2017年3月7日火曜日

記事紹介|公務員の再就職問題と霞が関の働き方改革

「再就職規制違反」は厳然たる事実

文部科学省の「天下り問題」が、連日世間を騒がせている。

たしかに、国家公務員法が定める再就職規制に違反したという厳然たる事実は否めない。最初に指摘された高等教育局長の早稲田大学教授就任事案では、求職に省庁が直接関与すること、現職の公務員が求職活動を行うことの禁止事項2点に明らかに抵触しただけでなく、再就職等監視委員会に対して虚偽の説明を捏造ねつぞうした行為まであり、悪質との誹そしりを受けても仕方ないところだ。

さらに、OBと人事課や最高幹部とが結託した再就職紹介ルートが明らかになり、多数の違反事案が暴かれたとあっては申し開きのしようがない。過去にも国土交通省、農林水産省などに違反事例があり、消費者庁に至っては他ならぬ長官自身が現職中に求職活動を行っていたのだが、いずれも個人レベルの違反行為にとどまっていた。文部科学省の場合、組織的と認めざるを得ず、痛手は極めて大きい。

文部科学省OBの1人であるわたしとしては、後輩たちが指弾されている姿を見るたびに胸が痛む。10年以上前に54歳で中途退職した後もこの役所を愛し続け、おそらく本邦初の「文部科学省評論家」を自称して『文部科学省 「三流官庁」の知られざる素顔』(中公新書ラクレ)などという本を出しているだけに、今回の不祥事はわがことのように残念である。だが、法律違反は違反、猛省が必要だろう。

「天下り」のどこが問題なのか

ただ、わたしは、これを「天下り問題」と片付ける論調には従うことができない。

「天下り」という語には誰しも悪いイメージしか持たないだろう。天すなわち上に位置する者が、その権力を笠かさに着て下に位置する者に不当な好条件で雇用を求めるという意味合いだからだ。江戸時代から戦前まで、公権力を持つ者を「お上」と呼び、それ以外を「下々」として上下関係を歴然とさせていた考え方は、日本国憲法第15条で「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利」となり、公務員が「全体の奉仕者」としてパブリック・サーバント(国民の召し使い)とされた現在でも、なお色濃く残っている。

もし上下関係としての「天下り」とするならば、その弊害は明白である。上は、下に対して無能な人間を押しつけることも可能であり、受け入れ先の仕事に支障をもたらすおそれがある。それより深刻なのは、受け入れの代償に、上が下に不正な便宜を図ったり、下の不祥事への措置に手心を加えたりする可能性だ。これは明らかな犯罪である。

公務員が犯罪に加担するのは重大な不正だから、そう簡単にあり得る話ではないのだが、どうやら日本の公務員の信用度は低いようだ。加えて最近は、公務員バッシングが続く中、疑いの目で見られることが多い。前述の消費者庁長官の事案は組織トップの行為だけに、もし官僚が長官だったら激しい非難を浴びただろうが、民間人出身だったために、さしたる騒ぎにもならなかった。公務員の評判悪いことかくの如し。そうした国民の意識を肝に銘じておく必要があろう。

的はずれな「天下り」批判も

しかし、感情論を離れ冷静に考えると、「天下り」のような俗語でなく厳密な言葉で議論する必要があるのではないか。ここで定義を正確に、「公務員の再就職」としよう。

公務員の再就職自体は禁じられていない。そのやり方にいくつか規制がかけられているのである。大きくは、(1)官庁が再就職に関与すること(2)本人が在職中に求職活動をすること(3)再就職した者が離職後2年間の期間に元勤務した官庁に働きかけをすること――の3点だ。

逆に言えば、この3点さえ守れば、再就職は許されているわけだ。にもかかわらず、許されている範囲に対してまで問題視するのは明らかに行き過ぎだろう。今回の一件は国会でも取り上げられ、野党のみならず与党の議員からも厳しい指摘が続いている。自民党の河野太郎議員は衆議院予算委員会で国立大学法人(従来の国立大学)への現役職員の出向人事まで「天下り」と呼び、禁止すべきだと主張した。これは全く的はずれだ。国立大学法人を含む独立行政法人への現役出向は合法と認められているからである。

こんな調子だから、与野党政治家の感情的批判に従うならば、再就職に関する規制はいっそう厳しくなってしまいかねない。それでいいのだろうか。

規制厳しくすれば「派閥作り」横行の危険性

わたしが現役だった時代の先輩たちの再就職は、どの省庁でも役所が差配してくれていた。著書『文部科学省 「三流官庁」の知られざる素顔』にも書いた通り、他省庁に比べ民間企業・企業団体への道をほとんど持たない文部省(当時)であっても、特殊法人をはじめ関係団体の数が多く、なんの支障もなかった。

それが1980年代から90年代にかけ、行政改革により、関係団体の大規模な統廃合が行われ、再就職先が急減する。そして2007年の再就職規制、09年の民主党政権による特殊法人からの元公務員排除方策と続く中、文部科学省に限らず、全体的に再就職の条件はどんどん厳しくなっている。

現在では、役所が関与せずOB個人の紹介でルートをつなぐのが一般的な形になっていると見ていい。それをさらに厳しく規制するなら、全員が退職後に個人の力で再就職先を確保しなければならなくなる。有力OBと個人的関係がある者はなんとかしてもらえるかもしれないが、そんな状態になれば省庁内で現役時からOBに擦り寄るなどの「派閥作り」が横行する危険性が高い。かえってよくない結果を招くこと必定だ。

内閣府に置かれた官民人材交流センターはほとんど機能しておらず、実際は民間経営の再就職支援会社を紹介してくれるだけだ。しかも、最も「天下り」の追及を受ける局長級以上は対象外になっている。結局、個人での就職活動になる。そして、ハローワークはもちろん、再就職支援会社にも官僚経験者にマッチする求人は希まれだ。

大阪府ならい、「退職予定者人材バンク」設置を

キャリア官僚には同期の中から事務次官が出た際に、早期退職をするという慣例がある。こうして、次官をトップとしたピラミッド体制を維持している。

わたし自身はというと、同期が昇進するにつれて去らなくてはならないこの「早期退職慣行」により54歳で文部科学省を退職し、現役出向や役所の紹介による就職はあらかじめ断っていたから、退職と同時に無職の身となった。幸いすぐにさまざまな単発仕事の誘いがあり、日々忙しく過ごすことができたものの、現在の京都造形芸術大学に雇ってもらえるまでは組織に属さない心細さを感じていたのが正直なところだ。まして退職後なすべき仕事もなく新しい職を探さなければならないのなら、もっと不安だろう。

再就職の在り方をさらに改革するのなら、むやみに厳しい規制ばかり増やすのでなく、個人が求職する公平公正なシステムを新たに用意すべきだろう。公務員にひときわ峻烈しゅんれつな橋下徹・元大阪府知事が作った「大阪方式」ですら、府庁内に「大阪府退職予定者人材バンク」を設置して面倒を見ている。政府内に同様のものを作ったとしても構わないはずだ。それが、「天下り」の誹りを受けない新しい再就職の形を示していくに違いない。

労働者を守る労働法の適用も受けず、特に20代、30代までは民間の大企業より相当に低い給与水準に甘んじざるを得ない。勤務実態は「日本一のブラック企業」と揶揄やゆされる通り過酷で、残業時間は月100時間を超えることも珍しくない。残業手当は予算上の制約で、その何分の一かしか支給されない。それが霞が関の労働実態である。

そうした「働き方」の根本を変えようとせずに「天下り禁止」のスローガンで再就職の部分だけを締め上げる手法には、どう考えても無理がある。就職時から退職後までの長い期間を視野に入れて、公務員の処遇を抜本的に見直す時期に来ているのではないだろうか。今までより厳しくすべき部分もあるだろうし、改善してやるべき部分もあろう。その両方をバランス良く組み合わせて、「霞が関働き方改革」を議論してほしいものである。

「天下り禁止」に異論・・・“ミスター文部省”が見た問題点-京都造形芸術大学教授 寺脇研|2017年3月2日 読売新聞 から