2014年11月30日日曜日

国立大運営費交付金配分ルールの見直しなど(2)

前回ご紹介した、財政制度等審議会財政制度分科会(2014-10-27開催)の議事録が公表されていますので、高等教育関係を抜粋してご紹介します。


財政制度等審議会 財政制度分科会議事録(高等教育関係抜粋)


井藤主計官

22ページでございますけれども、大学改革に関しまして、これは大きな前提といたしまして、18歳人口、子供の数ということでございますが、これが減ってございます。例えば、平成元年からこの間を見ると、半分近く減少しているということでございまして、今後も、18歳人口であれば18年先の人口までほぼ決まっている状況でございます。

それで、23ページですが、この間、国立大学の入学定員というのは、基本的に減らしておりません。その上に、大学院の定員を伸ばしてきているという状況でございます。こうした中で、いろいろと国立大学にはリソースが投入されているのですけれども、十分に社会に対して求められる機能というか、成果を還元しているかというと、必ずしも十分ではないのではないかなという声が常に聞かれているところでございます。

25ページにつきましては、この春もお出ししたので割愛させていただきますけれども、26ページでございますが、例えば、近年、地方創生ということで、地方の大学は大事だという議論がかなりいろいろなところから出されているわけですけれども、例えば、地方の大学について見ますと、多くの大学が、その設置されている地域を出身とする入学者の割合が同地域を就職先とする卒業者の割合を上回って、流出超過となってございます。こうした中で、地域の人材供給機能を十分に果たしているのかといった問題もあるのではないかということでございます。

それで、29ページに行っていただきまして、国立大学というのは、近年、参考資料にありますけれども、事業規模が、研究費を中心に非常に膨らんでございます。運営費交付金が若干減って厳しいという声もあるのですけれども、諸外国の大学や研究機関では、資産運用や民間からの受託収入、研究収入等、多様な資金の調達が行われてございます。活性化していると言われている大学は、このような多様な財源を確保しているということで、このような努力もより一層必要なのではないかということでございます。

30ページでございますが、現在の国立大学法人の運営費交付金の配分というのが、重点化に結びついていないのではないかという問題意識でございます。まず現行の仕組みでございますが、一番上の右側に、特別経費がございまして、これが1割程度。残りの大部分は一般経費ということで、教員・学生数等に応じまして各大学に配分されてございます。このように教員・学生数等に応じて配分するということでございますので、各学部等におきましても、教員・学生が固定的にいるわけですから、学長が特段のリーダーシップを発揮する場合を除いて、学内の重点化や再配分に関するインセンティブがなかなか進まないと。ましてや、大学間の再編や統合に向けたインセンティブも働きにくい状況だろうと考えられます。それで、一番下なのですが、文部科学省についても、この辺は問題だというご認識を持たれてございまして、運営費交付金の額の3~4割は、改革とリンクさせるとおっしゃっているのですけれども、必ずしもその姿が見えていないというのが実情だと思います。

次の31ページでございますが、実効性のある大学改革を進めるためには、予算のメリハリにより各大学の改革に向けた取組を促すことが必要ではないかということで、財務省案として考えてみたということでございますが、基本的には、一般運営費交付金につきまして、基盤経費と改革経費に区分して、改革経費については、学長のリーダーシップを発揮できないかということで、その大学について、法人としての全体のマネジメントをやっていく考えで運営していただけないかということでございます。

また、32ページの特別経費でございますけれども、これにつきましては、現状では特別経費の対象期間、3年なり5年なりということが終われば、そこで終わりということなのでございますけれども、そうしたことでは、なかなか重要な課題に対して、その後も取り組むことができませんから、こういったものの配分について、後年度以降の基盤的な配分にも勘案するといったことも必要ではないかということでございます。

また、33ページが、先ほどの改革経費でございますが、ここの配分についてはメリハリをつけることが必要なのではないかと。その方向ですが、各大学が目指す機能強化の方向ごとに評価基準を設定しまして、事前に決められた評価基準に基づいて、2年程度ごとに大学の取組を客観的に評価して、配分に反映するといったことが必要ではないかということでございます。評価基準については、例えば、世界最高の教育拠点であれば、論文数で研究成果ということでしょうし、地域活性化の中核的な拠点を目指す大学群であれば、地域にいかに貢献したかといったことが指標になるのではないかということでございます。

34ページでございますが、国立大学授業料の設定は、現状、文部科学省令におきまして標準額は規定されており、各大学はその2割増まで自由に設定できることになってございますが、基本的にほとんどその増額はなされてございません。

多様な財源の一つということでもありますけれども、34ページの右下ですけれども、質の高い教育の提供を行って、それに見合う授業料の設定をする。こういったことで生み出した財源を、経済的に困難な学生に還元するとか、よりよい教育環境の整備に充てるといったことも必要ではないかということでございます。

35ページについては、今申し上げたことをまとめさせていただいてございます。

次に、37ページ、科学技術関係予算でございますが、平成元年度との比較で約3倍増と、社会保障関係費も超える大きな伸びをしてございます。

38ページでございますが、これは論文という1つの側面のものでございますが、こうした中で、総論文数は、それに応じて伸びたものの、論文の質につながっているわけではないということは指摘されてございます。

39ページでございますが、我が国の財政事情を考えれば、今後量的拡大を続けるというのは、科学技術予算についても難しい状況でございまして、質の向上がその課題だろうと考えてございます。質の向上のためには、そのために効果の高いアプローチをすることが必要だと考えてございまして、例えば近年大きく伸びている分野融合領域ですとか、また国際共同研究、こういった分野に「選択と集中」を進める必要があるのではないか。

あと、40ページはやや各論でございますけれども、競争的資金等で先生方、高額の研究設備を買われることがありますけれども、これはやっぱり一人の研究者、研究室が独占するというようなことになりますと、全体として効率的ではありませんので、高額の研究設備については、共用化を促進することが研究費の効率的支出にもつながるし、研究インフラの整備にもつながるのではないかということでございます。

41ページでございますけれども、近年、競争的資金の制度数が非常に増えて、多様化が進んでございます。そうした中で、各制度の趣旨や違いが必ずしも明確でないといった問題が指摘されてございまして、こうした点については重複を排除しつつ、制度間の連携強化・統合化を推進する必要があるのではないかということでございます。

42、43ページは、やや細かい点なので、割愛させてもらいまして、44ページをご覧ください。理化学研究所につきましては、今回、研究不正の問題が起きまして、そのガバナンスの在り方をめぐって大きく議論されているところでございますが、右の改革案にありますように、その資源配分については、PDCAサイクルを徹底して、ガバナンスを一層強化する必要があるのではないかということでございます。また、理研の予算執行につきましては、研究の備品とか、そういったものにつきまして、一括購入等も行われていなかったということがございますので、こういったことはぜひ徹底して、予算の縮減にも努めていただきたいと。それで、こうした点については、理研だけでなくて、その他の研究開発法人についても、ぜひやっていただきたいと。

45ページなのですけれども、事業の「選択と集中」をやらなければいけないということでございまして、産業化、特に技術化を出口とする事業、こういったものにつきましては、新陳代謝を図り、例えば2年ごとに評価して、プロジェクト数を絞り込むといったことも必要なのではないかと。

あと、46ページでございますが、今年は特に地域活性化の観点から、地域の事業がいろいろ要求されているわけでございますが、地域拠点事業につきましては、過去累次に渡って展開されてきたことを踏まえれば、これまでの課題を総括した上で、本当に効果的なものについてやっていく必要があるのではないかということでございます。

47ページにつきましては、大規模プロジェクトも最初はいいのですが、後年度、非常に大きな予算が必要となって、予算硬直化を招く原因となります。一定以上の大規模プロジェクトにつきましては、当初の要求の段階におきまして、プロジェクトを通した負担の在り方について、財源調達の考え方を整理していく必要があるのではないかということです。

質 疑

田中弥生 (独)大学評価・学位授与機構教授、日本NPO学会会長

国立大学に関しては、これは31ページから33ページに、関係者から見ると、実はかなりドラスティックな提案がなされているのですけれども、この点について、これをどう理解するのかということを1点申し上げたいと思います。

まず、大学の類型に応じて、基礎的な資金である運営費交付金の分配を傾斜配分しろということなのですけれども、そもそもこの類型が何を意味するのかということなのですが、日本の大学の制度を鑑みますと、大体アメリカよりは欧州の大学制度を規範にして作られていると思います。では、欧州ではどうなっているかと言いますと、あまり知られていないのですが、そもそも大学の中に学位を授与できる大学とそうでない大学、学位授与権があっても、博士号を出す大学とそうでない大学が、かなり明確に線引き化されていて、その中での各種評価が行われているということです。これは何を意味するかと言えば、投じた公的資金を効率的に使うというだけではなく、出されている学位の質、信用をきちんと担保するために、このような線引きがなされていると私は理解しています。

翻って、日本の大学はどうであるかということは、もう井藤主計官が指摘されているところでありますし、確かに日本の大学は800ほどありますけれども、そこら辺の役割機能が曖昧になり、そこで出されている学位の質についても問われ始めているところだと思います。このような状況に対して、文科省も手をこまねいて見ているわけではなく、機能分化という言葉を使って、この数年間政策を講じてきましたが、その成果が見えないだろうというのが、今日のご指摘であります。ですから、財務省としては、その考えにのっとって予算を配分するやり方で、この改革を加速化してはどうかというのが、これが今日のメッセージであろうと思いますし、私は基本的にこの考え方に同意をするところがあります。

ただし、疑問点を2点挙げたいと思います。

1点目は、この大学の役割分担を明確にするという問題は、国立大学の問題だけではなく、800ある国公私立大学全部に及んで議論をしないと、達成しないのではないかということです。

そして、2点目、この運営費交付金の配分を世界研究拠点型と全国型と地域型、この3類型に応じて傾斜配分をしようというのが基本的なアイデアではないかと思うのですが、そもそも運営費交付金とは、ほとんどが人件費で占められています。それを考えると、単純に先の3類型順に傾斜配分するにはいかないだろうと思います。

例えば、2番目にある全国型の大学の評価基準を見ますと、教育に重点が置かれています。教育は、外部資金が取りにくくて、人的リソースを投入しなければいけない性格を有しますので、運営費交付金のようなものでカバーしなければいけないかもしれないし、逆に、世界的な研究拠点を目指すところは、外部資金が取りやすいのではないかと思います。そのように、かなり中身を詰めて配分を考えなければいけないと思います。

さらに、こういった配分を考えるときには、教員のエフォート、つまり各教員が研究と教育と社会貢献のいずれにどのぐらいの時間とコストを使っているのかということを明確にしていかないと、この先の3類型に基づく、運営費傾斜配分のための算定式は、なかなか成立しないのではないかと思います。

土居丈朗 慶應義塾大学経済学部教授

先般、独法通則法が改正されまして、国立研究開発法人制度が設けられたということで、私も行政改革推進会議の議員をさせていただく中で、この国立研究開発法人のガバナンスについて、非常にいろいろと議論させていただき、強化をするべきだということを申し上げてきて、1つの成果が出たと思います。ただ、主計官からもご説明があったように、理研の例もあり、ガバナンスの強化と言いながら、必ずしも十分でないというのが、私の今の認識であります。

ガバナンスの強化ということは当然として、それ以上に、もう少し研究機関としての在り方自体にもメスを入れなければいけないと。大学には、確かに学問の自由があるということだと思いますが、こうして税金が投じられている国立研究開発法人に対しては、そんな自由がどしどしと認められていると思うべきではないと。確かに、研究者はいろいろ機関を動けますから、大学に所属したり、研究開発法人に属したりということはあるのかもしれませんけれども、やはり大学とは性質は違うと思います。研究開発法人には、理事長を筆頭にして国家的なミッションが与えられて、そのミッションに応える研究しかできないという位に、きちんと統制をとってもらわないと、研究機関としての体をなさないと思います。そのような意味では、単なるガバナンスの強化ではとどまらず、国家の意思としての研究をできる研究者を集めて、成果を上げていただくという規律が必要だと思います。

鳥原光憲 東京ガス(株)取締役相談役

科学技術イノベーションの推進を通じて、地方を再生・創生することが、非常に重要な課題でありますが、そのためには、地域の産業界と地元の大学、研究機関、地方自治体などが連携して、地域の潜在力を結集し、競争力の強化や地域発の新しい産業の集積をつくり出していくことが重要であると思います。イノベーションを実現する新たな制度としては、平成26年度予算において、産学官の連携により基礎研究から実用化・事業化といった出口までを見据えた研究開発等を推進する、府省横断型のSIP、戦略的イノベーション創造プログラムが創設されております。本プログラムについて、地方の再生・創生の観点から、地域経済を牽引する中堅・中小企業が制度を利用できるように、中堅・中小企業を核とした事業枠を創設することなどを検討していただきたいと思います。

大宮英明 三菱重工業(株)取締役会長

科学技術なのですけれども、日本のイノベーション力が低下していると言われております。これは研究をして、その後、開発をして、最終的に良いものであれば事業化するというわけでありますが、この事業化に至るところで失敗している事例が非常に多いです。ここはいわゆる「ダーウィンの海」とか「死の谷」ということ言われていまして、ここへお金だけではないと思うのですけれども、うまく支援できると、日本の科学技術力を中心としたものが事業に結びついていくのではないかと思います。

葛西敬之 東海旅客鉄道(株)代表取締役名誉会長

大学の方ですが、大学院の定員増というのは教育の密度を引き延ばしているだけではないかという感じがいたします。

資金の多様化の話も出ておりましたが、テーマを決めて研究する分野と基礎研究としてやる分野とを分けたほうがいいのであって、テーマとして研究する分は、国家目標に資する継続的な対象テーマをきちんと決めることが大事ですし、企業からの寄附は、そんなに長期ではないけれども、対象がはっきりしていて、一定の期間内に結果が出るものを選ぶべきであると思います。その際に、資料では、ガバナンスを強くするために評価をきちんとするということを言っていますが、評価をするために、結果として、大学の教員、研究者は、余計なことに時間を取られてしまいますから、それは結果で判断するのがよいのではないでしょうか。企業からのお金は、企業が結果で判断するでしょうし、国家としてのテーマは、安全保障とか、そのようなものも含めるべきだと思いますが、長期持続的に国家目標が達成されるかどうかで見るべきなのであって、そんなガバナンスを強くするのは、やたらに事務作業をふやすだけですので、やらないほうがいいと思います。

井堀利宏 東京大学大学院経済学研究科教授

高等教育で評価の話が出たのですけれども、高等教育の評価は、確かに論文数でもできますが、これはなかなか難しい。最先端のことをやっていますから。むしろ評価で相対的に客観性が保たれるのは、先ほど佐藤委員もおっしゃっていた学力テスト。義務教育の場合は、達成すべきものは決まっているわけですから、それをどの程度達成できたのかわかります。評価システムをもう少し義務教育に入れて、そこで財政的なインセンティブで義務教育の質をきちんと担保してもらうような、そのような制度を入れたほうがいい。義務教育だけ統廃合で、高等教育だけ評価システムだけではなくて、両方をうまく組み合わせて、それぞれ取り組んでいただきたいと思います。

十河ひろ美 (株)ハースト婦人画報社ヴァンサンカン&リシェス編集部編集長

大変わかりやすい資料、内容で、勉強になりました。改めて、教育は、言うまでもなく大切なものであって、曲がり角に来ているなと痛感しております。教育の質を、もう一度重点的に見直していく必要があるのではないかということと、それに合わせた予算のメリハリが今後重要になってくると。そして、私が1つ気になりましたのが、個性重視というところをもっと強化していくべきではないかというところです。資料の26ページに、国立大学が例として出ておりまして、関東圏以外は全て学生たちが流出しているという事実、これはやはり地方の活性化にも多少なりとも影響していると思いますし、その一方で、資料の24ページに、総合大学がまだ都道府県に1校あるということで、こちらも再検討していくところに来ているかなと思っております。やはり地方活性化、あるいは、とにかく日本は均質化がずっと言われておりますけれども、もっと特化した個性のある学生たちを増やしていくことも重要ですし、必ずしも偏差値教育が正解ではなくて、もっとスペシャリストを育てていくことが、今後の国力に関わってくるのではないかと。ポジティブに専門職を増やしていくことが大切ではないかと思った次第です。

遠藤典子 東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員

大学の件につきましては、また大宮委員がおっしゃった「死の谷」の問題なのですが、29ページに、ちょうどフラウンホーファーのドイツの研究機関の事例が挙げられていまして、実は産構審の産業技術環境部会のほうでディスカッションさせていただいた、まさにこれがテーマでして、フラウンホーファーの研究者の方々は、いくら競争資金を持ってこれたかによって、その業績が評価されるということで、まさしく今、理研の工学部版の産総研が、それに向かって組織改革をしているところです。33ページの改革の様々なモデルケースとして、国公立大学を分けてあり、論文の数で評価される先生方もあっていいとは思うのですが、いくら企業からお金を取ってきて、受託研究の質を上げていくのかというところもある種の評価軸になるのではないかなと思います。それが遠くは運営費交付金を減らしていくといった、1つの取組になるのではないかなと考えます。先ほど土居委員が、様々なところの研究機関や大学を行きつつあるということだったのですが、企業も含めて、そのような人材の流動化が進めば、そういった評価軸も出てくるのではないかと思いました。

国立大運営費交付金配分ルールの見直しなど(1)

国立大学法人関係者の方々は既にご承知のとおりですが、文部科学省は、現在、平成28年度からの国立大学法人第三期中期目標期間における国立大学法人運営費交付金の在り方等(具体的には、運営費交付金の配分方法等の仕組み、予算配分に反映するための評価等、その他第三期中期目標期間における制度設計等)についての検討を進めています。

検討会の設置そのものは、上記のとおり、「国立大学改革プラン」に基づく本年10月の高等教育局長決定による既定路線ですが、財務省の財政制度等審議会財政制度分科会において、文科省における検討に先手を打つ形で、財務省の論理に沿った検討の方向性等が示されています。

今後の文部科学省、財務省の動向を注視する必要がありますね。























(関連報道)

3割を改革経費に=国立大交付金配分ルール見直し-財務省(2014-10-22時事通信)

財務省は22日、教育研究に必要な経費を国が国立大学法人に支給する一般運営費交付金の配分ルールを見直す方針を固めた。同交付金の約3割を「改革経費」と位置付け、新たな評価に基づき配分する。取り組みが優れた大学に交付金を重点配分するのが狙い。27日に開く予定の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)にたたき台を示す。

財務省が見直しを検討しているのは、国立大学法人運営費交付金(2014年度予算1兆1123億円)のうち教員らの人件費などに充てている一般運営費交付金(同9130億円)。現在は教員数などに応じ一律に配分されている。

改革の具体案は、国立大学を3グループに分類し、複数の指標に基づき評価。「世界最高の教育研究の拠点を目指す大学群」は、研究論文の数、招聘(しょうへい)した外国人研究者数などの指標を重視。「全国的な教育研究拠点を目指す大学群」はアジアを引っ張る技術者の養成状況などを、「地域活性化の中核的拠点を目指す大学群」は地域への人材供給などを評価指標に挙げている。

文部科学省は13年11月に発表した「国立大学改革プラン」で運営費交付金の配分に、改革への取り組みに応じ、めりはりを利かせる方針を示している。財務省案の新たな大学評価システムは、これを後押しするものだ。


国立大学交付金、成果で配分 財務省案、統廃合も(2014-10-27共同通信)

財務省は27日、財政制度等審議会の分科会を開き、国立大学に配る運営費交付金の改革案を示した。交付金の3割程度を「改革経費」とし、論文数や若手登用といった指標で成果を評価し配分する仕組みに見直す。文部科学省と協議し、2015年度の導入を目指す。

成果を上げている大学に重点配分する一方、不十分な大学は減額されるため、競争原理が働いて大学の統廃合につながる可能性がある。

運営費交付金は14年度予算で1兆1123億円を計上しているが、大部分が教員や学生数に応じて配分されるため、各大学の取り組みや改革姿勢が反映されにくい。


40人学級復活を議論=生活保護の見直しも-財政審(2014-10-27時事通信)(抜粋)

財務省は同日(10月27日)の財政審で、教育研究に必要な経費を国が国立大学法人に支給する一般運営費交付金の配分ルールを見直す必要性を訴えた。同交付金の約3割を「改革経費」と位置付け、研究論文の数といった新たな評価に基づき配分する内容だ。


国立大交付金に成果主義 政府方針、16年度にも(2014-10-28日本経済新聞)

政府は国立大学への運営費交付金(2014年度は1兆1123億円)の配分に成果主義を導入する。大半を学生数や教員数など規模に応じて配分する現状を改め、研究や人材育成など成果に基づいて配分する仕組みを入れる。文部科学省を中心に来年夏までに評価基準をつくり、16年度にも採用する。人口減少をふまえ、大学間の連携や統廃合を促す狙いもある。

国立大への交付金は14年度に約9千億円分を規模に応じて配分する。この一般経費とよぶ資金枠の一部に競争原理を取り入れる。財務省は27日の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)で、一般経費の最低でも3割程度に成果主義を導入すべきだと提案した。文科省は慎重に対応するとみられ、成果主義の資金枠は導入当初は最大でも3千億円程度になりそうだ。

新基準では、現在は86ある国立大を3つのグループに分け、評価する。世界最高の教育・研究拠点、全国的な拠点、地域の中核拠点の3つの方向性を各大学が明確にし、それぞれ異なる評価手法を取る方向だ。財務省は27日の審議会で、世界最高の拠点をめざす大学では、論文数や研究成果の実用化、海外大学との連携などを評価指標とする独自案を示した。

各大学への予算配分の固定化を避け、競争原理を入れることで、大学の取り組み次第で多くの資金を得られるようにする。各大学が得意分野に注力することで、それ以外の分野で他大学との連携や統廃合が進む可能性が出てきそうだ。

今後の人口減の進展を受け、18歳人口は14年度の118万人から、30年後には76万人にまで減るとの推計がある。財政難もあり、政府内には支えるべき学校施設の選別の必要性を指摘する声もある。定員割れや収支悪化が相次ぐ私立大の再編も急務で、政府は大学間の連携や学部統合を後押しする助成金を15年度に新たに設けることを検討する。


国立大の交付金、配分見直し検討 11月に有識者会議(2014-10-28日本経済新聞)

下村博文文部科学相は28日の閣議後の記者会見で、国立大学の運営費交付金の配分方法の見直しについて、11月5日に有識者会議を設置し、具体化に向け検討を始めることを明らかにした。来夏までに結論を出し、2016年度予算から新たな配分方法を採用する。

下村文科相は「各大学の強みや機能強化の方向性に応じた支援及び評価を行い、高い付加価値を生み出す国立大の実現を目指したい」と話した。

文科省は昨年11月に発表した「国立大学改革プラン」で、現在はほぼ機械的に割り振られている約1兆円の運営費交付金について、最大4割を各大学の取り組み内容に応じて配分する方針を打ち出している。


(参考資料)

日本経済再生本部 産業競争力会議ワーキンググループ 第1回 新陳代謝・イノベーションWG(平成26年10月21日開催)配付資料

資料2 国立大学法人運営費交付金の在り方、大学ガバナンス改革について(文部科学省提出資料)







2014年11月27日木曜日

心の成長は子どもだけでなく大人にも必要だ

ブログ「人の心に灯をともす」からウメボシマン」(2014-11-19)をご紹介します。


以前、学級崩壊に近い状態のクラスを、翌年そのまま受け継いだことがあった。

新年度、子どもたちの荒れてしまった心の立て直しが急務だった。

子どもたちの心に「伝わる」「残る」確かな道徳指導が必須であった。

しかし、ありきたりの勧善懲悪的な「よい話」は、こういう子たちの子の心には入らないだろう。

そうした話は聞く気持ちさえ持っていないかもしれない。

もちろん、長話は無駄だ。

「少ない言葉でありながら、確かな効果がある方法」が必要だと思った。

それらを前提とした創意工夫が必要だった。

その結果生まれたのが、「紙芝居」であり、「携帯フレーズ」だった。

絵でイメージを残し、短フレーズで徳目を日常的に意識化させるという方法である。

大きな効果があった。

そのとき確信したのは、どんな荒れた感じや自堕落な感じの子であっても「成長への欲求」は、しっかり持っているということだった。


【奉仕 「自分だけのこと」から卒業する】

新しい学級を担当して、こういう場面はよくあった。

「そこにゴミが落ちてるよ」

「ぼくのじゃないよ」

「学級文庫、ぐちゃぐちゃじゃないか」

「私はちゃんと返したよ」

よくない現状は、自分の責任ではない、ということだ。

もちろん、そうかもしれない。

しかし、自分が生活している場だ。

こうしたことだって「自分のこと」という認識を持たせたい。


紙芝居「ウメボシマンは禁止だよ」

「たとえば、教室にゴミが落ちていて『そこ、ゴミ落ちてるよ』と言うと、こんなふうに答える子、いるよね。『私じゃないよ』って」

「確かにそうかもしれない。でもこの答えは『正しい』のかな?自分がしたことじゃない、だけど教室は汚いまま。気づいても自分のせいじゃないからって、『自分のこと』にしかエネルギーを注げないんじゃ、心はこのウメボシのように小さいんだよ。エネルギーは全部『自分のため』だけ」

「そういう人を『ウメボシマン』と名付けます」(笑)

「学級もウメボシマンが多いと、すごく嫌な集団になるよな」

成長っていうのは、自分のことだけじゃなくて、だんだん周りにもエネルギーを注げるようになること。

「成長すると、このウメボシが、イチゴ、リンゴ、スイカって大きくなっていくんだ。イチゴならすぐ横の子や親友まで。リンゴならグループから学級全体、スイカなら学校全体って感じかな。こんなふうにエネルギーを注げる範囲が広がっていくことが成長なんだ。

伝記に出てくる偉人なんかは、もっと大きくって、世界とか人類とかまでこの矢印が伸びた人なんだ。

みんな最初はウメボシマンだけど、次第に大きくなっていったんだ。

みんなもウメボシマンから変身していこう。

この指導以後、折あるごとに「ウメボシマン」が携帯フレーズとなって、「あ、ウメボシマンやっちゃったな!」「○くん、ウメボシマン!」などとユーモアを交えたかたちで、「奉仕」という面での心の成長を図っていくことができるのである。

利己的な心を利他、「奉仕」の方向に導くのは至難のことだ。

しかし、それも当然で、「奉仕」の心は、人として最終的に目指す徳目であるともいえるからだ。

だからこそ、その方向への気持ちが簡単に消えないような、「自分を広げていく」というイメージが大切なのだ。

子どもたちは、皆「成長」という言葉に反応する。

表面的にはどうであれ、どの子も「成長」への欲求を持っている。

そこにアプローチしたのがこの実践である。


どんなにいい内容の話であっても、あるいは企業のこだわりの優れた商品にしても、それが聴衆や顧客に伝わらなければ、無いのと一緒。

だからこそ、大事なのが伝える技術。

情報過多の現代、伝えるのに効果的なのが、絵や動画といった具体的に想像できる「ビジュアルなイメージ」や、心に響く「短いフレーズ」。

自分のことだけしか考えられないような利己的で小さな人間は、「ウメボシマン」。

身近な二、三人まで目を配れるのが、「イチゴマン」。

「リンゴマン」、「スイカマン」とだんだん大きな人間になってくる。

公共の場において、平気でゴミを捨てる大人がいる。

心の成長は、子どもだけでなく大人にも必要だ。

大人になってもウメボシマンでは恥ずかしい。


2014年11月26日水曜日

こんな人になりたい

ブログ「今日の言葉」から本物になる」(2014-11-19)をご紹介します。


高倉健さんって、ありがたいよね。

健さんが道をつけてくれたから、

日本人の俳優というだけで尊敬される。

松田 優作


米映画の「ブラックレイン」に出演した松田優作の言葉です。

昨夜多くの方が高倉健さんの訃報に胸を痛められたことでしょう。


過去に「今日の言葉」で紹介させていただいたエピソードを再掲します。

元特攻隊員であった濱園重義さんをモデルにした映画『ホタル』。

主人公を演じた高倉健さんに、濱園さんは、

自らが特攻隊時代に愛用していたロンジンの時計をプレゼントしたのである。

しかし、その時計は既に動いていなかった。

高倉健さんは、ニューヨーク、さらにはロンジンの本社まで問い合わせて、

九十歳を超えた老職人を探し出し、ついにはロンジンの時計を動かすことに成功した。

高倉健さんは、動いたロンジンの時計を、再び濱園さんに返したのである。


女優の綾瀬はるかさんが大河ドラマのお芝居について

高倉健さんがアドバイスされているやりとりがありました。

「綾瀬さんに

『大河ドラマでは会津弁を話すんですけど、どうやったら上手に話せるでしょうか』

と聞かれた健さんは、

『その土地の人たちとたくさん話して、方言を学びなさい』

という助言を授けたそうです」


ここからはネットで紹介されていたお話しの引用です。

『幸福の黄色いハンカチ』の冒頭で、

刑務所から刑期を終え出所した直後の食堂で、

女性店員についでもらったグラスに入ったビールを深く味わうように飲み干した後、

ラーメンとカツ丼を食べるシーンがある。

その収録で「いかにもおいしそうに飲食する」リアリティの高い演技を見せ、

1テイクで山田洋次監督から0Kが出た。

あまりにも見事だったので、山田が問い尋ねると

「この撮影の為に2日間何も食べませんでした」

と言葉少なに語り、唖然とさせた。


武田鉄矢さんが「幸福の黄色いハンカチ」の撮影当時を振り返ったときのこと。

「僕は素人俳優だから、監督にいつも怒られていましてね。

健さんが『お前、大変だったな』

となぐさめてくれるんですよ。

それで『オレばっかりいじめるんですよ』

と愚痴をこぼしたら、

『伸びないやつはしごかねえよ』と言ってくれて……。

宿まで泣きながら帰りましたよ」。


健さんがヤクザ映画で売れている頃

小林稔侍さんは駆け出しで健さんの脇役。

稔侍さんの引越しが決まった時に健さんが高額な祝儀を渡そうとしたら

稔侍さんは固辞したそうです。

そしたら引越しの当日健さんは作業着を着て引越しの手伝いに現れたと。


仕事でもプライベートでの振る舞いも、

こんな人になりたいと思える方でしたね。

2014年11月25日火曜日

恰好いいやせ我慢

ブログ「人の心に灯をともす」から空元気でも元気は元気」(2014-11-18)をご紹介します。


維新後間もなく武家は廃刀令によって武士の命である刀を奪われ、「武士」という身分さえも失いました。

しかも東北諸藩は幕府側についたために逆賊の立場です。

その日の糧さえ得るのが難しい暮らし向きだというのに、そのうえもってこの扱いでは、どれほど誇りを傷つけられたか知れません。

維新後のことを父親から聞いた祖母は、じじさまはいっそ自害するとは言い出さなかったのか、父はどうして耐えることができたのか、と訊ねたことがありました。

「すると父は笑い飛ばすような勢いで陽気に言ったのですよ。

そのようなことにへこたれてしまっては面白くないからのう。

誇りを傷つけられたなどと自害しては相手の思うつぼじゃ。

陰で奥歯を噛(か)んでいたとても平気の平左で生きてやるのよ。

お前のじじさまは誇りをもって帰農したのだ。

自らの食い扶持を自らの手でつくるのだ、誇りをもたぬわけがない。

ばばさまにしたって、お前も憶えておろう、得意のお縫いやお仕立てで一所懸命一家を支えたではないか。

どんな目に遭おうとも、どっこいそれがどうしたと、知恵と心意気で相対してやるのだ。

士族が無くなろうと西洋張りの日本国が生まれようと、武士の心意気が生きていることを見せてやるのよ。

とまあ、想像もしなかったお返事だから、私は驚いての。

けれど、これが天晴れということかと、私の気持ちまで晴れ晴れしたものです」

苦境に追い込まれて陰々滅々としてしまっては、再起を図る力など湧いてはきません。

落ち込んでしまう自分に打ち勝って、自ら陽気にしてみることは、乗り越える力を得る第一歩になるにちがいありません。

明治の日本人の姿を活写した小泉八雲は『日本人の微笑』の中で、「日本人は心臓が張り裂けそうな時でさえも微笑んでみせる」と綴っています。

東日本大震災の直後、多くを失ったにもかかわらず、微笑を浮かべながらインタビューに答える被災者が少なからずいました。

私たち日本人は困難な時でも明るく立ち向かおうとする意識を潜在的に持って生まれてきているのかも知れません。

私が沈んでいる時、「空元気(からげんき)でも元気は元気。そのうち本物の元気が湧いてくるよ」と祖母が声をかけてくれたことがありました。

苦労の多い人生を歩むことになった祖母は、折々、曾祖父の力強い言葉と、その陽気さ元気さがいかに自分の心をどれほど晴れやかにしたかを思い出したのかもしれません。

そしてその都度、「武士は食わねど高楊枝」とばかりに胸を張ったのでしょう。

見栄を張るためではない、誇りを守るための「やせ我慢」とは、なんと恰好いいやせ我慢でしょう。



武士道とは主には、「卑怯なことをしない」、「嘘をつかない」、「弱いものいじめはしない」、「惻隠の情を持つ」、「恥を知る」、「私より公を重んじる」、「理屈を言わす黙々と実践する」等々の生き方をいう。

そして、せんじつめれば、それは「やせ我慢」の精神でもあるとも言われる。

昨今、「やせ我慢」という言葉が死語のようになって久しい。

「やせ我慢」とは、損と得の道があれば、莞爾(かんじ)として笑って損の道を行くこと。

そこには他者への配慮を含めた、強烈な自己抑制が必要となる。

「どんなに苦境に追い込まれても、へこたれてしまっては面白くない」

『空元気でも元気は元気』

陽気に「やせ我慢」ができる人は恰好いい。


著者 : 石川真理子
致知出版社
発売日 : 2014-09-23

2014年11月19日水曜日

財務省予算執行調査

少し前のことになりますが、財務省により公表された「平成26年度予算執行調査の結果」をご紹介します。

予算執行調査とは、財務省主計局の予算担当職員や日常的に予算執行の現場に接する機会の多い財務局職員が、予算の執行の実態を調査して改善すべき点等を指摘し、予算の見直しや執行の効率化等につなげていく取組です。

税金を原資として運営される国立大学においても、これらの指摘を真摯に受け止め、更なる改善につなげていかなければなりません。

予算執行調査資料「総括調査票」から、項目ごとの「調査の視点」と「今後の改善点・検討の方向性」を抜粋し整理してみます。


■ 燃料の調達状況

(調査の視点)

  1. 燃料の調達について、共同調達による調達コスト削減の取組みはどの程度行われているか。
  2. 価格変動に対して、契約上どのような取り決めが行われているか。


(今後の改善点・検討の方向性)

  1. 予定数量が大きいほど、スケールメリットにより安い単価で契約できており、単独官署による調達を実施している部局においても、大半は共同調達の検討は可能と回答していることから、可能な限り共同調達の導入を図るべき。
  2. 燃料調達の契約にあたっては、その特性を踏まえ、客観的な変更基準を定めた価格変更条項を設定するなどにより、適正な価格での調達に努めるべき。
  3. 単価契約外の調達については、やむを得ない場合に限定して行い、効率的な予算執行に努めるべき。



■ ETC割引の利用状況

(調査の視点)

全国の地方支分部局におけるETC車両について、

  1. ETC割引制度を導入しているか
  2. 車両ごとにマイレージと大口多頻度を比較検討し、最適な割引制度を利用しているか(両割引制度は併用不可)

について検証し、更なる経費削減が図れないか検討する。

(今後の改善点・検討の方向性)

  1. ETC割引制度を導入していないカードについては、速やかにETC割引制度を導入すべき。
  2. ETCにおける割引制度については、平成26年4月の制度変更(大口多頻度が拡充)も踏まえ、更なる経費削減の観点から、車両の高速道路の利用状況に合わせ、マイレージと大口多頻度を比較検討し、最適なETC割引制度を利用すべき。



■ 出力機器(複写機・複合機等)の稼働状況

(調査の視点)

  1. 使用量に応じた適正な設置状況となっているか。
  2. カラー印刷は必要やむを得ないものに限定して行う等の運用となっているか。
  3. 使用頻度が低い出力機器の削減等は実施されているか。


(今後の改善点・検討の方向性)

  1. 稼働状況が低調な出力機器があるにもかかわらず、同一課室に複数の機器が設置されている等の状況が認められたことから、官署内での利用状況を把握し、機器の集約化、最適配置化を図るべき。
  2. モノクロと比べ高価なカラー印刷の利用状況に大きな乖離があり、低減する取組みが不十分であったことから、必要最小限のカラー印刷利用に向けた内規の制定等、官署において効果的な取組みを促進すべき。
  3. 上記のほか、直近の使用実績に応じた保守契約とし、更なる予算の効率化を図るべき。また、複数年契約を行っている保守契約については、直近の使用実績に応じた、変更契約を行うべき。



■ テレビに係る受信契約等の状況

(調査の視点)

テレビの設置台数を縮減し、受信料を削減することができないかとの観点から以下の項目を調査。

  1. 視聴状況について
  2. 情報源の代替性について


(今後の改善点・検討の方向性)

  1. 視聴実績がない、あるいは視聴頻度が低いテレビは、設置状況が適正かの検証を行った上で、視聴状況を踏まえた設置台数とすべき。
  2. 視聴しているテレビについても、他の方法による情報取得の可能性や業務遂行上の影響を勘案し、真に必要な設置台数とすべき。
  3. 上記状況が認められたことから、テレビ設置の必要性の検証を行っていない官署については、検証するとともに、検証済とした官署についても、再度検証すべき。
  4. なお、各官署において、削減可能としたテレビについては早急に見直し、予算に反映すべき。



■ 情報システムの運用保守に係る経費

(調査の視点)

  1. システム規模に比し、運用保守経費が過大となっていないか。
  2. サービスレベルの設定は適正になされているか。
  3. 各システムにおける運用保守経費の縮減に向けた取組状況について、他のシステムへ導入することができないか。


(今後の改善点・検討の方向性)

  1. システムの構成や使用形態により一概には言えないものの、開発経費に比し運用保守費用が多額となっているシステムについては、運用方法等を見直し運用保守経費の削減を検討すべき。また、例えば初期の開発費を抑えるため、運用保守経費の名目で開発を続けることなどがないよう、開発費の適正化にも努めるべき。
  2. 適正な運用保守経費の観点からも利用実績や障害発生状況などの把握が重要であるため、利用実態の把握に努め、可能な限りサービスレベルの設定を検討すべき。また、すでに設定済のシステムについては、利用実態に応じ、サービスレベルの適正化を図るべき。
  3. 運用保守経費については、調達機材の見直しや外部専門家の活用等により経費の削減に努めているシステムがあることから、これらの取組みを参考に経費の削減を検討すべき。また、運用保守経費の適正化のため、開発経費の把握に努めるべき。



■ 情報提供サービスの契約状況

(調査の視点)

情報提供サービスの契約状況等を調査することにより、以下の点を確認する。

  1. 情報提供サービス及び利用ID数の削減等により、経費の削減が図れないか。
  2. 地方支分部局等において個別に契約している情報提供サービスについて、本府省庁において一括調達することにより、スケールメリットを活かした調達とできないか。


(今後の改善点・検討の方向性)

  1. 必要性又は利用頻度が低い情報提供サービスについては、利用廃止を含め、契約の見直しを検討すべき。情報提供サービスの適正な配備状況の検証にあたってはID等の利用状況の把握が必要と思われるため、利用状況を把握していないID等については、把握に努めるべき。ID等の適正な配備状況を検証していない情報提供サービスについては、配備状況が適正か検証し、また、検証済の情報提供サービスについても、他官署の取組みを参考に「利用ID等の共有化」などの実施を検討し、更なる経費削減を図るべき。
  2. 情報提供サービスの調達契約の工夫による見直し等によっても、経費削減を図っている事例があることから、これらの取組みを参考に可能なものについては積極的に導入し、経費の削減を図るべき。



■ 法令外国語訳に係る経費

(調査の視点)

  1. 法令等の翻訳の推進が決定されてから10年が経過し、準拠する法令用語日英標準対訳辞書の整備等、法令等の翻訳環境が整備されている中で、翻訳経費の低減が図られているか。
  2. 翻訳の対象法令は、平成21年度以降は、毎年、各府省庁において選定され、整備計画を作成のうえ(法務省がとりまとめ)、翻訳が実施されているところであるが、翻訳の必要性の検討は十分なされているのか。


(今後の改善点・検討の方向性)

  1. 法令外国語訳については、引き続き効率的な執行に努めるとともに、契約の工夫等により、競争性を高める取り組みを検討すべき。
  2. 翻訳法令の整備計画策定に当たってはニーズや受益者の実態を十分に把握・検討し、国が翻訳を行う必要のある法令の精査を行うべき。



■ 冊子等の印刷製本に係る経費

(調査の視点)

  1. ホームページ公表やイントラネットへ掲載することで冊子等の製本・配布の見直しを行えないか。
  2. 配布部数や配布先の精査など、冊子等の製本・配布の必要性の検証が十分に行われているか。
  3. 冊子等の部数や内容等を見直すことで、印刷製本費の削減が図れないか。


(今後の改善点・検討の方向性)

  1. 冊子等について、ホームページでの公表やイントラネットへの掲載により、情報共有が可能となることを踏まえ、製本・配布の必要性について検討し、見直しを図るべき。
  2. 配布部数や配布先の精査など、冊子等の製本・配布の必要性の検証を行い、部数等の見直しを図るべき。
  3. 部数等の見直しとともに、構成の工夫や紙質の見直し等により、引き続き印刷製本費の削減を図るべき。



■ 採用に係る広報経費

(調査の視点)

  1. 採用パンフレット等の広報媒体について、作成経費が過大なものとなっていないか。
  2. 採用パンフレット等の広報媒体について、必要性や効果を検証し、その結果が活用されているか。

等の確認を行い、経費の削減が図れないか検討する。

(今後の改善点・検討の方向性)

  • 採用に係る広報媒体の作成に当たっては、当該広報による効果の目標設定・効果の検証を実施し、効率的・効果的な広報に努めるべき。特に、パンフレット等の作成経費には、大きなばらつきもあることから、他の官署の経費削減の取組みも参考に更なる経費の削減に取り組むべき。また、地方支分部局において、独自広報媒体を作成する場合には、経費の削減効果等を考慮した上で、一括での作成を検討すべき。



■ 職員研修に係る経費

(調査の視点)

  1. 研修経費の受講者(自己)負担自己啓発等のための研修について、研修受講者に自己負担を求める余地はないか。また、自己負担を求めている研修について、その負担割合はどのようなものか。
  2. 研修受講者に無償配付している教材を貸与に変更することはできないか。研修教材の購入にあたって、十分な検討が行われているか。
  3. e-ラーニングについて、その導入にあたっての十分な検討がなされているか。また、研修によっては、府省共通システムとしたり、市販のシステムを活用する余地はないか。
  4. 同一内容の研修を別々に契約している場合には、一括調達を行うことでコスト削減を図る余地はないか。


(今後の改善点・検討の方向性)

  1. 語学研修やパソコン研修、自己啓発研修等、受講者本人へ研修効果が帰属するものについては、他の府省の例も参考に、自己負担の導入を検討すべき。また、負担割合の妥当性についても検討すべき。
  2. 研修教材について、研修後の使用状況を調査したうえで、研修教材の必要性の検討を行い、貸与への変更を行うなどにより、次回以降の購入冊数の削減を行うべき。
  3. 各府省独自で構築しているシステムを利用している研修について、市販のシステム、他府省のより効率的なシステム又は複数の府省共通で構築するシステムへの変更に係るコスト削減効果等を比較し、システムの変更を検討すべき。
  4. 一括調達を実施していない部局は、経費の削減効果等を考慮した上で、導入を検討すべき。特に語学研修、パソコン研修及び自己啓発研修については、一般的な研修であることから、導入を検討すべき。



■ 健康管理に係る経費

(調査の視点)

  1. 外部の医師を健康管理医に委嘱する場合の契約について調査を行い、更なる効率化が図れないか検証する。
  2. 健康診断業務について、契約及び執行の実績を把握し、更なる予算の効率化が図れないか、また、適切に予算に反映されているか検証する。


(今後の改善点・検討の方向性)

  1. 健康管理医の委嘱については、勤務実態に即した契約となるよう、契約内容を見直し、経費の削減を図るべき。特に、年間で数時間程度の勤務実績にもかかわらず、月額等で契約を行っている場合は、実質的な勤務時間を勘案した適切な契約となるよう見直すべき。
  2. 健康診断業務の調達については、予定価格100万円を超える随意契約や競争参加資格以外の条件を付している契約について競争性を高めるとともに、共同調達の実施も検討するなど、経費の削減を図るべき。また、健康診断業務の予算については、予算執行状況を踏まえ、適切に予算に反映すべき。

2014年11月18日火曜日

ハッとする言葉

ブログ「今日の言葉」から謙虚さがなくなる兆候」(2014-11-13)をご紹介します。


1. 時間に遅れだす。

2. 約束を自分の方から破りだす。

3. 挨拶が雑になりだす。

4. 他人の批判や会社の批判をしだす。

5. すぐに怒り出す(寛容さがなくなる)

6. 他人の話を上調子で聞き出す。

7. 仕事に自信が出てきて、勉強しなくなる。

8. ものごとの対応が緩慢になる。

9. 理論派になりだす(屁理屈を言う)。

10. 打算的になる(損得勘定がしみつく)。

11. 自分が偉く思えて、他人がバカに見えてくる。

12. 目下の人に対して、ぞんざいになる。

13. 言い訳が多くなる。

14. 「ありがとうございます」という言葉が、少なくなる(感謝の気持ちがなくなる)


誰もがどれかにはハッとする言葉ではないでしょうか。

特に社会人経験が多くなったり、職位が上がってくると

気を付けなければならないことばかりだと思います。

この14の項目は意識するだけでは不十分で、

実際に行動レベルにまで落とさなければ相手に伝わらない。

時間に遅れないように行動する。

約束を守る。

丁寧で元気な挨拶をする。

他人の話を傾聴する。

ありがとうと伝える。

などなど。

自らの実践が自分の人生を変えるツールです。

2014年11月17日月曜日

日本が今よりも好きになれる

オーストラリアの映像作家、デイヴィッド・アンソニー・パーキンソンさんが制作した「LOVE JAPAN」をご紹介します。

2014年11月16日日曜日

自ら経験しなければならない

ブログ「今日の言葉」から立ち向かう勇気」(2014-11-14)をご紹介します。


大切なのは評論家ではない。

実力者がどのようにつまずいたか、

善行家がどこでもっとうまくやれたかを

指摘する人物はいらない。


顔を泥と汗と血でよごしながら、

実際に現場で闘っている男。

勇ましく立ち向かっている男。


何度も判断をあやまって、期待にそえない男。

大いなる熱意と献身についてわかっていて、

りっぱな大義に身をささげている男。


最善の場合は、最終的に大成功をおさめた喜びを知っている男。

最悪の場合は、たとえ失敗したとしても、

勝利も敗北も知らない、

冷たくて臆病な連中とは違う、

あえて勇敢に立ち向かって結果として失敗した男。

そういった男たちをこそ、称賛すべきなのだ。


セオドア・ルーズベェルト



成功でも失敗でも良いから、自ら経験する事の大切さを説いています。

人は自分の人生の主人公であって、

他人の人生を生きることはできない。

同じ事が起こったとしても感じ方、捉え方、学べることは異なるものです。

詩人のリュッケルトもこう語っています。

『経験は数千年前からなされてきたが、

その跡をたどっても無駄である。

他人が自己のために経験したことは、

そのまま諸君には通用しない。

諸君は己自身のために経験しなさねばならない。』

論語や聖書などの2,500年以上も前の言葉が今も息づいているのは、

人が自ら経験しなければ実感できないからなのでしょうね。

2014年11月13日木曜日

私淑(ししゅく)

ブログ「今日の言葉」から変化」(2014-10-23)をご紹介します。


今の自分に疑問や不安を感じたら、

それは、変化しなさいという心の声です。

葉 祥明


他人と比較して、成功度合いや幸福度合いを判断するのは

意味がないだけではなく、

判断基準を他人に預けてしまうことになり、

自分らしさを失うことになるのでやめた方がいい。

しかしながら、自分が「こんな人になりたい」と

憧れや目標になるようなイメージが出来るのであればそれは別。

そのイメージとの比較が「今の自分に疑問や不安」を感じるという事なのだと思います。

本を読んだり、講演を聴いたりして、

私淑できる心の師匠をまずは持つこと。

さらに身近にそういう理想像になり得る人がいたら最高ですね。

もしそういう環境にあるならば、躊躇せずその人に話しかけてみましょう。

教えを請うてみましょう。

自分が思っているほど、そのハードルは高くないですから。

2014年11月12日水曜日

むずかしいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く

ブログ「今日の言葉」から正しいこと」(2014-10-16)をご紹介します。


「正しいことを言えば、わかってもらえる」とか

「これは常識的なことだから」と考えるのですが、

人はいつも<正しい>ことを受け入れるのではなくて、

<温かいもの>を受け入れるのです。

人間関係が、柔らかく温かいものであれば、

問題は必ずクリアされていきますが、

その人との関係がうまく形成されていなければ、

いくら正しいことを主張しても、

相手は聞き入れてはくれません。

まず先に、基本的な人間関係を築くことが大切です。

親子でさえも。

小林 正観


言葉は相手の心に届かなければ意味が無いわけで、そのためにも覚えておきたい教えです。

作家の井上ひさしさんがインタビューでこう語っていました。

『むずかしいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く』

また吉野弘氏の「祝婚歌」という詩にこんなフレーズがあります。

『正しいことを言うときは、少し控えめにする方がいい。

正しいことを言うときは、相手を傷つけやすいものだと気付いている方がいい。』

2014年11月11日火曜日

高い塔を建ててみなければ、新しい水平線は見えない

ブログ「今日の言葉」から高く掲げる」(2014-10-06)をご紹介します。


生まれた時は、

誰もが前向きに生まれて来た。

誰かがあきらめ方を教えた。

出来ないと思い込まされてきた。

あきらめ方を教えなければ、

子どもたちはすごく前向きに育つ

植松 努


目標を高く掲げ北海道の小さな町工場植松電機で、宇宙ロケット用のエンジン開発をされている植松さんのお話です。

植松さんはこんなお話もされています。

『「それは、理想論だ。きれいごとだ。」と言う人がいます。

理想論のきれいごとだけで、宇宙開発もできるんです。

理想とは、届かなくてもいいんです。

理想とは、北極星です。

北極星は、430光年の彼方にあるため、誰も到達できません。

でも、北極星のおかげで、北がわかり、南も西も東もわかります。

だから、地平線の向こうにも、水平線の向こうにも行けたのです。

「理想なんか届かないから」と捨ててしまうと、見える範囲でしか歩けなくなります。

理想とは、届く届かないは、どうでもいいんです。

理想は、高く高く持つのです。

理想を持てば、やがて地平の向こうまで行くことができるのです。』

また観測衛星はやぶさプロジェクトを指揮された川口淳一郎教授もこう話されています。

『「高い塔を建ててみなければ、新しい水平線は見えない」と申させていただくのですが、いまのレベルに安住して、足元を固めることばかりに一所懸命になっていたら、絶対にその先にある地平線は見えません。

私たち「はやぶさ」プロジェクトも客観的に見れば成功するかどうかは未知数でした。』

リーダーである方々は、高い目標を掲げて地平線を見させてあげてメンバーを鼓舞し、絶対的な明るさで周りを照らして行くことが大事ですね。

2014年11月10日月曜日

大学は何のためにあるのか

大学に行く理由」(2014年10月31日日経ビジネス)をご紹介します。


数日前、ツイッター上に流れてきた一連の資料が、タイムラインの話題をさらった。

内容は、このようなものだ。

この中で、論者は、日本の大学を「Gの世界」(グローバル経済圏)に対応した「G型(グローバル型大学)大学」と、「Lの世界」(ローカル経済圏)に対応した「L型(ローカル型)大学」という二つのコースに分離させるプランを提示しているわけなのだが、特にツイッター上の人々の注目を引いたのは、7ページ目に出てくる図表だ。

この図表は、「L型大学で学ぶべき内容(例)」として、以下のような実例を挙げている。

※文学・英文学部→「シェイクスピア、文学概論」→ではなく→「観光業で必要となる英語、地元の歴史・文化の名所説明力

※経済・経営学部→「マイケル・ポーター、戦略論」→ではなく→「簿記・会計、弥生会計ソフトの使い方」

※法学部→「憲法、刑法」→ではなく→「道路交通法、大型第二種免許・大型特殊第二免許の取得」

※工学部→「機械力学、流体力学」→ではなく→「TOYOTAで使われている最新鋭の工作機械の使い方」

いかがだろうか。

私は、一瞥して、アタマがくらくらした。

大学に通う人間が、シェイクスピアや、憲法や、物理数学の基礎理論の講義をすっ飛ばして、観光英語の習得にはげみ、会計ソフトの使い方に血道をあげ、工作機械の操作法を身につけねばならないのだとすると、そのキャンパスでは、いったいどんな会話がかわされるものなのだろうか。

「おまえ2限のTOYOTAアセンブリーラインカンバンしぐさ心得、単位とれそうか?」

「てゆーかASAKUSAおもてなしイングリッシュ必須700カンバセーションがキツ過ぎてそれどころじゃない」

「それより、イケてるパワポプレゼンでクライアントもメロメロさ講座が〆切間近だぞ」 

いや、このお話(L型大学の話)が出てきたのが新橋の居酒屋のカウンターで、熱をこめて語っているのが、そこいらへんの田舎コンサルのオヤジであったのなら、私とて、適当な相槌を打っておくにやぶさかではない。

事実、

「学問なんてものは学者さんがやればいいことで、オレら市井の男たちには関係ないよな?」

てなことを主張してる中小企業の管理職はヤマほどいるわけだし、正直な話をすれば、私自身、その彼らの主張にまったく理がないとも思っていない。

でも、これは、文科省経由で出てきているお話だ。

お話の出どころは、「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議」という、文科省が招集している歴とした審議会である。

ちなみに、先の資料は、その「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議」の第1回の会合(平成26年10月7日開催)の折りに配布された資料のうちのひとつで、経営コンサルタント冨山和彦氏の手になるものだ(こちら→「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議(第1回) 配付資料」の「資料4」)。

ということはつまり、天下の文部科学省が招集した会議で、こういう内容の資料が配られていることになるわけで、てなことになると、私もさすがに、国家百年の未来を、懸念せずにはおれないのである。

お国のトップが、新橋の酔っぱらいがクダを巻くみたいな調子で、お国の将来を背負って立つ次世代の若者たちの教育計画を立案しにかかっているんだとしたら、それこそ一大事ではないか。

というよりも、これは、大学教育破壊計画と言えないだろうか。

このお話には伏線がある。

というよりも、エリート教育と産業用人材の育成を分離して考える計画自体は、自民党内および経済界の中に古くからわだかまっていた、いわば保守本流の思想なのであって、いまさら私がびっくりしてみせているのは、実はカマトトぶりっこなのである。

2000年の7月、前・教育課程審議会会長であった小説家の三浦朱門氏は、斎藤貴男氏の質問に対して以下のように答えている。

《学力低下は予測しうる不安というか、覚悟しながら教課審をやっとりました。いや、逆に平均学力が下がらないようでは、これからの日本はどうにもならんということです。落ちこぼれの手間ひまをかけたせいでエリートが育たなかった。だから日本はこんな体たらくなんだ。つまり、できんものはできんままで結構。戦後五十年、落ちこぼれの底辺をあげることにばかり注いできた労力を、できるものを限りなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼らが国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです。》(出典は『機会不平等』斉藤貴男著、文芸春秋)

それ以前にも、たとえば、1995年の7月に、経済同友会副代表幹事だった桜井正光氏が、さる私立大学の学生生活指導担当者の研修会で、こう述べている。

《--略-- 現時点で必要な人材を、その人材が要求する金額で採るとなれば契約社員のような形になって、これだけでも新卒一斉採用は崩れるしかないのです。あとはロボットと末端の労働力ですが、賃金にこれほどの差があるのでは、申し訳ないけれど東南アジアの労働力を使うことになるでしょう。》

こうして文字にしてしまうと、どうにも冷血かつ野卑な奴隷監察官の台詞じみて聞こえるかもしれないが、実際のところ、こうした考えは、わが国の良民常民の中で営々と受け継がれてきたド真ん中の思想だったわけで、少なくとも私の両親の世代の庶民は、おおむね、こんな調子だった。

私なども、おそらく古い親戚の間では、大学を出たおかげで生意気になった小僧ぐらいに思われいてるはずだ。

たいした学問がついたわけでもないし、博士か大臣になったわけでもない。なのに口ばっかり達者になって、法事や墓参りを億劫がるのは、親が見栄を張って大学なんかに行かせたせいだ、と、そう考えている旧世代が、まだそのへんに生き残っている。だから面倒だというのだ。

つまり、「学問なんてものは、学者がやっていればいい」と考える層は、依然として、うちの国のコア層なのである。

なにより、安倍首相ご自身が、そうおっしゃっている(こちら→「平成26年5月6日 OECD閣僚理事会 安倍内閣総理大臣基調演説」)。

今年の5月に開催されたOECDの閣僚理事会の席で、世界中のVIPを前に安倍首相は

「だからこそ、私は、教育改革を進めています。学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な、職業教育を行う。そうした新たな枠組みを、高等教育に取り込みたいと考えています」

と言い切っている。演説の全文は、いまでも官邸のウェブサイトに残っている。

もう一度よく読んでみてほしい。安倍さんは

「学術研究を深めるのではなくて」

と、あきらかに言ってしまっている。

ということは、一見、素っ頓狂な勇み足に見えた一コンサルタントの提案は、実に、首相の意を受けた(あるいは「忖度した」)プランだったのであり、彼の言う、L型、G型という安物の商品企画みたいなプランニングは、この先、本当に実現してしまうかもしれないのである。

なんということだろう。

安倍首相ならびに文科省は、大学の機能のうちの研究・教育機関としての部分はコストパフォーマンスが良くないという理由から、最上級のノーベル賞候補育成の部分だけ残して解体してしまいたいのかもしれない。

でもって、偏差値トップ校以外の普通の大学は、ホワイトカラー育成牧場みたいなもの改造する、と。

このプレゼン資料の中に底流している「劣った者がローカルにとどまり、優れたものがグローバルに羽ばたく」という思想は、文科省が出してくるあらゆるプランに通底している。のみならず、安倍首相ならびにその応援団である財界人がことあるごとに繰り返している日本改造計画の基本スキームでもある。

が、実際のところ、「グローバル」と「ローカル」を分かつものは、必ずしも「優劣」ではない。

英語のテストで優れた成績を残した生徒が海外に留学する例はもちろんあるし、同じジャンルの工業製品のうち、最も高い売上を記録した優良ブランドだけが海外に輸出されるという局面もある。

が、元来、「ローカル」と「グローバル」は、「地場のもの」と「国際市場向けのもの」を峻別するための暫定的な指標に過ぎない。

両者の間にある違いは、優劣ではない。

どちらかと言えば、「換金性」(金に換算できる性質)や、「普遍性」が、「グローバル」の条件であり、逆に「ローカル」にとどまるものは、「個別的」で「独特」で「換金不能」な物件ということになる。

たとえば、鮒寿司や納豆やある種の萌えコンテンツや、留め袖や文楽のようなものは、どうしても「ローカル」にとどまる。劣っているからではない。独自で、文化的で、翻訳困難で、換金性が低いからだ。

対して、電気カミソリや、USBメモリや、小麦粉や、忍者ソードは、グローバルな市場に出て、海外の顧客を相手にするようになる。単に優れているからではない。平明で、普遍的で、市場的で、換金性が高く、移動に好適だからだ。

もうひとつ大切なポイントは、「グローバル」「ローカル」というこの二区分法が、元来、商品を評価するための指標だということだ。

であるから、企業や、商品や、ビジネス上の慣習や、市場や価格について語るにおいて、「G型」と「L型」の区分けは不可欠であるのだろうし、また、商品に限って言うなら、「Gの世界」と「Lの世界」の間には、基本的な「優劣」の差があるとも言える。

しかし、「人間」「学問」「教育」「文化」「国民生活」といった「カネに換算できない諸価値」について、「グローバル」「ローカル」の二区分法を当てはめてしまうと、GとLの物語は、いかにも乱暴な話になってしまう。

ついでに言えば、「劣った者がローカルにとどまり、優れた者がグローバルではばたく」という文科省の発想の前提は、そのまんま植民地商人の精神性そのものであり、大学を卒業した人間に「G」と「L」の焼き印を押して区別しようとする態度は、ほとんど奴隷商人のやりざまと言って良い。

エリート教育についてもひとこと言っておく。

安倍さんは、裾野も山腹も無しに、頂上だけで山が作れると思っている。

いや、安倍さんが何を考えているのか、本当のところはわからない。

でも、こっちから見ていると、そう思っているように見える。

そう見えてしまうところが、つまりは、あの人の教養の乏しさなのだと思う。

とすると、大学のキャンパスというのは、長い目でものを見ることのできる人間を育てる空間だったわけで、安倍さんはそこでしくじったから、大学を壊そうとしているのかもしれない。

建前論を言うなら、大学は、そもそも産業戦士を育成するための機関ではない。

労働力商品の単価を上げるための放牧場でもない。

「じゃあ、何のための場所なんだ?」

と尋ねられると、しばし口ごもってしまうわけなのだが、勇気を持って私の考えを言おう。

大学というのは、そこに通ったことを生涯思い出しながら暮らす人間が、その人生を幸福に生きて行くための方法を見つけ出すための場所だ。

きれいごとだと言う人もいるだろう。

が、われわれは、「夢」や「希望」や「きれいごと」のためにカネを支払っている。

なにも、売られて行くためにワゴンに乗りにいくわけではない。

最後に、これは、森田真生さんという独立数学者がその「数学ブックトーク」というイベントの中で紹介していたお話の受け売りなのだが、安倍首相のためにあえて引用することにする。

いまは、誰もが知り、誰もが使い、すべての産業の基礎を作り替えつつあるデジタルコンピュータは、20世紀の半ばより少し前の時代に、ごく限られた人間の頭の中で、純粋に理論的な存在として構想された、あくまでも理論的なマシンだった。

「もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な、職業教育」というところから最も遠く、実用と換金性において最弱の学問と見なされていた数理論理学の研究者であったチューリングやノイマンの業績)の研究が、20世紀から21世紀の世界の前提をひっくり返す発明を産んだのである。

なんと、素敵な話ではないか。

目先の実用性や、四半期単位の収益性や見返りを追いかける仕事は、株価に右往左往する経営者がやれば良いことだ。

大学ならびに研究者の皆さんには、もっと志の高い、もっと社会のニーズから離れた、もっと夢のような学術研究に注力していただきたい。

採算は度外視して良い。

大学は、そこに通った人間が、通ったことを懐かしむためにある場所だ。

本人が通ったことを後悔していないのなら、その時点で採算はとれている。

2014年11月8日土曜日

魅力のリトマス試験紙

ブログ「人の心に灯をともす」から運を上げるチャンス」(2014-10-06)を抜粋してご紹介します。


町内や職場での一斉のドブ掃除や、大掃除をやったようなとき、手を抜く人か、一所懸命にやる人かすぐに分かってしまう。

社会的地位に関係なく、身を粉にして動く人は魅力がある。

雑用や、面倒な作業、人から嫌がられるような作業は、魅力のリトマス試験紙。

ある講演会の時、講師が「講演が終わった後、自分の書いたホワイトボードの字をきちんと消して帰るかどうかで、その講師の評価が決まる」と言っていた。

後始末がきちんとできる人かどうかで、言っていることとやっていることが違う、と思われてしまうからだ。

「雑用や面倒な仕事は運を上げるチャンス」

人から嫌がられる仕事ほど、ニコニコしてやれる人でありたい。

2014年11月7日金曜日

大海は常に濁らない

ブログ「今日の言葉」から海になれ」(2014-10-03)をご紹介します。


小さい川は濁りやすい。

大きい河はちょっとでは濁らない。

大海は常に濁らない。

人間の心も小さいわれにとらわれたときは濁りやすい。

心を広げてわれに囚われないようにする。

自然な公平な立場にあって相手の立場を理解する。

このとき心は大きく広くなる。

こうして濁りやすいわが心は、
 
次第に濁りがなくなる。

自分のいい分、自分の立場に

囚われないことを心掛けることが、

伸びる一つの条件である。

常岡 一郎


海のような広い心を持つためには、自分のことを優先する小さな我、「小我(しょうが)」ではなく、人を喜ばす存在になろう、人を幸せにしようという大きな我、「大我(たいが)」で行動することが必要です。

かのガンジーもこう言っていますね。

「人間性への信頼を失ってはならない。人間性とは大海のようなものである。ほんの少し汚れても、海全体が汚れることはない。」

2014年11月6日木曜日

日本人であることの恩恵

ブログ「人の心に灯をともす」から平成生まれの愛国心」(2014-10-03)をご紹介します。


海外で活動していると、世界じゅうで日本人であることの恩恵を感じることができる。

たとえばタクシーに乗ったとき、ドライバーから「おまえは中国人か、韓国人か。それとも日本人か」と聞かれることが多いのだが、「日本人だ」と答えると、「日本人か!おまえたちはナイスだ!」と満面の笑みを返してくれる。

途上国の人びとにとっては、戦後の焼け野原から力強く復興した日本は、いまでも驚異の存在であり、自分の国が参考にできる点はないかと貪欲に学ぼうとしている。

僕の師匠、一橋大学の米倉誠一郎先生はインド、南アフリカなど世界各地でプレゼンテーションをするとき、東京の焼け野原の写真から始める。

上野から東京湾にかけて焦土が広がり、国会議事堂だけがぽつんとその姿を見せている。

そのあとに、モダンなビルが緑に囲まれている現在の東京の写真が続くと、会場はどよめく。

「なぜ日本はゼロから世界ナンバー3に駆け上がれたのか」。

こんなに底力のある国は、世界のどこを探しても存在しない。

こうした評価はとくにバングラデシュで強い。

ODA(政府開発援助)やJICA(国際協力機構)の関係者が数多く国際貢献活動に取り組んでおり、現地の人から「あの橋をつくったのは日本人なんだろう?」と、さも当たり前のように言われたこともある。

1971年にバングラデシュが独立した際、世界に先駆けて日本が独立国として承認したことも、彼らを親日家たらしめている理由。

国際貢献活動の目的の一つは、自分たちの国のブランド力を高めるところにあると僕は思う。

ことバングラデシュに関しては、その戦略が非常にうまくハマっているのだ。

もちろん僕自身も、海外にいるときに何度、日本のすばらしさ、力強さを実感したかわからない。

洪水に浸るバングラデシュの首都ダッカで、日本の都市計画の緻密さを。

険しい山間部を進むルワンダの路線バスで、日本の新幹線の快適さを。

F16戦闘機の飛行音が鳴り響くガザで、日本の平穏さを。

貧困にあえぐロマ族(ジプシー)を数多く抱えるハンガリーで、日本のセーフティネットの手厚さを。

自国の通貨が崩壊している国コソボで、円の世界的強さを…。

そのとき僕は、素直に、日本のことを「すごい」と思った。

「好き」だと思った。

「愛(いと)しい」と思った。

海外でプロジェクトに取り組む仲間に聞いても、みな口々に同じことを言う。

これこそが僕たち平成生まれの、リアルな「愛国心」である。

忘れてはならないのは、僕たちがこうした想いを抱けるのは、先輩世代の長年にわたる、とてつもない努力と貢献のおかげだということ。

そのことを認識し、感謝しないことには、海外で日の丸を背負って活動する資格はないと思っている。


税所篤快(さいしょあつよし)氏は、1989年生まれの25歳で、国際教育支援NGOの創業者。

19歳でバングラデシュに渡り、2014年には世界銀行本部イノベーションコンペ最優秀賞を受賞。

その後、仲間たちと五大陸での教育革命を掲げて7ヶ国で同事業を展開中の若き快男児だ。

「井の中の蛙(かわず)大海を知らず」という言葉があるが、日本にいると日本のよさに気づかない。

これは国だけでなく、会社や家族についても同じことが言える。

会社を辞めて起業したり、生まれた町や、家族から離れてみて初めて、その大切さや有難さに気づく。

日本にいるときに「愛国心」や「郷土愛」、家庭での「家族愛」の教育をしたところで、それがストンと腑(ふ)に落ちることは少ない。

なにもかも恵まれた生活ではその有難さに気づかない。

もっと日本のすごさに気づき、素直な愛国心を持ちたい。


2014年11月5日水曜日

しょうもないこともできへん奴は、もっとしょうもない

ブログ「人の心に灯をともす」からしょうもない仕事」(2014-10-02)をご紹介します。


立ち飲み屋で働いていた時、とても仕事がつまらなくなった時期がありました。

毎日毎日ビールや串カツを運ぶだけ、なんだかくだらない仕事だなぁと正直思っていました。

それが顔や動きにも出ていたのだと思います。

ある日、常連のおっちゃんに突如突っ込まれました。

「兄ちゃん、最近やる気ないな。」

「そんなことないですよ。」

「いいや、見たらわかるで。こんな仕事しょうもないと思ってるやろ。」

「いや、そんなこと…。」

「顔に書いてあるわ。けどな、しょうもないと思う仕事こそちゃんとせなあかんで。

毎日Sさん(立ち飲み屋の先輩)は兄ちゃんに注意しとるやろ。

ということはあんたはまだまだ仕事ができてへんねん。

しょうもないと思ってる仕事もちゃんとできへんちゅうことは、兄ちゃんもまだまだしょうもない人間やと言うことや。

しょうもない仕事を一生懸命やってできるようになったら、そこではじめて出世するねんで。」

うーん、悔しいけど何も言い返せない…。

見事な指摘でした。

それから先、仕事をしていてだらけたり手を抜きそうになった時は、このおっちゃんの言葉を思い出します。

「しょうもないこともできへん奴は、もっとしょうもない。」

ちなみに、この会話には続きがありました。

「おっちゃん、ええこと言いはりますね。ありがとうございました。ちなみに、おっちゃんは何してはるんですか?」

「わしは東大阪の工場や。金属を加工し続けて勤続(キンゾク)40年!…笑ってええで…まあ、しょうもない仕事やけど、一生懸命やるのだけは誰にも負けへんな。」

「すごいですね。しょうもない仕事(笑)を一生懸命40年やって!今は出世して偉いさんですか?」

「ずーっとヒラや(笑)」

笑いまで教えてくれたのでした。


小さな約束を守る人は、信頼され、多くの人から好かれる。

だから、軽い気持ちで言った小さな約束こそ、忘れずに守らなければならない。

同じように、しょうもない仕事こそ、人から見られている。

一生懸命にやる人か、手を抜いたり投げやりにやる人か。

人は、立派な学校を出たとか、物事をたくさん知っていて頭がいいとか、そういうことでは人物判断をしないものだ。

挨拶や返事がしっかりしているとか、掃除をちゃんとする人だとか、いつも約束の時間の30分前に来ているとか、ニコニコとして明るいとか、そういう些細なことで、この人は「いい人」だとか、「将来伸びる人間だ」とかを、わかってしまう。

「しょうもないこともできへん奴は、もっとしょうもない。」

どんな小さなことも手を抜かず、一生懸命やる人間でありたい。

2014年11月4日火曜日

大事なことは努力する過程で得られたもの

ブログ「今日の言葉」からそれでもなお」(2014-10-01)をご紹介します。


逆説の10カ条

  1. 人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。それでもなお、人を愛しなさい。
  2. 何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。それでもなお、良いことをしなさい。
  3. 成功すれば、うその友だちと本物の敵を得ることになる。それでもなお、成功しなさい。
  4. 今日の善行は明日になれば忘れ去られてしまうだろう。それでもなお、良いことをしなさい。
  5. 正直で素直なあり方はあなたを無防備にするだろう。それでもなお、正直で素直なあなたでいなさい。
  6. 最大の考えをもった最も大きな男女は、最少の心をもった最も小さな男女によって打ち落とされるかもしれない。それでもなお、大きな考えを持ちなさい。
  7. 人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていかない。それでもなお、弱者のために戦いなさい。
  8. 何年もかけて築いたものが、一夜にして崩れさるかもしれない。それでもなお、築きあげなさい。
  9. 人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。それでもなお、人を助けなさい。
  10. 世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。

ケント・M・キース


「人生の意味を見つけるための逆説の10カ条」と副題のついた『それでもなお、人を愛しなさい』という本にて出版された「逆説の10ヵ条」です。

これは1968年に当時大学生だった著者が高校生向けの小冊子に記した「逆説の10カ条」で、30年の年月をかけて、口づてで、写しで、インターネットで本人の知らない間に、ゆっくりと広まり、世界中で愛される格言となっていたものだそうです。

さらにはマザー・テレサもこれに感動し、引用されたとも言われています。

顔晴ったとしても、辛いことの方に目が向いてしまうこともあるでしょうが、パッと見では気づかない良いことも沢山あるでしょう。

大事なことは、「それでもなお」と努力する過程で得られたものなのかもしれません。

2014年11月3日月曜日

普通

ブログ「人の心に灯をともす」から500億円よりも価値のあるもの」(2014-09-30)をご紹介します。


鳥取県に「野の花診療所」というホスピスケアの診療所があります。

この診療所の所長で、エッセイストでもある医師、徳永進さんがまだ勤務医の頃、不治の病にかかっている1人の患者さんにこんな質問をしたそうです。

「死ぬ前に何かしたい事はありますか?」

すると、聞かれた女性は、こう答えたというのです。

「道を歩いてみたい」

その患者さんはこう続けます。

「右に曲がると、スーパーがある。

いつもの買い物をして主人の酒のつまみを作る。

死ぬ前に、そんな、スーパーへ続くありふれた道をもう一度歩いてみたい」

何ということ事もない、何気ない日常が、命を支えている。

徳永さんは、患者の言葉で、その事に気が付いたと語っています。

目の見えないカップルは、いつもお互いの顔を触り合うそうです。

2人の夢は「一秒でもいいから相手の顔を見る事」。

ずっと耳が聞こえなかった29歳の女性が、人工内耳を付けて、生まれてはじめて人の声を聴く瞬間の映像を観た事があります。

医者が語りかける声を聴いた女性はボロボロと感激の涙を流し、号泣し続けていました。

ありふれた道を、普通に歩ける事。

恋人の顔を普通に見られる事。

好きな歌手の歌声を普通に聴ける事。

友達と笑いながら普通におしゃべりできる事。

普通。

普通。

普通。

それらのすべてが、実は奇跡なのですね。

時々、それを思い出すだけで、世界を見る目は必ず変わります。


セラピストのひすいこたろうさんは講演会でこう語っていました。

「500億円。

誰だって欲しいですよね、500億円。

でも、もし、こう言われたら、あなたはそれでも500億円を欲しがりますか?」

「目と耳と交換なら500億円あげる」

あなたも私も、なんと、「500億円よりも価値のあるもの」をすでに持っている。

我々が普通にすごしている毎日。

病気や、事故や、天災に出会ったときに、初めてその当たり前の毎日がいかに有難かったかに気づく。

我々は、「500億円よりも価値のあるもの」をすでに持っている。

文句やグチを言いたくなることがあったら、この言葉を思い出したい。

当たり前で普通の日々をおくれることこそが奇跡。

どんなことにも感謝の気持ちを忘れない人でありたい。


2014年11月2日日曜日

国策としての沖縄差別

朝日新聞天声人語「沖縄県知事選が問うもの」(2014年11月1日)をご紹介します。


自分はどこに帰属しているのか。本土の人は普段あまり考えないだろうことを、沖縄県の多くの人々はいつも意識しているのかもしれない。次のような一文がある。

「古来琉球から息づく歴史、文化を継承しつつも、また私たちは日本の一員としてこの国の発展を共に願ってもきた」。昨年1月、県内の全市町村の首長、議長らが安倍首相に出した「建白書」の一節である。いわば沖縄の総意として、米軍普天間飛行場の県内移設断念などを求めた。

沖縄人であると同時に、日本人でもある。建白書に見られるような独特の自己像を、作家で元外交官の佐藤優(まさる)さんは「沖縄評論」と銘打つ近著で、複合アイデンティティーと呼ぶ。母が沖縄県の久米島(くめじま)出身で、自身もルーツがあると意識している。

佐藤さんは、このところ自分は日本人から沖縄人の方へシフトしつつあると書いている。普天間の県内移設を進めようとする政権の手法に、米軍基地の集中という「構造的な沖縄差別」の強化を見るからだ。

沖縄県知事選がおととい告示された。異例の保守分裂選挙である。建白書に込められていたはずの総意は、昨年来の政権の攻勢ですっかり分断された。県内移設を拒むか、受け入れるか。そこには、沖縄人と日本人という二つの自己像のどちらにより傾くかという問題も横たわっているようにみえる。

それは多くの県民にとって戸惑いに満ちた選択かもしれない。苦渋を強いているのは差別の構造であり、国策であることを忘れまい。

2014年11月1日土曜日

自分が出来ることを尽くす

ブログ「今日の言葉」から偉大なこと」(2014-09-30)をご紹介します。


偉大なことを成し遂げたいなら

自分が今いるところからはじめなさい

自分が持っているものを使って

自分にできることをしなさい

アーサー・アッシュ


男子テニスプレイヤーのアーサーの言葉です。

マザーテレサもかつて

「世界平和のために私が出来ることは何ですか?」

と質問してきた人に、

「家に帰って家族を大切にして下さい」

と言ったことを答えたそうです。

何か遠いところや大きいことに作用させるのではなく、

目の前のことに、自分が出来ることを尽くす。

この「自分が出来ることを尽くす」というのがなかなか難しいのでしょう。

昨日の「おしゃれ」でも書いたように、

どんなときも笑顔でいるようにするとか、

元気な挨拶や返事をするとか、

先延ばしにせず、すぐやるとか。

出し尽くすと新しい力が注ぎ込まれて来るものですよ。