教育費の家計負担の軽減、そのための高等教育への公財政出の拡大が大きく求められている中、特に国立大学は、第2期中期目標期間を目前にした今、国民に意識してもらえるかどうかの試金石に立たされており、責任ある行動が求められています。
前回の日記では、来年度予算に関する財務省の持論展開である建議「平成22年度予算編成の基本的考え方について」をご紹介しました。今回は、その財務省と対峙する文部科学省の立場から、先般国立大学協会がとりまとめた「『安心社会』実現に貢献する国立大学の振興に向けて」という関係者に向けた要望書と、去る5月28日に教育再生懇談会がとりまとめた第4次報告をご紹介します。
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「安心社会」実現に貢献する国立大学の振興に向けて(要望)-活力ある人材育成と教育の機会均等-
この要望書は、国会議員や安心社会実現会議委員等をはじめとした各方面への働きかけに活用するために国立大学協会で作成したものです。
要望事項
1 「骨太方針2006」による国立大学運営費交付金の1%削減の撤廃と拡充
2 学生に対する経済的支援の充実(授業料標準額の減額、授業料の減免の拡大、奨学金の拡充など)
3 OECD諸国水準を目指した大学等への公財政支出の拡充
現在我が国は、深刻な「経済危機」に見舞われています。本協会は、我が国が、この未曾有の危機を克服し、国民の不安を払拭して持続的な発展を図るためには、従来から国立大学が果たしてきた、我が国の知の創造拠点としての役割(国際競争力の源としてのナショナルセンター機能と、地域社会・経済を支えるリージヨナルセンター機能)を更に強化・充実することが不可欠であると考えております。
しかるに、国立大学の基盤を支える運営費交付金は、「骨太方針2006」により、平成23年度までの5年間にわたって対前年度比1%の削減が続けられる予定となっています。各法人ではそれぞれ懸命の努力により対応しているものの、このままでは、遠からす教育の質を保つことは難しくなり、学問分野を問わず、基礎研究や萌芽的な研究の芽を潰すだけでなく、地域医療の最後の砦としての機能や一部国立大学の経営が破綻するなど、我が国の高等教育・研究の基盤が根底から崩壊し、回復不可能な事態に立ち至ることが危倶されます。
また、経済危機により、大学への進学や修学に向けた学生・保護者の不安は深刻の度を増してきています。国際比較の観点からも、日本の学生に対する経済的支援は極めて貧弱であり、教育の機会均等は大きく脅かされております。
資源の少ない我が国にとって、優れた高等教育を受けた将来を担う人材は、国力の源泉です。OECD諸国をはじめ諸外国が大学等に重点投資を行い、優秀な人材を惹きつけ、育成しようとしている中で、ひとり我が国だけが投資の削減を続けていては、国際的な競争に打ち勝つことは困難であるのみならす、将来にわたって日本の国力が衰微していく懸念を強く持つところです。現在でも大学等への公財政支出が対GDP比でOECD加盟国中最下位であることは、周知の事実です。このような状態では、国民の望む「安心社会」の実現は期しえません。
つきましては、国立大学の果たしている役割にご理解を頂き、運営費交付金の削減方針を次年度以降撤廃するとともに、国からの財政的支援をできる限り早期にOECD諸国並みに拡充していただきますよう、お願いいたします。
さらに、昨今の経済危機の中で教育の機会均等を確保するため、授業料標準額の減額、授業料の減免の拡大、奨学金の拡充などの必要な措置を早急に講じていただきますよう、お願いいたします。
【追加掲載】
「「安心社会」実現に貢献する国立大学の振興に向けて(要望)」を提出(2009年5月18日 国立大学協会)
国立大学協会は、5月18日(月)より、安心社会実現会議委員、経済財政諮問会議議員、総合科学技術会議有識者議員、及び政府関係者等に、「「安心社会」実現に貢献する国立大学の振興に向けて(要望)」についての要望活動を行っています。
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これまでの審議のまとめ-第4次報告-(平成21年5月28日教育再生懇談会)【高等教育関係抜粋】
1 「教育安心社会」の実現-「人生前半の社会保障」の充実を-
【経済格差の教育への影響】
我が国では家庭における教育費の負担は諸外国に比べて重く、特に、公的支援が少ない就学前の時期と高等教育期における教育費の私費負担は極めて大きく、看過できない水準にまで至っている。大学に進学する年代の子供がいる標準的な世帯で、子供二人が同時に大学教育を受けた場合、その費用負担は平均年収から税や公的年金等を除いたうちの約1/3を占めるなど、家庭の負担は限界に達していると言える。
このような状況の中、子育てや教育のために多額の費用がかかることを理由に子供の数を制限する人が多いなど、教育費負担が少子化の要因の一つになっているとともに、家庭の所得水準によって進学機会や修学の継続が左右されてしまうという事態を招いている。
高等学校段階では、こうした修学援助のための支援制度が十分でないため、進学や修学の継続に困難を来しているという状況がある。
【「人生前半の社会保障」の充実】
次代を担う子供たちの教育は、安心社会の実現のための基盤であると同時に、将来の我が国の成長のための投資である。我が国の社会保障は、諸外国と比べ、高齢者関係の比重が高く、その見直しの議論も高齢化の進展に伴う負担増にどう対応するかが中心になりがちである。しかし、我が国の将来の発展や少子化対策のためにも「人生前半の社会保障」として、また、成長に向けての投資でもある教育の充実を図り、幼児教育期から高等教育期に至るまでの家庭の教育費の負担軽減を図っていくことが、今まさに我が国に求められていることである。「人生前半の社会保障」の充実・強化は、北欧諸国がそうであるように、人生のスタートラインにおける個人の平等に資すると同時に、将来世代の潜在能力を高め、高い国際競争力や経済活力の基盤強化にもつながるものであり、これまでの我が国の成長が教育によって支えられてきたことを、今一度銘記すべきである。
【学校教育の信頼回復】
(1)保護者の教育費負担の軽減方策の確立
幼児教育期から高等教育期に至るまでの「人生前半の社会保障」を充実させ、「教育安心社会」を構築するためには、次のような点について、保護者の教育費負担の軽減方策を確立する必要がある。
- 高等教育における授業料負担の大幅軽減を目指し、高等教育への公的支援を拡充するとともに、授業料の減免措置の拡充や給付型の奨学金の充実など奨学金事業を一層充実する。
(4)障害のある子供・若者への支援の充実
- 障害のある子供たちが安心して教育を受けることができるよう、免許状更新講習や現職教員を対象とした研修、大学における教職課程において、特別支援教育についての理解を深める機会を充実し、教員の資質向上を図る。
2 教育のグローバル化と創造性に富んだ科学技術人材の育成
【国家戦略としての人材育成】
グローバル化した社会の中で、我が国が世界規模の課題の解決に向けてリーダーシップを発揮し、世界の発展に貢献していくとともに、今後も様々な分野で成長を続け、国際競争力を維持・強化していくために、国家戦略としての人材育成に取り組んでいくことが必要である。すなわち、初等中等教育から高等教育までを見通し、いかに国際通用性のある人材を育成していくか、また、いかに幅広い知識と柔軟な思考力を有する創造性に富んだ科学技術人材を育てていくかを示し、国を挙げて取り組んでいくことが求められている。
【国際通用性のある教育の実現】
高等教育機関において、専門知識を有する優秀な大学院生や若手研究者を育成するとともに、それらの者が、閉ざされた環境の中で教育・研究に没頭するだけでなく、海外の大学等異なる環境・異文化の中で武者修行をし、知的触発を受けながら創造性を高めていくことは、国際社会で活躍する人材の育成にとって極めて意義のあることである。しかしながら、日本国内における教育・研究環境が向上する中、近年、海外へ行く日本人の留学生・研究者の人数が頭打ちになるなど、若者が「内向き志向」になり、外の世界に積極的に飛び出して行かなくなっているのではないかと懸念される。
【国際的に開かれた大学づくり】
また、グローバル化する社会の中で、優秀な大学生等の留学生交流の一層の推進や外国からの研究者や専門人材等の受入れ体制を整備するなど、国境を越えた高度人材の国際流動性の向上を図るとともに、優秀な大学院生や若手研究者に対する支援を充実するなど国際的に通用する若手人材等の育成を図ることが必要である。そのためには、昨年7月に策定された「留学生30万人計画」の実現(2020年を目途)が不可欠であるが、約12万人という現状に鑑みると、その達成のためには、今後、これまで以上の戦略的な取組が必要である。一方、日本人の海外への留学生数は、ここ数年伸び悩んでおり、その推進のためには個人の判断に委ねるのみでは限界がある。また、海外の優秀な研究者などの高度人材にとって、日本の研究・生活環境は、日本に来て研究を行いたいと思わせる魅力に欠けるものであり、我が国に国境を越えて世界の優秀な「頭脳」が集積するような環境整備が必要である。
さらに、大学・大学院等の改革に関しては、これまで、本懇談会や教育再生会議において様々な提言を行ってきたが、その実施状況は不十分であり、特に若手研究者が意欲を持って研究に取り組み、その能力を発揮できるようにするためには、大学院生や若手研究者の立場に立った改革が重要であるが、そうした観点からの制度や支援、研究環境が整っていない。このままでは、日本の若い優秀な「頭脳」が海外にどんどん流出する事態を招くことになる。
こうした状況を踏まえ、国や大学等がそれぞれ、このままでは我が国が国際的な知識基盤社会から取り残されるという危機感と当事者意識を持って、これまでの取組で不十分な点を推進するため、次のような取組を進めることが必要である。
(2)魅力ある理数教育の推進
- 教職課程や現職教員を対象とした研修、免許状更新講習において、実験・観察の機会を充実させることなどを通じ、小学校教員の理科に関する指導力の向上を図るとともに、採用試験・方法の工夫を図るなど、理数系人材を積極的に小学校の教員として採用する。また、教員養成課程を有する大学における実験・実習用の施設・設備を充実する。
- 地域の大学や企業との連携を強化し、理科等の授業に協力してくれる現役研究者や退職した研究者、博士課程の学生等の人材バンクの創設、教員研修への講師の派遣、子供たちの興味・関心を引き出す魅力的な教材の作成など、地域における理数教育に関する支援体制を充実する。
- 高等学校段階から創造的な科学技術人材を育成するため、SSH(スーパー・サイエンス・ハイスクール)への支援を継続・拡充するとともに、早期に大学レベルの高度な理数教育を受けさせるため、大学の協力を得ながら、高等学校におけるAP(アドバンスト・プレイスメント)の取組を支援する。
- 国の支援を受けて世界的な教育研究拠点を目指す大学等においては、国際科学オリンピックなどで顕著な成績を示した高校生を「飛び入学」の活用などを通じて積極的に受け入れるなど、科学技術人材の育成に向けて積極的な取組を行う。
(3)国際的に開かれた大学の実現
- 当懇談会の報告を受けて策定された「留学生30万人計画」の実現に向け、奨学金制度の拡充や各大学における留学生専門スタッフの配置、複数の大学が共同で利用する留学生宿舎や、日本人学生と留学生が共同で生活できる留学生宿舎の整備など、留学生受入れのための環境整備を着実に推進する。
- 海外の優秀な研究者、専門人材が、安心して日本に来て生活ができるような環境を整備するため、大学等における専門的スタッフの配置・育成、人事・給与・年金制度の整備を図る。また、研究者の家族の就労制限の緩和や査証上の配慮、インターナショナルスクールなど子供の就学環境を整備する。
(4)創造性に富んだ若手研究者の育成
- 博士課程在学者等が研究に専念できるような研究環境の整備や教育・研究費の支援の充実、優れた人材が経済的な負担の懸念無く進学し、教育・研究に専念できるようなTA・RAによる給与の充実や早期に奨学金を受けられるようにするなど経済的な支援の充実を図る。
- 学生の立場に立って大学院教育の飛躍的な質の向上を図るため、世界水準を満たす体系的なコースワークや大学院生の専門知識・研究能力を審査するための試験などの導入を促進する。
- 若手研究者が国際的に活躍する場や積極的な交流ができるように、国際研鑽機会の拡大のための派遣・招聘制度を充実する。また、機動的な対応ができるよう、各大学における交流のための基金を充実する。
- 海外へ留学した学生や若手研究者が、日本に帰国後、その能力に応じて適切に活躍の場を得られるよう、大学や企業における受入れの促進や処遇を改善する。
- 博士課程修了者やポストドクターの雇用機会を増やすため、民間企業等における採用の促進・処遇の改善を図ることや、人材の流動性を高めるための任期制の拡大を図る。また、産業界と大学との共同による人材育成や、人材交流の促進を図る。
- 他大学や他分野、外国人学生などが多数集まる国内外に開かれた大学院とするため、大学において、例えば、同一校、同一分野の学生を最大限3割程度とする、外国人学生は2割以上とするなどの数値目標を予め示すとともに、大学院の選考方法や時期の見直し、他大学から入学した学生へ支援を行うなどの改革に向けた取組を促進する。
- 教授を頂点とした旧態依然とした上下関係(徒弟制度)を排除し、大学院を学部から独立した教育組織として再構築することや、既存の研究科、専攻の壁を打破し、社会の変化を踏まえた合理的かつ柔軟な組織へ再編することなど、大学院の抜本的な改革を促進する。
- 国からの支援を受けて世界最先端の研究を進める大学においては、その責務として、国際的に通用する教育環境の整備に向け、世界トップクラスの外国人研究者の招聘や優秀な外国人学生の獲得のための専門支援スタッフの充実、若手研究者育成のための研究スペースの確保等、他大学に先駆けて様々な教育研究環境の整備を率先して行う。
(参考)第4次報告全文(教育再生懇談会ホームページ)
(関連記事)教育再生懇 所得格差を埋める教育投資を(2009年5月29日 読売新聞社説)
家庭の所得格差が、子どもの受けられる教育の質や量の違いにつながらないよう、国は必要な投資をすべきだ――。政府の教育再生懇談会の第4次報告の要点は、ここにある。もっともな指摘だろう。
報告は、他の先進国に比べて幼児教育と高等教育への公的支出が少ない点を重視し、その私費負担の大きさは「看過できない水準にまで至っている」としている。人格形成のスタートにあたる幼児教育の充実に、異論を挟む人はいないだろう。内閣府などの調査では、希望する人数の子どもを持つことに消極的な理由として、多くの人が経済的な負担を挙げている。このため、報告は、幼児教育無償化の早期実現を目指しつつ、当面、幼稚園に子どもを通わせる親への補助など市町村の施策を国が支援するよう求めている。家計の負担を減らすことは、少子化対策にもつながるだろう。
一方、4年制大学への進学率は約50%に上るが、実際には親の経済力によって大きな差がある。年収400万円以下だと約30%、1000万円超であれば約60%と、2倍もの開きが出ている。文部科学省の推計では、標準世帯で、子ども2人がともに大学生の場合、その費用は家計の3分の1を占める、という。別の調査では、幼稚園から大学卒業までの教育費は、すべて国公立でも約900万円、一貫して私立だと約2300万円に上る。
奨学金や大学独自の授業料減免などの制度もあるが、それでも断念せざるをえない若者がいる。親が低所得のため進学をあきらめざるをえず、学習意欲にも影響が出る、と指摘する専門家もいる。所得格差が教育格差に、それが所得格差につながる、という連鎖を防がねばならない。高等教育への公的支出を充実させ、意欲や能力のある者が進学したり研究に専念したりできる環境を整える。それは、資源の乏しい日本が、技術立国として存在感を発揮していくうえで不可欠な人材の育成にもつながるはずだ。
幼児教育と高等教育を結ぶ小中高校という初等中等教育が、重要なことは言うまでもない。報告が、塾に通わなくても確かな学力を身につけられるよう、保護者から信頼される公教育の確立を掲げているのは当然だろう。教育費のあり方については、文科省の懇談会でも有識者による検討が始まった。今回の報告も参考に、議論を深めてもらいたい。