーバランスの健全化も国際公約している。この中で、来年度以降の3カ年の基礎的な財政収支(基礎的財政収支対象経費)を71兆円に押さえるとの基本的な枠組みがある。それに従って提出された”概算要求の10%シーリング枠が機械的に適用されると、我が国の教育研究の危機を招く”とした国立大学関係者等の対応には、「強い経済」や「将来」を担う「強い人材」の育成機関としての国立大学等のこれまでの実績や自負と活力ある将来の構築に向けて、社会の期待に応え、責任を果たそうとする強い意志がある。

天然資源の希薄な我が国の有力な資源は人材であり、その知恵と創造力は無限の可能性を持つ大きな「資産」である。最近、「人財」と敢えて記載されることも多い。アジア諸国が、人材育成を将来社会の発展の基礎に据え、国を挙げて人材育成に社会資本を投入している様子を目の当たりにすると、我が国も政権を問わずその基本政策に、国の発展を支える人材の育成の方針を明確に据えるべきである。特に高等教育は、各個人にとって社会的な様々な格差の解消を可能にする極めて有効な手段である。高品質の高等教育を準備し、それを受ける権利を均等に与えることが、社会の平等を保証する手段となる。事実、我が国の戦後60年間の発展も、あるいは、世界の様々な国の発展過程を見ても、高等教育が果たした役割は大きい。

しかし、一方で、深刻に考えておく必要がある課題も浮上している。すなわち、社会からは、我が国の高等教育に対して厳しい言葉が寄せられている。我が国の教育状況はガラパゴス化(世界のスタンダードからかけ離れたものになっている)が進んでいるのではないかとの指摘である。我が国の大学(人材育成)は、世界から取り残されているのではないか。大学は、社会の発展を支える役割を充分に果たしていないのではないか。世界は、生涯学習(教育)の時代になっているが、我が国は、それからかけ離れているのではないか。などなど、様々な疑問が投げかけられている。さらに、我が国が、世界から取り残され、世界の中での存在感が低下し、世界のリーダーでなくなってきていることに対して、大学の責任も大きいのではないかとまで言われている。大学に対する期待の大きさと、これまで我が国の発展を支えてきたのが大学であったことへの叱唯激励の意味も込められているが、この20年、社会が急速にグローバル化し、大きく変化している中で、我が国の大学がそのことに充分に対応できていない面もあることは、真摯に受け止める必要がある。少なくとも国立大学は、しっかりとした社会変革(広い意味で言うイノベーション)を担える人材の育成にさらに尽力する必要がある。国立大学には、公的資金の導入に対して応えることが求められるからである。各大学の努力が問われている。昨今の大学の機能分化、運営の効率化、教育情報の公表義務等々、そのミッションに応える一環として数多くの取り組みが意識的になされている。


3 国立大学の役割


(1)国立大学への意見に応えて

国立大学の役割として、1)地域振興、2)教育の機会均等、3)基盤的基礎研究の推進 などが良く挙げられる。しかし、私学の関係者から、1)や2)について異論も出される。「地方の国立大学出身者は地域に残っていないではないか。地域の産業や経済行政を支えて活躍しているのは、私学出身であり、地域を支えているのは、むしろ身近にある私学がやっているのではないか」と。また、「理系や大学院を考えた場合は、2)については認めても、特に文系の学生については、多くの学生が私学に通っている事実(文系学生の3/4程度が私学)は、勉学の機会を与えているのはむしろ私学ではないか」と、3)については、ある程度は認めても、「国立大学は、しっかりとした基盤的・基礎的な研究をやっていなければ存在意義はない。むしろ、研究環境等が優遇されている国立大学では、当然ではないか」との意見がある。

国立大学は、これらの意見に対して真摯に応える必要がある。地域によっても事情は異なるであろうが、筆者の地元の熊本でも県下の学生約3万人の2/3は私学の学生である。しかし、上記1)の地域振興については、本学出身の多くの人材が、地域の行政機関で力を発揮し中核的な役目を担い、地域の産業の支援や育成に貢献し、また地域医療を支えている。真に地域の「知」の拠点として地域を支えている。地域の運営を引っ張り、地域の将来像の策定を担っている。地域における人材の受け皿が充分でないことから、理系学部(大学院)の卒業生の多くは(2/3程度)、地域外に職場を求めることになっているが、本学の人材育成は、地域のためだけにあるのではないことから、それをもって充分ではないというのは正当ではない。また、2)の教育の機会均等については、高度な教育(人材育成)機能を果たしている限り、地域の人材にも平等に門戸を拡げていることから、その役割を果たしている。ここで大事なことは、私学にはない(あるいは私学とは異なる)人材育成を行っていると明確に言えることが必要である。例えば、地域の私学に比べて、人材育成の目標レベルが明確に異なる、あるいは、特徴ある教育を行っていると言えることが必要である。いわゆる基礎学力レベルの高い学生が集まることに安住することなく、教職員一人一人が質の高い人材育成を担うことを明確に意識する必要がある。3)については、問題なくユニークでレベルの高い国際的な(国際社会をリードする)基盤的な研究を行っている。教員は少なくとも、それを目指して、世界の研究者と切磋琢磨の日々を送っていることが必要である。

(2)法人化と国立大学の役割

国立大学への意見に応えた上で、今、大学に求められるものは何か。少なくとも、上記の運営費交付金の削減等に対するアクションが、教育には資金が必要でそれが充分ではなく支援が必要という論理では、結局、自己防衛に汲々しているだけではないのかとの批判を受けることになる。説得力のある説明にはならない。

もとより、数多く若者を抱え、教育研究活動が活発な組織である国立大学は、これまで、地域の「知」の拠点としての大きな役割を果たしてきた。地域の産業界との産学連携の中核的役割、地域医療の拠点、地域文化拠点などとしての役割はこれまでもまたこれからも地域から大きな期待が寄せられている。この「知」の拠点としての役割はもとより、多くの地方大学がそうであるように、大学の存在そのものが地域経済に極めて大きな寄与をしていることもまた事実として理解される必要がある。熊本大学の場合、他の同規模の大学での試算結果と同様に、年間1000億円規模の地域経済への寄与がある。この経済規模の試算には、大学本来の人材育成や研究成果が社会に対して生み出す価値は一切含まれていない。人材育成や研究成果による効果は図り知れない。大学は、その存在価値を、直接の経済効果社会とともに、大学本来の機能としての人材育成や研究成果を通して、国民の皆様に対して充分に理解いただく(高度な「知」の生産・創造は、充分に社会の理解が得られる)ことが必要である。

しかし何よりも国立大学には、これからの社会の動向を見据えて学生が将来社会で活躍できるために必要な方向に、自らの知恵と力で自己変革・進化して行けるかどうかが問われている。我が国の将来のためには、質の高い教育を受けた人材が必要であることは言をまたないので、国立大学は少なくともそれを保証し、人材育成に本格的な取り組みを進める必要がある。学生を鍛える方法の吟味とともに、自らをも不断に鍛えることが必要である。変化の激しい時代を生きるための術として、教育成果として自ら継続的に学ぶことができる人材を育成する必要がある。そのためには、常に、質の高い教育と研究を追求し、推進する努力を続けることが基本である。

国立大学は、法人化の際の約束として、機能別分化・評価の反映・効率化 などをその基本とした。法人化で何が変わったのか、また今後の課題は何かなど、第一期を終えたところで検証され、その結果が取りまとめられている。残念ながら、一般に、国立大学に税金を投入する意義についての理解が充分ではない。国立大学の役割について未だ必ずしも充分には国民の皆様の理解が得られていない。大学もなぜ国立大学でなければならないのかについて充分には説明してこなかったのではないか。今後とも理解の拡大努力が必要である。大学病院など、地域医療の砦としての病院の役割については比較的理解が得られやすいこともあって、診療報酬の改善等に見られたように、少しずつ一般社会の理解が得られつつある。一方、教育研究への投資の意義については、まだまだ国民の皆様からの理解は不十分と言わざるを得ない。高等教育の必要性やその結果、社会の何がどのように良い方向に変わるのかについて、地道な説明が必要である。また具体的にそれを実証するような努力も必要になる。教育レベルは、国の文化レベルを表現するものであり、高等教育を受けることの意味を自ら明確に表現できることが益々重要になってくる。


4 おわりに 熊本大学の取り組み


本学もその持てる力を結集して、その成果の一部を社会に還元する取り組みを進めている。この夏、旧制五高の煉瓦づくりの建物(五高記念館)を活用して、漱石の業績やその時代をたどる滞在型セミナーを開催した。細川家の700年におよぶ史資料に関する研究成果についても市民の皆様に報告している。薬草園を活用した自然と薬の関する市民との集いやアジア諸国との研究連携も行われている。理工系や医学系での取り組みも日常的で数多い。知事と市長と学長が連携して、地域の将来の姿を構想し実現に向けて取り組むために、くまもと都市戦略会議も発足させた。九州新幹線の全線開通や20番目の我が国最後の政令指定都市の成立を契機として、我が国を代表する世界に開かれた国際都市熊本、我が国の良さを世界にアピールできる自然豊かで文化と歴史あふれる”くまもと”を目指した取り組みが始まった。こうした活動の中で、改めて、市民の皆様とともに国立大学の意味を考えてみる機会を持つことにも努めている。”市民や社会が憧れる大学”に向けての努力を続けていきたい。