2012年9月10日月曜日

大学経営人材としての職員(1)

広島大学高等教育研究開発センター高等教育研究叢書(第39回(2011年度)研究員集会「これからの大学経営-誰がどのような役割を担うのか-」の記録)から、両角亜希子さん(東京大学)の発表「大学経営人材としての職員の役割」を抜粋してご紹介します。


はじめに

ご紹介いただきました両角です。今日は「大学経営人材としての職員の役割」について、実態調査のデータをご紹介しながら、お話しをさせていただきたいと思います。大学経営の担い手を考えるとき、リーダー層、教員、職員など、様々なアクターが想定されますし、もちろん大学職員だけが経営を担う人材とも考えておりませんが、本発表では職員のみを対象に考えてみたいと思います。

この問題については、1990年代頃からの大学職員論という文脈で多くの議論がなされてきました。山本眞一先生の「大学職員」から「大学経営人材へ」という議論はその典型かと思いますし、すでに「経営人材としての職員」という認識は一定の広がりと定着を見せているようにみえます。ひとつ根拠となるデータをお示ししたいと思います。東京大学大学経営・政策研究センターが2010年2月に大学教員対象に行った「全国大学教員調査」の中で「職員の専門性を高めて、教員は教育研究に専念すべきだ」という設問に42%が「強くそう思う」、43%が「そう思う」と回答しています。このように大学教員も大学職員への変化を求めていることが明らかになっています。

この領域についての先行研究について簡単に触れておきます。これまでの研究は、大きく2つの観点からアプローチがされてきました。ひとつは「職員個人に着目した研究」で職員を対象としたアンケート調査などを材料として、「職員に新しく求められる能力は何か」「どのような能力が不足しているのか」に着目され、「企画調査能力」の必要性が指摘されてきました。個人属性や職務との関係性から必要な能力が論じられるとともに、今後必要となる研修や人材育成のあり方などが議論されています。もう一つは「大学職員の人事制度に関する研究」で大学を対象とした実態把握調査がいくつか実施され、個別事例の紹介も数多くなされています。そこでは特に「個々の職員の能力を活かす制度」「やる気を引き出す制度やキャリアパスのあり方」に焦点をあてて論じられる傾向があります。こうした制度はまずは導入そのものが課題となることから、規模別など、どのような大学でどのような人事制度が捉えているのか自体に多くの関心が寄せられてきましたが、その一方で、人事制度の効果検証までは十分に行われていないように見えます。

本発表における2つの分析課題・データ(略)

分析①:個人と制度をつなぐ視点-将来像を手掛かりに

ではさっそく分析結果をご紹介していきます。ここでは職員の将来のあり方についての、個人属性と組織特性の影響を見ていきたいと思います。まずは図表1(略)に職員の将来像を示しました。多い回答を見てみますと、「企画・立案にかかわる職員を計画的に養成する」が52.4%、「職員を学内委員会の正式委員にするなど、発言の機会を増やす」が47.6%となっています。将来像が6つもあるとわかりにくいので、因子分析という手法を用いて、3つの将来像としたいと思います(図表2:略)。一つ目は、いわゆるアメリカ型アドミニストレーターのイメージですが、「専門職化」の要求です。二つ目は「経営参画」、三つ目は、一定時点での「キャリア分岐」です。「職員は変わらなければならない」と語られる内容は、確かにこの3つのいずれかの議論に集約できるかと思います。なお、少し技術的な話をしますと、ここでは斜交回転といってそれぞれの因子が独立という前提を置かないで3つの因子を抽出しました。因子同士の相関行列を見ていただくと相関はかなり高いかと思います。何を言いたいかというと、たとえば専門職化の要求を強く持っている人は経営参画やキャリア分岐についても望ましいと考える傾向があるということです。もっと平たくいってしまうと、変化を求める人はこの3つの軸のいずれも望ましい方向と考えるのに対して、変化を求めない人はいずれの方向も望ましいと考えていないというようなことを示しています。

では、この3つの将来像と個人特性、組織特性の関係を見てみましょう。結果を見やすく示したのが図表3(略)です。この図の読み方ですが、たとえば、専門職化の要求は、若い人ほど、学歴が高いほど強く、逆に管理職では弱いというふうに見ます。将来像と個人特性との関係は先行研究でも着目されてきましたので、ここではこれまで全く注目されてこなかった組織特性との関係を中心に見ていきたいと思います。

まず注目したいのは、専門職化の要求は小規模大学ほど、また偏差値が低い大学ほど強いという関係です。これは一見どういうことか、よくわからないように思えますが、確かに「大学職員を専門職化し、大学間の移動を行えるようにする」という設問に対して、肯定的な回答をした割合は学生数1,000名未満で74.4%、1,000-2,000名で72.5%、2,000-4,000名で66.0%、4,000-10,000名で63.5%、10,000名以上で63.9%となっています。いろいろ探ってみたところ、小規模大学が置かれた環境に起因するのではということがわかってきました。

図表4(略)をみると、小規模大学ほど、職員の自己啓発は盛んではありません。図表は示しませんが、所属大学主催の研修の経験率は、学生数1,000名未満の大学の場合は56%、10,000名以上の大学の場合は75%です。そのせいか、大学団体主催の研修の有効さ(経験した者のうち、意味があったと答えた人の割合)は、学生数1,000名未満で39%、10,000名以上で32%とわずかですが、小規模ほど高く評価する傾向が見られます。もともと人材(量)が少なく、それゆえに研修や自己啓発の機会も多くないからこそ、優秀な人材が大学間を移動してくることに対する期待が高いのではないかと考えられます。というのは、学長に対する考え方の違いからもうかがえます。同じく図表4を見ますと、小規模大学ほど「学長がもっとリーダーシップを発揮すべきだ」と考える職員が多いことがわかります。アメリカの大学とは異なり、日本の場合は学長マーケットが存在しておらず、学内から学長候補者を探す傾向が見られます。大きな大学であれば、それだけ学長などの学内リーダーに向いた人材がいる可能性も大きいですし、学部長などを歴任することにより、必要な能力やノウハウを身につけたり、周りの人が管理者としての能力を判断できたりする機会も多いと考えられます。小規模大学は正にその逆で、学内に学長候補者となりうる人材が少ない、かといって学外に学長市場が発展しているわけでもないジレンマを抱えがちなのだと思います。また、いろいろな大学の学長や理事長にインタビューをしていますと、小規模大学ほどいいリーダーが出てきたときに大きく転換する可能性を高いことも印象レベルですが感じることが多いです。

再び図表3に戻ります。オーナー系私学(ここでは現理事長が創業者あるいはその一族という定義をしました)かどうかで、望ましい職員像のあり方が異なるというおもしろい結果が出ています。オーナー系の私学では、専門職化の要求が強く、逆に経営参画の要求は弱いようです。なるほど確かにオーナー系私学では、経営の中核はオーナー一族を中心に担われるケースが多いので、そこで働く職員は、財務なり教務なり、一定の分野で専門職化し、自分の実力を発揮したいと考えるのは確かにうなずける気がします。ガバナンスのあり方によって、望ましいと思う職員像のあり方が異なるという結果は事前には考えていなかったので、とても面白い結果だと個人的には思います。ただもう一歩踏み込んでこの結果を考えてみたいと思います。オーナー系とひとくくりにすると問題かもしれませんが、オーナー系の大学では事務局長を外部から雇ってくるようなケースが多く(データで確認したわけでなく、あくまで私個人の印象にすぎませんが)、事務長などの事務幹部人材が学内で育ちにくい面があるような印象をなんとなく抱いていましたが、それはこうした職員の意識の違いと関係があるのかも知れません。改めて考えてみれば、専門職化モデルであるアメリカでは、事務長が事務組織全体を統括する組織運営スタイルではありません。財務、教務などの担当理事がおり、その下に専門分野別のミドルレベル・アドミニストレーターが配置されている縦割りの組織化が行われています。専門職化した職員が能力を発揮しやすい組織構造とセットになって機能しているのであり、日本の大学職員がアメリカの大学職員のように、狭い一定の領域で専門職化することが今の組織構造のままではうまく機能しない可能性も考えられます。いずれにしましても、このあたりはさらに深い分析が必要な領域かと思います。

ここで、分析①についてのまとめをしたいと思います。経営人材としての職員の課題について論じられることが多いですが、職員の将来像として、専門職化、経営参画、キャリア分岐の3つがあり、これをわけて論じていく必要があるのではないかと考えています。またこれまで先行研究の中で論じられてきたように、個人特性の影響も強く受けていますが、組織特性によっても望ましい将来像の考え方に違いがあることがわかりました。専門職化の要求は、小規模大学、低偏差値大学で強い傾向がみられること、オーナー系の私学では専門職化の要求が強く、経営参画の要求が弱い傾向がみられること、キャリア分岐については組織特性の影響がない、つまりどのような大学に勤めている職員であっても、「一定の時点で自分のキャリアを選ばせてくれ」という要求が強いことがわかりました。なぜこの問題を考える時に、個人特性だけでなく、組織特性も考慮すべきだと主張するのかといいますと、この問題は個人の努力レベルで語られることが多いですが、大学の中での人事制度の工夫も必要ですし、場合によっては大学を超えたレベルの議論も必要ではないかと考えるからです。小規模大学は人材こそ限られていますが、独自の教育理念でよい教育研究活動を行っているところがたくさんあります。こうした個性ある大学の機能をより発揮させるためにも、中間団体が果たす役割、たとえば人材を一定期間派遣するなどを検討してもよいのではないかと、私自身はこの結果を見て感じました。(続く)