記事紹介|第二の人生

この春、何人もの知り合いが職場を去った。中には転退職した若手もいる。勇気があるなと感心すると同時に、自分もそういう決断ができていればと「タラレバ」人聞になりかける。

東大から経産省に入り30代で「組織に頼らず自力でやれるはず」と退職した元官僚が『肩書き捨てたら地獄だった』という本を書いている。ありがちな勘違い。冷静に考えれば、一丁前の給料をもらえるのは組織のお蔭。私も一人ではコンビニのバイト以上に稼げる自信はない。

定年で去る人の多くが「次の仕事は未定」と力なく笑う。「第二の人生」などというのは何かを売りつけようとする側のコピーで、実際に充実した「第二の人生」を送れている人は滅多にいない気がする。

「定年って生前葬だよな」。そう思いつつ、退職後も生き甲斐を求めさまよう主人公が登場する小説『終わった人』を書いた内館牧子さんがインタビューで語っている。「男の人も東大法学部行くのと高校までで就職するのでは18歳の段階ではすごい差なんだけど、60歳で集まると着地点は一緒なのね。だからね、やっぱり好きなように生きた方が得ですよ」。きっとその通りだ。だが、「好きなように生きる」ことの難しさよ。

「毎日毎日同じ仕事するなんて信じらんねえ」「やりたいことがあるなら、迷うな、やってみればいいじゃん」と自由に生きるホリエモン。嫌いだが、内心では共感する。…だったら「やってみればいいじゃん」。でも、できない。そこが決定的な差だ。嫌いなのは嫉妬かもしれない。

いろんな不満を腹一杯に溜めながら、結局、辞める決断などできないまま定年を迎えるのだろう。その先、私は何をしよう? 本当は南の島で悠々自適といきたいが、多額のローンが許さない。

恰好いいのは起業だが、金儲けの才覚があるとは思えない。できれば仕事の経験を活かしたいが、そういう職に就ける見込みも薄そうだ。

年寄りを雇ってくれるところでバイトでもしながら、少しは好きだと思えることもしたい。「こども食堂」か小さな塾でも始めようか。何年かかけて文化財修復か何かの修業をするのもいいかもしれない。近所で「怪しい人」と疑われながら、家で実験や研究にいそしむのも面白そうだ。学生時代は食わず嫌いだった歴史の本も、齢を取ってから好きになった。

豪クイーンズランド大学の「ピッチドロップ実験」は1927年から続いている。ある粘性の高い物質が液体だと証明するため、漏斗から滴が落ちるのをひたすら待つ(だけ)。これまでに9滴落ちたらしい。

京大の「暗黒バエ実験」は1954年からハエを1500世代以上にわたって暗室で飼い続け、暗闇適応等に関わる遺伝子の変化等を調べている。研究者の体も暗闇適応で変異していないかと心配になる。

以前はどうにかなるだろうと軽く考えていた「第二の人生」を、そろそろ真剣に、深刻に考えねばならない齢になってきた。もっと早くから生き方の幅を広げておけばよかったな、と今頃になって思う。

文部科学時評|平成29年4月3・10日文教ニュース から

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