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教員養成系大学・学部の就職状況

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まだ、文部科学省のホームページには掲載されていないようですが、昨日、「国立の教員養成大学・学部(教員養成課程)等の平成23年3月卒業者の就職状況」のとりまとめ結果が報道発表されています。 詳細は、追って文部科学省のホームページでご確認いただくこととして、ここでは、主なポイントを速報としてご紹介します。 報道発表資料前文 小、中、高等学校等の教員養成を目的とする国立の教員養成大学・学部卒業者(44大学・学部)の教員養成課程の就職状況については、毎年、文部科学省において取りまとめ公表しています。 今回、平成23年3月に教員養成課程を卒業した者についての平成23年9月末までの就職状況を、別紙1(略)のとおり取りまとめましたのでお知らせします。 また、今年度より、教職大学院を平成23年3月に修了した者についての就職状況を、別紙2(略)のとおり取りまとめましたので併せてお知らせします。 調査結果の概要 国立の教員養成大学・学部(教員養成課程)卒業者の教員就職率は、少子化による児童生徒数の減少等に伴い教員採用者数が減少したことから、平成11年3月卒業者の教員就職率は32%にまで低下したが、その後、教員採用者数の増加や、教員養成大学・学部の入学定員減などにより、近年は50%台後半を維持しており、今年は62.0%(前年比2.4ポイント増加)であり、前年よりやや高い教員就職率となっている。 なお、卒業者数から保育士への就職者と大学院等への進学者を除いた場合の教員就職率は、70.6%(前年比2.8ポイント増加)となっている。 教員就職率が高い大学 鳴門教育 77.9% 兵庫教育 74.7% 愛知教育 71.8% 京都教育 70.1% 岐阜    69.5% 教員就職率が低い大学 秋田   44.5% 琉球   47.2% 鹿児島  47.2% 岩手   49.1% 福井   50.5% 平成23年3月卒業者大学別就職状況(教員養成課程)(発表資料の一部を抜粋) 国立の教員養成大学・学部(教員養成課程)の卒業者数等の推移

笑う門には福来る

明日から帰省(パソコンのない環境)のため、今年の日記は今回でひとまず休憩です。今年の日記を振り返って眺めてみますと、東日本大震災をはじめ、いろんなことがありました。 来年は、過日閣議決定された来年度の予算(国立大学法人関係)にも表れておりますように、国立大学改革の推進強化、とりわけ「改革の加速化」が一層強力に求められる年になりそうです。予算に関する文部科学省の会見でも、大臣から「国立大学の大規模な再編成については、国立大学の成果や需給バランスなどを見極めながら機能強化を図っていく」との見解が示されました。これまで以上に、緊張感を持って、自らを成長させ、考え、行動し、大学や社会に貢献していかなければなりません。 さて、この日記をお読みいただきました皆様、今年も大変ありがとうございました。来年も皆様にとりまして、今年以上に笑いの絶えない明るく幸せな年になりますようお祈りいたします。 今年最後にご紹介する記事は、広島大学高等教育研究開発センター長の山本眞一氏が書かれた「 大学の危機-年の終わりに考える 」(文部科学教育通信 No282 2011.12.26)からの引用です。 マクロ・メゾ・ミクロの危機 さて、大学を巡る昨今の状況を何と表現したらよいだろうか、と思いを巡らせているうちに思ったのは「大学の危機」である。もちろん、危機はこれまでにもあった。しかし改めてこのことを考えておくことは、来年以降のわれわれの立ち位置を明確にするためにも必要なことであり、年末ということもあってすこしまとめて考えてみたい。 大学の危機といっても、いろいろなレベルがある。論者によってはさまざまな問題を分類するとき、マクロ(大問題)、メゾ(中問題)、ミクロ(小問題あるいは各論)と三つの概念を使われるようであるが、それに倣うとすれば、大学の危機は、1)大学全体としての危機、2)国立や私立など設置者別の大学の危機、3)皆さんがお勤めのそれぞれの大学の危機、の三つに分けて考えるとよい。 第一のマクロレベルのすなわち大学全体としての危機は、こうである。今、世界は知識基盤社会に向けて大きく変貌中であり、その中でグローバル化の動きが著しい。新興国や途上国には300万人にも及ぶ留学生やその予備軍がいるそうであるが、彼らはより有利な留学先を求めて、世界の大学をみつめている。世界の主...

入試広報の腕をみがく(4)

「大学の広報戦略」に関する日本私立大学協会私学高等教育研究所・岩田雅明氏の論考をシリーズでご紹介していますが、今回は最終回「効果的な広報表現のポイント」です。 (関連過去記事) 入試広報の腕をみがく(1)-広報活動の効果的な組み立てと点検を-(2011年11月28日) 入試広報の腕をみがく(2)-受験へとつなげていく広報-(2011年11月29日) 入試広報の腕をみがく(3)-広報活動の具体的展開-(2011年12月19日) 広報表現のポイント 広報戦略の最後として、広告表現の技術的な点、特に平素、自分の学校のパンフレット等の制作に当たっている中で留意している広告表現のポイントを述べていきたい。 最も効果があると思われる手法は、「自分と同じ立場の人からの情報は受け入れやすい」ということの活用である。健康食品などの新聞広告によく掲載されている、自分と同じ症状に悩んでいた人が、その健康食品で改善されたという声に共感するというのが、これにあたる。大学側から一方的に教育内容の有用性や学生生活をきちんと支援するということをパンフレット等で伝えても、観念的には理解されても、自分が得られるメリットとして具体的には伝わっていかないと思われる。得られるメリットを具体的に実感してもらうためには、その大学の教育サービスを受けている、あるいは既に受け終わった人たちの声、すなわち利用者の声を伝えることが最も効果的である。 したがって、パンフレット等には在学生や卒業生をできるだけ多く登場させ、自分がこの大学でどのように成長したかということを、できるだけ具体的に語ってもらうことが大切である。そして、できるだけ多くのターゲットの共感を得られるようにするため、いろいろな立場の学生(勉強に頑張っている人、スポーツに頑張っている人、入学前は勉強が嫌いだったが、この大学で好きになった人など)を登場させると良い。オープンキャンパスで、学生が大学の教育プログラムや支援体制を説明し、その良さをアピールすることも同じく効果的である。 二番目は、「未来のイメージ」を抱かせるという手法である。その大学でどんなことを学べるのかということだけでなく、学んだ結果、どんな力がどれだけついて、大学卒業後にどのような人生を送れるのかという明るい未来を描いてもらうことが、大学の魅力をアピールする...

大学職員は成長する

慶應義塾大学信濃町キャンパス事務長(元東京大学理事)の 上杉道世 氏がIDE-現代の高等教育(No.535 2011年11月号)に寄稿された論考からの引用です。 上杉さんの書かれた論考は、これまでたくさん読みましたが、いつも他の学者に比べ、とてもわかりやすく自然に脳裏に染みてきます。文部科学省職員、そして大学職員としての現場の経験が生きているのでしょう。 成長する大学職員 1 現在はどのような段階だろうか 大学を取り巻く環境が厳しくなるにつれ、この難関を乗り切っていくためには、各大学が学生や国民の期待に応えて教育研究の質を向上させ、それを支える大学経営を改善していく必要があることは、ほぼ共通理解になってきているだろう。そしてそのためには、各大学の目指すあり方に応じて、あるべき教員と職員の育成確保が必要であることも当然であろう。しかし残念なことに、各大学の現状を見ると、あるべき教員と職員の育成確保について、明確なポリシーと実行プランを持ちつつ取り組んでいる大学は少ないように見える。アンケート調査をすれば、大学の人材の育成確保に取り組んでいると答える大学は多いかもしれないが、実は本当に必要な取り組みになっていないと思われることが多い。その人材の育成確保の問題は教員と職員の双方を視野に入れて論じるべきと考えるが、ここではもっぱら職員について論じることにしたい。 職員の力を大学マネジメントの向上に生かす必要性は、国立大学にあっては法人化に伴い、私立大学にあっては少子化の中での経営困難に伴い、大きくクローズアップされてきた。職員の力量を高め生かす大学は発展し、そうでない旧態依然たる大学は没落するといっても過言でない。 そうは言っても成長しようとする職員はどこの大学でもまだ少数派でしかない。多数の職員は変化を簡単には受け入れないが、彼らには彼らにふさわしいルーティンが依然として残っているのも現実である。だから、意識を変えるというだけでは変わらないので、行動を変えるように導かなければならない。 また、大学マネジメントの向上と大学職員の成長は相互作用するものであり、職員だけでなく、大学マネジメントのあり方も、教員のあり方も同時に変わらなければならない。そのためには、大学の業務の現実を見つつ、将来の大学マネジメントのあるべき姿を描いていく必要がある。 ...

国立大学改革のスピードを加速する仕組みの導入

既に、報道等でご案内のとおりですが、平成24年度予算に係る閣僚折衝が19日から始まり、このうち文部科学省関係では、国立大学法人への運営費交付金を1%余り減らす一方、学部の再編や他の大学との連携など、大学改革を行った場合に支援する新たな補助金を創設することが固まりました。 このうち、国立大学運営費交付金については、復興特別会計分の57億円を含め、今年度予算に比べ、▲105億円減(▲0.9%)の1兆1,423億円、また、運営費交付金とは別に、今後のわが国の再生に向けて、大学改革を推進するため「国立大学改革強化推進事業」(138億円)を新設(補助金による補助事業)することになっています。 運営費交付金の内訳や「国立大学改革強化推進事業」の具体的内容等の詳細事項についてはまだ決まっていないようですが、平成24年度予算案については、12月24日(土)閣議決定の予定です。 文部科学大臣と財務大臣による大臣折衝に関連する資料が両省から発表されているようですが、WEB上ではまだ見当たりませんので、発表資料の中から主なものをご紹介したいと思います。 (関連報道) 大学改革推進へ138億円 政府予算案、資金面から支援(2011年12月19日 日本経済新聞) それにしても、今回は露骨な”財政による政策誘導”ですね。財務省してやったり! 文部科学省は打つ手なし! といった感じでしょうか。この政策によって、補助金獲得のための過度な「大学間競争」が生じ、これまで以上に「大学間格差」が拡がるのではないかと懸念するのは私だけでしょうか。 平成24年度文教予算(国立大学関係)のポイント 国立大学の改革を強力に推進するために、従来の経費を見直す一方で、大学改革をこれまでにない深度と速度で進めるための経費を新設し、大学改革に向けた予算の見直しを実施 1 国立大学法人運営費交付金 11,582億円→11,366億円(▲161億円、▲1.4%)(別途、復興特別会計計上57億円) 大学を取り巻く環境の変化に即応するために、国立大学の改革についての基本的考え方(別紙)に基づき、スピード感を持って大学改革に取り組むこととし、国立大学の教育研究の基盤経費である運営費交付金11,366億円を措置(第二期中期目標期間最大の削減額、同最大の削減率、23年度は▲0.5%)。復興特別会...

自分の火種は、自分で火をつけよ(土光敏夫)

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私たちは、ごくわずかだが、”火種のような人”がいることを知っている。自ら、カッカッと火を発し燃えている人だ。その人のそばにいると、火花がふりかかり、熱気が伝わってくるような感じを受ける。 実は、職場や仕事をグイグイ引っぱっているのは、そんな人だ。そうして、まわりの人たちに、火をつけ燃えあがらせているのも、そんな人だ。しかし、誰にも皆、火種はある。必ずある。他の人から、もらい火するようではなさけない。自分の火種には、自分で火をつけて燃えあがらせよう。(土光敏夫 信念の言葉) [新装版]土光敏夫 信念の言葉 PHP研究所 PHP研究所 発売日:2009-09-17 ブクログでレビューを見る»

入試広報の腕をみがく(3)

「大学の広報戦略」に関する日本私立大学協会私学高等教育研究所・岩田雅明氏の論考をシリーズでご紹介していますが、今回は3回目「広報活動の具体的展開」です。 (関連過去記事) 入試広報の腕をみがく(1)-広報活動の効果的な組み立てと点検を-(2011年11月28日) 入試広報の腕をみがく(2)-受験へとつなげていく広報-(2011年11月29日) 知恵を絞る ここからは少し、広報の各論的なこと、すなわち大学が具体的に広報を展開するに当たって留意すべきことを考えていきたい。 学生募集のための広報活動の一般的な活動として挙げられるものは、受験雑誌や受験情報サイトへの大学情報の掲載、新聞広告、テレビやラジオでのCM、駅構内や電車内などへポスターや看板を掲示する交通広告、といったものであろうか。ほとんどの大学は、これらの媒体の一部、ないしは全部を活用して、広報活動を行っていると思う。 これらの媒体は、例えば受験雑誌であれば広範囲の受験生に情報を届けることができるし、駅構内の看板や電車内のポスターといったものであれば、保護者も含めた多くの人たちに大学の存在や内容を知ってもらうことができる、有用な媒体であることは間違いない。ただし、これらの広報手段はお金さえ支払えばどの大学でも実施できるものであるし、現実に多くの大学が実施しているため、インパクトという面では弱く、大学の内容がよほど特色のあるものでないと他の大学との差別化を図ることは難しい。また、少なからぬ費用がかかるものも多いので、財政的にあまり余裕のない大学にとっては利用が制限されることにもなる。 競争戦略において重要なことは、差別化である。差別化ができて初めて自分の大学の魅力を伝えることができるのである。広報戦略においても同じで、差別化ができて初めて強く印象付けることができるのである。そうであるならば、他の大学が実施していないもので効果が期待できるもの、しかも費用もあまりかからない広報手段というものを考え出すことが、効果的な広報活動を行うためには重要なポイントとなるであろう。大学に関する情報が、氾濫といわれるほど豊かに流れている現在のような状況では、情報の信頼度、特に当事者である大学側から発信する情報の信頼度は低下しているといえる。しかし一方では、前に述べた通り『クチコミマーケティング』の効果、...

成果を明らかにする(ドラッカー)

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成果は組織の内部ではなく外部にある。救世軍の成果は、アルコール中毒者、売春婦、飢えた人に現れる。教師の成果は生徒に現れる。 意図さえよければ成果はなくともよいか。17世紀から18世紀初めにかけて、イエズス会の修道士が大勢中国に渡った。優れた人たちだった。迫害、苦難、危険に耐えた。懸命に働いたが成果はなかった。たとえわずかの人でも改宗させようとした。天文学、数学、画業において秀でた者もいた。しかし、それは成果のないところへの資源の配賦だった。 神の国では一人の罪人でも悔い改めれば喜びがあるという。だが、神の国でも、資源がミッション、目標、成果に正しく配賦されれば、それだけ喜びも大きくなるはずである。事実、イエズス会も、優れた人たちを空しい夢に注ぎ込むことは、とうの昔にやめている。 もちろん、ミッションからスタートしなければならない。ミッションこそ重要である。組織として人として、何をもって憶えられたいか。ミッションとは、今日を超越したものでありながら、今日を導き今日を教えてくれるものである。ミッションを失った瞬間、われわれは迷い、資源を浪費する。ミッションが明らかでありさえずれば、目標を設定して進むこともできる。 しかし、非営利組織は成果を明らかにして初めて目標を設計することができる。そのとき初めて「なすべきことをなしているか。活動は正しいか。ニーズに応えているか」を判定することができる。何よりも「優れた人材に見合う成果をあげているか」を考えることができる。そうしてようやく、次に大切なこととして「われわれはいまも正しい分野にいるか。変えるべきではないか。いまやっていることは廃棄すべきではないか」を考えることができる。 非営利組織は活動分野ごとに成果を定義しなければならない。主な活動分野を一つひとつ精査していく必要がある。 ドラッカー名著集 4 非営利組織の経営 P.F.ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:2007-01-27 ブクログでレビューを見る»

成功は成功の母である(土光敏夫)

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大きな事業でも小さい仕事でも、一つの成功がそれだけでとまってしまうことがある。どうしてそうなるかといえば、企業にしろ個人にしろ、その成功の上にアグラをかき鼻を高くしてしまうからだ。一回限りの成功は、まだほんものの成功とはいえない。第一の成功が呼び水となって、第二第三の成功を生みだしてこそ、企業の成長、個人の成長がある。それゆえ「成功は成功の母」である。 大きな事業でも小さい仕事でも、一つの失敗がそれだけで命取りになることがある。どうしてそうなるかといえば、企業にしろ個人にしろ、その失敗にくじけ尻尾を巻いてしまうからだ。一回限りの失敗は、実はまだ失敗とはかぎらぬ。肝心なことは、その失敗を足がかりとして将来にどう生かすかである。とことんまで失敗の原因を窮め、同じ失敗を二度と繰り返さないことだ。そうすると「失敗は成功の母」となる。(経営の行動指針) 経営の行動指針―土光語録 土光敏夫 産能大出版部 発売日:2009-10-15 ブクログでレビューを見る»

求められる教職員の意識改革

先日、国立大学法人福岡教育大学の事務職員・寺田浩一氏が書かれた「大学のガバナンスの強化に向けた取組事例」という連載記事の一部をご紹介しました。その後もこの連載をウオッチしていましたが、改めて最終回(文部科学教育通信 No281 2011.12.12)の記事の中から抜粋してご紹介します。 (関連過去記事) 求められる責任と権限の明確化(2011年10月24日) 前回の記事をご紹介した際、この記事に対する批判的(建設的な批判)なコメントがこの日記に寄せられましたが、読み手によってこの記事の評価は分かれるところだと思います。この記事を書いた筆者のねらいは知る由もありませんが、いずれにせよ、何かの論を外部に発するということは、賞賛、賛同、共感、批判(ためにする批判・建設的な批判等)等が当然ありえます。所見を外部に発して、なんらの反応もないものほど価値が低いものはないと思います。 この記事は、一部の教員の方々にとっては、異論、異議、批判の対象になってしまうかもしれません。しかし、読者が、この記事に何がしかの関心を抱いて読んだということは事実ですし、それはとても良いことですし、重要なことではないかと思います。 「父親とは、男の親のことである」と言えば、間違いなく正しいことであり、批判されることもありません。しかし、そこには何も議論が発展しないし何も生まれることはありません。一方、「男親とは強いものである、働く者である」と言ったならば、議論百出、糾弾されるかもしれません。こうして議論が活性化し、何かが生まれるかもしれません。摩擦を起こし、過熱状態にならなければ、組織は変わらないと思います。国立大学法人は、変わらなければなりません。この記事が、火付け役や過熱器の役割を果たすことがあってもいいのではないかと個人的には思います。 「私はあなたの言うことに一言も賛成できない。でも、あなたにはそれを言う権利があることは、命をかけて守ります」とボルテールは言っています。より正常な大学運営のために、未来ある学生のためにも、議論の質の高まりにこそ留意すべきではないかと思います。 最後に-求められる教職員の意識改革 これまで、福岡教育大学が取り組んできた「運営組織改革」「事務組織改革」「業務改革」の三つの改革についてご紹介してきた。いずれも所期の目的は果たすことができ...

国立大学法人の二次評価結果

このたび、総務省政策評価・独立行政法人評価委員会が、国立大学法人評価の二次評価結果を公表しましたのでご紹介します。(以下において「貴委員会」とあるのは「国立大学法人評価委員会」と読み替えてください。) ◇ 平成22年度における国立大学法人及び大学共同利用機関法人の業務の実績に関する評価の結果等についての意見 平成22年度における国立大学法人及び大学共同利用機関法人の業務の実績に関して、貴委員会においては、各法人における業務運営の実態把握に精力的に取り組み、評価を行っているところであるが、以下のとおり改善すべき点がみられた。 経営協議会について、貴委員会の評価結果をみると、経営協議会の議事録等の公表及び学外委員からの意見を基に具体的に改善した取組事例等について評価を行い、議事録等の公表が行われていない法人については、公開を促す評価が行われている。しかし、議事録等を公開している法人においては、学外委員から具体的にどのような意見が出され、その意見を基に具体的にどのように法人運営が改善されたのかは必ずしも明らかではない状況がみられる。今後の評価に当たっては、引き続き、経営協議会の議事録等の公表状況及び公表内容について確認を行い、学外委員の意見及びその具体的な法人運営への反映状況について公表が行われていない場合は、その公表を促すような評価を行うべきである。 各法人は、「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」(平成18年8月研究活動の不正行為に関する特別委員会報告)なども参考に公的研究費の不正使用の防止に取り組んでおり、貴委員会は、公的研究費の不正使用の防止のための体制・ルール等の整備状況及び運用状況について評価を行っているが、最近においても複数の法人において公的研究費の不正使用が指摘されている。今後の評価に当たっては、指摘された公的研究費の不正使用の発生原因を検証した上で、各法人における公的研究費の不正使用を防止するための取組について、その有効性の観点から評価を行い、引き続き必要な改善を促すべきである。 保有資産については、「国立大学法人の組織及び業務全般の見直しについて」(平成21年6月文部科学大臣決定)及び「大学共同利用機関法人の組織及び業務全般の見直しについて」(平成21年6月文部科学大臣決定)において、保有資産の不断の見直し及び不...

成果のあるところに資源を投入する(ドラッカー)

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あらゆる組織にとって成果こそが判定基準である。非営利組織はすべて人と社会を変えることを目的にする。しかるに成果こそ、非営利組織にとって最も扱いの難しい問題である。 私はよく企業と非営利組織の違いを聞かれる。違いは多くない。しかし最も重要な違いが成果である。企業は、成果を狭く定義しがちである。その典型が財務上の収支である。だが、もし企業が財務上の収支だけを成果の測定尺度とし活動の目的とするならば、長期にわたって繁栄することはもちろん、生き残っていくことも覚つかなくなるに違いない。収支だけを尺度としたのではあまりに狭い。 しかし企業の尺度が具体的であることは認めざるをえない。市場シェア、イノベーション、キャッシュフローにしても、数値化は容易である。改善しているか否かについて議論の余地はほとんどない。 非営利組織にはそのような数値はない。そのうえ非営利組織にはもともと成果を軽視する傾向がある。「われわれは大義を奉じている。神の仕事をしている。人の人生をよりよいものにしている。したがって仕事そのものが成果である」という。 だが、それではよい仕事はできない。企業が成果のありえないところで資源を浪費すれば、失うのは自社の資金である。ところが非営利組織では失うのは人の金である。寄付してくれた人の金である。したがって非営利組織といえども、寄付した人に寄付金の使途を説明できなければならない。 金は成果のあるところに投入しなければならない。したがって成果の問題は非営利組織にとって厄介な問題である。よき意図だけでは転落の道をたどる。 非営利組織にとっては「われわれにとっての成果は何か」という問いに答えることはきわめて難しい。しかし答えなければならない。事実成果は測定できるものであることもある。救世軍は宗教団体であるが、肉体的、精神的に立ち直らせたアルコール中毒者のパーセンテージや、更生させた犯罪者のパーセンテージを把握している。いずれも優れて定量的である。 ところが非営利組織の多くは、いまだに成果を具体的な形で把握することを避ける。たとえ評価できたとしても質でしかできないとする。「資源を有効に使ったか、いかなる成果を得たか」などと聞こうものならば、木で鼻をくくった返事しか返ってこない。『新約聖書』のタラントの教えを思い出させたくなる。人と金という資源は、見返り...

学歴偏重は親のエゴ(土光敏夫)

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ぼくは学歴なんか問題にしない。一流校を出たからといって、それで世の中に通じると思ったら大間違いだ。 そもそも学校というのは、社会に出るためのウオーミングアップの場所にすぎない。今、どの学校がいいとかなんとか、みんなが目の色を変えているのは、ありゃ、たんなる親のエゴにすぎない。なんでも自分の子どもをいい学校-名前のある-に入れればよいという考え方には賛成できない。企業サイドでも、それは考えなければならない問題だね。 ぼく自身は、大学に行く気なんてまったくなかった。好きな機械をつくっていれば、それでよかったんだ。(土光敏夫 信念の言葉) [新装版]土光敏夫 信念の言葉 PHP研究所 PHP研究所 発売日:2009-09-17 ブクログでレビューを見る»

国立大学に対する地方公共団体からの寄付が緩和

先日(12月1日付で)、文部科学省から各国立大学法人宛に「地方公共団体の財政の健全化に関する法律の一部改正について」と題する事務連絡が届きました。 内容は、これまで、地方公共団体から国等(国立大学法人含む)への寄付について原則禁止を規定していた地方公共団体の財政の健全化に関する法律附則第5条が、地域主権一括法の施行に伴い削除されたため、地方公共団体の自主的な判断に委ねられることとなったというものです。 いわゆる「規制緩和」ですが、このことにより、これまで以上に国立大学法人と地方公共団体との連携が深まることが期待されますし、何より財政事情厳しい地方の国立大学法人にとっては、地方公共団体からの寄付を受け安くなることによる財政的なメリットは計り知れないのではないでしょうか。 法律改正に伴い、国と地方の財政規律を確保すべく、地方公共団体から国等に対する寄附金等の取扱いについて、閣議決定がなされています。文部科学省が示した関連資料をご紹介します。 「地方公共団体からの国等に対する寄附金等の取扱いについて」(平成23年11月29日閣議決定)について 1 経緯及び内容 地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律(平成23年法律第105号)において、地方公共団体の財政の健全化に関する法律(平成19年法律第94号。以下「健全化法」という。)附則第5条の規定が廃止されたところ。 同条は、地方公共団体から国、独立行政法人、国立大学法人等への寄附金等の支出を原則禁止している規定であるが、この改正により地方公共団体から国立大学法人等への寄附については、地方公共団体の判断に委ねられることとなる。 しかしながら、地方公共団体から同条を廃止するに当たっては国等と地方公共団体との財政秩序等を確保するための措置が必要との意見が表明されていることを踏まえ、国と地方公共団体との財政規律を維持する観点から、地方公共団体の寄附に関する自発的な意思決定に影響を及ぼさないよう一定のルールを設ける「地方公共団体からの国等に対する寄附金等の取扱いについて」が閣議決定された(平成23年11月29日。以下「平成23年閣議決定」という。)。 平成23年閣議決定においては、 地方公共団体との関係において、「官公庁に対する寄附金等の抑制について(...

教学経営のマネジメント

日本私立大学協会 アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)No.458からの引用です。 「教学経営」の確立を目指して 改革前進に向けた組織・運営課題(篠田道夫 日本福祉大学常任理事) 「学士力」答申の意義 2008年の中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」は、困難に直面する多くの大学の教育改革にとって重要な課題が提起されている。 「学士力」自体が、単なる専門知識の習得ではなく、今日求められる学生育成の要につながるものである。三つのポリシーの提起も、バラバラの個別改革ではなく、入口から出口に至る一貫した流れで育成を図ろうとしている。学習成果や成長度合で教育評価を行おうとする試みも、学生を中心に置いて教育改革を進めるという視点でとらえれば、意義がある。また、システムだけでなくその担い手、教員や職員の力量向上、FDやSDを提起している点も重要だ。大学教育の質向上を図るという点で、教育改革の全体構造、改革の基本方向の重要な柱が示されていると言える。 しかし、その実行システムや推進組織の在り方、マネジメントやガバナンスという点では一層の具体化が必要だと思われる。教育改革全体に及ぶ提起だけに、従来型の教学運営システムをそのままにしては、これらの実現は難しい。答申の実質化に向けては、実行力ある大学・教学運営の確立、それを統合する法人全体のマネジメントが求められる。 「教学経営」への着目 この点で、答申が提起する「教学経営」という言葉に着目したい。答申では「もっとも重要なのは、各大学が、教学経営において…三つの方針を明確にして示すこと…」「三つの方針に貫かれた教学経営…」「教学経営のPDCAサイクルの中にFDの活動を位置づけ…」などの形で使われている。「教学経営」は、「教育目標を達成するために教育課程を編成し、その実現のための教育指導の実践・結果・評価の有機的な展開に向け、内部組織を整備、運営すること」のような定義で使われてきたが、答申の提起はそれより広い大学運営全体にわたる教学の「経営」をイメージしていると思われる。 教学運営の再構築 そもそも「学士力」という提起自体が、学部レベルに分断された取り組みでは実現できない。学部横断、全学一体の取り組みや共通教育の改革が必要で、そのためには全学教育改革推進システム、学部を跨る権限と実...

反省することは帳面につけろ(土光敏夫)

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失敗は終わりではない。それを追求してゆくことによって、初めて失敗に価値が出てくる。だから、ボクは失敗という言葉をあまり使ったことがない。人間は、ある瞬間とか、一つの区切りにおいて、毎回、失敗をいくつかしている。それを自分が、失敗である、これはちょっとまずいぞ、と反省しなければいけない。毎日、反省することは、帳面をつけろということだ。そうすることによってまた先へ伸びて行く。一年前はバカなことをしたな、と思うことが必要なのだ。 失敗という言葉はあるけれど、それは失敗でなく道ゆきである。一つの経験であると考えるわけだ。人間は失敗してはいかんと思うと、元気がなくなる。失敗してもいいんだ、すぐそいつを取り返せばいいんだ。しくじってよろしい。しくじったとき、うまくいかなかったとき、投げ出してはいけない。大いにそいつを盛り返してやろう。ボクはそういうふうに考えて、今までやってきた。 土光敏夫 21世紀への遺産―人生・人間・政治・会社・未来 志村嘉一郎 文藝春秋 発売日:1988-01 ブクログでレビューを見る»