2012年4月25日水曜日

組織風土を積極的、行動的なものにする

論考をご紹介します。


組織のエネルギーを高める(日本私立大学協会私学高等教育研究所研究員 岩田雅明)

組織風土とは

成果主義的なものを人事制度に取り入れている大学も多いと思うが、適切に機能しているという話は残念ながらあまり聞かない。その時によく出てくる理由が、大学の組織風土には馴染まないというものである。では、組織風土とは何であろうか。桑田耕太郎・田尾雅夫著の『組織論』(有斐閣アルマ)によれば、「組織風土とは組織の中で個々のメンバーが、どのように自らの仕事や職場集団、組織を見ているかであり」、それを「多くの人が同じように認知することで、(中略)その組織を特徴づける文化のようになる。組織の中に、根づいて、判断や行動の枠組みとして働くことになる」とある。

組織風土の一例として有名なものに、飲料メーカーであるサントリーの「やってみなはれ精神」がある。「やってみなはれ」とは、サントリーの創業者である鳥井信治郎氏がよく使った言葉で、やってみなければ結果は出ないので、良いと思ったことは躊躇せずに実行しなさいという教えである。それによりサントリーには、「結果を怖れてやらないこと」を悪とし、「なさざること」を罪と問う、自由闇達なチャレンジ精神を最も重視する社風ができあがったとされている。

最近聞いたある大学の話は、全く逆の事例である。いろいろと新しい試みを考えながら仕事をしていたある若手職員が、新しい広報手段を上司に提案したところ、言下に否定されたそうである。駄目な理由を上司に訊いたところ、長い経験を持つ上司の直観からして、明らかに成果の期待できない提案であるとの答えが返ってきたという。その若手職員の意欲が大きく低下したことは言うまでもないが、これからは二度と提案等はしないで、言われたことだけをやろうと心に決めたと言っていた。この大学の風土は、サントリーとは逆に、前例を踏襲するだけの、チャレンジ精神の欠落したものになっていくことは明らかである。

募集状況があまり良好でない大学を見ていると、この「やってみなはれ精神」がないところが多いように感じる。私の方で効果的と思われる手法を提案してみても、それができない理由をあれこれと考えたり、以前同じようなことを試みたが成果が出なかったという過去の失敗事例を挙げたりするだけで、工夫しながら実行してみようという「新しい行動」が起きてこない例が少なくない。これまでの長い間、大学業界が置かれていた、どの大学であっても入学者が確保できるという非常に恵まれた環境が、「新しい行動」を求めないという組織風土をつくってしまったのである。

私が所属していた大学の前身の短期大学時代、語学の専門学校を併設することや、ブランドイメージの統一を図ること、新しい募集エリアを開拓することなど、いくつかの提案をしたことがあった。真っ向から反対こそされないものの、支持されているという感じは全くなかった。定員が充足できていた時代では、そのような「新しい行動」は組織にとって不必要であり、かつ面倒なものとして捉えられていたのである。

組織風土をつくるもの

同じ程度の規模、立地でありながら、成果を上げている大学と、そうでない大学がある。学部構成、教員の業績、施設・設備、財政的基盤など、大学を構成している様々な要素を比べてみても、それほどの差は見られないにもかかわらず、である。何が一体、成否を分けているのだろうか。私はその主要な要素の一つとして、組織風土が挙げられると思っている。「新しい行動」が歓迎される組織風土でないと、現在のように変化の激しくなってきた環境に適切に対応していくことが不可能であるからである。

では組織風土とは、どのようにしてつくられていくものであろうか。この点が分かれば、それを変えていくことも可能となる。前述のサントリーの例にみられるとおり、経営者の強烈な個性が組織風土をつくるというケースがある。自動車メーカーのホンダなども、その例である。創業者のつくった社是や社訓、行動規範といったものを唱和し、風土をつくっていくという例も同様のものとして挙げられる。これは大学でいえば建学の精神ということになるであろうが、建学の精神は抽象的なものが多く、教職員の行動の指針となりにくいため、そのままでは組織風土をつくる機能を持つことはできない。私が勧めている手法は、アファメーション(自己宣言)というもので、将来のあるべき組織の姿を現在進行形で描く手法である。そしてその中に、めざすべき組織風土をあらわす一文を入れるのである。例えば「○○大学事務局では、毎日、十個を超える改善提案が職員から提出され、それを基に常に新しい業務改善が行われている」というような一文である。この将来の状況を全員が共有することで、新しい組織風土がつくられていくのである。

そしてこのアファメーションを実現していくためは、その実現に必要な行動を生じさせるシステムを整備することが不可欠である。「積極的になれ」「意識を変えろ」との掛け声だけでは、意識も行動もなかなか変わらないものである。一つずつステップを上りながら、最終的にめざす姿に到達するという仕組みをつくることが、組織風土を変えていくためには重要不可欠である。

提案制度

変革の時代に必要とされる「新しい行動」を起こしていくためには、まずその前段階である「自ら考える」ということが必要となる。この「自ら考える」ことを促進するシステムとして有効なのが、提案制度である。

一週間に一件の提案というように期限を短く設定してもいいし、随時という形でもいいと思う。とにかくどんどん意見を出してもらうことである。もちろん、玉石混渚という状態にはなると思う。それでも否定的な評価は一切せずに、出された提案を定期的に検討する場を設定するのである。そして、そこでも否定的な評価はせずに、必要なコスト、現状の大学の資源で実現できる可能性、実現できた場合の成果、そこで必要となる労力等を、客観的かつ論理的に検討していくのである。一人あるいは少数の管理者が採否を決めるのではなく、会議等で十分に意見を尽くして決めることで、提案者の納得感も得られる。また、コストがかからない提案の場合であれば、とりあえず実行してみるということも行動指向の組織とするためには大切なことである。また、試行錯誤をする中から良いものが見つかる可能性もあるからである。

この提案制度はシンプルではあるが、現場の教職員が日常業務の中でふと疑問を感じても、そのままであると時間の経過とともに忘れ去られてしまう改善の芽を発見できる、大変有用な制度であると思う。そしてまた、現場の教職員が改善提案をする過程で、自分の意見が組織に吸い上げられたことによる参加意識、場合よっては採択され実施されたという承認感を持つことができる。その結果、各自に、組織の一員として役割を担わなければならないという自覚が生まれてくるということも、この制度の重要な産物である。そして、何よりもこの提案制度の最大の狙いは、教職員の自主性、積極性を涵養し、組織風土を積極的、行動的なものにするということである。

行動を引き出すためには、シンプルな仕組みを用意するということが最も効果的なことである。(文部科学教育通信 No289 2012.4.9