2017年9月24日日曜日

記事紹介|私たちは沖縄戦犠牲者の魂が鎮まる社会を築いてないのではないか

沖縄戦で住民らが「集団自決」(強制集団死)に追い込まれた洞窟「チビチリガマ」で、9月12日、犠牲者の遺品などが壊される事件が起きた。沖縄県警嘉手納署は15日、地元の16~19歳の少年ら4人を器物損壊容疑で逮捕した。取り調べに対して、少年らが「肝試し」で洞窟に入り、「悪ふざけで壊した」と話していることが20日までに分かった。琉球新報が報じた。

事件を受けて、沖縄県民の間に波紋が広がっている。

琉球新報によると、遺族会の与那覇徳雄会長は16日、「少年たちの気持ちが分からない。肝試しで遺品を壊すなんて、どう受け止めたらいいか」と言葉を詰まらせて話したという。また、翁長雄志沖縄県知事は19日、「沖縄の持ついろいろな平和に対する思いが若い人たちに伝わっておらず、その中での出来事なのかなと危惧している。とても残念だ」と話した。

80人以上が死に追い込まれた洞窟

チビチリガマは、沖縄県西海岸の読谷村波平区に位置する自然壕(ごう)。1945年4月1日、アメリカ軍が西海岸から沖縄本島に上陸した当時、波平区の住民ら約140人がチビチリガマに逃げ込んでいた。

4月2日、米兵に虐殺されるとの恐怖心などから、壕の中で83人が「集団自決」(強制集団死)に追い込まれた。読谷村史によると、犠牲者のおよそ6割が18歳以下の子どもだったという。

村史は、壕の中に、中国戦線を経験して日本軍の蛮行を知る男がいたとしている。男は、米軍が、中国で日本軍がしていたような虐殺をしに来ると思い込み、「自決」を覚悟して毛布などに火を付けた。燃え広がる炎と煙が、多くの住民らを死に追いやった。当時、壕の中は「自決」の賛否を巡り激しく混乱していたという。

平和認識の揺らぎに危機感の声も

チビチリガマは、遺族らにとっては墓場に当たる。悲惨な沖縄戦を象徴する洞窟として、市民らが平和を祈る場でもあった。

少年らが「肝試し」で壕を訪れていたことについて、沖縄市に住む20代の男性は、沖縄が積み上げてきた平和思想が弱くなっていると指摘し、次のように話した。

戦争に対する絶対的否定の気持ちが緩み始めている。これまで沖縄には、沖縄戦に関係するものをバカにしてはならないという共通認識があった。悪さをする少年らにも、そういう認識があったはず。

今回は、肝試しという幼稚な動機が、沖縄戦をバカにしてはいけないという一線を、簡単に超えてしまった。沖縄で市民権を得ていたはずの平和思想が揺らぎ始めていることに、強い危機を感じる。

チビチリガマが破壊の被害を受けるのは今回が2度目。1987年11月に、右翼団体の若い構成員が、壕の入り口にある彫刻家金城実さんの「世代を結ぶ平和の像」を破壊した。10月に読谷村の海邦国体ソフトボール会場で起きた、日の丸焼却事件への報復が動機だった。

自問自答する沖縄

事件について、沖縄の地元紙は次のように論じている。

少年を非難する声がある。生い立ちや環境を見詰める人がいる。平和教育の欠落を指摘する人もいる。それらに耳を傾けながら自問する。私たちはチビチリガマを含む沖縄戦犠牲者の魂が鎮まる社会を築いてないのではないか(琉球新報、9月20日)

現場に居合わせた別の少年たちは「やるな」と犯行を制止したという。そこに希望がある。逮捕された4少年に届く言葉を、愚直に探していくしかない。(沖縄タイムス、9月19日)

なぜ事件が起きたのか。これからどうすればよいのか。事件に衝撃を受け、鎮魂を祈る沖縄の人々の自問自答が始まっている。

戦争の歴史と隣り合わせの沖縄県民。チビチリガマ荒らしから見えてくるもの|Huffington Post から

2017年9月15日金曜日

記事紹介|絶対に失敗しない人というのは、何も挑戦しない人のこと

小惑星探査機「はやぶさ」プロジェクトリーダーの川口氏が自らの失敗経験を語られている中で、切羽詰まるような状況下でのチャレンジの大切さを説かれています。

「それは、いま見ているページの理解度は関係がありません。ページを開いて先に進まないことのほうがリスクがある。不完全でボコボコの穴だらけのページでもいい。自分が楽しんでチャレンジを続けることに意義があるのです。」

何でも安全にコントロールできる状態の中で物事を考えていては、新しいものは生まれてこない。

米女優のイルカ・チェース氏も『絶対に失敗しない人というのは、何も挑戦しない人のことです。』と語っているように。

開く|今日の言葉 から

2017年9月12日火曜日

記事紹介|叱る、叱られるということ

人はだれでも、厳しく叱られたり、注意を受けたりするということは、あまり気持ちのよいものではありません。

当然叱られるだけの理由があった場合でも、上司に呼びつけられて叱られるというようなことがあれば、その日一日中、なんとなくわだかまってすっきりしない。それがいわば人情で、叱られるより叱られないほうを好むのは、人間だれしもの思いでしょう。

それは叱るほうにしても同じです。部下を叱ったあとの、あのなんともやりきれない気持ちは、管理職の人であれば、たいてい経験していると思います。

しかし、人情としてはそうだからといって、その叱られたくない、叱りたくないという人情がからみあって、当然叱り、叱られなければならないことでも、うやむやのうちに過ごされてしまったならば、どういうことになるでしょうか。一度でもそのような考えで物事が処理されると、あとのけじめがまったくつかなくなってきます。仕事や職場に対する厳しさというものが失われ、ものの見方、考え方が甘くなり、知らず識らずのうちに人間の弱い面だけが出てきて、人も育たず成果もあがらず、極端にいえば会社がつぶれるということにも結びつきかねません。

もとより今日よくいわれるように、個人の自主性を重んじ、自発的にのびのびと仕事に取り組むことは大切です。しかしそれは、厳しく叱られることが不必要だということではないと思います。むしろお互いの自主性なり個性というものは、厳しく叱られるということがあってこそ、よりたくましく発揮され、その人の能力もいちだんと伸びるのだと思います。

私も、まだ若くて第一線で仕事をしていたころは、よく社員を叱ったものです。それも血気盛んな時分ですから、一人だけ呼んでそっと注意をするといったなまやさしいものでなく、みんなの前で机を叩き、声を大にして叱るというようなことがたびたびでした。

ところが、私からそのように目の玉がとび出るほどに叱られた社員が、それで意気消沈していたかというと、そうではありません。むしろそのことを喜び、いわば誇りとするといった姿でした。

それはどういうことかといいますと、創業当初はともかく、会社がしだいに大きくなり、社員の数も増えてきますと、私のほうも社員一人ひとりにいちいち注意を与え、叱るということができなくなりました。そうなると、どうしても限られた、責任ある立場にいる人を叱るということになりますから、社員のあいだにはいつとはなしに「大将に叱られたら一人前や」というような雰囲気が生まれてきたのです。ですから、叱られると本人も喜び、またまわりの者も「よかったなあ、おまえもやっと一人前に叱られるようになった」ということで、ともに喜び、励ましあうといった姿が見られるようになったというわけです。そして、そういうことが、社員の成長なり会社の発展の一つの大きな原動力になっていたように思います。

人間というものは、黙ってほうっておかれたのでは、慣れによる多少の上達はあっても、まあこんなことでいいだろうと自分を甘やかしてしまいがちです。そこからは進歩、発展は生まれず、その人のためにも、ひいては会社や社会のためにもなりません。やはり叱られるべきときには厳しく叱られ、それを素直に受け入れて謙虚に反省するとともに、そこで大いに奮起し、みずから勉励していってこそ成長し、実力が養われるのです。

そのことを、若い人も責任者も肝に銘じて仕事にあたってほしいと思いますし、特に若い人たちは、そこからさらに進んで、叱ってもらうことをみずから求める心境、態度を培うことが大切ではないかと思うのです。