2013年2月21日木曜日

IRの生かし方(1)

名城大学難波輝吉さんが書かれた論考「大学の活動を可視化するためのIR機能」(大学・学校づくり研究 第2号 2010年3月19日発行)をご紹介します。


近年、我が国の大学でも、Institutional Research(以下、IR)が重視されるようになってきた。しかし、その現状をみると、自己点検・評価活動に直結するデータ・情報の管理・分析、報告書作成の機能は果たしているものの、米国や豪州のIRと比較すると、大学の意思決定支援や政策形成支援に対して十分に機能していると言い難い。本稿は、IRの発展過程と筆者の実務的経験をふまえて、教育の質保証と経営上の意思決定を支援するためのIR機能及びその定着に向けた課題と解決方策を明らかにすることを目的とする。

大学の社会的責任を果たすべく、大学の活動の成果を可視化するためには、教育情報と経営情報を相互変換するコミュニケーション環境の構築とともに、意思決定を支援する教職員の情報収集・分析マインドの醸成が重要課題である。この課題を克服しつつ、我が国の高等教育の文脈に即した日本型IRの在り方とIRを担う人材育成の方策を明らかにすることが今後の研究課題である。

1 はじめに

大学の使命は、研究による知識創造と教育による知識継承である。他方、大学は非営利組織として経営体の性質も有している。故に、様々なデータや情報を駆使して組織経営の効率化を図りながら、高い質の教育・研究活動を持続的に展開していくことが求められる。

データは、社会に対して大学の教育研究活動の情報を発信していく上でも有益である。大学の教育研究目標・計画・成果に関する情報、大学への入学や学習機会に関する情報、学生の知識・能力の修得水準に関する情報、卒業生の進路状況に関する情報などを広く公開することが求められるようなった現在、それに備えて、大学内部でデータを整備しておくことが必要である。しかし、現状では、目標管理や説明責任を果たすために必要な資料やデータが一元的に管理されていない大学が多い。また、自己点検・評価の結果を教育・研究・経営の改善に役立てる活動も、必ずしも十分には行われてこなかった。大学の成果としての教育研究諸活動に関わる情報発信についても同様である。

このような現状を踏まえ、筆者の担当業務であった自己点検・評価活動の実質化に資する方途としてIRの機能に着目した。本稿では、我が国におけるIRの発展を批判的に検討しつつ、教育の質保証と経営基盤の確立に関わる諸活動の意思決定を支援する方途及びその定着に向けた課題・解決方策を実務的視点から明らかにすることを目的とする。

2 IRの現状

(1)IRの定義

IRは「機関の企画立案、政策形成、意思決定を支援する情報を提供するために高等教育機関内に行われる研究」と定義されている(Saupe1990,p1)。ただし、各大学の歴史・文化や特性によってIRの活動範囲は異なる。Thorpe(1999)は、IRの活動範囲を整理して、①計画策定支援、②意思決定支援、③政策形成支援、④評価活動支援、⑤個別テーマの調査研究、⑥データ管理、⑦データ分析、⑧外部レポート、⑨内部レポートの9つの機能に分類している。これらの定義・機能を平易に表現すれば、IRは意思決定を直接行う機能は持たないが、意思決定に必要な情報を集約・分析し、具体的な課題と改善方策を明らかにした上で、経営執行部、大学執行部が迅速に意思決定を行い、組織全体が的確に行動するために必要な情報を届けるという役割を有しているといえる。

(2)我が国におけるIR機能の比較分析

我が国においては、2004年度以降、認証評価制度の導入、国立大学法人化に伴う中期目標・中期計画による組織運営と法人評価制度の導入、私立学校法の一部改正など、組織運営の透明性を高め、我が国の将来を担う人材育成への投資に対する説明責任を果たすことが要請されるようになった。

このような背景から、2001年には、諸外国で発展してきたIRに相当する組織として、名古屋大学評価情報分析室(現評価企画室)、九州大学評価情報開発室(現大学評価情報室)が設置され、学内に存在する様々なデータの集積・分析に取り組むようになった。

名古屋大学評価情報分析室の設置は、現在の各大学におけるIRの展開に結びついている先駆的取り組みである。当時、喫緊の課題であった国立大学の法人化や認証評価制度の導入への対応を視野に入れ、全学の計画評価に関する必要な調査・分析等を行う組織として設置された。そのモデルはミネソタ大学であり、名古屋大学の良さを表現する評価情報管理システム(Information Management System;IMS)の設計と開発をミッションステートメントとして掲げ、活動をスタートした。IMSの特徴は、大学のステークホルダーに対して、必要な情報を迅速かつ正確に届けることを第一義とするものであり、「情報は巨大に蓄える(Accumulating)のではなく、常にさまざまな形で流通させる(Disseminating)ことに意味がある」という考え方にある(池田 2004,p.196)。この考え方を基盤として名古屋大学で開発されたマネジメント情報システム(中井・鳥居・酒井・池田 2003,小湊 2005)は、他大学のIR組織の有力なモデルとなった。

小湊・中井(2007)は、国立大学法人におけるIR組織の環境分析、ミッション分析、活動分析を行い、我が国のIR組織は、諸外国とは異なり、大学評価と経営情報システムの構築が主たる任務となっていることを指摘している。その後、認証評価制度の導入など、高等教育機関を取り巻く環境変化へ対応してきたことを踏まえ、筆者は、最新の動向として我が国のIRがどのように展開されているかを確認する必要があると考えた。そこで、全ての国立大学(87 校)の自己評価に関わる専門部署・組織の設置状況に関する情報を各大学のウェブサイトから収集し、うち、IR組織のホームページが独自に開設されていて根拠規定の内容も確認できた 17校について、Thorpe(1999)によるIR機能の9分類を活用し、各大学のIR組織がどのような機能をもっているのか検討した。その結果は表1(略)のとおりである。

表1(略)から、17の国立大学に設置されたIR組織の全てが、④評価活動支援、⑥データ管理、⑦データ分析、⑧外部レポート、⑨内部レポートに相当する業務を行っており、データの整備・ 分析と評価支援業務の環境整備は充実していることが確認された。他方、意思決定支援業務や政策形成支援業務には十分対応できていない。

改めての確認であるが、IR活動を推進する上で最も重要なソースは、意思決定の根拠となるデータである。IRにおけるデータ収集と分析に基づく行動の重要性を説いた Maassen(1986)は、①機関の業績に関するデータ収集、②機関の環境に関するデータ収集、③収集したデータの分析と解釈、④分析と解釈の結果を政策立案及び意思決定支援のために使える情報として転換する必要性を指摘している。このうち①と②については、IR組織や機能を有していない大学においても、自己点検・ 評価活動や外部への広報活動などを目的として既に収集されているが、③と④に関わる取り組みは、我が国では十分ではない。また、学内情報の分析だけではなく、外部環境分析や政策動向分析も、IR 機能を実質化する上では極めて重要である。そのための指標づくりも欠かせない取り組みであり、各部局のニーズや外部環境の動きを踏まえたデータ収集の設計が必要である。

また、将来に向けたIRの実質化に向けた課題として、属人的な慣習的暗黙知ではなく、共有化された形式的実践知に基づく持続性のある活動が保証されるか否かという点がある。Thorpe(1999)が示したの9つの機能の全てをIRとして実践するのか、特定の機能に集中するのか、そのための管理運営の仕組みはどのようにあるべきか、組織運営の環境整備はどのようにあるべきかなどの点を明確にすることも、IR活動の持続性と実質化において重要な課題である。

(3)名城大学におけるIRの実践

今後、我が国でIRを広く普及させていくためには、Thorpe(1999)による9つの機能分類のうち、特にIRの重要な機能である意思決定支援をどのように果たすことができるかを実際に検討することが重要である。筆者が勤務する名城大学には、我が国の多くの大学と同様、IRを専門とする組織は存在しない。しかし、IR活動に必要なデータは、一元的管理がなされていないとはいえ、学内に蓄積されている。それらを活用することによってIR機能を果たすことはできるのではないか。このような考えから、学内に存在するデータを利用し、名城大学が直面する課題をターゲットに設定し、IR実践の一環としてのデータ分析を試みた。

ターゲットとして設定したのは、①教育条件と財務状況の改善、②英語教育の基盤整備、③学習支援に対する効果的な資源投入である。

①については、教育研究環境の質向上を目指し、財務状況を悪化させることなく教員1人当たり学生数(ST比)を改善する可能性についてシミュレーションを行った。②については、少人数教育体制で実施している名城大学の英語教育をさらに組織的に推進するため、追加的な資金を最小限に抑えて担当者の専任比率を高める方途を検討し、実行レベルまで到達させた。③については、入学前に実施している学習支援プログラムの事業費を原資とし、追加的な資金投入を行わずに学生の入学後の学習支援も実施できる体制構築の方途を検討した。

いずれも、文部科学省「学校基本調査」や日本私立学校振興・共済事業団「学校法人基礎調査」などの外部機関提出データを基本としたが、②については、英語科目の開講状況や想定される嘱託教員の勤務条件データなどを独自に収集した。③については、現状の入学前学習支援プログラムのコストデータを活用した。この経験から、IRを専門とする組織が存在しなくても、データをうまく蓄積し、分析を重ねれば、意思決定に対して有益な情報を提供できることを確認することができた。

また、IRの取り組みにおいては、いかに視野を広げ、外部環境の動きをサーチする力が大事であるかということも確認できた。課題から夢を語り、戦略プランをつくり上げ、それを報告し、内外へ働きかけること、そして、戦略プランの実現に向けて必要な情報を収集、分析、活用し、自校の教育改善と経営改善に貢献することが、IRの本質であると考える。(続く)


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