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シンポジウム 「経済社会の将来展望を踏まえた大学のあり方」

本日(30日)、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)が主催する政策シンポジウムが、国連大学ウ・タントホール(東京都渋谷区)で開催されました。 あいにくの小雨ではありましたが、経済産業省、文部科学省、財務省、大学関係者など約160名の多くの方が全国から参加されたようです。 経済産業省傘下の独立行政法人が大学の在り方を問うシンポジウムを主催すること、国内外の著名な研究者等を招聘していること、教育振興基本計画を巡るバトル真っ最中の財務省主計官と文科省課長のやり取りなど、興味と期待感をもって参加してきましたが、質疑応答も白熱しとても充実した、そして勉強になった1日でした。 シンポジウムの配付資料及び様子(動画)は、後日、RIETIのホームページ http://www.rieti.go.jp/jp/events/index.html  において公表されるようですので、今日は、シンポジウムの開催趣旨やプログラムについてご紹介します。(後日追加:配付資料は掲載されています。) 2008.7.8動画配信が開始されました。⇒ http://www.rieti.go.jp/jp/events/08053001/handout.html 2008.7.17議事概要が掲載されました。⇒ http://www.rieti.go.jp/jp/events/08053001/summary_1.html?id=nl 開催趣旨(RIETIホームページから) 国立大学法人という新しい仕組みが始まってから4年、日本の大学をめぐる情勢はいまだに安定していません。 国立大学全体に配分される運営費交付金は総額約1兆3000億円にのぼりますが、国立大学の使命に照らして適切に配分され使用されているのか、議論の対象になっています。 目に見える「成果」を研究や教育に求める声が高まる一方、大学という仕組みそのもの、とりわけ教育という営みには継続性・安定性が重要だという声もあります。 研究についても、競争的資金の重要性が増していますが、教育と一体となった基盤的な研究費については安定的に配分することが必要だという考えも提示されています。 さらに、こうしたマクロの議論は、ミクロのレベルにも反映します。学長の選任方法から教職員の勤務のあり方に至るまで、個々の国立大学の管理や運営のあ...

どうなるのでしょうね この国の教育

日々、ニュースを目にするたびに、この国の将来はどうなっていくのだろう、未来を担う若者は、この国を支えるにふさわしい教育をきちんと受けることができているのだろうか等々、とても不安になります。(子どもを持つ親としても) 様々な人が様々な形で献身的に努力されていることは事実なのですが・・・。この国の教育はどこに向かうのでしょうか。 やや辛口の3つの記事をご紹介します。社会、国、親・・・いろんな問題がありそうです。皆さんはどうお感じになりますか? 東京特派員・湯浅博 学力劣化に耐えられず (2008年5月22日 産経新聞) むかしの寺子屋は「読み書きソロバン」が主力だった。冬のすきま風などものともせず、静座で声を張り上げた。遺憾ながら、いまどきの大学生より洟(はな)垂れ小僧の方がよほど暗算がうまかった。 かつて国際標準を上回っていたわが中学の数学授業時間数はいま、年間105時間で世界最低クラスだ。改定されるとしても200時間のインド、シンガポール、台湾、ベトナムに遠く及ばない。 社会党が騒いで高校が全入になり、いまや大学が全入に近くなった。「教育の普及は浮薄の普及なり」という金言に従えば、やがて国まで危うくする事態がくる。 理工系大学院の修了証をいまの企業人は信じない。学生の中には、交流の電圧が100ボルト、乾電池が1・5ボルトさえ知らない者がいる。微分積分、三角関数どころか、電卓がなければ2ケタのかけ算すらできない。 これは最近、自動車部品メーカーの技術担当役員から聞いた本当の話である。 院生にしてこれだと学部生においてをやである。算数さえ危ういから私学の幾つかは学習塾に教師派遣を依頼して補講をしている。「高校数学」の講座があることが逆に大学の“売り”になっているというから呆(あき)れる。そんな大学の理工系学部はいらないと思うが 「いや、ドングリの背比べ」と聞いて事態の尋常ならざるを知った。 ただ、「ゆとり世代」の学生たちにその責任をすべて転嫁しては気の毒な気もする。高校までの学習内容が3割削減され、学習機会が剥奪(はくだつ)されているのに周囲の冷たい視線にさらされる。 都内のある大学を訪ねると、学生たちが中国人留学生を支援して、四川大地震の災害支援のカンパを募っていた。彼らの正義と誠意を四川にだけでなく、ミャンマーのサイク...

経費節減:トイレットペーパーの功罪

大学経営の健全性を追求する上で重要なコストカット。民間企業に比べればまだまだ不十分な感がありますが、大学によっては「ケチケチ作戦」の徹底努力により、お金の上手な使い方をしているところもあるようです。 全くの偶然であり無関係な話ではありますが、最近「トイレットペーパー」というキーワードで対照的な記事を見つけました。 古紙でトイレットペーパー1300個 三重大が回収、リサイクル (2008年5月17日 中日新聞) 三重大キャンパス(津市)で回収した古紙から生まれ変わったトイレットペーパー約1300個が、初めて同大に届いた。学内で1カ月間に使われる2割に当たる量という。 同大がキャンパス内3カ所に緑色の「古紙回収ボックス」を設置したのは4月21日。同月中に約5・7トンが集まり、契約したリサイクル業者が引き取って再生させた。学生がデザインした包み紙には、環境に関する各学部の研究概要やマスコット「まもる」が印刷されている。 この取り組みを進めている環境ISO学生委員会の古紙再利用化プロジェクトリーダー谷口公美さん(19)=生物資源学部2年=は「今後は回収するだけでなく、紙の両面を使って使用量を減らしたり、分別をきちんとしたりする意識の向上を呼び掛けていけたら」と話している。 年8万ロール持ち出されていた 筑波大トイレから 准教授試算 (2008年5月23日 読売新聞) 筑波大のトイレから年間8万個ものトイレットペーパーが持ち出されている-そんな試算を筑波大の吉田謙太郎准教授(環境経済学)がまとめた。持ち出されたトイレットペーパーは、鼻をかむのに使った後に教室に放置されるほか、家に持ち帰る学生も多いという。「学生のモラル低下は深刻」(吉田准教授)として、筑波大は「持ち出し禁止」とトイレに張り紙をすることなどの検討を始めた。 調査は昨年10~11月、吉田准教授が担当する社会工学類2年生の社会調査実習の中で行った。学生9人が、授業の参加者や友人ら154人にアンケートした。 その結果、「トイレットペーパーを持ち出したことがある」と回答したのは、男子が40人(35%)、女子は10人(26%)に上った。持ち出した個数を聞き、学生1人あたりで平均すると年間5.4個。大学全体で推定すると8万個を超えることがわかった。 持ち出したトイレットペーパーの...

格差社会と修学支援

前回この日記で、「教育振興基本計画」の閣議決定を間近に控え白熱している文科省と財務省の攻防についてご紹介しましたが、私達国民は、国政あるいは霞ヶ関の机上論の行く末ばかりを気にしているわけにはまいりません。 最近、格差社会の弊害が、様々な場面で取り沙汰されていますが、残念ながら教育においても例外ではないからです。 先般、財務省は、財政制度等審議会において、国立大学の授業料 *1 を私学並みに引き上げて、その予算を私学並みに引き下げようとする案を示しました *2 が、これは、「我が国における高等教育への機会均等に反し、かつ、我が国の国力の源泉たる国立大学の研究開発能力を著しく低めるものであり、まさに国益に反する暴論」(文科省談)のとおりだと思いますし、そもそも財務省は、次のような国民生活の厳しい実態をどの程度認識しているのか甚だ疑問に思います。 苦しい大学生の台所 平均生活費年72万 6年前から22万減 (2008年4月23日 産経新聞) 大学生(夜間部を除く)の平成18年度の年間平均生活費は72万円で、ピークだった12年度から22万円減ったことが日本学生支援機構の調査で分かった。アルバイト代など収入が減る一方で、学費が値上がりする中、衣食住の生活費を切り詰めている学生の姿が浮かび上がった。同機構は「家計収入が減っており、学生を支援する奨学金の拡充に努めたい」としている。 隔年による調査は今回18年11月に実施し、9600人が回答。生活費は12年度の94万円から14年度86万円、16年度77万円と3回連続の減少。 16年度の年間生活費のうち住居・光熱費は24万円、食費は19万円、衣服などのその他の日常費は12万円。いずれも12年度に比べ約5万~6万円減った。 授業料などの学費は117万円で、昭和43年度の調査開始から一貫して増加。一方、家族からの仕送りやアルバイト代などの収入は219万円で、ピークの14年度から5万円減った。 生活費と学費を合わせた学生生活費の平均は190万円。最も高かったのは下宿している私立大のケースで247万円、低かったのは自宅から通う国立大生の105万円で両者の差は2・4倍あった。 実家の平均世帯年収は846万円で16年度から4万円減少。私立大865万円、国立大792万円、公立大740万円だった。 高収入で...

国民不在の教育財政論議 文科省VS財務省

今まさに「教育振興基本計画」の閣議決定を巡る文科省と財務省の闘いが山場を迎えています。 報道による情報だけでは、論戦そのものは、省益なのか国家論なのか、なかなかよくわからないわけですが、いずれにしても、この国の行く末を両者で徹底的に議論した上での結論に至ってもらいたいものだと思います。 しかし、個人的に残念に思うのは、こういう時こそ、地方公聴会やタウンミーティングなどをやって、これからの教育財政のあり方について、広く国民の声を聴いてもらいたいものだと思うのですが・・・。 それでは、「教育振興基本計画」に数値目標を書き込むかどうかのここ最近の両省や関係団体等の動向を報道を通じて時系列に見てみましょう。 ◇ 「教育振興基本計画」で教育は良くなるのか(2008年5月12日 Benesse 教育情報サイト) 文部科学大臣の諮問機関である中央教育審議会はこのほど、「教育振興基本計画」の内容を答申しました。関係省庁との折衝を経て、5月中にも閣議決定され、正式に政府の計画となります。しかしテレビや新聞などでは、答申に対する評価はあまり高くありません。これで教育は良くなるのでしょうか。 「教育振興基本計画」は、今後10年間を通じて教育の目指すべき姿や、さらにそれを実現するために今後5年間で国が取り組むべき教育施策などを示すものです。答申では、今後10年間をとおした教育の目標として、義務教育修了までに「世界トップクラスの学力水準を確保し、責任ある社会の一員として自立して生きていくための基礎となる力を育てる」ことなどを挙げています。 ただ答申は、取り組むべき施策の数値目標や、施策の裏付けとなる予算措置について、ほとんど言及していません。教員の増加など予算が必要となる措置を明示することに、財務省などが強く反対したためだと言われています。 「教育振興基本計画」を策定することは、「教育改革国民会議」が2000(平成12)年末に出した最終報告の中に盛り込まれていましたが、当時の文部科学省の構想では「いじめを5年間で半減させる」などといった具体的な目標を示すことになっていました。数値目標を盛り込むことで、それを実現するための教育予算を確保しよう、というのが文科省のねらいだったと言われています。 しかしその後、小泉純一郎首相(当時)の下で教育分野を含めた大...

高等教育政策の動向

恒例となりました文科省高等教育局が発信するメルマガ「高等教育政策情報」(第29号)から抜粋した主要な記事をご紹介します。 [政策動向] ■教育振興基本計画の策定に向けた状況について  -投資の数値目標設定について大学団体が改めて要望- 現在、文部科学省においては、中央教育審議会(会長:山崎正和LCA大学院大学長)の「教育振興基本計画について(答申)」(平成20年4月18日)を踏まえ、教育振興基本計画の策定に向けた作業を行っているところです。特に、教育投資に関する数値目標の設定について世の中の関心が集まっています。5月9日の渡海文部科学大臣の会見では、「与党からも数値目標を入れるべきだという意見が出ていることを受け、数値目標を入れる方向で考えていきたい」旨の発言があり、これを踏まえて検討を進めています。 その後、5月13日に開催された中央教育審議会大学分科会制度・教育部会(部会長:郷通子お茶の水女子大学長)の委員懇談会では、国立大学協会、公立大学協会、日本私立大学団体連合会の大学関係3団体及び全国高等学校長協会に御出席いただき、「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」についてヒアリングを行いましたが、大学関係3団体いずれからも、「教育振興基本計画において、高等教育への公財政支出をGDP比0.5%からOECD平均1%を実現するという資金投入の目標額を明確に記述すべきである。」旨の意見をいただきました。 また、5月20日に開催された中央教育審議会大学分科会(分科会長:安西祐一郎慶應義塾長)の中で、財務省が5月19日の財政制度等審議会財政制度分科会財政構造改革部会において示した「文教・科学技術関係資料」(下記ホームページ参照。これに関する当省の見解は次号以降で紹介予定。)の内容が報告されました。委員からは、当該資料の問題点について意見が示され、我が国の高等教育分野における公財政支出の低さが課題である旨の指摘がされました。 こうした意見を受け、次のような統括がされました。 「教育投資の数値目標は中教審答申に盛り込まれなかったが、大学団体など教関係者の期待も高まっている。 高等教育の公財政支出について、先に大学分科会関係4団体が提出した意見書「大学教育の転換と革新」を踏まえ、「できる限り速やかに年間5兆円以上の投資規模」を達成する趣旨が...

大学経営を支える職員の在り方(4)

これから必要とされる大学職員のあり様については、これまでこの日記の中でも、多くの有識者の方々の示唆に富むご意見等をご紹介してきましたが、このような学びの源泉は今後とも尽きないのではないかと思っています。 なぜならば、有識者の方々の主張は、正しいか誤りかという性格のものではなく、私達大学現場に身を置く者それぞれに課せられた役割や立場、そして目的意識は多様であり、であるが故に、受け取り方、学ぶ内容は人によって異なるからです。 人間は、いかなる環境でも適応する素晴らしい能力を持っていると思いますが、長らく同じ大学にいると、どうしても現状に甘んじ、世の中のタイムリーな情報を確保することを怠るようになり、視野が狭くなり、結果としてモチベーションの維持・向上に努力を払わなくなるきらいがあります。 私はこれからも、様々な主張の中で自分を成長させてくれるものに出会った時には、この日記を通じて自分を奮起させるとともに、その感動を共有していただける方が少なくとも一人はいらっしゃると自分勝手に信じ、ご紹介することを続けていきたいと思っています。 さて、今日は、「日本私立大学協会の教育学術オンライン」に、平成19年2月に掲載された「 大学職員のキャリアパスを考える 」という寄稿をご紹介します。 これは、日本福祉大学常務理事・学長補佐・執行役員・事務局長であり、大学行政管理学会の会長でもいらっしゃる 福島一政 氏が書かれたもので、「大学職員にとって必要な資質とは何か」「その必要な資質はどのようにして身につけるのか」「大学は、プロフェッショナルな職員を育てるためにどのようなキャリアパスを用意すべきなのか」などについて言及されています。少々長くなりますが、がまんして読んでいただければ幸いです。 はじめに 大学職員という職業は、昔はあまり知られていなかった。しかしながら一部では、それなりに正確な実務さえこなしていれば世間並み以上の給与が保障される上に、大学という知的で自由な雰囲気の中で働くことの満足感のある「楽な」仕事だと知られていたようだ。 ところが、18歳人口が急激に減少し、「大学冬の時代」になって様相は一変した。2006年度の新入生は4割の大学で定員割れをしていることに示されるように、多くの大学で学費収入は目減りし、かといって学費値上げもままならず、受験生の減...

大学経営を支える職員の在り方(3)

国立大学の法人化が影響しているのかどうかはわかりませんが、これからの大学職員はどうあるべきかといった「大学職員論」について書かれた読み物を最近よく目にするようになりました。 純粋に学問的な理論展開に終始するものから、現場の実態を踏まえた実務的内容まで様々ですが、大学職員の高度な職務遂行能力の養成、特に、これからの大学職員には「専門性」が求められているという点については、多くの文献において共通しているのではないかと思います。 では、この「専門性」とは一体どういうものなのでしょうか。 前々回のこの日記でもご紹介しましたが、前東京大学理事の 上杉道世 氏が書かれた「 大学職員を変える 」では、「専門性」について次のような記述があります。 「すべての大学職員が広い視野とともに何らかの専門性を持ち、その専門性を高める方向でキャリア形成し、マネジメントで処遇される道と専門性で処遇される道を選べる、というのが(職員の育成のあり方の)基本コンセプトである。 ここで留意していただきたいのは、専門職といってもこれまでの日本の社会や組織でありがちな、それぞれが閉鎖的な集団を作り、階層構造を前提としてどちらが偉いかを競ったり、処遇改善運動に走ったりするという意味での専門職ではないことである。 あくまで大学職員という共通の基盤が前提である。それぞれが補い合い支えあって大学業務を支えていくという連帯構造の中での特徴の発揮である。」 ◇ また、前回の日記でご紹介したIDE2008年4月号特集「 これからの大学職員 」では、広島大学高等教育研究開発センター長の 山本眞一 氏は、「専門性」に関し次のように述べられています。 「職員には専門性が必要であるとの声をよく聞く。確かに、大学経営環境が激しく変わる中、ジェネラリストと称する職員が、実は部下から上がってきた書類をチェックするだけであったり、学長や理事からの指示を部下に中継ぎしたりするだけであれば、その存在価値が疑われよう。また、管理志向一辺倒のジェネラリストも困った存在である。そういう中で、専門的な知識を備えたスペシャリストを志向する若手職員も多いことであろう。 ただし、我が国の大学は欧米と異なり、教員数に比べて職員数が少ないことが知られている。少ない職員がそれぞれの専門性を主張し合えるほど、職員数に余裕が...

大学経営を支える職員の在り方(2)

今回は、大学経営人材(アドミニストレーター)の養成に関する卓越した知見をお持ちであり、多くの著書、寄稿、あるいは、現在、放送大学大学院「大学のマネジメント」を通じ、私達大学関係者に多くの示唆を与えてくださっている広島大学の 山本眞一 氏が書かれた「 職員論の今後の課題 」(2008.5.12 文部科学教育通信 No195)をご紹介したいと思います。 今回は、「職員の職位・役割に応じた職務能力の向上」「教員と職員の協働」「大学の公益的役割の再認識」の必要性等について指摘されています。 職員論の今後の課題 (広島大学 教授・高等教育研究センター長 山本眞一) さまざまな立場からの職員論 大学改革の進行や大学経営の複雑高度化に伴い、大学経営を担う人材そしてその役割を果たすべき「職員」の在り方について、最近その議論が活発化してきた。そのような中で出たIDE2008年4月号の特集「これからの大学職員」 *1 *2 は注目される。実は私自身も編集部の依頼により寄稿したのだが、私以外に12名もの執筆者があり、さまざまな立場・観点からこれからの大学職員のことを書いている。 東大の金子元久氏は、ヨーロッパの大学における職員の起源を紹介し、かつ日米比較の観点から、日本の大学における教員出身の管理職の専門職化は米国に比べて未発達で、教員以外の幹部職員の管理運営上の影響力は大きいという注目すべき論点を提示し、法政大学元総長の清成忠男氏は、学校法人を取り巻く厳しい経営環境の中で、経営力を強化するために職員力を高める必要があることを強調している。 前東大理事の上杉道世氏は「トータルプランで職員を変える」として、各大学の実情に合ったやり方を作り出し、全体として整合性を持って実施することの大切さを訴え、人事、組織、業務の改革とともに、誇りある大学職員となるべきことを提示している。立命館大学副総長の本間政雄氏は、昨今の大学を取り巻く諸情勢を述べ、状況の打開に向けてトップ人材の養成・確保、経営・教学改革を支える大学職員の育成の重要性を主張している。 早稲田大学名誉教授の藤田幸男氏は、日本私立大学連盟が実施するアドミニストレーター研修を例に挙げつつ、優秀な職員の養成の重要性を強調し、日本学術振興会理事の村田直樹氏は、前任地で事務局長として自ら関与した「横浜国立大学職員塾」...

大学経営を支える職員の在り方(1)

これからの大学には、大学経営を担う事務職員の存在が欠かせず、その早急な養成が求められているとともに、事務職員の企画能力や専門能力を高め、教員との適切な役割分担・対等関係に基づく協働を促進していくことが極めて重要であると言われています。このことは、もはや、大学関係者の中では共通の認識になっていると思います。 今日は、まず、国立大学財務・経営センターが発行しているメルマガ(2008.5.15 No24)から、センターが2月に開催した講演会に招へいした、 英国シェフィールド大学のクレア・ベインズ学務部長 が書かれた「 大学経営のプロへの途 」というエッセイの中から、クレア氏が、経営に参画する事務局職員として心がけてこられたことについて抜粋してご紹介します。 メルマガでは、エッセイの紹介に当たって、次のようなセンターのコメントが掲載されています。 ◇ 英国大学の事務局職員については、高等教育界全体で労働市場が成立しており、比較的移動も容易なようです。このこととも関連があるのでしょうが、事務局職員を構成員とする職能団体が情報・意見交換や研修事業などを通じて資質・能力の向上に努める体制ができあがっているのだそうです。 我が国の場合には、大学間の移動は一部の者を除いて容易ではありませんが、国立大学の事務局職員の資質・能力の向上は急務となっています。事務局職員間のネットワーク作りや研修事業がもっと活発に行われる必要があるのではないでしょうか。 エッセイにも随所に出てきますが、大学という職場が抱える共通の課題の一つは、事務局職員と教員の間のコミュニケーション・ギャップの克服でしょう。学問の世界を理解しようとする姿勢が事務局職員に求められます。エッセイでは、教員や学生のことを理解するために、本部事務だけでなく、学部事務を経験することの大切さが強調されています。 ◇ 大学経営のプロヘの途 シェフィールド大学学務部長 Dr Claire Baines(クレア・ベインズ)の場合 最後に、経営に参画する事務局職員として私が心がけてきたことなどをまとめておきます。 盲目的に言われたことだけやっているのではなく、経営幹部や学部教員などと交流して、積極的に自分の考えや企画を実現してみようと努力することが大切です。こうした経験を経て、交渉能力を高めること...

「大学職員サミットやまがたカレッジ2007」レポート

この日記では、これまで地方大学の特筆すべき取組みをいくつかご紹介してきましたが、中でも登場回数の多いのが、山形大学ではないかと思います。 山形大学は、事務職員の能力開発(SD)に関しては、全国的に見ても高い評価を受ける実績を有しており、同じ地方大学の職員としては、とてもいい刺激をいただいています。 さて、既にご案内のとおりですが、山形大学では、平成19年11月10日、11日の2日間、小白川キャンパスを会場に、国公私を問わず全国から大学職員が参加する「大学職員サミットやまがたカレッジ 2007」を開催しました。 サミットの様子は、山形大学のホームページにおいて紹介されていますのでご覧ください。→ http://www.yamagata-u.ac.jp/jpn/yu/modules/topics0/article.php?storyid=151&yu_m=1_2 さて、最近、この大学職員サミットを総括する報告書が公表されました。報告書は、182ページに及び、シンポジウム、パネルディスカッション、自慢コンテストなどに参画された方々の執筆文により構成されています。 示唆に富むご意見等がたくさんありましたが、今日は、このうちのわずか4人の方のコメント(抜粋)をご紹介します。(敬称を略させていただきます。) 「大学職員サミット-やまがたカレッジ2007」に寄せて(山形大学長 結城章夫) 平成16年4月の国立大学の法人化は、国立大学にとって、革命的な出来事でした。それまで文部科学省の内部組織であった全国の国立大学は、一斉に独立して、87の国立大学法人に分かれていきました。そして、それぞれの大学法人には、自主・自立の経営を行うことが求められるようになったのです。 この結果、各国立大学においては、事務職員の果たすべき役割が劇的に変化しました。事務職員は、教員との良き関係を築きながら、学長・理事からなる経営陣を支え、大学運営の一翼を担っていかなければなりません。各大学では、全国移動をする幹部職員との適切なバランスをとりながら、プロパー職員を計画的に採用し、育成していくことが必要になってきています。 大学職員の能力を最大限に引き出し、意欲を持って仕事に打ち込める環境を創ることが、大学経営者の重要な責務です。また、大学職員の方も、大学運...

問われていますよ、医学系教員のモラル

医学部教員や附属病院の医師のモラルの問題、中でも、不適切な金銭の授受に関する問題が紙面を賑わすことが多いこの頃(いや昔からそう)ですが、社会的信用や所得水準が高く、恵まれた環境下にある彼らが、どうしてそのような倫理観の欠如した犯罪的行為を行うのでしょうか。 同じ大学勤めでも、安サラリーで生活している私とは無縁の世界の方々なので、何ともコメントのしようがないわけですが、国公私立いずれの大学も、国民の税金で支えられている公共的機関であり、この国の将来を担う人を育てるという重要な使命を担っている大学を職場とし、そこに生活の糧を求めている以上は、自分の立場をわきまえた考えや責任ある行動をしていただきたいものですね。 大学教員の倫理観の欠如については、以前、この日記でもご紹介したことがあります。 → http://daisala.blogspot.jp/2008/01/blog-post_620.html 今日は、まず、大学病院に勤務する医師と企業との金銭に関する記事からご紹介します。 企業から医師への資金提供 医学部7割ルールなし (2008年4月28日 読売新聞) 医学部を持つ全国の大学のうち、医師ら教員が製薬企業などから得た研究費や講演料を届け出たり、研究の独立性が保たれるかどうかを審査、監督したりするルールを策定、実施しているのは3割に過ぎないことが、読売新聞の調査でわかった。 特に私立大では、ルールを持つのは回答した24校中1校だけで、医師と企業の資金関係を「開示できる」としたのも2校にとどまり、情報公開の遅れが浮き彫りになった。 調査は全国80大学(国公立51、私立29)に文書で行い、74校(国公立50、私立24)から回答を得た。ルールを作成しているのは23校で、実際に運用しているのは20校(27%)だった。そのうち国公立が19校で、私立は1校だけだった。 教員が企業から得た役員報酬や顧問料、特許権料、株式の保有、講演料や原稿料、研究費などのうち、大学への届け出が必要な場合の金額は「年間100万円以上」としたところが多かった。8校では届け出対象を本人のみとし、15校では家族も含めた。 ルールを持たない51校のうち、25校は「今年度内に作成、または作成を検討する」としたが、26校は「未定」だった。 [解説] 私大...

FD : Faculty Development

「教員の授業内容や教育方法などの改善・向上を目的とした組織的な取組み」である「ファカルティ・ディベロップメント(FD)」については、去る3月25日に中央教育審議会大学分科会制度・教育部会によって取りまとめられた「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」において、教職員の職能開発の重要性、特にFDの実質化に関する現状と課題について、かなりの紙面を割き言及されているところです。 内容は、当日記「 教職員の職能開発 」をご覧ください。 FDについては、これまで、中央教育育審議会の答申に基づき、平成11年に各大学がFDを実施することに関する努力義務が定められ、その後、平成19年度から大学院に関して、そして、平成20年度からは新たに学士課程でも実施が義務化されました。 また、平成18年12月に成立した教育基本法では、教員に関する条文の中で、教員は「絶えず研究と修養に励み、」職責を遂行しなければならないこと、そして、「養成と研修の充実が図られなければならないこと」が新たに規定されるなど、FD活動の重要性はますます高まるばかりです。 制度面の整備と相まって、様々な工夫を伴った積極的な活動が展開されるようになりました。例えば、山形大学が中心となった次のような取り組みです。 教員の質向上へ大学連携 山形大など FDネットを結成 (2008年3月28日 河北新報) 教員の能力開発を目指し、山形大が設立を呼び掛けてきた大学間の連携組織「FDネットワークつばさ」が28日、結成された。東日本地域の大学、短大、高等専門学校の計34校が参加。協力して教育方法の改善に取り組む。 FDはファカルティー・デベロップメント(教員の資質向上)の略。山形大は2004年、山形県内の他の大学、短大とともに「地域ネットワークFD樹氷」を結成、FD推進に力を入れてきた。ノウハウを生かすため、連携の輪を東日本地域に広げることにした。 参加校の内訳は、東北が秋田を除いた5県の18校、北海道が4校、関東が12校。山形大に事務局を置き、各校のFD担当者からなるFD協議会が中心になって運営する。共通フォーマットを使った学生による授業評価、他の教官が授業を見学して意見交換する公開授業などを行う予定。 山形市内のホテルで行われた結成記念式典には、約40人が出席。山形大の結城章夫学長が「F...

教育投資の数値目標の行方はいかに

「教育振興基本計画」の在り様については、この日記でもこれまで機会あるごとにコメント(かなりの批判を)させていただいてきました。 ● 2008-02-18 教育振興基本計画 ● 2008-03-04 高等教育への投資 ● 2008-03-11 中教審答申(教育振興基本計画関係)素案 ● 2008-04-07 骨抜きになった教育の未来 ● 2008-04-14 大学への財政投資の必要性 ● 2008-04-19 あらためて、教育振興基本計画   いよいよ閣議決定という最終段階を迎えている中、教育投資の数値目標を巡る攻防が山場を迎えています。 文科省対財務省、「教育支出GDP5%目標」で衝突 (2008年5月1日 読売新聞) 文部科学省は、教育支出額を今後10年間で国内総生産(GDP)の5・0%まで引き上げるという数値目標を、戦後初めて国が策定する「教育振興基本計画」に盛り込む方針を決めた。これまで国の財政事情に配慮し、数値目標には消極的だったが、先進各国に水をあけられていることへの危機感から方針転換した。 しかし、財務省は支出拡大には慎重姿勢のまま。6月にまとまる「経済財政改革の基本方針」(骨太の方針)も見据え、文科省を後押ししようと、河村建夫元文科相ら自民党文教族議員が1日午前、首相官邸を訪れ、数値目標を入れるよう要請するなど政治闘争の様相も帯びている。 文科相の諮問機関「中央教育審議会」が4月18日にまとめた教育振興基本計画の答申では、「欧米主要国と比べて遜色(そんしょく)ない教育水準を確保すべく、教育投資の充実を図ることが必要」という文言を入れただけだった。 一転して、文科省が打ち出したGDP比5・0%という数値は、経済協力開発機構(OECD)諸国が教育支出にかけている公的資金の平均値。日本は現在3・5%で、日米の大学生を比較した場合、一人あたりの公財政支出(年間)は、日本の67万円に対し、アメリカは106万円と39万円の開きがある。 中教審の審議では「教育投資の充実は国力の維持・向上に最低限必要」(安西祐一郎慶応義塾長)といった意見が相次いだが、財務省との事前折衝で数値を入れることを拒まれて断念。自民党文教族からは「この答申では教育水準は上がらない」などと強い不満があがっていた。 文科省は財源として道路特定財源の一般...

国立大学法人化の検証(2)

前回に続き4年が経過した国立大学の法人化について検証したいと思います。 この日記をご覧になっている大学関係者の皆さん、特に当事者である国立大学の皆さんは、自校の現状を顧みて、法人化後の国立大学についてどのような感想をお持ちでしょうか。 残念ながら私の所属する大学の場合は、国立大学の法人化は、明治以来の大きな勇気ある、そして希望ある制度改革であると称される割には、必ずしも理想どおりにいっていないような気がしています。 実際に大学現場で働く身として感じることは、相変わらず構成員(教員も職員も)の意識の持ち方は「国の時代」そのものであったり、「教授会自治」が強力な抵抗勢力として大学経営の足かせになっていたりと、正直言って大学職員としてのモチベーションを維持することが大層大変な状況です。このような状況は、様々な伝聞によればどこの大学にも多かれ少なかれあるようです。 大学であれ、民間企業であれ、そこで働く人間にとっては、帰属意識というものがとても重要だと思いますし、悪しき民主主義、悪しき平等で固められたスピード感のない古き体質の大学では、今まさに求められている大学間競争には勝てるはずもなく、希少な構成員のやる気も次第に失せてしまって、誰のために、何のために、自分の能力をどう生かしたらいいのかということすらわからなくなってしまう、そんな最悪の状況が大学には正直申し上げて厳然として存在しています。 大学をそんな職場にしたくない、生き生きとした毎日を送りたい、将来ある若者(学生)のためにできる限りの力を尽くしたい、そんな目的意識を持った人々の気持ちを大学はなぜだめにしてしまうのでしょうか。人を育てる崇高な教育機関が、逆に人をだめにしてしまうようなことをなぜ許しているのでしょうか。大学という職場は大学に糧を得る人間でさえ未だによく理解できないところがたくさんあるのです。 今日は、前回に続き、国立大学の法人化を検証する意味で、法人化直後の2004年8月に、信州大学留学生センター教授の高石道明氏(当時)が、桜美林大学大学院国際学研究科桜美林シナジー第3号に寄稿された「 大学運営における事務職員の役割 」という論文をご紹介します。 「国立大学の法人化」がもたらした様々な課題、それを乗り越える手法について、示唆に富む指摘がなされているのではないかと思います。法人化...

国立大学法人化の検証(1)

国立大学の法人化から早4年が経過し、いよいよ今年は中期目標期間の業績評価が行われます。また、来年度には平成22年度以降6年間の第2期中期目標・中期計画の策定を行わなければなりません。 先般、文部科学省は、今期中期計画期間中の業績評価の結果を次期中期計画期間における運営費交付金の算定に反映させることを明示しました。このこともあり、現在、各国立大学は、本年6月末までに提出しなければならない中期評価に係る実績報告書の作成に全力を注いでいるところです。 評価結果の資源配分への反映は、「護送船団方式から自主・自律へ」の法人化の趣旨から考えれば至極当然のことですし、各大学の努力の結果が国民の前に透明性をもってさらされることは、国の時代に比べれば格段の改善といってもよいのではないかと思います。 ただ、目先の評価結果を気にするあまり、国立大学本来の使命や役割が適切に達成されてきたのか、さらには、国立大学の法人化は果たして国益にかなったものだったのかといった法人化そのものの検証を忘れることがあってはならないのだろうと思います。 そこで、今日は、国立大学が法人化してちょうど半年経った平成16年10月に、当時の国立大学の現状と課題について、山梨大学の副学長をされていた伊藤洋氏が書かれた文章の一部(文部科学教育通信 No109 2004.10.11)をご紹介します。 「 法人化後の国立大学の現状と課題 」と題されたこの文章に書かれた内容が、既に4年を経過した現在の国立大学に当てはまるようであれば(つまり、筆者が指摘されている「悪霊」が現在の国立大学に未だ棲んでいるのであれば)、国立大学の法人化は思惑どおりには機能してこなかったということになるのではないでしょうか。 いま、日本の国立大学キャンパスには3種頬の悪霊が跋扈している、と言われている。 「少子化」という名の悪霊 そのうちの筆頭に数えられるのは「少子化」という名の悪霊である。第2次ベビーブームが終わりを告げた1974年以降、18歳人口の減少は止まるところを知らず、2007年には高等教育進学希望者の数とそれを受け入れる高等教育機関の収容定員がバランスしてしまう。法人化後の国立大学にとっては、学費収入は所与の事実として算定され、その分だけ標準運営費交付金が予め減額されて支給される仕組みであるから、定員割...

教育再生懇談会

去る4月17日(木)、第2回教育再生懇談会 *1 が開催されました。 配付資料は次のとおりです。 資料1 論点メモ [PDF] 資料2 教育再生会議報告の実現状況 [PDF] 資料3 幼児教育、家庭教育をめぐる状況 [PDF] 資料4 有害情報対策をめぐる状況 [PDF] 参考資料 教育再生会議報告フォローアップ [PDF] 安西座長より提出された資料 議事要旨が公表されていますので、高等教育関係の主な部分を抜粋します。 本文→ http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouiku_kondan/kaisai/dai2/2gijiyousi.pdf 安西座長(慶応義塾長) 教育再生会議報告のフォローアップは、この懇談会の重要な任務の一つである。今後の取組や課題などについて、御意見をいただければと思う。 小川委員(東京大学大学院教育学研究科教授) 日本は子育ての家計の負担が重いという話を前回したが、日本は、国民の税負担も小さいから、公教育における私的負担が大きくなるのは当然という議論もある。確かに、公的教育費、私的教育費を総合すると北欧などの教育費のGDP比と差はない。 ただ、家計における教育費の私的負担は限界(例えば、大学進学率の停滞、等)にきており、階層間格差もでてきている。従来のように家計に大きく依存した教育支出の構造は限界にきているのではないか。 公的な支出と家計の支出以外に、日本の人材育成でもう1つ考えなければいけないのは、民間企業の企業内の教育訓練費、企業の研究開発投資である。バブル崩壊で日本のいわゆる長期雇用システムも崩壊して、外部から即戦力を採るというように雇用制度が変わる中で、企業の教育訓練経費は1990年代以降急激に落ちてきている。個々人が自分で能力開発をすれば良いではないかと言う意見もあるが、働いている人が大学に入ることなどは日本の教育費が大きいので難しい、安西座長が今日机上配布している資料の中でも諸外国に比べ大学の学生に占める社会人の割合が日本は極めて低いというデータが出ている。 私的な教育費が頭打ち、国の教育費が頭打ち、民間も頭打ちという中で、日本社会の教育費総額が縮小傾向に入っているという現状をどこかでブレークスルーしなければならない。 国がある程度きち...