2020年5月24日日曜日

記事紹介|オンライン授業を制する大学が近未来の覇者となる

2020年度前期は、大学の授業の大半がオンラインで行われている。テレビ会議で使用されるZoomを使用すれば、双方向性が担保され、ある程度の数の学生への授業に支障を感じない教員も増えてきていると思うが、それぞれの大学により、ほぼ同時並行で試行錯誤によって経験が積み重ねられてきたこともあって、その実態に関しては、大学間格差が甚だ大きいと感じている。取り組みに関して、大学としての統一的なビジョンのもとに進められているか、準備段階から工程を管理しながら計画的に進められてきたか、オンラインによる教育効果を最大化するために努力がなされてきたか、コンプライアンスの観点から著作権等が適切に保護されているか、学生の受信環境の整備について支援を含めて適切な配慮がなされてきたかなど、総合的な評価が行われるべきだろう。

こうした点に関して、合格点を取れる大学は、おそらく全体の20%以下ではないか?コロナ禍への対応は、全世界の大学にとって事業継続=キャンパスに来られない学生への教育活動の維持という難題を突き付けたが、我が国の大学のうち、歴史的転換点になるという意識をもって、オンライン授業に取り組んでいる大学はどれほどあるだろうか?こうした課題への対処に後れを取れば、世界の大学や潜在的顧客である学生からは相手にされなくなる。特に、学生一人一人を取り残さずに授業に参加させるために大学として何をしてきたのかについては、大学の本質にかかわる重要なポイントである。新たな事態に向き合って、あるべき教育を考えるのではなく、一時凌ぎさえできればよいと形を整えるだけの姿勢の大学は、この際、退場させる方が世の中のためだろう。公衆送信されたといっても、資料だけ提示して、後は自学自習させるようなやり方では、大学の授業とはとても言えない。それでは、学生や保護者がかわいそうである。そんな大学には進学してはいけない。

コロナ禍による制約条件によって、オンライン授業の実験が大規模に行われる機会が生まれた以上、その結果を将来に生かすべきである。その意味で、次の諸点を提案しておきたい。

第1に、各大学で、オンライン授業のコンテンツ全てを可能な限り保存することである。授業は、大学の知的財産であるので、当然の措置なのだが、きちんとしたビジョンがない大学では、ここまで気が回らない。このデジタルアーカイブの中に、改善のヒントが隠されている。保存せずに流してしまえば、分析・評価もできない。

第2に、大学ごとに、教育の質、コンプライアンスの観点から、オンライン授業について、自己点検・評価をさせるべきである。また、国からの資金交付を担う機関による各大学の実態調査を行う必要がある。教育の質が大学教育としての水準を満たしていない、あるいは、著作権侵害等へのリスク対策が不十分である場合には、予算配分の減額をすべきだろう。これは、教学のトップである学長への評価といってもよかろう。

第3に、学生からのオンライン授業への評価についても、抽出調査を行い把握すべきである。改善のための意見も聞くべきであろう。一時凌ぎ程度の認識しかない大学に在籍している学生は、おそらくコロナ禍で最も割を食った人たちだろう。もっとも、もともとの対面型授業が素晴らしかったとも思えないが・・・。

第4に、こうした調査・分析結果およびデータについては、広く、社会に公表することである。大学の中には、教育の質、コンプライアンスに関する指摘を恐れて、学内にも情報を出そうとしないものがある。情報共有が不十分な大学には、問題が山積しているとみて間違いない。監事がこの面で役割を果たしてくれれば良いが、特にオンライン教育について知見のある監事を有している大学は少なかろう。

第5に、オンライン授業で利用された著作物等に関して、きちんとデータを取ることである。SARTRASによって、権利者の許諾を得ることなく、著作物を公衆送信することが一定条件のもとに可能となった(今年度は例外的に無償)が、近未来には補償金の積算・支払い・分配という業務が行われることになる。その前提として、利用の実態把握は欠かせない。そのためにも、オンライン授業に関して包括的にデジタルアーカイブ化しておくことが必要なのである。

最後に指摘しておきたいのは、オンライン授業を制する大学が、近未来の覇者となるということである。キャンパスの教室という密室では、どんなにダメな授業が行われても、単位を求めて囚われている学生たちには選択肢がなかった。どんなに他人の権利を侵害する資料の提示が行われても、直ちに学外に出ることはなかった。そういう時代は過去のものとなる。進行中のオンライン授業では、おそらくコンプライアンス違反が平然と行われているだろう。大学という組織体は、そうした無法状態を放置して知らん顔をし続けられるはずがない。オンライン授業には、教育効果の向上のほか、学生負担の低廉化、現在地にとらわれない学習機会の提供、オープンサイエンスの推進など、社会システムとしての大学改革の観点から、種々の可能性がある。コロナ禍が、それをもたらしてくれたと評価できる日が来ることを信じたい。

(出典)オンライン授業の実態はどうなっているのか?: NUPSパンダのブログ

2020年5月14日木曜日

記事紹介|自分の頭で考えることのできる人を育てる教育が、今まさに必要とされている。

出口氏は「教育の2つの目的」についてこう語る。

1.自分の頭で考える力を養う

*自分が感じたことや自分の意見を、自分の言葉で、はっきりと表現できる力を育てること(人格の完成)

2.社会の中で生きていくための最低限の知識(武器)を与える

*お金、社会保障、選挙など、社会人になるとすぐにでも直面する世の中の仕組みを教えること(社会の形成者として必要な資質を備えること)

そして、「尖った人」に関してはこんな文章がある。

『日本の教育は、スペシャリストよりゼネラリスト(いろいろな分野の知識を広く浅く持っている人)を育てる教育です。

これは、「一括採用、終身雇用、年功序列、定年」という、人口増加と高度成長の2つを与件としたガラパゴス的な労働慣行にフィットしたものです。

ゼネラリストという概念は、日本を除けば、世界のどこの国にも存在しません。厳しい競争にさらされている世界では、「ゼネラリスト人材を育成しよう」などと悠長なことをいっていられるはずがないのです。

確固とした自分の得意(専門)分野を持ち、なおかつ企業全体を見渡せる専門人材を育成するのが世界の常識です。

アイデア勝負の時代に必要なのは、自分の好きなことを究めて高い能力を発揮するスペシャリストです。

工場モデルに最適化した「素直で、我慢強く、協調性のあるタイプ」ばかりを育てるのではなく、スティーブ・ジョブズのような尖った人材の育成が急務です。

これからの日本でイノベーションを起こそうと思うのなら、極論すれば、日本人全員が自分の好きなことを究めなくてはいけないのです。』

この混沌とした時代は、先の見えない時代であり、前例のない時代だ。

「何百年に一度」とか、「戦後初めて」というような「まくら言葉」が付くできごとが頻繁に起こる。

前例のない時代を、「想定外」と言ったりする。

想定内とか前例踏襲の事例や事件ばかりなら、過去に起きたことや覚えたことを再現する能力に長けていれば活躍できる。

しかし、前例のない想定外の時代は、自分の頭で考える力のある人しか生き延びることができない。

世界中が、近世においてありえなかった、想定外のコロナ禍に直面している今…

自分の頭で考えることのできる人を育てる教育が、今まさに必要とされている。

2020年5月6日水曜日

記事紹介|政府はこれまでの不作為を反省しデータの有効活用にかじを切るべし

今回のコロナ危機で浮かび上がった日本の弱みが、デジタル対応の遅れである。マスクの買い占めを防ぐITシステムの構築から給付金の銀行振り込みまで、様々な場面で海外に劣後した。

デジタル化の加速は利便性の向上にとどまらず、私たちの生活や健康、命を守ることにもつながる。目の前のコロナ禍を奇貨として、官民挙げて日本のデジタル実装を力強く進めるときだ。

リーマンから進化なし

デジタルインフラが整っていれば、もっと素早く、的確に本当に困っている人を助けられたはず――。そう悔やまれるのが、曲折の末に決まった国民1人あたり10万円の現金給付だ。

生活に余裕のある富裕層にも一律に支給されるほか、申請から実際の入金までに時間がかかり、明日のおカネに窮する人への即効性に欠けると懸念される。

これは2008年のリーマン・ショック時の状況の再現にほかならない。当時の政府は定額給付金として1人原則1万2千円を支給したが、人々が実際に現金を手にしたのは方針決定から半年以上先の翌年だった。

高額所得者への支給についてばらまき批判も出たが、「所得制限をかけると自治体の実務作業がパンクする」などの理由から一律給付しか選択肢はなく、お金持ちには自主的な辞退を求めることでお茶を濁した。それから11年たった今も状況は変わらず、行政システムの旧態依然ぶりが露呈した。

米国は個人が持つ社会保障番号のデータをもとに、政府が各人の銀行口座に直接支給金を振り込む仕組みで、法律成立から約2週間で支給が始まった。

日本でもマイナンバーと銀行口座をひも付け、さらに納税データなどと組み合わせれば、迅速かつメリハリのきいた給付が可能だろう。情報セキュリティーを確保しながら、国民にマイナンバーの意義や機能を分かりやすく説明し、用途を広げる。政府はこれまでの不作為を反省し、データの有効活用にかじを切るときだ。

いつまでたっても解消しないマスク不足もデジタル化の遅れの反映だ。台湾の保健当局はマスクの購入時に個人識別用のICチップのついた健康保険証を示す仕組みを整えた。各人の購入履歴を管理し、買い占めや転売を防ぐ狙いだ。マスクの在庫データも把握し、どの店に行けば手に入るのか、最新の情報をネットで示す。

安倍晋三首相の約束した布マスクは多くの家庭にまだ届かない。今すぐ必要な人は感染リスクを冒してでも、多くの店を回るしかないのが日本の現状。彼我の差は歴然である。

スマートフォン搭載の近距離無線通信「ブルートゥース」を使って、至近距離に一定時間一緒にいた人(スマホ)を特定する、いわゆる追跡アプリで先行したのはシンガポール政府だ。その後ドイツ政府や米アップル・グーグル連合も開発に着手し、日本政府も5月中の実用化をめざしている。

追跡アプリが普及すれば、接触者の割り出しが容易になり、感染経路が特定しやすくなる。感染者の行動履歴に関する保健所の聞き取り調査の負担も減るだろう。

知らずに感染者と接触した人が早めに通知を受け取ることで、その人が他人にウイルスを拡散する恐れも小さくなる。

「民」の力の積極活用を

課題は個人情報保護との両立だが、アプリ利用を義務付けるのではなく、使いたい人が使いたい時だけオンにする任意利用なら、問題は小さいのではないか。

多くの人にこうしたデジタル技術を使ってもらうよう説得し、そこで得られた知見を感染抑止に生かすのが政府の役割だ。

初診時からのオンライン診療がついに認められるなど日本にも前向きな動きはある。東京都はヤフーの元社長を副知事に起用し、成果を上げている。政府も民間の専門人材を活用すべきだ。

厚生労働省がLINEと組んで国民の健康状態の調査を始めたが、社会のデジタル化を加速するためにこうした官民の連携を幅広く進める必要もある。

国民の側でも、例えばマスク不足の解消に役立つなら、データをもっと積極的に使ってもいい、という意見が今後増えるのではないか。今の危機を日本がデジタル化で巻き返す好機に変えたい。

(出典)新型コロナ:[社説]デジタル活用の遅れ挽回の好機に|日本経済新聞