2011年11月29日火曜日

入試広報の腕をみがく(2)

前回に続き、日本私立大学協会私学高等教育研究所研究員の岩田雅明氏が、文部科学教育通信(No280 2011.11.28)に寄稿された「受験へとつなげていく広報」をご紹介します。


アクセス者を承認する

学生募集にとって、資料請求者といったアクセス者を受験者、入学者につなぎ止めていくプロセスが非常に重要であり、このプロセスを強化することで、相当程度の改善を図れることを前稿で述べた。

では、アクセス者を受験生へとつなぎ止めていくためには、具体的にはどのようにしたらいいのかについて考えていきたい。つなぎ止めるためには、関係性を常に保つことが必要となる。人間関係でも、顔を合わせる機会が無くなるとその人に対する意識が薄れてくるのと同じで、アクセスをした高校生も大学からの働きかけがないと、その大学に対する興味が薄れてくる可能性は高くなると考えられる。したがって、つなぎ止めるプロセスにおいて不可欠なのは、大学からの継続したフォロー活動である。

私も勉強のために他の大学の資料を請求することがあるが、パンフレットが一度送られてきただけで、その後は何のフォローもないという大学も少なくない。確かに表面的な依頼内容は「パンフレットを送付してください」ということであるが、パンフレット送付を希望した背景には、その大学に多少なりとも関心がある、場合によっては受験するかもしれないという気持ちも含まれているのである。その気持ちに対応しないということは、資料請求者の欲求に対して、きちんと応えていないことになる。これは非常にもったいない話である。同じ程度に関心を持った大学が二つあったとして、一方の大学は継続して資料が送られてくるのに対して、もう一方の大学はパンフレットが一度送られてきただけというような状況であれば、どちらの大学を受験先として選択する確率が高いのかは自明のことであろう。

組織づくりや、モチベーション・アップという場面で重要な働きをするものとして、『承認』という概念がある。文字通り、その人を認めるということである。人間、誰しも自分の存在や行動を認められたいという欲求を持っている(マズローの欲求五段階説でも、四段階目の人間らしい欲求として「承認の欲求」が挙げられている)。自分のことを認めてもらえれば意欲も湧くし、行動も積極的になるものである。また、人は認めてくれた相手に対しては、好感を持っものである。研究調査の結果からも、承認の存在とモチベーションの向上には相関関係が認められたということである。したがって学生との信頼関係を構築し、学生の意欲を引き出し、高いパフォーマンスを発揮させるためには、この『承認』を活用することが効果的である。

この『承認』を、在学生だけでなく、在学生候補者であるアクセスしてきた高校生に対しても活用するのである。そうすることにより、大学とアクセス者との間に、好ましい関係が構築されることが期待できるのである。承認の基盤は相手を尊重するということである。自分の大学に興味を示すという行動をとった高校生を尊重するということはどういうことかといえば、関心があるという、その高校生の気持に誠実に対応して、パンフレットだけでなく、いろいろな時期における大学の状況や、教育の特色が分かる資料を継続的に送付するということである。具体的には、新入生の大学生活についての感想や海外研修参加者の体験談、普段の生活情報、就職内定者が語る大学の就職サポート、卒業生の四年間の学生生活を振り返っての感想、といったものが掲載された資料をタイムリーに送付するのである。そうすることでアクセスしてきた高校生は、関心を持った大学の詳細な内容を理解することができ、受験するかどうかについて適切な判断を下すことができるようになるのである。

もちろん、その判断において選択してもらう確率をできるだけ高くするようにするためには教育内容の充実が最も大切なことではあるが、広報活動としては大学の内容、特に強みや特色といったことに関しては、十分に語り尽くすという姿勢が不可欠である。大学の内容を十分に知ってもらった上で選んでもらえなかったのは仕方ないことで、内容のより充実を図るしかないわけであるが、十分に知らなかったため選ばれなかったという事態は広報活動の責任ということになる。


アクセス者の行動をデザインする

最近注目されているマーケティング手法に、感性マーケティングというものがある。人の心と行動を読み解くことで、顧客をつかむマーケティング手法である。『「感性」のマーケティング』(小阪裕司著)で紹介されている、酒屋さんの事例がある。お正月向けに販売される日本酒で、普通に店に置いておいただけでは20本ほどしか売れない銘柄の酒を、感性マーケティングを活用することで売り上げを600本に伸ばし、その翌年には1080本もの売り上げをあげたという。どんなことをしたかといえば、既存の顧客に毎月毎月、ニューズレターを送ったり、蔵元を招いて試飲会を開いたりといったことで、特別な秘策を実施したわけではない。その日本酒を買うという行動を顧客に起こしてもらうためには、どうしたらいいかということを考え続け、そこから生まれてきた施策を実行したのである。

「若者を中心に日本酒離れが進んでいるから、日本酒が売れない」という言葉はよく聞く。売れない原因は「日本酒離れ」、と捉えてしまうと、そのあとの行動は生じてこない。同じように、大学の場合であれば、学部が時代遅れだからとか、立地が悪いから、大学に対する社会の評価が低いから受験生が集まらないのだというように考えてしまうと、何とかしようという行動は生じてこない。どのような状況にあっても、受験という行動をとってもらうためには何をしたらいいのかということを考えて、対応していくことが大切なことである。どの大学でも、一つぐらいは誇れる強みはあるものである。それを根気強く、分かりやすく、丁寧に伝えていくことである。これにより、必ず受験につながる比率は増えるはずである。得意とするシャンプーだけを宣伝した美容室が、売り上げを二倍とした例も前述の書籍に紹介されていた。


コミュニティーを構築する

前述の「承認の欲求」と同じく、人間にはどこかに属していたいという「所属の欲求」がある。行きつけの居酒屋を持つということも、そこに行くと落ち着ける空間があるということであると思うし、1000円床屋が出てきても行きつけの床屋に行くというのも、この所属の欲求に起因していると思われる。

大学に入学するということは、ほとんどの人の場合、初めての体験である。どの程度のサービスを受けられるかは、本来は入学してみないとわからないのである。したがって、入学前に、大学というコミュニティーの一員として有用なサポートが得られるということを確信できるということは、受験という行動をとってもらうためには非常に大切な要素である。

アクセス者に対するフォロー活動やオープンキャンパスでの対応で大切なことは、このコミュニティーの構築である。そのためには、資料請求などのアクセスをした高校生が大学生活を疑似体験できるような情報提供をすることが大切である。例えば、在学生用の海外研修や就職ガイダンスの資料を送付したり、オープンキャンパスでゼミナールを体験してもらったりすることも有用である。

未成熟な消費者である高校生に対して、責任を持ってサポートするという決意の伝達は、高校生に対して信頼感を与えるだけでなく、大学内容の改善の決意につながる重要なことである。(文部科学教育通信 No.280 2011.11.28)