2012年11月25日日曜日

大学改革を困難にしているものは何か(3)

前回に続き、黒木登志夫(日本学術振興会学術システム研究センター相談役、前岐阜大学長・名誉教授、東京大学名誉教授)さんが書かれた「大学は自らの力で改革できるか」(IDE-現代の高等教育 No.545 2012年11月号)を抜粋してご紹介します。



5 旧帝大はガバナンスの模範になっているか。

わが国の大学の中で、旧帝大系の7大学は圧倒的な存在である。しかし、大学のガバナンスという観点から見たとき、自ら改革を重ね、社会に開かれた新たな大学像を造るべく努力をしているであろうか。残念ながら、むしろ他の大学よりも遅れている点が少なくない。いくつかの例をあげてみよう。

東北大を除く旧帝大では、過半数に至るまで選挙を行い、学長(法人法には「総長」という呼称はない)を選考している。このため、学長選考に外部の意見が入る余地はなく、選考会議は形骸化している。東北大は、学長選考にあたり意向投票を排除しているように思われているが、実際には、教育研究評議会が意向投票を実施している。外部からの理事を置かず、文科省の移動官職を外部理事として扱っている旧帝大も、複数存在する。

部局の力、教授会の力が一番強いのも旧帝大ではなかろうか。部局の圧力のため、人事管理に関しても、いまだ定員制にしばられ、戦略的な人員配置のできない大学が少なくない。私が知っている限り、学長を初めとする執行部はみな改革に熱心であるが、部局の壁に妨げられ、ほとんど実行できないでいる。

旧帝大は、教育と研究だけではなく、ガバナンスにおいても他の大学の模範となって欲しい。

6 事務局は専門家集団になれるか

大学のガバナンスの中心となるのは、事務官である。事務がしっかりしていなければ大学は動かない。しかし、事務システムの制度改革は、まだほとんど手がつけられていない。ジェネラリストを養成するという方針によって、専門家が育たないのも大きな問題である。

法人化により、病院は企業的経営をせまられた。しかし、病院経営についてきちんとしたトレーニングを受けた事務官は非常に少ない。私が学長の時、病院経営専門の公認会計士を病院長補佐として、週の半分来てもらった。国立大学中第3位という巨額な借金(557億円)を抱えながら、病院が何とか経営できたのは、外部から来た専門家の力が大きかった。

英語で仕事ができるような事務官はほとんどいない。外国から招待状が来ても、日本語に直すようにいわれる。これでは、いくら国際化を唱えても、実行できるはずがない。世界トップレベル研究拠点では、英語を公用語としている。このため、英語のできる人でないと事務が務まらない。WPI拠点は、学内からそのような人を集め、さらに非常勤で雇用している。そのようなシステム改革を大学全体に広げようというのも、WPIプログラムの目的の一つである。

大学ガバナンスの中心となる事務官に対する教育の場がないことも大きな問題である。社会人の教育を一生懸命に行っている大学が、事務官の教育をおろそかにしているのは不思議な話である。

7 公立大学、私立大学のガバナンスの問題点

本稿は国立大学を対象にガバナンスの問題を取り上げた。公立大学、私立大学においても教授会、教員の意識は、国立大学とそれほど大きな違いはないのではなかろうか。加えて、それぞれには、それぞれの問題があるのも確かである。私が見聞きしたなかから、問題点を指摘しておこう。

公立大学のガバナンスの問題の一つは、事務官の資質である。自治体から公立大学に派遣されてきた事務官は、高等教育についてほとんど知らない。科研費も知らず、文科省のプログラムに申請しようとしてもノウハウを知らない。彼らの多くは、地方公務員の主流である本庁に帰る日をひたすら待っている。その点、国立大学の事務官は、高等教育の専門家であり、任せることができる。

私立大学の問題点は、時として、理事長と同窓会の力が強すぎることである。創立者、理事長一家の独裁となったり、同窓会が教授選考に口を出してきたりする。国立大学の学長は、法人の理事長を兼務している形であるが、本当の理事長は、文科大臣ではなかろうか。そのため、オーナーと言うほどの指導力を発揮することができない。同窓会は、学部毎にばらばらのため、全学同窓会まで発展できないでいる。

8 われわれは、3.11から何を学んだか

M9地震と巨大津波、それによって引き起こされた福島原発のメルトダウンは、われわれの意識、価値観に大きな影響を及ぼした。特に、原発事故では、ガバナンスに大きな問題があることが明らかになった。政府、電力会社、学会など原子力に関わる組織と人々の間の心地よい相互依存関係、外からの意見に耳を傾けない内向きの姿勢、危機に対する想像力の欠如などが相まって、人災といわれる事故を引き起こしたのだ。大学のガバナンスを考えるとき、3.11から学び、反省しなければならないことが多いことに改めて気がつく。(おわり)