2014年12月7日日曜日

幸せとは、ごくあたりまえの恵みに目覚めること

「幸せとは気付くことである」(2014-11-29 PRESIDENT Online)をご紹介します。


このところ、幸せとは何か、という問題を考えていると、思わず手をたたきたくなる。

日本語の楽曲としては、現在まで唯一の全米チャート1位という偉業を達成した『上を向いて歩こう』。この大ヒットで知られる坂本九さんが歌っていたのが、『幸せなら手をたたこう』。いまだに歌い継がれているこの曲が、大好きだという人は多いだろう。

2014年のグラミー賞で複数の賞に輝いた米国の歌手、ファレル・ウィリアムスのヒット曲『Happy』。この楽曲は、繰り返し、「幸せなら手をたたこう」と歌っている。

「幸せの意味がわかったら」「幸せこそ真実だと思ったら」「自分が、屋根のない部屋のように感じたら」手をたたこうと呼びかけるのだ。

手をたたくって、そんなにシンプルなことでいいのか、と思うだろう。幸せになるって、もっと複雑な、難しいことではなかったか、と思う人がいるかもしれない。

しかし、そうではない。幸せとは、「気付く」ことであると、さまざまな研究結果が示している。自分の人生の中の、ごくあたりまえの恵みに目覚めることが、汲めども尽きぬ幸せの泉となるのだ。

ある程度の経済的裏付けは、もちろん必要である。しかし、お金さえあれば、幸せになるというわけではない。

今日はどのシャンパンにしよう、フレンチにしようか、イタリアンにしようか、という生活は贅沢で羨ましいようにも思える。しかし、そのような人が、今晩はどの発泡酒にしようとコンビニの棚の前で考えている若者に比べて、幸せであるとは限らない。

「隣の芝は青く見える」という。他人を羨ましく思うことが、明日への活力につながることもあるし、国全体としての経済成長を促すこともあるだろう。

しかし、それがいきすぎると、こだわりや執着を生む。何よりも日々の生活が、「いつか幸せ」になるためのプロセス、手段になってしまう。

本当は、今日という日は、二度と帰ってこない。だからこそ、日々の足元を見直すことが、幸せにつながる。つまり幸せとは、一つの「発見」であり、「認知」なのだ。

そのことを表しているのが、メーテルリンクの「幸せの青い鳥」の寓話だろう。幸せを求めてさまざまな場所を旅し、家に戻ってくると、幸せの青い鳥は、実は最初から自分たちの家にいたのだった。

この寓話が意味するところは、幸せの条件は、すでに足元にあることが多い、ということであるが、もう一つ、大切なポイントがある。

それは、他人の人生、別の生き方を知ることが、自分自身の幸せを見直すきっかけになるということ。幸せの青い鳥は、最初から家にいたのかもしれない。しかし、家に閉じこもっていたままでは、その意味に気付くことはできなかっただろう。

さまざまな場所を旅して、いろいろな人と話すことは、だから、決してムダにはならない。外国を旅した人が、日本の良さに目覚めるように、他者との出会いがあって初めて、身近にある幸せの泉に気付くことができるのだ。

結論。幸せの青い鳥は、すぐ身近にいる。しかし、その存在に気付くためには「旅」をすることが必要。幸せは、手をたたくくらい簡単なことなのだが、そのためにこそ、他人との出会いが大切だ。

さあ、そこのあなた、身近な幸せを見つけて、いっしょに手をたたきませんか。

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