2014年8月1日金曜日

覚悟するということ

ブログ「人の心に灯をともす」から悲劇の主人公」(2014-07-24)をご紹介します。


私はよく本校の生徒たちにこう話す。

「自分だけ悲劇のヒロイン、ヒーローを気取るな!

生きてる奴は、大人も子供も、みんな重い十字架を背負って生きてんだ!」

一度、親が離婚している境遇にあり、少し素行の悪い女子生徒から、

「親が離婚した子供の気持ちがわるかるか!? 」

と泣きながら言われたことがあった。私は、

「わかるわけねぇだろう!俺の親は離婚してねぇよ、馬鹿野郎!」

と答えた。その女子生徒は一瞬面食らった顔をしたが、私はこう続けた。

「お前、予想外の言葉に驚いてんだろう。

これが俺の本心だ!

神様じゃあるまいし、自分の経験したことないことまでわかるか!

でもな、これだけは絶対に理解しろ!

お前の親が離婚してようがしてまいが、社会に飛び出したら何の関係もない。

社会に出たら、お前個人だけを見て判断される。

乗り越えるしかないんだよ。

お前の幸せな人生は、乗り越えた先にあるんだよ。

乗り越えるというのは、忘れることじゃないぞ。

覚悟することだ。

親が離婚するっていうのは、子供にとっては重い十字架を背負うことになる。

その十字架を背負う覚悟を持つんだ。

俺の親は離婚していない。

でも俺は俺で、重い十字架を背負っている。

生きている誰しもが、重い十字架を背負って生きてるんだ。

顔は笑って、心で泣いて。

みんな歯を食いしばって一生懸命生きてる。

お前のお父さんもお母さんもきっとそうだ。

離婚したからって、子供のことを気にしない親がいるわけないだろう。

だけど、お前もそろそろ覚悟しろ。

お前から憎まれようが一向に構わんが、俺がいま言ったことだけはきちんと頭に叩き込んどけ!」

この話し方は私の話し方である。

もちろんいろいろな考えがあっていいと思うが、私は「情熱をぶつける」こと以外に子供の心を揺さぶる方法はないと考えている。

何とか理解してほしいという、祈りにも似た感情がそこにあることだと思う。


よく、自分の受けた悲惨な体験は、のうのうと生きている幸せな人にはわからない、と言う人がいる。

悲劇のヒロイン・ヒーロー、つまり悲劇の主人公を演じてしまうような人だ。

世界一かわいそうな私に、同情してほしいとか、一緒に悲しんでもらいたい、と。

だが、世界を見渡せば、その人より悲惨な体験をしている人は、何万人、何千万人といるはずだ。

不幸自慢をしたり、不幸を愚痴ったりすれば、幸福になれるなら何度も言えばいい。

しかし、愚痴や泣き言や不平不満は、言えばいうほど気持ちは暗くなり、不幸は加速する。

人生において大きな困難が起きたときは、そのことだけに目がいって、一瞬、他の広い世界が見えなくなってしまっている。

「人生はクローズアップで見れば悲劇。ロングショットで見れば喜劇」(チャールズ・チャップリン)

どうせ生きるなら、悲劇ではなく、喜劇の主人公として、面白おかしく人生を演じたい。


0 件のコメント:

コメントを投稿

注目の投稿

記事紹介|そんな大学に、国民の血税から投資を増やしますか

教育無償化政策の哲学 思うに、教育の無償化に代表される投資増加策の根本にある発想は大きく二つでしょう。一つは、21世紀という時代が知識や情報が人々の生活に直結する時代であるということ。この時代には、教育にこそ投資をし、教育の機会をこそ均等にすることが国家の興隆にも、格差の是正...

人気の投稿