2012年10月25日木曜日

統計分析能力の開発

北陸先端科学技術大学院大学大学院教育イニシアティブセンター特任准教授の林透さんが書かれた論考「大学職員に求められる統計知識」(文部科学教育通信 No.302  2012.10.22)をご紹介します。


必要不可欠な知識

大学は管理運営の時代から経営の時代を迎えたとよく言われる。大学経営人材として期待される大学職員に求められる知識・能力等に関する価値観も大きく変化しているように思われる。しかし、そのような価値観の変化に適応した力量形成の機会の設定や提供がまだまだ少ないことも確かであろう。

国立大学法人化以前であれば、法律・規則に関する業務が重要視され、人事担当者であれば人事院規則9-8を理解して給与決定に長けること、会計担当者であれば予算決算及び会計令(予決令)に基づいた予算執行に長けることが尊重された。教務・学生生活担当者においても様々な内規に縛られながら定形的な対応に終始することが多かったのではないか。そのような日常業務において、旧文部省を中心とした関係省庁が刊行するハンドブックや質疑応答集が重要な参考書となっていたように思われる。最近刊行された『国立大学法人法コンメンタール』や『大学の教務Q&A』などは、今日の大学現場にとって非常に役立つ書であることは間違いない。

一方において、大学経営の必要性が叫ばれる中で、大学現場を掌る大学職員の力量形成に役立つ書は、まだまだ意外に少ないのではないか。教科書的なものとしては、山本眞一著『大学事務職員のための高等教育システム論』や早田幸政・諸星裕・青野透編著『高等教育論入門』などがあるが、高等教育制度に関する体系的知識や大学職員としての基本的心構えを解説する域に留まっている感が否めない。

近年の大学経営の展開や大学職員を取り巻く環境について詳細に眺めてみると、大学職員が担う職務が、単なる行政的事務処理から高等教育リテラシーを要する企画分析業務に移行しつつある中で、大学職員の専門性を支える知識・能力として「統計分析に関する基礎知識」の修得が不可欠となっているのではないか。それを裏付けるものとして、東京大学大学経営・政策研究センターが行った『全国大学事務職員調査』において、大学職員が必要とする知識・能力として、「データを収集し、分析する能力」(次ページ回答集計表参照)(略)と回答した割合が一番多かったことに着目しておく必要がある。

2004年度の認証評価制度の導入や国立大学法人化に伴う法人評価制度の対応に伴い、大学経営や教育研究活動に関する様々なデータがエビデンスとして必要な状況が生じ、当該データを蓄積し、統計分析する作業が日常的に必要不可欠となっている現実がある。さらには、高等教育研究の分野では、Institutional Research(IR)に関する調査研究が進み、実践的取組も広がりつつある。最近では、教学マネジメントの強化と学生個々の学習成果把握の側面から、教務や学生支援を掌る部署におけるデータ収集・分析のニーズが高まっている。磯田文雄 文部科学省高等教育局長(当時、現・東京大学理事)は、現状における大学職員の統計分析能力の不足に言及しながら、日本におけるIR人材養成について、「人材を養成する必要はあります。特に事務の面、例えば財政の面を運動しながら見る意味では、事務方から育てることが必要です」(一橋大学大学教育研究開発センター2012)と述べ、大学職員に期待を寄せている。

今まさに、大学職員のための統計分析能力の向上が急務である。かって、大学行政管理学会がまとめた「SDプログラム検討委員会最終報告」(福島2010、資料①(略)参照)においても、大学職員に求められる知識・能力等として、「統計」「統計スキル」が明記されている。

このような状況を踏まえ、「大学経営人材のための専門能力育成シリーズ-統計分析に関する基礎知識-」と題した連載を企画することとした。統計分析に関する基礎知識については、『実践アンケート調査入門』(2001)、『例解データマイニング入門』(2002)、『すぐわかるEXCELによる統計解析(第二版)』(2000)、『すぐわかるSPSSによるアンケートの調査・集計・解析(第四版)』(2010)など、多数の著書を執筆されている東京情報大学 内田治先生に連載をお願いした。その内容は、(1)統計の基礎知識(平均、偏差など)、(2)アンケート調査の基本、(3)単純集計、(4)クロス集計と平均値比較、(5)相関分析、(6)多変量解析を扱う予定である。次号以降をご期待願いたい。

参考文献

  • 福島一政(2010)「SDプログラム検討委員会最終報告」『大学行政管理学会誌第13号』225-263
  • 早田幸政・諸星裕・青野透編著(2010)『高等教育論入門-大学のこれから』ミネルヴァ書房
  • 一橋大学大学教育研究開発センター(2012)『単位実質化マキシマムモデルの実践と普及-評価、教育、支援をつなぐカタリストとしてのIR-(平成23年度活動報告書)』17-30
  • 国立大学法人法制研究会編著(2012)『国立大学法人法コンメンタール』ジアース教育新社
  • 中井俊樹・上西浩司(2012)『大学の教務Q&A』玉川大学出版部
  • 東京大学大学経営・政策研究センター(2010)『大学事務職員の現状と将来-全国大学事務職員調査』
  • 山本眞一(2012)『大学事務職員のための高等教育システム論(新版)~より良い大学経営専門職となるために』東信堂