2017年7月23日日曜日

記事紹介|「協働型研究開発コモンズ」がイノベーション効果をもたらす

科学技術への多岐にわたる期待とは裏腹に、世界的に人材育成、研究活動は財政難にあえいでいる。実際、わが国も厳しい財政情勢の中で、現実に可能な経済支援は、局所的対症治療ないし現体制の延命措置を施すに過ぎない。今日のみならず次世代社会にも持続的に適合する科学技術の経営基盤を築くためには、根本的な発想の転換が求められる。あらゆる知恵を結集して、学術的、社会的目的達成のために、現状打開を図らねばならない。

わが国の研究生産性の低迷

わが国は、研究費総額18.9兆円(うち国費は3.5兆円で19%、民間資金が72%)、研究人口68万人(うち大学教員18万人で、民間が7割を超す)を投入する。生産性の一指標である科学論文数約7万5千本は世界5位であるが、残念ながら、被引用数トップ10%論文が10位、トップ1%論文は12位と低調で、ここ10年間、全分野について下振れ傾向にある。米国、中国など大国のみならず、研究開発費、研究人口の少ない国々の後塵を拝する惨状にある。これらは主に大学、公的研究機関が関わる活動状況を示すが、その充実、改善のためには、既成の体制への単純な資金の拡大、人頭の増加ではなく、当然資金配分法の改革、研究人材の内容向上が求められる。しかし、不振の主たる原因は、大学の教育研究に関わる守旧的価値観の岩盤、それがもたらすイノベーション効果の欠如であり、ぜひともこのシステム・クライシスを克服しなければならない。

新たな目標に対応すべく既存組織は戦略的に縮小すべし

今世紀に入り、わが国のみならず、世界の高等教育、研究開発システムは、社会の要請に十分に応えられていない。とりわけわが国ではその理由を公的財政支援の不足とする意見は多く、筆者も理解はするが、単なる資金増だけでは問題解決には至らない。急激に経済発展する中国を例外として、10年後の各国の公的研究開発費は、楽観的に見ても現在の2倍には届くまい。しかし、総額の制限にもかかわらず、科学技術界には現行の活動に加え、新たに「知の共創・再構成」、「第4次産業革命」、COP21の主題であった「地球温暖化問題」、国連で採択された「仙台防災枠組み2015-2030」、「持続可能な開発のための2030アジェンダ(SDGs)」などの巨大な国内的、国際的諸問題への早急な対応が求められている。

ものづくり産業に例えれば、一定量の資金と人材の投入下に、高品質製品の継続的生産と並行して、既存技術では困難な多種の新製品の開発が要求される状況とでも形容できよう。このような一見理不尽とも言える要請に立ち向かうには、自ずと科学技術研究開発の全体制の見直し、大学組織の再編と刷新、そして新たな仕組みの創出が不可避となる。おそらく「社会総がかり」の整合的協働を促すエコシステムの構築が必要となろうが、このシステム・イノベーションのみが、生産性の向上と質的大転換の双方を矛盾なく実現しうる。困難でも挑戦しなければ、国家のみならず文明社会の存続が危うい。

現行の研究教育体制は、20世紀社会の繁栄に大きく貢献してきた。しかし、もし研究社会がこの価値観を是とし、自らの努力でその維持、存続を目指すならば、関連する多くの経済的要素を所定のものとして活動していく(いわゆる「内部化」)ことが絶対に不可欠である。主たる例をあげれば、現在は外部要素として扱う国家財政負担の拡大への期待はほとんど現実的でない。大学や研究機関は目標の如何を問わず、真の戦略性をもって人件費はじめ固定費を変動費化して、規模を可変化、時には思い切って縮減して変化に対応していかなければならない。

そして「協働型コモンズ」の形成へ

いかなる変革も、質の劣化と活動度の低下を招いてはならない。国立大学は、現体制温存により巨大な累積資本価値の維持に固執するが、ひとたび環境変化への対応を誤れば、一挙に経営破綻を招く。世界は技術革新の波を受けて、あらゆる観点から、共有社会(sharing society)に移行しつつある。そうであれば、研究開発においても必要なあらゆる資源、例えば、資金、人材、モノ、基盤、情報を個々の専有から、組織の壁を越えてより効果的な共有、共同利用に移行すべきである。

もとより一定の初期投資、固定費は必要であるが、多様な共有型の仕組みを縦横に駆使することが「限界費用(marginal cost)」、つまり物やサービスを1単位追加して提供するために要する費用を、実質的にゼロに向かわせる。このパラダイムシフトが、世界が共通に遭遇する難題、すなわち研究開発費の過大な社会負担の軽減に大きく寄与することは間違いない。いかなる国においても、国内資源は限定的であり、不足分は国際連携、協力で補うことになる。さらに、旧来のアカデミアの価値観を超えて、より積極的に多様な社会的知的資産の創出を通して「外部効果の拡大」を目指すべきである。筆者はジェレミー・リフキンが唱える「協働型コモンズ」の形成こそが、疲弊した現行の研究教育組織の「戦略的縮小」による真の合理化と高度化を促し、さらに本質的なことは、そこに生まれる余剰資源の活用による社会的存在意義の拡張への道であると考えている。行政も大学現場も、既存体制への公的資金投入量の多寡を案ずる前に、協働型コモンズ形成による巨大な社会経済効果に目を向けてほしい。

過去の社会の変化、特にサービス部門の変遷を振り返れば、資金、人材投入の低減は、しばしば組織の合理化、高度化を促してきた。常に負の効果をもたらすとは限らない。価値観を変換したい。近年台頭する共有型経済(sharing economy)、例えばUber(企業価値6兆円のライドシェア)やAirbnb(短期滞在の共同宿舎)などの繁栄も、すでに頂点を極め成熟期にある市場資本主義経済からの、合理性ある転換かもしれない。

情報技術革新を背景とするこの改革こそが、研究教育の質の抜本的向上の切り札ではないか。キャンパス拠点型、ネットワーク型を問わず、多様な高度専門家の自律的な分散、統合による「協働型コモンズ」が「価値の共創」を可能にする。かつての独創に加え、共創の積極的推進が、将来の科学技術発展を約束する。研究者たちは、自らが目指す課題の解決に、従来とは異なる共同活動で向かう。既成の専門性を超えた国内外のあらゆるセクターとの関与が可能となる。

この新たな自律的統治の舞台は、既存の大学組織の研究科や学部の存在意義を極度に薄れさせよう。伝統的な専門分野閉鎖的、垂直統合型アカデミアの崩壊を促すが、社会全体から見れば、決して悪いことではない。

研究教育のオープン化へ

高等教育のオープン化については、大規模公開講座を無料でインターネット受講できるMOOC(massive online open course) プラットフォームである米国のCourseraやedXなどが、すでに成功を収めている。著名な教授と世界の広範な学生たちが一体的、双方向に教育に参画する。わが国では使用言語の問題もあろうが、自然科学のみならず、人文学、社会科学でもまずは日本語で試みてはどうか。学生たちの視野と教養の幅は格段に広がるはずである。

1980年以降に生まれたディジタル・ネイティブの思考力と実行力は、我々には計り知れない。新領域開拓に挑む若者は、感性にあふれ極めて優秀であり、必ずこの合理性へ挑戦してくれよう。科学技術界に長く続く慣習の壁が、先見性ある彼らの道を阻んではならない。

高度測定機器の共用プラットフォーム

再度、わが国研究社会が直面する現実問題に戻りたい。公的研究開発費の投入は、国全体の学術の発展、科学技術力の強化に資するべきである。現在の大学の個々の研究者への分散的資金配分は創造的成果の生産を促すものの、とかく単発の学術論文生産のための「経費の供給」にとどまる。これだけでは、国全体として研究への「投資効果」が最大化されているとは言い難い。さらに近年の競争的研究資金の特定大学寡占化は、大多数の大学における研究を甚だしく困難にしている。汎用性ある高価な先端測定機器の活用について「限界費用」をゼロに近づけるべく、可能な限り多くの研究者が共用できる「協働型コモンズ」を戦略的に整備してほしい。

国が建設する巨大な加速器やスーパーコンピュータなどの国家基幹技術については、法的に共同利用の取り決めがなされている。数々の特色ある大学共同利用機関の施設の活用もなされている。米国では人工知能の普及を目指し、民間のグーグル社が理化学研究所の「京」の18倍の計算能力を持つスーパーコンピュータを研究者向けにクラウドで無料開放するという。

さらに多種の高価な中規模計測・分析装置についても、個々の大学や研究者が占有することなく、地域ごとに集積、あるいはネットワーク型に管理して、利用の最大化を図るべきである。そこには大学人のみならず、産官学さらに外国からも多様な人たちが集い、迅速な研究が促され、その結果幅広い知の共創、新技術開発、ビジネス・イノベーションが生まれるはずである。2012年発足の文部科学省のナノテクプラットフォームには全国26法人40機関が参画するが、その行方に期待するところ大である。

このような高度測定機器の共用プラットフォームは単なるサービス提供者ではなく、研究実践の場でもある。共同組織の健全な存続、発展のためには、大学と同様、公共的自立心が不可欠である。まず多様な専門家の確保、利用者たちに対する存在意義の説得、そして安定経営のための国、自治体、研究機関、大学、産業界等による応分の財政負担が必要である。既に売り上げが1800億円に達する受託分析企業との連携も円滑な運営に寄与するであろう。測定機器の集積、共用のみならず、生体材料や化学薬品の大規模在庫管理、活用についても、効果的な仕組みが必要と考える。

「協働型研究開発コモンズ」がイノベーション効果をもたらす|野依良治の視点|研究開発戦略センター(CRDS) から