慶應義塾大学信濃町キャンパス事務長(元東京大学理事)の上杉道世氏がIDE-現代の高等教育(No.535 2011年11月号)に寄稿された論考からの引用です。
上杉さんの書かれた論考は、これまでたくさん読みましたが、いつも他の学者に比べ、とてもわかりやすく自然に脳裏に染みてきます。文部科学省職員、そして大学職員としての現場の経験が生きているのでしょう。
成長する大学職員
1 現在はどのような段階だろうか
大学を取り巻く環境が厳しくなるにつれ、この難関を乗り切っていくためには、各大学が学生や国民の期待に応えて教育研究の質を向上させ、それを支える大学経営を改善していく必要があることは、ほぼ共通理解になってきているだろう。そしてそのためには、各大学の目指すあり方に応じて、あるべき教員と職員の育成確保が必要であることも当然であろう。しかし残念なことに、各大学の現状を見ると、あるべき教員と職員の育成確保について、明確なポリシーと実行プランを持ちつつ取り組んでいる大学は少ないように見える。アンケート調査をすれば、大学の人材の育成確保に取り組んでいると答える大学は多いかもしれないが、実は本当に必要な取り組みになっていないと思われることが多い。その人材の育成確保の問題は教員と職員の双方を視野に入れて論じるべきと考えるが、ここではもっぱら職員について論じることにしたい。
職員の力を大学マネジメントの向上に生かす必要性は、国立大学にあっては法人化に伴い、私立大学にあっては少子化の中での経営困難に伴い、大きくクローズアップされてきた。職員の力量を高め生かす大学は発展し、そうでない旧態依然たる大学は没落するといっても過言でない。
そうは言っても成長しようとする職員はどこの大学でもまだ少数派でしかない。多数の職員は変化を簡単には受け入れないが、彼らには彼らにふさわしいルーティンが依然として残っているのも現実である。だから、意識を変えるというだけでは変わらないので、行動を変えるように導かなければならない。
また、大学マネジメントの向上と大学職員の成長は相互作用するものであり、職員だけでなく、大学マネジメントのあり方も、教員のあり方も同時に変わらなければならない。そのためには、大学の業務の現実を見つつ、将来の大学マネジメントのあるべき姿を描いていく必要がある。
現在は、大学職員の成長が、人により大学により、ばらついている状態であり、そのばらつきはますます大きくなるであろう。基礎能力の高い者を大学職員に参入させ、大学職員が自ら成長して行くしかけを日々の業務のあり方の中に埋め込み、業務外の成長への刺激をうまく取り込み、大学職員が成長するとともに大学もよくなる方向に舵取りしていかなければならない。
2 有能な人材が大学職員を目指し始めた(略)
3 大学という職場で学習し成長する職員
・・・私の主張するトータルプラン方式とは、優秀な大学職員の採用、人材育成の観点からの人事配置と人事異動、大学マネジメントを担うにふさわしい能力開発、コミュニケーションを基本とした評価システム、フラット化と柔軟化を基本とした組織の見直し、全員参加の業務改善を進める業務の見直し、ばらばらになりがちな大学組織の協調の基盤としての意思疎通の円滑化、そしてこれらすべてを踏まえての将来のあるべき職員像の提示、これらはすべて関連する要素をもっているので、別々に変えるのでなく全部同時並行に変えていくやり方である。・・・
今でもいろいろな大学の学長や教員から「職員を変えるためには評価を変えればいいのですか。どんな研修をしたらよいのですか」などと聞かれることがあるが、「その部分だけ変えるのではなく、全部変えましょう」と答えると、面倒なことを言う人だという顔をされることがある。しかし、一ヶ所変えれば大きな変化を引き起こすような魔法の鍵はない。労を惜しまず、来る日も来る日も様々なことに取り組んで、ようやく少し変化していくのかなというのが現実なのだ。それを続ければ10年たった時、実は大きな変化が生じていることに気がつくだろう。
職員のあり方の改善はまた、大学のマネジメントの改善とも連動している。トップの方針の明確化、長期のビジョンの提示、中期・年度の目標・計画の策定、各課各職員の業務の位置づけの明確化などが同時に行われれば、変化は本物になる。
そして仕事のやり方も変えなければならない。職員自らの提案と企画を生かしたプランづくり、ディスカッションとプレゼンテーションの活用、意欲と適性のある者を新しい仕事に生かすプロジェクト方式の活用、業務分野ごとに必要な専門的能力を養うこと、良い仕事をした職員を皆でほめたり認め合うことなどの取り組みが考えられる。
そのように成長のための工夫がされた仕事をしながら、職員は自ら学び、仲間から学び、上司から学び、仕事の相手から学び、教員から学び、学生から学び、地域から学び、大学職員として成長していく。
人材育成の場で人材育成の業務を行いながら、自らも成長していく大学職員のイメージを私は持っている。そのチャンスがありながら、現実には活用しないまま徒労の日々を送る職員が多いのは、なんと言う不幸だろう。私は大学という職場を、そこで働くすべての人にとって、成長と喜びの場にしていきたいと願っている。
4 業務を離れての学習も多様に
近年はどこの大学でも大学側で用意する研修体系を充実するとともに、自己啓発活動を奨励するようになった。
大学側で用意する研修としては、係長や課長などの階層別研修、財務や学生など業務別研修、メンタルヘルスやハラスメントなど個別課題ごとの研修などが、以前からある。とかくルーティン的に実施され、無内容で型にはまっているとの批判もあるが、大学側が職員の成長に関心をもって一定期間ごとにケアーしているのだという姿勢を示す機会であり、充実活用したい。職員同士が仲間意識を味わう場でもあり、勉強内容も大事だが、懇親会情報交換会が大事と、どの主催者も毎回言っているとおりである。ただ実施方法を、これまでのように偉い講師のお話をかしこまって聞いているだけではなく、双方向・対話型、討論・発表型にしていく方がより効果的である。私は、実務と研修は別のものではないと考えている。実務も、職員の創意を生かした討論・発表型で進めることが望ましく、研修はそのような実務を想定したトレーニングの場ととらえたい。
自己啓発は、所属大学を離れて学外に勉強の機会を求めるものであり、大学側がおぜん立てするケースもあれば、大学とは無関係に個人的に参加するケースもある。私は、できれば大学側の把握や承認や支援のもとに行われるのが望ましく、大学側も授業料などの負担、勤務時間の柔軟な取り扱い、業務負担への配慮などの措置を講じてほしいと考えている。もっとも、キャリアアップして他の大学や他の職業を目指そうというのなら、大学側に知られたくないであろう。私はそのようなケースも、今後大いに生じてくるであろうと思っている。有能な人材は不満があれば逃げ出すし、魅力があれば参入してくる、普通の職業に大学職員の仕事はなってくるのだろう。
所属大学を離れての学習機会としては、一般の大学院で学ぶ者もいるが、大学職員を対象とした正規の大学院の課程(桜美林大学、東京大学)、あるいは科目履修(放送大学)、履修証明プログラム(筑波大学)、私立大学連盟・私立大学協会などの大学団体の研修会、大学行政管理学会や大学マネジメント研究会の活動など、多様になってきている。NPO法人・学生文化創造の学生支援相談基礎研修講座は、資格認定も行っている。日本能率協会は、講座とテキストと資格認定を組み合わせようとしている。ほかにもいろいろな動きがあり、やや混沌としているが、まだまだニーズを満たすには量的に足りないと感じている。学習の機会はもっとあってよいだろう。
大学を離れての学習には、大学に関する教養を主とするもの、事例研究・ケースメソッドを重視するもの、特定の専門的能力を向上させるものなどが見られる。私は、職場での問題意識を持ち寄りながら、より広く高度な視野を訓練するタイプが大事だと考えて、筑波大学大学研究センターの大学マネジメント人材養成プログラムのお手伝いをしている。そこで成果を上げる人を見ると、学習の材料を職場の課題の中に見出し、その問題意識を学習の場で提示し分析し、一定の解決案を立案し発表し、学習の成果を職場で報告し、職場での業務の改善に生かすというポイントが見えてくる。ここでも仕事と学習の相互作用が大事である。
一方、職場外での学習が職場でのキャリアアップにつながるかというと、そう単純ではない。職場での業務でたたきあげてきた幹部で、研修嫌いの人を時々見かける。口ばかり達者な評論家は役に立たない、というしごくもっともな感覚であろう。組織で信頼される人物になるには、組織の課題を引き受けて、汚れ仕事や力仕事をこなして人物を磨き、信頼を勝ち得ていかなければならない。つまり、実務を通しての人間的成長が不可欠なのだ。しかしこれからは、実務でたたきあげると同時に、リーダーは、ある程度は口も達者で理屈も言えて、文章も書けることが必要であり、それは大学職員の業務が高度化していることの表れであろう。職場外の学習だけで、優れた職員に到達できるというのは甘いけれど、優れた職員は職場での業務の前向きな遂行を基本としつつ、職場内外での学習の効果的な組み合わせで育っていくと考える。
5 企業の人材養成との共通性
企業の仕事や人材育成と大学のそれとを比較すると、教育研究という公共的な価値の追求や教員の自主性の尊重など、相違点が強調されることが多いが、私はむしろ共通点をベースに考えたい。
日本の優れた企業を分析した研究はいろいろあるが、経済性を追求すると同時に社会的使命を重視すること、社内の切磋琢磨を促進するとともに一体感を重視すること、長期的視点からの人材確保と育成を重視していることなどがあげられることが多い。これらは、私の大学現場での経験から来る実感、および変化のためのトータルプランの提言とほぼ共通しており、興味深い。大学の職員と企業の社員は、人材開発の視点と手法はほぼ共通であり、職員のあり方を変えることと組織のあり方を変えることとは、並行して行われなければならないことも共通である。
6 学生への教育との共通性
各大学とも、あるべき自校の大学職員の将来像を描くべきである。そしてその大学職員の将来像は、その大学が育てようとする学生像と一致するはずである。コミュニケーション力を持った学生を育てようとする大学の職員は、コミュニケーション力を持っているはずである。あれはスローガンを言っているだけで、うちの職員はだめなのですという実態では、信用されるはずがない。
今日の教育のトレンドは、課題を自ら発見し、自ら解決する力を養うこと、双方向・対話型の授業で、ディスカッションとプレゼンテーションを活用することなどである。これは実は私が提唱している大学職員の力を高める方策とまったく同じである。
生涯学習時代の学習のポイントは、学生であれ、社会人であれ、その一員としての大学職員であれ、共通なのだ。