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11月, 2013の投稿を表示しています

日本の将来と大学

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安西 祐一郎 氏(独立行政法人日本学術振興会理事長、元慶應義塾長)のブログ「 Yuichiro Anzai's Official Blog -安西祐一郎オフィシャルブログ」から、最近の記事を3つほど抜粋してご紹介します。 ◇ 映画"The Blind Side"を観て-高大接続について思う (2013年11月24日) 高校卒業までは親と一緒に行動、卒業して大学に入学したら(あるいは働くようになったら)独立心をもって自分で考え自分で行動しなければならない、、アメリカの大学は尞制が多いのでそれができるのですが、寮に入ること≒独立すること、というアメリカの若者が巣離れする社会的な「しくみ」が、The Blind Sideという映画の最後のほうにヴィヴィッドに出てきます。 翻って日本では、教育再生実行会議が10月31日の第四次提言で大学入学者選抜のあり方について提言しました。とくに、「達成度評価テスト:基礎」、「達成度評価テスト:発展」の実現が提言され、これらを含めた大学入学者選抜のあり方についての議論が中教審などで始まっています。 こうした議論の大切さはもちろんのことですが、それに加えて、というよりもっと本質的なこととして、高校生と大学生の「違い」は何か、ということについては、あまり議論がされていないように思います。もちろん、日米の社会は歴史的にも文化的にも違いますからアメリカの高校生と大学生の違いを日本に直接持ち込んでも意味はありません。ただ、日本の高校生と大学生はどこが違う「べき」なのか、今は高校生がなんとなく大学生になって、高校3年生と大学1年生では明確な違いがそれほどないようにみえますが、それは「当然」のことなのでしょうか。 大学生になると家庭を離れ自立(かなりの大学生は自活)するのが当たり前という社会は、日本の高校生や大学生が国内で遭遇する社会とはかなり違う、という点は、高大接続の議論をする際の参考にしてもよいのではないでしょうか。 大学自ら主体性を持とう-朝日新聞2013年11月8日付夕刊(東京版)11面より(2013年11月24日) 真の科学技術とは「人」なり、だ。科学技術を進めるには金も組織も必要だが、一番もとには人がある。人がいてはじめて経済が成長し、科学技術が発展...

真のガバナンス改革

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吉武博通 氏(筑波大学大学研究センター長・ビジネスサイエンス系教授)が書かれた論考 「 ガバナンスの確立に向けた議論を通して大学改革の根源的課題について考える 」(リクルート カレッジマネジメント183 / Nov. - Dec. 2013) を抜粋してご紹介します。(下線は拙者による) ◇ 改革の不全とガバナンス構造の問題はどう関わり合っているのか 大学のガバナンスを巡る議論が最近になって一段と活発になった背景には、グローバル化が急速に進む中、教育と研究の両面で大学への期待が高まっているにも拘わらず、我が国の大学はその役割を十分に果たしていない、という社会の苛立ちともいえる認識がある。2012年3月の経済同友会提言『私立大学におけるガバナンス改革-高等教育の質の向上を目指して-』の冒頭にそのことが顕著に表れている。 その上で、同提言は、 大学側が自らの課題を認識しつつも、抜本的な改革に着手できずにいるのは改革の実行力が不足しているからであり、志を持った大学のトップが新しい取り組みや改革を実行しようとしても容易に進めることができないのであれば、大学のガバナンスの構造に問題がある ということになる、という趣旨の主張を行っている。 改革の不全とガバナンス構造の問題が短絡的に結び付けられている印象は否めないが、それを批判するだけでは状況は何も変わらない。 改革の不全の根本的な問題は何であり、それがガバナンス構造とどう関わっているのかを、大学自身が当事者として明らかにする必要 がある。 法人化は一定の成果をもたらすも根源的な部分の変革は今後の課題 同友会提言は私立大学を対象とするものだが、「国公立大学にも適用できる部分も少なくない」とされている。2004年に実施された国立大学の法人化は百年に一度の大改革と言われ、公立大学も現在までに約8割が法人に移行している。 法人化はまさにガバナンスの改革であり、ガバナンスの構造を変えることにより、教育研究の高度化を促し、経営の効率性を高めることを狙いとしたものである。従って、国公立大学の法人化のレビューを行うことで、ガバナンス改革の有効性と課題を明らかにすることができるはず である。 客観的な検証は今後に委ねるとして、法人化により、学長・理事とそれを支える教職員を中心に自律的に運営を行うという意識が...

悲しくも、幸せにもなるひと言

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ブログ「 人の心に灯をともす 」から 「 お身体を大切に 」(2013年11月16日) をご紹介します。 ◇ アカネが配属されているJALマイレージバンクの事務局に、その電話はかかってきた。 「あの…、マイレージのことで相談に乗っていただきたいのですが…」 それは年配の女性の声だった。 「はい、どのようなご用件でしょうか」 「マイレージの名義を夫から変更したいのです」 「と申しますと…」 「夫が亡くなりまして」 「それは… ごしゅうしょうさまでした」 こうアカネが答えると、女性は沈黙してしまった。 「お客様、どうかなさいましたか」 「いいえ、なんでもありません。大丈夫です」 アカネは、その女性が「大丈夫です」と口にしたことがかえって気になった。 「それでは恐れ入りますが、まずお客様のご主人様のお名前を教えていただけますか? もし、お手元にマイレージカードがございましたら、お得意様番号をお知らせください」 「はい、はい。…ええと」 アカネは、普段どおりに相続手続きの方法について説明をした。 遺産分割協議書などの書類をすでに作成しているかなどを訊き、印鑑証明の添付が必要な旨を説明。 もし、それがなければ、こちらから相続手続きに関する所定の用紙を送付することを告げた。 女性は、その間、ほとんどうなずくかのように聞くだけ一方といった感じだった。 それが、一層、アカネには不安に感じられた。 「お手数ではございますが、よろしくお願いいたします」 「はい」 「それでは、奥様、どうぞお身体を大切になさってください」 そう言って、アカネが電話回線のスイッチを切ろうとしたそのときだった。 「ぐっ」 言葉にならない、ため息のような、いや、おえつにも似た声が聞こえた。 アカネは、思わず問いかけていた。 「どうかなさいましたが、お客様」 「うう…」 今度は、明らかにそれが泣き声だとわかった。 「お客様…」 何か自分は悪いことを口にしてしまったのだろうか。 この5分間ほどのことが頭の中を駆け巡った。 通常の業務内容、ありきたりの会話だったはずだ。 「お客様、大丈夫ですか?」 一拍おいて返事があった。 「ごめんなさい。嬉しかったものだから…」 ...

覚悟のある人

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ブログ「 人の心に灯をともす 」から 「 突き抜けた覚悟 」(2013年11月12日) を罰すしてご紹介します。 ◇ 残念なことにこの世には、自分のことは棚にあげて他人を批判する人は多い。 かつて、多くの政治家たちは自分の失敗を秘書のせいにしてきたが、実業の世界で、経営者やリーダーが、もしそれを部下や環境や他人のせいにしたとしたら、またたくまにリーダー失格の烙印を押され、会社の業績も急落するだろう。 自分や部下のやったこと、あるいは天変地異による影響さえも、自分の責任と、捉えるには、上に立つ者としての覚悟が必要だ。 覚悟とは決めること。 右に行くのか左に行くか、やるのかやらないのか、決めることだ。 そして、決めたらそれを飲み込み、引き受けること。 全てを引き受ければ、肚が決まり、退路が断たれる。 なにも、覚悟は大きなことだけではない。 小さなことだとなめてかかると、手痛いしっぺ返しを喰らうことがある。 どんな些細なことであろうと、覚悟してかかる。 「批評家ではなく、つねに批判される側でいること」 覚悟のある人は、「文句を言わない」、「人のせいにしない」、「いい訳しない」。 「プロフェッショナル 仕事の流儀」決定版 人生と仕事を変えた57の言葉 (NHK出版新書 362) 著者 : NHK「プロフェッショナル」制作班 NHK出版 発売日 : 2011-10-06 ブクログでレビューを見る»

大学は社会と一緒に歩んでいるか

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「国立大学法人法コンメンタール(歴史編)」(国立大学法人法制研究会著)から、「 国立大学法人法案の準備と国会審議 (その22)」( 文部科学教育通信 No326 2013.10.28 )を抜粋してご紹介します。 法人化から10年経ちました。私たちは、法人化の意義、国民からの期待を改めてかみしめる必要がありそうです。 ◇ 石弘光学長の意見 国立大学法人法案の審議に当たっては、衆議院でも参議院でも多くの参考人が呼ばれ、意見陳述が行われた。各参考人の賛成論、反対論のいずれもが、当時の国立大学をめぐる様々な関係者の問題意識を端的に示していた。 国立大学協会の副会長として法人化の問題を強力に牽引してきた石弘光・一橋大学長は、参考人のトップバッターとしての意見陳述を行った。大学団体の幹部であるにもかかわらず、石学長は居並ぶ国会議員の前で「日本の大学は国際的な競争力を失っている」と言い放った。その上で、法人化は「頑張る大学が報われる仕組みであり、大学人の意識を変え、真の大学改革を遂行する良いきっかけになる」として、前向きに評価した。同時に、制度の運用が重要であるとの認識を示し、行政側にも意識改革を求めた。 ◎石弘光・一橋大学長(平成15年4月23日衆議院・文部科学委員会) 「まず、大学は、特に日本の大学というのは、端的に申しますと、私は、国際的な環境の中で著しく競争力を失っておると考えております。つまり、研究者が海外に頭脳流出していくということはもう長年言われておりますが、最近は、優秀な高校生までが、日本の大学に行かないで欧米の大学に行ってしまうという現象がしばしば指摘されております。ということは、研究教育の面において日本の大学がしっかりしないといわば空洞化が起こるのではないか、こういう危機感を持っております。そこで、それに対して、大学も決して手をこまねいていたわけではございません。(中略)しかし、やはり中だけの改革では生ぬるい、かつ、大学人の意識の変化がないとこういう大きな改革には結びつかないとかねがね思っております。そういう意味で、今回、国立大学の設置形態そのものを変えるというこの法人化というのはいいきっかけであり、私は、これをいい方向に動かしつつ真の大学改革を遂行すべきであるという立場をかねがねとっております。 今どこに問題があるかといいま...

国立大学法人が享受している「特権」

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大阪大学大学院法学研究科教授の 小嶌典明 さんが書かれた論考「 国立大学法人と労働法-大学固有の問題 」( 文部科学教育通信 No326 2013.10.28 )をご紹介します。 ◇ 運営費交付金=税金への依存 国立大学法人の収支状況は、今どうなっているのか。法人の職員であれば、どんな部署にいても、その程度のことは常に頭に入れておくことが期待される。 大学の目的や使命は、利益を上げることにはもとよりない。だが、支出が収入を上回るようでは、組織として大学は維持できない。ドラッカー流にいえば、利益を上げる(収入が少なくとも支出を上回る)ことは、大学が存続するための条件ということになる。 国立大学法人等(4大学共同利用機関法人を含む90法人)の基盤となる経費は、今日も年間総額が一兆円を超える運営費交付金によって賄われている。 例えば、平成25年度予算でこれをみると、国立大学法人等に支給される運営費交付金の予定額は1兆792億円と、私立大学等経常費補助金の予定額である3175億円の3倍以上にも上る額となっている。 100億円を超える運営費交付金の支給を受ける国立大学法人等は現在なお優に30を数える一方で、100億円をわずかに上回る経常費補助金の支給を受ける私立大学でさえ、もはやわが国には存在しない。 国立大学法人が、このような私立大学とは比較にならない恵まれた環境にあることを、構成員はゆめ忘れてはなるまい。 確かに、損益計算書にみる運営費交付金の支給額は、平成16年度の1兆1655億円が平成23年度には1兆741億円になるなど、年々その減少を余儀なくされている。いわゆる効率化係数(国立大学法人運営費交付金、前年度支給額の1%)や経営改善係数(附属病院運営費交付金、病院収入の2%)に基づく支給額の削減によるものであるが、経常収益に占ある運営費交付金の割合も、この間に47.7%から37.8%へと約10ポイント低下している。 運営費交付金に代わって増えたのが、附属病院収益と、競争的資金等(注:補助金等収益、受託研究等収益等、寄附金収益、研究関連収益およびその他の自己収入の合計)であり、附属病院収益については、平成16年度の6245億円(25.5%)が平成23年度には8887億円(31.3%)に増加し、競争的資金等も、この間に1936億円(...

国立大学法人の業務実績評価

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去る11月6日(水曜日)に、国立大学法人評価委員会総会(第44回)が、文部科学省において開催されています。 (議題) 国立大学法人及び大学共同利用機関法人の平成24年度の業務の実績に関する評価について 第2期中期目標期間評価及び平成25年度評価について 各分科会に付託した事項の審議結果について【報告事案】 その他 公式な議事概要はまだ公表されていませんが、国立大学協会の事務局担当者が傍聴しまとめた議事要旨が、既に各国立大学あて送付されていますので、そのうち、主な意見交換部分を抜粋してご紹介します。 戦略的・意欲的な取組として、複数の大学連携やグローバル化が印象的である。また研究費不正使用よりも研究論文の不正が目立っており、嘆かわしい。 各法人には評価を円滑に行えるよう、各年度の報告書をより丁寧に記載するようお願いしたい。 法人化後、学長のリーダーシップが充実しているのを実感している。学長裁量経費も年々増えているのではないか。 教職大学院の定員を充足できていない大学があるが、今後は教職大学院への移行もあり、定員を満たせるのではないか。教員養成課程の定員の見直しも必要であると感じている。 病院については、地域の中核的な医療を求められている面もあり、教育・研究をどう進めていくのかという課題もある。 学長のリーダーシップが発揮されるほど、組織がおいていかれる面もある。現在、中教審大学分科会組織運営部会において大学ガバナンスについて議論しており、年内に報告書が取りまとめられる予定である。 学生に対し教育する立場である教員が、不正を行うことに危機感を覚える。ルールをどのように変更し、個人の意識をどのように変えるか、具体的に議論すべき。 戦略的・意欲的な取組みの推進については、中期計画を変更した大学があり、一定の効果を得たが、さらにインセンティブを付与できないか。 博士課程において、国際レベルで産業界を支えていける理工系人材の育成をしていけるであろうか。 学生がリーダーとして育つのはいつなのか(中学・高校・大学等)。その時期についても見分けて取組む必要があるのではないか。 各政策、プロジェクトが連動せず個々に動いており、成果があがらない面もある。 (参考) 平成24年度に係る業務実績の評価結果(国立大学法人評価委員...

大学のガバナンス改革

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去る10月29日に開催された、 中央教育審議会大学分科会組織運営部会 (第5回)において、「 審議まとめ(骨子案) 」が示されましたのでご紹介します。 ◇ 1 はじめに 社会環境の急激な変化の中で、大学は、これまで以上に社会のニーズに対して機動的に対応していくことが求められる。 大学のガバナンスの在り方に対する社会的な関心の高まりがあり、大学はこれに応えていく必要。 ガバナンスは各大学それぞれの歴史や伝統・文化に根ざす面も大きい。自主的、自律的な改善を前提とすべき。 国は一定の方向性を示し、その方向に基づいて支援。改革の実行性を確保するための工程管理が重要。 2 大学ガバナンスの現状 (1)大学ガバナンスに関する現行制度 大学ガバナンスは教学面(学校教育法)と経営面(国立大学法人法、地方独立行政法人法、私立学校法)について、それぞれの法体系で規定。 特に人事権については、法人化前の国公立大学では、一般公務員法制との関係で、教育公務員特例法(教特法)により学部教授会に強い権限が認められていたが、法人化により適用外とされた。 大学は法体系に基づく運営体制を基本としているが、大学制度の歴史的な形成過程から生じた慣行も広く存在。 国公立大学の法人化で各大学の裁量は拡大したが、教特法に基づく従前からの内部規則をそのまま継承するなど、大学の慣行が変わっていないケースも多い。 私立大学では、各大学の実情等によりその実態は多様であり、国公立大学の影響を受けた慣行が形成されている場合や管理運営に教員の参加・意見反映が弱い場合もある。 (2)コーポレート・ガバナンスとの異同 監督・執行体制の明確化、社会的責任の果たし方など、コーポレート・ガバナンスが参考となる点も多い。 一方で、大学制度が、その特性に照らして、構成員自治に基づく自律的運営を基礎とし、また、学問の多様性・継続性を維持すべき社会的な使命を負うなど、営利を追求するコーポレート・ガバナンスとは本質的に異なる点もあることに留意。 (3)諸外国の大学制度との異同 大学制度は、歴史的に構成員自治に基づいて形成され、国際的に確立・発展。 欧米主要国の大学をはじめ各国でも、構成員自治は広く担保されている。特に、学術的・専門的な事項については、教員組織に...

街をきれいにする生き方

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ブログ「 人の心に灯をともす 」から、 「 街を汚す行為に正義はない 」(2013年11月9日) を抜粋してご紹介します。 ◇ 沖縄では「反戦平和」、あるいは「反オスプレイ」「反米」「反自衛隊」といえば何をやっても許される。 犯罪まがいなことをしても新聞はいいようにしか取り上げない。 それをいいことに、さらにエスカレートして、「法律なんか糞(くそ)くらえ」と。 本日実際にご覧になられたと思いますが、横断歩道を塞(ふさ)いで米軍関係者に罵声を浴びせ、人の土地のフェンスに旗やテープを括(くく)りつけていくわけです。 そういった現状に警察も手が出せないでいます。 それが罷(まか)り通る現状下で私たちのような一市民が声を上げ、行動するのは非常に勇気の要ることだったのですが、こうして鍵山相談役をはじめ県外の方々にも応援していただけるようになったのは、大きな驚きでもあり、同時に深い喜びでもあります。 このフェンスクリーンプロジェクトを始めて、ちょうど1年になります。 沖縄では「反オスプレイ運動」の一環として米軍基地のフェンスに赤いガムテープが巻かれるようになりました。 この赤いガムテープは平和の象徴であり、これを剥(は)がすことは平和への冒涜(ぼうとく)だと言われ、誰も触れられない状態でした。 そんな中で私たちの仲間である若者二人が「こんな平和活動はおかしいじゃないか」と立ち上がり、ガムテープを剥ぎ始めたのがスタートでした。 そうして一人増え、二人増え、三人増え…、いまでは常時40~50名にボランティアで参加していただけるようになったんです。 特定の団体や思想、宗教は一切関係ない。 参加者は、とにかく汚い街を放置することが許せないという方や、子供に恥ずかしくない後ろ姿を見せたいという方など、いろんな思いを持った方々が集まりまして、毎週日曜日の朝に活動を行なっています。 私たちはこの活動を「北風と太陽作戦」だと思っているんです。 イソップ童話にありますね。 これをいまの沖縄の基地問題に置き換えると、北風は平和活動家の方々です。 米軍兵士やその奥さん、子供たちにまで「ヤンキーゴーホーム!」と罵声を浴びせ、周辺のフェンスを汚す。 当然、アメリカ人は顔をこわばらせて見向きもしません。 心をどんどん閉ざしていきます。 一方私た...

日本である誇り

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ブログ「 人の心に灯をともす 」から、 「 日本を好きになる 」(2013年11月4日)  を抜粋してご紹介します。 ◇ アメリカのとある病院の壁に、一人のベトナム戦争の帰還兵が書きつけたものと言われている、【グリフィンの祈り】という詩がある。 大きなことを成し遂げるために、力を与えて欲しいと神に求めたのに、 謙虚を学ぶようにと、弱さを授かった。 偉大なことができるように健康を求めたのに、 より良きことをするようにと、病気をたまわった。 幸せになろうと富を求めたのに、 賢明であるようにと、貧困を授かった。 世の人々の賞賛を得ようとして、成功を求めたのに、 得意にならないようにと、失敗を授かった。 人生を享受しようとしてあらゆるものを求めたのに、 あらゆることを喜べるようにと、命を授かった。 求めたものは一つとして与えられなかったが、 願いはすべて聞き届けられた。 神の意にそわぬものであるにもかかわらず、 心の中の言い表せない祈りは、すべて叶えられた。 私は最も豊かに祝福されたのだ。 「日本人が原点に立ち返り、美しい日本の精神を取り戻すこと」 この美しい日本に、心からの誇りを持ちたい。 神さまに好かれる話―悩みを解消する法則 著者 : 小林正観 五月書房 発売日 : 2007-10 ブクログでレビューを見る»