2012年10月16日火曜日

大学のブランディング

日本私立大学協会私学高等教育研究所研究員の岩田雅明さんが書かれた論考「マーケティングミックス」(文部科学教育通信 No301 2012.10.8)をご紹介します。


ポジショニングが決まると

前稿の最後で、大学の立ち位置であるポジショニングについて述べたが、ポジショニングが決まると、おのずと差別化のポイントも決まってくる。例えば食堂でいえば、大衆的な食堂というポジショニングを取ると決めた場合、量や価格といった実質的な点が差別化のポイントとなってくるという具合である。そうなってくると、ターゲットとしている顧客への訴求ポイントも決まってくることになる。すなわち、いい雰囲気にするために内装等に凝るということでなく、盛りの良さや低価格設定ということに店のパワーを集中し、そのことを顧客へのアピールポイントしていくこととなる。

また自組織のポジショニングが明確になるということは、同時に誰を顧客とするかを決めるターゲッティングも決まるということになる。そうなると、魅力をアピールする際にも、対象となる顧客のニーズを踏まえたアピールが可能となり、誰を対象としているのか分からない、焦点の定まらないアピールとならずに済むことになる。

このようにポジショニングを決めるということは、差別化を図り、その魅力を適切に対象顧客に伝えていくためには不可欠のことといえる。この点を大学の場合で考えてみると、意外とこのポジショニングができていないケースが多いように思われる。すなわちユニクロのごとくすべての学生をターゲットとしているのではないかと思われるケースや、自学に対しての客観的な評価とずれているポジショニングをとっている例が見受けられる。自学の持てる有限の資源を効果的に活用するためには、力を入れる分野を選択し、そこにパワーを集中させることが不可欠である。そのためにも、どのような立ち位置で教育を実践していくかを決めるポジショニングが重要になってくるのである。ポジショニングがきちんと決まれば、ターゲットとする受験生のニーズに合致した広報活動の展開も可能となる。

マーケティングの4P

マーケティングといえば、この4Pが連想されるというほどポピュラーなものになっているが、内容はProduct(製品、商品)、Price(価格)、Place(販売方法)、Promotion(販売促進)の四つである。大学でいえばProductは教育内容、Priceは学費、Placeは通学や通信といった学習方法、Promotionは広報・宣伝ということになる。

教育内容については建学の精神や自学の資源、社会のニーズといったことで決まってくるし、その品質については教育力や教育設備に関わってくる。最近は大学の教育の質保証と、それを裏付ける学習成果に対して社会の関心が高くなってきているが、大学の最も重要な機能であるから当然といえば当然である。ここをいかに充実させるかということが、選ばれる大学、社会で必要とされる大学となるためには不可欠なことである。ここに手を付けずに、広報など周辺分野をいくら強化しても成果は望めない。

学費に関しては、他の業界のように大胆な値下げを断行する大学は残念ながら見当たらないようである。ただしそれに代わるものとして、特待生や奨学金といった学費減免制度は多くの大学でバラエティに富んだ形で実施されている。これに関しては既述のとおり、自学が欲しい学生を呼び込める仕組みにすることが重要である。また学費に関しても厳しい経済環境に対応して、自学の採算と競合との関係という要素に加え、負担者側が納得できる学費制度という要素も考慮して決めていくことが望まれる。

学習方法に関しては教員との直接の触れ合いや、学生同士の交流により成長していくということを考えれば、通学というスタイルが中心であることは間違いないであろう。ただし、情報技術の急速な進歩によりインターネット大学も出現していて、これからはこのような大学が増加することも十分考えられる。直接の対話や交流が持てないという不十分さはあるが、キャンパス等が不要で運営コストが抑えられることから、低価格で学べる大学という強みを発揮できる可能性は高いといえる。今後、このような大学が増えていく可能性があるということも競争環境の認識としては持たなければならないことである。

広報・宣伝については広報戦略で詳しく述べたので多くは触れないが、いかに伝えるかという技術的な面だけでなく、伝えるべきものは何なのか、それが自学にどの程度あるのかといった観点から、大学内容の改善・充実を図るきっかけをつくっていくという機能を重視することが大切である。

ブランディング

4PのProduct、そしてPromotionとも少し関係してくるが、最近、よくいわれる大学のブランディングについて考えてみたい。ブランディングとは、自分のところの商品やサービスが、そのジャンルにおいては他と差別化された優位性を獲得できるようにするための中長期的なイメージ創造活動である。バッグといえば何々、というようになることがブランディングの目的である。大学の場合でいえば、英語といえば○○大学、栄養について学ぶならば○○大学という具合に、高校生や高校の先生が、学問分野からその大学の名前をすぐに思い浮かべてもらえるようになることがブランディングの目的ということになる。そうなることができたならば、その学問分野では優先的なシード権、すなわちブランドを獲得できたといえる。

では、ブランドとなるためにはどういった条件が必要なのであろうか。世の中でブランドであるといわれているものを思い浮かべてみると、共通しているものとして、他と同じようなものではない独自性があることとか、単なる商品ということでなく、その裏には魅力的なストーリーがあるなど、いくつかの点が挙げられる。これらもブランドの要素として重要なものであると思うが、大学のプランディングということに限定して考えるならば、大切な要素は一貫性、継続性と実質ではないかと考えている。

その理由は、次のとおりである。まずブランドとなるためには、該当の商品やサービスにおいて顧客が最も重視している要素が充実していることが必須条件となる。大学の場合で考えるならば、それは社会からの信頼性ということと、それを裏付ける教育の成果であると思う。やっていることの一貫性がなかったり、すぐに教育方針や人材育成の志向性が変わったりするような大学では、社会からの信頼を得ることはできない。この意味で、以前述べたように、中心となる学部を確立しないまま、人気のありそうな学部を脈絡なく開設していくやり方は、大学のブランディングという面からは好ましくないといえる。また、言っていることは立派であるが、肝心の成果が伴っていないということでは、誰もがその大学をその学問分野の第一人者であるとは評価しないであろう。

常に変わらぬ姿勢で教育に臨み、着実に成果を出していく。このような状態が一定程度続いていくことで、高校生や保護者、高校の先生といったターゲットがその大学に対して抱くイメージは形づくられていくのである。この意味で、大学のブランディングとは、非常に地道な作業の積み重ねであるといえる。人間の内面を磨きあげる場である大学のブランディングであるから、華々しいビジュアルイメージや派手な広告ということで創りあげることはできないと思う。大学のプランディング、それは、学生一人一人の成長を願う心の結晶なのである。


イースト・プレス
発売日:2011-05-14