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文句やグチを言う人は、自分では決して行動しない

ブログ「 人の心に灯をともす 」から 「 文句を言う人 」(2014-07-21) を抜粋してご紹介します。 自分に対して文句を言う人はいない。 だから、常に文句を言う人の矢印は、外に向かっている。 自分が正しくてまわりが間違っている、と思っている。 文句やグチを言う人は、自分では決して行動しない。 相手に要求するだけの、自己中心的な人のこと。 人を変えることはできない。 変えられるのは自分だけ。 文句やグチを止める方法はただ一つ。 「昨日より今日は、もっと立派な人なる」、と覚悟すること。

失敗をさせる

ブログ「 外から見る日本、見られる日本人 」から 「 失敗は成功のもと 」(2014年07月13日) をご紹介します。(下線は拙者) ありきたりの言葉ですが、「失敗は成功のもと」というのは含蓄がある言葉だと思います。 「成功するためには失敗せよ」とも聞こえるのですが、そういうわけではないと思います。 失敗は結果としてそうなったということでそこに至る「チャレンジ」を評価する言葉 ではないでしょうか?つまり、 今の場所に留まらず、次々と新たなる世界に飛び込んでいき、そこで大いなる失敗をするからこそ、より経験の年輪が増えていく 、ということかと思います。 大経営者は多くを語らないと思いますが、失敗した数やとても恥ずかしい経験は大物になればなるほど派手になるのではないでしょうか?それはその世界の流儀を知らなかったということになりますが、 扉を開けて踏み込まないと一生自分の身につくことはありません 。 ただ、大経営者と落ちこぼれになる境目は案外ここの地点にある気がします。 失敗した経験を必ずエキスにして更なる飛躍を遂げる前向きさ、ひたむきさを持つか、失敗した後悔の念に駆られ、その先、一歩も足が前に出なくなるか、というのが分かりやすいかもしれません。ゴルフの場合、ドライバーがスライスすると思い込み、いつまでたってもその癖から抜けられず、ドライバーが使えなくなるのか、どうやったらスライス病を治せるか徹底追及し、その間違いを見抜き修正できるか、と言ったらよいでしょうか? 日経電子版にあった起業者が失敗を語る「フェイルコン(Fail-Con)」。「フェイルコンは2009年、米サンフランシスコの起業家コミュニティーから生まれた。そのキャッチコピーとは『恐れるのはやめて、失敗を抱きしめよう』」という記事の説明になるほど、アメリカらしい発想だと思わず感心しました。日本では失敗を前向きに公表する動きはまずないでしょう。ユニクロの柳井正氏の著書「一勝九敗」は珍しい部類だと思います。 私も仕事人生の中で数々の失敗をしてきています。それこそ会社が無くなるのではないかというギリギリの状態や自分が追い込まれ、もう明日がないと思った時もあります。しかし、よくよく考えれば私の失敗人生というのは社会人になってから始まったわけではなく、かなり幼少のときからあったように思えます。気...

カリスマの功罪

ブログ「 外から見る日本、見られる日本人 」から 「 なぜセブンイレブン? 」(2014年07月09日) をご紹介します。(下線は拙者) 日経新聞の新特集「革新力 The Company」の第一回目はセブン&アイホールディングスの鈴木敏文会長。実は日経ビジネスでも6月16日号で同社を大特集しており、嫌でも目についてしまいます。 しかし、その記事を通じた私の第一印象は正に支配力であります。記事にもあるように一部では「鈴木会長を神のように祭り上げている。社員がロボットのようにトップに言われたことを加盟店に実行させようとする雰囲気は異様だ」という言葉がその社風を表しているでしょう。 日経新聞の記事にある「新商品の試食はしょっちゅうする。この前はラーメンだったけど正直おいしくなかった。担当はこの味は去年よく売れたという。ちょっと待て、去年と今年は違うよと。」とあります。日経ビジネスには、昨年「金の麺 塩味」の役員試食会で「しょっぱくないか」という鈴木会長の一言で発売直前の同ラーメンが廃棄処分、6000万円の損失が発生したとあります。外の目から見ると必ずしも腑に落ちないこともあるのです。 いわゆるカリスマについていくというのは日本人が比較的好きな行為だと思います。しかもその剛腕度が鮮烈であればあるほどむしろ、神聖化する傾向があるのはあながち間違ってはいないはずです。事実、カリスマ性を持つ経営者、例えば柳井正、孫正義、鈴木修、永守重信氏などなど社会から批判の声がある一方で神を守る親衛隊ががっちり固めるという組織体がそこに存在します。 私はこの体系について日本の戦国武将を重ねてみることがあります。民はより強い殿様についていくことがしばしばありましたが強さとはその場合は戦に勝つこと、そして現代においては売り上げ、利益で勝ち抜くことであります。ではそのカリスマ武将は全てにおいて正しい判断をしているかといえばそんなことはありません。結構間違えることも多いのですが社員を一方向にがっちりスクラムを組ませ、爆発的な力で突破する空気を作り上げるのがうまいことに間違えはありません。 「10人中8人が美味しいという商品ではセブンゴールドとして失格だ。10人中10人が声をそろえて美味しいという商品でないといけない。」という鈴木会長の発言はもはや別世界にあると言ってよいでしょ...

命のビザ-杉原千畝(スギハラチウネ)

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「 いま語り継ぐスギハラの勇気 」(2014年07月17日 NHK解説委員室) をご紹介します。 きょうのテーマは「いま語り継ぐスギハラの勇気」。第2次世界大戦中、迫害から逃れるユダヤ人を、いわゆる「命のビザ」で救った元外交官、杉原千畝。そのスギハラが、今あらためて脚光を浴びています。担当は高橋祐介解説委員です。 岩渕) 「命のビザ」の話は、私も最近、本やテレビドラマなどで聞いたことがあって、杉原千畝という名前は知っていますが、このタイトルはなぜカタカナで「スギハラ」なんですか? 高橋) 漢字が難しいというのもありますが、「スギハラ」の名前は日本よりも、むしろ海外で早くから知られてきたという側面もあるのです。 こちらがその杉原千畝。外国人の中には千畝という名前を発音しやすいように「センポ」と呼ぶ人もいます。1940年、昭和15年の夏、外務省から派遣されたリトアニアのカウナスにあった日本領事館で、迫害から逃れようとするユダヤ人のために、日本を経由することを認める通過ビザを発給し、6000人の命を救いました。 岩渕) だから「命のビザ」というんですね? 高橋) そのとおりです。私も10数年前に中東エルサレムに赴任したとき、「スギハラ」の知名度の高さに驚かされました。エルサレムには、ユダヤ人の虐殺、ホロコーストの犠牲者を追悼する施設があって、そこの庭園に、みずからの危険を顧みず、ユダヤ人の命を救おうとした各国の勇敢なひとびとの名前が刻まれています。「諸国民の中の正義の人」というのですが、現在その数は2万5千人あまり。この中でたったひとりの日本人が杉原千畝です。 しかし、もう今では70年以上も前の話ですから、当時、幼い子どもだった人も今ではかなりお年を召しています。実は、そうした「命のビザ」で救われた人たち、「スギハラサバイバー」と呼ばれのですが、そうした人たちのいわば「最後の世代」が、このところ日本を相次いで訪れています。 岩渕) 冒頭ご紹介した方もそのひとりなんですね? 高橋) はい。レオ・メラメドさんという方で、世界最大規模の先物取引所グループの総帥です。シカゴの先物市場に、いち早く金融商品を取り入れたことで「金融先物の父」と呼ばれる人物です。アメリカの経済界では大変有名な方なんですが、実はこ...

本質を見失わない

ブログ「 外から見る日本、見られる日本人 」から 「 功名と狡猾 」(2014年07月20日) をご紹介します。(下線は拙者) 最近の社会事件を見ていると功名と狡猾をその背景に感じるのは私だけでしょうか? 本人は意識していなくても案外そうだったのが小保方さん。履歴書的には最高の水準にあった彼女が思ったことは功名なのでしょう。何か大きな功績をあげて名を上げたいと思うのは世の常、人の常。それが先走ることで学究の本筋をはき違えたのかもしれません。 狡猾の方はベネッセの名簿情報を第三者に売却したシステムエンジニアをまずあげましょう。数百万円の金を得るために犯した罪としては取り返しがつかない大きさとなりました。もうひとつ例を挙げれば全国最年少として有名だった美濃加茂市の29歳市長が収賄で逮捕された事件も恥ずかしい結果となりました。事実関係はまだ取り調べ中のようですが直接の容疑は30万円を貰ったばかりの結果でした。 私が感じるのは昔ほど世の中は甘くないということでしょうか?先日もこのブログで会社員の不正とその巨額化を取り上げさせてもらいました。何故、見つかるのかといえば世の中の監視体制、システム、倫理がより厳しくなってきている一方、複雑化した世の中の趨勢からどんどん離れていく人も増えているように見えます。 システムエンジニアの場合、ソフトやハードなどその世界に精通しているものの人間として持たねばならないバランス感覚が欠如していた訳です。同じことは美濃加茂市の市長も同様でしょう。 そういえば野々村竜太郎兵庫県元県議も不思議な人でした。あの日帰り出張が何のために使われていたのか、いや、本当に行っていたのかという点もしっかり調査してもらいたいものです。そもそも出張旅費が実質的に報酬の一部である様な管理の甘さが招いた問題ですが、彼の場合はそれを利用した狡猾さとも言えましょう。 功名と狡猾、この二つに共通するものは結果を急ぐことでしょうか? 努力する、汗を流す、日々の積み重ねとった言葉は今は流行りません。いかに簡単に、効率的に、上手に、というのが主流になりつつあります。しかし、 要領だけで世の中乗り切れるものではありません。自分をしっかり磨き、失敗を繰り返し、それを乗り越えてこそ、人間が太くなるものです 。 残念ながら世の中の動きはあまりにも早く、...

子は親のいうようにはしないが親のするようになる

ブログ「 教授のひとりごと 」から 「 子は親の鏡 」(2014年07月17日) をご紹介します。 日経新聞(7/12付け)の「スマートマナー」欄に、マナーデザイナーの岩下宣子さんが『子どもの心遣い育む』として寄稿している。 ◇ 始発ではない新幹線などに乗り込む時、信じがたい場面に遭遇することがあります。座席の下にお弁当や飲み物が捨てずに置いてあるのは、たまにあることです。でも窓の縁に食べ終えたガムが無造作に並べてあったのには、びっくりしました。 立つ鳥跡を濁さず。 電車を降りるときには、元通りにしていくのが原則です。リクライニングも元通りにします。近頃は、椅子を倒すとき、振り返って「倒していいですか」と聞く若い人がいて、礼儀正しいと感心しました。電車内では、騒ぐ子どもの姿をよく見かけます。私たちは、誰でも子ども時代があったのですから「うるさい」などと怒鳴ることはないと思います。とはいっても、周りの人に気遣いをすることも大事です。 かつて私が感動したのは、車内で泣きやまないお子さんをあやしていたお母さんが、下車する時、「うるさくしてスミマセンでした」と言って降りていったことです。子どもが騒ごうが泣こうが知らんぷりする親もいる中で素晴らしいと感動しました。子どもが迷惑をかけた時に、どのような気遣いをし、どのような言葉や態度に表すかが大事です。 電車内は、見知らぬ人とのマナーを育てるよい場所です。その行為がなぜ悪いかを、まずは子どもに教えることです。そのときにヒステリックな叱り方はNGです。親にも客観的に叱るコツを学ぶ良い機会だと思います。 新幹線などの電車は座席から離れたり通路を歩くのが自由だが、飛行機の場合には座席についていないといけない時間帯もあり、小さい子どもと連れたお母さんは大変そうだ。飛行機で、小さい子どもを連れたお母さんが隣や後ろの席にいることもたまにある。そうした場合、周囲にすごく気を遣っている親もいれば、周りを気にしてないように感じることもある。子どもは見ていないようで、親の言葉遣いや態度を見ている。子は親の鏡とはよく言ったものだ。 ◇ こちらのサイト では、「子は親の鏡」には「鑑」の字がふさわしい、という。この字には「手本にする」という意味があるそうだ。 ドロシー・ロー・ノルトさんの詩『子は親の鏡』というの...

「大学体質」からの脱却

「 「存亡の危機」と「存在の危機」 職員の“想い”が大学を変える 」(ワオ・コーポレーション 文教ソリューション事業部) をご紹介します。(下線は拙者) わが大学を輝かせる出発点は危機意識の共有化 まず、 危機認識を持っているかどうか、これが大学の「存在」を強める改革への出発点 です。そして改革を実行するためには、その 危機感を組織的に共有していくことが必要 です。簡単なことではありません。しかし誰かが始めなければなりません。それを実行していくのは、ここにお集まりの皆様に他ならないのです。そういう気持ちをぜひ持っていただきたいと思います。 立命館でも、危機意識を大学構成員が組織的に共有できたとき、初めて改革が始まりました。 教員の巻き込みはもちろん、トップマネジメントのリーダーシップとコンセンサスが絶対に必要 です。 ビジョンを作ること、そしてわが大学を輝かせていくための戦略を策定すること。そのためには、 一切の甘えを捨て、厳しく自らの大学の位置を見つめられているかどうか(ポジショニング)、またコア・コンピタンス(強み)と弱みを自己認識できているかどうか、それらが前提 だと思います。 国公立大学と私立大学の立つ位置と課題 ここで、国公立大学と私立大学とを比較し、基本的な立つ位置と課題を挙げてみましょう。立命館という私立大学にいた私が和歌山大学に来てまず思ったことは、「国立大学って“不思議の国”だな」ということでした。私大の様子とはまるで違ったわけです。国公立大の優位性は、安い学費と教員一人当たり学生数の少なさに集約されるでしょう。反対に言えば、私大は学費が高く、教員一人当たり学生数も多いということです。 では、私大はこの2つの格差を何でカバーしてきたのでしょうか。それは、 学生を「お客様」、教育を「サービス」という観点で捉え、顧客満足度の向上、システムとしての教育の充実 を図ってきたことではないでしょうか。そして 「民」としての業務改善や人事政策 なども。これらを実現してきたのは 職員の研鑽 でした。海外セミナーを含めた20年にわたる私大職員研修、そしてそれを実践に移す様々な経営努力がなければ、今ごろ私大はどうなっていたのかと、私大を離れてあらためて思わずにはいられません。 国公立大の弱点は、長い「官」としての体質であり意識 です...

大学のガバナンスと教授会権限

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桜美林大学大学院・大学アドミニストレーション研究科教授の 山本眞一 さんが書かれた 「 学校教育法の改正と大学ガバナンスへの影響 」(文部科学教育通信 No343 2014-7-14) をご紹介します。(下線は拙者) 身近に感じた教授会万能意識 私は、筑波大学と広島大学とを合わせて20年間にわたり国立大学に勤務したが、その間、センター長という管理職を15年間務めた。その間にはさまざまな気づきがあったが、若手教員の意識と私のそれとの微妙な差異があったのも一例である。彼らに文書を起案させると、発信者について、私なら「○○センター長」と書くところを「○○センター」と書きたがる。また、私なら「教員会議申し合わせ」とするところをすぐに「教員会議決定」とする傾向がある。おそらく 彼らには、意思決定の権限・責任の所在が管理職ではなく教員集団にあるという前提があり、これが無意識のうちに行動に出てくるのだ と思う。 彼らの多くは大学院生以来ずっと大学にいて、外の社会を知らない。したがって、組織の論理はすなわち大学内の論理であり、その大学内の論理に教授会万能的発想が染み付いているのは、ある意味でやむを得ない のである。 彼らの行動を制約するのは、学長や学部長など縦のラインではなく、教授会に代表される横のつながりである ことがよく分かる。 その教授会万能と深い関係を有するわが国の大学自治の原型は、戦前、帝国大学で起きた二つの事件にあるとされている。その一つは、東京帝国大学における 戸水事件 である。日露戦争当時に対ロシア強硬論を唱え続けた戸水寛人法科大学教授に対して行われた休職処分が、帝国大学総長の申出なしに行われたため、学問の自由、大学の独立を侵すものとして全学の教授が激しく抗議し、その結果、戸水教授は復職、これに関わった文部大臣と総長が辞職した。二つ目は、京都帝国大学における 澤柳事件 で、1913年、澤柳総長が7人の教授に対して不適任であるとの理由で辞表の提出を求め依願免官とした処分に対し、同大学の他の教授らが教授会の同意を得ていない等の理由で激しく抗議、その結果、総長は辞職、文部省は教官の任免について総長がその職権の運用上、教授会と協定するのは差し支えなく妥当である、との意見を発表した。これらにより、教員人事に限らず、大学の内部管理における教授会の優位性が確立したと...

学制改革

「学制改革」に関する三つの記事をご紹介します。 教育の多様性広げる学制改革を進めよ(2014-07-05 日本経済新聞) 6・3・3・4制の見直しによる「平成の学制大改革」を-。安倍晋三首相が昨年の施政方針演説でこう意気込んだわりには、政府の教育再生実行会議がまとめた第5次提言は控えめで、現実的な内容となった。 しかし自治体の判断で「小中一貫教育学校」を設置できる制度づくりを求めるなど、いまの硬直的な仕組みに風穴を開けようとしているのは評価したい。中央集権的に、全国一律に学制を変えるよりも理にかなっていよう。 文部科学省は提言を生かし、教育の多様性と選択肢を広げる改革につなげるべきだ。 今回の改革案の柱である小中一貫校は、子どもの心身の発達状況が必ずしも6.3の区切りとは合わなくなっているという声を踏まえ、9年間の義務教育を同じ学校で展開できるようにする制度だ。これにより地域や学校ごとに「4・3・2」「5.4」などの設定が可能になる。 提言はこのほか、実践的な職業教育を担う新たな高等教育機関の創設や、高校の早期卒業、大学への飛び入学、大学間での編入を容易にすることなどを求めている。おもに不登校の子どもが学ぶフリースクールなど「学校外の教育機会」をどう位置付けるか、議論を促したのも注目すべきだ。 総じてみると教育コースの複線化、弾力化を強く意識した今回の改革案だが、具体化にあたって文科省が画一的な方向付けをするのでは意味がない。地域や現場がなるべく自由に切り盛りできる仕組みを心がけるべきである。 とりわけ2016年スタートが想定される小中一貫校には地域住民の関心が集まりそうだ。国があまり細かな部分まで口を出すのは避け、教育委員会制度改革で誕生する「総合教育会議」などでの議論を重んじてほしい。施設形態や学年の区切り方、カリキュラム編成など課題は山ほどある。 実行会議は今回の提言で3~5歳児の幼児教育の段階的無償化を訴え、さらに5歳児の就学前教育の義務教育化についても検討課題として盛り込んだ。 しかし5歳児の教育を無償化するだけで年に約2600億円かかるうえ、義務教育年齢の前倒しにはもっと議論が必要だ。実行会議が、いずれも将来的なテーマにとどめたのは妥当だろう。現時点では、少子化対策としても優先度が高いとは言えまい。 小中一...

老老介護が当たり前の時代

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被介護人口の増加に伴い、様々な問題が新聞やテレビでクローズアップされるようになりました。 今回は、「認知症」に関する二つの記事をご紹介します。 「老老介護」初の5割超え 急速な高齢化浮き彫り 厚労省13年度まとめ(2014年7月15日日本経済新聞) 介護が必要な65歳以上の高齢者がいる世帯のうち、介護する人も65歳以上である「老老介護」の世帯の割合が51.2%に達し、初めて5割を超えたことが15日、厚生労働省がまとめた2013年の国民生活基礎調査で分かった。急速な高齢化の進展が改めて浮き彫りになった。 調査結果によると、介護保険法で要介護認定された人と、介護する同居人が共に65歳以上の高齢者である老老介護世帯は、10年の前回調査から5.3ポイント増の51.2%となり、01年の調査開始以来、最高となった。 介護が必要になった原因のトップは脳卒中で、認知症、高齢による衰弱が続いた。 団塊世代の約半数が65歳以上になっていることから、老老介護の世帯は今後も増加が見込まれるとともに、同世帯の高齢化も、より進むとみられる。 介護を担う人については、同居する家族が61.6%(前回調査比2.5ポイント減)、事業者が14.8%で同1.5ポイント増)。介護する人の約7割は女性で、性別の偏りが見られた。続柄では配偶者、子が共に2割を超え、子の配偶者が約1割だった。 介護している人の悩みやストレスの原因を聞いたところ、「家族の病気や介護」を上げる人が最多で、「収入・家計・借金など」や「自由にできる時間がない」を回答する人も目立った。 厚労省は「少子化対策とともに高齢者世帯への対策も重要になってくる」と指摘。介護を担っている配偶者や子など家族へのサポートも含めた体制整備が課題となりそうだ。 一方、全国の世帯総数は13年6月現在で5011万2千世帯だった。このうち65歳以上の高齢者だけか高齢者と18歳未満の子供だけの「高齢者世帯」は過去最多の1161万4千世帯で世帯総数の約4分の1を占めた。65歳以上の高齢者が1人でもいる世帯は、2242万世帯で、世帯総数の半数近くに達した。 調査は13年6月に全国の世帯から約30万世帯を無作為抽出して実施。介護の状況は、原則自宅で介護されている約6300人の家族から、世帯の人員構成については約23万4...

組織を強くする要諦

「 どこを犠牲にするか「着眼大局・着手小局」こそ命 -コマツ会長 坂根正弘氏」(PRESIDENT 2011年4月4日号) をご紹介します。(下線は拙者) 大学経営にも十分通じる示唆に富む内容ではないでしょうか。大学の学長はもとより、理事、管理職は自戒が必要かもです。 トップは最初の一手を置くだけ 無難な平均点の商品などいらない、飛びぬけた力を持つ「ダントツ商品」をつくれ-。2001年、コマツ社長に就任した私は、社内にこう号令をかけ、商品力強化に乗り出した。 この年(02年3月期)、コマツは創業以来初の最終赤字に転落する。何が原因なのか。経営の数字を徹底的に「 見える化 」したところ、海外の競合メーカーと比べて本社部門などの固定費コストが高すぎることが判明した。その一方、変動費である製造コストは常識的なレベルに収まっていた。 ということは、固定費さえ正常化すればライバルと同じ土俵で戦える。そのための武器として、魅力ある商品を揃えようと呼びかけたのだ。ただし、私が求めたのは単なる「よい商品」ではない。他社の開発陣がどんなに頑張っても、3~5年は追いつけないほどの突出した性能を持つ商品である。 それを実現するには何が必要なのか。 まず 自分たちの強みと弱みを知る。経営資源に限りがある以上、現実にはすべての機能をダントツにすることはできない。そこで強みとなる部分に磨きをかけて突出した性能を与え、他の部分は平凡な機能でよしとする 。 別の言い方をすれば、 会社の将来のため重点分野へ大胆に投資する一方、その他の部門には、涙をのんで犠牲になってもらう。 私はこの構図を明確に示し、着実に実行することを何よりも優先した。そして、そのときの 指針としたのが「合理性」と「誠意」 である。 合理性とは、常に組織の全体最適を念頭に置き、意思決定するということ だ。本当に必要ならば、雇用調整など犠牲をともなう改革にも踏み込まなければならない。だが、相手は感情を持つ生身の人間である。理性では了解しても感情が納得しないこともあるだろう。その際は 誠意を持って訴えていく しかないのだ。 また、 とかく組織は世界の本質的な変化を見落とし、近視眼的な部分最適論に陥り、全体最適にブレーキをかけがち。全体最適を追求するには「どこを犠牲にするか」を決めなければならな...

人事管理とは人間を理解すること

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吉武博通 さん(筑波大学大学研究センター長・ビジネスサイエンス系教授)が書かれた 「 人事管理を確立して強い職員組織をつくる 」(リクルート カレッジマネジメント187 / Jul. - Aug. 2014) をご紹介します。(下線は拙者) 職員は教員と並ぶ大学の競争力の源泉 人材育成を担うべき大学は、その構成員である教職員の能力を十分に伸ばし、引き出せているだろうか。本連載では様々な角度からこの問題を論じてきたが、今回は職員の人事管理に焦点を当てて、現状の課題を整理し、今後のあり方を考えるうえでの視点と方法論を提示することにしたい。 経営的側面はもとより、教育、研究、学生支援、国際化、地域・社会貢献など大学の幅広い領域において、組織的な取り組みの強化が求められる中、職員の業務は多様化・高度化し、役割の重要性は飛躍的に増している。教員と並び、大学の競争力を左右する最大の経営資源であることは言 うまでもない。 国公私立を問わず、その認識は広く共有されつつあり、SD(Staff Development)はFDと並ぶ重要な能力開発への取り組みとなっている。大学や機関・団体等が提供するプログラムも増え、自ら積極的に自己啓発に励む職員も多い。 このような状況を、 職員の能力や組織の生産性の持続的向上を通じて、大学の競争力強化に着実に繋げていかなければならない が、現状はどうであろうか。 4年前の調査であるが、東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策センターが、国公私立大学737校に調査票を配布し、5,909名(回収率33.5%)の回答を得てまとめた 『大学事務組織の現状と将来-全国大学事務職員調査-(報告書)』(2010年6月) を手掛かりに検討してみたい。 否定意見が目立つ職場の人事制度に対する考え その中で、「職場の人事制度に対する考え」で注目すべき回答結果が示されている。 回答は、「そう思う」、「ある程度そう思う」、「あまりそう思わない」、「そう思わない」の4つから選択させるものだが、「能力や適性が生かされた人事異動が行われている」に対して、「そう思う」はわずかに2.0%、「ある程度そう思う」の28.7%を加えても、肯定意見は約3割にとどまっている。国公私で大まかな傾向は変わらないが、私立大学では肯定意見が28.8%とやや低く、「...

醇風美俗

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ブログ「 人の心に灯をともす 」から 「 日本のこころ 」(2014-07-15) をご紹介します。 昭和20年8月15日、ついに日本も終戦を迎えざるを得なくなった。 8月30日、マッカーサーは進駐軍総司令官として日本に乗り込み、日本は軍政下におかれた。 ここでとりあげられたのが「3R・5D・3S政策」であった。 これを機に、日本の様相は一変した。 まさしく「日本を消す政策」による変化である。 マッカーサーは、日本の占領にあたり、管理する上での原則をこの「3R・5D・3S政策」においたといわれている。 3R   1 リベンジ(復讐) 2 リフォーム(仕組みを組み直す) 3 リバイブ(復活。アメリカの都合にあわすように生き返らせる) 5D   1 ディス・アーマメント(武装解除) 2 デ・ミリタリゼーション(軍国主義の排除) 3 ディス・インダストリアリゼーション(工業力の除去) 4 デ・セントラリゼーション(国力の中心をなした財閥の解体) 5 デモクラタリゼーション(日本的民族主義からアメリカ流自由主義へ) 3S   1 セックスの解放 2 スクリーン(映画) 3 スポーツ 最近よく、「日本人が日本を知らない」と、いろいろのところで語られ、マスコミも機会ある毎にとり上げたりしている。 日本人が日本を知らないとは、「日本人としてもっとも大切にしなければならない“歴史”と“誇り”を失ってしまったこと」に関連するのではないだろうか。 一言でいいうるならば、日本人が歴史的に堅持してきた「日本のこころ」を身につけていないということであろう。 このような戦後の異様な状況から日本否定の自虐的価値観が生まれ、それに裏づけられて、「日本を見ない教育」「日本を消す教育」が当然のように推進されるに到った。 戦後50年が過ぎ、西暦2000年を迎えると、この危機的状況に対し、世の識者たちも何とかしなければと、やっと危機意識を高めはじめた。 その一人が、台湾の初代民選総統の李登輝氏である。 李登輝氏は戦前、日本人として育ち、日本の教育を受け、さらに京都大学で学び、日本の軍隊に志願入隊し陸軍少尉として兵役に服した。 氏は、 「まことに残念なことに昭和20年8月15日以降の日本に...

他人と比較しない

ブログ「 人の心に灯をともす 」から 「 フロイトの話 」(2014-07-11) をご紹介します。 1939年にフロイトが亡くなりましたが、晩年にこのようなことを言っています。 「自分たちの時代の以前に、“幸せ”とか“不幸”を論ずる人はいなかった。 “幸せ”や“不幸”というものを人々が口にするようになったのは、自分たちの時代くらいからだ。 その前の人は、全く口にしていないし、話題にもしていない」 フロイトの時代以前は、人間の心の中に、幸せと不幸という概念が湧いてきていなかったのです。 どうしてかと言うと、情報通信が発達していなかったので、他人がどういう暮らしをしているかを、知るすべがなかった。 周りの人がどういう生活をしているかを知らなければ、皆それぞれ、嫁さんをもらって、子供をつくって、家族で普通に食事をして…というように自分の生活をしていた。 それを幸とか不幸とか言わなかった。 それが、普通の人の生活だったのです。 それが、ラジオや画像として情報が入ってきたり、新聞などでそれぞれの生活がわかるようになって、周りの人と比べるようになった。 比べるようになった結果として、幸せ・不幸という考え方が論じられるようになったのです。 幸せや不幸というのは、全部人との比べ合いから始まっている、ということです。 ここのところがかなり面白い。 幸・不幸というのが、宇宙的に存在しているわけではない。 比べる心、競う心、戦う心、争う心から全部始まっている。 それをやめればいい。 そしたら、いきなり幸せが手に入るということです。 ◇ 嫉妬も、不満も、グチも、すべては他人との比較から生まれる。 しかし、情報化社会はどんどん進み、他人の情報はもっとわかるようになり、比較するすることはますます増えている。 そうして、年を追うごとに世の中に、嫉妬や不満やグチが渦巻くことになる。 比較しない唯一の方法は、ボーっとすることであり、力を抜いて生きること。 つまり、鈍(にぶ)くなることだ。 時に、間が抜けていたり、不器用だったり、バカになれたり、と自分を飾ることがない。 鋭(するど)すぎる人は、人から好かれない。 すぐに、イライラしたり、ピリピリしたりしてしまうからだ。 他人と比較しない人...

使われやすい人間になれ

ブログ「 今日の言葉 」から 「 幸せの条件 」(2014-07-10) をご紹介します。 「やりたいこと」 「やれること」 「やらなければならないこと」 この3つが揃うと幸せだ。 知人が恩師からいただいた言葉だそうです。 特に仕事をしていく上で覚えておきたい言葉です。 『人間は、心と体で構成されている。体は、今この瞬間しか生きられない。それに対して、心は過去へも、未来へも、当然、現在にも生きられる。そして、人間は、心と体が一致した時に、一番力を発揮する。』 という言葉を思い出しました。 やりたいことは心であり、やれることは体と言えるのではないでしょうか。 そして別のこちらの言葉にもつながっていく。 『仕事場の人間関係でも一番大事なのは人に好かれることで、もっと言えば「使われやすい人間になれ」ということでしょうね。あれをやれ、これをやれと上の人が言いやすい人間になれば、様々な仕事を経験でき、使われながら引き立ててもらうこともできるんです。』 幸せへの近道は「やらなければならないこと」をいかに自分の中で「やりたいこと」に変えていけるか。 どうせやるなら最高の結果を目指す。そんな気概で取り組んでみる。職業に貴賤なしです。

リーダーの資質

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ブログ「 人の心に灯をともす 」から 「 「心」を持っているかどうか 」(2014-07-13) を抜粋してご紹介します。 リーダーとしての生き方は、なにもリーダーだけが持たなければいけないものではなく、人として生きるのに誰もが必要な考え方だ。 このことは、会津藩の武士の子どもへの教え、「什(じゅう)の掟」に見ることができる。 それは… 「年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ」 「虚を言ってはなりませぬ」 「卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ」 「弱いものをいじめてはなりませぬ」 というようなものだが、最後に「ならぬものはならぬものです」と締めくくっている。 礼儀を正しくし、嘘をつかない、卑怯なことをせず、弱い者いじめはしない、というごくごく当たり前のことだ。 しかし、現代ではこのことが欠けている人が多い。 特に、リーダーにこの資質がなければ、その組織は早晩崩壊する。 「心」を持っているかどうかは、人として最も大切なこと。 君は、どう生きるのか: 心の持ち方で人生は変えられる (単行本) 著者 : 古森重隆 三笠書房 発売日 : 2014-06-20 ブクログでレビューを見る»

幸せになるために

ブログ「 今日の言葉 」から 「 幸せ 」(2014-07-02) をご紹介します。 「幸せ」かどうかを尋ねるときに 2種類の聞き方がある。 「あなたは幸せですか?」 と 「幸せになるために最善を尽くしているか?」 後者の聞き方をされた方が その後の行動で幸せを感じやすい。 マーシャル・ゴールドスミス ケネディ元大統領の名演説に、 「祖国があなたに何をしてくれるかを求めるのではなく、あなたが祖国のために何ができるのか考えて欲しい」 とあるように、 物事に対して、受動的でいるか、能動的であるかによって幸福度が変わってくるのです。 ちなみに 「あなたは幸せですか?」は受動的質問で、幸せではないと感じている人にこれを質問すると、 「幸せではない。環境が悪いから。あの人がいるから」 と不幸せの原因を外に求め、他責となる。 自分ではどうにも変えられないものに原因を求めるから、自分の幸せが増えることはほとんどない。 逆に「幸せになるために最善を尽くしているか?」 と能動的な質問を投げかけると主体が自分となり、自分の行動が変わってくる。自責となる。 結果として幸せになれるチャンスが増える。 「自ら変えられるものは変化を起こし、変えられないものは受け入れること。」 受け入れるとは、心を持って行かれないようにすると言っても良いでしょう。 不満を言っても不幸になるのは自分だけだから。

感謝して生きる

ブログ「 人の心に灯をともす 」から 「 間違いなく出世する方法 」(2014-07-03) を抜粋してご紹介します。 会社に限らず、学校や自分が所属する組織を否定する人がいる。 「たいしたことないんだよ」「いやなやつがいてさ」「毎日がっかり」と愚痴や文句を言う。 反対に、「入らせてもらって感謝している」「素晴らしい人が多い」「毎日が楽しい」と褒めたたえる人もいる。 上司とか、あるいはもっと上のレベルの、たとえば神様が見たら、どちらの人が好かれるだろうか。 愚痴や文句は暗くて冷たいが、感謝は明るくてあたたかい。 そして、ご縁を大事にする人は感謝が多い。 置かれた現状に愚痴や文句を言って暮らすのか、感謝して生きるのか。 ご縁を大事にする、あたたかで感謝多き人生を歩みたい。

もうひとつの幸せ

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ブログ「 今日の言葉 」から 「 生きる目的 」(2014-06-30) をご紹介します。 人間が生きる目的は、「喜ばれる存在」になること。 他人と競ったり、比べたり、争ったりして、 「1位」になるためにあるのではない。 小林 正観(せいかん) 私には「知的障害」を抱えた長女がいます。 彼女は、普通の子どもよりも筋力が足りないため、速く走ることができません。 運動会の徒競走に出ると、1位はおろか、2位になることも、3位になることもありません。 いつも「ビリ」でした。 忘れもしません。彼女が小学校6年生のときです。 運動会の前に足を捻挫してしまった友だちがいました。 長女はその友だちと一緒に走ることになっていたため、友だちには悪いのですが・・・、 「はじめてビリじゃないかもしれない」と妻は期待していたようです。 運動会を終え、妻はいつも以上にニコニコしながら帰ってきました。 長女がビリから抜け出したのかと思いきや、「今回も、やはりビリだった」というのです。 ところが妻は、今回もビリだったことを嘆くどころか、ニコニコと嬉しそうにしていました。 徒競走がはじまると、長女は足を捻挫した友だちのことを何度も振り返り、気にかけながら走っていたそうです。 自分がゴールすることよりも、自分がビリから抜け出すことよりも、怪我をした友だちのことが心配だったのでしょう。 友だちは足をかばうあまり、転んでしまいました。 すると長女は走るのをやめ、友だちのもとに駆け寄り、手を引き、起き上がらせ、二人で一緒に走り出したそうです。 二人の姿をみて、生徒も、父兄も、二人に大きな声援を送りました。 そしていよいよゴールのとき、長女は、友だちの肩をポンと押して、自分より先に友だちをゴールさせたというのです。 もうひとつの幸せ論 著者 : 小林正観 ダイヤモンド社 発売日 : 2010-01-16 ブクログでレビューを見る»

愚痴は否定、感謝は肯定

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ブログ「 人の心に灯をともす 」から 「 比較しないと決めること 」(2014-06-26) をご紹介します。 よく、年をとった人がテレビを見ながら、いつも文句を言っているようなことがあります。 ニュースショーに登場するタレントの発言を聞くと、「なんだ、あんなタレントなんか何も知らないくせに」と怒ったり、若い女性が流行歌を歌うのを聴いて、「あんなバカ娘の歌のどこがよいのか」などと言ったりします。 また、政治家についてもいつも悪口を言います。 実は、これは自分と比較しているのです。 あのタレントは有名だけど、ほんとうはくだらないと思うことで、自分の優越感を満たそうとしているのです。 政治家に対しても、「くだらない」と言うことで、「自分もだめではないぞ」と思いたいのです。 自分のかつてのライバル、同僚、仲間、あるいは親族などについても同様です。 「あいつはくだらないやつだ」「あんなやつがうまくいっているなんて信じられない」などと言って、相手をおとしめようとします。 自分がだめだと思いたくないからです。 しかし、このように比較でものを考えようとすると、どうしても自分の現実に目が向かいます。 思ったほど成功しなかった、家族も昔の努力が報われず、ばらばらになってしまったなどと自分の現況を嘆き、自分を責める気持ちが強くなるのです。 このようなことは結局自分を不幸にし、晩年を苦しみで満たされたものにしてしまいます。 だから、まず、誰がテレビに出ても比較しないと心に決めるのです。 「あの人はあの人」とか、「世の中にはえらい人がいるものだ」とか、「才能がある人はいるなあ」と思うのです。 多くの高齢者、特にある地位にいたような人が晩年、何をしても、何を見てもおもしろくないなどと言っているのに驚くことがあります。 よく聞いてみると、たいていは自分と比較しています。 「あんなやつより俺のほうがえらいのだ」 「なんだ、あんなくだらないことを言ってテレビで有名になるなんて」と思うことが多くなります。 これらはすべて、比べることで起こります。 「自分なら」とか、「なんだ、あんなことを言って」などと考えやすいのです。 ある高校の剣道の先生と話す機会がありました。 彼は、「生徒の欠点を直そうとすると、それだけで...

教育は経済政策なのか

いわゆる骨太の方針「 経済財政運営と改革の基本方針2014 」が去る6月24日に閣議決定されました。 教育・大学関係部分を抜粋してご紹介します。 経済財政運営と改革の基本方針2014-デフレから好循環拡大へ- 第2章 経済再生の進展と中長期の発展に向けた重点課題 1.女性の活躍、教育再生を始めとする人材力の充実・発揮 (2)教育再生の実行とスポーツ・文化芸術の振興 (教育再生) 経済成長の源泉は「人」であり、経済再生のためにも教育再生が重要である。「 教育基本法 」の理念の実現に向け、教育再生実行会議の提言を踏まえつつ、「 第2期教育振興基本計画 」等に基づき、学制改革に関する検討を進めるなど、総合的に教育再生を実行する。 世界トップレベルの学力と規範意識の達成を目指すとともに、知識だけでなく、思考力・判断力・表現力など社会を生き抜く力、我が国の伝統や文化についての理解、社会の責任ある一員として必要な公共心の養成を行う(*23)。 今後、少子化が更に進展する中、教育の「質」をより重視した取組を強化する。そのため、少子化の見通しも踏まえ教職員の計画的採用を進めつつ、教職員の質的向上や指導力の強化を推進する。 学校規模の適正化に向けて、距離等に基づく学校統廃合の指針について、地域の実情も踏まえつつ見直しを進める。また、専門人材やICTの活用等により効率的に教育の充実を図る。 大学の徹底した国際化(*)24、理工系人材の育成、教育研究基盤の確立などにより、グローバル化等に対応する人材の養成を行うとともに、大学改革を推進する。 国立大学法人について評価と運営費交付金の配分の在り方を抜本的に見直し、教育研究の質の向上に努力した大学に対して重点的・戦略的配分を行う仕組みを検討する。 また、大学による厳格な成績評価や卒業認定の厳格化を進める。 さらに、学生の教育費負担に配慮しつつ、産業界・大学双方の連携により奨学金等の支援拡充や授業内容の充実を図るとともに、各国立大学が一定の範囲内で授業料を適切に設定して教育研究の質の向上を図る取組や、各大学における授業料免除などの学生支援の取組等を充実する。 地域の大学において、各地域の得意分野を活(い)かす優れた教育研究拠点を創設・選定し、特色ある人材育...

公立学校のガバナンス問題

「 教員の選挙で校内人事決める!? 下村文科相「法を無視した運営だ」 全国実態調査へ 」(2014-06-27産経新聞) をご紹介します。 大阪や兵庫などの公立学校で校内人事が教員間の選挙で決められていた問題で、文部科学省は27日、全国の公立学校を対象に実態調査を行うことを決めた。同日付で、都道府県と政令市の教育委員会に通知する。文科省は「学校教育法に規定されている校長の権限を侵すような不適切な人事は認められない」としている。 今年4月、大阪市生野区の市立中学校で校内人事を選挙で決めていた実態が発覚。その後、神戸市や滋賀県などでも同様の事例が明らかになった。 文科省はこうした実態が学校教育法に反し是正が必要と判断。全国の公立の幼稚園、小、中、高校、中高一貫校と特別支援学校を対象に調査に乗り出す。 調査項目は(1)教職員が組織を設置し校内人事案を作成する規程や実態があるか(2)校内人事について教職員の挙手や投票で、選挙や意向確認を行う規程や実態があるか(3)職員会議に校長以外から選んだ議長団を設ける規程があるか(4)挙手や投票で職員会議の議決を行う規程があるか-の4つ。 下村博文文科相は27日の閣議後会見で「法を無視した運営がなされているとしたら、学校現場で適切な教育ができない」と述べた。