2017年4月8日土曜日

記事紹介|役に立たない研究をしよう

昨年のノーベル医学生理学賞を受けた大隅良典・東京工業大栄誉教授(72)が、長期的な基礎研究を社会が支える仕組み作りについて、積極的な発言を続けている。背景にあるのは、短期的な成果を求める研究にばかりお金が流れ、「このままでは日本の基礎科学が立ちゆかなくなる」という危機感だ。神奈川県大磯町に暮らす大隅さんに、横浜市緑区のすずかけ台キャンパスで思いを聞いた。

「役に立たない研究をしよう」。ここ10年、大隅さんがそう話すと、「それでいいんですか」と首をかしげる学生が増えたという。細胞内の新陳代謝の仕組みを探るオートファジーの研究でノーベル賞を受けた大隅さん自身、研究の成果が役に立つかは意識してこなかった。「科学は金もうけのためのものではなく、社会を支えるもの。すぐに役に立つことばかり求めていたら基礎科学はできない」と話す。

国から国立大学に支給され、自由に研究に分配できる運営費交付金は、国立大が法人化した2004年度から16年度までに、1割強にあたる約1470億円も減少。私立大に対する補助も15年度、44年ぶりに運営費全体の1割を切った。一方、研究者から研究計画を募り、審査を経て交付する文部科学省の「競争的資金」は増加傾向。16年度は約3445億円で、04年度から約920億円増えた。国の財政が厳しい中、文科省が戦略的に予算を振り分ける傾向が強まっている。

「運営費交付金を毎年1%ずつ削られて、大学は本当に貧困になっている」。競争的資金を獲得するために研究者が目先の成果を得やすい研究に流れ、長期的な研究が難しくなると大隅さんは憂慮する。

資金を確保するために企業との共同研究を求められることも多い。大学と企業の役割があいまいになり、大学が空洞化してしまうことも懸念する。

大隅さんは1月、1億円を出して東工大に「大隅良典記念基金」を設立。基金には約60人から約9千万円の寄付も集まった。入学生を経済的に支援し、将来は研究も支えたい考えだ。

さらに全国的な規模で基礎科学の振興を図る基金を立ち上げる構想も練っている。国に頼らず、社会が支える形で大学が収入を得られる道を開かなければならないと考えているからだ。「科学は文化。全く見返りを求めない寄付がもう少し日本にあっていい。大企業の海外への投資や広告費の0.1%でも基礎科学に向けられたら大学が変わる」

昨年10月のノーベル賞受賞から半年。電車の中でもサインを求められる熱狂を、少しでも研究を支えることにつなげていきたいと考えている。


昨年8月まで行政改革担当大臣を務めた河野太郎衆院議員(神奈川15区)が自身のブログで研究費について問題提起し、話題を呼んでいる。研究者が資金を獲得したり、経費を精算したりするための事務手続きに無数の「ローカルルール」が存在し、研究に割くべきお金や時間を奪っているという。河野議員は背景に「大学に出向した役人の存在がある」と指摘する。

大臣時代、ある研究者から1通のメールが届いた。日本学術振興会が配分する科学研究費の申請書にある線が邪魔だという。文字を入力すると外枠の線がずれ、いちいち修正が必要だった。文部科学省に働きかけて廃止すると、「線がなくなった!」と予想以上の反響があった。セルに1文字ずつ入力させるなど、見栄えを優先し、再利用しにくい「神エクセル(紙への出力しか考えていないエクセルファイル)」も廃止すると、研究者から続々と連絡が来た。

出張に出たら駅員と交渉して特急券を持ち帰らなくてはいけない、学会に出たら隣の人と写真を撮らなくてはいけない――。文科省にこれらのローカルルールを守る必要がないことを確認し、無駄を一掃するよう働きかけた。

河野さんは「大学に出向した役人はどうやったら研究者が研究をしやすいかではなく、不正を防ぐためにルールを厳しくすることばかり考える」と指摘。財政難から科学技術振興予算が今後増えることはないとして、「効率を考えなくてはいけない」と話す。

役立たない研究、しようよ ノーベル賞・大隅さんの憂い|2017年4月4日朝日新聞 から