2012年5月31日木曜日

本当の効率とは

論考「つながる組織づくり」(岩田雅明 氏)(文部科学教育通信 No292 2012.5.28)から引用しご紹介します。


どこの大学でも、非正規職員というものは存在しているであろうし、その比率は徐々に高まる傾向になっているのではないかと思う。これは企業でも同じである。なぜかといえば、もちろん人件費の抑制のためである。また不景気になると、真っ先に削減されるものの一つに研修費が挙げられる。これらの動向から感じられるのは、組織の最も重要な構成要素であり、組織の成果を左右する大きなカギとなる『人』に関する支出を、単なるコストとしか見ていないということである。コストとしてとらえれば、当然ながら、できるだけ削減するという方向になってしまう。しかし、『人』は組織の成果を左右する、最も大切なものである。それは単なるコストではなく、むしろ投資である。投資であるならば、それを削減するということでなく、より大きな成果を得られるようになることをめざすべきである。

段ボール製造で国内最大手のレンゴーは、2009年4月、業績悪化による雇用調整という事態が大手企業で続出していた中で、派遣社員千人全員を正社員化するという決断をしたことが「日経ビジネス」に紹介されていた。この決断の背景にあるのが、同じ仕事をしている社員の処遇に差をつけるべきでないという、社長の信念であると。まさに『人』に要する費用をコストではなく投資と考え、一体感のある、『人』を活かす組織にすることで、より大きな成果を上げていこうという考え方であると思う。

同社の人件費は、年間4~5億円の増加になったという。ところが、皆が同じ処遇になったことで現場の社員の意思疎通が大変良好となり、工場内の清掃、整理、整頓といった面も大幅に改善されたとのこと。その結果、製品のロス率が大きく低下し、2009年第一四半期の営業利益は前年比81%増、純利益は2倍になったという。まさに投資大成功、といったところである。


2012年5月30日水曜日

ラッキーに見える人間

自分が今、いかに苦労しているかとか、忙しくてどれだけ大変か、をまわりにアピールする人がいる。しかし、経営が苦しいとか、忙しくて倒れそうだ、と深刻そうに言われても、まわりは少しも明るくはならない。

まわりに多くの人が集まる人には、明るくて、軽(かろ)やかで、居心地のいい雰囲気がある。たとえどんなに苦しくても、ニコニコとして、少しも苦労を見せない人だ。

松下幸之助翁を初めとして、多くの成功した人は、「自分は運がよかった」と言う。病気で倒れたり、倒産の危機に瀕(ひん)したときでさえ、自分は「ツイていた」という。

いつも笑顔でいれば、笑顔になるようなことがやってくるという。いつも深刻そうな顔をしていれば、深刻な出来事がもっとやってくる。いつも「ツイている」「ラッキーだ」と言っている人には、ツイていること、ラッキーなことがやってくる。

「ラッキーに見える人間」

忙しさや苦労を微塵(みじん)も見せない、余裕のある人でありたい。(「人の心に灯をともす」から)

2012年5月29日火曜日

「大学データブック2012」から見えてくるもの(4)

前回に続き、「大学データブック2012」から主な要点を引用しご紹介します。


 第5章 大学教育の内部質保証

 1 自己点検・評価

 1-1 自己点検・評価の実施状況

実施率9割。自己点検・評価は大学の定常活動に。

自己点検・評価を「毎年実施」している割合は全体の45.4%、毎年ではないが実施している割合が45.2%(「数年毎に定期的実施」+「不定期に実施」)であり、ほとんどの大学で自己点検・評価が実施されている。国立大学では「不定期に実施」(30.4%)している割合が相対的に高い。自己点検・評価の開始年度をみると1990年代前半に開始する大学が増えたものの90年代後半は一端収束し、1999年に義務化されてから、開始する大学が再び増加した。

1-2 自己点検・評価の体制と役割

半数以上が専任部門を設置。「企画」「情報収集」「報告書とりまとめ」が基本的な役割。

半数以上の学部長が、「自己点検・評価の専任部門を常設」と回答(53.9%)。大学では現在自己点検・評価の体制づくりが進んでいる。自己点検・評価の専任部門・担当者の主な役割としては、「報告書のとりまとめ」(81.1%)、「自己点検・評価活動の企画」(80.1%)、「自己点検・評価に必要な情報収集」(72.5%)が多い。公立大学や私立大学では、関係部門の連絡・調整や、大学教育に関する課題の分析も担う割合が高い。

1-3 自己点検・評価において重視する情報

今後求められる情報は、「学びの状況」「学習成果」「就職状況」。

「日常的に収集して利用」しているのは、「就職状況に関する情報」(60.4%)がもっとも多い。「今後重視する」情報で最も多いのは、「学生が習得した能力(学習成果)に関する情報」(75.9%)、「学生の学習状況に関する情報」(75.2%)、「就職状況に関する情報」(71.4%)である。この傾向は設置者別にみても、概ね同様の傾向である。

1-4 自己点検・評価の目的と達成状況

評価を活かした、教育・研究の改善が課題。

目的の重視度(「非常に重視」+「やや重視」、以下同)でもっとも高いのは、「教育活動の改善」(91.8%)であるが、その達成度は78.5%にとどまる。目的の重視度と達成度のギャップがもっとも大きいのは、「研究活動の改善」で重視度80.6%に対し達成度56.1%と24.5ポイントの差がある。「管理運営の改善」も重視度(69.9%)と達成度(47.6%)の差が大きく、自己点検・評価の結果を大学の教育・研究や運営等の改善に生かしきれていないことが分かる。特に私立大学においてその傾向が顕著である。

1-5 自己点検・評価の課題

克服すべきは「時間不足」「人・ノウハウの不足」「情報の散在」。

「業務多忙等で十分な時間がとれない」(57.0%)がもっとも多く、次に「情報を収集・分析できる専門的な人材が不足している」(54.5%)、「情報が散在しており集約するのに手間がかかる」(48.0%)が続く。自己点検・評価によって教育活動の改善を達成したグループと、そうでないグループの課題を比べてみると、「教員の自己点検・評価に取り組む意識が乏しい」、「大学教育の質についての共通認識がない」、「学部の教育(授業内容等)を詳細に把握している人材が不足している」等の項目で差が大きく、意識まで含めた態勢の課題が浮かび上がった。

2 IR(Institutional Research)

2-1 IRの必要性

「IRは必要」-学部長の8割が回答-

IRの必要性を感じている大学・学部は全体で76.1%(「とても必要である」+「まあ必要である」)であり、国公立大学より私立大学の方が必要性を感じている割合が高い。IRの必要性の有無により、自己点検・評価で今後重視する情報をみたところ、IRの必要性を感じている大学・学部では、IRの必要性を感じていない層に比べて、「入学時の学力」、「出席状況や退学」、「成績」、「学習成果」、「企業からの卒業生評価」に関する情報を強く求めている。こうしたことから、IRを活用した自己点検・評価によって、学生の入学段階から学習プロセス、大学教育の出口としての、就職後の活躍の状況まで、学生を育てた視点から時間軸に即して教育を改善したいとの意向が読みとれる。

2-2 IRを促進するために重要なこと

「人材育成と意識改革」が「情報基盤」と同等に重要。

IRを促進するために重要なこととしては、「教員の意識改善」89.6%(「とても重要」+「ある程度重要」、以下同)、「職員の専門能力の育成」(85.5%)、「改革に取り組む組織風土の醸成」(83.3%)、「学生の出席率や成績等~情報基盤の整備」(83.1%)と続く。特に私立大学では、いずれの項目も比率が高く、「学長・学部長のリーダーシップの強化」や「教学側主導の改革」等、経営上の事項まで含む課題があげられた。

3 教職員の協働

3-1 教職員の対話の状況

私立大で先行して進む「教職協働」。

FDやSDを通じて教員同士が大学の質について話し合う機会は頻繁にある(全体の「よくある」「たまにある」の合計値91.9%)が、「職員同士」となると71.3%、「教員と職員が相互」になると59.6%まで割合が低下する。ただし、設置者別にみると、国立大より私立大において職員を交えた、対話の広がりを読み取ることができ、大学教育の質向上に向けた教職員の協働が進みつつあると推測できる。





2012年5月28日月曜日

「大学データブック2012」から見えてくるもの(3)

前回に続き、「大学データブック2012」から主な要点を引用しご紹介します。

第4章 大学から社会へ

1 仕事・将来への展望と準備

1-1 大学生の仕事観・社会観・将来観

8割の学生が、「仕事を通じて社会に貢献することは、大切なことだ」と考えている。「いい友だちがいる」ことは将来の幸せのための重要なファクター。

「仕事を通じて社会に貢献することは、大切なことだ」という考えを支持している(「とてもそう思う」+「まあそう思う」、以下同)大学生が8割強。社会観については、「努力すればむくわれる社会だ」と考える学生は半数以下(42.8%)で、「競争が激しい社会だ」(79.0%)という認識の方が強い。また、将来については「いい友だちがいると幸せになれる」という考えを92.1%が支持し、「とてもそう思う」だけでも52.7%と、大学生にとって友だちの存在は大きい。大学生は、競争が激しいと認識しながらも、他者への貢献や人とのつながりを重視している傾向がうかがえる。

1-2 卒業後の進路の検討・準備を始めた時期

卒業後の進路を考え始めた時期は大学3年生以降が6割、進路に向けた準備・活動の開始時期は大学3年生の後期以降が6割。

大学卒業後の進路を考え始めた時期は、大学入学後が8割で、そのうち大学3年生以降が6割である。具体的な準備・活動の開始時期についても4割が就職活動の始まる大学3年生の後期に開始しており、4年生に開始する割合(「大学4年生の前期」+「大学4年生の夏休み以降」)も足すと6割が3年生の後期以降に準備 ・ 活動を開始している。

2-1 就職活動で重要だと思うこと

重要なのは自分の考えをわかりやすく口頭で伝えられること。

民間企業を受けた大学生に就職活動を通して重要だと感じていることをたずねたところ、「自分の考えを口頭でわかりやすく伝えること」「自分なりの考えをまとめられること」が9割以上(「とても重要」+「まあ重要」、以下同)を占める。一方、「海外経験が豊富なこと」や「インターンシップの参加経験があること」を重要と感じている割合は2割程度である。

2-2 内定の得られる学生とそうでない学生の違い

キャリアセンターでは、内定の得られる学生は「自分なりの考えをまとめる力」「文章力や口頭での表現力など基礎的な力」が優れていると感じている。

キャリアセンター長 ・ 就職部門長が、内定の得られる学生の、そうでない学生に比べて優れていると思う点は、「自分なりの考えをまとめる力が優れている」が 89.5%(「とても思う」+「やや思う」)ともっとも高かった。これは前ページの、学生に就職活動で重要だと感じたことをたずねた結果でも高く、認識は一致している。

2-3 大学で力を入れたことと就職活動の関連

就職活動で活かされた経験は「アルバイト」「クラブやサークル活動」。

大学で力を入れたことと、その経験が就職活動においてどの程度活かされたのかについて、民間企業を受験した大学4年生にたずねたところ、大学で「とても力を入れた」こととして多いのは「卒業論文・卒業研究」が34.6%、「アルバイト」が33.1%であり、「やや力を入れた」も含めるといずれも7割程度になる。それに対し就職活動で「活かされている」との回答が多いのは、「アルバイト」「クラブやサークル活動」で経験者の約4割、「卒業論文 ・ 卒業研究」は 3割程度である。これには就職活動の時期の問題があるが、学生が勉学に力を入れていても企業はそれをあまりみることができていない様子がデータからも読み取れる。

2-4 企業が採用時に求めている力と評価方法

新卒採用時の要件として「社会人としての常識・マナー」「チームワーク力」を9割以上が重視。ほとんどの資質・能力が、面接を通して評価されている。

汎用的な能力・スキルを中心として、企業が採用時に重視する度合いについてたずねた結果では、態度や志向性に関するものが上位にきており、もっとも高いのが「社会人としての常識・マナー」92.7%(「とても重要」+「まあ重要」、以下同)、次いで「チームワーク力」が92.5%であった。一方で、ICTや英語に関するスキルは相対的に低くなっている。また、企業が採用時に学生の資質・能力を評価する方法はほとんどが面接である。このことを学生の側からみれば、面接の会話やエピソードの中で、これらの資質・能力が備わっていることをどれだけ示すことができるかが重要になる。

3-1 キャリア教育の実施状況

キャリアセンターと教学側でキャリア教育の取り組みが併存。

平成21年度の取り組みとして、7割の大学が、キャリアセンター主体で「職業観育成のためのガイダンス」を単位なしの講座として実施しており、そのうち約半数の54.3%が1年生から実施している。一方、教学側主体の取り組みをみると、約5割が「職業観育成のためのガイダンス」を単位ありの科目として実施しており、学年別には2年生で64.6%ともっとも多い。単位の有無の違いはみられるものの、キャリアセンター側と教学側で同様の取り組みが併存している様子がみてとれる。

3-2 就職支援の実施状況

9割の大学で「エントリーシート指導」「面接対策講座」「自己分析指導」を実施。

就職支援は、「就活ガイダンス」が96.9%ともっとも実施率が高く、そのうち2割弱は1年生で、3割弱は2年生と早期から実施している。「エントリーシート指導」「面接対策講座」「自己分析指導」といった就職活動のノウハウに関する具体的な指導も9割の大学で実施している。

3-3 キャリアセンターが感じている学生の課題

学生の課題は文章力や思考力・表現力の不足。内定のとれる学生ととれない学生の二極化も多くの大学が感じている。

就職支援活動を通して、キャリアセンターが感じている学生側の問題点・課題は、「エントリーシートの作成に必要な文章力が不足している」が82.5%「とても思う」+「やや思う」、以下同)で、「とても思う」のみでも4割にのぼる。また、「複数の内定を獲得する学生と、内定の決まらない学生が二極化している」という現象も70.3%と、多くの大学が感じている。

3-4 キャリア教育・就職支援の課題

今後の課題はキャリアセンターと学部教員の連携強化と汎用的能力の育成。

今後の課題としては、「キャリアセンターと学部教員の協力関係を深めることが重要である」がもっとも高く、「とても思う」との回答が68.3%、次いで「就業力の基礎となる汎用的能力(思考力、表現力、討議力等の育成を通じた課題解決力)の育成が重要である」が51.0%と続き、「やや思う」も含めるといずれも9割にのぼる。さらに、「キャリアセンター職員の専門能力を高めること」「キャリア教育と就職支援の一体的な企画 ・ 運用」「低学年時からの指導の拡大」についても半数近くが「とても思う」と回答しており、まだこれから検討・改善すべき課題が多い状況であることがわかる。

4 社会で求められる力

4-1 仕事で必要とされている能力・スキル

高いレベルの必要性を感じているのは、若年層で「傾聴力」、中堅層では「問題解決力」。

社会では実際にどのような力が求められているのか。この節では、文部科学省の「学士力」、経済産業省の「社会人基礎力」などを参考にして、社会で求められていると思われる能力 ・ スキルを25項目設定し、様々な角度から質問を行った結果を紹介する。まず、今の仕事での必要度合いを社会人にたずねたところ、社会人1-3年目の若年層の3割強が「高いレベル ・ 程度が必要である」と感じているのは、「傾聴力」「問題解決力」「倫理観」「継続的な学習力」。10-12年目の中堅層では、これらの能力が必要とされている全体の割合(「高いレベル ・ 程度が必要」+「やや高いレベル ・ 程度が必要」+「基礎として必要」)にほとんど変わりはないが、必要とされるレベルや程度の感じ方が「高いレベル ・ 程度が必要」が減り、「やや高いレベル ・ 程度が必要」「基礎として必要」が増えている。反対に中堅層で「高いレベル ・ 程度が必要」が増えており、全体の必要度もあがっているのが「リーダーシップ力」である。

4-2 社会人に身についている能力・スキルの度合い

若年層と中堅層とで能力・スキルの身につき度合いが大きく違うのは「問題解決力」「リーダーシップ力」。

社会人の能力 ・ スキルの身につき度合いについて、若年層と中堅層を比較すると、中堅層の方が身についている割合(「身についている」+「まあ身についている」、以下同)が総じて高くなっているが、なかでも20ポイント程度高いものが「問題解決力」「リーダーシップ力」である。逆に、若年層と中堅層であまり違いがないものが、「英語(外国語)で読み、 書く」「英語(外国語)で聞き、 話す」「継続的な学習力」である。仕事を通じて伸びていく力と伸びにくい力があるようだ。ただし、英語については、現在仕事で必要とされている人が4割程度と、他の項目に比べて少ないことも一因であろう。

4-3 社会人が5年後に重要となると思う能力・スキル

「プレゼンテーションスキル」「問題解決力」「リーダーシップ力」がべスト3。

近い将来に重要になる、と社会人が感じている能力 ・ スキルは何か。若年層も中堅層も、上位3項目は、「リーダーシップ力」「問題解決力」「プレゼンテーションスキル」である。若年層ではもっとも高いものは「プレゼンテーションスキル」だが、上位3項目で選択率にほとんど差はない。一方、中堅層では「リーダ-シップ力」が4割強ともっとも高くなっており、経験年数による求められる力の違いを反映した結果となっている。職種別、部門別にみても、中堅層では「リーダーシップ力」は職種、部門によらずもっとも高くなっている。また、中堅層では「英語(外国語)で聞き、話す」が上位に入っている。

4-4 社会人になる前に身につけたい能力・スキル

若年層では「継続的な学習力」、中堅層では「倫理観」が最も高く「英語」も上位に。

社会人になる前に身につけておいた方が望ましいと思う能力 ・ スキルは、若年層では「継続的な学習力」「チームワーク力」「ストレスコントロール力」、中堅層では「倫理観」「英語(外国語)で聞き、 話す」「英語(外国語)で読み、 書く」が上位3項目。また、職種別、部門別にみると、中堅層の技術職では「英語(外国語)で聞き、 話す」「英語(外国語)で読み、 書く」が上位に、また「研究 ・ 開発」部門においては、若年層も中堅層も「英語(外国語)で聞き、話す」「英語(外国語)で読み、 書く」が上位にきており、中堅層では4割強が選択している。理系を中心とする職種や部門で、特に英語の必要性が感じられている様子がうかがえる。

4-5 大学生の能力・スキルの身につき度合いと育成状況

「英語力」と「グローバルな視野」は、身につき度合いが低い。

大学生の能力 ・ スキルの身につき度合いは、「英語(外国語)で読み、 書く」「英語(外国語)で聞き、 話す」 は2割前後(「身についている」+「まあ身についている」)と低い。また、学生が授業で育成機会があったと感じている割合を学部系統別にみると、外国語 ・ 国際学系統は「プレゼンテーションスキル」などコミュニケーションスキルが高く、法学系統は「論理的思考力」など思考力系が高いなど、学部特性の表れた結果となっている。学部間で大きく異なるのは「グローバルな視野」で、外国語 ・ 国際学系統で66.7%に対し、理工学系統では8.0%である。




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2012年5月27日日曜日

「大学データブック2012」から見えてくるもの(2)

前回に続き、「大学データブック2012」から主な要点を引用しご紹介します。

第2章 大学生の学習・生活

1 大学で過ごす時間

1-1 通学日数

1・2年生では7~8割の学生が週5日以上通学。4年生になると文系・理系で大きな差。

大学生の1週間の平均通学日数は4.4日で、週5日以上大学に通っている学生が約6割である。学部系統別には、「医 ・ 薬 ・ 保健」系統がもっとも多く、平均通学日数が5.0日、9割が週5日以上大学に通っている。さらに4つの学部系統に絞って学年別の平均通学日数をみると、1・2年生では学部系統によらずほぼ毎日通学している学生が多いが、4年生になると「人文科学」「社会科学」系統は大きく減っている。

1-2 授業の出席割合

授業の9割以上に出席する大学生が全体の7割。

授業の平均出席割合は、9割以上出席している学生が4学年全体で69.7%で、1年生は79.6%にのぼる。学部系統別では、「医 ・ 薬 ・ 保健」系統の出席割合がもっとも高く、66.4%が10割出席している。一方、「社会科学」系統では10割出席は30.8%にとどまる。学年別には1年生から4年生にかけて出席割合は全体的に低くなっていくが、特に「社会科学」系統で、学年が進むほど、顕著に低くなっていく様子がわかる。

2 授 業

2-1 大学での学びの役立ち感

大学生の約7割が「大学の授業で学んだことは将来役に立つ」と感じているが、学年があがるにつれ減少傾向。

大学での学びを、「大学の授業で学んだことは将来役に立つ」と肯定的にとらえている大学生が69.2%(「とてもそう思う」+「まあそう思う」、以下同)、「授業に限らず大学で学んだことは将来役に立つ」については78.1%と、どちらも多くの学生が大学での学びを将来に有用であると考えている。「大学の授業で学んだことは将来役に立つ」について、学年別にみると、1年生で74.4%が肯定しているのに対し、4年生では64.8%と9.6ポイント低くなっている。学部系統別には「医 ・ 薬・ 保健」系統で85.5%と肯定の回答がもっとも高いが、「社会科学」系統では、64.3%ともっとも低く、両者で21.2ポイントの差がみられる。一方「授業に限らず大学で学んだことは将来役に立つ」については学年別、学部系統別にあまり違いはみられない。

2-2 授業に対する選好

約6割の学生が、幅広い分野について学び、授業を通じて将来やりたいことをみつけたい。

大学生に、大学の主に授業に関する選好をたずねた結果、将来やりたいことを決めて授業をうけるより、「授業を通じ将来やりたいことをみつけるほうがよい」(57.0%)、特定の専門分野よりも「幅広い分野の知識や技能を身につけたほうがよい」(59.2%)と考える学生がどちらも半数を超えている。具体的な形式や内容面については、演習形式よりも講義形式の授業を82.0%が好み、応用・発展的な内容より基礎・基本が中心の授業の方を72.9%がよいとし、定期試験やレポートよりも出席や平常点を重視した成績評価を70.0%が望んでいる。やりたいことを見つけるべく幅広く学びたいという傾向とともに、どちらかというと広く浅く学びたいという志向性もみてとれる。中でも学部系統別に違いの大きかった4項目であるが、「人文科学」系統で、「授業を通じて将来やりたいことをみつけるほうがよい」がもっとも高く(66.2%)、カリキュラムの系統性は自由な方を好み(76.3%)、幅広い分野の知識や技能を身につけることを望んでいる率も高い(63.8%)。それとは反対の傾向を示しているのが「医 ・ 薬 ・ 保健」系統であり、職業との関連の明確な学部とそうでない学部で選好の違いが表れている。

2-3 経験した授業のスタイルと評価

プレゼンテーションの機会のある授業がためになったと感じている学生が多い。

大学生に、大学での授業のタイプ別に経験度合いとその評価についてたずねたところ、「プレゼンテーションの機会のある授業」は8割の学生が経験しており(「よくあった」+「時々あった」)、そのうち「とてもためになった」と感じている率が35.1%と高くなっている。次に学生が「とてもためになった」と評価している率が高いのは、「教室外で体験的な活動や実習を行う授業」(31.5%)で、経験している学生の割合は5割程度であるが、経験するとためになったと感じる学生が多いようである。

3 学習時間

3-1 授業の予復習や課題をする時間

半数の大学生は、授業に関する学習が「週1時間未満」。

「授業の予復習や課題」を全くしていない学生が全体の20.2%、1週間あたり1時間未満しかしていない学生も加えると48.7%と約半数がほとんど予復習や課題をしていないことになる。学部系統別では「社会科学」系統で1時間未満の割合がもっとも高く56.9%である。さらに学年 ・ 学部系統別に、週1時間以上勉強している割合をみると、やはり「社会科学」系統で、とりわけ3年生以後の比率の低下が顕著である。

3-2 授業以外の自主的な勉強時間

3割の学生が「授業以外の自主的な勉強」をまったくしていない。

31.7%の学生が「授業以外の自主的な勉強」をまったくしていない。1週間に「1時間未満」しかしていない学生も加えると61.4%と半数を超える。学年・学部系統別で1時間以上勉強している学生の割合を比較すると、「理工」「医 ・ 薬 ・ 保健」系統で4年になると大きく時間が増えるが、一方、「人文科学」「社会科学」系統は3年をピークにして少し下がっている。

3-3 定期試験・レポートの準備期間

定期試験やレポートの準備にかける日数は1週間以内が約半数。

定期試験とレポートの準備にかける期間は、全体では、ともに「1週間前」からとする割合が大きく、定期試験24.6%、レポート26.2%となっている。1週間未満の層を含めると、半数程度が「1週間以内の準備」で定期試験、レポート作成に臨んでいる。このうち定期試験の準備については、学部系統を問わず、1割程度の学生が「前日」または「当日」に準備、もしくは「特に準備しない」状態で試験に臨んでいる。

4 課外活動

4-1 サークル・部活動

半数の学生がサークル・部活動に参加。入学時の満足度と相関。

大学でのサークル活動や部活動については、ほぼ半数(49.0%)が参加している。活動の頻度は週1日が20.4%ともっとも多い。週4日以上と活発に活動している学生(21.6%)と同程度である。また、この状況は入学時の意識とも関連している。この大学に「ぜひ入りたいと思って進学した」との意識をもって進学したグループのサークル・部活動への参加率は56.6%と他を10ポイント以上上回っており、入学段階での高い満足感が、その後の積極的な大学生活へとつながっている様子をうかがうことができる。

4-2 アルバイト・社会活動

アルバイトに力を入れる学生は約8割と多いが、ボランティアなど社会活動に力を入れる学生は2割台にとどまる。

アルバイトをしている学生は全体の6割程度(63.7%)で、頻度は「週に3日」程度がもっとも多い(32.1%)。大学生活を通してアルバイトに力を入れた(「とても力を入れた」+「まあ力を入れた」+「少し力を入れた」、以下同)とする学生(4年生)が79.2%なのに対し、社会活動(ボランティア・NPO活動など)については調査時点の2008年現在で24.2%とさほど多くはない。



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2012年5月26日土曜日

「大学データブック2012」から見えてくるもの(1)

これからの大学教育のあり方を考える材料を提供することを目的として、Benesse教育研究開発センターが2011年度までに実施した様々な調査結果の中から、高等教育(学士課程教育)に関連するデータを選択して編集した「大学データブック2012」から主な要点を引用しご紹介します。

この報告書では、大学教育改革に役立ちそうな調査結果が次の5つの観点から整理されています。
  1. 高校生の学習・進路選択の状況
  2. 大学生の学習・生活の状況
  3. 海外留学の課題
  4. 就職活動の現状、社会で求められている力
  5. 大学の内部質保証の課題

第1章 高校から大学へ

2 大学受験・進学

2-1 大学受験に対する意識

5~6割の高校生が「行先がなくなるのは怖い」「できるだけ楽に済ませたい」と回答

親子とも「学力を伸ばすよい機会だ」と回答した比率がもっとも高かった。しかし、受験は「学力を伸ばすよい機会だ」「成長を促すよい機会だ」と回答した比率は、親が子どもよりも10ポイント前後高い。他方、子どもは親よりも、「受験に失敗し、行先がなくなるのは怖い」が15ポイント以上、「できるだけ楽に済ませたほうがよい」が20ポイント以上高い。

2-2 大学進学に対する意識

子どもは親よりも、「大学に行けば社会で活躍するための実力がつく」、親は子どもよりも、「大学に入ったら勉学に力を入れてほしい」と考えている。

「大学で過ごすこと自体が子どもの人生経験として貴重だ」「大学で学問に取り組めば専門性を高めることができる」と回答した比率は、親子とも約9割と高い。一方で、子どもは親よりも、「大学に行けば社会で活躍するための実力がつく」、親は子どもよりも、「大学に入ったら勉学に力を入れてほしい」と考える傾向がある。大学進学後の親の心配としては、72.9%が「大学卒業後にすぐに就職できるかどうか」を心配しており、もっとも高い。

2-3 大学を選ぶ際に重視すること

親子とも、「専攻したい学問分野があること」をもっとも重視している。子どもは「入試難易度」「キャンパスの雰囲気」、親は「授業料負担」「就職実績」を重視。

大学選択の際にもっとも重視するのは、親子とも「専攻したい学問分野があること」である。第2位以降は、子どもは「入試の難易度が合っていること」「キャンパスの雰囲気がよいこと」と続くが、親は「授業料が過度の負担にならないこと」「就職実績がよいこと」と続く。

2-4 生徒の進路意識が高まる時期

高校生の進路意識がもっとも高まるのは、高校3年生の6月頃。

高校の進路担当の教員が実感していることによると、高校2年生の9~10月以降に生徒の進路意識がやや高まり、高校3年生の4月に大きく上昇して6月頃にピークを迎えるようだ。一方、高校教員が生徒に進路意識を高めてもらいたい時期のピークは、高校2年生の10月となっている。高校生の進路意識が高まる時期は、高校教員が期待しているタイミングよりも半年以上遅いということがわかる。

2-5 大学入試方式に対する考え

4割強の高校生が、「推薦・AO入試」の利用を決定または関心あり。その理由は、「早く進学先を決めたいから」。

43.1%の高校生が「推薦入試やAO入試の利用を決めている・関心がある」(推薦入試やAO入試の利用を「すでに決めている」+「とても関心がある」+「なんとなく関心がある」)と回答している。その理由は、「早く進学先を決めたいから」が66.6%ともっとも高く、続いて「一般入試へ向けての受験勉強は大変だから」が39.4%と高かった。

3 大学情報のニーズ

3-1 子どもの進路選択に対する保護者の関与

6割の保護者が「学校の情報を集める(資料の請求やインターネットによる情報収集)」と回答。

59.7%の保護者が「学校の情報を集める(資料の請求やインターネットによる情報収集)」と回答している。「学校の入試方法を調べる」(56.1%)、「子どもに合いそうな学校を調べる」(53.5%)、「具体的な受験校を子どもにアドバイスする」(50.0%)は、いずれも5割台であった。情報収集に熱心な保護者の姿が目に浮かぶ。

3-2 高校生の保護者が求める大学情報

過半数の保護者が、「学費や納付方法」「毎年度の卒業後の就職先(率)、進学先(率)」に関する情報が「大いに必要」と回答。

「入学・入試に関する情報」や「学費に関する情報」「就職に関する情報」を「大いに必要」、と回答した比率が3~5割と高くなっている。なかでも、「学費や納付方法に関する情報」「毎年度の卒業後の就職先、進学先に関する情報」「毎年度の卒業後の就職率、進学率に関する情報」は、過半数の保護者が「大いに必要」と回答している。保護者が不足していると感じる大学情報については、「毎年度の卒業後の就職先、進学先に関する情報」が2割を超えており、相対的に高い。

3-3 高校教員からみた大学の課題

約8割の高校教員が「十分な情報を開示していない大学への進学は勧められない」と回答。

「就職率や定員充足状況など、十分な情報を開示していない大学への進学は勧められない」と回答した比率(「とてもそう思う」+「まあそう思う」、以下同)が78.2%でもっとも高い。続いて、「学部・学位名を見ても何を教えているのかがわからないことが多い」が70.0%と高くなっている。なお、「生徒には、教育内容よりも就職率のよい大学を勧めたい」と回答した比率は約2割であった。高校教員は、大学の教育内容も重視して高校生の指導にあたっていると考えられる。

3-4 高校教員が求める大学情報

7割弱の高校教員が「入試科目の内容や合格要件」、6割前後が「毎年度の卒業後の就職先(率)、進学先(率)」が「大いに必要」と回答。

「入学・入試に関する情報」「学費に関する情報」「就職に関する情報」を「大いに必要」と回答する比率が高くなっている。なかでも、「入試科目の内容や合格要件に関する情報」が「大いに必要」と回答した教員は67.1%ともっとも高い。「毎年度の卒業後の就職先、進学先に関する情報」「毎年度の卒業後の就職率、進学率に関する情報」も、6割前後と高い。

4 高校教員からみた大学の課題

4-1 進路指導をする上での課題

「生徒の基本的な学習習慣が確立していない」「進路を決めきれない生徒が多い」ことが高校での進路指導のネックとなっている。

88.1%の高校教員が「生徒の基本的な学習習慣が確立していないこと」に困難を感じる(「とても困難を感じる」+「やや困難を感じる」、以下同)と回答している。「とても困難を感じる」比率は51.7%と半数を超えていることから、多くの教員が感じている共通の課題と考えられる。「進路を決めきれない生徒が多いこと」に困難を感じる教員も76.8%と高い。また、「進学環境の変化が速いこと」「大学の入試制度が複雑なこと」といった環境要因に起因する課題も、6割台と高くなっている。

4-2 高大接続の課題

75%の高校教員が、「推薦やAO入試で早期に進路が決まった生徒に対し、卒業まで勉強させるような仕組みを大学と共同して検討する必要がある」と回答。

「推薦やAO入試で早期に進路が決まった生徒に対し、卒業まで勉強させるような仕組みを大学と共同して検討する必要がある」と回答した比率(「とてもそう思う」+「まあそう思う」、以下同)がもっとも高く、75.4%であった。また、「推薦入試やAO入試にもっと学力検査を課すべきだ」「推薦入試やAO入試の実施割合をもっと減らすべきだ」という回答も、6割前後と高い。


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2012年5月25日金曜日

受け身の教育から能動的な学修へ

中央教育審議会大学教育部会の主催により開催された「大学教育改革地域フォーラム­」において、議論の導入として使われた映像が公開されています。

2012年5月24日木曜日

学士課程教育の改革

論考「大学教育の改善に必要なこと-中教審審議まとめを読んで」(桜美林大学大学院・大学アドミニストレーション研究科教授 山本眞一 氏)(文部科学教育通信 No291 2012.5.14)を抜粋してご紹介します。

中教審が新たな審議まとめ

大学改革が引き続き進行中である。しかしその改革の中心は、2005年の中教審将来像答申を境目として、それまでの高等教育システムの外枠すなわち制度に関わるものから、そのシステムの運用とりわけ教育の内容・方法の改善に軸足を移すようになっている。質保証やグローバル対応を中心概念としたこの新たな動きは、最近いよいよ佳境に入りつつあるようだ。そのような折、今年3月、中教審大学分科会大学教育部会から審議まとめが出た。この審議まとめは「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ」という、従来の審議会では副題として表記されるべきものがメインのタイトルに付けられており、読む者には、ある種の抵抗感と同時に、極めて斬新な印象を与える。それだけでもこれからの大学改革の核心を何とか表そうとした政策当局の苦心が窺えるものである。以下、この審議まとめを中心にこれからの大学教育の改善に必要なことについて、若干の考察を加えてみたい。

この審議まとめは5つのパートから成っている。第一は「予測が困難な時代と大学の責務」と題して、そのような時代に対応できるよう学士課程教育は「学生の思考力や表現力を引き出し、その知性を鍛え、課題の発見や具体化からその解決へと向かう力の基礎を身につけることを目指す能動的な授業」でなければならないとする。またそのためには十分な学修時間を確保する必要があるが、実態としては学修時間が不足していることを問題視している。

第二には、その十分な学修時間は学生の主体的な学びの確立のために必要であり、単に学修の量だけではなく質を伴うものとしてとらえなければならないとし、また国際的な信頼の源泉として学修時間の確保が不可欠だとも言っている。

第三に「個々の授業が学士課程教育の質的転換に向けて進化するために」は、授業を担う教員がそのことを自覚し、努力することが必要だとする。そのためには、学生の学修到達度を図る方法等の研究・開発の推進、大学における教育情報の活用・公表を目的とする「大学ポートレート(仮称)」の整備など、さまざまな改善方策に対して関係機関による支援を求めている。

第四には、今後の検討課題として、各大学における学生の学修の実態の把握、質を伴った学修時間の増加方法や施策、教員の教育力向上方策、学修成果の達成度の把握やこれを重視した認証評価の在り方、全学的な教学マネジメントの在り方などの具体的項目を列挙している。

最後に第五として「大学は主体的に学ぶところの原点に立ち返るために」として、各大学が「質を伴った学修時間の実質的な増加・確保を始点として学士課程教育の質的転換に直ちに取り組むこと」を提言し、併せて関係機関がこれを支援・奨励する必要があることを提言している。

教育改善への強いメッセージが

一読して感じられることは、大学教育は変わらねばならないという強烈なメッセージ性である。確かに、これまでの教育は教員が教えられるもの、教えたいものがあまりにも優先されて、学生にとって何が必要で有効かという視点が欠けていたように思う。また、授業科目を教えることは教員の義務というよりも権利だと主張して、受講生がほとんど集まらない科目が多数見られるという状況もあった。この際、それは改める必要があるだろう。もっとも、教育を受けた学生はいずれ社会に受け入れられなければならない。社会の側の変化と連動させつつ、変革への舵取りを強力に推進しつつ、「好循環」を始動させることが重要である。

私にとってとくに印象深い表現は、「今後果たすべき学士課程教育の役割」の部分で「高度成長期の社会において通用していた『企業は大学教育に多くを期待しておらず、入社後の社内教育と実務上の経験や実践で人材を伸ばしている』、『昔から大学生は勉強しておらず、それでも卒業後社会で十分に活躍してきた』といった認識は転換することが迫られている」というくだりである。確かに正論であり、これからの脱却は大学教育の飛躍的充実と改善のために必要不可欠である。ただ、現在なお博士や修士が企業であまり歓迎されないこと、勉強に足るような教育を大学が必ずしも提供し得ていないことなどを考えると、このくだりは、すでに実態がそうなっているというよりも、学士課程教育の改革によって打破すべき古い概念だと理解すべきものではないだろうか。

今後の検討課題の解明を急げ

この審議まとめにはいくつかの課題もある。第一に、主張は確かに勇ましくまたこれまでになく具体的であるが、未解明の課題の解決が前提となる議論が多いように思う。審議まとめ自身今後の検討課題に挙げている「学修の実態」や「学修成果の達成度」などは、学修時間と教育の質的転換との関連を裏付けるための前提となるものであり、早急にその把握に努めなければならない。ちなみに、学修時間の確保が教育の質的転換に不可欠との主張は、私にはいささか性急な論理に思える。むしろ何をどのように教えるかという視点を「好循環」の始点にする方が適当なのではないか。もちろん大学というものの特性すなわち自律性や多様性を確保するには、学修時間という中立的な概念を中心にもってくるのが現実的との判断かも知れないし、現に審議まとめはそのことにも触れている。しかし改革の具体化を、大学団体や各大学の努力にゆだねれば、内容・方法の議論が自律性に反することはないだろう。

第二に、審議まとめにはかなりの数の専門用語が散りばめられている。付属の用語集には、アクティブ・ラーニングからルーブリックまで19もの用語が解説されているが、これでは多くの大学関係者の理解を得るのは困難であろう。また、その用語が独り歩きして、改革手段と目的が逆転するようなことが起こっても困る。これらの概念を大学改革に生かしたいとするその道の専門家の熱意は了解するが、事務当局におかれては、今後バランスの取れたわかりやすい文書に仕上げてもらいたいものである。

第三に、審議まとめの最終部分に、質を伴った学修時間の増加のためには学生への経済支援や教員の負担軽減が必要、さまざまな学生を受け入れており一律に論ずることはできない、大学教育の本質は時間では計れない、質を伴った学修時間の増加の具体策が必要、などの議論や論点がありうることが書かれており、これらは中教審の議論の中から出てきたものなのかどうかは承知しないが、いずれも重い検討課題である。経済的理由からアルバイトによって学費を稼ぎつつ学修をせざるを得ない学生にはいかなる手立てを講じるのか、高等教育に対する公費投入が諸外国に比べて見劣りするわが国において、教育の質的充実はどのように図ればよいのか、など中教審の描く理想とは異なる現実への対処がますます重要になってきている。

いずれにせよ、大学教育はそのシステムを抜本的に改革することが必要である。「安上がり」を当たり前に考えてきたわが国の大学教育とりわけ文系の教育は、このままでは知識社会やグローバル化社会には耐えられないのではないかと思う。ただ、すでに世の中で成功を収めている人々の少なからぬ数は、この安上がりの教育体験の持ち主である。彼らを説得することは容易ではないだろうが、わが国と国民の将来のために中教審はがんばってもらいたい。(文部科学教育通信 No291 2012.5.14)

2012年5月23日水曜日

PTA会費について考える

最近、PTA会費についての記事がいくつか目に止まりました。

PTA費、学校運営に流用 12府県市の監査で改善要求(2012年5月10日朝日新聞)

大阪府や名古屋市など12の府県・政令指定市の一部の公立高校が、保護者らから集めた金を公費の代わりに学校経費に充てたとして、2007~11年度の県や市の監査で改善を求められていたことが朝日新聞の調べで分かった。PTA会費や後援会費といった学校徴収金を校舎修繕費や教職員手当などに充てていた。こうした実態を問題視し、文部科学省も9日、全国調査に乗り出した。
学校の経費は、学校教育法で「設置者(府県や市)の負担」とされる。負担の範囲について、文科省の担当者は「給与や施設の建設・修繕など学校本来の役割に必要な経費」と説明する。
朝日新聞は、市立高校のない相模原市を除く全66の都道府県・政令指定市の教育委員会に07~11年度の公立高校の学校徴収金について尋ねた。その結果、12府県・市の監査で、使途を示して「公費負担すべきだ」などと指摘されていた。 (関連記事)

「学校に係る経費をPTAがどこまで負担すべきなのか」「会費が何に使われているのか」については、これまで不明確であり不透明すぎたような気がします。また、明確にされていても、残念ながら適切に守られてきたようには思えません。

今回は、教育熱心なPTAが多いことで知られる国立大学法人の附属学校を例にしてご紹介します。

国立大学法人のうち、教員養成系の大学や学部には、幼稚園、小学校、中学校(以下「附属学校等」といいます)が設置されています。ここに在籍する幼児、児童、生徒の保護者に「負担を求めることが適当でない経費等」については、既に、文部科学省から通知(「附属学校の運営に要する経費等の取扱いについて」(平成12年6月13日 文部省高等教育局大学課教育大学室長通知))が出されており、以下のように明確にされています。
  1. PTAは附属学校の教員が構成員となっているため、形式の如何を問わず、当該学校等への金員や物品の提供等(以下「寄付」という。)を目的とする会費の徴収や募金活動をすることはできないこと。

  2. 附属学校等の後援会等(名称の如何を問わず、当該学校等の教育研究の振興等を会の目的として保護者が主たる構成員となっているものをいう。)から寄付を受ける場合には、以下の点に留意し、疑義がある場合は寄付を受けないこと。

    1. 募金活動は、後援会等当該団体の活動に必要な会費の徴収とは別に行われること。
    2. 寄付は、あくまでも寄付者の自発的意志によるもので、寄付金額についても割当等の方法によらない任意の額となっていること。
    3. 募集要項等において、その目的、趣旨及び寄付自体の任意性、寄付金額の任意性が明確になっていること。
    4. 募金の趣旨が、附属学校等の教育の振興・充実等を目的とするものであること。
    5. 募金活動、その他経理全般について、法人の職員は一切関与しないこと。
    6. 法人は、寄付金として受け入れ、学内規則等に従って適性に処理すること。また、物品を受け入れる場合にも、所定の寄付手続きによること。
また、附属学校等の「運営費の負担区分」についても、以下のとおり明確にされています。

1 国立大学法人の予算で賄うべきもの

学校の教育・管理運営上不可欠なもの
例)非常勤講師雇用費(寄付金で支弁して差し支えないものを除く。)、給食要員雇用費、学校図書館司書雇用費、年間雇用の清掃要員雇用費

2 私費(保護者負担)で賄うべきもの

受益者負担とすべきもの
例)給食材料費、修学旅行費、臨海学校・林間学校参加費、クラブ活動の児童・生徒の参加旅費、個々の学習活動に使用するもの(ワークブック、漢字ドリル)、直接口にするもの(笛、ハーモニカ)、家庭に持ち帰るもの(図画工作用の粘土、版木)、卒業記念写真集

3 寄付金で支弁して差し支えないもの

学校教育の振興・充実に充てるもの
例)児童・生徒用備品購入費(パソコン、シューズボックス、ロッカー、楽器)、図書購入費、教員の会議出席旅費、研修会出席旅費、クラブ活動引率旅費、修学旅行引率旅費、講師招聘旅費・謝金、非常勤講師雇用費(教育効果の上乗せを図るもの)
しかしながら、現実には、各附属学校等の教員やPTA役員等の判断により経費の徴収方法や使途が決定されるため、結果として、保護者や社会に対して説明できない、又はしずらい内容になっている場合があります。例えば、以下のような事例です。

1 保護者負担の校納金(学級費、教材費等)について
  • 入学説明会等の機会に、保護者に対して「校納金の趣旨、保護者に負担を求める理由、残金処理を含む会計報告等」についての説明は行われているものの、徴収事務を効率的に行うために、「附属学校等が直接管理する資金(学級費、教材費等)」と「PTAや後援会等が管理する資金(会費等)」を混在して徴収している場合があります。この場合には、それぞれの「資金管理の主体」が保護者にとって不明確となるばかりか、徴収した全ての資金の管理責任が附属学校等に存在するかの誤解を生みやすい状態になることが懸念されます。徴収する資金ごとに、その管理主体を明確にし、責任と権限の明確化を図る必要があります。

  • 国立大学法人の場合、保護者から徴収された校納金については、簿外処理を防止する観点から、公金としての適正な会計処理や監査を行う必要があります。しかし、使用結果である決算について、未だに法人化前の手法を踏襲し「保護者」が監査を行っている国立大学法人があります。公金という性格上、使途の正当性、管理の適正性等についての監査は、国立大学法人が責任を持って行うべきです。

  • 校納金の出納は、通常、附属学校等の教職員が行うことになりますが、その責任と権限が学内規則上明確にされていない国立大学法人があります。また、通帳や現金等を附属学校等内の金庫において管理している場合が多いわけですが、通常備えなければならない金庫監守のための規定等を作成していない国立大学法人もあるようです。このような国立大学法人は、早急に必要な規定を整備し適正な管理体制を構築する必要があります。
2 後援会からの寄付金について
  • 寄付者への説明(募金の趣旨等)は、入学説明会等の機会に適切に行われているものの、後援会自身ではなく附属学校等の教職員が行っている場合があります。また、「後援会自身の活動に必要な資金」と「後援会が附属学校等に寄付する目的で募金する資金」とを混在して徴収している場合があります。資金の趣旨・使途、管理主体が不明確なまま保護者から徴収することにならないよう、それぞれについて明確に説明し、責任と権限の明確化を図る必要があります。

  • ほとんどの後援会の会則では、附属学校等の教育の振興・充実のために行う募金は、「会員の自発的な意志によるもので、募金の額は任意とする」ことになっています。しかし、募金を行うに当たって、事前に附属学校等から、寄付金の使途が記載された「使用計画書」の提出を受けたうえで資金を徴収しているケースがあり、この場合の使用計画書の提出は、附属学校等からの寄付の請求行為といった誤解を招くことが懸念されます。使用計画書は、あくまでも寄付後に作成されるべきです。

  • 募金への賛同者を確保すること等の観点から、後援会が、寄付金額の「割当」を行っている場合が未だに見受けられますが適切ではありません。

  • 募金主体である後援会の会長や運営委員等に、国立大学法人の現職教職員が任じられている場合がありますが、募金活動や寄付金の経理に、寄付を受ける側の教職員が関与することは、リスク管理上適切とは思われず改善すべきです。

附属学校の場合、公立学校に比べて、入学時の寄付金(後援会を通じた附属学校等への寄付金を含む)が高額であり、保護者に求める財政的負担が大きいと言われています。我が国は、教育に対する公財政支出がOECD先進諸国中最低レベルであり、一方で、家計負担に占める教育費の割合が極めて高いことが社会的問題となっています。加えて、世界的な経済状況の悪化を受け、家計に占める教育費負担の割合は拡大しています。そのような中で、附属学校等が、好況期同様の家計負担を保護者に求めることが果たして適切かどうか十分な検証を行うべきだと思います。景気の動向、附属学校等で学ぶ子ども達の家計の状況、公立学校等における保護者への財政負担の動向等を調査・分析した上でお願いする負担額を決定することが、果たさなければならない説明責任ではないでしょうか。

また、附属学校等の教育の質を安定的に維持・発展させていくためには、国立大学法人から附属学校等への財政支援の充実が不可欠です。附属学校等が教育上必要な資金を確保するために保護者へ過大な負担を求めることのないよう、国立大学法人は、文部科学省から附属学校等のために交付された資金を責任を持って確保し配分しなければなりません。国立大学法人の附属学校等として、その存在意義を社会に説明できる機能を果たすために必要な資金を政策的に充実させる取り組みを進めるべきでしょう。



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2012年5月22日火曜日

何かが欠けている

本当の進むべき道が判らないまま、超え方だけを人に教わろうとしている。
教科書やテレビやコンピュータ画面ばかりを見て、現実を見ようとしない。相手の現場に立とうとしない。小賢く振舞いながらも、生き方に迷っている。
薪を踏みつけにし、火種を掲げて先を急ぐ。
遠い未来に夢を抱かずに、今日と明日の幸せだけを求めている。
出来ない理由を分かろうとせず、汗を流そうとせずに、結果と豊かさだけを求めている。
力を尽くし、物事に動ぜず、他を受け入れる心の広さ。これは、どんな状況、いつの時代でも必要な心構えだ。

戦後、日本人は、何かを「命がけ」でやることを否定してしまった。覚悟しないで生きられる時代は、いい時代である。だが、死を意識しないことで、日本人は「生きる」ことをおろそかにしてしまってはいないだろうか。(明日葉 No12 2006.10.1 から引用)

2012年5月21日月曜日

政府は不退転の決意が必要(土光敏夫)

国民の皆様へ

明日をもって、行革審はその任期を終え、解散いたします。顧みれば昭和56年3月鈴木内閣によって臨調が設置され、中曽根内閣に引き継がれ、さらに行革審となって、今日まで5年3か月約2千日になります。

この間、国民の皆様の絶大なるご支援を得て、臨調・行革審は、全国民的課題である行政改革の推進に努めて参りました。臨調発足当時、行政は肥大化し、財政はまさに危機的状況にありました。このままでは、戦後のめざましい復興を成し遂げ、自由世界第二位の経済対策を実現してきた国民の活力が、失われてしまうのではないかと、私は深く憂慮しておりました。

我が国の将来にとって、国民の活力を維持・発展させるとともに国際社会の一員として責任を果たすことが何より必要であり、それはまさに国家の存立と盛衰にかかわる重大事であります。その意味で、臨調は「活力ある福祉社会の建設」と「国際社会に対する積極的貢献」という行政の二大目標を提示したのであります。

この目標実現の前提として、「増税なき財政再建」の基本方針を厳守し、国民負担比率の上昇を極力抑制しつつ、行財政の改革をやり遂げることが不可欠であります。それは、行政には抜本的な制度・施策の見直しと厳しい削減努力を要請するものであり、国民の皆様には行政に対する甘えを捨て自立自助の努力を求めるものであります。

これまで政府・国会、地方公共団体は、全力を挙げて行政改革に取り組まれ、医療・年金・電電改革等見るべき成果を上げてこられました。しかしながら、国鉄改革をはじめ中央・地方の肥大化した行政の役割の見直し・規制緩和等なお多くの問題が残されております。また、公債依存度はある程度減少したとはいえ、赤字国債依存脱却という当面の財政再建目標の達成はなお困難な状況にあります。

行政改革に倦み、歳出抑制に疲れ、また国際収支の不均衡是正や内需拡大を重視するあまり、行財政改革路線の転換を強く主張する向きもないわけではありません。しかし、市場開放と民間活力の発揮が強く要請されている現在、思い切った行政改革の断行がまさに必要なのであります。

いま、ここで行財政の改革をあきらめられるならば、これまでの努力は水泡に帰し、行財政は再び肥大化の道をたどり、ようやくほの見えてきた明るい希望も消え去るでありましょう。私はこのことが心配でならないのであります。

行政改革は、21世紀を目指した新しい国作りの基礎作業であります。私は、これまで老骨に鞭打って、行政改革に全力を挙げて取り組んで参りました。私自身は21世紀の日本を見ることはないでありましょう。しかし、新しい世代である私たちの孫や曾孫の時代に、わが国が活力に富んだ明るい社会であり、国際的にも立派な国であることを、心から願わずにはいられないのであります。

行政改革を遂行する責任を負っているのは、政府・国会及び地方公共団体であります。政府が不退転の決意をもって行政改革を遂行され、国会が国権の最高機関として政府の努力を鞭撻するとともに率先して国会改革・政治改革に取り組まれることを、私は強く願っております。また、地方公共団体においても、自らの責任において行政改革に邁進されることを念願してやみません。

行政改革の成否は、一に、国民の皆様の支持と熱意にかかっております。私は、より良き明日を拓くため、皆様が、政府・国会及び地方公共団体の改革努力を厳しく見守るとともに、たとえ苦しくとももう一段の痛みに耐えて、行政改革というこの国家の大事業を最後までやり遂げてくださることを、心からお願い致します。


2012年5月20日日曜日

ITマネジメントの確立

論考「大学の情報化とITマネジメントを考える」(筑波大学大学研究センター長・ビジネスサイエンス系教授 吉武博通 氏)(リクルート カレッジマネジメント 174 May-Jun.2012)を抜粋してご紹介します。


何を集約し共通化することで全学最適を実現するか

大学の情報化に関してよく言われることは、学内の各部門で様々なハード・ソフトが使われ、それぞれにデータが蓄積されているにも拘らず、それらをより有効かつ効率的に活用するための、全学レベルでの最適化の仕組みが整っていないというものである。

国立大学に例をとると、初期の計算機導入の目的は学術研究のための計算機利用やプログラミングなどの情報処理教育にあった。大型汎用計算機が導入され、その運用を学術情報センターなどの組織が担い、学内各組織からの要請を受けて、提供する機能やサービスを漸次拡大してきた。

その一方で、分散処理化の流れを受けて、個々の教育研究組織が独自にサーバーやソフトウェアを導入したり、人事・財務などの業務部門が個々にシステムを導入したりという動きが加速されてくる。その結果、学内の様々な部門で異なるハード・ソフトが用いられ、システム相互間の連携、大学全体のシステム構成や費用構造の把握が容易に行えない状況が生まれる。

法人化以降の国立大学がセンターの上部組織として情報環境機構などの組織を置き、副学長の担当を明確化するなどの措置を講じていることの背景に、このような事情がある。同様の体制整備は私立大学や公立大学でも見受けられ、センターと共に図書館を機構等の組織下に置くケースもある。

現在でも、学部・研究科などの組織ごとに自己決定しようとする意識は根強く、ITに詳しい教員のいる組織では、それらの教員の考え方に強く影響を受けることもあるといわれている。組織とシステムの両面において個々の自律性が高いことは大学の大きな強みでもあるが、大学が保有する知や情報の連結・活用、限られた経営資源の効率的投入といった観点からも、集約や共通化は必要である。

ITの導入や利用に関する業務のどこまでを各組織に委ね、何を集約し共通化することで全学最適を実現するか、大学における一つの重要な課題である。


中小規模の大学こそ経営層の関心と理解が不可欠

前述の状況は規模の大きな大学ほどより顕著であると考えられるが、中小規模の大学においてはそれ以上に情報化推進に係る人的資源の制約の方が大きな課題であると思われる。

ITを専門に扱うセンターや事務組織を置き、そこに専任の教職員を配置するだけの余裕がなく、知識・情報や経験の蓄積も不十分な大学も少なくないだろう。組織を設置していても、兼任の教職員の下に常勤職員が1名配置されるだけで、他にはITベンダーの社員が同じ場所に常駐しているだけというケースもある。

このような状態では、法人や大学のトップが関心を持たない限り、新たな取り組みが行われなかったり、事実上ITベンダーに丸投げされたりといった状況が起こり得る。学内で一定の判断や業務を行うにしても、特定の担当者の属人的な能力に依存せざるを得ず、情報化推進の実務を担う人材の計画的育成も難しくなる。

教育や学生サービスの面で特色を出しながら、一方で経営の効率を高めていくためにITは極めて有力な武器となり得るが、経営層の関心や理解、実務を担う人材の育成などに問題を抱えたままであれば、大学として競争力を維持していくことは益々困難になる。

大規模な大学においても、程度の違いはあるが、本質的な部分で同様の問題を抱えていると考えられる。限られた人的資源の中で、情報化推進を担う組織をどう構え、そこに配置する人材をどのように育成していくかは、規模の大小を問わず多くの大学に共通する課題である。


自校の特質に即したITマネジメントの確立

以上のことを踏まえ、大学のITマネジメントを考える上で重視すべき事項を整理してみると、
  1. 法人・大学を率いるトップ自らがITに対する理解と関心を深め、CIO(Chief Information Officer)の明確化を含めて、情報化推進に向けた全学的な取り組み姿勢を明示する

  2. 全学的な立場での情報化戦略の立案と推進の総合調整機能を担う組織を明確化し、そこに情報化にかかわる学内諸部門の情報及びITの動向や他校の事例に係る情報を集約させる

  3. システムを利用するユーザー部門において、自らの業務を分析し、さらなる効率化や新たな価値の付加を目的とした情報化を主導できるように、システム的思考を身につけた人材を長期的視点で育成する

  4. ITベンダーやコンサルティングなどに関する情報を収集し、評価能力を高めながら、これらの外部機能を効果的に活用する

  5. 自校の情報化の全体像、システムの整備・運用・利用状況、保有するIT資産や契約の状況、投資・費用の構造など、情報化に関する実態を可視化する
の5点が挙げられる。


これらの視点で自校の状況を確認した上で、それぞれの大学の規模、組織、経緯などを十分に考慮し、自校の特質に即したITマネジメントを確立していく必要がある。


2012年5月19日土曜日

能力向上の方法を知る(ドラッカー)

貢献という意味での自己開発は、なされるべきことから始まる。自分ではなく課題からスタートする。外の世界のニーズと機会に自らの能力と強みをマッチさせるとき成果が得られる。

具体的には二つの方法がある。一つは、すでによく行っていることをさらによく行うこと、すなわち改善である。もう一つは、それまでとは違うことを行うこと、すなわちイノベーションである。いずれもが重要である。

イノベーションに力を入れ改善を怠ることは間違いである。次のステップを可能とする小さなステップを見つけ続けていかなければならない。もちろん改善にばかり力を入れ、やがてイノベーションを行うべき時がくることを忘れることも、同じように愚かというべきである。

イノベーションは自己開発には不可欠のスキルである。しかも問題があるときではなく、うまくいっているときにこそイノベーションは行わなければならない。日常の仕事を注意深く見て「いま知っていることをみな知っているとして、いまこれを始めるか。成果を生んでいるか、安逸を貪っているだけか、成果を期待しえないことに力を入れているのではないか」を問わなければならない。

歩む道を変え、違う世界を見、新しい目的地に向かうとき、自己刷新がもたらされる。うまくいっているときこそが、外からの助け、良き師の助けが必要なときである。成果をあげるほど、目の前の仕事、緊急の仕事に没入しているおそれがある。そのとき、経験豊かな師が、「それは意味のあることか。自らの最高のものを引き出しているか」を聞いてくれる。

貢献の能力の向上には具体的な方策がある。例えば、教えることが最高の方法の一つである。先生のほうが生徒よりも多くを学ぶ。もちろん誰もが教える機会をもてるわけではない。教えることがうまいわけでもない。楽しんで教えられるわけでもない。しかし、誰でも似た機会はもてる。他人の能力向上を助ける機会はいくらでもある。部下や同僚の成果を向上させることに正面から取り組んだことのある者ならば、教えることが、自らの能力の向上にどれだけ役に立つかを知っているはずである。

能力の向上のための方法のひとつとしては自己採点がある。私の経験からすれば、これは謙虚さを学ぶ最善の方法でもある。私にとっては、できたはずのことと、実際にできたことのギャップを目にすることほど辛いことはなかった。しかしさすがの私も、この自己採点のおかげで目標の立て方や成果のあげ方を徐々にではあるが進歩させることができた。自己採点は、貢献の大きな分野に焦点を合わせ、貢献のできない分野、クライアントや学生の時間を浪費させるだけの分野には手を出さないようにするうえでも役に立った。

自己開発は哲学でも願望でもない。それは人としての成長である。同時に、貢献の能力の向上である。したがって、私はあなたに「明日何をしますか。何をやめますか」とお聞きすることによって本書の結びとしたい。

2012年5月18日金曜日

承認の共同体

論考「共同体としての組織づくり」(日本私立大学協会私学高等教育研究所研究員 岩田雅明 氏)(文部科学教育通信 No291 2012.5.14)をご紹介します。


人を活かす組織

ドラッカーが著書『マネジメント』の中で、「人こそ最大の資産である」、「組織の違いは人の働きだけである」といっているが、平素、いろいろな大学を見ていて全く同じことを感じている。前稿で、募集状況があまり良好でない大学はチャレンジ精神が重視されない風土があると書いたが、そのような組織は、もったいないことに最大の資産である人を活かす機会をつくっていないのである。取り巻く環境が順風だった時代には、新しいチャレンジの必要性を感じる組織は少なく、いろいろな人の意見を受け入れること、新しいことにチャレンジすることは、むしろ対立や混沌を生み、失敗という結果も予想される無用のことだったといえる。

しかし、現状のように少子化という構造的な逆風が吹く環境の中では、選ばれる大学にならなければならない。18歳人口は、2021年度になると現在より10万人程度減少することになる。仮に半分が大学に進学すると仮定しても、5万人の入学者が減少することになる。5万人といえば、小規模な大学で考えると200から300校程度の入学者に相当する数である。このため、各大学ともこの先10年間の18歳人口の安定期に、それぞれの存在意義を高める方策を企画し、実行していく必要があるといえる。

先に大学の危機の時代を迎えたアメリカの、マーケティングの著名な研究者カレン・フォックス博士は、2008年に来日した際にインタビューに答えて次のように語っている。「危機に直面した大学が再生するための方策は、3つしかない」と。博士のいう3つの道とは、規模を縮小するダウンサイジング、他大学によるM&A、そしてイノベーション、変革である。

日本の大学の現状を見てみると、既にダウンサイジングやM&Aといった道を選択した大学も出てきている。もちろん人口減少の時代であるから、市場を調整するという意味でのダウンサイジングや、補強しあうM&Aは有用な選択といえる場合も少なくないであろう。しかし最適な選択肢は、やはり時代のニーズに対応したイノベーションという道である。既存の制度の上に立っての大学経営では、社会の活性化は図れないのである。

ドラッカーによると、イノベーションとは既存の資源に対して、新しい価値を生み出す能力をもたらすことである。そして新しい価値を生み出すのは、当然ながら『人』である。イノベーションをもたらすことのできる組織となるためには、そこで働く『人』の意欲をいかにして引き出し、『人』を活かす組織となれるかにかかっているといえる。


人の意欲を引き出すためには

人は、どのようなときに行動意欲が起きるのであろうか。それは、欲求を満たそうとするときである。日本社会がまだ貧しかった頃は、「食うため働く」ということが、仕事の原動力となっていたのである。心理学者のマズローが提唱している『欲求段階説』というものがある。人間の欲求には段階があって、下位の段階の欲求が充たされると、次の段階の欲求を充たそうとするというものである。

現在の日本の社会、とりわけ大学においては、図の下から3つ目までの欲求、すなわち生理的欲求、安全の欲求、所属の欲求は充足されているといえる。問題は、その次の段階にある承認の欲求である。皆さんの職場では、承認の欲求に関しての充足状況はいかがであろうか。日本の社会では、大学だけでなく、企業も含めてこの承認欲求が充たされていないケースが非常に多いといわれている。私の知り合いのカウンセラーが、悩みを抱え相談に来る人のほとんどが「がんばっているのに認められていない」という不満を持っていると言っていた。日本人には、「言わぬが花」という言葉もあるように、すべてを言葉にすることをよしとしないという文化がある。このため、職場においても、なかなか面と向かって褒めるということは少ないし、小さな成果の場合には、そのまま特に取り上げられないというケースも少なくないと思われる。


では、組織において承認されるとは、どのようなことであろうか。分かりやすい具体例は、昇格とか特別昇給といったことである。その人の挙げた成果が認められ、評価された結果としての昇格、昇給ということが当事者に理解されるため、当事者は承認されたという気持ちを持てるのである。しかし、大学の場合は仕事の成果が数字として表れにくい業務が多く、また数字として表れる業務であっても、それが個人の成果と直接には結びつきにくいという事情があるため、なかなかそのような承認は行われにくい環境であるといえよう。また、仮に昇格、特別昇給といった承認が行われたとしても、それは稀な事例であり、日常的なものではない。教職員の意欲を恒常的に高め、維持させていくためには、日常的に行われる承認の方がむしろ重要なのである。

セミナー等で参加者に「認められたと感じるときは、どんなときですか」という質問をすると、いろいろな答えが返ってくるが、多い答えは「自分の話を上司がよく聴いてくれたとき」とか、「重要な仕事を任されたとき」といったものである。このような状況を生むためには、組織の構成員がお互いの存在を認め合い、皆で共同体としての組織を構成しているという意識を持つことが不可欠である。このような意識を持つことができたならば、他人の話をよく聴くこともできるようになり、よく聴いてくれるから『報・連・相』も進んで行いたくなるというように、良いコミュニケーションの連鎖が生じてくるようになり、その結果、組織の活性化が促進されることになるのである。


アリに学ぶ組織論

新聞に、北海道大学の長谷川英祐准教授が書いた『働かないアリに意義がある』という本が紹介されていた。それによれば、生物は集団ではなく、自分の遺伝子を多く後世に残すことを目的に、これまで進化してきたという。長谷川准教授はインタビューに答えて、生物学から考えた機能する組織とは、部下を理解し、尊重し、部下の意見をきちんと汲み上げてフィードバックを欠かさないというように、そこで働くことが自分のメリットとなると感じられるようなマネジメントが存在する組織であるといっている。そして組織全体が、メンバー同士を仲間だと認め合う『承認の共同体』となっていくことが大切であると結んでいる。

大学は個々の営業社員が売上を上げることで全体の売上が上がるという組織とは異なり、チームプレイで成果を上げていく組織である。先日、ソフトボールのコーチを長年経験した人から聞いた話であるが、ソフトボールの試合では、意識は対戦相手でなく常に自分のチームに向いていなければ駄目であると。チームプレイの秘訣を垣間見たと思った。『承認の共同体』、これからの大学運営のキーワードとなるはずである。(文部科学教育通信 No291 2012.5.14)


2012年5月17日木曜日

成長の原理(ドラッカー)

仕事が刺激を与えるのは、成長を期しつつ、自ら興奮と挑戦と変化を生み出すときである。これが可能となるのは、自らと仕事の双方を新たな次元で見るときである。

指揮者に勧められて客席から演奏を聴いたクラリネット奏者がいる。そのとき彼は初めて音楽を聴いた。その後は、上手に吹くことを超えて音楽を創造するようになった。これが成長である。仕事のやり方を変えたのではない。意味を加えたのだった。

自らの成長につながる最も効果的な方法は、自らの予期せぬ成功を見つけ、その予期せぬ成功を追求することである。ところがほとんどの人が、問題にばかり気をとられ成功の証しを無視する。

報告書も問題に焦点を当てている。最初のページには、前期の業績不振についての要約がある。しかし、そこには当初の計画や予算よりもよい成績を記すべきである。そこにこそ予期せぬ成功の兆しが現れる。最初は無視してしまうかもしれない。「放っておいてくれ。問題の解決に忙しいんだ」

私は訪問看護の非営利組織を運営している女性を知っている。彼女は残業の増加を見て、抑制するのではなく原因を調べた。看護が忙しいのはむしろ午後六時過ぎであることを知った。医療の進歩のおかげで、病気の人が働けるようになり、夜間の治療が増えたためだった。

成長のプロセスを維持していくための強力な手法を三つあげるならば、教えること、移ること、現場に出ることである。第一に、うまくいったことをどのように行ったかを仲間に教える。相手が学ぶだけでなく、自らが学ぶ。第二に、別の組織で働く。そこから新たな道が開かれる。第三に、一年に何度か現場で働く。

ある病院のトップマネジメントの一人が、数年前ストか何かのために、病棟で働かなければならなくなった。毎日がドラマだった。学ばざるをえなかった。真剣にならざるをえなかった。今日その病院では、年に一週間、経営管理者はすべて病棟で働く決まりになっている。

成長のための偉大な能力をもつ者はすべて自分自身に焦点を合わせている。ある意味では自己中心的であって、世の中のことすべてを自らの成長の糧にしている。

2012年5月16日水曜日

維新と占領、二つの「過去」を精算せよ(土光敏夫)

明治時代からわれわれは、先進国に追いつけ追い越せといわれてやってきた。その結果、百年にして、最近ようやく追いついて、あるものは追い越すようになった。しかし、日本の法律や条例などは、古いものがそのまま残っており、太政官布告が未だに現存しているほどだ。こうしたものは、われわれの前進を阻むものだ。また、終戦後、進駐軍が法律や制度、組織をつくった。昭和20年代に決まったものが、それ以来、少しも修正されていない。戦後の日本の変化は、非常に大きく、ずいぶん直すべきものがある。明治維新と占領体制--この二つの過去が現在まで残している問題を改革しなければならない。

現在の日本は、経済的には、インフレも少ないし失業者も少なく、安定している。しかし、外国からは、包囲攻撃をくっており、このまま日本が発展するとは思わない。21世紀に向かって、日本がこれから進むには、国際的にも国内的にも、改正すべき点は多々あり、路線を修正しなければならず、日本は大きく変換せざるをえない。それが、行財政改革なのだ。


2012年5月15日火曜日

沖縄復帰を想う日

今日は、沖縄が本土に復帰して40年目の節目の日でした。2つの記事をご紹介します。


沖縄施政権返還40周年 いまだ「復帰」なし得ず(2012年5月15日 東京新聞)

1972年5月15日、戦後、米軍による統治が続いていた沖縄の施政権は日本に返還された。以来40年。沖縄は本当に日本に復帰したと言えるのか。

復帰当日の午前10時半、東京・九段の日本武道館と那覇市民会館とをテレビ中継で結び、政府主催の沖縄復帰記念式典が始まった。

沖縄返還を主導した式典委員長の佐藤栄作首相は声を詰まらせながら、こうあいさつする。

「沖縄は本日、祖国に復帰した。戦争で失われた領土を外交交渉により回復したことは史上極めてまれであり、これを可能にした日米友好の絆の強さを痛感する」

「本土並み」程遠く

自らの外交成果を誇る佐藤首相に対し、那覇会場に出席していた屋良朝苗沖縄県知事のあいさつからは、復帰をめぐる県民のやり切れない思いが伝わる。

「復帰の内容は必ずしも私どもの切なる願望がいれられたとは言えない。米軍基地をはじめ、いろいろな問題を持ち込んで復帰した。これからも厳しさは続き、新しい困難に直面するかもしれない」

沖縄返還の基本方針は「核抜き本土並み」だ。核抜きとは、沖縄に配備されていた核兵器の撤去、本土並みとは、日米安全保障条約と関連取り決めが沖縄にも変更なく適用されることを意味する。同時に、沖縄県土面積の12・6%を占める米軍基地を本土並みに縮小することでもあった。

佐藤首相は「沖縄の基地は、当然日本の本土並みになるべきものだから順次撤去、縮小の方向にいくと思う」と国会答弁しており、県民の期待も高まっていた。

しかし、沖縄の米軍基地の現状はどうか。県土面積に占める割合は10・2%と依然高く、在日米軍基地の約74%は沖縄に集中する。四十年を経ても「本土並み」は達成されていない。屋良知事の懸念は残念ながら的中したのである。
人権ないがしろに

沖縄の米軍基地はなぜ減らないのか。米軍が「アジア・太平洋の要石」と位置付ける沖縄の地理的な優位性、中国の海洋進出や北朝鮮の軍事挑発に代表される戦略環境の変化など、理由付けしようと思えば、いくらでもできる。

しかし、最も根源的な要因は、沖縄県民の苦悩に寄り添って現状を変えようとする姿勢が日本政府にも、本土に住む日本国民にも欠けていたことではなかろうか。

そのことは復帰40周年を機に沖縄の県紙と全国紙が合同で行った世論調査で明らかになった。

琉球新報と毎日新聞との調査では、沖縄に在日米軍基地の七割以上が集中する現状を「不平等」だと思う沖縄県民は69%に達するのに対し、国民全体では33%にとどまる。また、沖縄の米軍基地を自分の住む地域に移設することの賛否は反対67%、賛成24%だった。

ここから透けて見えるのは、自分の住む地域に米軍基地があると困るが沖縄にあるのは別に構わないという身勝手な意識、沖縄の厳しい現状に目を向けようとしない集団的無関心だ。

沖縄の側からは、なぜ自分たちだけが過重な基地負担を引き受けなければならないのか、それは本土による沖縄に対する構造的差別だと、痛烈に告発されている。

日米安全保障体制が日本の安全に不可欠であり、沖縄が日本の不可分な一部であるというのなら、基地提供という安保条約上の義務は沖縄県民により多く押し付けるのではなく、日本国民ができ得る限り等しく負うべきだろう。

平穏な生活を脅かす日々の騒音や頻発する米兵の事件・事故、日本で起きた米兵の犯罪を日本の司法が裁けない日米地位協定…。圧倒的に多くの米軍基地が残る沖縄では依然、日本国憲法で保障された基本的人権がないがしろにされる状況に支配されている。

人権無視の米軍統治に苦しんだ沖縄県民にとって日本復帰は憲法への復帰だったが、憲法よりも安保条約や地位協定が優先される復帰前のような現状では、沖縄が真の復帰を果たしたとは言えない

本土に住む私たちは、日本の一部に憲法の「空白」地帯が残ることを座視していいのだろうか。

人権意識の高さを売りとする米政府が、沖縄の人権には無関心なことも、不思議でならない。
同胞として連帯を

福島第一原発事故は、福島の人たちに犠牲を強いてきたと日本国民を覚醒させた。政府や企業が発する情報をうのみにせず、自らの頭で考え、判断する行動様式が根付きつつある結果、政府や電力資本のうそが次々と暴かれた。

沖縄の現状にも国民全体が関心を寄せ、沖縄に基地を置く根拠とされた「抑止力」が真実かどうか自ら考えるべきだろう。本土と沖縄が同胞として痛みを共有し、連帯して初めて、本当の復帰に向けた第一歩を記すことができる

私の沖縄 復帰40年 夢描いた「誇りの島」 宜野湾市出身 本紙・大庭記者(26)(2012年5月15日 西日本新聞)

沖縄はきょう、本土復帰40年を迎えた。沖縄出身の私は、記者3年目の26歳。1972年の復帰前の沖縄は、教科書の中の出来事としてしか知らない。進学と就職で九州に住んで、生まれ育った島を意識するようになった。古里の文化や芸能、自然を誇りに思う一方、本土との隔たりをふと感じることもある。節目の古里を書き残したい-。その思いで、懐かしい人たちを訪ね、自分の記憶をたどった。

宜野湾市(ぎのわんし)に生まれ、18歳までを過ごした。普天間飛行場が居座る、あの街だ。小学生時代、教室は騒音防止のため二重窓だった。それでも、頭上を飛ぶ米軍ヘリコプターの音による授業中断は珍しくなかった。

取材は、中学、高校時代の友人たちを通じ、県民の「本音」を聞くことから始めた。お酒に誘うと、気が置けない5人が集まってくれた。

「基地はそこにあるのが当たり前さ」「生まれた時からあるのに、違和感はないよ」。彼女たちは口をそろえる。中には、家族が基地内で働く人もいる。公務員になった一人は「学生の時は基地反対だったさ。でも、経済や国の安全を考えると、今は答えが出ないよ」と打ち明けた。

日常風景の中にある当たり前の基地。しかし、それが当たり前でなくなることも経験した。

95年に起きた米兵による少女暴行事件。私は当時小学3年。少女と同世代だった。それまでは街で見かける米兵は陽気なイメージ。事件後、学校では「怖いから近づいてはだめ」と教えられた。連日の大報道。「基地が事件を生んだ」という印象が子ども心に残った。

高校1年だった2001年の米同時多発テロは、さらに記憶が鮮明だ。発生直後から、基地の外でも警棒を持った米兵が警戒するようになった。基地の入場口周辺は厳戒態勢で、連日渋滞。「沖縄もテロに狙われるのかな」。友人の顔が、いつになく真剣だった。私も生まれて初めて、戦争が近くにいる不安を感じた。

私の家族のうち、女3代で1945年の沖縄戦を体験しているのは祖母のキク(81)だけだ。当時13歳。戦後はうるま市の捕虜収容所でテント生活を送り、米軍から配給された缶詰やお菓子で空腹をしのいだという。

戦後、米国による沖縄統治が27年間続く。祖母は復帰後の変化を「天と地がひっくり返ったみたいに社会が変わったさ」と目を丸くする。

復帰翌日、銀行でドルを円と交換した。78年7月30日には、車が右側通行から左側通行に変わった。「アメリカ世(ゆ)からヤマト世(ゆ)になったね」。県民は世変わりを実感したのだという。

一方で、知人の中には「本土になんか復帰したくない」と悩む人もいたらしい。「本土の男性と結婚して実家から縁を切られた女性もいたさ」とつらそうに振り返る。

母の紀久子(60)は、復帰前の71年に東京の大学へ進学した。当時は、沖縄出身アイドルの南沙織さんが大人気。「私も『沖縄の子』と言われて、ちやほやされたのよ」とうれしそうだ。母は今も、本土へ渡航する時に所持していたパスポートを大切に保管している。


75年の沖縄海洋博、87年の海邦国体-。母たちは記憶に残る出来事をそう語るが、私にとって印象的なのは2000年の九州・沖縄サミットだ。

当時、嘉数(かかず)中学の生徒会長を務めており、宜野湾市主催の関連事業「子供サミット」に学校代表として参加した。自分で書いた発表文が手元に残っている。

「跡地には、県や国のためになる施設を造ったらどうでしょうか。世界中の子どもたちが集まる国際平和学校を建てたらいいなと思います」。普天間飛行場の返還後の街づくりについて夢を、そう私は描いた。

あれから12年。「ここが本当に基地だったの?」。米軍基地が多い沖縄だが、私よりも若い世代が驚く場所もある。北谷町(ちゃたんちょう)のアメリカンビレッジと、那覇市の新都心。返還された基地跡地に大型商業施設や映画館などが建設され、若者たちの歓声でにぎわう。


忘れられない思い出がある。18歳で宮崎大へ進学した時。入学早々、本来、怒るべきではないような場面で、担当教官に対し大声で怒ってしまったのだ。

「基地を押しつけてしまい、沖縄はかわいそうだ」。こう話す教官のひと言に「かわいそうって、どういうことですか」と抗議した。

教官に悪気があろうはずもない。むしろ「本土も真剣に考えなくてはね」と、沖縄のことを気遣って言ってくれたはずだ。ただ、沖縄が本土の人にとって「特別な存在」と見られているように思え、なぜか悔しかった。「沖縄に住んだことがないのに、何が分かるんですか」。そんな言葉を浴びせてしまった。本当に反省している。

以来、私は沖縄出身であることを心のどこかで意識するようになった。国土のわずか0・6%の島。人口は1%強。その古里が一層、切なく、いとおしい存在に思えるようになった。


沖縄戦で、激戦地となった嘉数高台公園(宜野湾市)の展望台からは、普天間飛行場が一望できる。何度も駆け上がって眺めた場所。かつては「これが戻ってくるのか~」と期待を抱いたこともある。10年ぶりに足を運んだが、景色は変わっていなかった。

公園の芝生ではキャッチボールをする子どもたちの笑い声が響く。私の沖縄-。それは「誇りの島」。自信を持って言える日を、願っている。




2012年5月14日月曜日

国立大学法人の給与減額支給措置

去る5月11日、「政府は、閣議後の閣僚懇談会で、国立大学法人に対し、給与削減に向けた労使交渉を急ぐよう要請する方針を正式に確認するとともに、国立大学法人への運営費交付金を、給与引き下げに見合う分だけ減らす方針を申し合わせた」との報道がありました。これは、東日本大震災の復興財源の捻出を目的とするもので、2月に決まった国家公務員の給与削減に合わせた措置ということです。


安住財務大臣閣議後記者会見の概要(平成24年5月11日)(抜粋)

冒頭発言

閣僚懇で独立行政法人等の人件費について、ご存じのとおり国家公務員が法律改正を行って引き下げたわけですけれども、公的部門全体でこれに倣ってもらいたいということで、減額分を今それぞれの法人と管理側で話をしておりますけれども、これを是非急いでほしいということと同時に、次の予算編成の際には、運営費交付金により人件費が賄われている独法等については、国家公務員の給与削減と同等の給与削減相当額を算定し運営費交付金等から減額をしたい旨、私の方から申し上げました。

質疑応答

(問)先程の運営費交付金のことですけれども、次の予算編成においてということで仰られましたので、そうしますと13年度から3年間運営費交付金がその分独法等で減るというふうに考えてよいのかということと、地方公共団体、地方公務員とかあるいは教職員の人件費に関しても同じような考え方を来年度の予算編成で求められるのでしょうか。
(答)独法の給与見直しについては次の予算編成のタイミングでしっかり行っていきたいということですから、これは補足いたしますが、今のお話というのは地方や教職員に及ぶのかということでありますけれども、法律上は及んではおりません。ただ公的セクター全体でということを私は申し上げているわけですね。ですから国や独立行政法人がそうしたことを行っているということをよく見ていただいて対応していただければありがたいと思っております。
(問)対象となる独法ですけれども、国から財政的な支援を受けていない公的機関に対しても給与の引下げを求めるということでしょうか。
(答)102法人全てでお願いをしております。ですから労使交渉も行って組合側にもご理解をいただくようなことを是非急いでやっていただきたいと。我が方もそうなんですけれども、印刷局や造幣局、鋭意話し合いを行っている最中です。
(問)独法の話に戻って恐縮なんですけれども、102の独法の人件費を削減した場合どのくらいの財源捻出が。
(答)700億。
(問)年間700億ですか。
(答)トータル700億。内数を言うと、独立法人300億、国立大学法人300億、特殊法人100億、合わせて700億です。7.8%乗ずれば。

関連報道

このことは、以前、この日記でもご紹介したように、総務省→文部科学省→国立大学といったルートでの要請や、予算成立時の財務大臣発言などにおいて、国立大学法人についても、国家公務員の給与減額支給措置(2年間、7.8%減)に準拠した対応が求められていましたし、東日本大震災からの復興の加速に向け、国民の税金を主な原資として運営されている公的機関としての立場から、適切に対応する必要があると思われますし、国民感情的には当然のことでしょう。

(関連過去記事)国家公務員の給与減額支給措置への対応(2012年3月15日)

すでにほとんどの国立大学法人では、国家公務員の給与減額支給措置に準拠した対応を講じることについて教職員に対し協力が要請され、労使交渉が進められているようです。しかし、その内容は、減額支給の開始時期、実施期間、減額支給対象の範囲等の条件設定をどうするかによって様々な違いが生じており、結果として、大学間の給与格差が更に拡大することが懸念されています。

国家公務員の給与減額支給措置への準拠に関して、これまで文部科学省や国立大学協会のイニシアティブは全く機能してきませんでした。その結果、各大学が保有する情報に乖離が生じてしまいました。そればかりか、文部科学省からの情報提供が朝令暮改的に変化している(これは文部科学省の責任ではないと思いますが)ことにより、学内が混乱し、大学の経営に支障が生じているといった声も聞かれます。

今回、政府は各法人の労使交渉の結果、給与の引き下げに応じない法人があった場合でも、復興財源を確実に確保するため、運営費交付金の削減を強行することにしています。しかし、授業料等の学生納付金や病院収入等の自己収入を財源とする人件費については、各大学の経営努力によって賄われているのであり(国立大学法人における人件費は、国からの運営費交付金と独自の自己収入の両方によって賄われています)、公的機関だからという理由だけで、この部分まで運営費交付金の削減対象にするのは極めて乱暴ですし、筋違いではないでしょうか。

また、地方自治体との人事交流により採用されている附属学校教員については、出身母体である地方自治体が給与支給減額措置を行わないのに、国立大学法人に身を置くばかりに給与を減らされてしまうといった不公平を強いるのは、優れた人材確保の観点からも大いに問題があり、運営費交付金の減額対象から除外すべきだと思います。

さらに、今回の強制措置は、各法人の学長宛に出された「独立行政法人における役職員の給与の見直しについて」(平成24年3月8日付、文部科学省大臣官房長名)において、「法人の自律的・自主的な労使関係の中で」という趣旨にも完全に反しているのではないでしょうか。

すでに労使交渉に入っている法人は多く、交渉の結果、国家公務員に準拠した対応が完全にできない場合には、削減できない分の財源を自ら確保しなければなりません。しかし、収入が確保できない、また、人件費比率が極めて高く硬直化した予算構造を持つ小規模大学等では、結果として、教育研究費等を削減するしか財源捻出の方法がなく、ひいては、学生・生徒・児童の教育に重大な支障をきたしかねません。

政府(特に財務省)及び政権与党である民主党は、このたびの措置が、実は消費増税のためのポーズであり、その結果、国立大学法人の経営の健全性を損ない、教育研究を陳腐化させ、この国の将来を担う人材を育てる責務を放棄する軽挙妄動にならないよう、再考されるべきと考えます。


(関連記事)議論 復興支援の捻出のために、独法・国立大学の給与削減へ(BLOGOS) 


2012年5月13日日曜日

沖縄復帰40周年

5月15日、沖縄(琉球諸島及び大東諸島)の施政権がアメリカ合衆国から日本に返還(1972年)されてから、ちょうど40周年を迎えます。

沖縄県宜野湾市で開かれる記念式典には、野田首相も出席するようですが、普天間飛行場の移設など、未だ解決の糸口さえ見えない米軍基地問題に、沖縄県民の苦悩は深まるばかりです。

5月12日放送の「報道特集」では、「復帰40年・・・なお続く沖縄の苦悩」がテーマの一つになっていましたが、豪華な米兵のための基地外住宅には空いた口がふさがらないほど驚いたと同時に、怒りがこみ上げてきました。みなさんは、以下の写真や記事をご覧になりどう思われますか? この機会に改めて「沖縄」のことを考えてみませんか。

【基地外住宅】米国のテレビドラマの世界に迷い込んでような豪邸が立ち並ぶ(北谷町)




【基地内住宅】思いやり予算で建設したにもかかわらず空室がある(キャンプ瑞慶覧)





一方、こちらは、同じ日本国民の税金を使った東日本大震災の被災者用仮設住宅です。まるで収容所、あるいは難民キャンプの様相です。絶対におかしいですよね、納得できませんよね。




画像出典:東日本大震災/福島県/復興の記録/画像/映画情報ならスタジオ ガル


仮設住宅にはお年寄りも多く、孤独死も後を絶たないといいます。



画像出典:TBS News


そんな中、元気をくれる若者達がいます。
福島の仮設住宅に花描こう 福島の高校生20人(2012年5月12日 朝日新聞)



2012年5月12日土曜日

大学では遅すぎる?

前回に続き、IDE(2012年5月号)「取材ノートから」の記事を抜粋してご紹介します。


大学教育を考える上で暗澹たる思いになる調査結果が相次いだ。

日本数学会は、昨年4-7月、全国の国公私立大学48大学生の新入生ら約6千人を対象に数学力テストを実施した。出題は統計や論理、代数など5分野から小中高で習う基本問題を出題。約4割は理工系学生だ。

驚いたのは平均の定義と性質を尋ねた問題。「生徒100人の身長の平均が163.5cmだった。この結果から確実に正しいと言える事には○、そうでないものは×を付けなさい」という問いで、1)身長が163.5cmより高い生徒と低い生徒はそれぞれ50人ずついる、2)100人全員の身長を足すと16,350cmになる、3)身長を10cmごとに区分すると、160cm以上で170cm未満の生徒が最も多い--の3つを○×判定させた。当然2)以外は×だが、3つとも正しく答えた大学生は76.0%に過ぎなかった。驚かされる事項は他にも多くあるが、切なくなるので以下、省略。

もう1つは日本青少年研究所の高校生意識調査。昨年6-11月、日米中韓4カ国の高校生計約8千人を対象に行った。「将来も含めて海外留学したい」と考える高校生は、韓国82.2%、中国58.2%、米国52.9%に対し、日本は最低の46.1%。日本の高校生の「留学したくない」理由(複数回答)は、「自分の国が暮らしやすい」(53.2%)、「言葉の壁がある」(48.1%)、「外国で一人で生活する自信がない」(42.7%)の順。「経済的に難しい」を挙げた高校生は、日本は19.5%に対し、米国46.5%、中国43.3%、韓国43.1%。「面倒だから」は、日本38.5%、米国15.7%、中国33.0%、韓国31.7%の順だった。

いずれも大きく報道されているので、詳細は述べないが、「人材の高度化」とか「グローバル人材の育成」という議論が何とも空虚に聞こえる調査結果ではないか。「今の若者は・・・」と批判する前に、この国の学校教育はどこかで大きく誤ったことを素直に認めたい。大学も初中教育の話だと無関心は許されない。5割以上が4年制大学へ進み、短大や専門学校も含めれば高校生の7割以上が進学する現実を前に、小中高大を見通した学校教育の在り方を見つめ直す時期に来ている。(日本経済新聞社編集委員 横山晋一郎)     


2012年5月11日金曜日

学生に勉強させるには

IDE(2012年5月号)「取材ノートから」の記事を抜粋してご紹介します。


中央分科会大学教育部会が3月末、「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ」と題する審議まとめを公表した。ここ数年、中教審は大学教育に関して幅広く審議を重ねてきたが、正直なところ戦線を拡大し過ぎた感は否めない。広げ過ぎた大風呂敷を力業で折り畳んだ。そんな印象のまとめである。

まとめは、大学教育が直面する大きな目標を「若者や学生の『生涯学び続け、どんな環境においても”答えのない問題”に最善解を導くことができる能力』を育成すること」と規定し、その上で「学士課程教育の質的転換」を訴えた。さらに、「質の高い学士課程教育に不可欠な学生の学修時間が極めて少ないのが実態」と指摘し、大学に対し、学生にもっと勉強させるように求めた。高度成長期に適用した「企業は大学教育に多くを期待しておらず、入社後の社内教育と実務上の経験や実践で人材を伸ばしている」、「昔から大学生は勉強しておらず、それでも卒業後社会で十分に活躍してきた」という認識の転換も迫った。

前段の部分はなるほどと思って読んだ。特に大学教育の目標を、このように明快でわかりやすく、しかも今日的な課題に則した形で示したのは大いに共感する。問題は後段だ。確かに、大学生が勉強していない事は明らかだ。もっと勉強させるというのは、正論だろう。にもかかわらずなぜか違和感が残る。

勉強すればいいのかは分かる。でも、いったい何を勉強すれば良いのか。経済学部の学生ならば、分厚い経済学のテキストを何冊も理解すればそれで良いのか・・・?

まとめは、シラバスやアクティブラーニング、サービスラーニング、アセスメントテスト、ルーブリックなど授業法や学修成果測定に関しては詳しく記述している。だが、いずれもテクニカルな話という印象は否めない。一方で、大学が何を学ばせ、学生が何を学べば、「予測困難な時代を生き抜く力」や「生涯学び続ける力」、「主体的に考える力」が身につくのか、肝腎要の部分は曖昧なままだ。文部科学省が日本学術会議に審議を依頼した「参照基準」の話は出てくるが、今ひとつクリアでない。

まとめは、理学、保健、芸術分野の学生に比べ、社会科学分野等の学生の学修時間が少ないと指摘した。確かにその通りなのだが、考えてみれば当然な面もある。前者の学問領域は卒業後の進路と密接なのに対し、後者はその関係性が希薄だからだ。このデータは、大学の専門分野と卒業後の進路の関係が明確ならば、学生は勉強するとも読める。

日本の大学生の大半は「文系学生」だ。文系教育の立て直しが喫緊の課題だという声は随所で聞く。しかし、社会科学を例に取れば、法曹や会計士などの資格系か研究職にでも進まない限り、大半の学生は、大学の専門教育と卒業後の進路が直結しない。ここに、文系教育が難しい一因がある。

大学は専門学問の奥義を師匠が弟子に伝える形で始まった。奥義を学びたい者だけが大学の門を叩いた。それが今や、近代的な大学制度は飛躍的な発展を遂げ、学ぶ目的も意欲も曖昧な若者が大学に入って来る。にもかかわらず、「専門領域こそ命」というDNAは脈々と大学人に受け継がれている(そうでなければ、18歳の高校生を相手に、専門領域ごとにあれほど細分化された募集単位の入学試験を行えるはずはない)。この乖離を何とかしない限り、文系教育、ひいては学士課程教育の改革は難しいのではないか。

まとめを受けて各大学は、授業前の予習を求め宿題や課題を出すなど、学生に勉強させる手立てを競うのだろう。それを間違いとは思わないが、「勉強させる中味」について、より慎重な検討が欲しい。

「大学は何を教えるのか?」--かつては自明の事と思われていたこの問いこそが、今、最も問われている。(日本経済新聞社編集委員 横山晋一郎)                               


2012年5月10日木曜日

創造性を高める「重荷主義」(土光敏夫)

私はだいたい、人は能力以上に働かなければならないという重荷主義を信奉する。その人が百キロのものが持てるとすれば、百二十キロのものを持たせ、百二十キロが持てれば、百四十キロを持たす。人間を能力以下に置くのは、むしろ罪悪である。人間尊重とは、ヘビー労働をかけ、その人の創造性を高めることだ。

やり甲斐、働き甲斐は、やってみてはじめて出てくる。やりもしない、働きもしないで、どうしてそのような喜びが得られるだろうか。生き甲斐にしてもそうだ。精いっぱい生きる努力をして、はじめて生きる喜びを知るのだ。

遊んでいて金がもらえるような仕組みを放置する経営者は、人間尊重をしていない経営者といえる。ただし、「働け」「より創造性を高めろ」と、口でいうだけでは責任ある行動とはいえない。そのための場を与え、きちんとレールを敷いてやるのが、経営者の役目だ。


日本経済新聞社
発売日:1983-01

2012年5月9日水曜日

高等教育に関する経済同友会の提言

4月25日に開催された、中央教育審議会教育振興基本計画部会(第16回)の資料のうち、公益社団法人経済同友会が作成した「『第2期教育振興基本計画』の策定に対する意見」を抜粋してご紹介します。

1 初等・中等教育に関して

(1)基礎力の必要性(略)

(2)大学入試・受験勉強の問題点-高等教育との接続のあり方
  • 高校における受験偏重の学習が、高校生の学力に悪影響を及ぼしている。例えば、早い段階で私立文系クラスなどを選択すると、数学や理科をほとんど勉強することはない。一方、私立理系クラスでは社会や国語をほとんど勉強することはない。大学では、いわゆる文系の学部でも、数学や理科(サイエンス)の知識は必須の場合が少なくなく、逆も同様である。
  • 推薦入試やAO入試で入学する学生の中には、基礎学力が相当に不足している学生も少なくない。そのため、大学の授業についていけない学生も多いという指摘もある。したがって、入学者の基礎学力が不足している場合には、大学が責任をもって、補修等により基礎学力を身に付けさせるべきである。

(3)キャリア教育の重要性
  • 大学におけるキャリア教育が義務化されたが、高等教育機関によっては入学時点ですでに専攻が確定し、入学後の選択余地がない場合も多いため、キャリア教育は、進路指導も含め、初等・中等教育の段階から行う必要がある。
  • キャリア教育を行うに当たっては、単に職業の内容を教えるのではなく、中学・高校で学んでいる各教科が、経済社会にどのように関係しているのか、経済社会を理解する上でどのように役に立つのかなど、生徒が学ぶ意義を自覚できるよう、具体的にわかりやすく教える工夫も必要である。

2 高等教育に関して

(1)「質保証」問題の早期解決
  • 「質保証」問題は10年以上も議論をしているが、実行の段階に移行しない。何をやるべきかの議論は尽くされており、一刻も早い実行を望む。
  • 例えば、「質保証」問題を解決するためには、「質」の水準(良し悪し)を計測する何らかの基準が必要である。学士課程の専門教育(学部の3、4年)については、日本学術会議において学問分野毎の「参照基準」の策定作業が行われているが、この策定を急ぐべきである。また、日本の大学教育で最も弱いとされる「教養教育」についても「参照基準」、又は基本概念的なものを策定し、その内容について経済界をはじめ広く国民的議論を行うべきである。
  • また、学生が自ら学ぶ習慣を身に付けることが重要である。「教養教育」において、ものごとを考える上で必要な学問的方法を教え、自ら疑問を持ち、調べ、考え、議論し、仮設を立て、検証するという一連の行動様式を習慣化させることが必要である。

(2)大学のガバナンス改革と情報公開の充実
  • 大学のガバナンスのあり方について考え方・指針を取りまとめ、大学のガバナンス改革を促進するとともに、ガバナンスの健全性確保のために、一層の情報公開を推進すべきである。現在の情報公開項目では、不十分である。

(3)高等教育への公財政支出のあり方、ならびに大学の合併・統合の促進
  • 我が国の高等教育への公財政支出はGDP比0.5%であり、これはOECD加盟国中で最低である。グローバル人材や高度人材の育成、科学技術・イノベーションの発展のためには、高等教育予算を諸外国レベルに増加させる必要がある。
  • ただし、その条件として、約800近くもある大学の合併・統合や、機能別分化の促進、質の向上が不可欠である。その上で、国立大学運営費交付金や私学助成金の配分のルールについても見直す必要がある。現状では、定員割れの大学に対し、補助金を減額する仕組みを取っているが、これでは、学力の低い学生でも定員充足のために入学させるという歪んだインセンティブが働く恐れがあり、問題である。

(4)大学院教育の見直し
  • 国立大学の大学院重点化策によって、大学院の定員数は大幅に増加したが、結果としてポストドクターを増加させ、産業界の高度人材ニーズにも十分に応えられていない。大学院を強化するという方向性は間違っていないが、産業界のニーズを把握し、教育内容・体制・カリキュラムの改善を図った上で定員を増員すべきであった。
  • 定員を適正規模に修正した上で、教育内容・体制・カリキュラムの改善に注力すべきである。その上で、産業界からの評価が高まれば、定員を増加することは問題ない。
  • 産業界と大学の相互理解の促進のため、インターンシップを積極的に活用するとともに、インターンシップを採用に結びつけることも検討すべきである。

(5)高等専門学校モデルの拡充を
  • 産業界で高い評価を得ている高等専門学校の教育方法・カリキュラム・教員体制を成功モデルとして、大学教育に活かすべきである。高専教育の特長は、理論と実践の融合であり、大学教育においても理論面だけでなく、実験・経験を織り込んでいくべきである。
  • 高等専門学校の校数・規模の拡大を行うべきである。

【参考】経済同友会提言

2012年5月8日火曜日

高等教育政策の目指すべき方向性

論考「国立大学法人化政策の課題とその対応」(東京財団)を抜粋してご紹介します。

はじめに

そもそも、大学の受益者は「学生」と「社会」である。これは大学の機能である「教育」を通じて人材を育成し、もって社会に広く貢献することによるものであり、また、もう一つの機能である「研究」を通じて真理の探究や新しい技術開発や社会の構築が可能となることによる。だが、いまの大学は受益者である学生と社会を向いた運営ができているだろうか。

実際に現場である大学では、法人化以降、文部科学省への依存が進み、行政頼みのマネジメントと事務組織の硬直化に陥っている。その影響は研究と教育、双方に及んでおり、研究や教育に割ける時間の削減、質の高い論文数の減少等の影響をもたらしている。


1 国立大学法人化の経緯と現状(略)

2 現場から見た課題

(1)文科省ばかりを向いたマネジメントと事務組織の硬直化

国立大学法人は、国の予算編成がきわめて厳しい中、運営費交付金に対して効率化係数(1%)や附属病院の経営改善係数(2%)が適用されている。そのため、人件費を除く基盤的経費が制度上毎年削減され、法人化以降年々増える人件費が交付金では賄えなくなってきており、大学の経営、とくに経費面での改革が迫られている。法人化によって組織と資金の自由度を高められたにもかかわらず、組織改革や予算節減などの経営課題の解決は進んでいないのが現状だ。中でも、本来、経営面では、学務のプロである学長とは別に、経営のプロである理事長が経営改革に臨むべきなのだが、現時点で学長と理事長とを分離した国立大学は全く無い。2009年の事業仕分け(行政刷新会議)において有識者の仕分け人より、こうした現状に対する問題意識を尋ねられた文科省の返答も、国立大学法人の学長職と理事長職の分離に関しては否定的であり、企業経営能力に長けた民間経営者は理事(非常勤)として入っていれば十分で、必要に応じて文科省や他省庁から国の業務に精通した適任者(官僚)を理事会へ派遣すれば足りるというものであった。

学長兼理事長の下、大学の現状は何も変わっていない。本来であれば、理事長を兼務する学長の下、従来の教授会中心のボトムアップ型の組織から学長・理事長主導のトップダウン型組織に転換しているはずだが、そうはなっていない。ボトムアップ型の教授会が力を持続したままの中途半端な経営形態のままだ。実際、本来は入試と卒業だけを扱えばよいはずの教授会になったはずだが、教授会の議題は従来と変わらないものとなっている。

大学法人化は、大学運営資金の調達先の多様化、つまり民間からの資金調達を志向していたが、実態としてはほとんど進んでいない。そうした中、運営費交付金が毎年度削減されたことによって、文科省依存がさらに強まったことはきわめて皮肉なことだ。実際、昨年の予算編成に際して、「元気な日本復活特別枠要望」に関するパブリックコメントを広く求めたところ、文科省関連のパブコメが85%を占めた。これは、特別枠の確保を図ろうとした文科省が関連団体にパブコメへの応募を呼びかけたためである。大学では、組織を通じて、教職員に対してパブコメに応募するよう組織的な働きかけが行われた。国立大学法人が文科省の方を向いて「やらせ」と言えなくもないパブリックコメントを乱発している実態は、国を代表する教育研究機関のあるべき姿として妥当性を欠く。

加えて、運営費交付金縮減に伴う総人件費抑制のため、定年退職教員の不補充を余儀なくされている。大学教員の世代交代は教育研究スタッフの人件費削減に効果的であり、博士号取得者が無給や薄給で出身大学に居残り続ける状態を直ちに解消し、ポストドクターを大学・研究機関等に社会参画させて科学技術創造に邁進させることが経済成長戦略上不可欠といえる。しかし、財務的に弱い国立大学法人では固定費となる人件費を圧迫するため、定年退職教員の後任者補充人事が凍結され、常勤教員数が2004年~2008年で1793名減少した。その結果、若手の登用が見送られて、教員組織の高齢化が進み、研究活力の高い若い教員が減ったため教員人事の硬直化が急速に進んできた。その影響もあって、図5(略)に示すように教員の研究実験活動時間の縮小という形での研究機能の劣化、さらに論文発表数の減少(図3:略)が避けられなくなっている。

国立大学の定員管理は、法人化以前には同じ国家公務員として職員研修や大学間移動人事も可能であったが、法人化後は法人間での人事異動が困難になり、各法人の間における人材の流動化も停滞している。専門性の高い教員の採用は、法人化以前から公募方式が主に行われてきたため流動性は基本的に確保されているものの、専門性が低く、企画立案能力が乏しいといった事務系職員の質の格差問題は急速に拡がり、大学の事務機能が弱まった。各法人で任期付き非常勤職員の導入が大量に進んだこともあって、文科省からの膨大な調査資料作成依頼に対し事務系職員は数字のとりまとめしかせず、調査書類の作成は教員に委ねて手を煩わせるということが具体的事象として現れている。教員の事務作業量が増えたことによって、研究メイン大学(旧帝大クラス)と教育メイン大学(地方・単科大学)とで若干異なるが、研究に充てられる時間は大幅に減る傾向にある。法人化によって学長がすべての人事権を掌握することになり、教員や事務系職員の採用や配置も学長の自由裁量に任せられているとはいえ、教授職しか経験の無かった学長に積極策が急に打てるわけはなく、前例踏襲が原則の事務組織に多くの執行権が委ねられている現実も大学改革が進まない原因の1つであろう。

3 高等教育政策の目指すべき方向性

以上の問題提起を踏まえれば、大学をはじめとする高等教育政策で目指すべき方向性は、以下の3点である。
  1. 大学への資金配分(交付金)ルールの説明責任の確立とこれに基づく運用
  2. 教育に資する競争資金の確保と配分ルールの確立と運用
  3. 受益者である学生と社会による評価確立のための一部政策資金のバウチャー化
広く集めた税金を原資とする政策としては当然のことであるが、我が国の高等教育政策はこれができていない。このため、大学が、本来の受益者である社会や学生を見ずに、政策のサジ加減を決める政策当局者の顔色を伺うばかりに陥ってしまうのである。

まず、必要なのは、基本的な運営資金である国立大学運営費交付金等の配分ルールを明文化しなければならない。まずは国立大学から始めるべきだが、その後は私立大学向けも取り上げるべきであろう。受益者である学生や社会に対して、どういう基準で配分するのか、これをしっかり説明できなくてはならない。

1ができた上でのことだが、競争資金についても、同様に説明可能なものにしなくてはならない。基礎的な配分と競争資金では政策目的として何が異なるのか、これが明らかにならない限り、政策への信頼を築くことはできないであろう。

最後に挙げたのは、本来の受益者である学生が自ら、政策資金の行方を左右することができるというものだ。研究費を含めれば、学生が年間に支払う授業料と同じくらいの金額の公費が大学に入っている。それであれば、学生にバウチャーを渡し、選択された大学や学部・講座が資金を受け取ることができるようにするものである。いわば、競争環境を強制的に作るものである。導入にあたっては、学生の判断をどこまで政策的に取り上げるべきか、考えるべき点は多いが、例えば、大学院生から始める等のやり方もあろう。いずれにせよ、学生を受益者として本当に見ることができるかどうか、大学こそが試されているのだ。

そもそも、大学とは何だろうか。先日、STeLAという学生団体の主催シンポジウム「大学」って何だろう?-学生目線で話し合う理系高等教育とは-に参加した。資源がない我が国においては人材こそ唯一の武器であり、学生や社会が大学に期待することがきわめて大きいにも関わらず、実際に学生たちに聞けば、大学教育への失望は大きい。大学が本来の受益者である学生や社会に応えるため、本稿を通じて、政策的な議論が活発化すれば幸いである。

2012年5月7日月曜日

行政改革、消費税導入のためのパフォーマンスにならないように

政府は去る5月1日、岡田副総理の下に有識者からなる「行政改革に関する懇談会」を設置すると発表しました。岡田副総理は同日の定例会見で、同懇談会の目的について、「行政改革の必要性について、大所高所からご議論いただきたい」と述べています。連休明けの7日に初会合は開かれます。
消費税導入のための口実とならないよう、原点に立ち返った抜本的改革を断行し、あるべき姿を徹底して追求してほしいと思います。

岡田副総理記者会見要旨(平成24年5月1日 首相官邸ホームページ)

既にいろいろ報じられておりますが、「行政改革に関する懇談会の開催について」であります。お手元に資料もお配りしておりますが、行政刷新会議の有識者議員、つまり大臣以外の委員、議員に内閣特別顧問である稲盛京セラ名誉会長を加えた10名の方にお願いしております。
なお、行政刷新会議の有識者議員については、住友商事の代表取締役会長である岡素之さん、この方は行政改革について、今、行政刷新会議の下で、規制改革分科会を担当していただいているわけですが、それから、小幡純子さん、上智大学法科大学院教授、それから、連合の古賀さんの3名を追加することにいたしました。小幡さんは行政法の専門家であり、古賀さんについては労働会の代表、かつ従来行政刷新会議のメンバーであった草野議員の後任になるものでございます。
この懇談会について、早速連休明けに開催したいと、5月7日17時からを予定してございますが、まずは、行革について、大所高所から御議論いただきたい。行革の必要性について、御議論いただきたいというふうに思っております。今まで行政改革に関して土光臨調始め各種の会議が設置をされてまいりましたが、それぞれ時代の要請に応じて、なぜ行革を行わなければならないのか、というところから始まって議論していただいたわけであります。そういうものを参考にしつつ、あまり時間をかけるつもりはないのですが、少し行革の必要性、基本的考え方について、最初の1、2回は御議論いただきたいというふうに思っております。
その上で、具体的な内容について、例えば、総人件費の問題でありますとか、その他、それこそ正しくこれから御議論いただいて整理していただくわけですが、テーマごとに大所高所からの御議論いただきたいと考えております。なお、先程言いましたように、稲盛さん以外は行政刷新会議の議員と重なっておりますので、ここで議論したことで、政府として各論を交えて議論すべきことについては、行政刷新会議に上げてと言いますか、報告して、そこで更に御議論いただくと、あるいは、具体的な問題については、行政改革実行本部で全閣僚参加の下で決めていくということも、つまりそういう連携も考えているところであります。
http://www.kantei.go.jp/jp/fukusouri/press/201205/01kaiken.html


行革懇談会-平成版土光臨調でやるべきことを徹底的に貫く(平成24年5月3日 岡田かつや TALK-ABOUT)

総論は賛成、「行革どんどんやれ」、しかし具体論になると、様々な意見が出てくるというのが行革です。そういう中で、何が必要なことなのかしっかりと見定めて、やるべきことは徹底的に貫いていく。そういう覚悟・決意でこれからも進めていきたいと思っています。
http://katsuya.weblogs.jp/blog/2012/05/%E8%A1%8C%E9%9D%A9%E6%87%87%E8%AB%87%E4%BC%9A%E5%B9%B3%E6%88%90%E7%89%88%E5%9C%9F%E5%85%89%E8%87%A8%E8%AA%BF%E3%81%A7%E3%82%84%E3%82%8B%E3%81%B9%E3%81%8D%E3%81%93%E3%81%A8%E3%82%92%E5%BE%B9%E5%BA%95%E7%9A%84%E3%81%AB%E8%B2%AB%E3%81%8F.html


行政改革の有識者懇、稲盛氏ら起用へ 政府(平成24年4月28日 日本経済新聞)

政府は28日、行政改革の方向性などを議論する有識者懇談会を設け、メンバーに稲盛和夫京セラ名誉会長や古賀伸明連合会長らを起用する方針を固めた。5月7日に初会合を開く。民主、国民新両党が13日に国会提出した行政改革実行法案に盛り込んだ首相の諮問機関「行政構造改革会議」の発足に先立ち、公務員人件費の削減や規制改革などを検討する。
懇談会は岡田克也副総理の私的懇談会との位置付け。岡田副総理と民間の有識者約10人で構成する。政府の行政刷新会議の民間議員である葛西敬之JR東海会長や片山善博慶応大教授も加わる方向だ。
行政構造改革会議は、国鉄民営化などを提言した第2次臨時行政調査会(土光臨調)の平成版として位置付けられている。ただ、行革実行法案の成立の見通しが立っていないため、法案成立に先駆けて土台となる私的懇談会を設置。行革の議論を少しでも早く進め、消費増税などへの理解を得たい考えだ。
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819481E0EAE2E0EA8DE0EAE2E6E0E2E3E08297EAE2E2E2


さて、上記日経新聞でも触れていますが、民主党、国民新党が衆議院に提出した「行政改革の総合的かつ集中的な実行に関する法律案」の中には、国家公務員の人件費、予算の執行等、国有資産等といった、パブリックセクターである国立大学法人にも大いに関係のある内容が盛り込まれています。法案の行方は今のところ明確になってはいませんが、今後の動向を注視していく必要があります。

行革実行法案を議員立法で衆院に提出(平成24年4月13日 民主党)

民主党、国民新党は13日午前、「行革実行法案(行政改革の総合的かつ集中的な実行に関する法律案)」を共同で衆院に提出。・・・法案は「国民本位の行政の実現」「行政に係る資源配分の最適化」「新しい公共の構築」を基本理念とし、2014年度末までの期間(以下「集中改革期間」とする)における行政改革について、行政改革実行本部及び行政構造改革会議を設置することにより、集中改革期間以後も行政構造が社会経済情勢の変化等に対応して自律的かつ持続的に改善・刷新されていく体制を構築することを目指すもの。・・・
  • 行政改革の総合的かつ集中的な実行に関する法律案要綱
  • 行政改革の総合的かつ集中的な実行に関する法律案
  • 行政改革の総合的かつ集中的な実行に関する法律案ポンチ絵
http://www.dpj.or.jp/article/100949/%E8%A1%8C%E9%9D%A9%E5%AE%9F%E8%A1%8C%E6%B3%95%E6%A1%88%E3%82%92%E8%AD%B0%E5%93%A1%E7%AB%8B%E6%B3%95%E3%81%A7%E8%A1%86%E9%99%A2%E3%81%AB%E6%8F%90%E5%87%BA


【追記】行政改革 実行の工程表と全体像を示せ(平成24年5月8日 読売新聞)

行政改革が場当たり的な帳尻合わせでは困る。
政府は、取り組みの全体像と実行の工程表を明示することが肝要だ。
行革を担当する岡田副総理の諮問機関「行政改革に関する懇談会」が初会合を開いた。
メンバーは、稲盛和夫京セラ名誉会長、葛西敬之JR東海会長ら有識者10人。国家公務員の総人件費の削減や、国有資産の売却、規制改革などを議論する。
1980年代に国鉄や電電公社の民営化で成果を上げた第2次臨時行政調査会(土光臨調)をモデルにするという。
無論、民間の知恵を行革に反映させることは悪くない。消費税率引き上げで国民に負担を求める以上、政府が「身を切る姿勢」を示すことも不可欠である。
だが、政権交代から2年半以上を経過した段階で、新たな懇談会を設けて行革の理念や必要性を論議するのは、今さらの感が強い。もっと戦略的な対応が必要だ。
民主党政権の看板である行政刷新会議に加え、国家公務員制度改革推進本部、今年1月設置の行革実行本部があり、その事務局、行革推進室などが乱立している。これでは、各組織の役割と責任が曖昧になることが懸念される。
本部や会議を作れば、行革が前に進むと思い込んでいるのではないか。昨春の東日本大震災後に起きた政府内の組織乱造と混乱が思い起こされる。行革の推進体制を整理・一元化すべきだ。
民主党は先月中旬、議員立法の行革実行法案を、国民新党と共同で国会に提出した。
法案に明記された数値目標は、総人件費の2割削減と5年間で5000億円の国有資産売却の2項目にとどまり、不十分だ。
特に総人件費削減は、具体的な方法や実施期限が示されず、政権公約(マニフェスト)の辻褄(つじつま)合わせに過ぎないとの指摘が多い。
法案にある3年間の集中改革期間の設定や工程表の作成は重要だが、政府の判断で実行できる内容が大半を占める。あえて法律にする意味があるのか、疑問だ。
法案成立を待つまでもなく、多数ある行革課題の優先順位を決めて、それぞれの達成時期を早期に明示することが大切である。
野田首相と岡田副総理には指導力を発揮してもらいたい。
民主党内には、小沢一郎元代表らによる、「増税の前にやるべきことがある」といった無責任な増税反対論がある。そうした主張を抑え込むためにも、行革での実質的な成果が求められよう。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20120507-OYT1T01186.htm


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