2017年4月1日土曜日

記事紹介|郷土のことをよく知らないのは文科省なのかも

「パン屋」が「和菓子屋」に、「アスレチックの公園」が「和楽器店」に書き換えられた。文部科学省の教科書検定の結果は衝撃でした。

小学校の道徳が2018年度から教科書を使うようになり、その教科書検定の結果が、3月25日付朝刊各紙で報じられました。

これまで道徳は「教科外の活動」と位置づけられ、教科書はありませんでした。道徳が小学校に導入されたのは1958年。私が小学生のときに道徳の時間が始まりました。「最近の子どもたちは道徳観念が薄れている」と声高に主張する人たちがいたためです。しかし、これが「戦後版教育勅語」になってはいけないという警戒心も強く、教科書を使う「教科」にはしないという条件で始まったのです。これが「教科外の活動」という位置づけの理由です。

それが、「特別の教科」という位置づけに格上げされ、文部科学省検定教科書を使い、成績評価も実施されることになりました。58年に道徳を学校教育に入れさせた人たちの目標が、ついに達成されたのです。なにせ「教育勅語」にはいいことも書いてある、などという政治家が存在する時代ですから。

検定結果で驚いたのは、小学校1年生の「にちようびのさんぽみち」という教材で登場する「パン屋」が「和菓子屋」に書き換えられていたという朝日新聞の記事でした。

また、同じく小学校1年生の「大すき、わたしたちの町」という教材ではアスレチックの遊具で遊ぶ公園を、和楽器を売る店に差し替えたというのです(別の教科書会社)。

なぜパン屋ではいけないのか。朝日の記事に文科省の言い分が紹介されています。「パン屋がダメというわけではなく、教科書全体で指導要領にある『我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ』という点が足りないため」と説明しているそうです。文科省の指摘を受け、教科書会社は「和菓子屋」に書き換え、検定を通りました。「アスレチック」も同様の指摘を受け、教科書会社が改めました。

ここで気をつけなければいけないのは、文科省が「和菓子屋」や「和楽器店」に書き換えさせたのではないということです。誤解して、「文科省はそんな指示までしているのか」と驚いた人もいるでしょうが、そうではないのですね。教科書会社の方で「和菓子屋」や「和楽器店」を選んだのです。指示されたのではなく忖度(そんたく)した、ということでしょう。

これについて3月29日付朝日朝刊の「天声人語」は、「和菓子や和楽器にすがって国や郷土への愛を説くとすれば、滑稽というほかない」と批判しています。では誰がすがったのか。まずは困った教科書会社がすがり、それを文科省が追認したのでしょう。

文科省は細かい点を指摘し、その後の修正は教科書会社に任せる。その結果、教科書会社は文科省の顔色をうかがって忖度し、「和菓子屋」や「和楽器店」を持ち出す、という構造になっています。

小学校の道徳で教えなければならない項目は、学習指導要領で学年により19~22項目あります。その中には「個性の伸長」という項目もありますが、教科書会社に忖度させて、内容をコントロールさせる。ここに個性の出番はありません。

それにしても、パンを和菓子に変えればいいのか。この点について文芸評論家の斎藤美奈子さんは、3月29日付東京新聞朝刊の「本音のコラム」で、こう喝破しています。

「日本のパンの元祖は、幕末の伊豆韮山の代官で兵学者でもあった江川太郎左衛門が兵糧として焼いたパンだったこと。明治初期に木村屋が開発したあんパンは発酵に饅頭(まんじゅう)用の酒種を使ったこと。一方、和菓子は遣唐使が持ち帰った中国の菓子にルーツを持つこと。和菓子の発展を促した茶の湯も、栄西が大陸から持ち帰った茶からはじまること。つまりどちらも郷土というより国際交流の賜(たまもの)で、両者の間に差などない」

郷土のことをよく知らないのは文科省なのかも。

池上彰の新聞ななめ読み 「パン屋」→「和菓子屋」、文科省への忖度|2017年3月31日朝日新聞 から