2012年7月25日水曜日

行動を継続させる承認

日本私立大学協会私学高等教育研究所研究員の岩田雅明さんが書かれた論考「行動をマネジメントする」(文部科学教育通信 No.295 2012.7.9)をご紹介します。


目標と行動を明確に示す

望ましい行動を引き出すためには、どこに向かって進もうとしているのかが分かる明確な目標が不可欠である。現状、全ての大学が単年度の事業計画を策定しているし、多くの大学では中長期の計画も策定されている。その中に書かれている目標等は、読めばその内容を十分に理解できるものであるという点では明確であるといえるが、行動を起こさせるという観点からすると、まだまだ明確さが不十分なものが多いように感じられる。

例えば、事業計画、中長期計画の中で「広報活動をより充実させる」というような項目をよく目にすることがある。確かに、書かれている事柄自体は良く理解できる。しかし、広報活動の範囲は大変広いものである。その中で充実させたいところは、例えば前に広報戦略のところで述べた、受験生の大学選択プロセスの、大学を認知するところなのか、あるいは受験へとつなぎ止めるところなのか、といったことが明確でないと、行動にはつながりにくいのである。それは部門の実行計画に盛り込んであるという大学ももちろん多いとは思うが、そうでない場合には、広報活動の特に認知の部分を強化するとか、弱いプロセスを調査し、それを強化するといったように、何をしたらいいのかが分かる計画にしていくことが大切である。

また、具体的な目標設定になっていない場合には、その達成度を図ることが困難になる。目標に対してどこまで進んでいるのかが分からないという目標設定では、行動を起こしにくいし、起せたとしても行動している人の意欲を徐々に低下させることになる。何合目まで登ったのかが分からない登山であるとしたら、登る気にもならないだろうし、登り始めても登り続ける意欲を保ち続けることは困難であろう。

そして、客観的に達成度が図りにくいということは、当然ながら評価することも困難ということになる。行動が評価されないということは、行動している人にとってのメリットが感じられないということである。また、評価されないということは、その行動は組織にとって重要なものではないということを示していることにもなる。これでは行動は生じてこないであろう。

新しいシステムを導入し、そのシステムに各自の行動記録や、そこから得られた気づきを入力し、組織のノウハウとして蓄積していこうというような試みは、多くの大学でも行われているのではないだろうか。それがうまく機能しない大きな理由の一つが、その行動が評価されていない、つまり、してもしなくても同じということになっていることである。人間誰しも、メリットのない負担は負いたくないものである。


行動を起こし、継続させる

立派な戦略があっても、それを実行に移すことのできる組織能力がないと成果が出ないということはこれまでも何度か述べてきた。過去に支援した大学等でも、こうしたらいいという戦略を伝えると非常に納得してもらえるのであるが、次回にどうでしたかと聞くと、まだ着手していないというケースが殆どといっていい状況であった。

さまざまな戦略は大学経営に関する本でも紹介されているし、セミナーで学ぶこともできる。改革に成功した大学の事例も、聞いたり調べたりすることもできるのである。そして多くの人は、そのような方法で戦略については既に学んでいるのではないだろうか。それを組織としての行動に結び付けていけないのは、なぜなのだろうか。

大学は組織体であるから、一人の人がいくらやる気になっても、他の人も同じようにやる気になってくれなければ組織としての行動を引き出すことはできない。ましてや、一人もやる気を持った人のいない組織であれば、動きようがないことになる。ではどうしたらやる気を引き出して、行動を起こすことができるのであろうか。あまり好ましい方法ではないが、動きの鈍い組織の場合は刺激剤として、現状分析と将来予測により危機感を共有させることである。入学者数が減ってきている大学であれば、将来成り立たなくなることをデータで示しやすいであろうし、まだ入学者はそれほど減っていない大学でも、入学者のレベル低下の兆し等があれば、そこから将来の定員割れを予測できるであろう。このようにして将来に対しての危機感を繰り返し告知し、徹底して共有させるのである。それでも全員に危機感を感じてもらうことは困難であろうが、少なくともこれからある程度の期間、大学に生活を依存していく教職員の多くには共有してもらえるのではないだろうか。

ただし、危機感だけでは暗い雰囲気になってしまうので、そこを出発点として、次は大学の明るいビジョンを描いていくのである。その際に必要な視点が、学生(在学生、卒業生)の幸せ、教職員の幸せ、社会から愛される大学であるということである。この視点をもとに教育プログラムや学生支援プログラムを設計し、それを実行し、その状況や成果を社会にきちんと伝えていくのである。このような活動が展開できれば、状況は間違いなく改善されていくのである。

この中で問題となるのが、行動を継続させていくことである。危機感を感じ、意義あるビジョンを描くことで行動を引き出すことができても、それを継続させていくことが、なかなか難しいのである。組織としての行動は起きても、その中身を見れば、当然ながら、やっている人とやらない人がいることになる。このような状況の中で、どのようにして行動を継続させるかである。

行動科学分野には、人間の行動を説明するABCモデルというものがある。A(Antecedents)が誘発要因、B(Behavior)が行動、C(Consequences)は行動結果である。誘発要因により行動が引き出され、それに対してある結果が生じるというものである。例えば、会議において、上司の「今日は普段考えていることを遠慮なく言ってくれ」という発言が誘発要因で、その結果、出席者が発言するということが行動となる。そしてその発言に対しての上司の反応が行動結果ということになる。ここでどのような行動結果となるかによって、行動がまた生じてくるかどうかが決まるのである。上司が「いい意見だ。参考になるよ」と言えば、その発言者は発言するという行為を繰り返し行うようになるし、逆に「何、夢のようなことを言っているんだ。頭を冷やして来い」と言われたら、二度と発言をしないようになるだろう。すなわち行動を継続させるためには、行動結果を適切に管理していくことが重要なのである。

ところが多くの組織では、行動結果よりも誘発要因づくりに力を入れているところが多いのではないだろうか。例えば経費節約、高校訪問何百校といったスローガンや、事業計画などの誘発要因は一生懸命つくっているが、行動結果については適切なマネジメントができていないということはないだろうか。行動に対して適切な評価や承認というものが与えられていないと、やってもやらなくても同じということになり、当初あったやる気も消えていってしまい、行動が継続していかなくなるのである。

昇給・昇格といった評価・承認ももちろん必要であるが、それと同じく重要なのが日常の評価・承認である。研究によれば行動から一分以内のコメントが、最も行動の継続を強化するとのことである。