2020年4月29日水曜日

記事紹介|なぜ、世界トップクラスの人的資本に恵まれている日本の労働生産性が低いのか?

かつての日本は、ハイテクの国であった。ところが現在ではIT化が遅れ、労働生産性もイタリアやスペインといった南欧諸国より低い。

日本は高齢化による若年男性労働者数の減少を高齢者と既婚女性のパート就業率を高めることで対処したので、労働力の質が下がり、労働生産性が落ちたという人もいる。しかし、やはり超高齢化が進むドイツは日本同様、高齢男性と既婚女性のパートタイム労働の就業率を底上げしてきたが、時間当たりの労働生産性は日本よりもずっと高い。

国際成人力調査(PIAAC)という、16歳から65歳までの労働者のスキル調査によると、日本の労働者の読解力と数的思考力は国際的にもトップレベルである。加齢による能力低下を考慮しても、国際的に非常に高いレベルを維持している。

なぜ、世界トップクラスの人的資本に恵まれている日本の労働生産性が低いのか? その理由の1つはIT化の遅れだ。日本では他の先進国に比べ、職場や自宅でコンピューターを使わない労働者が(若年労働者を含めて)非常に多い。

日本は、スマホ普及率の増加に伴ってコンピューター使用率が減少した稀有な国でもある。桜田義孝前五輪担当大臣兼サイバーセキュリティ戦略本部担当大臣が、パソコンも使わず、USBが何かも知らないことで物議を醸したが、その桜田氏もスマホは使っており、「桜田現象」は日本の現状の象徴でもある。スマホのアプリ開発で日本が世界を凌駕しているわけでもない。単に教育機関や職場のIT化が非常に遅れており、せっかくの良質な労働力の真価が発揮されていないだけだ。

オンライン授業なぜできない

新型コロナウイルスによるパンデミックへの対応を見ても、日本のIT化の遅れは顕著だ。学校閉鎖になった小中高では、オンライン授業への移行が全くなされなかった。IT化がもっと進んでいる大学でも事情は他国とかなり違う。首都圏では新学期を1カ月ほど遅らせる大学も多いが、知り合いの関係者の話によると、この期間を使ってオンライン授業への移行を準備する意味合いもあるらしい。これには衝撃を受けた。

学期中にパンデミックに対応せねばならなかった欧米の多くの大学は1週間程度でオンライン授業に移行した。もともと米国の大学では授業用のオンライン・プラットフォームが整備されており、オンライン授業への移行も既存の仕組みを利用することができ、年齢層の高い教員を含め、無事に一斉オンライン化ができた。南欧の大学でも、既存のプラットフォームと無料ソフトなどを利用して、授業を続行した。

欧米の大学よりもずっと準備期間があったはずの日本で、なぜ多くの大学が新学期を遅らせる必要があったのか? 自宅にインターネット環境がない学生がいる、コロナ騒ぎで外国人留学生が4月初旬までに入国できないなどの理由が挙げられたが、一方で、東京大学は暦どおり4月からオンライン授業を開始した。

IT化の遅れの元凶は、日本の政治と組織にあるのではないか。政府は既得権益には優しいが、一般国民全員に利益がある教育機関のIT化投資を長らく怠ってきた。民間組織も、初期投資が大きく、年功序列のヒエラルキーをひっくり返してしまうIT化になかなか踏み切れないのだろう。日本の「ハンコ文化」が典型的だ。

日本の超高齢化社会を持続可能にするためには、労働生産性の向上は不可欠だ。今回の危機が日本の大学や企業にとってショック療法となり、日本のIT化に弾みをつける契機になることを期待している。

(出典)スマホは使うがパソコンは苦手──コロナ禍で露呈した日本の労働力の弱点 |ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

2020年4月25日土曜日

記事紹介|新型コロナウイルスの感染拡大は大学や学生に何をもたらしているのか

型コロナウイルスの感染拡大は、全国の大学にも大きな影響を与えています。多くの大学が入学式を取りやめたり授業の開始を遅らせたりすることを余儀なくされる中で、前期の授業については本格的に行うことは無理との声も上がり始めています。

▽大学で何が起きているのか
▽授業再開の決め手と見られたオンライン授業の問題点
▽行き場を失う学生をどうフォローするのか
以上、3点を中心に、この問題について考えます。

国の大学は今、どうなっているのでしょうか。緊急事態宣言の中では、多くの大学が休業要請の対象となっています。新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、大学側は、宣言が出される前から対応に追われ、多くは入学式を取りやめました。首都圏や近畿地方を中心に、今年度の授業の開始はもとより、学生も教員も学内への立ち入りが禁止となるなど、大学の機能そのものが停止状態というところも少なくないのが現状です。
文部科学省のまとめでは、全国の大学のうち授業の開始を遅らせることを決めたのは、8割に上るということです。政府の緊急事態宣言が全国に拡大されたことで、こうした状況は当面解消される見通しが立たなくなったというのが大学関係者の共通の見立てです。

うした厳しい状況の中でも授業を行っている大学もあります。そうした大学が取り組むのが、パソコン等の情報端末を利用したオンライン授業です。いち早く夏休みまでの授業をオンラインに切り替えることを決め、学生に周知する対応を取った大学があります。東京・三鷹市にある国際基督教大学は、入学式は中止したものの、新入生も含め当初の予定通り今月9日から授業をオンラインで始めました。また、秋田市の国際教養大学は、授業の開始は今月20日まで遅らせましたが、すべての学生向けにオンラインでの授業を始めています。ともに先進的にこうした授業に取り組んできたことが功を奏した形です。ほかにも今週からオンラインで授業を始めた大学があります。文部科学省の調査では、全体では8割の大学が何らかの形でオンライン授業の実施を決めたり、実施を検討したりしているということです。ただ、オンライン授業を行うには、大学・学生双方に課題が顕在化しています。

ずは、大学側の問題です。そもそも日本の大学の中で、こうした授業に取り組んだことがある大学は、25%にとどまるという実状があります。ほとんどの大学は、すべての学生を対象にオンライン授業を行うことは想定していませんから、サーバー自体がそれを前提とした整備がされておらず、容量オーバーでトラブルを起こすことを懸念する声があります。東北大学で、おとといのオンライン授業初日にシステム障害で一部の学生が午前の授業を受けられない事態が起きるなど、情報基盤が恵まれていると見られていた国立大学でも、すでに多くのトラブルが出ています。
教員の対応の問題もあります。大学が閉鎖されて研究室にも入れない状況で、準備もままならないまま、これまで行ったことのない授業に臨む事態が起きる可能性があります。授業をどこから行うのかという問題もあります。文部科学省は、教員が自宅からオンライン授業を行えるよう改めたほか、大学のシステム整備や教員の支援にあてる予算を国の経済対策に盛り込みました。しかし、国の支援には限界があります。

内でしかできない授業もあります。実験や実習です。理工系の学部には、実験装置を使わければできない実験があります。医学部では実際の患者に向き合う「臨床実習」が不可欠です。学内ではありませんが、教育実習は受け入れ先の小中学校、高校の休校が続く中で、1学期中の受け入れの目処は立たない状況です。いずれもオンラインでは行うことができません。ほかの授業を先に行うことにも限界があり、早くも答えに行き詰まっています。

生側はどうでしょう。ほとんどはスマホなど何らかの情報端末を利用して授業を受けることができると想定されています。問題は通信費でした。自宅にWi-Fiなどの設備がない学生は、スマホのデータ通信を利用するケースが多くなりますが、それには上限があります。国の要請を受けたNTTドコモなど大手3社が25歳以下の学生を対象にデータ通信料を一部無償化するほか、国の経済対策でも自宅に通信設備がない学生向けにモバイルルーターを貸し出すための予算が盛り込まれました。しかし、これだけでは問題は解決しません。
昭和女子大学の学生が、オンライン授業で新学期の授業が始まるのを前に、学生155人にアンケート調査を行いました。その結果、ほとんどの学生が自宅にネットワーク環境はありましたが、36%の学生は通信量に制限があるかどうかを把握していないほか、21%が自宅のネットワークへの接続方法がわからないと回答しました。授業の途中でネットがダウンする可能性があるわけです。このほか、自宅にプリンターがない学生が23%で、教材や課題としてプリントをネットで配布しても印刷できないといった支障が生じる可能性があります。この結果がすべての学生の傾向を示すものではありません。ただ、最近の学生は、必要な時は大学のものを利用しているため、必ずしもパソコンは持たないとの指摘もあり、スマホでは小さな文字や図表は読めないなど、教育環境が学生によって不統一な問題をどうするのか。学生側の課題もつきません。

て、学生にとっては、もう一つ、大きな問題があります。3つ目のポイントである「行き場を失う学生」の問題です。生活費を賄おうとアルバイトをせざるを得ない学生も多くいます。ところが、飲食店を中心に肝心のアルバイト自体が少なくなっています。影響が顕著なのは自宅外の学生です。節約のため実家に帰ることは感染拡大のリスクを広めることになると自粛を求められています。学費や生活費は大丈夫なのか不安を抱え、このまま大学へ通っていいのか迷い始めたという学生もいます。
新入生も深刻です。大学は、必要な単位を取得するため、学生自身がカリキュラムを選択するなど、高校までと授業を受けるためのシステムがまったく異なります。そうしたシステムがわからない新入生向けのガイダンスが行えないままの大学も多くなっています。自宅外の新入生の中には、大学の閉鎖で寮に入れなかったり、下宿先の契約をいったん見送ったものの、いつから契約したらいいのかわからなかったりといった戸惑いの声が聞かれます。一方で、早めに大学近辺への引っ越しを済ませた新入生の中には、いったん実家に帰るかどうか迷っているうちに緊急事態宣言が出たことで帰るに帰れず、知人も少ない中で孤立しているケースが少なからずあると見られています。精神的に追い詰められた学生をどう救うのかも含め、大学側はできるだけ細かな情報を学生に示さなければなりません。
そして国には、学生の生活や学習権を損なわないための指針を早急に打ち出すことを求めたいと思います。それには、困窮した学生には、授業料の納付期限を延ばすことや減免措置、今年度から始まった給付型奨学金の対象を広げることを新型コロナウイルス感染拡大対策の一環として盛り込むなどの方法もあるのではないでしょうか。

くの課題を抱える大学ですが、今のような事態に普段と同じことはできません。大学ごとに状況が異なるという難しさを抱える中で、知の拠点をどう守っていくのか、知力を結集する必要があります。

(出典)「新型コロナ 苦悩する大学と学生は」(時論公論)|NHK 解説委員室