2012年6月26日火曜日

人を動かす

日本私立大学協会私学高等教育研究所研究員の岩田雅明氏が書かれた、論考「人を動かすマネジメント」(文部科学教育通信 No294  2012.6.25)をご紹介します。


承認のパワー

企業研修等で、意欲が出た上司の言動とはどんなものだったかということを聞いてみると、「相談に乗ってもらえたとき」とか、「難しい仕事を任されたとき」、「結果をきちんと評価してくれたとき」、といった答えが多く返ってくる。逆に、意欲が喪失した上司の言動について尋ねると、「全否定されたとき」とか、「結果に対してコメントのなかったとき」といった答えが多い。これらの答えから推測できることは、上司が部下の存在を認めること、能力を認めること、行動や結果を認めることが、部下の意欲向上と強く関係しているということである。

アメリカの調査機関ギャラップ社のハーター博士が、世界各国の40万人以上のビジネスパーソンに対して実施した調査を分析した結果、従業員に対する承認、称賛が所属部門の生産性や利益を高めることが分かったという(太田肇同志社大学教授著『承認とモチベーション』より)。また太田教授自身の研究でも、承認とモチベーションの関連性が明らかにされている。

そして、このようなことが実証される前から、マネジメントの才に長けた人たちは、このことを感覚的に分かっていたようである。例えば、マネジメントの古典的名著である『人を動かす』の中で、著者のデール・カーネギーはこう勧めている。人を働かせるためには、褒めることと、励ますことが何よりであると。日本でも、大日本帝国海軍の連合艦隊司令長官、山本五十六氏は、次の言葉を残している。

「やってみせ、言って聞かせてさせてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」
「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」
「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」

軍隊といえば、上司の命令は絶対的なものという世界である。そのような中でも、主体的な意欲・行動を引き出すためには、承認することが不可欠であることを悟っていたのであろう。また、サービス業に従事する人たちが口を揃えていうことは、お客さまからの感謝の言葉が何よりの励みになるということである。これなども、承認のパワーを裏付けするものの一つである。承認と類似したものであるが、期待することのパワーというものもある。ピグマリオン・マネジメントと私が勝手に呼んでいるものであるが、人は期待したとおりに成長していくというものである。

知恵を引き出す

部下のモチベーションを高めるとともに、成果を出すために必要なことは部下の知恵を引き出すということである。大学は従来から命令系統が緩やかな組織であったので、上からの命令が現場に行くスピード、現場からの報告が上に行くスピードとも、それほど速いとはいえず、機動性という面は十分とはいえない。また競争環境が厳しくなり、環境変化も速いという現状においては、現場での対応力がより重要となってきている。このようなことを考えると、現場で働く教職員の知恵を引き出すことは、これからの大学運営においては非常に重要な要素になってくると思われる。

知恵を引き出すために必要なことは、考えさせるということである。そのために必要な上司の働きかけは二つある。一つは、関心を持って、共感的な態度で部下の話に耳を傾けるようにすることである。人間は自分の話をよく聴いてもらえると、非常にうれしいものである。前述の承認にあたるからである。それと同時に、話すことで自分の考えが整理され、新しい気づきも生まれやすいといわれている。オートクラインといわれるもので、自分が話したことが自分の耳に入り、それによって考えが深まるという現象である。また、このように部下の話を傾聴するということは、部下との信頼関係構築のためにも非常に大切なことであるので、ぜひとも習慣として実行して欲しいことである。

ただしここで問題なのは、人間の脳は他人の話を真剣に聴くことができにくい仕組みになっているということである。その理由は、人間が一分間に話すことができる語数は160から180なのに対して、聴くことができるのは600から800語と聴く方に余裕があるので、真剣に聴かなくても相手の話が理解できてしまうからである。そのために領きや相槌、相手の話を繰り返すといったスキルを駆使して、真剣に聴く訓練をすることが必要となってくる。これからの管理者には必要とされるスキルであるので、平素から心がけて訓練するとよいだろう。

二つ目の働きかけは、問いかけるということである。人間の脳は生来の防衛本能から、分からない状態を嫌うといわれている。そのため、問いかけられると潜在意識、顕在意識がその問いを共有し、何とか答えを見つけ出そうと働きだすのである。また意識するようになると、関連する情報に対しても敏感になってくる。このため管理者は、部下に指示をするのではなく、問いを与えることを心がけるべきである。問いを与えることで現場の情報をもとにした気づきが多く生まれるようになり、有用な戦略立案が可能になると同時に、組織の活性化も図れることになる。

また、考えた結果については、必ずアウトプットできる場を設定することも管理者の重要な務めである。気づきを提案させる制度を設けることや、定期的に話し合いの場を設け、そこで様々な改善について話し合うといったことである。このような場を設けることで、部下個人の知恵を引き出すとともに、個人の知を組織の知とすることもできるようになる。

行動を引き出す

組織が成果を上げていくためには、適切な戦略と、それを着実に実行に移していくことのできる組織能力が必要となる。成果の上がっていない組織は、この組織能力に課題がある場合が多いといわれている。大学の場合は、もともと考える力はその性質からして十分に持っているといえるが、この行動に移していくということが十分でないというケースが多いと感じている。

なぜかということを経験的に考えてみると、一つは最終的にどのような成果を目標とするのかということが、具体的に示されないということである。改善して今より良くしていこうとか、受験生をもっと増やそうということは決まっても、具体的な数値・状況として決められていないということである。人間は抽象的な目標に対しては行動を起こしにくいものである。もう一つは、成果を上げるために取るべき具体的な行動が明示されていないということである。こういう方向で進もうという方針は決まっていても、そのためにどの部門がどのような行動をいつまでに実行するというような、具体的かつ詳細な行動計画が伴っていないということである。それぞれが考えて実行できるような成熟度の高い組織であれば別であるが、これでは誰も動こうとしないのも当然といえる。

また、達成状況が分かるような行動計画になっていて、その達成状況についてきちんと計測が行われ、その結果が評価される仕組みになっているかどうかということも大事なポイントである。このような仕組みがないと、組織がこの行動を重視しているのかどうかということが分からず、また、やってもやらなくても同じということになってしまい、行動意欲が生じてこないからである。