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平成23年度大学関係予算 概算要求

財務省へ提出される文部科学省関係概算要求の概要が公表されました。 いくつかの記事を抜粋してご紹介します。 平成23年度予算 概算要求(文部科学省) 平成23年度文部科学省 概算要求・要望のポイント 平成23年度文部科学省 概算要求等の発表資料一覧 平成23年度国立大学法人等施設整備概算要求・要望 (関連記事) 文科省の概算要求は5兆8千億円 4・3%増 (2010年8月30日 共同通信) 文科省、就学支援上積み 奨学金など拡充 11年度概算要求 (2010年8月30日 日本経済新聞) 文科省が強気の概算要求 1割削減求められる中・・・ (2010年8月30日 sankeibiz) 国立大運営費2.8%増額・・・文科省概算要求 特別枠は8628億円 (2010年8月31日 読売新聞) 文科省概算要求 35人学級に2247億円、給付型奨学金に122億円 (2010年8月31日 毎日新聞)

情報公開と大学の役割

最近ちょっと気になる記事がありました。 社説:情報公開法 「知る権利」さらに尊重を (2010年8月26日 毎日新聞) 01年4月に施行された情報公開法について、政府の「行政透明化検討チーム」(座長・蓮舫行政刷新担当相)が、見直し案をまとめた。 法律の目的に「知る権利」を明記し、行政側の恣意(しい)的な判断で行政文書が不開示とされる範囲を大きく絞り込む内容となっている。適切な公開を求める国民の側に立ったものとして評価したい。 行政機関が保有する情報を、請求に応じて国民に開示するのが情報公開制度だ。だが、行政の裁量範囲が広く、国民の情報アクセスの手段として不十分だとの声が強い。 特に、外交・防衛や犯罪情報については、公開すれば国の安全などを害するおそれがあるとして、行政側の判断で不開示とする裁量が広く認められてきた。 見直し案は、一度出した不開示決定について、情報公開・個人情報保護審査会の答申後、さらに不開示にする場合、首相の同意が必要とする制度の新設を打ち出した。政治主導で、行き過ぎた不開示の決定に待ったをかけることが可能になる。 また、情報公開訴訟などの場で、裁判所が、行政側に文書を提出させて、裁判官が内容を直接確認できる「インカメラ審理」も導入する方針だ。従来に比べ、実効性のある司法判断が期待できる。 他にも国民が使いやすい制度改革が盛り込まれた。例えば、不開示の場合、具体的な理由を文書で示すことを行政側に義務づける。 請求から開示決定までの期限が現在の30日以内から14日以内へ短縮され、手数料の原則廃止、コピー代の引き下げと併せ、国民にとってはるかに使い勝手がよくなるだろう。 情報公開法の適用範囲も、今より広く独立行政法人などにも拡大される予定だ。 開示の前提となる公文書の作成や移管、廃棄などについては、統一基準を示す公文書管理法が昨年、全会一致で成立し、来年4月に施行される。各省庁でばらばらだった管理基準が改められ、役人の勝手な判断で公文書が廃棄できなくなった。 今回の見直し案に沿って、政府は来年の通常国会で情報公開法を改正する方針だ。成立すれば、公文書管理法と車の両輪となり、国民の「知る権利」を実質的に保障する道具となることが期待できる。 ただし、成立までの道のりは容易ではない。官僚側の抵抗が予想される。...

あいた口がふさがらない

小沢氏出馬へ-あいた口がふさがらない (2010年8月27日 朝日新聞) どうしてここまで民意とかけはなれたことができるのか。多くの国民が、あぜんとしているに違いない。 民主党の小沢一郎前幹事長が、党代表選に立候補する意向を表明した。政治とカネの問題で「責任を痛感した」と、幹事長を辞して3カ月もたっていない。 この間、小沢氏は問題にけじめをつけたのか。答えは否である。いまだ国会で説明もせず、検察審査会で起訴相当の議決を受け、2度目の議決を待つ立場にある。 鳩山由紀夫前首相にも、あきれる。小沢氏率いる自由党との合併の経緯から、この代表選で小沢氏を支持することが「大義だ」と語った。 「互いに責めを果たす」とダブル辞任したことを、もう忘れたのか。二人のこのありさまは非常識を通り越して、こっけいですらある。・・・ 小沢氏出馬 国の指導者に不適格だ 「政治とカネ」で信頼失った (2010年8月27日 産経新聞) 「とことんクリーンな民主党」を実現すると鳩山由紀夫前首相が、小沢一郎前幹事長とともに身を引いてから2カ月余りで再び小沢氏を担ぎ出す所業には、開いた口がふさがらない。 小沢氏は東京第5検察審査会から「起訴相当」の議決を受け、再度同じ議決が出れば強制起訴される。 一連の疑惑を晴らそうとせず、国政の最高指導者を目指す姿には、強い疑問を呈さざるを得ない。 25日の講演でモラルの破綻(はたん)に言及したが、信なくば政治は成り立たない。 日本の最高指導者として不適格なことは明白である。・・・

大学予算に関する国会論議

第175回臨時国会参議院予算委員会において、8月4日には、櫻井充議員が、8月5日には、谷岡郁子議員が、それぞれ国立大学法人運営費交付金等に関する質問を行っています。(個人的には、なかなかいい質問ではなかったかと思います。) 長くなりますが、答弁も含め関係部分を抜粋してご紹介します。 来年の通常国会の予算審議で果たして同じことが言えるのか、総理大臣や文部科学大臣の言行一致が求められるところです。 平成22年8月4日 櫻井充君 それからもう一つは、教育の問題なんです。民主党の教育の政策を見てくると、私は、だれでもひとしく高校まで教育を受けられるようにという理念に対しては私はそれですばらしいことだと思っているんですが、一方、高等教育がどうなのかというと、ここが、何と言ったらいいんでしょうか、非常にお寒いんではないだろうかと。 要するに、先ほど二つ負担が重いんだということを申し上げましたが、例えば仙台で東京の大学に通うようになると、四年間で国立でも今だと一千万の仕送りをしなきゃいけないと、こういう負担を強いられるようでは相当大変だと思うんです。 私事で恐縮ですが、僕は大学6年間おやじが無職でして、一円も収入がありませんでした。ですが、自宅から通えて、たまたま国立大学に入れて、バイトでお金を稼いだから何とか卒業することができましたが、今の国立の授業料ではとてもじゃないけれどもなかなかみんな大学に通うことができないんではないのかなと、そう思っておりまして、まず、日本の高等教育をどう考えているのか、文部科学大臣に御答弁いただきたいと思います。 国務大臣(川端達夫君) お答えいたします。 資源のほとんどない狭隘な郷土と、全世界でいえば少ない人口の中で日本がこれだけ発展し、今日まで先人の努力で発展したのは、まさに人材、そしてとりわけ科学技術を中心とした経済的にも支える人材が中心であったことは間違いない事実だというふうに思っております。そういう意味では、その人材をはぐくむのは当然ながら高等教育でありますので、高等教育における人材育成が国を支える、成長していくための根幹のテーマであることは間違いない事実だというふうに思っております。 そういう中で、しかし一方、先ほど御指摘ありましたけれども、高等教育への公財政支出は、OECDの世界の平均でいうと...

幸せを選ぶ

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幸せはどうすれば見つかるか。まず、幸せになるかどうかは自分の選択であることを認識しよう。困難に直面しても幸せそうにほほ笑んでいる人はたくさ んいる。それに対し、困難に直面するとすぐに落ち込んでしまう人もいる。その違いは、前者のタイプの人は幸せになることを選び、幸せを感じる習慣を身につけていることだ。そういう人はポジティブに考えるよう自分を律しているのである。 自分が持っていないものに対 して不満を並べるのではなく、自分が受けている多くの恩恵に感謝することを選ぶといい。そうすれば幸せになれる。物事のネガティブな側面ではなくポジティブな側面を見ることを選べばいいのだ。 幸せは未来にあるものではない。それは、今ここにあるものなのだ。 景気がよくなれば幸せになれるとか、誰かに幸せにしてもらえると信じるのは見当違いだ。自分が不幸せな人間であるかぎり、外的な働きかけによって永続的な幸せを実現することはできないからだ。 幸せはまた、自分が心から楽 しめて意義深いと思える仕事に打ち込む結果として自然に芽生える感情でもある。自分の仕事が好きなら、幸せになれる可能性が高い。それに対し、仕事が嫌で仕方ないなら、不幸せになる可能性が高い。しかし、ここでも間違えてはいけない。好きな仕事がどこかにあると考えて探し続けても無駄だ。今、あなたがしているその仕事を好きになればいいのである。好きになるか嫌いになるかも、選択なのだ。 成長の法則 ジェフ・ケラー ディスカヴァー・トゥエンティワン 発売日:2006-06-15 ブクログでレビューを見る»

興南高校の偉業

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今年の全国高校野球選手権大会は、沖縄県代表・興南高校の初制覇(史上6校目の春夏連覇)で幕を閉じました。 戦後65年が経ち、悲願の優勝旗が、ついに沖縄の地に渡ることになりましたが、これまで幾多の辛酸をなめてきた沖縄県民の皆さんにとっては喜びもひとしおだと思います。 興南高校の優勝は、沖縄野球のレベルの高さを確立し、高校野球の歴史に沖縄の名前を刻むという輝かしい功績を残しただけでなく、これまで沖縄が歩んできた苦難に満ちた道のりを多くの国民に改めて考えさせることになったという意味でも”偉業”なのではないでしょうか。 天声人語 (2010年8月22日 朝日新聞) 1週間前の終戦の日、戦火に散った一兵卒の詩人竹内浩三について書いた。三重県伊勢市にある浩三の墓を10年ほど前に訪ねたことがある。手を合わせていると、近くに野球のボールをかたどった墓標があった。やはり戦死した伝説の名投手、沢村栄治が眠る墓だと教えられた。 沢村は浩三と同じ宇治山田市(現伊勢市)の生まれ。京都商業から春夏3度、甲子園に出場する。草創期のプロで活躍したが、時代は野球を許さなかった。召集をうけて南方に向かう途上、船が沈められて27年の生涯を閉じた。 きのうの高校野球決勝を見ながら、その墓標がふと胸をよぎった。二つの原爆忌のはざまに開幕した甲子園は、終戦の日を過ぎて、沖縄・興南の春夏連覇で幕を閉じた。若い白球の宴が、平和を祈る季節と重なるのは、毎年ながら天の配剤のように思われる。 沖縄勢の出場は1958(昭和33)年の首里高に始まる。米軍占領下からの出場は大きな拍手で迎えられた。だが沖縄は「外国」だった。持ち帰った甲子園の土は植物防疫法に触れるとして那覇港に捨てられる。 後日、同情した航空会社の客室乗務員たちが消毒した甲子園の小石を学校に贈った。美談はいつも悲話と裏表だ。それから半世紀と2年が流れ、土ではなく優勝旗が沖縄へ渡る。 〈それは単なる野球場の名称ではない。こんな叙情的なひろがりをもったスタジアムが世界じゅうにあるだろうか〉と詩人の谷川俊太郎さんは甲子園を言う。平和に抱かれてこその叙情であろう。思いを新たに、白球の夏を見送る。 http://www.asahi.com/paper/column.html 興南春夏連覇-沖縄が風を巻き起こした (2010年8...

人まかせ民主主義

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昨日、65回目の終戦記念日を迎えました。私達は、戦陣に散り戦禍に倒れた多くの方々の尊い命と引き換えに今日の平和を享受していることに改めて感謝し、不戦の誓いを新たに、悲惨な戦争の教訓を後世に語り継いでいくことを怠ってはなりません。 65回目の終戦記念日-「昭和システム」との決別(2010年8月15日 朝日新聞) 脚本家の倉本聰氏作・演出の舞台「歸國(きこく)」が、この夏、各地で上演されている。8月15日未明の東京駅ホームに、65年前に南洋で戦死した兵士たちの霊が、軍用列車から降り立つ。 「戦後65年、日本はあの敗戦から立ち直り、世界有数の豊かな国家として成功したんじゃなかったのか」「俺(おれ)たちは今のような空(むな)しい日本を作るためにあの戦いで死んだつもりはない」 もうひとつの戦後 劇中の「英霊」ならずとも、こんなはずでは、と感じている人は少なくないだろう。戦後、日本は戦争の反省に立って平和憲法を掲げ、奇跡と呼ばれた経済成長を成し遂げた。なのに、私たちの社会は、いいしれぬ閉塞(へいそく)感に苛(さいな)まれているように映る。 日本は昨年、戦後初めての本格的な政権交代を経験した。55年体制からの脱皮は数多くの混乱を生んだ。 民主党政権は、政治主導という看板を掲げて舞台に立った。事業仕分けや事務次官会議の廃止など一部で成果を上げはしたが、まだ見えない壁の前でもがいているかのようである。 この分厚い壁とは何か、いつ作り上げられたのか。 米国の歴史家、ジョン・ダワー氏は近著「昭和 戦争と平和の日本」で、官僚制は「戦争によって強化され、その後の7年近くにおよぶ占領によってさらに強化された」と指摘する。同様に、日本型経営や護送船団方式など戦後の日本を支えた仕組みの多くは、戦時中にその根を持つ。 「八月やあの日昭和を真つ二つ」(8月8日朝日俳壇)。この句の通り、私たちは戦前と戦後を切り離して考えていた。だが、そんなイメージとは裏腹に、 日本を駆動する仕組みは敗戦を過ぎても継続していた。ダワー氏はこれを「仕切り型資本主義」と呼ぶ。軍と官僚が仕切る総動員態勢によって戦争が遂行されたのと同じやり方で、戦後も、社会は国民以外のものによって仕切られてきた。 政権交代は、55年体制が覆い隠してきた岩盤に亀裂を作ったといえるだろう。天下り利権や省...

倫理に反することはしない

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組織において、倫理に反するようなことを命令されたらどうすべきか。答えは簡単。その仕事を引き受 けてはいけない。たしかに困難な決断ではある。仕事を拒否すれば左遷されたり失業したりするおそれがあるからだ。 しかしこれは 大事なことだから、もう一度繰り返す。組織の命令だからといって、倫理に反するような仕事を引き受けてはいけない。 あなたは倫理に反するようなことを要求する組織で働くべきではない。 ブーメランの法則を思い出してほしい。あなたがすることは、遅かれ早かれ、あなたに返ってくる。あなたが人にウソをつけば、その人もあなたにウソをつく。人に親切に接すれば、あなたも親切に接してもらえる。 あなたは自分の評判を大切にしなければならない。いったん自分の評判を落としてしまうと、汚名を返上するのは大変だ。 組織のためなら倫理に反することでもするような、不誠実な人間になってはいけない。世間からそういう評価を受けることは、あなたにとってはなんの利益にもならない。 成長の法則 ジェフ・ケラー ディスカヴァー・トゥエンティワン 発売日:2006-06-15 ブクログでレビューを見る»

子供に戦争のことを伝えよう

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私達は、まもなく終戦記念日を迎えます。あの忌まわしい戦争のことをいつまでも忘れることのないよう、私達大人・親は子ども達に伝えていく責任があります。 先日、子ども達の夏休みを利用し、「 ガラスのうさぎ 」という長編アニメ映画を見てきました。上映中子ども達は嗚咽が止まらず、私も時折涙し、終了後しばらくは絶句状態でした。 この夏、戦争を考える一つのいい機会になりました。 ガラスのうさぎ 原作「ガラスのうさぎ」(金の星社刊)は、戦争を知らない子ども達に戦争の悲惨さと恐ろしさ、平和と命の尊さを知ってほしいという願いから刊行され、27年間ロングセラーを続け多くの人々の間で読み継がれている名作です。日本で広がった感動の輪が、海外でも多数翻訳出版され、世界へ大きく広がっています。 また、出版と同時に 多くのメデイアで制作され話題を呼びました。そして、終戦60周年記念作品として、2005年新春に装いも新たに「ガラスのうさぎ」がアニメーション映画として甦りました。 終戦から60年以上の歳月が経った日本では、戦争を知らない世代が多数を占めています。戦争体験が風化された今日だからこそ、戦争の悲惨さを伝え、平和の尊さを伝えてゆく願いを込めて映画は制作されました。(映画チラシから引用・一部編集) ガラスのうさぎ 高木敏子 金の星社 発売日:2000-03 ブクログでレビューを見る»

65回目の広島原爆忌

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広島に米国大使ら74カ国代表集う 65回目原爆の日(2010年8月6日 朝日新聞) 広島は6日、被爆から65年の「原爆の日」を迎えた。広島市中区の平和記念公園で午前、「原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」(平和記念式)があり、原爆を投下した米国のルース駐日大使、核兵器を保有する英仏両国代表、潘基文(パン・ギムン)・国連事務総長が初めて参列。核保有国のロシアも含め過去最多の74カ国の代表が集い、核廃絶への国際機運の高まりを象徴する式典となった。・・・ 国連事務総長あいさつ要旨(2010年8月6日 共同通信) 広島平和記念式典での潘基文国連事務総長のあいさつ要旨は次の通り。 国連事務総長として初の平和記念式典出席を光栄に思う。 広島と長崎に原子爆弾が投下された時、私は1歳だった。私は少年時代を朝鮮戦争のさなかで過ごした。多くの命が失われ、家族は引き裂かれた。以来、私は人生を平和のためにささげてきた。 私は希望のメッセージを送りたい。より平和な世界の実現は可能だ。 被爆者や次の世代を担う皆さんは広島を平和の中心としてきた。私たちはグラウンド・ゼロ(爆心地)から、大量破壊兵器のないグローバル・ゼロを目指す旅の途上だ。 核兵器が存在する限り、核の影におびえて暮らすことになる。だから私は核軍縮と核不拡散を最優先課題としている。 ロシアと米国が新たな核軍縮条約に調印した。核安全保障サミットでは重要な進展を遂げた。この勢いを維持し、包括的核実験禁止条約などを推し進めなければならない。 被爆者の証言を主要言語に翻訳するなど、軍縮教育も必要だ。地位や名声に値するのは核兵器を持つ者ではなく、拒む者だという真実を教えなければならない。 65年前、この地に地獄の炎が降り注いだ。今日、ここでは「平和の灯」が核廃絶の日まで燃え続けている。私たち、そして被爆者の方々が生きている間に、その火を消し、希望の光に変えよう。 核兵器のない世界という夢を実現しよう。次の世代が自由で安全、平和に暮らすことができるように。 平和への誓い(2010年8月6日 共同通信) ぼくの大好きな街、広島。緑いっぱいの美しい街です。65年前の8月6日、午前8時15分。人類史上初めて、原子爆弾が広島に落とされました。 一瞬のうちに奪われた尊い命。変わりはてた家族の...

大学予算の1割削減をどう考えますか

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平成23年度予算の概算要求基準が去る7月27日に閣議決定されました。大学関係予算は誠に残念ながら10%削減の対象経費に位置付けられ、前途多難な予算編成が待ち受けることになりました。 平成23年度予算の概算要求組替え基準について-総予算の組替えで元気な日本を復活させる-(平成22年7月27日閣議決定) 平成23年度文部科学省における概算要求組替え基準の姿(文部科学省作成、臨時学長懇談会(8月2日)配付資料) ◇ 早速、閣議決定に対する、国立大学協会の文部科学大臣宛の要望が8月2日付で出されています。 平成23年度国立大学関係予算の確保・充実について(緊急要望) 平素から国立大学に対するご理解、ご支援を賜り、厚く感謝申し上げます。 さて、平成22年7月27日に閣議決定された「平成23年度予算の概算要求組替え基準について」において、国立大学法人運営費交付金や科学研究費補助金を含む文教・科学振興費が、前年度当初予算に比して総額10%削減の対象経費とされたことは、誠に憂慮に堪えません。 このような大幅な予算の削減が、平成23年度から3年間にわたり、国立大学法人運営費交付金等に適用された場合には、人と知の拠点である国立大学等の教育力・研究力は致命的な打撃を受け、資源の乏しい我が国が持続的に成長、発展していくための原動力が損なわれます。大規模大学は、その教育研究体制を大幅に縮減せざるを得ず、中・小規模の国立大学においてはその存立すら危うくなります。 諸外国が国家戦略として高等教育、科学・技術予算の充実を図っている中で、我が国においては、特に国立大学法人運営費交付金について、平成16年度から22年度の6年間で既に830億円(▲6.7%)もの削減が行われています。各法人は懸命の経営努力を重ねているものの、その努力も限界を超え、退職教員の補充ができない、若手教員が雇用できない、教員の負担過重のため教育研究に充てる時間が減少し、論文数も急速に減少している、など、大学本来の使命である教育研究そのものに対する悪影響が顕在化しつつあります。 これに加えて、今後3年間、我が国の知的基盤を支える土台を根底から崩壊させることにつながるすさまじいばかりの予算削減が実施されることになれば、文部科学大臣から示された中期目標を達成することが困難...

自分の責任を果たしてから、意見を述べる

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多くの読者は何らかの組織に属していることだろう。それは会社や団体、学校であったり、あるいはボランティア の組織、PTA、趣味のサークルといったものであるかもしれない。好むと好まざるとにかかわらず、組織に入れば自分のやり方を押し通せるとはかぎらない。もっといいやり方があると思っても、その組織のやり方にしたがわなければならないこともある。 たとえば、こんな状況を想定してみよう。自分の家に、家族以外の誰かが同居することになったとする。もし初日にその人が「ここはこう変えるべきだ、あそこはこうすべきだ」と指示してきたら、あなたはどう感じるだろうか。その提案がどれほど合理的でも、あなたは「ここは私の住まいだ。いきなり指示するとはなんだ!」と憤りを感じるはずだ。しかし、もしその人が三か月ほど住んで、炊事・洗濯・掃除などの雑用をしっかりしてくれたら、あなたは心を開いて相手の提案に耳を傾けるようになるだろう。 組織でも、それと同様のことが言える。 まず自分が責任を果たして能力を証明すれば、周囲の人はあなたの意見に耳を貸すはずだ。 組織の慣習にどれほどしたがうかは、あなたしだいだ。自分の信念をしっかり持っているかぎり、あなたは自分を見失うことはない。別に他人の言いなりになる必要はないのだ。 しかし、もし組織の風土が自分に合わないと感じ、 あなたがいくら努力しても提案を受け入れてくれないなら、その組織はあなたには合っていない可能性が高い。その場合、あなたはその組織では能力をぞんぶんに発揮できないだろうから、他に移ることを考えたほうがいい。 成長の法則 ジェフ・ケラー ディスカヴァー・トゥエンティワン 発売日:2006-06-15 ブクログでレビューを見る»

負から正に変えてゆく

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【社説】 週のはじめに考える 17歳の決意に応える (2010年8月1日 東京新聞) 負の遺産を背負って生きる覚悟がなければ、未来を切り開くことは困難でしょう。沖縄の少女が表明した決意は、本土の人々にも原点回帰を迫ります。 戦争放棄と戦力不保持を定めた日本国憲法第9条を、日本各地の方言で表現したCDが、大学一年生、18、19歳の若者約100人の前で再生されました。 その地域を象徴する祭りばやしや雑踏の騒音などに続いて「方言第9条」が流れます。津軽、岩手県水沢、名古屋、京都、大阪と南下し、一段とにぎやかなせみ時雨が響きました。 その瞬間、「次は広島」と当てたのは一人でした。 方言で読む 日本国憲法 第9条 《広島弁》 ◆忘れられつつある過去 戦争-暑い夏-原爆、あるいは敗戦記念日・・・高齢の日本人には当たり前の連想が、若者には当たり前ではありません。原子爆弾を意味する“ピカ”や“ピカドン”は死語になりかけています。 原爆を落とされ、太平洋戦争が終わってから65年目の8月を迎えました。広島、長崎の原爆死没者名簿には既に計40万人以上が登録され、毎年8千人以上が追加されます。戦争の傷跡もさまざまな形でまだ残っています。 しかし、過去は日本社会でも急速に忘れられつつあるように見えます。 9・11テロの直後、米国のアフガン空爆を支持した日本政府の立ち位置やまなざしは、B29で日本中をじゅうたん爆撃した米政府のそれと同じでした。 焼夷(しょうい)弾の雨の中を逃げ惑った同胞や廃墟(はいきょ)と化した都市の姿は、空爆を容認した人の記憶から消えていたのではないでしょうか。 敗戦間近の1945年4月、23歳で戦死した三重県宇治山田市生まれの詩人、竹内浩三は「戦死やあわれ/兵隊の死ぬるや あわれ」で始まる、有名な「 骨のうたう 」を残しました。その詩にこんな部分があります。 ◆負の遺産を正に変える 白い箱にて 故国をながめる/音もなく なんにもなく/帰っては きましたけれど/故国の人のよそよそしさや/…がらがらどんどんと事務と常識が流れ/故国は発展にいそがしかった・・・ 遺骨となって「白い箱」で帰国した戦死者に対するよそよそしさをうたっています。戦争の狂気を恐れながら死んだ浩三は、過去を振り返ろうとしない故国の将...