2017年4月13日木曜日

記事紹介|日本学術会議の限界と大学の自律性

日本学術会議が半世紀ぶりに、大学などの軍事研究に否定的な声明を発表した。13日からの総会で報告される。学術を取り巻く環境が変化するなかで出された新しい声明をどう受け止めたら良いのか。議論をまとめた「安全保障と学術に関する検討委員会」の杉田敦委員長(法政大学教授)に聞いた。

▶今回の声明は、大学側のあり方まで踏み込みました。

大学などの研究機関での軍事的手段による国家の安全保障に関わる研究が、学問の自由や学術の健全な発展と緊張関係にあることを示し、大学や学会に対応を求めた点が大きなポイントです。

重大な問題であるにもかかわらず、軍事研究は行わないとした1950年と67年の声明から半世紀。日本学術会議は、議論を継続せず、考え方を示してこなかったという反省があります。今回の声明は、過去の声明を『継承』しました。

▶過去の声明を「堅持」するとすべきだとの声もありました。

堅持とは、そのままにするということ。でも、過去の声明のもとで事態はかなり進行しています。2015年度に防衛装備庁が大学などに研究を委託する『安全保障技術研究推進制度』を始めたことが、今回の議論のきっかけになりました。いま、米軍からの大学や学会などへの資金援助は8億円を超えている状況です。

今回の声明は、学術と軍事の間の緊張関係や大学が負う責任を明確にして、大学や学会などに対応を求めることまで踏み込みました。過去の声明を発展的に継承すると考え、継承という言葉を使いました。

▶学術と軍事の緊張関係とはなんでしょうか。

何よりも学問の自由が脅かされます。学問の発展にとって、自主性、自律性、そして研究成果の公開性が大事です。一般に軍事研究では、それらが保障されません。委員会でも学問の自由が学術の健全な発展につながることに異論はありませんでした。

日本の場合には特に軍部が台頭した1930年代を中心に、憲法学などの学問が弾圧される一方で、戦争遂行のために科学者が動員され、核兵器につながる研究さえしていたわけです。その反省が日本学術会議の原点です。

▶「学問の自由」は、なぜ大切なのですか。

学問の自由は、研究者が個人的な判断だけで何でもやっていいことと誤解されがちですが、それは憲法学などの知見から言っても間違いです。学問が政府などから過度に介入されてはならないという意味であり、国内外に開かれた教育・研究環境を維持する責任が大学にはあります。

大学を聖域化するな、との意見もありますが、大学の研究者は自分で研究テーマを決められる点で、企業などとは立場が違います。いかに民主的な政治権力であっても、社会のすべてをコントロールすることは、長期的にみて社会のためになりません。大学という自律性を持った空間は残しておくべきです。

▶明確な軍事研究は認めないが、自衛のための研究なら許されるとの意見もありますね。

この声明はそうした立場をとっていません。1928年の不戦条約で戦争が違法化されて以来、国際法上ほとんどの戦争が、『自衛権の行使』などとされ、戦争と呼ばれなくなりました。自衛という概念が非常に拡張され、戦争という概念が縮小している中で、自衛目的ならいいとか、狭い意味での戦争目的でなければいい、とかいう安易な基準では、軍事研究の全面解禁につながります。

▶憲法9条に照らした議論に踏み込みませんでしたね。

たとえば集団的自衛権が認められるか認められないかという問題も、国論を二分し、個々人でも判断が分かれています。9条があって自衛隊があって日米安保がある、ということの帰結で、日本学術会議が学術的に特定の結論を出すことはできません。

▶声明では、防衛装備庁の制度について「問題がある」と明記しました。なぜでしょうか。

防衛装備庁の制度の目的は、防衛技術の開発につながる基礎研究と明示されています。研究成果は公開できるし、介入はしないと言っていますが、防衛装備庁の職員が研究の進捗(しんちょく)管理をし、助言をするのはかなり強い関与になる。学問の自由から見て著しく問題があります。軍事的な目的が主眼でなければ、明確な軍事的な研究ではないという意見もありますが、この声明の考え方とは異なります。

▶軍事研究には、ほかに、どんな問題がありますか。

国防や国民の安全に関わるような問題である、と言われると、断るとか、途中から協力をやめるのが難しい。企業に対して、自分の研究をそういう用途に使ってもらっては困る、と言えても、防衛問題となると、断ることは事実上、非常に難しいでしょう。

また、軍事研究は秘密と結びつきやすく、緊急かつ絶対的なものとされがちで、他の研究分野とは違います。軍事や防衛は予算がつきやすく、ブレーキをかけられなくなり、他の研究予算を圧迫することにもなります。これも学術の健全な発展を妨げかねません。

▶そこまで、問題があると指摘したのに、なぜ声明で明確に禁じなかったのですか。

学問の自由を制度的に保障する、大学の自治との関係です。学術会議は大学に命令する立場にはない。大学は自律的な機関なので、学術会議は助言はできても、強制はできません。強く禁止したほうが良いという議論がありますが、そうではないと思います。むしろ、そこまで大学の自律的な判断に介入してくるのか、という反発が出てくるかも知れません。

▶学術会議の限界ですか。

そうも言えるかもしれません。しかし、軍事と学術との関係は、本来、学術会議だけが考えることではなくて、さまざまな研究機関、そして個々の科学者が、科学者の社会的責任に関する歴史的な議論もふまえて考えていくべきことです。さまざまな論点を審議し、声明や報告の形で考える材料を提供したつもりです。学術会議が可否を全部決めるのでは、研究者や大学が思考停止になりかねません。

▶声明をガラス細工のように精緻(せいち)な表現だ、と評価する声もあれば、玉虫色との声もあります。自治の名のもとに、軍事研究に踏み切る大学も出てくるかもしれません。

声明をよく読めば、できないと受け取るのが自然ではないでしょうか。防衛装備庁の制度は、政府による介入が著しく、問題が多い、としているわけです。極めて問題が多いと指摘された制度を利用するなら、なぜ可能なのか、開かれた研究や教育環境を維持できると判断した根拠は何か。利用する大学や研究機関が説明責任を負います。そもそも、大学の自治は、政府との緊張関係のうえに成り立つことを大学は意識すべきです。

▶防衛装備庁の問題ですか。

違います。防衛装備庁の問題に限られません。研究者の意図を離れて攻撃的な目的に使われる懸念も指摘し、研究に入る前に資金の出どころについて、まずは慎重な判断も求めています。問題が多い機関の資金をもらっていいのかどうか。米軍はだめと明示的には書いていなくても、米軍の性格を考えれば、攻撃的に転用される懸念は、自衛隊以上に大きいとも考えられる。さまざまな資金について、こうした観点から各大学が判断することになります。

今回の声明は、研究目的なども厳しく審査するよう求めています。資金の出どころだけでは割り切れないことは委員会の審議でも明らかになりました。軍事的な機関以外を経由する形で事実上の軍事研究が進むこともありえます。だからこそ、声明は個別の機関や制度の是非よりも、審査制度の整備を求めているのです。自分たちの研究がどのように使われるか、大学や学会で継続的に議論することが大事です。

▶技術の使われ方の議論には想像力も必要ですね。

その通りです。若い人は抵抗感が薄いという報道もあり、危惧しています。研究の適切性は、これまで研究不正や研究費の不正使用ばかりが注目されてきましたが、科学技術と倫理との関係といった問題について、対話を広げていく必要があるでしょう。

▶軍事と学術の関係は、どれだけ危機的な状況でしょうか。

研究費不足、ポスト不足などの厳しい状況の中で、研究を続けるために研究資金を選べないという声があります。防衛など、特定の目的に役に立つとされる研究だけに資金投入が続くと、学術全体の健全な発展に悪影響が及び、ゆがみが生じます。そういう危険性が見えてきた。研究者の自主性を生かす民生資金が非常に大事なのです。

極端な例とはいえ、米国のように研究費全体の半分ぐらいが軍事的色彩を持つようになると、軍事的な研究資金をあてにしないと研究ができなくなり、研究全体に関する軍の発言力が強まります。それでいいのか。今が分かれ道なのです。

すぎたあつし 1959年生まれ。法政大学教授。専門は政治学、政治理論。著書に「権力論」「境界線の政治学」など。

学術と軍事研究 日本学術会議検討委委員長・杉田敦さん|2017年4月13日朝日新聞 から

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