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大学経営とそれを担う人材(7)

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前回に続き、広島大学高等教育研究開発センター高等教育研究叢書(第39回(2011年度)研究員集会「 これからの大学経営-誰がどのような役割を担うのか- 」の記録)から、 金子元久 さん(当時:国立大学財務・経営センター、現在:筑波大学大学研究センター)による基調講演録を抜粋してご紹介します。 ◇ 経営改革の条件 こういった構造的な問題をどう乗り越えるのかということが、私は非常に大きな問題だと思うのです。それはマネジメントの問題であると同時に、根底的にはガバナンスの問題に行きつく。部局の自治というのが非常に強力な限り組織の改革は困難である。なぜならば自分の組織、それを超えた利害、あるいは資源配分、横の資源配分という判断はできないからです。 しかし他方で社会的な不満は非常に高くなっていて、例えば中教審などでは、企業の人は口を開くたびに「大学というのは何のための組織だ、何をやっているのだ」と「企業だったら、こんなことは許されない」というようなことをいつも言っているわけです。先ほど申し上げたように大学はその本質として、官僚制的な、統一的な目的を持ってそこから意思決定を派生させていくようなかたちでの組織運営はできないし、望ましくもないと思います。アメリカの大学でも実はそんなことはやっていない。ただ今のままでいいのかと言えば、そうも思わないです。 ガバナンスに関してはやはり部局の中だけに閉じ込められたガバナンスの形態というのは変化するべきだと思います。ただそれは制度的な改革でもって一括してやれるというものではなくて、何らかの具体的な目標を達成する中で達成されるものだと思います。そういう意味では、教育改革というのは実はガバナンスを改善する上でも、非常に大きな契機になるのではないだろうか。ただし、そういった改革自体も上から押し付けるのはなくて、そのプロセスをやはり透明化するということは重要だと思います。 そのためには、教育のあり方を考え、それから授業をつくり直し、その結果を客観的に把握して、さらに改革に結びつけていく。そうしたフィードバックの過程を作ることこそが、大学経営の重要な課題となっているのではないでしょうか。 そうした変化を起こすには、何が重要なのかということになってくるわけです。もちろん政策も重要でしょう。どこが今、日本の大学の問題であるのか...

大学経営とそれを担う人材(6)

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前回に続き、広島大学高等教育研究開発センター高等教育研究叢書(第39回(2011年度)研究員集会「 これからの大学経営-誰がどのような役割を担うのか- 」の記録)から、 金子元久 さん(当時:国立大学財務・経営センター、現在:筑波大学大学研究センター)による基調講演録を抜粋してご紹介します。 ◇ 3 経営戦略と経営人材 では教育を経営課題としてとらえると、具体的にはどのような問題があるのか。 経営課題としての教育 今のところ、一般に大学の経営課題としてとらえられているのは財務・施設・学生募集だと思います。このグラフ(表4:略)は私学高等研究所がやった調査で、中期・長期の経営計画の内容は何かというのを聞いています。その回答をみると、財務改善とか校舎施設の整備、といったものが中心であることは事実です。ただ次第に、大学教育も経営課題として認識されつつあることは事実だと思います。国立大学の中期目標・中期計画には教育に関する情報が含まれていますし、私立大学の中期・長期計画でもこのデータで見るように、カリキュラムとかキャリア教育とかについては計画も立てられているようになっています。 ただそのほとんどは「良くしなければいけない」という目標であって、どういうふうにしてそれを達成するのか、すなわち経営課題として大学教育を捉えているものは、まだほとんどないのではないか。 やはり大学教育というのは経営課題だと思うのです。一つは、それは資源配分の問題だからです。どうやって大学が持っている資源を配分するのか。最適なアウトカムを出すためにどういう組み合わせが必要なのか、今まで学生のニーズのことばかり言っていました。しかし本当は、学生に時間を使わせることが教育成果を上げるために非常に重要なものであるはずです。大学の一つ非常に使われてない資源は、実は学生の時間なのです。しかも、それは非常にクリティカル(critical)な資源であるはずです。あるいは教員についても人数の問題もありますし、その教師の時間をどう使うかというのも非常に大きな問題だろうと思います。同時にそれをどうやって組み合わせるのか、教育方法、授業の方法など、いわば大学教育のテクノロジーも大きな問題であろうと思います。例えば、学生にどうしたら自分で勉強させるかのように、それは一種の授業方法の問題であるはずで...

大学経営とそれを担う人材(5)

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前回に続き、広島大学高等教育研究開発センター高等教育研究叢書(第39回(2011年度)研究員集会「 これからの大学経営-誰がどのような役割を担うのか- 」の記録)から、 金子元久 さん(当時:国立大学財務・経営センター、現在:筑波大学大学研究センター)による基調講演録を抜粋してご紹介します。 ◇ 大学教育の日本的特質 もう一つのデータ(表2:略)は、総理府の生活基本調査における生活時間です。小学校6年生、中学3年、高校3年、大学大学院と生活時間を見てみますと、学習時間が小学校から中学・高校にかけて高くなるのですが、大学に入ってガクッと下がる。その代わりに、買い物・趣味・娯楽が上がるというような状況になっているわけです。 もう一つは、われわれが行った大学生の調査(123大学、45,000人)の調査結果(表3:略)です。これによれば、大学生の社会的活動時間は1 日に8時間くらいなのですが、その中で「授業・実験」に出ている時間が2.9時間「授業の準備」をしているのが1時間、「卒論・その他」これは4年生だけですけれども、一応平均すると0.7時間です。これらをあわせて学習時間とすると、4.6時間しかない。1日5時間を切るのです。もともと日本の大学の設置基準は学生が授業と、それから自分で学習する時間を含めて8時間程度は勉強することを基礎として出来ているのですが、基本的には半分しか勉強していない。日本の学生は実はフルタイムの学生ではありません、平均像はパートタイムの学生なわけです。またアメリカと比べても明らかに学習時間が低い。1週間の自発的な学習に、授業に関連して自分で勉強する時間が1日に5時間弱、5時間以下の学生が4割くらいを占めている、アメリカと比べての非常に特異な状況であります。 もう一方で大学教員は、サボっているのかというと、実は必ずしもそうではない。大学教員の業務時間等の調査が3年おきくらいにありますけれども、これを見ますと大外11時間くらい働いていますから、特に普通の人と比べてサボっているわけではない。ただ、教育にかける時間は国立も私立も3時間弱、1日にですね。あと何をやっているのかと言うと、研究もあるし、社会サービスもあるし、そのほかと言いますか、いろんな業務もある。実は教育にかかっている時間というのは1日の勤務時間の三分の一にも達してないとい...

大学経営とそれを担う人材(4)

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前回に続き、広島大学高等教育研究開発センター高等教育研究叢書(第39回(2011年度)研究員集会「 これからの大学経営-誰がどのような役割を担うのか- 」の記録)から、 金子元久 さん(当時:国立大学財務・経営センター、現在:筑波大学大学研究センター)による基調講演録を抜粋してご紹介します。 ◇ 2 経営問題としての教育機能 では日本の大学教育はどういう問題を抱えているのか。これは今回の研究集会の課題そのものではないので簡単に申し上げたいと思います。 問題としての大学教育 私は大学教育の質自体が問題になるのは偶然ではないと思います。 大雑把にいえば、グローバル化、知識社会化が進み、同時に高等教育はすでにユニバーサル化して量的な拡大が一定の段階に達してしまった。同時に若者の価値観に変化があり、それからキャリアも大きく変化し、しかも見えなくなってきている、将来の方向が見えなくなってきている。そういった中でさまざまな問題が起こり、それが結果として教育内容の適切化、グリーバンス(grievance)、あるいは効率化、大学教育の効率性、あるいは質の問題、あるいはさらに実質的な学習自体が、ただ表面的に形式的に行われているのではなくて実質的にどの程度のものが出来上がっているのか、その成果が問われるという状況が生じているのではないでしょうか。 それを少しデータでお見せしたいと思います。大学教育は大切だ、大切だというようなことはアチコチで言うのですけれども「なぜ大切なのか」ということについてその切迫性について、私は認識がまだ十分ではないのではないかと思うのです。 一つは大学生の就職です。ご存知のように内定率が低くなったというようなことが言われているわけでありますけれども、しかし実は日本の大学生の就職問題がかなり深刻な状況を迎えたのはもう1990年代半ばくらいからです、もう十数年くらいそういった状態が続いています。これは(表1:略)2010年ころの大学生の就職状況をいくつかのデータを組み合わせて推定したものですけれども、私はこれを基本的に四つに分類しています。「枠内」というのは4月の一括採用で就職した人、これは学校基本調査で就職した年で出るものです。しかし枠内で就職した人の中でも大体3割くらいは3年以内に辞めると言われています。他方で一括採用の枠内に...

大学経営とそれを担う人材(3)

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前回に続き、 広島大学高等教育研究開発センター高等教育研究叢書 (第39回(2011年度)研究員集会「 これからの大学経営-誰がどのような役割を担うのか- 」の記録)から、 金子元久 さん(当時:国立大学財務・経営センター、現在:筑波大学大学研究センター)による基調講演録を抜粋してご紹介します。 ◇   二つのパターン ところで具体的な管理運営の形態には二つのパターンがあったと思います。 一つは大陸ヨーロッパ型です。このパターンでは教授会とともに、「事務局」というのがある。基本的なガバナンス(governance)組織としては教授会があり、それに対して先ほど申し上げた三つの機能を持つ事務局がそれを補佐するというパターンです。教授会は基本的にはギルド的組織ですが、事務局というのは事務局長に統括される官僚組織である。官僚組織というのは上部の命令によって動く組織であるという意味で使っておきます。 もう一つのタイプはアメリカ型です。アメリカ型の大学では、学長の権限が強力であることは事実だと思います。それはどうしてかと言うと学長の選出、承認自体は教授会によって行われるのではなくて理事会によって行われるからです。大学の、言ってみればオーナーというのが明確であって、それは理事会なのです。理事会によって任命・監督されるからその権限の基盤は非常に明確である。 それで管理運営はどうして行われるかというと、学長が任命する副学長、あるいは学部長等々によって幹部教員、幹部職員によって分割統治されていて、それぞれに補佐するというかたちで事務職員が配置される。事務局としての統一的なハイアラーキー(hierarchy)をもつ官僚組織というのは存在しません。その意味では、必ずしも一元的な管理体制ではない。ただし、特に最近になって、管理業務を担当する専門職的な人たちが増えているのは、先ほど山本先生のお話しにもありました。ただこの人たちは、ほとんど大学外部との流動性も非常に高い、従って大学独自の職員とは必ずしも言えない。しかも彼らが専門職団体をつくっていて、その知識技能というのはその専門職団体によってかなり形成され、従ってその専門職の中で大学間を異動するというパターンを取っているわけです。 その中で日本的な特質は何かと言うことですけれども、私は大陸系の学長・事務局型...

大学経営とそれを担う人材(2)

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前回に続き、 広島大学高等教育研究開発センター高等教育研究叢書 (第39回(2011年度)研究員集会「 これからの大学経営-誰がどのような役割を担うのか- 」の記録)から、 金子元久 さん(当時:国立大学財務・経営センター、現在:筑波大学大学研究センター)による基調講演録を抜粋してご紹介します。 ◇ 大学の管理運営 ではそうした「管理運営」はどのように行われたのか。 その担い手の一つは学長、「レクター(rector)」です。プレジデント(president)と言わないでレクターと言いますが、ドイツ語だと「C」が「K」になったりするみたいです。レクトールと言うのですが、これはギルド、基本的にはギルドも組合の代表でありますから教員団の一人なのです。大体2年とか3年交代でやっている。ヨーロッパの古い大学に行きますと歴代総長の額なんていうのが飾ってあるのですが、非常に古い大学でも肖像が飾ってあるのはかなり最近で、それはなぜかというと写真がなかったということもあるかもしれませんが、もう一つは学長があまり大したことなかったわけです。教員の回り持ちだったから、そう言った学長がありました。 では職員にあたるのはどういう人かというと「ビードル」という人がいたそうです。この人は事務長、あるいは総務に当たる人です。ギルド的な組織では規則が明文化されてなくてさまざまなかたちで習慣とか伝統とか、そういったものによって運営されていた。従って組織の規則みたいなものを常に監視している人が必要である、それが事務長であり、総務であった。現在で言う総務的な役割でありました。 二番目は「ノータロ」と言う人です。「ノータロ」というと語感があまり良くないですけれども、これは非常に重要で書記とか学籍簿係に対応する。それは大学の組織としての教育機能に対応するわけで、イギリスの大学では大学の事務局長のことをレジストラー(registrar)と言いますが、アメリカでもこの言葉を使うことがあります。それは基本的には学籍簿の管理係である。これは基本的には学籍簿の管理をする人が事務局の中心となり、管理運営の中心となっていた。 それからもう一つ経済的な側面が非常に重要で、出納係というのがもう一つ非常に重要な機能でありました。 言ってみれば総務、それから学務、それと財務と、この三つというのが管...

大学経営とそれを担う人材(1)

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広島大学高等教育研究開発センター高等教育研究叢書(第39回(2011年度)研究員集会「 これからの大学経営-誰がどのような役割を担うのか- 」の記録) から、 金子元久 さん(当時:国立大学財務・経営センター、現在:筑波大学大学研究センター)による基調講演録を抜粋してご紹介します。 大学経営-課題、組織、人材- 1 大学経営とは何か まず最初にお話ししてみたいのは大学経営、「経営」というのは何か。それを考えるために、組織としての大学というものはどうやってできたのかという、古い話に立ち戻ってみたいと思います。 ギルドとしての大学 大学が作られたのは、12、3世紀の中世ヨーロッパでありまして、大学の起源は、ご存知のように、ギルド(guild)でありました。ボローニア大学は学生のギルドで、パリ大学、ソルボンヌが教師のギルドだというふうに一般的に言われていますが、一般的には教師のギルドでした。ウニベルシタス(universitas)という言葉は、ギルドとほとんど同じ意味で使われており、それが今日のuniversity の語源です。 ギルドとは何なのかというと、これは要するに組合なわけです。なぜそうした組織が必要だったのかと言うと、二つの側面があるわけです。一つは個々の教師ではなくて、教師が集まって組織となることによって、体系的な知識を供給することができ、それを求める学生を集めることができる。今ひとつは、学位というものを出すことができる。社会的に価値のある、知識に対して社会的な価値の証明を与えることができる。それはなぜかと言えば、それと同時に団体として質の保証を政府から受ける、チャーターを受けることによって、質の保証をすることができる。それによって、学生は授業料を払い、教師の生活も成り立つ。個々の一人ひとりの教師ではそういった事は出来なかったわけです。 しかし同時に具体的な教育活動というのは、やはり個々の教師がやるしかない。大学全体でやるものではないわけですね。しかも知識の価値自体は、その教師にしか分からないわけでありますし、知識全体をカバーする論理的な、パーフェクトの体系はない。従ってその中には、知識の体系の中に上下関係もない、従って個々の教師を統制する絶対的な権威というのはないわけです。やはり個々の先生が、独自の信念と研究に基づいて研究活動を...

癒しの力

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愛読している「人の心に灯をともす」から引用しご紹介します。 スタンディングオーベーション(2012年8月19日) 上柳昌彦氏の心に響く言葉より… 2001年9月11日。ニューヨークのマンハッタン島で、世界貿易センターの2棟の高層ビルがテロリストの攻撃を受け、多くの人命が奪われました。「9・11事件」です。 事件が起きてから1ヶ月後、日本全国から11人の消防官が集まって、まだ混乱の残る被害現場で消防・救助活動を手伝うために海を渡りました。この11人の消防官たちは、日本政府や消防庁が派遣したのではありません。 自らの意思で、休暇をとっての「ボランティア」でした。この年の6月に『世界警察・消防競技大会』がアメリカで開催されましたが、そこに、日本の代表として選ばれて出場した、世界レベルのトップ技術を持った消防官たちです。 大会で知り合ったニューヨークの消防官から、「仲間が行方不明になっている。助けて欲しい」というSOSのメールが入ったのです。横浜市の消防局に勤務する志澤公一さんは、それを読むと、一緒に競技大会に出場したメンバーに声をかけました。そして、11人の消防官が集まったのです。 現場に急いだのですが、アメリカ政府は「消防」の目的とはいえ、事件が起きた中心部への外国人の立ち入りは、厳しく制限していました。規制線の張られた外側で、もどかしい思いで情報の収集を行なっていると、一人の高齢の牧師さんと出会いました。 その牧師さんは、志澤さんたちが日本から駆けつけた消防官だと知ると、こんな話を始めました。 「私が第二次世界大戦に参加した兵士だったとき、沖縄に上陸して日本人に銃口を向けたことがあります。それなのに、その日本から我々を助けにきてくれている。心から感謝します。ぜひ、あなたたちに手伝っていただきたい」 その牧師さん、実は、ニューヨークの消防官のOBでもあったのです。そして、すぐに異例ともいえる特別な許可が出て、牧師さんが案内するままに、立ち入りのきびしく制限された現場の中心部にまで入ることができたのです。 その日の作業が終わって、11人の消防官たちはホテルへと引き上げることになりました。そして道を歩いていると、驚くようなことが起きたのです。 道ですれ違うアメリカ人たちが、志澤さんたちの姿を認めると、駆け寄ってきて、口ぐちに「サ...

凡俗の法則

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教育評論家の梨戸茂史さんが書かれた「教育ななめ読み- 学問は面白い 」( 文部科学教育通信 No.297 2012.8.13 )をご紹介します。 ◇ ヒッグス粒子の発見は慶賀に堪えない。「地球の起源」が解明された、というのは、大発見でしょう。でも「それがなんなのさ」というのも、毎日の生活者から見れば言えること。ヒッグス先生は多分、紙と鉛筆で考えついたのではないか。アインシュタインの逸話に「妻のエルザが米国の最先端の実験室に招かれた。これで宇宙を探っていると説明されて妻が言うには、『夫は同じことを使い古しの封筒の裏でやっていますよ』」というのがあった(朝日新聞「夫声人語」2012年6月6日)。 でもまあ、これを実証したのが今回の快挙。CERNなるヨーロッパ共同研究機構の大加速器で粒子をぶつけてその飛び散り方から推測、99.999・・・の確率でその存在を証明したとのこと。実験物理の世界は、こういうことができるから面白い。それにしても、なんとお金がかかっていることか。日本式の「事業仕分け」があったら、多分、『廃止』だったかもしれぬ。ぎりぎりのセーフの発見かしら。 しかし、学問に対する「事業仕分け」の面白さは、昔流行った「パーキンソンの法則」に近い感じがする。その一つ「凡俗の法則」というのが有名。いわく、原子力発電所と自転車置き場の審議の話。「原子炉の建設計画は、あまりにも巨大な費用が必要で、あまりにも複雑であるため一般人には理解できない。このため一般人は、話し合っている人々は理解しているのだろうと思いこみ口を挟まない。強固な意見を持っている人が、情報が不十分だと思われないように一般人を押さえ込むことすらある。このため審議は「着々と」進むことになる。この一方で、自転車置き場について話し合うときは、屋根の素材をアルミ製にするかアスベスト製にするかトタン製にするかなどの些細な話題の議論が中心となり、そもそも自転車置き場を作ること自体が良いアイデアなのかといった本質的な議論は起こらない。次に委員会の議題がコーヒーの購入といったより身近なものになった場合は、その議論はさらに白熱し、時間を最も無駄に消費する」という。 昨年の大震災以来の原発事故で「原子炉」には理解が進んだかもしれないが、次の話はもっと面白い。1970年代に、南カリフォルニア大学のドナルド・ナフテ...

学修時間とは何か

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去る8月9日、中央教育審議会の大学分科会(第109回)・大学教育部会(第21回)の合同会議が開催され、 「未来を創出する大学教育の構築に向けて~生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ~」(答申案) が了承されたようです。 答申案では、大学生の学習時間が諸外国に比べ少ないとして、授業の関連性を分かりやすく整理して学生に示し、効率よい授業編成をするなど、カリキュラムの改善を進めるシステムの確立が求められています。 ◇ 関連して、桜美林大学大学院・大学アドミニストレーション研究科教授の山本眞一さんが書かれた「 大学改革の陥穽 」シリーズの二回目「 学修時間の確保とその意味合い 」( 文部科学教育通信 No.297 2012.8.13 )を抜粋してご紹介します。 (関連過去記事) 大学改革-文部科学省と大学は、内向きではなく外向きの議論を進めてほしい(2012年7月22日) 前々回(本誌No.295)の続きである。中教審大学教育部会は今年3月の審議まとめにおいて、学士課程教育の質的転換のために「質を伴った学修時間の実質的な増加・確保」を提言した。このことは文部科学省が6月に出した「大学改革実行プラン」において「主体的に学び・考え・行動する人材を育成する大学教育」への転換を図るためには学修時間の飛躍的増加や学修環境の整備が必要であるとしていることとも共通である。このように、従来から一単位45時間の学修時間が確保されていないと批判があったこの問題が、昨今の新たな大学改革熱の高まりの中で、改めて表舞台に出てきた感がある。 システムとしての大学教育 言うまでもないことだが、大学教育というものは、学修時間だけではなく、教育内容や方法、教育を実施し支える教職員、学生の卒業後の進路、機器や教室などの施設設備、大学運営を支える財務や政策など多くの要素から成る一つのシステムである。また他のシステム、たとえば雇用や科学技術さらには経済・産業、国際関係などさまざまなものと複雑に関わりあっているものである。ということは、仮に学修時間が少ないという現状が教育者や教育政策担当者の目からは問題であるとしても、それは複雑極まりない大学教育システムの一つの構成要素として、現状でとりあえずバランスしているということである。そのバランスは、国によっても異なり、学歴社会で専...

大学改革とグローバル人材の育成

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去る7月31日(火曜日)、一橋講堂(東京都千代田区)において、日本経済新聞社主催の「 大学改革シンポジウム-大学改革とグローバル人材の育成 」が開催されました。 主催者によれば、このシンポジウムは、日本経済新聞をリニューアルし、「大学面」を充実させたことを機に、社会から強い期待が寄せられている大学が生き残りをかけてどう改革を行うのかについて議論を深めることを目的として企画されたようです。 設定されたテーマが時宜を得たものであり、パネルディスカッションのモデレータをあの池上彰さんが務めることも影響してか、500席あまりの会場はあっという間に埋め尽くされ、立見がでるほどの盛況ぶりでした。 開催概要は こちら をご覧ください。 また、シンポジウムの模様が、日本経済新聞社の映像コンテンツポータルサイト 「NIKKEI CHANNEL」にて映像配信されています。 大学改革シンポジウム「大学改革とグローバル人材の育成」(前半) 大学改革シンポジウム「大学改革とグローバル人材の育成」(後半)

日本再生のための人材育成戦略

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少し前になりましたが、去る7月31日(火)、「 日本再生戦略~フロンティアを拓き、「共創の国」へ~ 」が閣議決定されています。 これは、2020(平成32)年までの我が国の成長戦略であり、「人材育成戦略」など11の戦略分野についての政策が明示されています。 大学関連 部分について抜粋してご紹介します。 ◇ (P54) ② 我が国経済社会を支える人材の育成 <基本的考え方> 高等学校卒業者の大学等への進学率が5割を超えている中、2012年3月卒業の新規学校卒業予定者の就職環境は、大学卒業者の就職率(2012年4月1日現在)が93.6%と若干ではあるが改善の兆しが見えてきたものの、引き続き改善に向けた取組が必要な状況にある。また、人々の財・サービスの需要が変化してきており、その変化に対応したイノベーションを担う能力など、産業構造の変化に応じた職業能力が求められている。 このような中で、大学卒の新規就職者の3年以内の離職割合は3割程度、高等学校卒の新規就職者の3年以内の離職割合は4割程度となり、大学・大学院卒のニートも増加傾向にある。また、大学等の教育面での力点と企業の大学等への期待にミスマッチが生じている部分がある。さらに、国際競争の激化や非正規雇用の増加が進む中で、これまでのように企業内教育に依存するだけでは、能力の蓄積の機会を得づらくなってきている。 「新たな時代の開拓者たらん」という若者の大きな志を引き出し、自ら学び考える力を育む教育などを通じて叡智にあふれる人材を育成していく必要がある。産業構造の変化や新たな国際分業等に対応するために求められる人材ニーズを踏まえ、産学官の連携の下、知識・情報を社会や市場につなぐ仕組みを戦略的に強化する人材育成システムの再設計を図り、人材の底上げやニーズに対応した多様な人材の育成を実現する。また、若者が経済的理由で進学を断念することがないよう奨学金などの就学支援を推進する。 このため、我が国経済のインクルーシブな成長を目指し、産学の連携・協力を図りながら、成長分野やものづくり分野における職業教育・職業訓練や、いわゆる「手に職を持つ」、「技術や専門性を有する」自営業者や個人事業主を育成するなど自立するための職業教育・職業訓練を強化し、実践的な職業能力評価の仕組みの導入を図る。また、若者の国際...

なぜ日本の大学生は勉強しないのか

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7月24日に開催された中央教育審議会大学分科会(第108回)・大学教育部会(第20回)合同会議の配付資料に大変興味深い資料がありましたのでご紹介します。 「 なぜ日本の大学生は欧米の大学生に比べて勉強しないのか 」(鈴木典比古:公益財団法人大学基準協会専務理事、前国際基督教大学学長) 日本人の大学生が欧米の大学生に比べて勉強していないという状況は東京大学・大学経営政策研究センター「全国大学生調査」(2007年、サンプル数44,905人)による大学1年生の週平均勉強時間数の比較でも示されているが、米国で10年、日本で26年程教鞭をとった私の個人的な経験からしても事実であると思う(ただし、私が学長を務めたICUの学生の名誉のために付け加えるならば、彼らの多くは米国の学生並みに勉強をしていると言える)。これには日米の大学生の生活・学習環境の違いに帰される面もある。日本の大学生が大学で勉強しない理由として、以下のような事情があるのではなかろうか。(ただし、以下のコメントでは、平均的な日米の学生を想定している) 日本の大学生は高校での受験勉強(暗記型)で疲弊した後に大学に入ってくる。しかも、2~3月に大学に合格すると、その疲弊を回復する間もなく、4月には入学して大学生活が始まる。大学生活の最初から、自ら学習する習慣が身についていない。また、高校の時期に時間的な余裕や考える機会が余りないことから、大学に来る目的を明確に自覚していない学生が多い。大学生活を含めた自分の生き方を若い時期のどこかの時点で真剣に考えなければならない。しかし、その事を経験しないまま受験→大学生活→就職→職業生活→退職という人生のレールを歩いている。これは多くの日本人の一様な人生模様であると言ってよいであろう。 米国のリベラルアーツ系大学では入学の時点では学生の専攻は前もって決まっていない。1~2年次に一般教育を履修しながら自分の専攻分野(Major)を決めてゆくのである。この段階は自分の適性、進路、職業、人生と専攻分野をいかに関連付けるか模索する時期で、大学生活にとって重要な体験の時期である。ところが、日本では大学の入学試験が専攻分野別の入試なので、高校の受験勉強(暗記型)のみで大学への進路決定が短絡的になされてしまうことが多い。高校での進路指導も偏差値による進路決定や志望校分別が強い...

教学マネジメントの現状と課題(6)

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最後に、 その他の意見等 と 安西分科会長のまとめ です。 (鈴木委員) 私は、特定の先生に対する質問ということではないのですが、本日の議事次第の議題を見ますと、「中長期的な大学教育の在り方について」ということで我々議論しているということですので、その中長期がどのくらいを意味するのだというところがあると思いますが、おそらく10年、あるいは20年というこれからのスパンを考えると、アメリカ、あるいは発表のあったイギリス、フランスを中心として、どのような大学教育、高等教育の推移を経ていくだろうかということを予想しながら、日本の大学、高等教育の在り方を考えていかなくてはいけないと思うのですが、おそらく10年、20年の間に進むのは欧米を中心とした大学間の連携ではないかと思います。 いろいろなディメンションでの連携ではないかと思いますが、先ほどマージャーというか、統合というような言葉が出てきましたが、大学間もそういうことがあり得るのではないか。 もう一つは、学生の移動です。もう学生は一つの大学で、あるいは一つの国で抱え込んでいるという時代は過ぎていくであろうと、学生が大学、あるいは国をチョイスする時代に行くのではないかということです。そういう意味では、グローバル化が大学のほうと学生の両方で起こるのではないか。しかし、国の教育というのは厳然としてあるわけですから、それに対して国がどういう高等教育を行って人材を育成していくか、これも、いわば非常な緊張感を含みながら進んでいくだろうと私は思っております。 その中で、日本の大学がどのような立ち位置を持つべきなのかということなのですが、少なくても現在の日本の大学というのは、個々の大学も先生といえば日本人の先生でありますし、それから異動もあまりないということで、一国一城というか、それが基本だと思います。それから、日本の大学全体を見ましても、これから10年、20年ぐらいで起こるであろう世界の流れから取り残される可能性もある、全く動かないということですね。 おそらくアメリカの大学にしても、外国籍の教員、あるいは外国籍の学生がいなかったら成り立たないわけで、そういう構成員がいわば多国籍化、グローバル化している中で、フレームワークとしての大学のガバナンスとか、マネジメントが成り立っています。この事実をよく考えなければいけない...

教学マネジメントの現状と課題(5)

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第5回目は、 北山禎介三井住友銀行取締役会長 です。資料と照らし合わせながらお読みいただくと理解が深まるのではないかと思います。 資料「私立大学におけるガバナンス改革-高等教育の質の向上を目指して-」 ◇ 資料5ということで、これは、経済同友会において、私、教育問題委員会の委員長をさせていただいておりますが、この3月に前年度の提言として発表させていただいたものです。本文自体が何ページにもわたるものなので、一番上に大きな紙で概要版をつけております。そちらに沿って御説明いたします。 経済同友会の教育問題委員会、経済同友会そのものがそうなのですが、教育問題委員会も大学関係者の方、おられることはおられるのですが、大多数が企業経営者を中心にしております。したがいまして、今までの3組の先生方は大学そのものですが、そういった方々とは違いまして、大体月に一度ぐらい大学関係者、ないしは、そういったことに詳しい人たちに来ていただいてお話を聞き、我々がけんけんがくがくでやって、まとめたものです。 まず、どうしてガバナンス改革かというのがまとめの一番左上の「はじめに」というところにあります。高等教育に関していろいろ課題があって、どのように改善していかなきゃいけないかという、主要な項目だけかもしれませんが、ざっと挙げております。この中教審であったり、いろいろなところの答申であったり、提言であったりしているのですが、一つの問題意識としてはなかなか歩みが遅いというか、スピード感がないというのが率直な感想でして、その一つの原因としてガバナンスの在り方という点についても、その原因があるのではないかということで、黒抜きしておりますように、1年前、ここにフォーカスしてやっていこうということになりました。 まず、左下半分ですが、1ポツのところで、「大学のガバナンスの現状と問題点」という点で5点挙げさせていただいております。本来、最高意思決定機関である理事会が実質的な決定権限を有しておらず、学長の選任であるとか、教員の採用などの権限は事実上、教授会にあるという点を指摘させていただいております。 また、大学や学部の最高執行責任者である学長や学部長の権限もあまり強くない。これは、学長も学部長も事実上、教員による選挙で選ばれているためです。 次に、学部教授会ですが、教授会は本来、...

教学マネジメントの現状と課題(4)

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第4回目は、 近藤倫明北九州市立大学学長 です。資料と照らし合わせながらお読みいただくと理解が深まるのではないかと思います。 資料「北九州市立大学における教学マネジメント-カリキュラム改革を通して-」 ◇ これまでの発表の皆さん方がグローバルな視点からという形でのお話だったと思います。私は、それこそローカルな話という形で進めたいと思います。地方にあります公立大学の現場からの事例報告という形で、ケーススタディーとして報告したいと思っております。 タイトルは「北九州市立大学における教学マネジメント」ということで、カリキュラム改革を通してということでお話をします。 まず、目次ですが、ここにありますように教学マネジメントのポイントから高校からの評価まで、大変ローカルな、具体的にこれまで取り組んできた内容についてのお話をしたいと思います。 その次。これは、教学マネジメントのポイントということで、これは最後にもう一度まとめたいと思いますが、6点ほど挙げさせていただいていますが、実は上の三つぐらいは、これまでいろいろな形で言われてきたことなのですが、それをいかに運営していくかということのほうが大変重要だということで、実際にカリキュラム改革を2回にわたってやりましたので、その経緯の中でマネジメントのポイントを最後にまとめたいと思っております。 3ページ目になりますが、本学の概要と歴史を少し御説明するということで、ちょっと見にくいので配付したプリント3ページのところを御覧いただきたいと思います。 本学の歴史に関しては、右の上のほうに載っております。1946年、戦後すぐ、次の年ですが、小倉外事専門学校としてスタートいたしました。当初は英米科、それから中国科という形で、世界に羽ばたく、いわゆる語学を中心とした専門学校としてスタートしました。それが外国語学部という形で設置形態をとりまして、そして、大学になりました。それから、経済学部、文学部、法学部、それから、2001年、21世紀になって環境工学部という形で、いわゆる文系、それから理工系合わせた総合大学として、現在は学生数6,600名程度です。公立大学、今、82校ほどありますが、学生数からいえば4番目、5番目あたりに位置する大学です。現在は、5学部1学群という形で学士課程においては構成されております。 ...

教学マネジメントの現状と課題(3)

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第3回目は、 広島大学高等教育研究開発センター の 大場淳准教授、福留東土准教授、秦由美子教授 です。資料と照らし合わせながらお読みいただくと理解が深まるのではないかと思います。 資料「諸外国の大学の教学ガバナンスに関する調査研究-米国・英国・フランス-」 ◇ (大場淳准教授) 私ども広島大学グループは、諸外国の大学の教学ガバナンスに関する調査研究を文部科学省から委託を受けまして、昨年12月から3カ国を訪問する形で実施しております。今年の11月まで予定されておりますので、本日は途中経過ということで御報告させていただきます。この目的のために3カ国の大学を複数訪問して、先行研究と突き合わせながら、ステークホルダーも含めて、なるべくたくさんの人に話を伺いました。ガバナンスの調査研究といいますと、組織の在り方と意思決定過程、すなわち組織の見えない部分が対象になりますが、この見えない部分をいかに明らかにしていくか。そういった観点から調査させていただきました。 この3カ国について、順番にアメリカ、イギリス、フランス、そして最後にまとめをさせていただきたいと思います。まず、アメリカです。 (福留東土准教授) それでは、アメリカにつきまして、福留から報告致しますが、実は今の小林委員のお話と重なるところが多いので、できるだけポイントのみを述べて、英仏2カ国のほうに時間を残したいと思います。 我々は、特に教学のところに焦点を当てて調査するようにということでしたので、本日はそこに特化した話をしたいと思います。 ただ、その前提として、大学ガバナンスの基本構造がどうなっているのかということは大事だろうと思います。スライドの4枚目になりますが、アメリカの大学ガバナンスの主体には大きく言って、理事会、アドミニストレーション、教員の三つが存在しています。 アメリカの高等教育研究者と議論をすると、やはりアメリカでもこれら主体間の緊張関係、あるいは葛藤関係が常に存在していて、必ずしもスムーズな形で三者が連携しているわけではない。しかし、そういった葛藤や緊張を回避するのではなくて、それを前提にしていかに乗り越えて大学を運営していくかというところが非常に重要だということです。いわば立場の違う者たちのいろいろな視点を活かしながら、いかにそれを統合し、乗り越えていくか...

教学マネジメントの現状と課題(2)

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第二回目は、 小林雅之東京大学大学総合教育研究センター教授 です。資料と照らし合わせながらお読みいただくと理解が深まるのではないかと思います。 資料「アメリカの大学のガバナンス-カリフォルニアの事例を中心に-」 ◇ 私は、資料にありますように先導的大学改革推進委託事業という形で、広島グループのほうにも関わっておりますが、それ以外に、私たちのセンターで行っている東大-野村プロジェクト、あるいは国立教育政策研究所との合同プロジェクトというような形でアメリカの大学のガバナンスを調査しております。それ以外にも幾つかの大学のカバナンスを調査しておりますが、今回は主としてカリフォルニアの大学の事例だけに限定させていただきます。必要に応じて、他の大学については事例的にお話しいたします。 今、上山教授からパッションにある理念が語られましたが、私は、研究者として、逆にできるだけ冷静に客観的に考えていきたいと思っております。できるだけデータを提示するという形で、皆さんに考える素材を提供するという立場に自己を限定したいと思っております。 資料の2ページ目にありますように、調査対象大学は、カリフォルニア大学のシステム、これは、10のキャンパスを統合する全体のところで、ここに先ほど上山教授がおっしゃられたOffice of Presidentがありまして、そこのプロボスト等に話を聞いてまいりました。 それから、バークレー、それから一番新しいカリフォルニア大学のキャンパスであるMerced、それから、私立研究大学であるスタンフォード大学、私立女子大学のMills Collegeというようなところを訪問調査いたしました。 これだけ見ていただいても、アメリカの高等教育は多様性が非常にあるということがわかります。これは、アメリカの高等教育を語るときに第一番に言われることでありまして、非常に多様性がある。言いかえれば、機能別に分化しているということであります。ですから、一般化することは非常に難しい。必ず反例が挙げられると考えていただいたほうがいいかもしれません。そのために今回も、各種の調査の結果を幾つか御紹介したいと思っております。 まず、アメリカの大学のガバナンスを語る上で非常に重要なことは、ある意味では当然のことなのですが、ミッションと目的とコアバリューというもの...