2017年5月26日金曜日

記事紹介|民衆の憎しみに包囲された軍事基地の価値はゼロに等しい

沖縄は5月15日、本土復帰45年の節目を迎えた。基地問題をめぐり、亀裂が深まる「本土」との関係修復は可能なのか。

5月初めの沖縄は、梅雨入り間近を予感させる特有の湿気をまとっていた。静寂が覆う密林地帯。うっそうとした茂みの中で、そこだけが柔らかな光に包まれていた。献花台を埋め尽くす花々やお菓子、ぬいぐるみ、ペットボトル……。数日前、この現場で一周忌の法要が営まれた。

元海兵隊員の米軍属による暴行殺人事件が発生したのは昨年4月29日。犠牲者は20歳の女性会社員だった。自宅近くでウォーキング中、事件に巻き込まれた。

一周忌の法要で女性の父親は、遺体が遺棄された雑木林に向かって、娘の名前を何度も呼び、「一緒に帰るよ」と呼び掛けた。父親は4月27日、書面で現在の心境を明らかにしている。

「今なお、米兵や軍属による事件事故が相次いでいます。それは沖縄に米軍基地があるがゆえに起こることです。一日でも早い基地の撤去を望みます。それは多くの県民の願いでもあるのですから」

献花台のすぐ近くを通る県道104号線は、「キセンバル闘争」で知られる反基地闘争の象徴的な場所だ。復帰翌年の1973年から97年まで180回にわたって実弾砲撃訓練が繰り返された。その都度、県道は封鎖され、砲弾が着弾地の山肌をえぐり続けた。

森の奥から響く射撃音 復帰は間違いだったか

森の奥から乾いた射撃音が響く。一帯は米軍演習場のレンジが幾重にも連なる。この演習場内の工事現場で、工事車両や水タンクが破損し、車両付近や水タンク内から銃弾のような物が見つかったのは、つい先月のことだ。5月2日、沖縄県議会が原因究明や再発防止を求める抗議決議と意見書を全会一致で可決した。

こうした異常な出来事が、沖縄では日常的に起きる。演習場周辺の民間地への被弾などは今回を除き復帰後27件繰り返されているが、日米地位協定の「壁」に阻まれ、いずれも立件には至っていない。ほかにも、復帰後の米軍機の墜落・不時着は709件、米軍関係者による事件は5919件、事故は3613件(昨年末現在)に上る。

敗戦と占領の残滓が色濃くにじむ沖縄で、復帰は何だったのか、との問いが繰り返されるのは必然といえる。「祖国復帰運動」は、基本的人権や平和憲法を明記した「憲法の下への復帰」がスローガンだった。

「だれもが評価する『戦争放棄』はピカピカに輝いていましたからね。しかし結局、ピカピカの平和憲法の下に帰るということをもって、復帰の真相が覆い隠された面もあったのではないでしょうか」

復帰運動を牽引した屋良朝苗主席の下、琉球政府職員として「復帰措置に関する建議書」の策定に携わった宮里整さん(84)=那覇市=は、淀みない口調でこう続けた。

「私は今、冷静に振り返れば、復帰運動は間違いだったという結論に行き着いています」

危機感訴える「建議書」 缶詰めになり作成

「建議書」は、復帰準備作業が本土政府ペースで進められ、県民の意向が反映されていないことに危機感を抱いた当時の琉球政府が、沖縄側の反論と要望を日本政府に訴えるためにつづった全132ページの文書だ。

復帰を翌年に控えた71年10月。那覇市の八汐荘の畳敷きの大広間は男たちの熱気に包まれていた。顔を真っ赤にして議論する者、食事時間も惜しんでどんぶり鉢を片手に黙々と資料をあさる者……。顔ぶれはさまざまだったが、共通の使命を負っていた。琉球政府の若手職員ら約30人と学識経験者からなる「復帰措置総点検プロジェクトチーム」の中に、行政管理課から選ばれた宮里さんもいた。建議書は彼らが缶詰め状態で1カ月足らずでまとめた。

翌11月17日、屋良主席は建議書を携えて東京に向かう。しかし、羽田空港に到着する直前、衆院特別委員会で自民党が沖縄返還協定を強行採決した。これが、のちに「幻の建議書」と呼ばれるゆえんとなる。

建議書の印象的な一節を紹介したい。

「県民が復帰を願った心情には、結局は国の平和憲法の下で基本的人権の保障を願望していたからにほかなりません。(中略)復帰に当たっては、やはり従来通りの基地の島としてではなく、基地のない平和の島としての復帰を強く望んでおります」(建議書「はじめに」)

97年11月の沖縄の施政権返還25周年を記念する復帰式典。大田昌秀知事は「当時、政府が建議書を真剣に受け止め、県民の願いをその後の沖縄政策に生かしていたら、わが県はもっと違った姿になっていたのではないかと思われてならない」と発言した。

宮里さんは13年前の筆者の取材に、建議書をこう総括している。

「復帰時点に指摘された問題は積み残しの状態で、本質の解決は図られないままメッキを塗ってごまかして今があるのではないでしょうか」

今やメッキもはがれ落ちてしまった感が否めない。沖縄県内の全市町村長や議会議長が参加した要請団が2013年1月、米軍普天間飛行場の県内移設断念などを求める「建白書」を政府に提出した。しかし、その後の選挙でも示された民意はことごとく踏みにじられ、先月25日、政府は辺野古埋め立ての第1段階である護岸工事に着手した。

「政府は沖縄を領土の観点でのみ捉え、いかに軍事利用するかということだけに集中しているように見えます。ただ、こうした政府の処遇は今に始まったことではありません」(宮里さん)

信託統治か潜在主権か 独立への道も存在した

日本政府は明治期に、安全保障上の所要を満たすため、武力威嚇を伴う「琉球処分」によって沖縄を日本国家の版図に組み込んだ。太平洋戦争で沖縄は、本土決戦のための時間稼ぎの「捨て石」として住民が根こそぎ動員された揚げ句、4人に1人が亡くなる地上戦に引きずり込まれた。そうした歴史の連なりの中に今がある。

そう捉える宮里さんの視座は、政府批判にとどまらない。矛先は自身を含む「沖縄」にも向けられている。

敗戦時、宮里さんは12歳だった。軍国主義一辺倒の皇民化教育を受け、島くとぅば(沖縄方言)の使用も禁止されていた宮里さんは、沖縄にかつて王政が存在したことや、独自の文化や歴史が育まれてきたことも知らなかった。

戦後沖縄の教育は、収容所での青空教室に始まり、米軍の指示で沖縄独自の教科書編集が行われた時期もあった。沖縄の歴史が記述されたガリ版刷りの教科書が配られるまで、宮里さんは「首里城」の「首里」という文字を、「みやざと」という自分の姓と重ね、「くびさと」と黙読していたという。

日本という国家の中で沖縄は取るに足りない地域──。「そういう頭づくり」がされた延長のまま復帰運動に接続した、と宮里さんは振り返る。

「つまり、親元に帰る、祖国復帰という言葉で、私も一緒になって復帰運動に傾注しました。そういう範囲でしか物の判断ができなかったというのが、今の沖縄の状況を生み出す背景にあったと思うんです」

宮里さんが「歴史的な反省点」に挙げるのが、52年発効のサンフランシスコ講和条約の第3条に関する解釈だ。講和条約と日米安保条約の発効によって日本本土は「独立」し、沖縄は米軍占領の継続・再編成という状況に置かれた。

講和条約第3条はこう規定する。沖縄などは米国を「唯一の施政権者とする信託統治制度の下におく」との提案が国際連合に対してなされた場合、日本はこれに同意する。さらに、この提案までは、米国が沖縄などに対して「行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有する」。そのうえで、日本には「潜在主権」が残るとされていた。

宮里さんは「信託統治制度」についてこう言及する。

「敗戦までは日本が南洋諸島を委任統治していましたから、その感覚が頭にあって、南洋諸島みたいに差別された地域にされる、という反発が先に立ったのです」

一方で、「日本の潜在主権」が認められた点は、「希望」だったという。

「潜在主権が認められたことで、いずれ日本に復帰できるんだ、それが沖縄県民にとっては救いだという錯覚を起こしてしまったんですよ」

「錯覚」という言葉に、筆者は内心動揺した。宮里さんの心域はそこまで「日本」から離れてしまったのか。

かつての南洋諸島は戦後、米国の信託統治を経て独立している。

「つまり当時、沖縄自らが信託統治を欲し、そこから独立につなげる道を選んだほうがよかったんじゃないかということです。そのチャンスを逃がしたばかりに、沖縄は本土に軍事利用され続ける、今日の混迷と不幸があるのです」

沖縄を守らない9条と 憎しみに包囲された基地

宮里さんは今、戦後沖縄のテクノクラートの一人として沖縄社会を「日本復帰」に誘導する一端を担った過去を心の底から悔やんでいるのだ。

安倍晋三首相は5月3日、「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と明言。戦争の放棄を定めた9条に自衛隊の存在を明記した条文を追加することなどを挙げた。

「日本を軍事国家にしたいのでしょうが、結局、本土による沖縄の軍事利用強化につながるのでは」

そう受け止める宮里さんの視点は、本土の改憲派、護憲派のどちらにもくみしない。

「そもそも9条は沖縄に適用されてきたのか。本土は9条を生かすために沖縄を利用してきた、という解釈もありますよね。そういう意味では、これからも9条にぶら下がるというのは、私は非常に違和感をもっています」

沖縄の政治潮流に詳しい獨協大学地域総合研究所の平良好利特任助手は『戦後日本の歴史認識』(東京大学出版会)で、「沖縄と本土の溝」の章を担当。かつてないほど沖縄と本土の政治空間に隔たりが生じてしまった根本要因として、沖縄に偏在する基地負担を戦後日本が解決できなかったことにある、と分析している。

本土で米軍基地が縮小されていった50年代後半に、本土から沖縄に移駐した米海兵隊が在沖米軍基地の約7割を占める現状を、本土のどれだけの人が知っているだろうか。

平良氏は言う。

「日米同盟の本質は、基地を提供する代わりに守ってもらうことです。しかし、基地という最も重要な『実』の部分の大半が沖縄に局地化されて見えなくなり、その『実』の部分を脇に置いたまま、『日米同盟』は深化・発展していったのではないでしょうか」

米軍統治下の沖縄で弾圧と闘った政治家、故瀬長亀次郎氏の軌跡を展示する資料館「不屈館」が那覇市にある。

「復帰して良かったことはいっぱいあります。パスポートなしで本土に行けるし、医療保険制度や年金の恩恵も受けられます。基地付きの復帰になったことで、すべてダメだと言って、本土の人と喧嘩しても始まりません」

そう話す館長の内村千尋さん(72)は亀次郎氏の次女だ。内村さんは辺野古新基地建設など政権の強権的な姿勢に強い反発を覚えながらも、本土の人たちにも粘り強く理解を得る努力が必要だと考えている。

亀次郎氏が残した言葉は今も沖縄の反基地闘争を鼓舞する力をもつ。今年3月の辺野古のキャンプ・シュワブゲート前での集会。大会決議文で引用された「弾圧は抵抗を呼ぶ。抵抗は友を呼ぶ」もその一つだ。

帰り際、内村さんが亀次郎氏の言葉をもう一つ、教えてくれた。

「民衆の憎しみに包囲された軍事基地の価値はゼロに等しい」

本土に向けられた言葉でもある。

本土復帰45年の沖縄で「幻の建議書」関係者が語る「復帰は間違いだった」|AERA 2017年5月22日号 から

2017年5月24日水曜日

記事紹介|日本の大学は、ゆでガエル状態

「高大接続」という言葉が独り歩きしている。目まぐるしく変わる世界で、私たちの子どもはどんな力を求められるのか、それにふさわしい教育を創っていこう。そんな思いで始めた改革だったが、その方向に進んでいるのだろうか。議論を進めてきた責任者の一人として、改革に込めた思いを語りたい――中央教育審議会会長として改革を世に送り出した安西祐一郎氏が語り始めた。


心のスイッチを切り替える

先日、人工知能の性能を競うコンテストで審査委員長を務めた。料理の写真を見て、人工知能に料理名を当てさせるのだ。

人が料理の写真を見てその名前を当てるときには、画像だけでなく、今まで食べてきた経験がものをいう。だが、料理を食べたことも、作ったことも、買ったこともない人工知能が、写真を見せられただけでその料理の名前を当てられるものだろうか。5月22日に大阪で開かれる人工知能のシンポジウムで表彰式が行われるので、結果は次回に譲るとしよう。

人間はその経験に横串を刺し、知識として体系化し、さらに枝葉をどこまでも広げることができる。人工知能は、いったいどうすれば「多様な経験を積む」ことができるのだろう? 多様に広がる世界の情報にどうやって「横串を刺す」ことができるのだろう? これらの問いへの答えは、まだ出ていない。

人工知能にまだできない多様性への対応こそ、主体性と並ぶ「2045年の学力」の大きな柱だ。

一瞬で情報が地球の裏側まで届くこれからの時代に求められるのは、多様性への対応だ。画一的にものごとをとらえ、狭い社会の規範や前例だけで判断していては、思考の広がりは望めない。だから、2014年の中央教育審議会答申「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」には、「主体性をもって多様な人々と協働して学ぶ」という字句を盛り込んだ。学校教育法には「主体性をもって学習する態度」とあるが、「多様性」ということばはどこにもない。画一的から脱するためには、主体性だけでなく、「多様な人々」と学び合う環境が大切だ。国籍や言語、文化など全く異なる人々と学び合うことが、学びの場を大きく変え、子どもたちの心を広く豊かにし、柔軟な判断力を育ててくれる。

だが、そうした人々を育てるには、今の大学はあまりに「画一的」だ。たとえば国立大学の関係者は、口を開けば「運営費交付金」という。2004年に国立大学が法人化された後、収入の不足分を補うため、学生数などをもとにそれぞれの大学に金額をはじき出し、機械的に分配されてきた。それでは不合理だという政財界からの指摘などもあり、「頑張っている大学には手厚い」重点配分が始まったが、そのため、国立大学関係者の口から「運営費交付金」の言葉が飛び出す頻度がますます上がっているようにみえる。「部局」も同様だ。国立大学関係者は「部局」ということばを頻繁に使う。しかし、この用語は国立大学あるいは公立大学以外の大学には通用しない。「部局の壁を越えられない」「部局のタテ割り」「部局の合意を得る」.........否定的な場面に使われるケースもあるが、関係者の間での用語の使い方はともかくとして、使う言葉が同じ人々は思考の方法もそう変わらない、ということだ。ともあれ、国立86大学の中だけで通用する用語を使っていると、その中だけの思考法になってしまう、という点は、当の国立大学の関係者はあまり気づいていないように見受けられる。

では、私立大学はどうだろうか。国立大学を凌駕するほどに個性的といえるかといえば、やはり「画一的」を否定できない。私立大学の個性は、建学の精神にあるはずだ。なのに、建学の精神に基づいて入学者受け入れの方針を定め、入試をしている大学がどれほどあるだろうか。大量の入学者を短時間の画一的な試験によって無造作に入学させ、ところてんのように押し出すところが目に付いてならない。

「日本の大学は、ゆでガエル状態」と自嘲気味に語る、心ある大学人が少なくない。曰く、徐々に温度が上がっても「いい湯だな」とのんきに構えているうちに、すっかりゆであがってしまう......。前を見ても、横を見ても、「画一的」にのほほんと温泉につかっている仲間と一緒であれば、安心していられるのかもしれない。あるいは安心していることにさえ気づいていないのかもしれない。つまり、「画一的」とは、思考停止の結果なのだ。

そうした大学の姿は、これまでもたびたび問題視されてきた。哲学者で批評家の三木清が1936年2月に、以下のような指摘をしている。

「試験制度はまた我が国における教育機関の画一化によって強化されている。(略)各学校の特色がもっと明瞭であり、各々その特色を発揮することに努力するならば、試験の激烈さも緩和され、その弊害も減少するであろう。ところが現在では、例えば官立学校と私立学校とにおいて教授内容は同一であり、ただ後者は設備その他の点で劣っているというだけで前者と相違するといった状態であるために、試験制度も強化されるのである。画一主義の教育と試験制度とは相互に関連している。そして今日我が国の風潮が教育における制度主義、画一主義を強化しつつあることは見遁せない」(「三木清 大学論集」講談社文芸文庫より)

激烈な試験が次世代の育成にどれほどの弊害をもたらすか、という問題指摘の中で書かれている。2・26事件の起きた時期に書かれた三木の指摘がやや特殊だという言い方はあるにしても、「官立学校と私立学校とにおいて教授内容は同一」と大学の画一性を強調しているところに目をひかれてしまう。中身が同じであれば、受験生は設備や、ここには書かれていないが「知名度」「官立か私立か」など外形的なことで選ぶのは当然だというわけだ。

教育の自由化・多様化を全面に打ち出した1971年の「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」(四六答申)では、大学の体質改善を迫っている。

「高等教育の大衆化は、単にその進学率の上昇というだけでなく、現に社会で働いている人が、その学歴水準にかかわらず再教育の必要を感じているという事実が示すとおり、さまざまな年齢や職業の人にまで拡張して考えなければならない。それは、急激に変化する社会が、たえず人間能力の再開発を求めているからである。このような国民の要請にこたえるためには、多様な資質を持つ学生のさまざまな要求に即応する教育の内容と方法を備えた高等教育機関が必要となる」と問題提起をしている。

その16年後、1987年の「臨時教育審議会」の最終答申でも「高等教育の個性化・多様化」が強調されている。「高等教育の個性化、多様化、高度化、社会との連携、開放を進める、また、学術研究を積極的に振興する。これらを裏付ける条件として、組織・運営における自主・自律の確立、教職員の資質の向上、経済的基盤の整備を図る」と提言する。

大学の個性化、多様化を妨げる要素は、受験生側にも根深く横たわっている。依然として偏差値で大学選びをする傾向だ。偏差値とは、ある試験を受けた受験者全員を母集団として、その中でどの程度の位置にいるかを示した数値で、それ以上のものではない。「難易度」に使われているのは、「入試合格者」の偏差値で、「入学者」の数値ではない。にもかかわらず、それで「行ける大学」が決められ、人生が決まってしまうかのような仕組みが社会に埋め込まれている。

偏差値ばかりを気にして若い人たちの一生を台無しにしているのが、今の高大関係だ。健康を維持するために体重ばかりを気にしていたら、摂食障害を起こしたり、精神的に病んだりもする。食事や運動、生活リズムなどのバランスの中での体重管理、たった1本のものさしだけで健康を測らないことが大切だろう。

いまの試験制度自体にも大きな問題がたくさんある。社会では多様な能力を持った多様な人たちが必要なのに、覚えたことの多寡を1本のものさしで測って優劣をつける仕組みになっているからだ。それぞれ異なる能力を磨いてきた人たちの優劣を同一の試験で判断するのはそもそも意味がない。

18歳人口は1992年約205万人、現在は約120万人。にもかかわらず、大学生の数は減っていない。高校を出て就職する人たちの数が25年間で激減した。したがって今は、大学に進んで何をどう学ぶのかがより重要な問題になる。大学には50%以上の高校生が進学する時代だから、大学を出ただけではもはや「価値が高い」といえないからだ。進路は実に多様なはずだ。だが、社会全体が「大学にいけば何とかなる」、もっといえば「いい大学に入れば、いい会社に入れて、幸せな人生を過ごせる」と画一的に思い込んでいる。その結果、画一的な高校と、その延長の大学がシステムとして用意されることになる。社会では多様性への対応が要求されている。この矛盾をどうとらえるかが問題だろう。

「画一的」は、新卒一括採用で入試合格者の「偏差値」を重視する企業にも当てはまる。この偏差値は入学前の偏差値だから、その大学でどのような教育をしているかとは全くかかわりがない。にもかかわらず、偏差値を使うのは、効率がいいと踏んでいるからだろう。1人ひとりを丁寧に面談し、どの業務に向いているか、社風と合うかを考えて選ぶのは大変手間がかかる。それで妙な新人を入社させたりしたら、人事担当者は責任を問われることになると心配し、「とりあえず東大卒業生」を重く見て採用する風潮があるようだ。

平時はそれでいいかもしれないが、いまは「乱世」。かつて有名大学卒業者をぞろぞろと集めていた企業が危機的状況に陥っている。それを、企業は、またこれから大学を選ぶ受験生やその保護者、進路指導の教員は、やはりぬくぬくとぬるま湯につかりながら見ているのだろうか。

「1億総ゆでガエル」――想像もしたくない。

「1億総ゆでガエル」にならないために|2017年5月19日 読売新聞 から

2017年5月23日火曜日

”植民地”国立大学への出向(天〇り)に関わるQ&A

役人言葉の見事な文章。信じるか信じないかはあなた次第です。

国立大学法人への文部科学省職員の派遣および出向等の状況に関する質問主意書|衆議院

国立大学法人は、国立大学法人法第1条で「大学の教育研究に対する国民の要請にこたえるとともに、我が国の高等教育及び学術研究の水準の向上と均衡ある発展を図る」ことが目的であると示され、国立大学法人法第3条では、「国は、この法律の運用に当たっては、国立大学及び大学共同利用機関における教育研究の特性に常に配慮しなければならない」と規定されている。

政府は、このように国立大学法人の教育研究の特性に常に配慮すべきであるにもかかわらず、文部科学省職員の国立大学法人への派遣および出向等の実態は不透明であり、国民は不信を抱かざるを得ない。このような観点から、以下質問する。

1 文部科学省職員の身分を有する者、あるいはかつて文部科学省職員の身分を有していた者が、派遣、出向など形式の如何を問わず、国立大学法人で教育職、研究職、事務職あるいは理事などの役員として勤務されていると承知しているが、何を目的にして、政府はそうした勤務を行わせているのか。教育職、研究職、事務職および役員のそれぞれについて、政府の見解を示されたい。

2 1の勤務は、どのような法的根拠で行われているのか。政府の見解を示されたい。

3 全国の国立大学法人で、教育職、研究職、事務職および役員として勤務する者のうち、文部科学省職員の身分を有する者、あるいはかつて文部科学省職員の身分を有していた者は、現在、何名なのか。政府の見解を示されたい。

4 文部科学省職員の身分を有する者、あるいはかつて文部科学省職員の身分を有していた者が、国立大学法人で継続的かつ特定の職種で勤務することは、国立大学の自主性を失わせるなど弊害があると考えるが、政府の見解を明らかにされたい。


国立大学法人への文部科学省職員の派遣および出向等の状況に関する質問に対する答弁書

1から4までについて

御指摘の「文部科学省職員の身分を有する者」、「かつて文部科学省職員の身分を有していた者」、「派遣」及び「教育職、研究職、事務職」の具体的に意味するところが必ずしも明らかではないが、文部科学省から国立大学法人への出向は、国立大学協会の平成21年6月15日付け「国立大学法人の幹部職員の人事交流について(申合せ)」を踏まえ、任命権を有する国立大学法人の学長からの要請に基づいて行われており、同省から推薦された職員を実際に採用するか否か、あるいは採用した者を学内でどのように活用するかについては学長が判断していると承知している。

同省からの出向者は、国立大学法人法(平成15年法律第112号)第10条第2項の理事である「役員」又は同法第35条において読み替えて準用する独立行政法人通則法(平成11年法律第103号)第26条の「職員」として、それぞれ学長の指揮監督の下で職務を遂行することから、同省からの出向によってお尋ねの「国立大学の自主性」が損なわれることはないと考えている。

同省職員の国立大学法人への出向は、同省における業務を通じて得た知見を学長の意向に沿って大学改革や機能強化に役立てることができる一方、国立大学法人での業務を経験することにより現場感覚を養い、その後の同省での業務に反映することができると考えている。

お尋ねの「1の勤務は、どのような法的根拠で行われているのか」の趣旨が必ずしも明らかではないが、当該「役員」については国立大学法人法第13条第1項の規定に基づき、当該「職員」については同法第35五条において読み替えて準用する独立行政法人通則法第26条の規定に基づき、国立大学法人の学長がそれぞれ任命していると承知している。

国立大学法人の学長の要請に基づき同省から当該国立大学法人へ出向し、平成29年1月1日現在、当該「役員」又は「職員」として、当該要請において遂行することを求められた職務を引き続き遂行している者は、276名である。

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