投稿

2011の投稿を表示しています

教員養成系大学・学部の就職状況

イメージ
まだ、文部科学省のホームページには掲載されていないようですが、昨日、「国立の教員養成大学・学部(教員養成課程)等の平成23年3月卒業者の就職状況」のとりまとめ結果が報道発表されています。 詳細は、追って文部科学省のホームページでご確認いただくこととして、ここでは、主なポイントを速報としてご紹介します。 報道発表資料前文 小、中、高等学校等の教員養成を目的とする国立の教員養成大学・学部卒業者(44大学・学部)の教員養成課程の就職状況については、毎年、文部科学省において取りまとめ公表しています。 今回、平成23年3月に教員養成課程を卒業した者についての平成23年9月末までの就職状況を、別紙1(略)のとおり取りまとめましたのでお知らせします。 また、今年度より、教職大学院を平成23年3月に修了した者についての就職状況を、別紙2(略)のとおり取りまとめましたので併せてお知らせします。 調査結果の概要 国立の教員養成大学・学部(教員養成課程)卒業者の教員就職率は、少子化による児童生徒数の減少等に伴い教員採用者数が減少したことから、平成11年3月卒業者の教員就職率は32%にまで低下したが、その後、教員採用者数の増加や、教員養成大学・学部の入学定員減などにより、近年は50%台後半を維持しており、今年は62.0%(前年比2.4ポイント増加)であり、前年よりやや高い教員就職率となっている。 なお、卒業者数から保育士への就職者と大学院等への進学者を除いた場合の教員就職率は、70.6%(前年比2.8ポイント増加)となっている。 教員就職率が高い大学 鳴門教育 77.9% 兵庫教育 74.7% 愛知教育 71.8% 京都教育 70.1% 岐阜    69.5% 教員就職率が低い大学 秋田   44.5% 琉球   47.2% 鹿児島  47.2% 岩手   49.1% 福井   50.5% 平成23年3月卒業者大学別就職状況(教員養成課程)(発表資料の一部を抜粋) 国立の教員養成大学・学部(教員養成課程)の卒業者数等の推移

笑う門には福来る

明日から帰省(パソコンのない環境)のため、今年の日記は今回でひとまず休憩です。今年の日記を振り返って眺めてみますと、東日本大震災をはじめ、いろんなことがありました。 来年は、過日閣議決定された来年度の予算(国立大学法人関係)にも表れておりますように、国立大学改革の推進強化、とりわけ「改革の加速化」が一層強力に求められる年になりそうです。予算に関する文部科学省の会見でも、大臣から「国立大学の大規模な再編成については、国立大学の成果や需給バランスなどを見極めながら機能強化を図っていく」との見解が示されました。これまで以上に、緊張感を持って、自らを成長させ、考え、行動し、大学や社会に貢献していかなければなりません。 さて、この日記をお読みいただきました皆様、今年も大変ありがとうございました。来年も皆様にとりまして、今年以上に笑いの絶えない明るく幸せな年になりますようお祈りいたします。 今年最後にご紹介する記事は、広島大学高等教育研究開発センター長の山本眞一氏が書かれた「 大学の危機-年の終わりに考える 」(文部科学教育通信 No282 2011.12.26)からの引用です。 マクロ・メゾ・ミクロの危機 さて、大学を巡る昨今の状況を何と表現したらよいだろうか、と思いを巡らせているうちに思ったのは「大学の危機」である。もちろん、危機はこれまでにもあった。しかし改めてこのことを考えておくことは、来年以降のわれわれの立ち位置を明確にするためにも必要なことであり、年末ということもあってすこしまとめて考えてみたい。 大学の危機といっても、いろいろなレベルがある。論者によってはさまざまな問題を分類するとき、マクロ(大問題)、メゾ(中問題)、ミクロ(小問題あるいは各論)と三つの概念を使われるようであるが、それに倣うとすれば、大学の危機は、1)大学全体としての危機、2)国立や私立など設置者別の大学の危機、3)皆さんがお勤めのそれぞれの大学の危機、の三つに分けて考えるとよい。 第一のマクロレベルのすなわち大学全体としての危機は、こうである。今、世界は知識基盤社会に向けて大きく変貌中であり、その中でグローバル化の動きが著しい。新興国や途上国には300万人にも及ぶ留学生やその予備軍がいるそうであるが、彼らはより有利な留学先を求めて、世界の大学をみつめている。世界の主...

入試広報の腕をみがく(4)

「大学の広報戦略」に関する日本私立大学協会私学高等教育研究所・岩田雅明氏の論考をシリーズでご紹介していますが、今回は最終回「効果的な広報表現のポイント」です。 (関連過去記事) 入試広報の腕をみがく(1)-広報活動の効果的な組み立てと点検を-(2011年11月28日) 入試広報の腕をみがく(2)-受験へとつなげていく広報-(2011年11月29日) 入試広報の腕をみがく(3)-広報活動の具体的展開-(2011年12月19日) 広報表現のポイント 広報戦略の最後として、広告表現の技術的な点、特に平素、自分の学校のパンフレット等の制作に当たっている中で留意している広告表現のポイントを述べていきたい。 最も効果があると思われる手法は、「自分と同じ立場の人からの情報は受け入れやすい」ということの活用である。健康食品などの新聞広告によく掲載されている、自分と同じ症状に悩んでいた人が、その健康食品で改善されたという声に共感するというのが、これにあたる。大学側から一方的に教育内容の有用性や学生生活をきちんと支援するということをパンフレット等で伝えても、観念的には理解されても、自分が得られるメリットとして具体的には伝わっていかないと思われる。得られるメリットを具体的に実感してもらうためには、その大学の教育サービスを受けている、あるいは既に受け終わった人たちの声、すなわち利用者の声を伝えることが最も効果的である。 したがって、パンフレット等には在学生や卒業生をできるだけ多く登場させ、自分がこの大学でどのように成長したかということを、できるだけ具体的に語ってもらうことが大切である。そして、できるだけ多くのターゲットの共感を得られるようにするため、いろいろな立場の学生(勉強に頑張っている人、スポーツに頑張っている人、入学前は勉強が嫌いだったが、この大学で好きになった人など)を登場させると良い。オープンキャンパスで、学生が大学の教育プログラムや支援体制を説明し、その良さをアピールすることも同じく効果的である。 二番目は、「未来のイメージ」を抱かせるという手法である。その大学でどんなことを学べるのかということだけでなく、学んだ結果、どんな力がどれだけついて、大学卒業後にどのような人生を送れるのかという明るい未来を描いてもらうことが、大学の魅力をアピールする...

大学職員は成長する

慶應義塾大学信濃町キャンパス事務長(元東京大学理事)の 上杉道世 氏がIDE-現代の高等教育(No.535 2011年11月号)に寄稿された論考からの引用です。 上杉さんの書かれた論考は、これまでたくさん読みましたが、いつも他の学者に比べ、とてもわかりやすく自然に脳裏に染みてきます。文部科学省職員、そして大学職員としての現場の経験が生きているのでしょう。 成長する大学職員 1 現在はどのような段階だろうか 大学を取り巻く環境が厳しくなるにつれ、この難関を乗り切っていくためには、各大学が学生や国民の期待に応えて教育研究の質を向上させ、それを支える大学経営を改善していく必要があることは、ほぼ共通理解になってきているだろう。そしてそのためには、各大学の目指すあり方に応じて、あるべき教員と職員の育成確保が必要であることも当然であろう。しかし残念なことに、各大学の現状を見ると、あるべき教員と職員の育成確保について、明確なポリシーと実行プランを持ちつつ取り組んでいる大学は少ないように見える。アンケート調査をすれば、大学の人材の育成確保に取り組んでいると答える大学は多いかもしれないが、実は本当に必要な取り組みになっていないと思われることが多い。その人材の育成確保の問題は教員と職員の双方を視野に入れて論じるべきと考えるが、ここではもっぱら職員について論じることにしたい。 職員の力を大学マネジメントの向上に生かす必要性は、国立大学にあっては法人化に伴い、私立大学にあっては少子化の中での経営困難に伴い、大きくクローズアップされてきた。職員の力量を高め生かす大学は発展し、そうでない旧態依然たる大学は没落するといっても過言でない。 そうは言っても成長しようとする職員はどこの大学でもまだ少数派でしかない。多数の職員は変化を簡単には受け入れないが、彼らには彼らにふさわしいルーティンが依然として残っているのも現実である。だから、意識を変えるというだけでは変わらないので、行動を変えるように導かなければならない。 また、大学マネジメントの向上と大学職員の成長は相互作用するものであり、職員だけでなく、大学マネジメントのあり方も、教員のあり方も同時に変わらなければならない。そのためには、大学の業務の現実を見つつ、将来の大学マネジメントのあるべき姿を描いていく必要がある。 ...

国立大学改革のスピードを加速する仕組みの導入

既に、報道等でご案内のとおりですが、平成24年度予算に係る閣僚折衝が19日から始まり、このうち文部科学省関係では、国立大学法人への運営費交付金を1%余り減らす一方、学部の再編や他の大学との連携など、大学改革を行った場合に支援する新たな補助金を創設することが固まりました。 このうち、国立大学運営費交付金については、復興特別会計分の57億円を含め、今年度予算に比べ、▲105億円減(▲0.9%)の1兆1,423億円、また、運営費交付金とは別に、今後のわが国の再生に向けて、大学改革を推進するため「国立大学改革強化推進事業」(138億円)を新設(補助金による補助事業)することになっています。 運営費交付金の内訳や「国立大学改革強化推進事業」の具体的内容等の詳細事項についてはまだ決まっていないようですが、平成24年度予算案については、12月24日(土)閣議決定の予定です。 文部科学大臣と財務大臣による大臣折衝に関連する資料が両省から発表されているようですが、WEB上ではまだ見当たりませんので、発表資料の中から主なものをご紹介したいと思います。 (関連報道) 大学改革推進へ138億円 政府予算案、資金面から支援(2011年12月19日 日本経済新聞) それにしても、今回は露骨な”財政による政策誘導”ですね。財務省してやったり! 文部科学省は打つ手なし! といった感じでしょうか。この政策によって、補助金獲得のための過度な「大学間競争」が生じ、これまで以上に「大学間格差」が拡がるのではないかと懸念するのは私だけでしょうか。 平成24年度文教予算(国立大学関係)のポイント 国立大学の改革を強力に推進するために、従来の経費を見直す一方で、大学改革をこれまでにない深度と速度で進めるための経費を新設し、大学改革に向けた予算の見直しを実施 1 国立大学法人運営費交付金 11,582億円→11,366億円(▲161億円、▲1.4%)(別途、復興特別会計計上57億円) 大学を取り巻く環境の変化に即応するために、国立大学の改革についての基本的考え方(別紙)に基づき、スピード感を持って大学改革に取り組むこととし、国立大学の教育研究の基盤経費である運営費交付金11,366億円を措置(第二期中期目標期間最大の削減額、同最大の削減率、23年度は▲0.5%)。復興特別会...

自分の火種は、自分で火をつけよ(土光敏夫)

イメージ
私たちは、ごくわずかだが、”火種のような人”がいることを知っている。自ら、カッカッと火を発し燃えている人だ。その人のそばにいると、火花がふりかかり、熱気が伝わってくるような感じを受ける。 実は、職場や仕事をグイグイ引っぱっているのは、そんな人だ。そうして、まわりの人たちに、火をつけ燃えあがらせているのも、そんな人だ。しかし、誰にも皆、火種はある。必ずある。他の人から、もらい火するようではなさけない。自分の火種には、自分で火をつけて燃えあがらせよう。(土光敏夫 信念の言葉) [新装版]土光敏夫 信念の言葉 PHP研究所 PHP研究所 発売日:2009-09-17 ブクログでレビューを見る»

入試広報の腕をみがく(3)

「大学の広報戦略」に関する日本私立大学協会私学高等教育研究所・岩田雅明氏の論考をシリーズでご紹介していますが、今回は3回目「広報活動の具体的展開」です。 (関連過去記事) 入試広報の腕をみがく(1)-広報活動の効果的な組み立てと点検を-(2011年11月28日) 入試広報の腕をみがく(2)-受験へとつなげていく広報-(2011年11月29日) 知恵を絞る ここからは少し、広報の各論的なこと、すなわち大学が具体的に広報を展開するに当たって留意すべきことを考えていきたい。 学生募集のための広報活動の一般的な活動として挙げられるものは、受験雑誌や受験情報サイトへの大学情報の掲載、新聞広告、テレビやラジオでのCM、駅構内や電車内などへポスターや看板を掲示する交通広告、といったものであろうか。ほとんどの大学は、これらの媒体の一部、ないしは全部を活用して、広報活動を行っていると思う。 これらの媒体は、例えば受験雑誌であれば広範囲の受験生に情報を届けることができるし、駅構内の看板や電車内のポスターといったものであれば、保護者も含めた多くの人たちに大学の存在や内容を知ってもらうことができる、有用な媒体であることは間違いない。ただし、これらの広報手段はお金さえ支払えばどの大学でも実施できるものであるし、現実に多くの大学が実施しているため、インパクトという面では弱く、大学の内容がよほど特色のあるものでないと他の大学との差別化を図ることは難しい。また、少なからぬ費用がかかるものも多いので、財政的にあまり余裕のない大学にとっては利用が制限されることにもなる。 競争戦略において重要なことは、差別化である。差別化ができて初めて自分の大学の魅力を伝えることができるのである。広報戦略においても同じで、差別化ができて初めて強く印象付けることができるのである。そうであるならば、他の大学が実施していないもので効果が期待できるもの、しかも費用もあまりかからない広報手段というものを考え出すことが、効果的な広報活動を行うためには重要なポイントとなるであろう。大学に関する情報が、氾濫といわれるほど豊かに流れている現在のような状況では、情報の信頼度、特に当事者である大学側から発信する情報の信頼度は低下しているといえる。しかし一方では、前に述べた通り『クチコミマーケティング』の効果、...

成果を明らかにする(ドラッカー)

イメージ
成果は組織の内部ではなく外部にある。救世軍の成果は、アルコール中毒者、売春婦、飢えた人に現れる。教師の成果は生徒に現れる。 意図さえよければ成果はなくともよいか。17世紀から18世紀初めにかけて、イエズス会の修道士が大勢中国に渡った。優れた人たちだった。迫害、苦難、危険に耐えた。懸命に働いたが成果はなかった。たとえわずかの人でも改宗させようとした。天文学、数学、画業において秀でた者もいた。しかし、それは成果のないところへの資源の配賦だった。 神の国では一人の罪人でも悔い改めれば喜びがあるという。だが、神の国でも、資源がミッション、目標、成果に正しく配賦されれば、それだけ喜びも大きくなるはずである。事実、イエズス会も、優れた人たちを空しい夢に注ぎ込むことは、とうの昔にやめている。 もちろん、ミッションからスタートしなければならない。ミッションこそ重要である。組織として人として、何をもって憶えられたいか。ミッションとは、今日を超越したものでありながら、今日を導き今日を教えてくれるものである。ミッションを失った瞬間、われわれは迷い、資源を浪費する。ミッションが明らかでありさえずれば、目標を設定して進むこともできる。 しかし、非営利組織は成果を明らかにして初めて目標を設計することができる。そのとき初めて「なすべきことをなしているか。活動は正しいか。ニーズに応えているか」を判定することができる。何よりも「優れた人材に見合う成果をあげているか」を考えることができる。そうしてようやく、次に大切なこととして「われわれはいまも正しい分野にいるか。変えるべきではないか。いまやっていることは廃棄すべきではないか」を考えることができる。 非営利組織は活動分野ごとに成果を定義しなければならない。主な活動分野を一つひとつ精査していく必要がある。 ドラッカー名著集 4 非営利組織の経営 P.F.ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:2007-01-27 ブクログでレビューを見る»

成功は成功の母である(土光敏夫)

イメージ
大きな事業でも小さい仕事でも、一つの成功がそれだけでとまってしまうことがある。どうしてそうなるかといえば、企業にしろ個人にしろ、その成功の上にアグラをかき鼻を高くしてしまうからだ。一回限りの成功は、まだほんものの成功とはいえない。第一の成功が呼び水となって、第二第三の成功を生みだしてこそ、企業の成長、個人の成長がある。それゆえ「成功は成功の母」である。 大きな事業でも小さい仕事でも、一つの失敗がそれだけで命取りになることがある。どうしてそうなるかといえば、企業にしろ個人にしろ、その失敗にくじけ尻尾を巻いてしまうからだ。一回限りの失敗は、実はまだ失敗とはかぎらぬ。肝心なことは、その失敗を足がかりとして将来にどう生かすかである。とことんまで失敗の原因を窮め、同じ失敗を二度と繰り返さないことだ。そうすると「失敗は成功の母」となる。(経営の行動指針) 経営の行動指針―土光語録 土光敏夫 産能大出版部 発売日:2009-10-15 ブクログでレビューを見る»

求められる教職員の意識改革

先日、国立大学法人福岡教育大学の事務職員・寺田浩一氏が書かれた「大学のガバナンスの強化に向けた取組事例」という連載記事の一部をご紹介しました。その後もこの連載をウオッチしていましたが、改めて最終回(文部科学教育通信 No281 2011.12.12)の記事の中から抜粋してご紹介します。 (関連過去記事) 求められる責任と権限の明確化(2011年10月24日) 前回の記事をご紹介した際、この記事に対する批判的(建設的な批判)なコメントがこの日記に寄せられましたが、読み手によってこの記事の評価は分かれるところだと思います。この記事を書いた筆者のねらいは知る由もありませんが、いずれにせよ、何かの論を外部に発するということは、賞賛、賛同、共感、批判(ためにする批判・建設的な批判等)等が当然ありえます。所見を外部に発して、なんらの反応もないものほど価値が低いものはないと思います。 この記事は、一部の教員の方々にとっては、異論、異議、批判の対象になってしまうかもしれません。しかし、読者が、この記事に何がしかの関心を抱いて読んだということは事実ですし、それはとても良いことですし、重要なことではないかと思います。 「父親とは、男の親のことである」と言えば、間違いなく正しいことであり、批判されることもありません。しかし、そこには何も議論が発展しないし何も生まれることはありません。一方、「男親とは強いものである、働く者である」と言ったならば、議論百出、糾弾されるかもしれません。こうして議論が活性化し、何かが生まれるかもしれません。摩擦を起こし、過熱状態にならなければ、組織は変わらないと思います。国立大学法人は、変わらなければなりません。この記事が、火付け役や過熱器の役割を果たすことがあってもいいのではないかと個人的には思います。 「私はあなたの言うことに一言も賛成できない。でも、あなたにはそれを言う権利があることは、命をかけて守ります」とボルテールは言っています。より正常な大学運営のために、未来ある学生のためにも、議論の質の高まりにこそ留意すべきではないかと思います。 最後に-求められる教職員の意識改革 これまで、福岡教育大学が取り組んできた「運営組織改革」「事務組織改革」「業務改革」の三つの改革についてご紹介してきた。いずれも所期の目的は果たすことができ...

国立大学法人の二次評価結果

このたび、総務省政策評価・独立行政法人評価委員会が、国立大学法人評価の二次評価結果を公表しましたのでご紹介します。(以下において「貴委員会」とあるのは「国立大学法人評価委員会」と読み替えてください。) ◇ 平成22年度における国立大学法人及び大学共同利用機関法人の業務の実績に関する評価の結果等についての意見 平成22年度における国立大学法人及び大学共同利用機関法人の業務の実績に関して、貴委員会においては、各法人における業務運営の実態把握に精力的に取り組み、評価を行っているところであるが、以下のとおり改善すべき点がみられた。 経営協議会について、貴委員会の評価結果をみると、経営協議会の議事録等の公表及び学外委員からの意見を基に具体的に改善した取組事例等について評価を行い、議事録等の公表が行われていない法人については、公開を促す評価が行われている。しかし、議事録等を公開している法人においては、学外委員から具体的にどのような意見が出され、その意見を基に具体的にどのように法人運営が改善されたのかは必ずしも明らかではない状況がみられる。今後の評価に当たっては、引き続き、経営協議会の議事録等の公表状況及び公表内容について確認を行い、学外委員の意見及びその具体的な法人運営への反映状況について公表が行われていない場合は、その公表を促すような評価を行うべきである。 各法人は、「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」(平成18年8月研究活動の不正行為に関する特別委員会報告)なども参考に公的研究費の不正使用の防止に取り組んでおり、貴委員会は、公的研究費の不正使用の防止のための体制・ルール等の整備状況及び運用状況について評価を行っているが、最近においても複数の法人において公的研究費の不正使用が指摘されている。今後の評価に当たっては、指摘された公的研究費の不正使用の発生原因を検証した上で、各法人における公的研究費の不正使用を防止するための取組について、その有効性の観点から評価を行い、引き続き必要な改善を促すべきである。 保有資産については、「国立大学法人の組織及び業務全般の見直しについて」(平成21年6月文部科学大臣決定)及び「大学共同利用機関法人の組織及び業務全般の見直しについて」(平成21年6月文部科学大臣決定)において、保有資産の不断の見直し及び不...

成果のあるところに資源を投入する(ドラッカー)

イメージ
あらゆる組織にとって成果こそが判定基準である。非営利組織はすべて人と社会を変えることを目的にする。しかるに成果こそ、非営利組織にとって最も扱いの難しい問題である。 私はよく企業と非営利組織の違いを聞かれる。違いは多くない。しかし最も重要な違いが成果である。企業は、成果を狭く定義しがちである。その典型が財務上の収支である。だが、もし企業が財務上の収支だけを成果の測定尺度とし活動の目的とするならば、長期にわたって繁栄することはもちろん、生き残っていくことも覚つかなくなるに違いない。収支だけを尺度としたのではあまりに狭い。 しかし企業の尺度が具体的であることは認めざるをえない。市場シェア、イノベーション、キャッシュフローにしても、数値化は容易である。改善しているか否かについて議論の余地はほとんどない。 非営利組織にはそのような数値はない。そのうえ非営利組織にはもともと成果を軽視する傾向がある。「われわれは大義を奉じている。神の仕事をしている。人の人生をよりよいものにしている。したがって仕事そのものが成果である」という。 だが、それではよい仕事はできない。企業が成果のありえないところで資源を浪費すれば、失うのは自社の資金である。ところが非営利組織では失うのは人の金である。寄付してくれた人の金である。したがって非営利組織といえども、寄付した人に寄付金の使途を説明できなければならない。 金は成果のあるところに投入しなければならない。したがって成果の問題は非営利組織にとって厄介な問題である。よき意図だけでは転落の道をたどる。 非営利組織にとっては「われわれにとっての成果は何か」という問いに答えることはきわめて難しい。しかし答えなければならない。事実成果は測定できるものであることもある。救世軍は宗教団体であるが、肉体的、精神的に立ち直らせたアルコール中毒者のパーセンテージや、更生させた犯罪者のパーセンテージを把握している。いずれも優れて定量的である。 ところが非営利組織の多くは、いまだに成果を具体的な形で把握することを避ける。たとえ評価できたとしても質でしかできないとする。「資源を有効に使ったか、いかなる成果を得たか」などと聞こうものならば、木で鼻をくくった返事しか返ってこない。『新約聖書』のタラントの教えを思い出させたくなる。人と金という資源は、見返り...

学歴偏重は親のエゴ(土光敏夫)

イメージ
ぼくは学歴なんか問題にしない。一流校を出たからといって、それで世の中に通じると思ったら大間違いだ。 そもそも学校というのは、社会に出るためのウオーミングアップの場所にすぎない。今、どの学校がいいとかなんとか、みんなが目の色を変えているのは、ありゃ、たんなる親のエゴにすぎない。なんでも自分の子どもをいい学校-名前のある-に入れればよいという考え方には賛成できない。企業サイドでも、それは考えなければならない問題だね。 ぼく自身は、大学に行く気なんてまったくなかった。好きな機械をつくっていれば、それでよかったんだ。(土光敏夫 信念の言葉) [新装版]土光敏夫 信念の言葉 PHP研究所 PHP研究所 発売日:2009-09-17 ブクログでレビューを見る»

国立大学に対する地方公共団体からの寄付が緩和

先日(12月1日付で)、文部科学省から各国立大学法人宛に「地方公共団体の財政の健全化に関する法律の一部改正について」と題する事務連絡が届きました。 内容は、これまで、地方公共団体から国等(国立大学法人含む)への寄付について原則禁止を規定していた地方公共団体の財政の健全化に関する法律附則第5条が、地域主権一括法の施行に伴い削除されたため、地方公共団体の自主的な判断に委ねられることとなったというものです。 いわゆる「規制緩和」ですが、このことにより、これまで以上に国立大学法人と地方公共団体との連携が深まることが期待されますし、何より財政事情厳しい地方の国立大学法人にとっては、地方公共団体からの寄付を受け安くなることによる財政的なメリットは計り知れないのではないでしょうか。 法律改正に伴い、国と地方の財政規律を確保すべく、地方公共団体から国等に対する寄附金等の取扱いについて、閣議決定がなされています。文部科学省が示した関連資料をご紹介します。 「地方公共団体からの国等に対する寄附金等の取扱いについて」(平成23年11月29日閣議決定)について 1 経緯及び内容 地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律(平成23年法律第105号)において、地方公共団体の財政の健全化に関する法律(平成19年法律第94号。以下「健全化法」という。)附則第5条の規定が廃止されたところ。 同条は、地方公共団体から国、独立行政法人、国立大学法人等への寄附金等の支出を原則禁止している規定であるが、この改正により地方公共団体から国立大学法人等への寄附については、地方公共団体の判断に委ねられることとなる。 しかしながら、地方公共団体から同条を廃止するに当たっては国等と地方公共団体との財政秩序等を確保するための措置が必要との意見が表明されていることを踏まえ、国と地方公共団体との財政規律を維持する観点から、地方公共団体の寄附に関する自発的な意思決定に影響を及ぼさないよう一定のルールを設ける「地方公共団体からの国等に対する寄附金等の取扱いについて」が閣議決定された(平成23年11月29日。以下「平成23年閣議決定」という。)。 平成23年閣議決定においては、 地方公共団体との関係において、「官公庁に対する寄附金等の抑制について(...

教学経営のマネジメント

日本私立大学協会 アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)No.458からの引用です。 「教学経営」の確立を目指して 改革前進に向けた組織・運営課題(篠田道夫 日本福祉大学常任理事) 「学士力」答申の意義 2008年の中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」は、困難に直面する多くの大学の教育改革にとって重要な課題が提起されている。 「学士力」自体が、単なる専門知識の習得ではなく、今日求められる学生育成の要につながるものである。三つのポリシーの提起も、バラバラの個別改革ではなく、入口から出口に至る一貫した流れで育成を図ろうとしている。学習成果や成長度合で教育評価を行おうとする試みも、学生を中心に置いて教育改革を進めるという視点でとらえれば、意義がある。また、システムだけでなくその担い手、教員や職員の力量向上、FDやSDを提起している点も重要だ。大学教育の質向上を図るという点で、教育改革の全体構造、改革の基本方向の重要な柱が示されていると言える。 しかし、その実行システムや推進組織の在り方、マネジメントやガバナンスという点では一層の具体化が必要だと思われる。教育改革全体に及ぶ提起だけに、従来型の教学運営システムをそのままにしては、これらの実現は難しい。答申の実質化に向けては、実行力ある大学・教学運営の確立、それを統合する法人全体のマネジメントが求められる。 「教学経営」への着目 この点で、答申が提起する「教学経営」という言葉に着目したい。答申では「もっとも重要なのは、各大学が、教学経営において…三つの方針を明確にして示すこと…」「三つの方針に貫かれた教学経営…」「教学経営のPDCAサイクルの中にFDの活動を位置づけ…」などの形で使われている。「教学経営」は、「教育目標を達成するために教育課程を編成し、その実現のための教育指導の実践・結果・評価の有機的な展開に向け、内部組織を整備、運営すること」のような定義で使われてきたが、答申の提起はそれより広い大学運営全体にわたる教学の「経営」をイメージしていると思われる。 教学運営の再構築 そもそも「学士力」という提起自体が、学部レベルに分断された取り組みでは実現できない。学部横断、全学一体の取り組みや共通教育の改革が必要で、そのためには全学教育改革推進システム、学部を跨る権限と実...

反省することは帳面につけろ(土光敏夫)

イメージ
失敗は終わりではない。それを追求してゆくことによって、初めて失敗に価値が出てくる。だから、ボクは失敗という言葉をあまり使ったことがない。人間は、ある瞬間とか、一つの区切りにおいて、毎回、失敗をいくつかしている。それを自分が、失敗である、これはちょっとまずいぞ、と反省しなければいけない。毎日、反省することは、帳面をつけろということだ。そうすることによってまた先へ伸びて行く。一年前はバカなことをしたな、と思うことが必要なのだ。 失敗という言葉はあるけれど、それは失敗でなく道ゆきである。一つの経験であると考えるわけだ。人間は失敗してはいかんと思うと、元気がなくなる。失敗してもいいんだ、すぐそいつを取り返せばいいんだ。しくじってよろしい。しくじったとき、うまくいかなかったとき、投げ出してはいけない。大いにそいつを盛り返してやろう。ボクはそういうふうに考えて、今までやってきた。 土光敏夫 21世紀への遺産―人生・人間・政治・会社・未来 志村嘉一郎 文藝春秋 発売日:1988-01 ブクログでレビューを見る»

入試広報の腕をみがく(2)

前回に続き、日本私立大学協会私学高等教育研究所研究員の岩田雅明氏が、文部科学教育通信(No280 2011.11.28)に寄稿された「受験へとつなげていく広報」をご紹介します。 アクセス者を承認する 学生募集にとって、資料請求者といったアクセス者を受験者、入学者につなぎ止めていくプロセスが非常に重要であり、このプロセスを強化することで、相当程度の改善を図れることを前稿で述べた。 では、アクセス者を受験生へとつなぎ止めていくためには、具体的にはどのようにしたらいいのかについて考えていきたい。つなぎ止めるためには、関係性を常に保つことが必要となる。人間関係でも、顔を合わせる機会が無くなるとその人に対する意識が薄れてくるのと同じで、アクセスをした高校生も大学からの働きかけがないと、その大学に対する興味が薄れてくる可能性は高くなると考えられる。したがって、つなぎ止めるプロセスにおいて不可欠なのは、大学からの継続したフォロー活動である。 私も勉強のために他の大学の資料を請求することがあるが、パンフレットが一度送られてきただけで、その後は何のフォローもないという大学も少なくない。確かに表面的な依頼内容は「パンフレットを送付してください」ということであるが、パンフレット送付を希望した背景には、その大学に多少なりとも関心がある、場合によっては受験するかもしれないという気持ちも含まれているのである。その気持ちに対応しないということは、資料請求者の欲求に対して、きちんと応えていないことになる。これは非常にもったいない話である。同じ程度に関心を持った大学が二つあったとして、一方の大学は継続して資料が送られてくるのに対して、もう一方の大学はパンフレットが一度送られてきただけというような状況であれば、どちらの大学を受験先として選択する確率が高いのかは自明のことであろう。 組織づくりや、モチベーション・アップという場面で重要な働きをするものとして、『承認』という概念がある。文字通り、その人を認めるということである。人間、誰しも自分の存在や行動を認められたいという欲求を持っている(マズローの欲求五段階説でも、四段階目の人間らしい欲求として「承認の欲求」が挙げられている)。自分のことを認めてもらえれば意欲も湧くし、行動も積極的になるものである。また、人は認めてくれた相手に対し...

入試広報の腕をみがく(1)

いよいよ受験シーズン到来です。新聞・雑誌に大学の広告が目に付くようになりました。大学広報の腕の見せどころといったところでしょうか。 限られた財源でいかに効果的な広報を行うか、いかに質の高い学生を確保するかは、少子化時代における大学の重要な戦略的課題の一つです。そこで、今回は、日本私立大学協会私学高等教育研究所研究員の岩田雅明氏が、文部科学教育通信(No279 2011.11.14)に寄稿された「広報活動の効果的な組み立てと点検を」をご紹介します。 「AISAS」に対応した広報活動 最初の「A=Attention、大学を知ってもらう」ためには、高校生が進学先選択に際して見る媒体、または日常的に目に触れる媒体に大学の情報を掲載することが必要である。具体的には受験雑誌、新聞、ポスター、看板などを使っての大学情報の提供ということになる。存在を知ってもらわなければ選ばれようがないので、広報のスタートに当たる活動である。そしてこの段階から次の「I=Interest、興味を持つ」につなげるためには、知ってもらう段階でターゲットの興味を引くことのできる情報の掲載が必要となる。この意味では、学校名、学部名と所在地だけが記載されている大学の交通看板などは、「I」につなげる機能としては不十分であるといえる。 「I=興味を持つ」につなげるためには、ターゲットにとってのメリットが情報として提供されている必要がある。メリットとして何をアピールするかについては、前述の大学の現状認識、ターゲットのニーズ把握、競合校に対しての優位性を検討するプロセスの中から出てくることになる。皆さんの周りにある看板やポスターを点検してみると、メリットとなる情報が何も掲載されていない、抽象的な表現のものが多いことに気づくと思う。それは、このプロセスをきちんと経ていないことに大きな原因があるといえる。 次の「S=Search、検索する」の段階では、アピールポイントをより具体的に、より詳細に、かついろいろな切り口で伝えることが重要となる。具体的にはパンフレットやホームページで何をアピールするかということと、オープンキャンパスをどのように実施するかということになるであろう。いろいろな大学のパンフレットを見ていると、大学が伝えたいことと、ターゲットが知りたいことの間にギャップがあると感じられるケースも少...

廃棄のシステムをつくる(ドラッカー)

イメージ
顧客を知ることによって、いかなる成果を得られるかが明らかになる。目標を明らかにし、何を現実のものにできるかを知ることができる。 「われわれは何をしようとしているのか」「大学の質と規模を継続するには、どれだけの学力の入学者をどれだけ確保しなければならないか」 これを知っておけば結果からフィードバックすることができる。そのとき、「あれはうまくいっているが、これはあまりうまくいっていない。これにもう少し力を入れよう」あるいは「もう少し強力な者に担当させよう」「入って欲しい学生に入ってもらうには何を考えなければならないか」ということができる。 イノベーションのための戦略を成功させるには、機能しなくなったもの、貢献しなくなったもの、役に立たなくなったものを廃棄するシステムが必要である。 これを行わないかぎり、いかなる組織といえども、肥大化の挙げ句、重要な資源を成果の望みえないところへ注ぎ続けることになる。 非営利組織が常に考えるべき問題が、「顧客にとって大事な何を行うことができるか」である。そのあとで、提供できるサービスの構造を考え、提供の仕方を考え、人の手配を考える。そして再び基本に返り、何を、いつ、どこで行うかを考える。さらに重要なこととして、誰が行うかを考える。 非営利組織が応えようとするニーズのほとんどは、いつになっても消えることのないものである。人間がいるかぎり存在するものである。しかしそのニーズの現れ方は変化する。それを見つけることがマーケットリサーチの役割である。 特に、顧客であるべきなのに、サービスの提供のされ方が合っていないために顧客になっていない者にとって、それがどのようなニーズかを明らかにする。マーケットリサーチが明らかにするものは、「われわれの強みに合い、顧客を満足させるサービスを開発できるか」である。そして「動くべき時はいつか」である。 戦略があれば、行動にコミットしたも同様である。戦略の真髄は行動にある。ミッション、目標、マーケット、そして「その時」を統合したものとしての行動である。 戦略の成否は成果にかかっている。戦略はニーズに始まり満足に終わる。したがって顧客にとっての満足が何であるかを知る必要がある。 非営利組織たるものは、顧客と寄付者に敬意を払い、彼らにとって価値あることを聞き、彼らの満足を理解するこ...

人をトレーニングする (ドラッカー)

イメージ
非営利組織の戦略にとって、重要なことは人のトレーニングである。 これは、説教ではなくトレーニングによって身につけさせるべきものである。態度の問題ではない。行動の問題である。態度はトレーニングでどうこうすべきものではない。人のトレーニングは行動に関して行わなければならない。「これが行うべきことである」といわなければならない。 新しいことを始めるための戦略、イノベーションのための戦略においては、どこから誰が始めるかについて十分な思考とプランが必要である。その新しいものを成功させたがっている者から始めなければならない。最初から組織の中の者全員を関わらせてはならない。それでは必ず問題にぶつかる。機会のターゲットを探さなければならない。それを求め、信じ、コミットする者を探さなければならない。 イノベーションの戦略とは、最初の段階からこれらのプロセスを考え抜くことである。そして新しいものを成功させるために積極的に動く者、その成功が組織に乗数効果をもたらす者を確保しなければならない。 世界を変えるとの大いなる望みのもとに大々的にスタートしておきながら、五年後には「まあよくいっている。ちょっと特殊なプログラムだが」というようでは、戦略として最低である。それでは失敗である。資源の使い方を誤っている。 ドラッカー名著集 4 非営利組織の経営 P.F.ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:2007-01-27 ブクログでレビューを見る»

政策仕分け結果の十分な精査と着実な政策への反映を

既に報道等で承知されていると思いますが、去る11月20日~23日の4日間にかけて、行政刷新会議ワーキンググループによる「提言型政策仕分け」が実施されました。 この「提言型政策仕分け」は、無駄や非効率の根絶といったこれまでの視点にとどまらず、主要な歳出分野を対象として、政策的・制度的な問題にまで掘り下げた検討を行い、改革を進めるに当たっての検討の視点や方向性を整理することを目的に実施されているものですが、折角の貴重な議論の結果を、国政や予算配分に確実に反映していただきたいというのが多数の国民の願いではないでしょうか。 さて、この仕分けの様子は、インターネットを通じてライブ中継されましたが、平日の場合は、多くの方々は勤務中でご覧になることができなかったのではないでしょうか。そこで今回は、「教育:大学改革の方向性の在り方」をテーマとして行われた仕分け(11月21日開催)関係の論点等を整理した資料(文部科学省、財務省がそれぞれ提出)や評価結果を行政刷新会議のホームページから国立大学関係を中心に引用抜粋してご紹介します。 なお、論点の捉え方は、相変わらず文部科学省、財務省の双方で異なります。この”VS”構造をどう理解し、今後将来の大学の在り方をどう考えるかは、政治家、学識経験者、官僚、そして大学関係者だけに依存するのではなく、まさに国民一人ひとりにその責任があると思います。この政策仕分けを契機に、広く国民的な議論が展開されることを願わずにはいられません。 行政刷新会議-提言型政策仕分け「大学改革の方向性の在り方」 論点 大学の総収入・総支出は増加しているのに、世界の中で日本の大学のレベルは低下しているのではないか。 少子化の傾向にも関わらず、大学数や入学定員、教職員数が増えているのではないか。 定員割れによる学力低下等や赤字経営の大学の増加等をどう考えるか。 大学は、将来を見据えた明確な人材育成ビジョンを持っているのか。 大学が社会の実情と乖離し、社会のニーズに十分な対応ができていないのは、大学改革が進んでいないからではないか。どのように改革を進めるべきか。 とりまとめ(提言) 大学の国際通用力の向上の在り方については、「教育分野」における向上などその具体的な達成目標と達成時期並びにその評価基準について明確化を図る。まずは各...

壁を毎日破れ(土光敏夫)

イメージ
ボクらの生活は、毎日が行き詰まりだ。行き詰まらん方がおかしい。前に進んでいれば必ず行き詰まる。 「壁を毎日破れ」といったら「私には壁はありません」という人がいた。 「そうかないか、君は座っているじゃあないか。立って歩いてみろよ。四畳半だろうと六畳だろうと、立ってあるけば、壁にすぐにぶつかる」といったんだ。 つまり、この人には問題意識がないのだ。 だから、「歩いて毎日ぶつかれ」といったんだ。(土光敏夫 21世紀への遺産) 土光敏夫 21世紀への遺産―人生・人間・政治・会社・未来 志村嘉一郎 文藝春秋 発売日:1988-01 ブクログでレビューを見る»

一日も早く”地力”をつけよ、サラブレッドより野ネズミの方が強い(土光敏夫)

イメージ
この日記を始めて、11月9日で丸4年が経ちました。読者の皆様のおかげでなんとか続けることができています。心からお礼申し上げます。 最近は、ニュースなどの”情報提供型”に偏ってしまって、少々魅力のない内容が続いておりますが、なるべく自分の意見なども取り入れていきたいと思っています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 今日から、時折、土光敏夫さんの言葉を紹介していきたいと思います。 よく若い人に言うのだが、一日も早く”地力”をつけよ、と。僕はこの”地力”という言葉が好きで、これは人間の足腰を鍛え、少々のことではへこたれない本物の力を意味する。地力をつけるには、苦労を体験するのが必須条件だ。苦労を知らぬ人間は、端から見れは一にしかみえぬ打撃が十にも二十にも感じられ、そのショックひとつで潰れてしまうことがある。学校秀才型の、いわゆるエリートにその傾向が多くみられる。 土産物店などで、”上げ底”がよく問題になるが、人間もそれと同じで底辺を知らぬ「上げ底人間」は総じて弱い。叩かれ踏まれた体験がないものだから、僕らがなんとも思わないことでも、なにか問題が起きたとき、その対応に右往左往する。しっかりと受けとめて、冷静に対処することができないんです。 一のショックを十に感じる者もいれば、十のショックを毛ほどにも思わぬ者もいる。厚顔無恥は困るけれども、そのくらいの根性がないと、長いサラリーマン生活はやっていけません。いつも自分を最低の線、つまり社会の底辺に置いておけば、何が起こったって怖くはない。矢でも鉄砲でも持ってきやがれ--と、そのくらいの気概で生きることですよ。 サラブレッドはカッコいいが、僕はそれよりも野ネズミのほうが、より強いと思うわけです。サラブレッドは、みんなが寄ってたかってエリート馬に仕立てあげる。しかし、役目が了わればそれまでだ。が、野ネズミは踏まれても蹴られても、へこたれない生命力を持っている。人間だって、その本質に変わりはなく、いざとなれば野ネズミのしぶとさを持つ者が、サバイバル戦争に勝ち残る。 目先の現象に一喜一憂せず、どんと構えて正面から物事を受けとめる、そういう根性のある人こそが生き残る時代だと思うのだが、はたしてこれは極論すぎるのでしょうか。(土光敏夫大辞典) 昭和人間記録 土光敏夫大事典

国立大学法人の決算から垣間見えるもの

国立大学法人の中期評価や年度評価を行う国立大学法人評価委員会の下に、「国立大学法人分科会 業務及び財務等審議専門部会」というものが設置されています。このたび、国立大学法人の平成22事業年度の財務諸表の承認に係る議論等の概要が文部科学省のホームページに掲載されましたので読んでみました。 国立大学法人の会計処理は「国立大学法人会計基準」に基づいて行われていますが、企業会計や学校法人会計とは異なる特殊な会計処理が多々あることから、アウトプットとしての財務諸表ほか決算関係資料は、一般の国民の皆様にはとりわけわかりずらい構造になっています。このため、各国立大学法人では、独自の財務レポートなどを作成し、各大学のホームページ等を通じて説明しています。 今回の議事録を見る限り、議論を行っている委員の方々は、大学教員出身者が多く、国立大学法人の会計に必ずしも精通している方々だけではないようですが、その分、一般の国民と同様の目線での質疑も垣間見え、あるいは意外と鋭い意見も出されており、興味深く読ませていただきました。委員の意見をいくつか抜粋してご紹介します。事務局(文部科学省)とのやり取りについては、WEBサイトをご参照ください。 国立大学法人の財務諸表の承認及び剰余金の繰越承認について 【宮内委員】 決算書を見てちょっと感じた点で、これは昨年もたしか言ったかと思うのですが、概要の参考1の2ページで寄附金債務がこれは2,214億で、前年度対比で139億増加しています。大学としては、これはバッファーとして持っていたいというのは非常に個別事情としてはよくわかるのだけれども、寄附金をいただいておいて研究をやらないのですかという素朴な意見もあります。そんなにいただいたのに、やらないで腰だめしているのですかという社会的な指摘を受けたときに、大学が本当にきちんとした説明ができるのだろうかということです。研究体制がまだできておりませんという説明をしてしまって、研究体制もできないものを寄附金もらっているのですかと言われたときに返す言葉が次にあるのかないのか、その辺も含めて、この寄附金債務の執行というのはやっぱり、まじめにと言っては失礼かもわからないけれども、執行するということを前提にして考えていただかないと、多分これは、ずっとたまっていくと思います。個々の健全な感覚が全体としては...

親と就活

「教育ななめ読み」梨戸茂史(文部科学教育通信 No278 2011.10.24)からの引用です。 ◇ 入学式に親が出て話題になったがもうずっと昔のこと。考えてみれば、中学受験あるいは、小学校や幼稚園などの「お受験」から、親が叱咤激励して、一緒になって勝ち取った「ゴール」が超難関大学の合格だったのだから、親が晴れがましく思ったとて無理のないところ。ところが今や大学全人時代で、普通の大学合格くらいでは感動はない。次なるターゲットはちゃんと就職できるかだ。 まずは、雇用条件が大きく変化している。昔のように「大卒印エリート」ではなくなった。もちろん同世代の五割が大学に行く時代、かつての高卒市場を大卒者が占めることにいささかの敗北感もない。就職が難しいというのには、不況もあるが、雇用形態の変化も大きい。親の時代の終身雇用から、今は一時雇用、派遣社員など形態が変化した。その上、工場が海外に移転して就職しようにも職場がない。事務系だって仕事はコンピューターやら集約化など人が多くはいらない時代。いきおい販売など入手のいる部門に流れる。 親の役割は、会社選びから始まって、自分の経験を踏まえた面接アドバイスなど、これも「受験」パターンに近いものがある。ただし、親の知っている「有名企業」やテレビなどのコマーシャルで名前の売れた企業を”推薦”してしまう危険や、その結果、子どもが大都会に就職して親元に帰らない心配も出る。 だから晴れて「地元」の一流企業などに入れたら、子どもは地元に住んでくれるし、うれしくなって入社式まで行こうという気持ちにもなるのであろうか。九月二日付の読売新聞によると、静岡銀行の頭取の入社式のあいさつが「新人社員の皆様、ご家族の皆様、本日はおめでとうございます・・・」と始まったのを紹介している。大学生を見ていると、幼くて高校生の延長に見えるし言動はまだ子どもを引きずる。でも、この銀行、考え方が面白い。そこまで親が出てくるならと逆手に取ったかどうか知らないが、二OO七年から入社式に親を招き始めた。発想は「社員の成長には家族の支援が不可欠だ」という。親を見れば子がわかるというから、そのうち面接で親も一緒にするところも出るかもしれぬ。 同記事では、兵庫県の大手前大学のキャリアサポート室が「保護者のための就職ガイドブック」を二OO九年に作成、配布したそう...

しあわせ運べるように

イメージ
東日本大震災:被災地応援歌、心一つに合唱-神戸市立盲学校文化祭(2011年11月4日 毎日新聞) ◇音楽の力で元気届けたい♪ 音楽の力で被災地に元気を送りたい--。神戸市中央区の市立盲学校で3日に行われた文化祭で、全校生徒ら54人に歌詞を募集して作った東日本大震災の被災地応援歌「歌おう一つになれるように」を生徒と教職員らが合唱、集まった保護者や卒業生ら約200人を前に、心を一つにして歌い上げた。近く録音し、岩手、宮城、福島3県の盲学校へ届けられる。 阪神大震災(95年)では、全国の盲学校職員らが同校を訪れ支援した経緯から「今度は自分たちができる支援でお返ししなければ」と生徒らが歌での支援を提案。生徒らから集めた詞を生徒会が歌詞にまとめ、以前から交流のあったNPO法人「国際音楽協会」の張文乃理事長に作曲を依頼した。 この日は文化祭の一環で、同校の幼稚部から高等部の生徒らと教職員約100人が参加。張理事長の伴奏に合わせて歌声を披露した。音楽の授業や休み時間などを使って練習した息の合った歌声に、来場者からは大きな拍手が送られた。 <歌おう一つになれるように/きみが前に進めるように> 生徒らはこの歌と、被災地の校歌や阪神大震災の復興歌「しあわせ運べるように」など計8曲を録音し、12月上旬に被災地の盲学校へ送る。同校の増田和幸教頭は「生徒らが心を込めて歌った歌が、被災地の生徒らの心を少しでも癒やしてくれればうれしい」と話していた。 iv> 東北の皆さん、今はまだ『復興』なんて信じられないかも知れませ­んが、十六年前の神戸もそうでした。大阪から大好きだった神戸の­街に支援に入った時『神戸が死んでしまった』と思ってしまいまし­たが、深く深く傷付いたけど決して死んではいませんでした。だか­ら『希望』を持って、少しづつ少しづつでいいから一歩一歩前に進­んでいけるように祈っています。不幸にも亡くされた命の多さを知­るに皆様の辛さを思い涙を禁じえませんが、この曲の歌詞にもある­ように生きている皆様が一日一日を大切に生きて行かれる事が何よ­りの供養だと思います。皆様が持った『希望』が次世代の子供達に­受け継がれ、地震にも津波にも負けない絆を創り、傷付いた街を強­く蘇らせてくれると信じています。そして本当に『幸せを運んでく­れる東北』になってくれる日...

国立大学法人の改革推進状況(平成22年度)

国立大学法人等の平成22年度に係る業務の実績に関する評価の結果が確定したことについては、既にこの日記でもご紹介したところですが、この評価結果の確定に合わせ、文部科学省は、各国立大学法人の平成22年度の各種取組みのうち、注目すべき取組みをまとめて公表しています。 (関連過去記事)国立大学法人の2010年度評価結果決定(2011年10月28日) 各国立大学法人が国立大学法人評価委員会に提出した平成22年度の実績報告書に記載された膨大な取り組みの中から抽出されているだけあって、いずれも素晴らしい改革事例です。多くの大学で実施可能なものも多く、他大学の事例と割り切らずに、積極的に取り入れてはいかがでしょうか。 国立大学法人・大学共同利用機関法人の改革推進状況(平成22年度)(平成23年10月27日 国立大学法人評価委員会) (参考) 国立大学法人・大学共同利用機関法人の改革推進状況(第1期中期目標期間)(平成23年5月24日 国立大学法人評価委員会)

国立大学の復興と再生に向けて

イメージ
東日本大震災の発生から7か月ほど経ちましたが、テレビの画面から見る変わらない現地の姿に、あらためて被害の甚大さを実感させられます。港にあった大きな倉庫や事業所などは津波で流され、未だにコンクリートの基礎だけになっていたり、ねじ曲がって赤さびた鉄骨だけになっています。ガレキを満載したトラックが頻繁に行き交っています。被災地の復興に向けた取り組みが少しでも早く進むことを願ってやみません。 さて、東日本大震災では、被災地にある国立大学も大きな被害を受けました。しかし、多くの関係者が力を結集して再生に向け取り組んでいます。このたび、国立大学協会から、「復興と再生に向けて」と題する協会情報誌 JANU の「震災特別号」が発行されました。まだ、国立大学協会のホームページに掲載されていないようですので、少々見づらいかもしれませんが、全ページご紹介したいと思います。 被災大学からのメッセージ 2011.3.11 東日本大震災により被災地にある国立大学も被害を受けました。 ◇ 大学は、被災者の救援活動に努めるとともに、 被災地への緊急的な支援のために、 全国から集まる支援物資を届け、 被災者たちを構内に受け入れました。 生活が安定を取り戻しつつある中、 大学では講義や研究等を再開するための準備を進めました。 また、被災地の復旧のために学生たちは 被災直後から活発にボランティア活動を行いました。 5月には全ての大学で教育・研究活動が再開し、 これまでどおりの活動を行っています。 ◇ 被災地の国立大学は、未来に向けて立ち上がり、 地域社会の復興と再生に向けて 引き続き努力していきます。 ◇ 東日本大震災と国立大学の医療支援 全国の国立大学は、医療支援活動のために、 多くの医療チームを、被災地に派遣しました。 ◇ 国立大学は、震災直後から救急医療チームを派遣し、 その後も継続的に多彩な医療人材を派遣することで、 被災地の医療を支えています。 ◇ 国立大学の学生ボランティア 国立大学生たちは、被災直後より積極的に ボランティア活動を行っています。 ◇ 教員養成系大学をはじめとして各国立大学の学生達は、 被災地の学習支援のためにボランティア活動を行っ...

希望の種を蒔く

イメージ
今日から11月。今年もわずかになりました。今日は、昨日アップされた「野田総理官邸ブログ」にとてもいい記事がありましたので抜粋してご紹介します。タイトルは「希望をつくる覚悟と器量」です。 ◇ 希望を失わず、困難を乗り越え、試練を乗り越えていく、そんな人生を歩んでいきたいものです。 今回の演説の最後で、大越桂(おおごえ かつら)さんの詩を引用させていただきました。 私がこの詩を知ったのは、震災から二ヶ月後頃だったでしょうか、とある新聞記事で彼女のことが載っていたのを拝見してからです。彼女のことを知れば知るほど、畏敬の念を感じずにはいられませんでした。障害を抱え、声も失い、十三歳で筆談を知るまで、言葉で意思を伝えることができなかったそうです。それまでの頃を「私は石だった」としつつ、「でも、母や周りのおかげで、人にしてもらった」と語った言葉を忘れることができません。 演説で引用させていただいた「花の冠」という詩ですが、一読して、その中の言葉が実に温かいな、という印象を受けました。合唱曲になったこの詩を聴いて、改めてそうした思いを強くしました。そして、こうした境遇のもとにありながらも、これだけ温かい言葉を紡ぐことができることに強く心を打たれました。ご家族の献身的な支えとそれに対する感謝の念が確かに響きあっているように思います。 人が生きることへの確かな希望は、互いに支え合う中で生まれるということではないでしょうか。「希望」は、そのことを確認する中で生まれていくように思います。 演説の後、大越さん御本人から、「希望の種を蒔き、花を咲かせる総理大臣は『はなさかそうり』ですね!」と激励のメッセージが届きました。そうした存在になれるように、私自身も含め、政治家としての「覚悟と器量」を、これからの国会審議や「実行」の中で明らかにしていければ、と思っています。平成23年10月31日 内閣総理大臣 野田佳彦 http://kawaraban.kantei.go.jp/2011/10/20111031.html (関連記事) 大越桂さんのブログ「積乱雲」-野田総理大臣所信表明演説- 仙台の詩人・大越桂さん作品 首相が所信表明演説で引用(河北新報)

財務省の論理は国民に理解されうるものか

去る10月18日、「予算編成に関する政府・与党会議」が設置され、「日本再生重点化措置」要望に係る作業が動き始めるなど、政府の平成24年度予算の編成作業もそろそろ山場を迎えつつあるようです。 そのような中、国立大学協会など文教関係団体の予算獲得に向けた動きも目に付くようになりました。来年度の当初予算は、東日本大震災の復興予算の確保をはじめ、取り巻く経済財政状況も加味した極めて厳しいものになることが当然ながら予想されるため、文部科学省関係予算、とりわけ高等教育関係予算も、これまでのように、“結果としてはそこそこ満足いくものになった”というわけにはいかないように思われます。 さて、国の予算を実質的に編成する力を持っているのはご存じのとおり「財務省」ですが、編成に当たって財務省はどのような考え方を持っているのかを知っておくことは、予算の要求省庁のみならず、一般国民にとってもとても重要なことではないかと思います。特に教育予算の動向は、家計にも大きな影響を与える可能性が高く注視しておく必要があります。 そこで、今回は、財務省主計局主計官の神田眞人さんが、財務省の広報誌「ファイナンス」(2011年6月)に寄稿した論考「 強い文教、強い科技 序説-客観的視座からの土俵設定- 」を抜粋してご紹介したいと思います。 この論考、どれだけの国民の皆さんが目を通されたかはわかりませんが、個人的な感想をまず申し上げれば、様々なバックデータを基にした論理展開に、いちいち納得はできるものの、何か釈然としない後味の悪さが残るものでした。主張は、相変わらず一貫して財務省特有の経済原理主義に基づくもので、裕福な家庭に育ち、高い教育をうけてきた官僚的発想としてはこんなものだろうという感じがしました。厳しい社会経済情勢の中で、明日の仕事や生活をどうしていくかといったことに日々悩む国民の目線からはほど遠い内容だったと思います。 財務省をはじめ、霞が関のお役人さん方は、我が国の将来を背負う素晴らしい仕事を、昼夜の別なく懸命に行っておられると思います。しかし、今回の論考は、よく言われる机上論で物事を考えたもの、現場をおもんばかる気持ちを感じ取ることができないものではなかったかと思います。財務省の主計官という立場にあり、このような内容にならざるを得ないのかもしれませんが、数理的な発想だけではなく...

動物実験に係る体制の整備を

動物実験の適正な実施や実験動物の飼育及び保管については、文部科学省が行った「 研究機関等における動物実験に係る体制整備の状況等に関する調査 」により、一部の国立大学において動物実験に係る体制整備が不十分である現状が判明しています。 これらのことから、昨日(10月27日)付で、国立大学協会から各国立大学宛、動物実験に係る体制整備の徹底について、以下のような依頼が行われていますのでご紹介します。 動物実験に係る体制の整備について(依頼) 動物実験の適正な実施や実験動物の飼育及び保管に関しては、「 研究機関等における動物実験等の実施に関する基本指針 」(平成18年文部科学省告示71号)に基づき適正に実施することが求められております。 この実施状況について、本年6月に文部科学省が「 研究機関等における動物実験に係る体制整備の状況等に関する調査 」を行い、一部国立大学において、必要な学内規定の策定やそれに基づく組織や計画の策定、また、教育訓練の実施、自己点検評価、情報公開等への取組が不十分な状況が散見されます。 現在、文部科学省から9月28日付でこの指針に沿った体制整備について依頼がされている所ですが、本委員会としても、改めて動物実験や実験動物の飼育及び保管の適正な実施について強くお願い申し上げます。 また、政府の中央環境審議会動物愛護部会で、動物愛護管理の制度の見直しに係る検討が行われており、国立大学に関する論点としては、実験動物生産業者の動物取扱業への業種追加の検討、3Rの更なる推進(代替法、使用数の削減、苦痛の軽減の実効性確保の検討)、動物実験施設の届出制等の検討が含まれています。 今後、検討結果をもとに本年11月にパブリックコメントを行った上で、12月に「動物愛護管理のあり方検討報告書」として決定し、必要がある場合には、報告書の内容を反映した「動物の愛護及び管理に関する法律」の改正を、平成24年の通常国会に提出することとなっております。 前述の大学における基本指針の対応が不徹底な状況が続けば、この改正に合わせて、動物実験等に関し厳しい制約や運用を求められる可能性が高く、すべての大学・研究機関の研究活動に大きな影響が出て、国際競争が著しい中、わが国の研究力の大幅な低下も懸念されますので、重ねて体制整備の徹底を頂きますようお願い申し上げま...