2014年4月30日水曜日

ガラスの囲いを取り払う

ブログ「今日の言葉」から4つのD」(2014年4月21日)をご紹介します。


4つのDを止めると
人生は上手くいく。
その4つのDとは次のもの。
「でも」
「だって」
「どうせ」
「だけど」


ノミのサーカスというお話があります。

ノミはその高いジャンプ力が特徴の一つですが、

サーカスで使うために、そのノミの周りにガラスの囲いをして

ジャンプしたときに天井に当たるようにする。

ノミは最初の内は天井に当たってもジャンプし続けますが、

数日続けているとだんだんその天井にぶつからないように

ジャンプ力を調整するようになる。

そこで今度はガラスの囲いを取ってみると、

もう今までのようには高く飛ばなくなってしまう。

せっかくのジャンプ力があっても。

これと同じ様な事が人間にも起こりうるのです。

「でも。だって。どうせ。だから」と言い訳したり、

周りに対してそう言った言葉でやる気を削いで行く行動を取っていると、

本当は能力がありながら、力を発揮出来なくなってしまう。

自分自身にとってのガラスの囲いは何でしょうか?

また自分自身が誰かのガラスの囲いになってしまっていないでしょうか?

厳しいことがあっても、「これは何のチャンスだろう」と捉えてみる。

「でも、と言ってしまったけど、今回はやってみる!」と言ってみることですね。

2014年4月29日火曜日

今生きている幸せに感謝

ブログ「人の心に灯をともす」から淡々と生きること」(2014年4月26日)を抜粋してご紹介します。


「夢や希望を持って、それを語りなさい。それに向かって行きなさい、という表現もあふれています。

夢や希望というのは耳にはいい響きですが、よく考えてみると、結局は『足りないこと』を言っているにすぎないのです。

『あれが足りない。これが足りない。あれを寄こせ。これを寄こせ』と言うことを夢や希望であると吹聴しています。

これは突きつめていくと、エゴなのです。

私たちは九千九百九十の喜びを宇宙からいただいているのに、足りない十個を挙げて、それを『寄こせ、寄こせ』と言っているのです。

『その十個を手に入れたら幸せだ。手に入らなかったら不幸だ』と」

我々は、今ある幸せに感謝しないで、「足りない、足りない」、「もっと欲しい」と言っている。

何か特別な面白いイベントがなければつまらない、不幸だ、と。

しかし、淡々と過ぎていく平和で単調な毎日こそ、幸せだということに気づかない。

世界のどこか、戦争や紛争が起こっている地域、飢餓にあえいでいる国々、独裁的で自由のない国家、に行ってみれば、それはすぐわかる。

「淡々と生きること」

この日本に生まれた幸せ、そして、今生きている幸せに感謝したい。


著者 : 小林正観
風雲舎
発売日 : 2012-01-26

2014年4月28日月曜日

心の復興

風の電話」(岩手・大槌町から)(2014年4月25日J-CASTニュース)をご紹介します。


大槌町吉里吉里地区に「風の電話」と呼ばれる電話ボックスがあります。震災の犠牲者と遺族が対話する空間です。「心の復興のきっかけになってほしい」。ガーデンデザイナーの佐々木格(いたる)さん(69)が自宅の庭の一角に造りました。この実話をモデルに、絵本「かぜのでんわ」(いもとようこ著、金の星社)が出版され、2014年4月20日から現地で原画展が始まりました。


船越湾を見下ろす高台にある白い電話ボックス
=2014年4月20日、大槌町吉里吉里

「風の電話」ボックスには、線のつながっていないダイヤル式の黒電話があります。だれでも自由に出入りして話すことができ、電話の横には佐々木さんのこんなメッセ―ジが添えられています。

「風の電話は心で話します 静かに目を閉じ 耳を澄ましてください 風の音が又は浪の音が 或いは小鳥のさえずりが聞こえたなら あなたの想いを伝えて下さい 想いはきっとその人に届くでしょう」


電話の脇のノートには亡くなった人への思いがつづられています
=2014年4月20日、大槌町吉里吉里

電話ボックスは以前に譲り受け、保管していました。がんで亡くなった親しい人の一周忌に、「思いを伝える電話があれば」と、この電話ボックスを利用することを思いつきました。2010(平成22)年11月のことです。そして工事に入った時に震災が起きました。大槌町内の犠牲者は1200人、行方不明者は400人を超えました。「突然の死で、区切りをつけられない人がたくさんいる。苦しみ、悲しみを抱えた遺族と、亡くなった人をつなぎたい」。電話ボックスは震災から1か月後の2011年4月に完成しました。

多くの人が訪れて、この電話で亡くなった人と心を通わせています。電話の横にあるノートには、次のような文章がつづられています。「平成23年5月13日。あの日から2か月たったけど、母さんどこにいるの。親孝行できずにごめんね。会いたいよ。絶対、見つけてお家に連れて来るからね」「親父さん。貴方の白髪がとにかく懐かしいです。私はこれからの生活に全力を出して貴方の娘を守っていきます」

電話ボックスの中で大声で泣く人。一人静かにひっそりと帰る人。2回、3回とやってきて、やっと受話器を手に取る人……。佐々木さんは訪れた人たちに無理に話しかけずに、静かに見守ってきました。

展示されている原画を前に絵本を手にする佐々木格さん
=2014年4月20日、大槌町吉里吉里

こうしたエピソードを、童話作家のいもとようこさんはラジオで聴き、絵本にしました。山の上に線がつながっていない電話があり、兄を失ったタヌキ、子や妻を亡くしたウサギやキツネが訪れて電話で話しかける物語です。

原画は12点。柔らかなタッチで動物たちや自然が描かれています。絵本を出版するにあたって連絡があった時に佐々木さんは、原画展を現地で開くことを条件に快諾しました。


原画展が開かれている「森の図書館」=2014年4月20日、大槌町吉里吉里

原画展はベルガーディア鯨山の「森の図書館」で。5月18日まで(月曜日は休館)。午前10時から午後4時、入場無料。受け付け、問い合わせは0193-44-2544へ。



2014年4月27日日曜日

研究不正問題とイノベーションの推進

理化学研究所における研究不正問題も、新たな疑惑が重なって、益々混迷の一途といったところですが、去る4月14日(月)に開催された総合科学技術会議においても、本事案についての議論が行われています。

会議後に行われた山本内閣府特命担当大臣の記者会見要旨を抜粋してご紹介します。


本日、17時35分から第119回総合科学技術会議の本会議を開催致しました。

研究不正の関係については下村文部科学大臣の方から、STAP細胞論文の経緯について、理化学研究所は3月31日に研究論文の疑義に関する調査委員会が報告書をとりまとめて、4月1日に記者会見を行ったと。STAP論文の問題に対して一定の結論は出したという御報告がありました。

理研(理化学研究所)では、本件を踏まえて研究不正防止等の着実な実施を図るために、4月4日に、もう皆さんよく御存じですが、野依理事長を本部長とする研究不正再発防止改革推進本部を設置したと。さらに外部有識者6名の改革委員会のお話もありました。4月10日に立ち上がったと。研究不正や過失の防止に係る規定、運用の改善、若手研究者が最大限に能力を発揮できる体制の整備などの論点を含め、研究不正を防止するための研究所の体制とか規定、運用等の課題、改善策について議論を開始しましたということで、文部科学省としては今後の若手研究者の活躍にも配慮しつつ、理研において可能な限り早期かつ厳正に、再発防止のための必要な対策がとられるよう引き続き求めていきたいという話がありました。

さらに文部科学大臣の方から、総合科学技術会議の有識者議員の意見書について、研究不正の疑いのある事案が頻発している現状は看過しがたい、憂うべき事態だと。現在、研究活動の不正行為への対応ガイドラインの見直しに係る検討をやっていますと。ガイドラインの見直しに当たっては、対応が個々の研究者の自己責任のみに委ねられている面が強かったことから、今後は、大学等の研究機関が責任を持ってこの問題に取り組むように求めたいと。特に、研究倫理教育の強化、不正行為を事前に防止する取組を推進していきたいという話がありました。

今般のSTAP細胞の事案から見出される課題等を踏まえるとともに、総合科学技術会議の有識者の皆様からのご意見も真摯に受けとめて、今後の検討に生かしていきたいというお話がありました。

最後に総理から、研究不正については、もう一回繰り返します、これカメラの前でそう言っていましたが、国家戦略として科学技術イノベーションの推進に取り組んでいる中で、近年の研究不正事案の頻発は、我が国の研究開発力の基盤を蝕むものだと。これは大変遺憾だということで。ここからがポイントですけれども、こうした研究不正に対して、個別事案ごとの対応だけでは不十分だと。この問題にどのように臨めばいいのか、研究現場の実態を踏まえて、総合科学技術会議で個別事案を超えた大きな視点から検討してほしいと、このようなお話がございました。

私からは以上です。原山議員の方からご説明をお願いします。

(原山議員)総合科学技術会議の議員の原山でございます。よろしくお願いいたします。

本日、先ほど大臣おっしゃったように、その他の事項で研究不正に関する我々の意見書というものを提出させていただきました。この懸案をなぜこの時点でということが多分ご質問になるかと思いますけれども。科学技術イノベーション総合戦略の改定も踏まえた形で、イノベーションの環境整備というペーパーを先に出しました。その中でやはりリスク管理、不正をいかになくすかということも同時に推進しなければいけないという視点から、有識者議員の中で議論を重ね、その上で意見書としてまとめたものでございます。

そもそも我々のスタンスというのは科学・技術を推進するという立場からスタートしており、科学そのものの本質というものに立ち返った形でこの研究不正というものを見直さなくてはいけないという考えでございます。基本にあるのはやはり研究者の倫理でございまして、やはり研究者であることの自覚、責任、誇りというものを胸に持って行動することを要請するというスタンスです。

その中にありながら、今後の対応ということでどういうことを考えなければいけないかというと、やはり三つのレベルで対応に臨むこととしております。一つ目は研究者レベルでございます。やはり各研究者の胸に研究者であるということを認識するとともに、研究倫理の修得涵養・遵守というところでございます。と同時に、研究者のホストである研究組織、研究機関においても二つの次元で対応することが必要と考えております。まず予防ということです。なるべくこういうことが起こらないことが望ましいわけで、と言いつつも、やはり科学といえども人間の営みでございますから、完全にリスクゼロということはあり得ないわけです。ですので、できる限りの努力をして予防するということでございます。その中ではチェック体制、人材マネジメント、研究倫理教育制度、また明確な責任の所在など、起こりにくい状況をいかにつくり込んでいくかというのが一番の課題だと思います。

と同時に、何か起こったときの対応のやり方というものを常々準備しておかなければいけないところでございます。そういう意味で事後に関しましては万が一研究不正が発生した場合には適切な対応がとれる仕組み・体制の整備というのがマストであるということでございます。

この三つのレベルでこれから具体的なところまで落とし込んでいって議論するということでございます。

ここで、先ほど申し上げましたようにイノベーション総合戦略、何かと言いますと、これからは日本の国のためにイノベーションをプロモートしていくというスタンスは変わらないということで、その中で研究者の重要性を再認識するとともに、特にイノベーションにかかわりますチャレンジングなこと、新たな発想の担い手となる若手の研究者に対してはこれまで以上にサポートしながら、積極的に彼らが活躍できる場というものを、環境づくりに徹していくつもりでございます。その中でやはり今申し上げました三つのレベルの対応というものを同時に整備しながら取り組むということでございます。

ですので、これからはさらに詰めたものを総理指示を受けて我々としても議論しながら進めていくというところでございます。

以上で今日の発表の内容とさせていただきます。


(山本大臣)何かご質問があればお受けします。どうぞ。

(問)NHKの高野です。

この意見書の不正の問題が、研究不正という大前提ですが、具体的にはどういうものを想定されているのでしょうか。この背景にあるものは。どんな事例を言ったらいいでしょうか。

(答)(原山議員)個別の事例は複数、不幸にして日本でも起こっているわけですが、それに対して個々の対応というのは、我々としてはマイクロマネジメントするのが我々のミッションではないという認識でございます。ですので、その中で包括的に考えるべき視点というものをこれからまとめていくということです。

(山本大臣)今、原山議員がおっしゃったように、総合科学技術会議は一応全体を俯瞰するという立場ですから、例えば個々のケースについてコメントするというよりは、今、全体の流れとしてこういう研究開発についてのいろいろな疑義がある事案があるので、これの全体をとらえてどういう方向性でやっていくべきかということを議論するということだと思います。

(問)ただ、国民にきちっと知らせるためには、例えば三つぐらいとか挙げざるを得ないというか挙げるべきだと思いますので。例えばSTAP細胞の問題は含まれていると考えていいのか、あとはノバルティスファーマのデータの操作問題も含まれていると考えていいのか、その辺はどうでしょうか。

(答)それは先ほど申し上げたとおり、個別の事案についてコメントをするというよりは、先ほど原山議員の方からも説明がありましたけれども、研究者レベル、あるいは組織のガバナンス、予防と対応、こういう流れの中でコメントしていくというのが総合科学技術会議の機能だと思うのですね。個別の事案についてこれはああだこうだということは私の方も有識者議員の提案の中ではそれは想定をしていないというか、期待をしていません。それはノバルティスファーマの方は、これはまた厚生労働省がやり、あるいは理研のことについてはもちろん文部科学省がやり、その全体を俯瞰してどういう方向性を我々は持っていかなくてはいけないかと、そういうことをきちんと総合科学技術会議で議論していくと、こういうことだと思います。

(問)何をもって相次いでいるのかというのは、どういうものが相次いでいる。皆さんにとっては当然のことかもしれませんが、世の中的にはSTAP細胞ぐらいしか余り知られていないので、どれを何個かやはり挙げざるを得なくて、どういうことがあるというふうに例えて言うと。個別的に名前挙げないまでもどういう事例があるというふうにお考えですか。

(答)(原山議員)研究不正に関しましてはさまざまな軸の不正というものがあり得るわけで、研究のやり方、プロセスに関するこれから議論しなくてはいけない点のケースもありますし、研究資金の問題などもございます。ですので、個別のことというのではなく、研究不正全体を見回した形で、いかにこれのリスクというものを低減していくことが可能かということを我々は議論していきたいと思います。

先ほども大臣がおっしゃったように、個別の案件に関しましては個別のケース、その中での取組み方というのがございます。それは遵法という形で淡々と進めていくというところでございます。それに対して横やりを入れるのが我々の仕事ではないと認識しております。

ですので、いろいろな個別のケースから何を学ぶかという、その学ぶところを主にした形で今後の日本のイノベーションシステムの中でこの研究不正が起こらない状況をいかにつくり込んでいくかということをこれから議論してまとめていきたいと思っております。

(問)朝日新聞の西川です。

総理から対応を求められた点についてなのですけれども、今文部科学省のほうでもガイドラインの見直しをしていて、研究費の不正使用のほうもガイドラインがこの間改定されたばかりです。総合科学技術会議ではこの首相の対応指示を受けて具体的に何をされるというのでしょうか。

(答)それはこれから、今日、総理から指示をいただいたので、これからどういう形で対応するかということは考えたいと思います。

今おっしゃったように、個々の省庁でいろいろな取組は行われていますけれども、何度も申し上げているとおり、総合科学技術会議は全体を俯瞰するのが役目ですから、今のいろいろな状況を考えると総合科学技術会議としてもきちんと何らかの議論をしなければいけないというのが総理の問題意識だと思います。

個々の省庁のガイドライン等々が例えば対応しているということを超えて、全体を見て総合科学技術会議としても議論をし、いろいろなメッセージを出していかなければいけないということで。いつ、これからどういう形で議論していくかというのは、今日、総理指示を受けましたので、私のところで検討させていただきたいと思っています。

(問)それは今後の流れとしては総合科学技術会議で議論をして、その議論したものを何らかのメッセージが発信されて、それが例えば文部科学省のガイドラインの方に反映されるとかそういうイメージなのでしょうか。

(答)それはまだ現時点ではわかりません。その形も含めて、総理の方から総合科学技術会議でも、ここに書いてあるように個別事案ごとの対応では不十分だと、どういう問題に臨めばいいのか、個別事案を超えた大きな観点から検討して欲しいと、この指示を受けてどういう形で、これを受け取って進めていくのかというのはこれから検討したいと思います。いろいろなやり方があると思いますけれども、これはこれからの検討だと思います。

(問)読売新聞の山田といいます。

今のに関連してなのですけれども。では、今日総理の指示というのが本当にスタートで、今後どれぐらいの期間で何をやるというのはこれから詳しく検討と、そういうことでよろしいでしょうか。

(答)そうです。これからどうするかということを早急に検討したいと思います。

(問)東京新聞、榊原といいます。

研究不正の意見のことでちょっとお伺いしたいのですが。これからの議論は大きな観点から議論する、個別の案件に踏み込まないとおっしゃっていましたが、このペーパーの中ではSTAP細胞について具体的に言及されているので、そこの理由をもう少し詳しくご説明いただけますか。

(答)(原山議員)先ほど御質問があったように、現実何が起こっているかという認識としてSTAP細胞が挙げられております。その中で複数の点が1から5まで書かれておりますが、初めの3点というのはまさに研究のサイエンスの側面の問題とか、研究組織そのもののガバナンスの問題などで、個別に対応して今進められているわけなのですね。それの中で総合科学技術会議として取り組むべき点というのは残りの2点でございまして、まさに大臣がおっしゃったような大所から、個別案件ではなく、日本のシステムとしてどうするかという視点からこの問題に対して議論するという二つの点をこれから議論詰めなければならないと思っております。

(問)でも、やはり議論が錯綜しているというふうにお感じになられているでしょうか、混在して、論点が。

(答)(原山議員)今社会一般の話を見ますと、さまざまな議論がなされているところでございます。いろいろな視点から、いろいろな切り口から議論されていて、その中で我々として取り組む視点と、またそれから個別に理研にしろ組織として対応する点、また研究者に問われる倫理の側面などなどさまざまな点があるわけで。その中で整理をした形でもって我々が引き取るところはSTAP細胞の事例にとどまるわけではなくて、全体像として研究不正に対してどう取り組むかという2点でございます。

(問)わかりました。大臣の御見解があれば、STAP細胞論文の現状について。

(答)何度も言っているように、そういう個別の案件についてコメントするというよりは、総理の指示が個別事案ごとの対応ではなくてこの問題全体としてどう対応していけばいいのかということを検討しようということなので。もう一回言いますけれども、個別の事案についてこれはこうすべき、ああすべきという話ではないと思うのですね。このSTAP細胞の話が出てきたというのは今の状況の中でいろいろと問題が起きているという中で、言及しないということ自体ものすごく不自然ですから、こういう流れがあるという事実として出したということだと思っています。ただ、今おっしゃったように、民間議員のペーパーを見れば、今の議論は総合科学技術会議として議論していく上では整理をする、なるべくいろいろな問題がいっぱい、重複という言い方はおかしいのですけれども、いろいろなところでいろいろな切り口の議論になっているので、そこはきちんと本もとのところを整理して対応していくのがいいのではないかと、整理して議論したほうがいいのではないかと、こういうことだと思います。

(問)科学新聞の中村です。

一つは、今のことの関連して、今日総理指示があったといってもなるべく早く検討したほうがいいわけで、イノベーション総合戦略の改定に間に合うように検討するのか、それよりももうちょっとのんびりというか長いレンジで検討していくのか、そこら辺のお考えはどうでしょう。

(答)それもこれからちょっと検討させていただきたいと思うのですね。イノベーション改定戦略の中にこういうものを盛り込むのか盛り込まないのか、どういう形で反映させるのかということもまだ決まってないので。今日、本当に指示を受けたところなので、これからそこも含めて検討したいと思います。

(問)あともう一つは、イノベーション総合戦略の改定についてなのですけれども、全体俯瞰による政策運営。今まで全体俯瞰は重要だ重要だといろいろな場でおっしゃられてきたのですけれども、でも具体的にどうしたらちゃんと全体俯瞰ができるのか。原山先生が以前悪魔は細部に宿ると言ったように、個別具体的な細かい話が実は全体の最適化の邪魔になったりするわけですよね。そういう時に全体を見ながら、マイクロマネジメントを見ながら、そこら辺を例えば具体的にはどういうふうな見方をすればできるのでしょうか。どうもイメージがつかめない。

(答)全体俯瞰という意味で言うと、それは今、中村さんの言ったことは総合科学技術会議の司令塔機能の強化、そういうものだと思うのですけれども。そういう全体俯瞰をして、例えば科学技術政策についての予算に一貫性を持たせるとか、そういう目的のために司令塔機能強化はやってきたのであって、その結果が予算戦略会議であり、アクションプランの進化であり、SIP、それからImPACTの創設ということなのだと思います。それは、ですから全体を俯瞰するためにどうしたらいいかという問題意識の中でこの幾つかの新しいイニシアティブが生まれてきたということですが、そこをしっかりこれから進化させていくということ以外ないと思います。

(問)NHKの小暮です。

研究不正のことなのですけれども、今こちらでも3本柱で研究者レベル、組織の予防と事後という三つの柱があると思うのですが。これ文部科学省が今改正を進めているガイドラインでも同じように組織の予防と事後のそれぞれの対策今打とうとしていると思うのですが。改めてもうちょっと今文部科学省が改正しようとしているガイドラインと今回総合科学技術会議がやろうとしていることのどういう棲み分けというか違いをどういうところに出していこうというのかお聞かせください。

(答)(原山議員)基本的には研究不正に対して一つの解というのは存在しないわけです。最終的には個別解になると思うのですけれども。でも基本的な考え方、これは必ずチェックすべきだというチェックリスト、さまざまな項目は抽出することが可能だと思っています。

一つのレファランスなのですが、2007年にOECDのグローバルサイエンスフォーラムにおきまして研究不正に関するペーパーというのを出してあります。そこは、OECDのメンバー国プラスアルファ幾つかの国の間でもってそれぞれの課題として持っている、どの国もこの研究不正の問題を抱えているわけなのですが、その中でベストプラクティスというのはなかなかないので、グッドプラクティスは何かということでもってまとめております。

その中でもうたっているのが、すべてに対応できる解はないと。であれば、国の役割というのはリスクを低くするための手の打ち方、その中では押さえる点というのが幾つかあるだろうということなのですね。しかもそれはやはり共通認識等を持ちながらも、個別の国の環境によって状況が違ってくるので、個別対応というものは国によって定める必要があるというふうにうたっております。まさにそのスタンスで取り組むことが望ましいかなと私は個人的には思っております。

(山本大臣)今の答えを言うと、文部科学省のガイドライン等々ありますけれども、中身、どうやって総合科学技術会議としての対応をしていくかというのは、これからよく勉強したいと思います。よく検討したいと思います。

(原山議員)相反するものではなく、整合性を持った形でもって総合科学技術会議からの大きなメッセージがあり、それを受けた形で、もちろん現場を抱えてらっしゃる文部科学省はより切実な問題なわけですね。それに対する現場の状況を踏まえた形でもって具体的に可能なもの、難しいものも出てくると思われます。それとすり合わせしながら方向性というものを定めていくものだと思っております。

よろしいですか。 ありがとうございました。


(参考)総合科学技術会議(第119回)
 
資料3 研究不正問題への対応に向けて(意見)(有識者議員提出資料)

(研究倫理の遵守) 

1 近年、我が国の科学技術の研究開発の現場において、研究不正事案が少なからず発生していることは、極めて遺憾である。
科学技術研究は、人類の長い歴史の中で脈々と積み上げてきた叡智を受け継ぎ、発展させる営みである。その営みは、人間の能力の限界と社会の可能性を広げることで、より豊かで安定的な経済社会の発展を支え、より安全・安心で幸福な国民生活の向上を実現し、人類の平和と進歩を追求する、特別の存在である。誰もが少年少女時代に一度は科学の進歩に感動し科学者になる夢を抱くように、社会全体が抱く科学技術の可能性への期待は大きく、研究者はその未来を切り拓く重責を任されている。研究不正は、社会が科学に託した、そうした夢と希望と信頼を裏切る重大な背任行為であり、決して容認されることはない。改めて研究者は、自らに課されたこの期待と責任を認識し、研究者として当然に然るべき研究倫理を遵守すべきである。

科学といえども人間の営みであり、不正な行いを根絶し切ることが難しいのは、現実には否めない。特に近年では、科学技術の研究レベルが日進月歩で高度化するのみならず、研究開発の世界でもグローバル化によって、そのスピードも加速しており、研究者が激しい国際競争に晒され、成果が強く求められる傾向にあるのも、事実である。しかし、いかなる事情を挙げようとも、研究不正行為が許されないことは論を俟たない。研究者各々が、もう一度原点に立ち返って、研究者であることの自覚と責任と誇りを胸に行動することを要請する。

(研究者と研究組織の責任)

2 本来的に、研究者は他の職業と比べて、高度な学術的知識や専門的能力を背景に、研究活動内容・範囲の決定や時間・設備・資金の利用等を自らの判断に任されるなど、自由で独立した活動環境が確保されている。また、研究者がその自由な発想を追求し情報発信することは、尊重されねばならない。 

しかしながら、そうであるが故に、その研究活動や研究成果に関しては、個々の研究者が自ら責任を当然問われるべきであることを、強く認識せねばならない。勿論、研究者が企業に所属するのか、大学等に所属するのかといった所属機関の性格の違いや、その中での研究者の立場いかんによって、その責任の所在や軽重のあり方が異なることは、あり得る。しかし、研究活動環境としてより自由や独立性が認められていればいる程、研究倫理の遵守や研究内容への説明責任について、より重い責任が研究者個人に問われて、しかるべきである。

また、その一方で、研究活動を担う組織についても、自らが社会的存在として果たすべき責任を改めて認識せねばならない。研究者の所属機関においては、組織としての研究不正を予防するための仕組みづくりや絶え間なき啓発活動、万一研究不正が実際に発生した場合に適切な対応が実行できる体制整備に、責任を持って取り組むべきである。

さらに、研究不正に向き合うためには、研究者や研究機関のみならず政府や研究コミュニティ等も、自らがそれぞれの役割を担っていることを再認識すべきである。

(研究不正の抑止に向けて)

3 研究不正の抑止に向けては、科学技術の研究現場の実態をよく見極めた上で、3つのレベルで対応のための仕組みづくりに取り組むべきである。すなわち、
1)研究者レベル:各研究者による研究倫理の修得涵養・遵守
2)組織レベル(予防):研究不正が起こりにくい仕組みづくり(チェック体制、人材マネジメント、研究倫理教育制度、明確な責任の所在等)
3)組織レベル(事後):研究不正発生時に適切な対応が取れる仕組み・体制の整備
の各レベルで取り組むべきである。 

この問題は、単なる個別の問題ではなく、国全体の問題として捉え、企業や大学、研究コミュニティ、公的研究機関、政府等で、科学技術の研究開発のあり方を考える必要がある。

(科学技術イノベーション推進への決意)

4 研究不正事案の頻発は、断じて許すことはできないが、しかし、これを理由に科学技術推進の足取りを聊かも緩めることがあってはならない。安倍内閣は、イノベーションに我が国の未来への活路を求めて、科学技術イノベーション政策を強力に推進している。この決意と努力を決して無駄にしてはいけない。 

また、研究不正への対応が、正鵠を射ぬ内容であったり研究活動に度を超えた管理や制約を課すことにより、研究者の自由で独立した研究環境を破壊したり、チャレンジングな研究活動を委縮させるたりするような、「角を矯めて牛を殺す」ものであってはならない。特に、若手研究者が果敢に挑戦を行う機会を奪ってはならない。

むしろ、若手研究者が活躍できる環境づくりに、引き続き積極的に取り組むべきである。イノベーションの揺り籠を踏み潰すことは、我が国の未来を切り拓く道を自ら塞ぐことに他ならないことを、肝に銘ずるべきである。 

(より良き研究開発環境の整備に向けて)

5 なお、今般の STAP細胞論文の研究不正疑義をめぐっては、国民の科学技術への期待や関心が大きいが故、巷間議論が白熱しているが、様々な論点が錯綜したまま議論されている面が一部にあることを懸念する。すなわち、①研究論文の不正行為の有無の問題、②STAP 細胞の存在に係るサイエンスとしての問題、③理化学研究所のガバナンスや対応の問題、④研究開発活動のあり方や責任所在の問題、⑤科学技術イノベーション政策の問題、の論点が混在したまま、議論や批判が行われているように思われる。
今回の事案を契機に、国民がもう一度科学技術に対する信頼と期待を取り戻せるよう、これまで述べてきた基本的な考え方に即して、冷静で建設的な検討を行うことにより、研究不正の防止及びより良い活力に溢れた研究開発環境の整備を図り、我が国の研究開発力の強化につなげていくことが必要である。 

平 成 2 6 年 4 月 1 4 日 
総合科学技術会議議員 
内山田 竹 志 
大 西 隆 
久 間 和 生 
小 谷 元 子 
中 西 宏 明 
橋 本 和 仁 
原 山 優 子 
平 野 俊 夫

2014年4月26日土曜日

仕事の哲学

先の日米首脳会談の折、安倍総理がオバマアメリカ大統領を歓待した東京・銀座の「すきやばし次郎」の店主である小野二郎さんについて書かれた記事日本初のミシュラン三ツ星を得た寿司職人、小野二郎さんの「仕事の哲学」(2012年11月12日ライフハッカー・日本版)をご紹介します。


銀座「すきやばし次郎」の店主であり、日本で初めて寿司職人としてミシュランの三ツ星を獲得した小野二郎さんは、日本人ならご存知の方も多いと思います。そんな小野二郎さんの生き様と、二人の息子さんとの絆を描いたドキュメンタリー映画『Jiro Dreams of Sushi』が、今年アメリカで公開されました。その映画を観たMaximiliano El Nerdo Nérdez氏は、二郎さんの生き様や言葉に感銘を受け、記事を書いています。今回は、仕事とは何か、人生とは何かを、二郎さんから学んでいきましょう。





私は『Jiro Dreams of Sushi』をこの数カ月で何度も観ました。この映画に取り憑かれ、小野二郎さんから仕事や人生に対する哲学を学んでいます。私がこの映画を通して、二郎さんから学んだことをご紹介していきましょう。

このデヴィッド・ゲルブ監督によるドキュメンタリー映画は、小野二郎という一人の人間の仕事と人生を写しています。二郎さんは、ミシュランの三ツ星を獲得した寿司職人で、85歳の今も現役で、毎日東京の地下にある小さなお寿司屋さんで寿司を握り続けています。二郎さんと共に働く職人、二郎さんの身の回りの人、それから彼をよく知る料理研究家は、「彼こそが現役の中で世界最高の寿司職人だろう」と評しています。


■仕事に惚れなきゃだめなんだよ

「一度自分で仕事を決めたら、どっぷりとその仕事に浸からなきゃいけない」と二郎さんは言います。「仕事に惚れなきゃだめなんだよ。仕事の不平不満なんて言ってる暇はない。技を磨くことに人生を賭けなきゃ。仕事で成功したり、立派だと言われるようになる秘訣は、こういうことなんじゃないかな」

二郎さんは自分の仕事に心から幸せを感じています。職人として心底仕事を楽しんでおり、そのおかげで、彼はこの年までいきいきと仕事をし続けられているのでしょう。

間違っても彼は「好きな仕事を探しなさい」とは言っていません。自分の天職を見つけるために、自分探しの旅に行けとは言っていません。そうではなく、自分の選んだ仕事なのだから、好きにならなくてはならないと言っています。

結婚生活と同じように、自分から意識して仕事に愛を注ぎなさいという意味です。何でもかんでも興味のあるものに首を突っ込んでは一時的にのめり込み、数週間もしくは数カ月後には一気に醒めているような、若気の至りのような情熱とは違います。二郎さんの仕事に対する情熱は、人生を賭けたものなのです。

一般的に、仕事というものに対する考え方として、「夢の仕事」と「お金を稼ぐための仕事」に分ける傾向があります。夢の仕事というのは儚く叶わないもので、現実的には生活のために定年するまでつまらない仕事をあくせくやらなければならないと、自分に言い聞かせていたりします。

「お金を稼ぐための仕事」と決めつけている仕事に、意識的に自発的に愛を注いだとしたら、一体どんなことが起こると思いますか? 仕事との向き合い方が劇的に変わり、人生が輝きを増し、早く仕事を辞めたいという気持ちなんて無くなるのではないかと思います。


■シンプルなことに特化して、深く掘り下げる

寿司というのは、ネタとシャリがほとんどで、かなり構成要素の少ない食事だと言えます。二郎さんは、これをさらにシンプルにすることで、別次元のものへと昇華しています。二郎さんの場合は、寿司職人としての技術だけでなく、お品書きにもそれが表れています。すきやばし次郎では、大体20貫程度のその日の寿司をお客さんに出します。二郎さんの店には、他の店にあるような寿司以外のメニューがないのです。

さらに、すきやばし次郎のカウンターはたった10席しかありません。職人が最高の状態で寿司を提供し、お客さんにもできるだけ最高の状態で食べていただくためです。お客さんがどの程度召し上がっているか、右利きなのか左利きなのか、細かな心配りをするにはこれが限度なのでしょう。

二郎さんの長男の禎一(よしかず)さんも寿司職人で、後継者として二郎さんと共に働いています。彼もまた、毎日同じものが提供できるように努めていると言います。そこには、毎日同じことを繰り返すことで、究極の品が生み出されるのだ、という意味が込められています。

一つのことに集中するというのは、何も仕事だけに留まりません。二郎さんの日常は毎日同じことの繰り返しです。電車に乗る時も決まって同じ場所に立ちます。休みの日は好きではありません。できればすぐに仕事に戻りたいくらいです。

私には、二郎さんは一つのことを深く掘り下げることで、創造性を高めているように思えました。毎日の日課が自動的に繰り返されようになると、仕事ではより細かな一点を追求することができるようになります。そのように一点に集中すると、才能と努力が一体となって、芸術的な世界が爆発的に開けていくのだと思います。

イギリスの天才とも狂人とも言われる芸術家ウィリアム・ブレイクの「無心のまえぶれ(Auguries of Innocence)」の一節が思い出されます。

一つぶの砂に 一つの世界を見
一輪の野の花に 一つの天国を見
てのひらに無限を乗せ
一時のうちに永遠を感じる

そのような至福の状態にある人に、休暇なんて必要でしょうか?


■仕事を愛するということは身を捧げること

前述した「夢の仕事」の考え方にとらわれている場合、好きな仕事に転職すれば、何の障害もなくすべてが上手くいく、と思い込んでいる人が多いのに気付かされました。好きな仕事をする時は、喜んで尽くそうとするでしょう。特に最初の段階では、好きな仕事の道を選んだ人は、誰もが喜んでその入場料を払うものです。

私の場合、人文科学の研究を追求し、学問の世界で身を立てることを選びました。それは、きちんとした団体で働く人や、教育をそこまで受けていない人よりも、長時間低賃金で働かなければならない、ということを意味していました。

好きな仕事をしていたので、そのような事実も受け入れることができましたが、好きな仕事と生活を引き換えにしているのは明らかです。現在私は、仕事に集中してスキルに磨きをかけることで、もっと快適な生活ができるように、収入を増やそうとしていますが、その道は険しいものです。しかし、今のところまだ、自分の選んだ道を悔やんではいません。

先に、自分の選んだ仕事を愛するべきだと言っていたこととは、多少矛盾しているように思われるかもしれませんが、仕事を愛するということは時に難しく、それでも耐え続けることができれば、それだけの見返りがあるものだ、ということが言いたかったのかもしれません。

二郎さんの場合は、彼が仕事に求めているもののせいで、子どもが小さい頃は家族を顧みることができませんでした。また、貧しさとも闘わなければなりませんでした。二郎さんが結婚した当初、貯金は一銭もなく、数年後でも、子どもにコカコーラを買ってあげるために、数カ月はお金を節約しなければならないほどでした。

今ではすべてが変わって、二郎さんも子どもたちといい関係を築いています。子どもたちも父である二郎さんから、寿司職人として様々なことを学んでいます。しかし、ここ至るまでには、何年もの時間を犠牲にし、大変な努力をしてきました。二郎さんは、修行中、叩かれたり蹴られたりすることにも耐えて経験を積みました。教える立場になった今、二郎さんは弟子にそんなことはしません。それでも1日でやめていく弟子もいるといいます。

私には、二郎さんが日々の仕事の中に見いだした喜びというものは、簡単にできることや1日数時間の仕事を通して達成できるようなものでは到底ないと思えます。厳しく、強烈で、一心に集中しなければならない、時に苦痛を伴うほどの仕事から、生まれるものなのでしょう。夢の仕事というのは、見つけたからといって、魔法のようにすべてが叶うような単純なものではなく、人生を賭けて身を捧げてはじめて、そしてその何年も後に、努力が実るようなものなのだと思います。

もちろん、21世紀の現代社会に生きる人たちに、不公平で何の保証もない労働条件に耐えることは、(西洋の文化に生きる読者にとって)文化的な違いからも受け入れられないものでしょう。しかし、二郎さんの話から、愛と犠牲というものは、セオリー通りにしていれば簡単に成功できるようなものではなく、そのようなものを超越したところで、ご褒美をくれるものなのだということを、思い出させてくれます。彼が歩いてきた道は、誰にでも真似できるものではありませんが、少なくともそこから学ぶことは、価値あることだと思います。

2014年4月20日日曜日

「ありがとう」は魔法の言葉

ブログ「今日の言葉」から感謝」(2014年3月28日)をご紹介します。


心では感謝しているのに、それを態度で示そうとしないのは、

プレゼントを包んだのに渡さないのと同じことだ。

ジグ・ジグラー


こちらが感謝している気持ちは伝わっているだろうとか、言わなくてもわかってくれるだろうとか、

このくらいのことならわざわざ言わなくてもいいだろうというのは非常に勿体ない。

「ありがとう」は魔法の言葉とよく言われますが、言った本人が思うよりも何倍もの嬉しさが相手に伝わるもの。

自分が言われた時の気持ちになってみると良い。

「そんなところも見てくれていたんだ!」とか「こういうことでも喜んでもらえるんだ!」という気持ちになることでしょう。

そして言った本人の脳にも良い影響がある。

何よりも自分の言葉を誰よりも聞いているのは自分自身だから。

だから愚痴や悪口などもそのまま自分の脳に悪影響を与える。

「感謝」の「謝」とは、「言」を「射る」と書きます。

だから感じた思いを言葉に乗せて相手に届けることが大事なのです。

そしてなぜ「謝る」という文字なのか。

それは相手にしてもらった行為に対して、自分はまだそこまで出来ていなくて、申し訳なく思う気持ち。

2014年4月17日木曜日

私大文系の教育改革

IDE(2014年4月号)に掲載された記事「取材ノートから-脱・平等教育」(日本経済新聞社編集委員 横山晋一郎氏)をご紹介します。


早稲田大学が、6、7月の4週間を使って、海外の学生向けに「ワセダ・サマーセッション」を開くというので、記者会見を覗いた。説明者は、国際教養学部の初代学部長も務めた国際担当の内田勝一副総長。サマーセッションだけでなく、早稲田の国際化についていろいろ面白い話が聞けた。

特に興味深かったのは、「今までの平等性を見直し、優秀な学生には特別な教育をして行きたい」という発言。「海外の有力大学で学びたいという意欲の高い学生には、3、4年生で留学をさせ、5年間で修士号を取得できる制度を商学部で検討しており、いずれ他の文系学部でも始めたい」と語る。

背景には、理工系では8割が大学院に進む時代だというのに、文系分野で大学院教育が定着しない現実がある。日本企業が、人文科学や社会科学の大学院修了者の採用に消極的だからだ。「そんな企業を、早稲田が先鞭を付けて変えたい」と意気込む。具体的な話を詳細に聞くだけの時間はなかったが、思いは充分に伝わってきた。

大学の課題は数多くあるが、最大の課題は文系教育の質的向上、特に大学生の多数を占める私大文系の教育改革だと思う。

戦後の日本の高等教育の拡大に最も貢献したのは私立大学だ。文系の学部を数多く作り、大教室の大規模授業で、大量の学士を安上がりに養成し、伸び盛りの日本企業に次々と送り込んだ。「大学入試で基礎能力さえ判断して貰えば後は徹底的な社内教育で一人前の企業戦士に鍛え上げるから、大学教育自体に関心はない」。これが企業の本音だったから、あまり教育の質は問われなかっだ。毎年、大量の志願者がいたから、私立大学は施設(=受け皿)さえ用意すれば経営は安泰そのもの。国は高等教育の拡充にコストを払わずに済むし、学生も受験で苦労しても、入学さえしてしまえば勉強しなくても就職は困らない。かくして、国も、大学も、企業も、そして学生にも幸福な時代が続いた。乱暴かもしれないが、私学を中心にした戦後の高等教育の推移を概観すると、こういうことではなかったか。

だが、幸せな時代は終わった。グローバル競争を迫られる企業は、世界で活躍できる人材を求め、大学教育の質に注文を付け始めた。国も、そうした声を無視できない。大学教育の質が問われる時代に、安上がりのマスプロ教育は通用しない。そこで各大学は、留学奨励や大学院の拡充など様々な教育改革に取り組み始めたが、いずれもお金がかかる。特に”低コスト”体質が染みつく私大文系には厳しいハードルだ。

そこで、内田副総長が言うような「意欲の高い学生向けの特別な教育」が浮上する。学生の意欲には個人差が大きいし、全員が留学を望んでいるわけでもない。ならば、本当にやる気のある学生を徹底的に鍛えていこうと考えるのは当然だ。そうなれば、全ての学生を同様に扱う”平等性”は見直さざるを得ない。学内の抵抗は多そうだが、こうした手法が、今後の私大文系の教育改革では大きな流れになると思う。

「大学に入ったら、何を目指して、どんな勉強をして行くのか」。明確な目的意識を持った大学選びが、ますます重要な時代になると考えながら、早稲田を後にした。

2014年4月16日水曜日

COCと機能強化

IDE(2014年4月号)に掲載された記事「取材ノートから-宮崎大学とCOC」(日本経済新聞社編集委員 横山晋一郎氏)をご紹介します。


宮崎大学の「食と健康を基軸とした宮崎地域志向型一貫教育による人材育成事業」が文科省の2013年度「地(知)の拠点整備事業」(大学COC事業)に採択され、2月初めに宮崎市内で開かれた。

COC、地元自治体と連携して、全学で地域志向の教育・研究・地域貢献に取り組む大学を支援する。地域コミュニティの中核となれる大学の育成で、大学に機能強化(機能分化)を促す政策の一環だ。

2013年度は大学・短大・高専から319件の応募があり52件が採択された。国立大学の申請は単独48件、共同3件で、単独20件、共同2件が採択された。

採択された51件の内容は多岐にわたるが、中でも宮崎大学の計画は良くできている。宮崎県は基幹産業である農業の振興と、深刻な過疎化と少子高齢化対策が最重要課題だが、どれも宮崎大学の4学部(教育文化、医、工、農)と深い関わりを持つ。「食と健康」をキーワードに、地域を活性化する人材の育成と技術の創出ができれば、地域とwin-win関係を築ける。

ただ、複数の幹部から、「COCの申請が研究大学への道を閉ざすことにならないかという懸念が学内にあった」と聞いた。確かに、文科省の国立大学改革プランは、国立大学の機能強化(機能分化)の方向性として、①世界最高の教育研究の展開拠点、②全国的な教育研究の拠点、③地域活性化の中核的拠点,を示した。地域貢献を強調し過ぎると、①や②としての活動が難しくなるという心配はよくわかる。これは、多くの地方国立大学に共通の思いだろう。

だが現実問題として、86の全国立大学が世界レベルの研究大学になることは難しい。他方で、東京への過度の一極集中が進んだ結果、地方は疲弊し困難が山積する。

地方大学が足下を見れば、やるべきことは無数にある。国立大学の6割近くがCOCに申請したことは、真剣に地域との関わりを探す意欲の証だと信じたい。

一方で、気になることもある。ある旧帝大がCOCに採択されたことだ。旧帝大といえども地域社会への貢献は極めて重要だ。だからといって、大学の機能強化を求める国の施策に、学内リソースが豊富な有力大学が名乗り出ることには違和感を覚える。機能強化とは、ある機能を諦め別の機能に特化することだ。研究大学として国際的な活動を期待される旧帝大も例外ではない。

2014年4月15日火曜日

国立大学法人評価で「研究不正防止への取組」を確認

近時、「研究活動における不正」や「研究費の不正使用」が社会問題として大きくクローズアップされています。

文部科学省では、こうした状況を受け、このたび、各国立大学に対し、「平成25事業年度に係る業務の実績に関する報告書」(国立大学法人評価委員会が行う年度計画の達成状況評価のために、各国立大学が毎年6月末までに文部科学省へ提出する資料)の作成に当たって、「研究不正防止に関する取組状況」の記載を求めました。

文部科学省国立大学法人評価委員会事務局からの通知(平成26年4月11日付、各国立大学法人評価担当部課長宛事務連絡)を抜粋してご紹介します。


公的研究費の不正使用等の防止に関する取組状況について

昨今の研究に関する不正事案の発生等を受けて、昨年、文部科学省に「研究における不正行為・研究費の不正使用に関するタスクフォース」が設置され、平成25年9月26日には「中間取りまとめ」が公表され、組織の管理責任の明確化など、今後講じるべき具体的な対応策等が示されるとともに、これを受けて各ガイドライン等の改正を行い、平成26年度から運用されることとなっています。

また、平成25年12月24日付け事務連絡「平成24年度における国立大学法人及び大学共同利用機関法人の業務の実績に関する評価の結果への意見について」でお知らせしたとおり、総務省政策評価・独立行政法人評価委員会からも、国立大学法人評価委員会に対して厳格な評価を実施すべきとする意見が述べられています。

今後の年度評価においては、公的研究費の不正使用の防止及び研究活動における不正行為の防止に関する取組状況について、以下の方法で確認を行います。

1 公的研究費の不正使用について

平成25年度評価では、各法人において当該年度に公的研究費不正使用防止に向けて取り組んだ事項、特に24年度以前に比べて強化を図った事項について、実績報告書の「(4)その他の業務運営に関する特記事項」欄に具体的に記載してください。

また、「研究機関における公的研究費の管理・監査のガイドライン(実施基準)」が平成26年2月18日に改正され、平成26年度から運用されることになっていることから、各法人における新たな基準、指針等を踏まえた体制整備等の状況及び各法人のルールの運用や監査実施等、ガイドラインの内容が適切に履行されているかについては、平成27年度に実施する平成26年度評価から各法人共通で確認します。

2 研究活動における不正行為について

平成25年度評価では、各法人において当該年度に研究活動の不正防止や研究者倫理教育等について取り組んだ事項、特に平成24年度以前に比べて強化を図った事項について、実績報告書の「(4)その他の業務運営に関する特記事項」欄に具体的に記載してください。

また、「研究活動の不正行為への対応のガイドライン」は、「公正な研究活動の推進に向けた「研究活動の不正行為への対応のガイドライン」の見直し・運用改善について(審議まとめ)」(平成26年2月3日)を踏まえ、平成26年度に改正されることとなっていることから、各法人における見直し後のガイドラインを踏まえた体制整備等の状況及び各法人の具体的な取組状況は、平成27年度に実施する平成26年度評価から各法人共通で確認します。

2014年4月14日月曜日

進まぬ学術振興策の議論

「厳しさ増す学術研究環境」(2014年4月12日科学新聞)をご紹介します。


学術研究を取り巻く環境は年々厳しくなっており、このままでは多様な学術研究が衰退してしまうという危惧がある。そのため、科学技術・学術審議会学術分科会「学術の基本問題に関する特別委員会」は、3月から3回にわたって学術研究の振興策について議論を進めてきたが、基盤的な経費の充実が必要というばかりで、十分な打開策を見いだせないでいる。予算の拡充は必要だが、単に学術研究の重要性を主張するだけでなく、明確な自己改革や推進方策を提示することができなければ、納税する側の国民を納得させることは難しい。

学術研究は、研究者個人が自らの内在的な欲求に基づいて行う、真理を探究する知的創造活動である。いわゆる基礎研究や応用研究などといった分類ではなく、その動機によって規定されるため、非常に基礎的なものもあれば、応用研究・開発研究に分類されるものも含んでいる。多くの研究者が主張するように、人に言われてやるのではなく、自らが本当にやりたいと思う研究を実施することから、寝食を忘れて取り組むことができ、結果的に飛躍的な研究成果を生み出すことが多い。

一方、第3期科学技術基本計画(06~10年)の頃から、イノベーション創出が政府の科学技術政策の中心に据えられるようになり、それまでの国立大学法人化・国立研究機関の独法化による運営費交付金などの基盤的経費の削減に拍車をかけ、さらに競争的資金やプロジェクト研究予算の充実など、あらかじめ設定された目標・計画を実施する研究が拡充されてきた。

学術研究という観点からすれば、科学研究費補助金に応募できるようになる前の段階の研究が多様な発想の苗床となっていたが、基盤的経費が減り続けることで、そうした研究の土壌が先細り続けているのが現状である。

また、競争的資金やプロジェクト研究、大学改革補助金など、多様な資金を獲得しなければ研究室の運営が難しくなっているため、1つの研究室で何本もの申請書を書き、別々に区分経理しながら研究を実施し、それらの成果報告書を取りまとめるなど「1年中書類書きばかりしている」という嘆きの声が聞こえるような状況だ。

さらに、それらの申請書を審査するのも研究者であり、実質的な研究時間は年々減り続けている。

こうしたことから、多くの研究者が基盤的経費の拡充が必要だと主張しているが、財務当局などと話をすると「大学運営にも多くの無駄があるのではないか。それらを改善せずに予算を増やして欲しいといわれても難しい」という厳しい現実に直面する。

例えば、某大学には次世代DNAシーケンサーが何十台もあるが、それぞれ別々の研究室で個別に管理されており、効率的な運用がなされていない。それがために、大学院生やポスドクがテクニシャンとしての仕事をし、研究者となるための十分な教育を受けていない。さらに本来のテクニシャンの育成や雇用などの対応もできていない。

一方、熊本大学発生医科学研究所では、12年4月からリエゾンラボ研究推進施設がスタートした。バラバラだった研究機器を集約し、管理と技術支援を行うためのテクニシャンを間接経費で雇用している。研究機器の予約はネットで行え、テクニシャンによる支援や相談も行える。研究者やその卵達は研究に専念でき、また異なる研究室に所属する学生やポスドクが自然と交流できるため、共同研究が進みやすく、各研究室の運営がガラス張りになり、アカハラなども起きにくい。加えて、そうした共通機器が整備されていれば、新たに採用された若手研究者がすぐに研究を始められる。

これは、研究費が厳しい地方大学が工夫している好事例なのだが、欧米の大学や研究所では普通に行われていることである。

また、科研費は制度改正によって非常に使い勝手が良くなっているが、大学の内規によって縛られ、A大学では支出できるが、B大学では支出できないといったことが実際に起きている。人事制度についても、若手や女性が大切だといいながら、研究、教育、社会貢献のいずれでも、十分な実績のない教員の降格など行われることはほとんどないというのが実態だ。

科研費の申請数に応じて分科細目の採択数を決めるシステムは、無駄な応募を増やし、審査の負担を増大させ、さらに審査の質も低下させる。競争的資金の合算使用ができないことは、研究現場に無駄な機器や消耗品をもたらし、経理処理と手間を増大させている。

学術研究を実施する環境については、国の制度や予算の問題、大学の制度の問題、研究者の意識の問題など、様々な課題が潜在している。これらをどのように改善していくのか、真正面から捉え、その上で基盤的経費の充実を求めなければ、財政当局や国民を納得させることは難しい。

基本問題特別委員会では5月までに一定の取りまとめを行うという。それまでにどの程度、具体的な改革案を示すことができるのか、今後の議論を見守っていきたい。

2014年4月13日日曜日

教授会の何を変えるべきか、何を変えてはいけないのか

IDE(2014年4月号)に掲載された記事「教授会改革のゆくえ」をご紹介します。


本稿執筆時点で、中央教育審議会におけるガバナンスの議論もほぼまとまりを見せつつある。報道によれば、学校教育法の教授会規定改正が検討されているようだが、昭和22年の制定以来、60年の時を経て遂に改正されることになるのだろうか。

中教審の審議まとめが指摘するように、ガバナンス改革を考えるためには、制度や予算を含めて、幅広い施策を総合的に考えることが必要であり、教授会という機関のみを特別に取り上げて議論することは、論理的には正しいとは言えない。しかしながら、「学校教育法93条の改正」は、既にガバナンス改革における、ある種の政治的スローガンともなりつつある。教授会の問題が、戦後間もない時期から繰り返し議論されながら、今般、遂に法律改正が視野に入ってきたのはなぜだろうか。ここでは、主要な論点を三つだけ取り上げて考えてみたい。

第1に、近年、財界人や地域関係者などの学外者が、国立大学の経営協議会の委員や私立大学の理事などの形で、より直接的に、大学経営に関わる機会が急増したことである。とりわけ、組織再編や学長選考などの過程で生じる、大学内部の生々しい姿と実地に知る中で、学外者の目には、学部教授会自治を基盤とする大学の分権的なガバナンスは、極めて奇異なものと映ったことだろう。

第2に、「大学の自治」の観念自体の変質である。東大ポポロ事件最高裁判決は、「大学の自治」の具体的内容として、特に教員の人事の自治が認められるとした。すなわち、教員の人事は国等の公権力が決めるのではなく、大学自身が決めることとされ、教授会にその役割が委ねられたのである。以後、ポポロ事件判決は、我が国の大学政策のベースラインとして、教授会自治の思想的な拠り所となってきた。ところが国公立大学の法人化により、今や少数となった公務員型の公立大学を除いては、教員人事について、公権力と大学との直接的な対峙関係は、突如として失われることとなった。そうなると、公勧から大学の自治を守るという教授会の使命も、自ずから大きく薄らぐことになったと言える。

第3に、開かれた大学運営や情報公開が求められる中で、教授会のような閉鎖性の高い機関に対する抵抗感である。一般人にとって、教授会は、神秘のヴェールに包まれた未知なる世界である。大学という公的機関に置かれていながら、何を決めているのかわからない、あたかも中世のギルドを彷彿とさせるような、密室の権威主義的な組織ということでは、現代において不気味なものと映っても仕方がない面もある。

教授会も、時代の変化に応じて変わらざるを得ない部分は当然あるだろう。学校教育法93条の改正も、避けられないことなのかも知れない。その際、為政者に求められることは、教授会の何を変えるべきか、そして、何を変えてはいけないのかを、適格に判断することである。

2014年4月12日土曜日

国立大学のミッション(再定義)が確定

かねてより、各国立大学と文部科学省との意見交換等を経て進められてきた「国立大学のミッション(各大学の強み・特色・社会的役割)の再定義」が、ようやく確定したようです。

文部科学省が各国立大学に示した「分野ごとの振興の観点」(平成26年3月31日文部科学省高等教育局・研究振興局)に沿って整理しましたのでご紹介します。

今後各国立大学は、このミッションに基づき、諸改革に取り組むことになります。画餅にならぬよう、教職員の意識改革・ガバナンス改革を含めた実効性のある足元からの改革を進めていくことが社会から求められています。

(「ミッションの再定義」に関連する主な過去記事)



 「ミッションの再定義」を踏まえた各大学ごとの強みや特色を伸長し、社会的な役割を一層果たすための振興の観点は以下のとおりである。

【教員養成大学・学部】

今後の人口動態・教員採用需要等を踏まえ量的縮小を図りつつ、初等中等教育を担う教員の質の向上のため機能強化を図る。具体的には、学校現場での指導経験のある大学教員の採用増、実践型のカリキュラムへの転換(学校現場での実習等の実践的な学修の強化等)、組織編成の抜本的見直し・強化(小学校教員養成課程や教職大学院への重点化、いわゆる「新課程」の廃止等)を推進する。




【医療・保健分野(医学、歯学、薬学、看護・医療技術分野)】

今後の超高齢社会における医療人としての使命感・倫理観、専門的な能力や研究マインド・課題発見解決能力等の必要な資質を備えた人材の育成はもとより、それぞれの大学が持つ知的資源やネットワークを活用し、教育、研究、診療・実践、地域貢献・国際化といった方向について、特色ある取組を推進する観点から機能強化を図る。特に、高度な医療機能を持つ附属病院と、それを軸とした地域の医療機関とのネットワークを最大限活用して学部教育、大学院教育、現職者の生涯にわたる研修を通じた人材育成を強化する。
その際、特に大学院で養成する人材のイメージをより明確化する。
加えて、学内の理工系や人社系の学部・研究科、研究所等はもとより、他の大学、研究機関、医療機関、地方公共団体、企業等とのネットワークを強化し、学際的・実践的な研究、チーム医療を担うために必要となる高いレベルでの多職種連携教育等において特色ある取組を推進する。

(医学・歯学系分野)

超高齢化やグローバル化に対応した医療人の育成や医療イノベーションの創出により、健康長寿社会の実現に寄与する観点から機能強化を図る。具体的には、診療参加型臨床実習の充実等国際標準を上回る医学・歯学教育の構築、総合的な診療能力の育成、卒前・卒後を通じた研究医育成を推進する。
また、独創的かつ多様な基礎研究を推進するとともに、分野横断・産学連携を進め、治験・臨床研究推進の中核となり、基礎研究の成果を元に我が国発の新治療法や革新的医薬品・医療機器等を創出する。地方公共団体と連携し、キャリア形成支援等を通じた地域医療人材の養成・確保、高度・先進医療や社会的要請の高い医療を推進する。


(薬学分野)

基礎から臨床までを通じた世界水準の創薬研究の推進と、薬学教育6年制化の目的である医療人としての使命感・倫理観と研究マインド・課題発見解決能力を備えた、薬学教育研究を担う人材や医療の現場で先導的役割を果たす薬剤師の育成を進める観点から機能強化を図る。

(看護学・医療技術学分野)

医療・保健系大学の設置が進展する中、地域社会の課題解決に貢献する実践力の高い地域のリーダー養成はもとより、看護学及び医療技術学の学術的追求を通じ次世代のリーダーとなる教育者・研究者養成を推進するとともに、大学病院をはじめとした知的資源を活用した学際性・国際性を重視した研究を推進する。




【工学分野】

我が国の産業を牽引し、成長の原動力となる人材の育成や産業構造の変化に対応した研究開発の推進という要請に応えていくため、「理工系人材育成戦略」(仮称)も踏まえつつ、大学院を中心に教育研究組織の再編・整備や機能強化を図る。具体的には、エンジニアとしての汎用的能力の獲得を支援する国際水準の教育の推進など、工学教育の質的改善を推進し、グローバル化に対応した人材を育成するとともに、最新の高度専門技術に対応すべく社会人の学び直しを推進する。また、社会経済の構造的変化や学術研究・科学技術の進展に伴い、各大学の強みや特色をいかしながら先進的な研究や学際的な研究を推進するとともに、研究成果を産業につなげる観点から地域の地場産業も含め広く産業界との連携を推進する。





【理学分野】

自然界に潜む原理や法則という普遍的真理を探究する学問であり、科学技術創造立国を目指す我が国にとって新しいイノベーションの基盤的要素を生み出す重要な役割を担っている。
これまで、先進的かつ国際的な研究が行われてきており、今後とも世界をリードする研究を推進する。また、法則に立ち返って真理の探究に取り組むといった理学的な思考能力・実験技術の方法論などの能力をいかした高度専門職業人や幅広い視野を有する研究者の養成に向けた教育を推進する。このため、「理工系人材育成戦略」(仮称)を踏まえつつ、企業と連携した実践的な専門教育のプログラムや、教育界や教育学分野と連携した高等学校等の理数系教員を志望する学生向けのプログラムの構築など、社会での活躍を意識した教育や、組織的なコースワークと研究指導による大学院教育など、大学院を中心に教育研究組織の再編・整備や機能強化を推進する。




【農学分野】

環境調和型生物生産、生物機能の開発・利用、食料の安定的な享受、自然生態系の保全・修復等に関する科学の促進と技術開発といった社会的役割を担っている。
これまで、地域の立地特性をいかした生物資材の生産や利用に関する教育研究等、特色ある取組が進展しており、今後とも地域の農林水産業や関連産業の振興を牽引する役割を果たしていく。また、人口増加に伴う世界的な食料や環境等の諸課題の解決への貢献の観点から、必要に応じて医学、工学、社会科学といった他の学問分野と連携した教育研究をより一層展開する。さらに、産業界をはじめとする社会の要請に応えた高度な専門職業人や研究能力を有する人材育成の役割を一層果たしていくため、「理工系人材育成戦略」(仮称)を踏まえつつ、大学院を中心に教育研究組織の再編・整備や機能強化を図る。





【人文・社会科学、学際・特定分野】

人間の営みや様々な社会事象の省察、人間の精神生活の基盤の構築や質の向上、社会の価値観に対する省察や社会事象の正確な分析など重要な役割を担っている。また、学際・特定分野は、その学際性・個別分野の個性等に鑑み、社会構造の変化や時代の動向に対応した融合領域や新たな学問分野の進展等の役割が期待されている。
特に、成熟社会の到来、グローバル化の急激な進展等の社会構造の変化を踏まえ、教養教育を含めた教育の質的転換の先導、理工系も含めた総合性・融合性をいかした教育研究の推進、社会人の学修需要への対応、当該分野の国際交流・発信の推進等、各分野の特徴を十分に踏まえた機能強化を図る。
具体的には、養成する人材像のより一層の明確化、身に付ける能力の可視化に取り組む。また、既存組織における入学並びに進学・就職状況や長期的に減少する傾向にある18歳人口動態も踏まえつつ、全学的な機能強化の観点から、定員規模・組織の在り方の見直しを積極的に推進し、強み・特色を基にした教育・研究の質的充実、競争力強化を図る。




2014年4月11日金曜日

グローバルな人間になるために

国立大学協会が発行する広報誌「JANU」(vol.32 March2014)で紹介されているタレントのパトリック・ハーランさんへの取材記事「グローバル人材として卓越したコミュニケーション能力を身に付けるために」を抜粋してご紹介します。

全文はこちらをご覧ください。


受験して合格したのはハーバード大学だけ

テレビ画面の印象とは違い、気軽に呼びかけるのがためらわれるような、知的で物静かな雰囲気で現れたバトリック・ハーランさん。だが、開口一番「どうぞ、パックンと呼んでください」と気さくに語りかけてきてくれた。

ハーバード大学に入学するまで成績はオールA、高校は首席で卒業した。クラブ活動は、水泳の板飛び込み、陸上、演劇、合唱など数え切れず、ボランティア活動にも積極的に取り組んだ。小さい頃に両親が離婚して母親の女手一つで育られたこともあり、10歳から18歳まで新聞配達をして家計を助けたという。ハーバード大学に入った理由をこう話す。

「自分は能力に恵まれ、何でもできると思っていたので、どの有名大学でも受かると慢心し願書作成の手を抜いたせいか、結果受かったのがハーバードだけだったんです! 皆からなぜって聞かれる『比較宗教学』という学部の選択も、単に友達に誘われただけなんです・・・」

日本に来ることになったのも、「英語の先生として福井県に行く幼友達から誘われたからです。日本への関心はまったくなかったし、日本は単にお金持ちの国というイメージだけだったので、日本に行けば稼げるだろうと思っていたら、僕が着いた1993年はバブルが崩壊しちゃっていて・・・」

さすが笑いを職にしているだけあって自身の経歴に関してもユーモアを交えて語ってくれた。

挑戦と経験の積み重ねが広い視野を与えてくれる

福井県では英会話講師として働いた。日本語はまったくのゼロから独学で学んだにもかかわらず、2年後には日本語能力検定試験1級を取得した。アマチュア演劇の脚本家だった父親の影響もあってか、学生の頃から役者志望だったため、福井でもアマチュア劇団に参加していた。その後、役者としての大成を志して、東京へ出て行くこととなる。

「ダメもとで行ってみたのですが、偶然相方のマックンと知り合いになり、コンビを組んでお笑いの世界に入ることになりました。そのうちテレビやラジオの番組にも出るようになって・・・。あまりにスムーズで下積み生活の苦労がなくて困っているんですよ。全部流れに沿って浮いている状態ですね。一度も自分で舵を切った覚えはないんです」

来日もお笑いの世界に入ったのも成り行き、と笑って語るパックンだが、挑戦する場所を選ぶにはそれなりの勇気が要ったはずだ。「ボケとツッコミ、間など、アメリカのお笑いとは全然違います。でも、役者も目指しているし、お笑い以外のいろんな仕事をさせてもらって、そういうことすべてが自分の勉強になっている。日本とアメリカの様々な違いを知って学んでいくことがすごく面白い。それが外国で生きるということの醍醐味の一つじゃないですか」

プロとして教えるコミュニケーション能力

パックンは、ジャーナリストの池上彰氏の推薦で、現在、東京工業大学リベラルアーツセンターの非常勤講師となり、「コミュニケーションと国際関係」を教えている。

「僕は学問としての国際関係に関しては素人なので、自分なりに勉強して学生に問題提起しています。常に広い視野で世界に関心を持って欲しいから。僕がプロとして教えているのは、コミュニケーションです。コミュニケーションというのは、思ったことを言うだけではダメなんです。どうやったら自分の考えが伝わるのかを考えなくてはいけない。そのために、ディスカッションの仕方、相手を納得させるプレゼンテーションの方法、ほかの人を説得し動かすテクニックなどなど、色々な技術を磨くことが必要です。でも、それは自分の考えを押しつけたり、相手を論破するためのものではない。自分の考えを正しく相手に理解してもらうための伝え方が大事なんです。そのためのルールや方程式を、僕のお笑いの経験などを交えながら教えています」

笑いがたくさん起こる授業には、毎回大勢の学生が押しかけ、熱心に耳を傾ける。しかし、「すごい量の宿題を出すから、学生の数は最初の300人から90人くらいまで減る」らしい。

日米の大学生を知るパックンが、その違いを一番感じるのは、まさにコミュニケーションの力だ。「日本の大学生は、基礎知識はすごく持っています。国立大学に合格する学生は、博学だし学力もとても高い。だけど、自分の考えを伝えるのが下手です。会話で自分の知らない話が出た時、目の前の相手に『それってなに?』と聞きたいけど言い出せない。後でスマホでそっと調べるんだろうね。だから、自分の意見をはっきり言って、議論することも苦手です」

確かに日本では対立した意見はその場の空気を乱すと思われて敬遠されがちだ。意見を異にするというのが、その人の人格まで否定することと、とらえられることも多い。

「アメリカでは Don't take it personally」といって、議論を個人的なものには結びつけません。意見は異なって当たり前。だから、自分の考えは、はっきり伝えた方がいい。日本では、例えば僕が「TPPについてどう思う?」と聞き、「いやあ、農業がダメになってしまうんじゃないムかと怖いなあ」という学生の答えに、「でも、何で農業だけ特別に守られる必要があるのかな?」と聞き返すと、「あ、そうですね、すみません。へへ」って、別にこちらの意見を一方的に押し付けるわけでもなく、相手の人格を否定しているわけでもないのに、議論にならずに終わってしまうことがよくあります。そういうときは「いや、農業は国の根幹だから、絶対守らなくちゃいけないんだ」などの相手の主張を元に議論がしたい、といつも思います。そうしないと、お互いの本当の気持ちが伝わらないから。テレビでコメンテーターが「この問題は国民の議論が必要です」と発言しているのをよく耳にしますが、居酒屋とかでみんながその問題について議論している姿なんて、ほとんど見かけないでしょう。学生たちには身近な問題を手始めに、もっと議論できるようになってほしいと思っています」

学生が議論をする機会を増やして発信する力を伸ばしてほしい

情報が瞬時に世界を駆けめぐり、その影響が国を越えて及ぶような今の時代に、大学に求められるものは何だろうか。

「日本には世界を引っ張っていく人材が求められていて、大学に求められているのは、まさにその人材を育てることだと思います。日本には素晴らしい文化や伝統がたくさんあるのに、謙遜の美徳でそれを出さない。押しが弱い。特徴をうまく押し出して、日本のいいところや思うところを世界に示してほしい。

そのために日本の大学教育は、学生がコミュニケーションの力をつけられるように、もっと参加型にしていくべきだと思います。基礎知識にあふれた学生にさらなる知識を"入力"する方法より、授業やイベントなどに学生をもっと積極的に参加させて、"出力"させる方向に力を入れた方がいいと思います。アメリカでは授業中、教授が講義する時間より学生同士が討論する時間を長く取っているところが多いです」

また、パックンは自身の経験から、学寮制度をぜひ増やしてもらいたい、と話す。ハーバードでは1年生全員がキャンパスの中心にある学寮に入り、2年生から4年生は、12あるハウスと呼ばれる寮のいずれかに属する。各ハウスには、食堂、図書館、スポーツ施設などが備えられ、それぞれに異なった伝統や特長がある。同じハウスに暮らす350~500人の学生たちは上級生、下級生に関わりなく交流し、授業や学生生活、社会問題などについて議論するという。

「学生はアメリカ国内でもいろんな州から来ていたし、海外からの留学生もいました。考え方も生活習慣も宗教も違うので、それこそ議論も年中闘わせた。4年間の共同生活で得たものは、その後の自分の骨格を作ったともいえる非常に貴重な体験でした」

最後に日本の若者がグローバルな人間になるために、何が必要になるのかを尋ねてみた。

「オンラインで世界の出来事を知ることも大切です。世界に目を向けることは、日本を考えることにもつながるから。でも、人と会って自分の考えを伝え、議論することも不可欠です。自分や日本のことだけにしか興味を持たないのではなく、物事をいろんな角度から見て創造力を膨らませて、人々や世界に関心と関わりを持つことがグローバルな人間になることだと思います」

アメリカの大学での体験をベースに今、日本の国立大学で、学生に日本が世界を牽引していくための力をつけてもらいたいと教えているパックン。日本の良さをアピールするにはもっとコミュニケーション能力を磨かなくてはと、日々独自の授業を展開する。日米両方の文化を知る国際人として、これからも多くのグローバルな視点に気付かせてくれることだろう。


バトリック・ハーラン(パックン)

1970年アメリカコロラド州出身。93年ハーバード大学比較宗教学部卒業。その後来日し、福井県で英会話講師として勤務。96年に上京し、97年吉田眞と漫才コンビ「パックンマックン」を結成。情報番組のレギュラーを務めるなどテレビ、ラジオに多数出演する。2003年からはNHK「英語でしゃべらナイト」にレギュラー出演後、MCや俳優などでも活躍。12年には東京工業大学リベラルアーツセンター非常勤講師に就任。著書に「パックンマックン★海保知里の笑う英作文」など多数。春には東工大の授業をまとめた「ツカむ!話術」(角川oneテーマ21)を4/10発売。

2014年4月10日木曜日

原理原則を踏まえた大学改革

筑波大学大学研究センター長・ビジネスサイエンス系教授の吉武博通さんが書かれた高い組織能力を構築し、大学改革を根づかせる」(リクルートカレッジマネジメント185/Mar.-Apr.2014)をご紹介します。


大学改革の方向性と方法をあらためて問い直す

臨時教育審議会の提言を受けて大学審議会が設置された1987年や大学設置基準の大綱化が実施された1991年からほぼ四半世紀、大学は改革が必要と言われ続けてきた。特に、百年に一度の大改革といわれた国立大学法人化からの10年は、国公私立大学とも急き立てられるように改革の名の下での諸施策に取り組んでいるのが実情である。

しかしながら、経済界をはじめ社会は大学改革のさらなる加速を求め、それが政府の教育再生実行会議や産業競争力会議の提言となり、法令改正をもって大学ガバナンスの改革を促すなどの動きに繋がっている。

これらの主張や提言の中には表層的かつ一面的と思われる指摘も多く、さらに多面的かつ掘り下げた議論を行う必要があるが、それ以上に、このような形で改革という名の諸施策に取り組み続けることが大学の教育研究や経営の高度化に本当に繋がるのか、冷静に問い直してみる必要がある。

2014年1月からスタンフォード大学に兼務し、3年後には同大学に完全移籍する予定の中内啓光東京大学教授は、日本の研究現場の閉塞感こそがアメリカ行きの真の理由とし、2000年からの10年間で学術論文数が減少していること、国立大学の若手研究者が減少の一途を辿っていることを指摘している(『文藝春秋』2014年1月号 ,388-395頁)。同じような危機感を抱く研究者や大学トップは少なくない。近年の大学改革が研究力の強化に繋がっているのか、むしろ繁忙感や閉塞感だけが高まっているのではないか、データ分析を含めて厳しく検証する必要がある。

大学改革が教育面にもたらした効果の検証は、論文数などで一定の客観評価が可能な研究と違い、より難しいが、教育GPをはじめとする政策面での後押しもあり、多くの大学で種々の取り組みが展開されていることは確かである。それらが、大学や学部・研究科の一部に止まっていないか、学生にどのような教育成果をもたらしているか振り返ってみる必要がある。

舘昭桜美林大学教授はその著書『原理原則を踏まえた大学改革を』(東信堂 2013)において「この様に、大学改革は、行われていないわけではない。それどころか、過剰なほどに行われている。そして、さらに改革を行うという意図も示されている。しかし、それによって大学が新しい軌道に乗った、あるいは乗りつつあるという徴候はみえない」と厳しい認識を示している。

そうであるならば、改革の方向性や方法に誤りがなかったかを問い直してみる必要がある。そうしなければ名ばかりの改革に追われ続け、それに積極的に関わろうとする教職員は疲弊し、そうでない教職員との間の意識や貢献の格差が広がる一方になる。

組織能力はオペレーティング・システム

改革の方向性という点では、内部環境と外部環境を的確に把握したうえで、どのような大学を目指すのか、強みを伸ばし弱みを克服するために何を維持し、何を変えるべきか、といった戦略の明確化と共有が不可欠であるが、共同体的要素と経営体的要素を併せ持つ大学という組織でそれを行うことは容易ではない。

それ以上に難しく、工夫を要するのが改革の方法や手順である。ガバナンス改革、グローバル化、教育改革、入試改革、研究力強化、産学連携、地域連携など様々な課題に手をつけたものの、多くが中途半端な形で終わることを危惧する。これらの課題を方向づけ、具体的な成果に繋げられるだけの組織能力を構築することこそ、大学がいま最も優先的に取り組むべき改革ではなかろうか。

戦略もトップの構想力に委ねるだけでなく、高い能力を有した組織の中で創発的に生み出されることが望ましい。特に大学においては後者の方が現実的であり、実行にも繋がり易いと思われる。

本稿でいう組織能力とはコンピューターに例えるとオペレーティング・システム(OS)に相当し、その確かな基盤の上で、教育研究の質の向上や経営の効率化に向けた活動が展開されることになる。優れた製品やサービスを供給し、高い収益力を誇る企業の競争力の源泉はその組織能力にあると言われているが、そのことは大学にもあてはまる。旧いバージョンのOSに一見目新しいタイトルのアプリケーション・ソフトを次々に載せたとしても機能しない。

組織能力という概念は用いられる文脈によって異なる場合もあるが、本稿では「経営資源の蓄積と活用を通して組織的に価値を創出するための基盤的能力」としたうえで、最初に組織能力は何によってもたらされるかについて考えてみたい。

組織は構成員である人間の能力を引き出し、個々の活動を統合することによって目的を実現する手段であり体系である。従って、組織が有効かつ効率的に機能するためには、組織編成、権限関係、機能分担などの「構造」と、意思決定、部門間調整、情報伝達などの「プロセス」を適切に設計するとともに、構成員である「人材」を育成し、その能力を効果的に活用する必要がある。

そのうえで、「戦略」と「価値観」を共有することで、目的と目標の実現を目指すことになる。なお、ここでいう価値観は組織として重視すべき価値観であり、個々人の価値観の多様性が尊重されるべきであることは言うまでもない。

これら5つの要素のうち、本稿ではより基盤的な性格を有する「構造」、「プロセス」、「人材」の3要素を取り上げ、それぞれの課題と変革の視点を示しながら、改革が根づく土壌づくりのあり方を考えてみたい。

機能本位の発想に基づいて「構造」を組み替える

「構造」という観点から大学の組織を考えると種々の課題が見えてくる。法人と大学、大学と学部、学部と個々の教員、教員組織と職員組織など、全体を一つの組織と捉えられないような複雑さがある。役割や権限の曖昧さ、調整に要する時間と労力、戦略構築に資する企画機能の脆弱性などは、程度の違いこそあれ、多くの大学に共通する課題と考えられる。

このような問題を克服すべく構造の再構築を目指すことは改革の出発点であり、法令改正を含めた大学のガバナンス改革はこれを推進する好機である。

法人と大学、大学と学部、学部と個々の教員のそれぞれの関係を再構築するにあたり最初に行うべきは、個々の教員の研究者としての自律性の尊重を基本にしたうえで、法人、大学、学部、教員のそれぞれが果たす役割と責任を明確にすることである。次いで、それを担うために必要な機能と権限は何かを考え、それぞれに位置づけ、全体の構造を設計するという手順が必要である。

構造の再構築にあたり重視すべきもう一つのポイントは教員組織と職員組織の関係である。例えば、教授会や教員会議において、多くの場合、職員は正規の構成員でないが、招集通知の送付、出欠確認、資料準備、会議設営、陪席、議事録作成などを任される。若い頃ならば訓練機会として有益だろうが、長期間同じような立場に置かれると教員の指示に従うことが職員の責務との意識が染みついてくる。

これらの会議は教育組織としての意思決定の場でもあることが多い。教育は教員だけでは成り立たない。

職員の方が関連法規や設置基準、政策動向に精通していることが多く、職員を参加させることでより豊かな議論が展開される可能性は高いし、自身が議論に加わった会議ならば議事録も主体的かつ要領よくまとめることができる。

大学の主役は教員であり職員はその支援という意識はかつてほど強固でなくなりつつあるとしても、組織や運営は従来の枠組みのままという大学が多い。そのことが職員間の意識格差を広げ、職場活力の向上や意欲のある職員の成長を阻害する可能性がある。

また、大学や学部の戦略構想に係る業務に加え、教育改革、キャリア支援、国際交流、地域・社会連携などの仕事も拡大する一方である。その役割を教員と職員のどちらが担うのか、教職協働か、新たな職種を設けるのかといった議論は、教員組織と職員組織という二分法を前提とするから生じるものである。教員か職員かという職種本位の組織編成から、大学に必要な業務を最も効果的に実施し得る体制は何かという観点に基づく機能本位の組織編成に、考え方を大きく転換する必要がある。

そのうえで、それぞれの組織に適した人材を教員か職員かに関係なく配置すればよい。教員を配置する場合は、教育研究の負担を減らし、新たな業務での貢献を評価に反映する必要がある。このような経験を経た教員の中から大学マネジメントを担う人材が育つ可能性も高い。

「プロセス」に革新的な変化を起こせるか

次に、意思決定、業務処理、組織間調整、情報伝達など「プロセス」の再構築について考える。

意思決定プロセスのポイントは、合議事項と長の専決事項を明確に切り分け、可能な限り長の専決に委ねるとともに、長はより下位者に権限委譲するという方向で見直すことである。そのためには、会議の付議事項や長の権限事項の棚卸しが必要である。

専決化や権限委譲にあたり留意すべきは決定プロセスの可視化であり、どのような意思決定が行われたかをモニタリングできる仕組みを確保する必要がある。

業務処理については、廃止できる業務や簡素化できる業務を洗い出したうえで、必要な業務について標準化を進めなければならない。優れた業績を挙げ続ける企業に共通する要因の一つが標準化である。標準化を試みたものの成果に繋がらないのは、それが中途半端なレベルにとどまっているからであり、徹底できるかどうかが決め手と言われている。

本稿でいうプロセスに革新的な変化をもたらすために、ICT(情報通信技術)の活用は極めて重要な課題である。コンピューターの処理能力の飛躍的向上と機械学習能力の獲得・向上により、機械に置き換え可能な領域が急速に広がっている。データベースさえ整えれば意思決定や日常管理に必要な資料を短時間に作成することも可能になった。これらの技術の活用の度合いによって競争力や生産性に大きな差が生じる可能性がある。働き方や仕事の仕方も大きく変わるはずである。

ICTの高度利用を含めたプロセスの革新が実現できたならば、長期を見通したより高度な企画業務やグローバル化への対応など新たな課題に戦力を大胆にシフトすることができる。

私立大学の実情は十分に把握できていないが、国立大学に関する限り、法人化後10年が経過しても、業務プロセスや仕事の仕方において革新的な変化は起きていない。最先端の手法や事例を貪欲に学ぶ姿勢を持たなければならない。

組織を撹拌することで「人材」の力を引き出す

3つめの要素は「人材」である。ここでは職員を前提にその活用と育成のあり方について考えてみたい。

教育の質の高度化、きめ細やかな学生支援、グローバル化への対応などのコスト増が避けられないなか、職員人件費は一層抑制される可能性が高い。その一方で、職員が担う業務自体も高度化し、広範化しつつある。生産性の大幅な向上なしに両方の要請を満たすことはできない。

生産性の向上を図りつつ、新たな状況や課題に対応し得る人材をいかに育成するか、従来の枠組みにとらわれない大胆な発想の転換が必要である。

そのために必要なことは、職員に求める業務の広がりとその水準を明らかにすることであり、それと対をなす形で、現在の職員の能力と意識を把握することである。ここでいう能力とは3要素とされる知識、スキル、態度であり、意識とは働くことの目的、仕事や処遇への期待、職務適性に関する自身の認識などである。

そのうえで、前述の構造やプロセスの再構築と連動させながら、役職・処遇、業務付与、評価、人員配置、ジョブ・ローテーション、能力開発のあり方などを、自校の実情に合わせて総合的に検討する必要がある。

そのなかでも役職者が処遇に見合う働きをしているかを問い直すことは重要なポイントである。職場の活力や生産性、職員の成長は上位役職者のマネジメントに負うところが大きい。国公私立を合わせた1校当たり専任事務系職員数は100名程度に過ぎず、転勤の機会も限られることから、波風の立ちにくい年功序列的処遇を続けがちである。そのことが組織の硬直化や閉塞状態を招き、中堅・若手層の成長機会を狭めていないだろうか。

このような観点から、階層の圧縮、役割の明確化、厳正な選抜、優秀な人材の早期登用などを検討する必要がある。同時に、複線型人事制度や職能資格にウェートを置いた処遇制度など、部下を率いるか否かに拘らず、能力や貢献により処遇される仕組みの導入を検討すべきである。

組織を超えて課題解決を目指すプロジェクトチーム方式の積極的活用も、組織や人材育成のあり方を大きく変える可能性がある。大学は季節性の高い業務が多い。ピークに合わせて人を配置すれば、どこかで余裕が生じる。その余裕を予め見込んで、戦略・計画の策定、新たな制度やシステムの設計、重点課題の解決などにあたらせれば、企画部門等の人員を最小限に抑えることができる。異なるタイプのリーダーの下、様々な組織から集められた職員や教員と協働することで刺激を受けることもできるし、役職登用以前の人材にプロジェクトリーダーを経験させることで成長を促すこともできる。

人材育成の基本は職場実務を通じた教育訓練(OJT)であるが、それを補完する研修を学外の研修機会を含めて体系化し、計画的に実施することも重要である。

周到な戦略の下に、硬直化しがちな組織を撹拌し、新たな空気を取り入れ、埋もれる力を引き出すことで、今ある人的リソースを最大限に活用することができる。

先に取り上げた舘昭教授の著書のタイトルにある「原理原則」は教育研究や大学の本質に関わるものを指し、本稿のテーマとは異なるが、原理原則を踏まえて、方向性を見定め、中途半端に終わることなく、大学改革を推し進めていくためにも、基盤となる組織能力を高めておかなければならない。

組織能力を高めるためには、自分の組織がどのような状態にあるか、構成員の能力はどれだけ活かされ、どれだけ伸長の余地があるかを的確に把握することから始めなければならない。

上に立つ者に求められる大切な要素の一つに「聴くこと」があると言われている。現場の声を丁寧に拾い上げながら改革に取り組んでほしい。


2014年4月9日水曜日

悪魔は細部に宿る

国立大学改革プラン ガバナンスの強化要求 今後の対応が研究力に直結」(2014年3月7日付け科学新聞)をご紹介します。


文部科学省が昨年公表した国立大学改革プランでは、ガバナンスの強化を求めており、各大学の今後の対応が研究力に直結する問題になりそうだ。例えば、3月に論文がアクセプトされ、その別刷りを注文すると納品は5月になるが、科研費からその支出ができるかどうかとなると大学によって対応が異なる。A大学では認められる研究費の使用がB大学では認められない。科研費をはじめとする競争的資金の使い勝手は、この数年の改革で大きく向上したが、各大学の内部規定や運用ルールの改善が追いついていない状況が窺える。

研究費運用ルール改善不充分

総務省は昨年11月、科学研究費補助金等の適正な使用を確保する観点から、研究費の不正使用防止に向けた体制の構築状況、研究費使用ルールの運用状況等を調査し、その結果を取りまとめ、必要な改善措置について、文部科学省に勧告した。

全物品を研究者限りで発注していることや事務局の検収未実施、非常勤職員の勤務状況未確認、換金性の高いパソコンを消耗品扱いし、多数のパソコンが所在不明になっていることなどが指摘されている。

しかし、一番大きな問題は、総務省が61大学における基金化された種目の物品購入に関する経費使用可能期間(支出の際の発注期限、納入期限等)の設定状況を調べた結果だ。基金化された種目の経費の使用について、依然として、原則として補助金と同様に年度単位で期限等が設定されており(研究期間最終年度を除く)、物品購入が通年可能となっている研究機関に比べて、基金制度の効果を十分に生かしにくいものが6大学あった。

科研費の一部が基金化されたにもかかわらず、そのメリットを活かすための取り組みがなされていない大学が、61大学中6大学もあったというごとだ。その結果、年度を超えて使用できるようになっているにもかかわらず、年度末に高額機器や多数のパソコンを購入するといったことが4大学で行われていた。

このことは、各大学の内部規定がバラバラであることを証明している一例だ。一部の研究者は、国でルールを統一すべきだと主張するが、実際に文科省が規定を作った場合、国の規則に則って規定類を作らなくてはならないため、最も使い勝手の悪いルールになる。現在、各大学で運用されているルールよりさらに厳しいものになるだろう。

一方、国立大学の法人化など、大きな大学改革の流れの中では、各大学は自主性・自律性を確保し、その中で独自の教育・研究・社会貢献を行っていくことになっている。つまり、もし一律のルールを適用するようなことになれば、大学改革の精神そのものが失われることになりかねない。

中央教育審議会大学分科会組織運営部会では「各大学は、教育・研究・社会貢献機能の最大化のため、本部・部局全体のガバナンス体制を総点検・見直し、責任の所在を再確認するとともに、権限の重複排除、審議手続きの簡素化、学長までの意思決定過程の確立を図る」としており、国立大学改革プランでも国がそれを後押しするとなっている。

「悪魔は細部に宿る」という言葉があるように、政策議論などではなかなか表面化しない細かな規定類が大学の研究力を低下させている懸念がある。その改革には大学自らが取り組むしかない。そのためには、各大学・部局がどのような規定を定め、どのように運用しているのかを公開・共有すべきである。

2014年4月5日土曜日

目的と手段

ブログ「今日の言葉」から区別」(2014年3月27日)をご紹介します。


原点は継承せよ。仕組みは革新せよ。

佐藤 芳直


仕事をしていく上で抑えておくべき大事な言葉だと思います。

すなわち、「何のために」という『原点』を大事にすべきであり、「どうやるか」という『仕組み』は時代に合わせて変えていく必要があるということ。

今やっていることを続けることが目的となっていないかどうかを絶えずチェックする必要があるのです。

いわゆる「手段が目的化」してしまうことのないように。

言い換えれば、

『何をやっているのかわからなければ、いつやめたらいいのかもわからない。』

ということでしょう。

達成すべき状態や作り出したい未来、得たい効果をイメージしてこそ、困難な仕事でも達成感を味わえるのです。

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