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11月, 2017の投稿を表示しています

記事紹介|こういう人は絶対に成功しないという条件

以前、ある経営者に、人生で一番大切なものは何かと尋ねたことがある。 その人は「それは自分にもわからないが、こういう人は絶対に成功しないという条件はある」と答えられ、次の四項目を挙げられた。 一つは、言われたことしかしない人 二つは、楽をして仕事をしようとする…そういうことが可能だと思っている人 三つは、続かないという性格を直さない人 四つは、すぐ不貞腐(ふてくさ)れる人 省(かえり)みて、深くうなずけるものがある。 多くの人生の達人が教える人間学のエキスは、いつ、いかなる状態においても、常に精神を爽(さわ)やかに奮(ふる)い立たせることの大切さである。 精神爽奮(せいしんそうふん)。 いつも颯爽(さっそう)とした気分でいること。 そこに幸運の女神もほほえんでくるということだろう。 「言われたことしかしない人」は、気づきの少ない人。 気づきや好奇心がないから、自ら動こうとはしない。 指示待ち人間でもある。 リーダーとは最も対極にある人。 「続かないという性格を直さない人」は、忍耐や我慢が出来ない。 よき習慣を身につけることこそが続けるコツ。 どんな凡人も、長く続けることができれば、本物になる。 「すぐ不貞腐(ふてくさ)れる人」は、自分が甘えていることに気づかない。 不貞腐れることによって、自分の欲求を、言わなくても分かってほしいとアピールする。 だから、気に入らないことがあると、すぐに不貞腐れる。 「精神爽奮すれば則(すなわ)ち百廃倶(ひゃくはいとも)に興(おこ)る」(呂新吾) 精神がさわやかになって奮い立てば、多くのものが一斉に健全さを取り戻す。 その反対に、身体が弛緩(しかん)すれば、すべてに緩(ゆる)みが出て、ダメになっていく。 「いつも颯爽とした気分でいること」は、とても大事だ。 いつも颯爽とした気分でいること|人の心に灯をともす  から

記事紹介|大学は目先の実利に傾きすぎていないか

大学の授業料の減免や奨学金制度の拡充は、大学改革とセットで――。首相が議長を務める「人生100年時代構想会議」でそんな声が高まっている。 無償化は格差の固定化を防ぐための政策であり、対象はそれに役立つ大学、つまり「企業が雇うに値する能力」の向上にとり組む大学に限るべきだといった考え方である。内閣官房の担当者は「真理の探究をやるので実務は関係ないという大学に、公費で学生を送るのは説明がつかない」と解説する。 税金を使う以上、それに見合う質を求めることは誤りではない。だが政府が進めてきた大学政策を重ね合わせると、この割り切りには危うさが漂う。 今春の経済財政諮問会議で、文部科学省は大学改革の狙いに「イノベーション(技術革新)創出と生産性向上」を掲げた。予算の配分でも、大学や研究者間の競争を重視する傾向が強まっている。いきおい、基礎研究より実用、人文社会より自然科学に有利に働くだろう。 2年前の文科相通知を思いおこす。後に軌道修正されたものの、文系学部の廃止や転換を進めると読める内容で、大きな社会問題になった。 大学にも選択と集中が必要だとしても、実利に傾きすぎていないか。目先の利益ばかり求めていては教育も研究も早晩やせ細る。国が学問分野によって有益・無益をあらかじめ判断し、選別するようなことにならないよう、慎重を期すべきだ。 そもそも大学で学んだ何が、どう役に立つかは、教育を受けた本人が、それをどう消化するかによる。国の都合で学生の進む道を縛るべきではない。 構想会議のメンバーはまた、大学の再編統合による教育の質の向上を訴える。学生を確保できない大学の撤退を唱える文科省の主張と重なるが、留意すべきは定員割れに苦しむ大学は地方に多いということだ。 競争による淘汰(とうた)に任せれば、都会と地方の進学格差はさらに広がる。そうさせないよう、財政や運営面で地方を支える手立てを急がなくてはならない。 気になるのは、こうした議論の底に「大学教育は役に立たない」という経済界の不信が見え隠れすることだ。だが当の企業も学生を採用する際、何を学んだかを重視してこなかったのではないか。それでは実社会を意識した授業改善が進むはずもない。大学での学びを正当に評価する選考方法を探るべきだ。 多様な人材を世に送り出す。そのためには、学問の多様さと大学の個性が欠...

記事紹介|働けど貧しい

日本の失業率は、先進国でも最低の2%台だ。欧州には10%を超える国もあり、世界がうらやむ「完全雇用」を実現している。しかし、働く人々はうれしそうではない。 国税庁によると、民間企業で働く社員やパートらが昨年手にした給与は平均約422万円で前年より1万円以上多かった。とはいえ、世界経済が一気に冷え込んだリーマン・ショックの前年2007年の約437万円には届いていない。 そして、雇用形態による格差がある。正社員は約487万円で非正規社員は約172万円と、立場の違いが315万円の差を生んでいる。正規・非正規の分類が始まった12年以降、格差は年々広がっている。 厚生労働省の調査によると、働く人の数はこの間、5161万人から5391万人に増えた。だが、企業はもっぱら低コストの雇用拡大に力を入れ、非正規が1816万人から2023万人に増加している。 一人親世帯の貧困50% 政府が民間に正規雇用増や春闘での賃上げを働きかけ、圧力をかけても限界がある。4年連続のベースアップは、経団連加盟の大手企業の正社員に限った話なのだ。 そして、年172万円あれば、将来の生活設計を描けるかという現実問題が立ちはだかる。 厚労省は「国民生活基礎調査」で日本の貧困状況を明らかにしている。15年の相対的貧困率は3年前の16・1%から15・6%に下がった。だが、一人親世帯に限れば50・8%と経済協力開発機構(OECD)加盟国で最悪の水準にある。 この調査は生活の状況も聞いており、母子家庭では38%が「貯蓄がない」と答え、「生活が苦しい」は83%にのぼる。OECDによれば、日本の一人親世帯は親が働いていても貧困に陥る率が高く、多くの国でそうした世帯の貧困率が10~25%なのに比べ対照的だという。 困窮を象徴する悲劇が3年前、千葉県内で起きた。40代の母が中学2年の娘を殺した事件である。 給食センターのパート収入と児童扶養手当をあわせ手取りは月約12万円。だが、娘に不自由をさせたくない思いで制服や体操着を買うために借金をする一方、県営住宅の家賃1万2800円を滞納した。 裁判では、勤め先に「掛け持ちのアルバイトは無理と言われていた」と話し、生活保護を相談した市役所では「仕事をしているなどの理由で断られ頼れなかった」と説明した。 部屋を明け渡す強制執行の日、心中...

記事紹介|涙の意味も理解出来る人でありたい

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あなたが生まれたとき、あなたは泣いていて、周りの人は笑っていたでしょう。 だから、いつかあなたが死ぬとき、あなたが笑っていて、周りの人たちが泣いている。 そんな人生を送りなさい。 ネイティブ・アメリカンの言葉 ◇ 今日はなんとなく「涙」をキーワードに選んでみました。 溢れそうな感情があるときに、泣いても良いんだよというメッセージを込めたくて。 一方で化学者のファラデーの 『慈母の涙も化学的に分析すれば、ただ少量の水と塩分だが、あの頬を流れる涙の中に、化学も分析し得ざる尊い深い愛情のこもっていることを知らねばならぬ。』 という言葉のように他人の涙の意味も理解出来る人でありたい。 ときには悔し涙を流すほどの仕事もしてみましょう。 涙|今日の言葉  から

記事紹介|科学界に広がる精神汚染

論文至上主義を懸念する筆者であるが、科学研究者は何のために論文を発表するのか。元来、精神の高揚を旨とし、実利には距離を置く学術共同体の中で、同好者たちが互いに思想、知見、意見を交換し合い、いわば自己表現する手段であった。加えて、時を経た現代では、社会が多大な公的財政支援による成果の証として論文発表を求めるためとされる。研究者にとっては評価対象ともなるが、さらに競争的に職業的地位と生活の糧の獲得、名誉栄達のための利己手段でもあることも否めない。その結果である過剰な論文偏重主義とそれを助長する科学論文出版の商業化が、アカデミアのみならず周辺社会にも深刻な歪みをもたらしている。 ブランド科学誌の威光 「XX大学のYY教授によるこの研究成果は、最近Nature誌に発表されて高い評価を受けた非常に優れたものです」。昨今、学術賞選考会や研究費審査会でしばしば耳にするこの発言には、大きな違和感を覚える。むしろ絶対的な禁句ではないか。審査の過程と結果は研究社会に受容されるものでなければならないが、定められた目的に関し評価を委嘱された委員には、研究者の職歴や論文の外観ではなく、研究内容と質を自らの専門的見識で精査、説明して欲しい。研究の本質は国籍、所属機関、職位や論文誌に依存しないはずではないか。人については出自や資産、容姿ではなく、「人物本位」で評価する。街の建造物に例えれば、美しいタイル張りの斬新な外装に見とれることなく、構造の強靭性や内部の居住性、機能性を吟味することが求められる。 読者が目にする科学論文は研究者と査読者、出版組織の共同作品である。科学研究は主に公的資金に支えられるが、成果発信の相当部分は民間が担う。伝統を誇る英国Nature誌は、現在ドイツ商業出版社Springerの傘下にある。広い科学分野を取り扱うが、進展する専門分野に特化した多くの姉妹誌をもつ。Cell誌は世界最大のオランダ出版社エルゼビアが発行する生物医学専門誌である。ちなみに、広く社会的影響力をもつScience誌は、2万人の会員を擁する米国の非営利団体AAASが発行するが、相当の収益事業という。 科学技術政策や大学組織の経営方針は、断固として自らの理念に基づく主体性を堅持すべきである。しかし、いまや出版界は研究者の人事、研究費のみならず、いくつかの分野では科学の行方にまでに影響力をも...

記事紹介|子どもの貧困-なぜ子どもが涙しなければいけないのか

あなたは、子どもの貧困という言葉を聞いてどのように感じますか? 昔と比べて日本は経済的に豊かな時代となり、あまり実感が沸かない人もいるかもしれません。もしくはパッと聞くと「みんな大変な中で暮らしているのに何を言ってるんだ」と、贅沢や甘えに感じてしまう人もいるかもしれません。 子どもは未来ある豊かな存在 子どもの貧困は、その定義の難しさや見えにくさなどから論争が起こっています。「本当にそんな子いるの?」。「何とかしなければいけない」。「いや、自己責任だろ」。それらのなかには、必死に生き抜こうとしているからこその冷たい言葉を聞くこともあります。小6で母親を自殺で亡くし「自分のことは自分でやってね」と言われて独りあがき続けた身として、何だか気持ちが分かってしまう部分もあります。 それでも、ひっかかる言葉がいくつかあります。そのひとつは、「心の貧困」です。心の貧困とは、経済的な貧しさと対比して心が貧しい意味合いで使われています。支援者の人からも、悪気なく「お金の問題だけじゃないよね」と、この言葉を聞くこともあります。 本心は違ったとしても、聞くたびに「問題なのはお金じゃなくて、心が貧しいことが問題なんだ」と聞こえて、もやもやします。今まで様々な子どもたちと出会ってきましたが一人として心が貧しいと感じる子どもはいませんでした。 春休みに開いたキャンプでは、大雪となりスタッフはひやひやとしたのですが、子どもたちは雪合戦や雪のすべり台、雪だるまをつくって思い切り楽しんでいました。キャンプに参加した子どもたちは、普段は我慢を強いられることも多く、使い余しているエネルギーをスタッフのお兄さん・お姉さんたちに遠慮なくぶつけてきます(笑) むしろ、子どもは本当に豊かな存在です。生まれ育つ環境によって、その豊かな育ちを奪われてしまう状態が「子ども(が育つ環境)の貧困」なのではないでしょうか。問題の所在は子どもを取り巻く環境など支える私たち社会側にあるのに、心の貧困はその所在を子ども個人に向けてしまう危険性があります。 心の貧困は貧困によって辛い思いをさせてしまっていることを言いたいのだとしても、誤解を生むかもしれない言葉です。 必要なのは、諦めない力より諦めずに済む環境 「報道で高校生に批判があり、冷たい言葉を聞くと、お金がないなら部活を辞めろと言わ...

記事紹介|自分自身を磨く

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鈍刀(どんとう)をいくら磨いても 無駄なことだというが 何もそんなことばに 耳を貸す必要はない せっせと磨くのだ 刀は光らないかも知れないが 磨く本人が変わってくる つまり刀がすまぬすまぬと言いながら 磨く本人を光るものにしてくれるのだ そこが甚深微妙の世界だ だからせっせと磨くのだ 坂村真民 物事を惰性で行なっていたら、磨かれるものも磨かれない。 一見無駄に思われること、自分ではなくてもいいようなことに真面目に取り組むこと、 人の嫌がることを率先して引き受けることで、 やってることそのものが光らなくとも、 それに取り組んでいる自分自身が磨かれてくるのですね。 そのことを知っているか知らないかで、取り組み姿勢も変わってくるでしょう。 『自ら変えられるものは変化を起こし、変えられないものは受け入れること。』 物事に対峙したときは、このどちらかの姿勢で臨むと良い。 そして後者だった場合には、鈍刀を磨くつもりで取り組むことが大事なのです。 今日の言葉  から

記事紹介|学び直しと大学の役割

安倍内閣が設けた「人生100年時代構想会議」は、社会人が仕事に必要な知識や技術を身につける「学び直し」をテーマの一つにかかげる。 受け皿に想定されているのは大学だ。だが適任かどうかは、教員の専攻分野や人数、地域の事情などによって異なる。視野を大学以外にも広げて、議論を進めるべきだ。 一方、少子化による学生減で厳しい状況にある多くの大学にとって、社会人の受け入れは以前からの課題だった。投じられたボールを受けとめ、自校の針路や将来像を考える機会にしてもらいたい。 政権が描くのは産業を担う人材の能力向上だ。IT分野などは働きながら新しい知識を取り入れていかないと、技術革新のテンポに追いつかない。社会全体をみても、終身雇用は崩れ、企業の盛衰も激しい。転職や再就職をしたい人や、正社員をめざす非正規労働者への再教育がますます必要になる。 経済界や政権の思惑を離れても、自分の仕事や生活を充実させるために、学び直しを志向する人は少なくないはずだ。 育児で仕事を休んでいたが、復職前に最新の専門知識を勉強したい。シニア世代になっても腕をみがき、新たな仕事に挑みたい。町づくり活動に役立つノウハウを学びたい――。 こうした声に応えてくれる場が地域にあれば心強い。 日本の大学(学部)入学者のうち社会人は推計2・5%で、諸外国よりかなり低い。 理由の一つは、企業実務などに対応した教え方ができる教員が少ないことだ。だが、そうした人材を新たにスタッフに迎えるには経費がかかる。ただでさえ苦しい研究費にしわ寄せがいくのを避けるためにも、大学間で提携の方法を探るなど、知恵をしぼる必要がある。 もう一つの理由は、個人や企業がコンサルティング会社を使った社内研修や通信教育、資格学校の利用などで、個別に対応してきたことだ。こうした既存のサービスと大学との間で、どう役割を分担するか。その検討も課題になる。 地方都市は都会に比べ、どうしても学び直しの場が少ない。だからこそ大学が大きな役割を果たせる可能性がある。地元で働く人に耳を傾け、地域に貢献する講座を工夫してほしい。 社会人のニーズは「土日か夜間に、短い期間で、安く、実践的な勉強がしたい」と明確だ。教室での対面講義ばかりでなく、ネットによる動画配信なども有効活用できるに違いない。 学び直し 大学の針路探る機会に|...

記事紹介|時は誰も待ってくれない

一番多忙な人間が、一番多くの時間をもつ|アレクサンドル・ビネ 忙しい人ほど時間のやりくり上手なのは、わずかな時間の価値を知って無駄にしないからでしょう。 隙間時間も有効に使うし、優先順位付けも上手く出来る。 それは先のVisionが見えているから、逆算思考が出来るからとも言えるでしょう。 以前もご紹介しましたが、時間を意識するときにはこのお話が参考になります。 今日という日に、最大限のものを作り出しましょう。 1年の価値を理解するには、浪人した学生に聞いてみるといいでしょう。 1ヶ月の価値を理解するには、未熟児を産んだ母親に聞いてみるといいでしょう。 1週間の価値を理解するには、週刊誌の編集者に聞いてみるといいでしょう。 1時間の価値を理解するには、待ち合わせをしている恋人たちに聞いてみるといいでしょう。 1分の価値を理解するには、電車をちょうど乗り過ごした人に聞いてみるといいでしょう。 1秒の価値を理解するには、たった今、事故を避けることができた人に聞いてみるといいでしょう。 10分の1秒の価値を理解するためには、オリンピックで銀メダルに終わってしまった人に聞いてみるといいでしょう。 あなたの持っている一瞬一瞬を大切にしましょう。 そして、あなたはその時を誰か特別な人と過ごしているのだから、十分に大切にしましょう。 その人は、あなたの時間を使うのに十分ふさわしい人でしょうから。 そして、時は誰も待ってくれないことを覚えましょう。 昨日は、もう過ぎ去ってしまいました。 明日は、まだわからないのです。 今日は、与えられるものです。 だから、英語では「今」をプレゼント(= present)といいます。 時間|今日の言葉  から

記事紹介|大学が果たすべき社会貢献

昨年6月の熊本地震では、立命館アジア太平洋大学(APU)がある大分県別府市も震度6弱の揺れを観測した。APUは最も国際化が進んだ大学の1つだ。本田明子教授(言語教育センター長)は、地震直後の留学生の行動調査などから災害時の情報提供が大きな課題だと話す。 本田教授によると、地震発生直後、5割弱の留学生が指定避難場所などに避難したが、多くはテレビニュースよりもロコミや学生仲間などが発信するLINEやフェイスブックの情報に頼っていた。テレビニュースを見ても日本語を正しく理解している自信がない。インターネットの英語ニュースは理解できるが、最新情報なのか疑わしい。結局、留学生仲間や日本人学生らの情報に左右されてしまう。だから、テレビがいくら「津波の心配はない」と伝えても、LINEで「津波が来る」と言われれば信じてしまう。家族や先輩に言われるまま、県外や国外に避難した学生もいる。 災害時の用語は特殊で、英語に翻訳すれば通じるわけではない。多くの留学生にとって自国の「避難所」は公園や広場など周囲に何もない屋外を指す。日本の避難所が学校の体育館などであることに驚き、建物内に「避難する」ことが理解できない。 不安や誤解を解消するには、災害時の情報は極めて平易な日本語で提供しなければならない。改めて有効性を確信したのは、阪神淡路大震災の教訓から生まれた「やさしい日本語」(初級日本語話者にも理解できる平易な日本語)だった。「エレベーターは絶対に使わないでください」ではなく、「エレベーターはだめです。かいだんを使ってください」とやさしく丁寧に示す。「キャンパス内の避難場所は、来客用駐車場および噴水前です」は「キャンパスにいるときは、駐車場(ちゅうしゃじょう)かふんすいの前が安全です」と言い換える。 地震後、APUは避難情報を平易に言い換え、市役所と共催のワークショップや市民参加型の交流会などを通じて地域に普及させる活動を続けている。話を聞いて、大学が災害大国・日本で大量の留学生を受けいれるためにやるべき事は、まだまだ多いと思った。日本で暮らす外国籍の人は今後、さらに増える。こうした地道な活動が大学の果たすべき重要な社会貢献だと思う。 やさしい日本語|IDE 2017年10月号  から