2014年6月8日日曜日

大学経営者の役割

学校法人東邦学園愛知東邦大学理事・法人事務局長/学長補佐の増田貴治さんが書かれた「理事会組織の活性化方策」(文部科学教育通信 No340  2014.5.26)をご紹介します。


最高責任者の役割とは

数年前、筆者が勤める東邦学園の高校組合との賃上げ、ボーナス交渉で、理事長の発した言葉が忘れられない。「学校に乗ってくる車は、最高でもクラウンか小さなレクサスまで。BMWましてベンツなんか論外だ」。

リーマンショック(2008年9月)で一挙に落ち込んだ民間給与に対し、組合の要求があまりにかけ離れていたから、理事長は憤慨していた。その非常識さを、車を引き合いに強くたしなめたのだ。有名進学校と言われる高校や大きな大学の職員駐車場に高級外車が並ぶ光景を批判していた。ちなみに理事長のマイカーはプリウスで、校務でも自ら運転して行き来する。

筆者の学園は、創設者の一族が理事長職をほぼ継承してきた。八代目の現理事長は民間企業で30年以上のキャリアを積んで、2008年4月理事長に就任、今年で7年目を迎える。教職員には常に、持つべき"視点"と学園の"価値観"を説いている。その一つが「社会性」である。私立は自律性の下、独自に運営されるべきだが、同時に社会の営みを意識する健全性が求められる、と。創設者が掲げた建学の精神や校訓、使命感を語り、構成員への浸透を図っている。

2004年の私立学校法改正から10年。学校法人のガバナンスはどこまで強化されただろうか。理事会の意思形成に当たり、経営の健全性を保ちつつ、判断の妥当性をチェックする仕組みはつくられているか、さらに方針や決定事項が適切に運営・実現されているか。

新たな私立学校法で理事、監事、評議員制度や財務情報公開などが整備され、多くの学校法人は意思決定や合意形成のシステムを見直して、理事長を中心とするマネジメントと監査機能の強化を一定確立したと思われる。

組織を健全に取り仕切るガバナンスカ

しかし、極めて不適切な問題も起きた。文部科学省が2013年3月に解散命令を出した堀越学園(群馬県高崎市)ほ、数年前から経営が悪化しながら、指導に従わずに学生募集を続け、在学生の転学先が確保される前に発令が決まる事態となった。

これにより所轄庁が社会から不信感を招くような事態に対処できる仕組みが加えられた。2014年4月の私立学校法一部改正である。文科省や都道府県は経営破綻などの恐れのある学校法人に対し、早期に実態把握できる立入り検査が可能となった。法令違反が明らかな場合は改善命令を出すほか、不正行為をした役員の解職も命じることができることとなった。

私学の"自主性"を重んじる私立学校法の理念からすると、国や自治体が監視権限をむやみに強めることは好ましくない。ただ、所轄庁の指導がなければ自ら襟を正せない私学があるすれば、私学の"自主性"が何のために法的に担保されているのかを再認識して、組織の目指すべき方向性をしっかり据える必要がある。その舵取り役が理事長である。私立学校法37条は「理事長は、学校法人を代表し、その業務を総理する」と定めている。学校法人経営における理事長職の責務は、十年前から極めて重くなっている。

2014年2月27日、文部科学省私学部長から各学校法人宛に「学校法人の寄附行為及び寄附行為変更の認可に関する審査基準の一部を改正する告示の施行について」の通知が届いた。その中で理事長の資質に関してこう示している。「理事長は学校法人の業務全般をとりまとめ、強いリーダーシップと経営手腕を発揮するとともに、組織の調和を図ることが求められていることから、理事長の資質について、学校法人の業務全般について主導的な役割等を果たすために必要な知識又は経験を有し、その職務を十分に果たすことができると認められる者であることを要件として明記する」。学校法人の理事長職がこれまで以上に重責を担う存在であり、高い資質が求められるかという時代なのである。

将来構想で学内のベクトルを合わせる

もう一つは、学園全体としての一体感を醸成し、"戦略"を示すことである。

以前ご紹介した(本誌No308 2013年2月11日号)が、現理事長が就任した当時、学園が擁する大学と高校はあたかも別法人かのようで、非協力的の互いが無関心状態にあった。2009年度から2年間、理事長が校長を兼務したことを契機に、高校と大学との連携した授業や合同研修会の実施など高大連携を積極的に進め、日常的な交流関係の構築に努めた。

さらに"組織を方向づける戦略"として、理事会から将来構想を打ち出した。本学園は2023年度に創立100周年を迎える。永続性を備えた学校にするため、将来ビジョンを明示することで、組織全体がイメージを共有し、個々人の方向性を合わせることが目的である。中期事業計画は教職員にとって将来への"希望"となる重要なコミュニケーションツールである。

本構想では、2012年度から向こう15,年間を5年ずつの三期に分けた。第Ⅰ期は、学園運営における様々な課題を洗い出し、推進計画の基盤作りとする期間に位置づけた。第Ⅱ期は、第Ⅰ期で整えた事業計画を本格的に実施し、質的充実を図って目に見える成果として積み上げる。若年層の人口減少期を迎える前に確固とした基礎を築くことがねらいだ。第Ⅲ期は、実績を検証し新たな価値を付加するとともに、次の時代に進むべき道筋を構築する時期とした。現在の第Ⅰ期中期事業計画は、中期財政計画と合わせて開始した。ビジョンを具体化するため、2013年度は"戦略MAP"を掲げ、全教職員に配付した。2014年度は理事、大学執行部、高校執行部へそれぞれ説明した。今後は、事務分掌と中期事業計画、年度予算とを連動させ、学科の中期事業計画と施策シートを活用しながら、目標達成へとつなげていく予定である。

"戦略"を左右する理事の力量

学校法人を運営する上で重要なのは、経営陣がいかに適切に役割を発揮するかである。まず理事の選出方法とその構成、そして理事の執行体制が問われる。さらに学校法人を取り巻く環境が厳しくなればなるほど、理事職に就く者は"学校法人を経営する"という高い意識と能力が求められるだろう。組織の"価値観"や"戦略"を分かりやすい言葉で語り、組織を率いていく役割を担う。

本学の理事長は「(創設家からの)血はつながっていても、血はそのまま受け継がない」という。理事会に親族は誰も加えていない。三十数年間務めた先々代の理事長は温厚で篤実、その雰囲気は学園の内外に広まった。甥に当たる現理事長は、情熱が過ぎるあまり、教職員が振り回されることも少なくない。だが、行き詰まりを感じつつあった学園に、新たな息吹で展望を持たせてくれた。それは徐々に学内へ伝播しつつある。

理事会は、教学組織と協働して特色ある取組みを創造する役割を持つ。多くの関係者を巻き込みながら、目標を達成することである。理事長を支える理事や執行体制の構築がより一層重要になろう。