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デンマークのメッテ首相が若者に向けて行ったスピーチ

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記事紹介|オンライン授業を制する大学が近未来の覇者となる

2020年度前期は、大学の授業の大半がオンラインで行われている。テレビ会議で使用されるZoomを使用すれば、双方向性が担保され、ある程度の数の学生への授業に支障を感じない教員も増えてきていると思うが、それぞれの大学により、ほぼ同時並行で試行錯誤によって経験が積み重ねられてきたこともあって、その実態に関しては、大学間格差が甚だ大きいと感じている。取り組みに関して、大学としての統一的なビジョンのもとに進められているか、準備段階から工程を管理しながら計画的に進められてきたか、オンラインによる教育効果を最大化するために努力がなされてきたか、コンプライアンスの観点から著作権等が適切に保護されているか、学生の受信環境の整備について支援を含めて適切な配慮がなされてきたかなど、総合的な評価が行われるべきだろう。 こうした点に関して、合格点を取れる大学は、おそらく全体の20%以下ではないか?コロナ禍への対応は、全世界の大学にとって事業継続=キャンパスに来られない学生への教育活動の維持という難題を突き付けたが、我が国の大学のうち、歴史的転換点になるという意識をもって、オンライン授業に取り組んでいる大学はどれほどあるだろうか?こうした課題への対処に後れを取れば、世界の大学や潜在的顧客である学生からは相手にされなくなる。特に、学生一人一人を取り残さずに授業に参加させるために大学として何をしてきたのかについては、大学の本質にかかわる重要なポイントである。新たな事態に向き合って、あるべき教育を考えるのではなく、一時凌ぎさえできればよいと形を整えるだけの姿勢の大学は、この際、退場させる方が世の中のためだろう。公衆送信されたといっても、資料だけ提示して、後は自学自習させるようなやり方では、大学の授業とはとても言えない。それでは、学生や保護者がかわいそうである。そんな大学には進学してはいけない。 コロナ禍による制約条件によって、オンライン授業の実験が大規模に行われる機会が生まれた以上、その結果を将来に生かすべきである。その意味で、次の諸点を提案しておきたい。 第1に、各大学で、オンライン授業のコンテンツ全てを可能な限り保存することである。授業は、大学の知的財産であるので、当然の措置なのだが、きちんとしたビジョンがない大学では、ここまで気が回らない。このデジタルアーカイブの中に、改善のヒントが隠されて...

記事紹介|自分の頭で考えることのできる人を育てる教育が、今まさに必要とされている。

出口氏は「教育の2つの目的」についてこう語る。 1.自分の頭で考える力を養う *自分が感じたことや自分の意見を、自分の言葉で、はっきりと表現できる力を育てること(人格の完成) 2.社会の中で生きていくための最低限の知識(武器)を与える *お金、社会保障、選挙など、社会人になるとすぐにでも直面する世の中の仕組みを教えること(社会の形成者として必要な資質を備えること) そして、「尖った人」に関してはこんな文章がある。 『日本の教育は、スペシャリストよりゼネラリスト(いろいろな分野の知識を広く浅く持っている人)を育てる教育です。 これは、「一括採用、終身雇用、年功序列、定年」という、人口増加と高度成長の2つを与件としたガラパゴス的な労働慣行にフィットしたものです。 ゼネラリストという概念は、日本を除けば、世界のどこの国にも存在しません。厳しい競争にさらされている世界では、「ゼネラリスト人材を育成しよう」などと悠長なことをいっていられるはずがないのです。 確固とした自分の得意(専門)分野を持ち、なおかつ企業全体を見渡せる専門人材を育成するのが世界の常識です。 アイデア勝負の時代に必要なのは、自分の好きなことを究めて高い能力を発揮するスペシャリストです。 工場モデルに最適化した「素直で、我慢強く、協調性のあるタイプ」ばかりを育てるのではなく、スティーブ・ジョブズのような尖った人材の育成が急務です。 これからの日本でイノベーションを起こそうと思うのなら、極論すれば、日本人全員が自分の好きなことを究めなくてはいけないのです。』 この混沌とした時代は、先の見えない時代であり、前例のない時代だ。 「何百年に一度」とか、「戦後初めて」というような「まくら言葉」が付くできごとが頻繁に起こる。 前例のない時代を、「想定外」と言ったりする。 想定内とか前例踏襲の事例や事件ばかりなら、過去に起きたことや覚えたことを再現する能力に長けていれば活躍できる。 しかし、前例のない想定外の時代は、自分の頭で考える力のある人しか生き延びることができない。 世界中が、近世においてありえなかった、想定外のコロナ禍に直面している今… 自分の頭で考えることのできる人を育てる教育が、今まさに必要とされている。 (出典) 自分の頭で考える力を養う|人の心に灯をともす

記事紹介|政府はこれまでの不作為を反省しデータの有効活用にかじを切るべし

今回のコロナ危機で浮かび上がった日本の弱みが、デジタル対応の遅れである。マスクの買い占めを防ぐITシステムの構築から給付金の銀行振り込みまで、様々な場面で海外に劣後した。 デジタル化の加速は利便性の向上にとどまらず、私たちの生活や健康、命を守ることにもつながる。目の前のコロナ禍を奇貨として、官民挙げて日本のデジタル実装を力強く進めるときだ。 リーマンから進化なし デジタルインフラが整っていれば、もっと素早く、的確に本当に困っている人を助けられたはず――。そう悔やまれるのが、曲折の末に決まった国民1人あたり10万円の現金給付だ。 生活に余裕のある富裕層にも一律に支給されるほか、申請から実際の入金までに時間がかかり、明日のおカネに窮する人への即効性に欠けると懸念される。 これは2008年のリーマン・ショック時の状況の再現にほかならない。当時の政府は定額給付金として1人原則1万2千円を支給したが、人々が実際に現金を手にしたのは方針決定から半年以上先の翌年だった。 高額所得者への支給についてばらまき批判も出たが、「所得制限をかけると自治体の実務作業がパンクする」などの理由から一律給付しか選択肢はなく、お金持ちには自主的な辞退を求めることでお茶を濁した。それから11年たった今も状況は変わらず、行政システムの旧態依然ぶりが露呈した。 米国は個人が持つ社会保障番号のデータをもとに、政府が各人の銀行口座に直接支給金を振り込む仕組みで、法律成立から約2週間で支給が始まった。 日本でもマイナンバーと銀行口座をひも付け、さらに納税データなどと組み合わせれば、迅速かつメリハリのきいた給付が可能だろう。情報セキュリティーを確保しながら、国民にマイナンバーの意義や機能を分かりやすく説明し、用途を広げる。政府はこれまでの不作為を反省し、データの有効活用にかじを切るときだ。 いつまでたっても解消しないマスク不足もデジタル化の遅れの反映だ。台湾の保健当局はマスクの購入時に個人識別用のICチップのついた健康保険証を示す仕組みを整えた。各人の購入履歴を管理し、買い占めや転売を防ぐ狙いだ。マスクの在庫データも把握し、どの店に行けば手に入るのか、最新の情報をネットで示す。 安倍晋三首相の約束した布マスクは多くの家庭にまだ届かない。今すぐ必要な人は感染リスクを冒してでも...