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ステークホルダーに対する説明責任を伴う自治

大学経営の苦悩-政府・学長・教授会(広島大学高等教育研究開発センター長 山本眞一)(文部科学教育通信 No270 2011.6.27から引用) 国立大学経営に苦労が多い理由 前回、私は「つぶれるかもしれない私立大学の経営が楽しくて、つぶれる心配のない国立大学経営に苦労が多いのは何故でしょうか」と、日本高等教育学会の大会シンポジウムで質問したことを書いた。そしてそれは講演者に対する質問にとどまらず、現在の国立大学が置かれた立場に関係するのではないかと思ったので、そのように書いたのであった。 それではなぜ、国立大学経営に苦労が多いのだろうか。もっとも大会時の二人の講演を単純に比べることはできない。私立大学の経営について述べた静岡産業大学長の大坪檀氏は、中小企業の経営に比べて私立大学は楽だと言ったのであり、国立大学の苦労を述べた国立大学財務・経営センター理事長の豊田長康氏は、以前に比べて国立大学の経営が苦しく、それが教育や研究実績にも影響を及ぼしているという観点から大学経営を論じたのであるから、そもそも比較の基準が違うわけである。 しかしそれにもかかわらず、私には国立大学の経営の苦悩というものを容易に想像することができる。それはなぜか。一つは法人化の設計そのものによるのであり、二つには法人化にもかかわらず変わるべきものが変わっていないということによるのではないかと思うからである。 もともと、国立大学の法人化は、国立大学を政府の一部局から解放して法人格を持たせ、自主自立の精神で効率的に経営を行わせることによって、それぞれの大学に特色ある発展を遂げさせるところに大きな目的があった。法人化以前の国立大学においては、大学自治の絶対視と、教特法によって守られた教官の地位とに支えられて、大学は政府の意向とは関係なく、また社会との関わりも少ないままに管理運営することが黙認されていた。また学内ではいわゆる部局の自治が強く、大学全体としてはまとまりに欠ける場合もしばしば見られた。東京教育大学の筑波移転をめぐる学内の混乱などはその最たる事例ではなかろうか。その上、部局の自治はその部局の教授会による自治であって、学部長はせいぜい同輩教授の中から選出される世話役であり、学長も部局の利害を調整するコーディネーターのような役割であった。 しかし、他方で国立大学は政府の一部局...

大学の役割の変化

「現代大学論」 教育評論家 梨戸茂史( 文部科学教育通信 No270 2011.6.27 ) いまさらこんなことを言うのも遅きに失したというべきか、当然というべきか。 実は、この春から、某私立大学で講義を担当することになった。ご想像あれ。ところで今やこの国には、大学数は778校あるそうな(2011年度)。うち600校近くを占めるのが私立大学である。その約4割が定員割れとなっているそうだ。たまたま、講義している大学では定員割れはないそうだが、それでも5月の連休明けには、長期(といってもわずか1か月だけど)の欠席者がいないかどうか、大学当局から調査依頼があったとクラス担任の先生がおっしゃる。つまりは、入学金を払って手続きはしたが、結局、他大学に流れたのか浪人するのか、その大学に通っていない学生がいる。 さてその講義だが、学生の一人が質問。「先生、ノートは持ってきた方がいいですか?」・・・絶句しましたが、その後、「ルーズリーフでいいですか?」。これで解釈したのは、一冊まるまる書くだけの授業の量があるのか、ちょっとメモすれば済むくらいの講義なのか、ということらしい。国家資格などが取れる理系に近い学科やコースがあり、多分、いろいろ配られる資料やプリント類が多いのだろう。自分で全部書くなどという授業はほぼなさそうだ。今どきの先生は丁寧かつ親切だ。 かつて「四六答申」といわれる中央教育審議会の答申(昭和46年)があり、高等教育機関である大学をいくつかのパターンに分けて、それぞれを振興すべきと説いたが、当時の文部省すら棚上げしてお蔵入りにした。だが、今やその状況が現実のものとなっている。つまり、大学には、旧帝大や有力私大の一部が「研究大学」(実際に大学院重点化したわけだが)と「教育」をその任務の中心とする大学、そして高度専門職業人養成の大学(院)などがある。つまり大学は、研究機関だったが、現実には、大学が増え、教育機関と考えなければならない大学が多数を占めているということだ。その教育機関としての大学だが、全入時代を迎えて、学生のレベルはいろいろ。精神年齢も幼く、勉強の仕方から教えなければならない。新入生ガイダンスで授業の取り方を教えたら、「面倒。どうして自分で選ばなければならないの? 決まっていたら楽なのに!」との声が聞こえたそうだ。まるで高校の延長だ。そりゃそうで...

徹底的に無駄を省き、組織の体質を鍛えなおす

国立大学と私立大学(2011年6月20日 文教ニュース) 国立大学法人が発足してから第一期中期目標期間6年が過ぎた。国立大学法人評価委員会の評価結果では各大学とも教育・研究の推進や経営の効率化に取り組んでいるとされており、国の財政措置への不安など様々な課題はあるものの、まずは無難なスタートだったかに見える。発足当初心配されていたような、厳しい評価により次々に淘汰されていくような極端な事態は今のところは免れている。 しかし先行きを考えると、聞違いなく来る人口減や震災以後さらに厳しさを増す財政事情などから、第二期、第三期は大学の数や役割の見直しなどの構造的な変化を伴わなければ乗り切って行けないような気がする。したがって、どの国立大学にあっても今のままでの存続が保証されているわけではなく、より厳しい環境になった場合どのように対処していくのかという覚悟を持って将来像を考えていく必要があるだろう。とりあえずは徹底的に無駄を省き、組織の体質を鍛えなおすことが必要だ。 一方私立大学から見ると、国立大学は運営費交付金が減っているとはいえたかだか毎年1%程度であり、人件費も施設整備費も国から財源措置されるのは「えらく贅沢ですな」という受け止めになる。時おり私立大学の人が国立大学を訪れてみると、人も大勢いてずいぶん手間をかけて仕事しているし、キャンパス環境や事業の様子も金をかけているという印象を受けるようである。私立大学の経費は8割以上が学納金であり、高い授業料を払ってでも来てくれる学生さんに納得してもらえるよう心がけなければならない。 さらに企業から見れば、国立も私立も、「企業は商品が売れなかったらばったり倒れますねん。大学さんはずいぶんのんびり経営してはりますなあ」ということになる。もちろん私立大学は多様であり、経営効率化の努力を重ねている大学もあれば、高水準の給与と退職金を払い続けている大学もある。どちらの方向に将来性があるかは明らかであろう。 国立大学では、民間的手法の導入が盛んに言われ、一定の努力はされているだろうが、まだまだ改善の余地はありそうだ。まずは私立大学がどのような状況であり、どんな努力をしているかをよく見てみるべきだろう。企業診断でも幹部が広い贅沢な個室で居心地良くおさまっている会社は危ないといわれている。国立大学の日常生活の様々な部分に長年蓄積された無駄がまだま...

国立大学の責務と約束

国立大学協会は、去る6月22日、平成23年度第1回通常総会において、「 国立大学の機能強化-国民への約束- 」(中間まとめ)を決定しました。 (関連過去記事) 国立大学の機能強化(中間まとめ案)が見えてきました(2011年5月30日) 前 文 国立大学協会は、第1期中期目標期間の検証を踏まえながら、国立大学がとりわけ責任をもって果たすべき役割や機能の強化のあり方を検討してきた。本報告は、その中間まとめである。 各国立大学法人は、本「中間まとめ」を踏まえて、それぞれの個性・特色を最大限に活かした機能強化の速やかな実現に全力を挙げることを国民に約束し、その成果をもとに、ステークホルダーへの的確な情報発信と対話を通じて国立大学の教育研究への十分な理解と強い支持を得ることにより、日本の希望ある未来と世界の人々が希求する安定的で持続的な社会の構築を導く原動力として中核的な役割を果たす。 目 次 はじめに-国立大学の責務と約束 国立大学の公共的な役割 国立大学として強化すべき機能-ナショナルセンター機能とリージョナルセンター機能の強化 機能強化のための方策 機能強化を実現するために-政府の役割 国立大学協会として ● 国立大学の機能強化-国民への約束-【中間まとめ】(本文) ● (参考資料)国立大学の機能強化の方策のための事例

対立なければ決定なし (ドラッカー)

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マネジメントの行う意思決定は、全会一致によってなしうるものではない。 対立する見解が衝突し、異なる見解が対話し、いくつかの判断のなかから選択が行われて初めてなしうるものである。 したがって、意思決定における第一の原則は、意見の対立を見ないときには決定を行わないことである。 マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則 ピーター・F・ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:2001-12-14 ブクログでレビューを見る»

国立大学『協会』の機能強化

震災アピール文の原案、添削教室状態に 国立大学協会(2011年6月23日 朝日新聞) 全国の86国立大学などでつくる国立大学協会の総会が6月22日、開かれた。東日本大震災のあと初の開催。国立大学の今後の役割や機能のあり方をまとめた「国立大学の機能強化 国民への約束」の中間まとめが公表された。同時に、大震災について、国立大学の決意を示すアピール文も発表した。しかし、アピール文をめぐっては、総会で各学長から次々と原案に注文がついて、まるで作文添削教室のような状態になった。 当初配られたアピールの原案は「東日本大震災からの復興支援と日本再生に向けて」というタイトルのA4判1枚。横書き32字で13行。このうち2段落目を紹介すると次のような文案だった。「国立大学は、本日の総会で『国立大学の機能強化 国民への約束』(中間まとめ)を承認し、各国立大学がそれぞれの特色を生かして震災復興と日本再生に全力で取り組むと同時に、全大学が緊密に連携・共同して、より大きく、より広範囲に、より効果的に役割を果たすことのできる『有機的な連携共同システム』として、わが国が直面している困難な課題に取り組む覚悟です」。さらに、最後の段落を「国立大学は(略)実効ある活動を全力で展開することを改めて確認します」としめくくっていた。 これを浜田純一国大協会長(東大総長)が各学長に承認をもとめたところ、次々と意見が出始めた。「外向きの文章なので、最後は『展開する』でしめたほうがいい」「国立大学と、各国立大学と全大学との使い分けをきちんとして文章を整理すべきだ」「タイトルが長い」「2段落目のワン・センテンスが長い。途中で区切るといい」。ほかの意見もあったが、浜田会長らが一つ一つ答えていき、公開された総会のなかでは、30分間というもっとも長く活発な意見が出た場面だった。 その結果、最終的に手直ししたアピールのタイトルは、「東日本大震災からの復興と再生に向けて」と短くなった。2段落目も次のようになった。「国立大学は、各大学がそれぞれの特色を生かして震災復興と新たな日本の構築に全力を尽くすとともに、全大学が緊密に連携・共同して、より大きく、より広範囲に、より効果的に役割を果たすことのできる『有機的な連携共同システム』として、わが国が直面している困難な課題に総力を挙げて取り組みます」。最後の段落の末尾も「...

国立大学法人の改革推進状況(8)-施設・設備マネジメントの推進、省エネルギー対策・地球温暖化対策の推進

施設・設備マネジメントの推進 大学の自助努力により、産学連携拠点として創立60周年記念会館「コラボ弘大」や青森市に青森キャンパスとして北日本新エネルギー研究センターを整備するとともに、白神山地に関する総合的研究等の拠点として白神自然観察園を設置して教育を展開しており、計画的な施設整備に取り組んでいる。【弘前大学】 時限的・弾力的使用のための共同利用スペースを設置し、全建物面積の10.1%を共有化するに至っている。また、学際的研究、プロジェクト研究及び若手研究者のスペース確保のため約3,000平方メートルの外部研究施設を購入し、「山形大学総合研究所」として運用している。【山形大学】 大学院映像研究科の新設に当たり、横浜市と連携して拠点施設の整備を実施している。【東京芸術大学】 自然資源を活かしたアメニティの形成のガイドラインとして「緑のフレームワークプラン」等を実行し、周辺環境に配慮し既存の景観を活かした植栽整備等により、財団法人都市緑化基金から第19回「緑のデザイン賞」緑化大賞を授与されている。【大阪大学】 全学的視点による有効活用を図るため広島大学版基準面積を作成し、部局間の使用面積のアンバランスを解消するとともに、全学共用スペース(弾力的活用スペース)を確保し、9,974平方メートルをレンタルラボとして教育研究の推進に活用している。【広島大学】 「1年単位の全学的な施設のレンタル制」、「共有スペース以外を有料とするスペースチャージ制度」及び「スペース管理システム」の導入を平成16年度に決定(平成17年度から運用を開始)し、「スペースチャージ制度」により生じた空きスペースを、教育研究の重点プロジェクト用のスペースや施設改修の際の代替施設とするなど、有効利用の手法を確立している。【九州工業大学】 省エネルギー対策・地球温暖化対策の推進 環境マネジメント学生委員会と環境マネジメント推進室の協働による省エネルギー、省資源の啓発活動及び環境保全活動の結果、全国青年環境連盟(エコ・リーグ)のCampus Climate Challenge実行委員会による大学の環境対策を点数化した「エコ大学ランキング」で平成21年度に全国国公私立大学総合1位を獲得している。【岩手大学】 環境マネジメントシステム(ISO14001)にいち早く取り組み、主要...

国立大学法人の改革推進状況(5)-管理運営組織の改革、戦略に基づく法人内資源配分の実現

管理運営組織の改革 1 戦略的経営体制の効果的運用(全学的な経営戦略の策定、学長のリーダーシップを高める取組) 平成20年度に10年後の山形大学のあるべき姿を念頭に置き、「山形大学の将来構想」を策定して5つの基本理念と第2期中期目標期間の中期計画を含む今後の進むべき方向を定めるとともに、学長行動指針「結城プラン」で策定した課題について、各理事を中心に改革・改善に取り組んでいる。【山形大学】 総長が経営戦略上、特に重視したいと考える項目を「東京大学アクション・プラン2005-2008」として平成17年度に提示し、「自律分散協調系」と「知の構造化」をキーワードに、活力ある大学モデルの構築を積極的に推進するとともに、毎年度、達成状況を検証・反映する体制を定着させている。また、平成21年度には、新総長の就任に伴い、大学としての運営の基本姿勢等を総合的に示した、『東京大学の行動シナリオ FOREST2015』を策定・公表している。【東京大学】 平成16年度に「人事計画のグランドデザイン」を策定して、人員削減計画と活力ある人事政策を全学的に明確化し、「政策定員」を確保している。平成19年度には中期的な教職員の削減数とそれに係る凍結解除・削減等に関する基準を定めた「東京学芸大学の今後の人事計画について」を作成し、人件費の削減と学長のリーダーシップによる戦略的人員配置を可能としている。【東京学芸大学】 平成18年度に策定・公表した「神戸大学ビジョン2015」を実際に展開するための具体的施策として、20の政策と50の実施項目を設定し、各年度の重点的行動計画を策定している。平成20年度からはビジョン推進経費を創設するなどビジョンの達成に向けた取組を推進している。【神戸大学】 山口大学憲章の理念を踏まえ、中長期の将来像として、「明日の山口大学ビジョン」を策定している。また、「山口大学の学術研究推進戦略の在り方(研究推進プラン2007)」に基づき、重点的に推進する研究の選定、評価及び支援方法等のシステムの企画・立案を行っている。【山口大学】 2 管理運営組織のスリム化・効率化  産学連携の機能を創立60周年記念会館「コラボ弘大」に集約配置することで、産学連携・地域貢献のワンストップサービス実現に向けての体制を整備している。【弘前大学】 管理運営コストの...

学歴無用論

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(教育を変えるとき)学歴とは別のものさしで人を見よう(2011年6月19日 日本経済新聞) 東日本大震災の後、各国から寄せられた日本人への励ましの言葉、賛辞は記憶に新しい。それは自制心や勇気、連帯の心、忍耐力など、私たちが持つ資質に改めて気づかせてくれたといってもいい。 また、被災地で働くボランティアの姿に「若者もやるじゃないか」という思いを新たにした人も多いのではないか。教育が、こうした日本人をつくり上げる大きな役割を果たしてきたことは間違いないだろう。 ブランドが人の価値か しかし、震災からの復旧や復興、そして日本を勁(つよ)い国に再生していくには長い時間がかかる。それぞれの場面でさまざまな個性、能力を持つ人が必要になる。これまでにもまして、学歴や学校歴だけではない多様なものさしで人を見る意識が、教育現場や家庭、企業も含めた社会全体に求められている。 教育を論じるときによく挙げられるテーマがある。一つは、教育のコースが単線型になっていて、誰もが1本のレールに沿って進もうとしている、ということだ。 最近の高校進学率は98%、大学・短大進学率も54%に達している。半世紀前は高校進学率が50%台でヾ割の生徒が工業、商業などの職業科に進んだ。就職を見すえたからだ。 しかし、いまは普通科高校に進む生徒が圧倒的に多い。その高校は偏差値でランク付けされ、なるべくいい高校からいい大学を目指す。それが「単線」の意味だ。高校にとって重要なのは、いかに「いい大学」に生徒を送り込むかであり、大学にとっては就職の実績が大切になる。そこには一つの価値観しかない。 もう一つ、学歴が親から子にバトンタッチされ世代を越えて格差が固定化する、という議論がある。有名大学を出れば就職先に恵まれ高収入を得る。そのお金が子の教育費に使われ、高学歴・高収入が次の世代に引き継がれていくという指摘だ。 年収400万円以下の家庭の4年制大学進学率は31%なのに ̄000万円を超えると62%になるという調査もある。 その結果広がっているのが「学歴信仰」であり、「ブランド教育志向」である。それは企業の採用活動にも見てとれる。社会全体の意識が学歴や有名校というブランドにとらわれ、一人ひとりを見るこまやかな目を失っていないだろうか。 多様な人物を育てるためには、単線型でない教育、...

信頼するということ (ドラッカー)

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信頼するということは、リーダーを好きになることではない。 つねに、同意できることでもない。 リーダーの言うことが真意であると確信をもてることである。 それは、真摯さという誠に古臭いものに対する確信である。 未来企業―生き残る組織の条件 P.F.ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:1992-08 ブクログでレビューを見る»

被災地域の国立大学法人への支援

東日本大震災から3か月が経過し、今なお被災地域の復旧・復興が懸命に続けられています。 被災者の皆様が一日も早く元どおりの生活に戻れますよう心からお祈りいたします。 さて、このたび、国立大学協会から、同協会の要請により全国の国立大学法人がこれまでに行った被災地域の大学(東北大学、宮城教育大学、福島大学、岩手大学、筑波大学)への物資支援について、詳細な報告(2011年6月9日現在)が送られてきましたのでご紹介します。 なお、被災地域の大学では、当面は現在の在庫数量で対応可能のようです。 1 災害救護派遣団及び学内避難学生・教職員用 食糧 70,000食 レトルト100食 ほか 飲料水(500ml、1500ml) 61,000本 ほか 携帯カイロ 19,800個 簡易マスク 184,000枚 灯油(暖房用) 3,400リットル 家庭用薬品(感冒薬、絆創膏等) 家庭用品多数 2 緊急車両用 ガソリン 若干 3 共通 ゴミ袋 161,000枚 トイレットペーパー 76,000巻 紙皿、割り箸等紙皿・割箸 計280,000 簡易トイレ(携帯用) 8,500個 電池(単一、単二、単三、単四) 計42,000本 ストーブ 500台 生理用品 9,000枚 カセットコンロ(ボンベ含む) コンロ110台、ボンベ1,400個 ブルーシート 1,700枚 4 その他(大学として提供が可能なもの) 軍手・毛布多数 灯油20缶 ほか 全国の皆様、温かいご支援誠にありがとうございました。

優先順位を決める原則(ドラッカー)

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優先順位の決定には、いくつか重要な原則がある。 すべて分析ではなく勇気にかかわるものである。 第一に、過去ではなく未来を選ぶ。 第二に、問題ではなく機会に焦点を合わせる。 第三に、横並びではなく独自性をもつ。 第四に、無難で容易なものではなく、変革をもたらすものを選ぶ。 ドラッカー名著集1 経営者の条件 P.F.ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:2006-11-10 ブクログでレビューを見る»

政治家や政治のレベルは国民のレベルを超えない

日本財団会長・笹川陽平 これでいいのか、政治家諸君(2011年6月9日産経新聞) 自身の明日を優先するな 見るに堪えない政治の低迷と混乱が続き、国民の憤りと怒りは今や頂点に達している。国会議員諸君、皆さんは国家国民のために身を捧(ささ)げるという高邁(こうまい)な理想を持って政治の世界に入ったのではなかったか。然(しか)るに今や、その志どころか、党利党略さえも忘れ、議員として存在することだけが目的となっているのではないか。 政治が劣化した原因としては、小選挙区制度の欠陥のほか、国民・マスコミを含め社会全体が政治家を育てる努力を怠ってきたこの国の政治風土もある。しかし、それ以前に、政治家になって何をするかより、政治家になること自体が自己目的化した結果、政治家として国家国民に貢献する志より、権力の上にあぐらをかき、「自身の明日」を優先する独善的態度ばかりが目立つようになった。 わが国は今、東日本大震災で戦後最大の国難の真っただ中にいる。未曽有の被害の中で日本人の忍耐強さや礼儀正しさは今回も各国の称賛の的になっている。三宅島の噴火で全島民約3800人が避難した2000年、訪問先のイスラエルでペレス大統領から「どうして日本人はあのように整然と静かに行動できるのか」と問われたことがある。日本人の特性はいささかも変わっていないのだ。 「国民に甘えている」 被災地を訪れてみれば、内向き志向が指摘された若者たちが復旧事業やボランティア活動の先頭に立っている。復興に向けた義援金や支援金に寄せる国民の熱意も高い。その先頭に立つべき政治だけがいつまでも停滞した異常事態がこれ以上、続いていいのか-。これでは被災者は救われないし、国民も同様である。 「もう帰るんですか」。短時間の視察で切り上げようとした菅直人首相に被災者が発した怒りの一言は象徴的であった。同じことは、すべての政治家にも当てはまる。延べ数百人の政治家が被災地を慰問し、「頑張ってください」と言いながら、大震災から3カ月経過した現在も復興計画の青写真すら示されていない。 黙々と働く自衛隊や警察、消防に対する被災者の尊敬と感謝の念は強く、復興の足掛かりとなるNPO(非営利法人)やボランティア活動に対する評価も高い。それに対し政治家への怨嗟(えんさ)の声は今や被災地だけでなく国民すべてに満ちている。彼我...

政治は政治の体をなしていない

日本の政局 世界の物笑いになるな (2011年6月8日毎日新聞) 内閣不信任案否決後、さらに混迷を深めるかのような政争劇。被災者そっちのけの権力ゲーム。これでは日本の復興を応援したくてもその気がなえてくるのではないか。 主要8カ国首脳会議(G8サミット)首脳宣言が「日本はこの危機から迅速に立ち直り、より強くなることができると深く確信している」と連帯を示したのはわずか10日余り前だ。菅直人首相の退陣表明で来年のサミットにはまた別の首相が出席する。毎年くるくる首相が代わるのはいつもの日本の風景とはいえ、大震災という非常時に「辞める時期は」「次は誰」と時間を空費する政治が国際社会にどう映るか。世界の物笑いにならないことを祈る。 「3・11」で壊滅的な打撃を受けた日本に世界各国は深く同情し、物心両面で復旧を支えてくれた。だがいつまでも同情しているわけではない。日本が早く復興してくれなければ地域の安定にも世界経済にも不都合が生じる。3カ月がたとうとし、国際社会は震災前の厳しい視線で日本を見始めている。世界の善意に甘えるばかりではいられまい。 確認しておきたい。福島第1原発の事故は日本だけの問題ではない。事故や事故後の処理のあり方の検証もそうだが、なにより現在進行中の原子力災害であり、放射能汚染の行方に神経をとがらせている世界中が一刻も早い収束を望んでいる。日本という国家のグローバルな危機管理能力が問われているのだ。「収束のめど」が菅政権の退陣時期を巡る綱引きの材料にされるだけではあまりにお粗末であり、国際的にも無責任とのそしりを免れないだろう。 震災からの復旧・復興でも、もっと世界の目を意識してほしい。多くの最貧国も含め世界中の人たちが支援物資を送ってくれたのは、被災者の毅然(きぜん)とした態度に強く印象づけられたからでもあろう。私たちはそれから勇気と希望をもらった。にもかかわらず、当事者の日本の政治の振る舞いはどうか。連帯どころか「被災者のことを本当に考えているのはこちら」とばかりに相互非難と責任のなすりつけ合い、足の引っ張り合いを繰り返す。支援してくれた世界の人たちの気持ちを裏切ることになるような気がして恥ずかしい。 菅首相がもうしばらく続けるにせよ、大連立に向け与野党の協議が進むにせよ、原発事故の収拾も復興への取り組みも一日一日が勝負だ。国民の大...

政争にうつつを抜かす国会は本当に必要なのか

記憶に留めたいため、転載させていただきます。 この国の政治はなぜかくも劣化したのか-被災地無視の菅内閣不信任騒動で極まった「選良」たちの厚顔無恥と議員内閣制の制度疲労(2011年6月6日ダイヤモンドオンライン) 開いた口がふさがらないとは、まさにこのことだ。しかも、権力の座を巡るごたごたが、「選良」の集まる国権の最高機関・国会で行われているのだから、被災者にはやるせなく、世界に向かっては痛く恥ずかしい。最も、当のご本人たちには「恥」という日本的美徳は、とっく昔にお忘れのようだ。 去る2日に、菅直人首相が退陣の意向(と回りは受け止める)を表明してから、自民党、公明党、たちあがれ日本が共同提出した内閣不信任案を巡る情勢は一変した。与党民主党で、不信任案に賛成する構えを見せていた小沢一郎元代表の支持グループが自主投票を決め、不信任案は民主党の反対多数で否決された。三文芝居もこれで一応幕引きかと思いきや、翌日から菅首相が退任時期を巡って言を左右するのを受けて、首相に引導を渡したつもりの鳩山由紀夫前首相が、菅総理を「ペテン師」呼ばわりする始末である。 中国のある高名なジャーナリストが言う。「いまは国会が一致団結して、国難に当たることが最優先ではないでしょうか。ところが、国会で行われていることは、菅さんが好き嫌いというレベルの争いのように見えます」。こう言われても、反論できない。結局、一連の騒動は、震災と原発をネタに菅首相を引きずり下ろすことが目的の権力闘争だと、判断せざるを得ない。 旧トロイカ三人衆にリーダーの資格なし 政治家に求められる最低限の資質を、結果責任をとる覚悟、自らを客観的に分析する冷静な目、潔い出処進退であるとしよう。 まず菅総理である。 実際、阪神淡路大震災と東日本大震災の復旧スピードを比べると、その遅れは覆い隠しようもない。阪神淡路と比べて今回は被災の範囲が広く単純に比較はできないとしても、電気がほぼ復旧したのは、阪神淡路が震災から6日後の1月23日、これに対して東日本は20日後の3月31日で、約17万戸が停電したままだった(東北電力管内)。象徴的に語られる仮設住宅は震災後43日目で、阪神が7013戸整備されていたのに対して、今回は575戸にとどまる。 阪神淡路では、復旧・復興の骨格をなす復興基本法は40日足らずの2月24...

日本の首相は賞味期限が短く、地位は軽い

記憶に留めたいため、転載させていただきます。 天声人語(2011年6月7日朝日新聞) 和歌山の「梅娘」がきのう、菅首相に大粒の梅干しを差し入れた。紀州のお嬢さんたちは毎年のように官邸を訪れていて、去年は鳩山さんが辞任を表明した翌日だった。梅娘には気の毒だが、何やら首相交代を告げる初夏の風物詩を思う。 あすが就任1年の記念日なのに、周辺に続投をいさめられ、菅さんも夏に辞める覚悟らしい。これで首相は5人続けて「1年交代」。まるで生徒会長だ。お元気な「元首相」は実に12人に増える。 存命の元大統領や元首相は数人というのが主要国の相場だろう。日本の首相は賞味期限が短く、地位は軽い。吹けば飛ぶから権力争いが絶えない。次もつなぎのようだし、しばらくは連立、分裂、新党、再編といった政局用語が幅を利かせそうだ。 総選挙をやるたびに、約800億円の公費が消える。政治家の使い捨てはもったいないのだが、昨今、国会議員の多くはアタマ数として政局に参じるばかりで、血税に見合う仕事をしていない。大連立にしても、被災地より自党を思ってのことではないか。 ただ、メディアも世論もせっかちは禁物だ。もう誰がやっても同じ、という政治的ニヒリズムが怖い。無力感を突いて妙なリーダーや息苦しい社会が生まれ来ぬよう、憂さ晴らしの暴力を許さぬよう、こんな時こそ目を光らせたい。 梅娘は5年前、小泉首相の最後の年から上京している。梅干しを渡す相手が毎年違うのは、宣伝的には悪くないかもしれない。日本の政治が抱える、酸っぱい現実である。

部下の強みを生かす責任 (ドラッカー)

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部下の弱みに目を向けることは、間違っているばかりか無責任である。 上司たる者は、組織に対して、部下一人ひとりの強みを可能なかぎり生かす責任がある。 部下に対して、彼らの強みを最大限に生かす責任がある。 ドラッカー名著集1 経営者の条件 P.F.ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:2006-11-10 ブクログでレビューを見る»

国立大学法人の検証-ガバナンスの視点

国立大学法人における諸活動を検証し更なる改善に結びつけ、それを公表していくことは、運営資源の提供者である国民への説明責任上、極めて重要なことではないかと想います。 昨年のことになりますが、文部科学省は、国立大学の法人化に関する検証を行い、「国立大学法人化後の現状と課題について(中間まとめ)」を取りまとめ公表しています。また、国立大学協会内部でも検証が行われました。 (関連過去記事) 第一期の変化を踏まえた第二期における課題(2010年9月15日 大学サラリーマン日記) ところが、この国立大学協会による検証の結果は、私が調べた限りでは、なぜか、国立大学協会会員限定のサイトでしか見ることができません。したがって、社会の皆様はもとより、国立大学法人の教職員ですら、この検証結果の存在を知っている方は少ないと思われます。 せっかく、多くの方々のご苦労により作成されたものですし、もっともなことが書かれてあるのですから公表されてはいかがかと思います。今回は、この検証結果のうち、主に大学のガバナンスに関わる部分について抜粋してご紹介したいと思います。 第一期中期目標期間の検証(平成23年2月16日 国立大学協会) はじめに 2010年3月末をもって第1期中期目標期間の6年が経過した。各大学は、「国立大学法人」という新たな法人制度の下、大学の裁量の拡大という法人化のメリットを大学改革のために最大限活用するという積極的な発想に立って、新しい国立大学の姿を試行錯誤を繰り返しながら模索し、中期目標に掲げた達成目標を中期計画に記載した具体的な計画の実施により実現すべく最大限の努力を続けてきた。 文部科学省では、2010年7月に「国立大学法人化後の現状と課題について(中間まとめ)」を公表し、法人化以降6年間が経過した国立大学法人の現状分析や今後の改善方策についてとりまとめたが、こうした法人化の検証は、そのプレーヤーたる国立大学法人が自ら行うことが重要であり、ついては、国立大学協会として第1期中期目標期間の検証を行い、国立大学法人制度の導入に当たり期待されていた初期の目的(自立的な環境下で裁量の大幅な拡大を図り、大学をより活性化し、優れた教育や特色ある研究へ向けた積極的な取組を促し、より個性豊かな魅力ある大学を実現する)がどう達成されたのか、あるいは、当初考えて...

怒り!国民無視の国盗り合戦

菅内閣の不信任決議案が昨日(6月1日)衆議院に提出されました。 東日本大震災の被災地を思えばそんなことをやっている場合ではないと怒りがこみあげてくる国民は少なくないのではないでしょうか。 記憶に残したいと考えましたので、記事を3つほど転載させていただきます。 不信任案提出-無責任にもほどがある(2011年6月2日 朝日新聞) ついに自民、公明、たちあがれ日本の3党が、菅内閣の不信任決議案を衆院に提出した。 いま、国会の使命は東日本大震災の復旧・復興に向けた予算や法律づくりだ。それなのに露骨な権力ゲームにふける国会議員たちに強い憤りを覚える。 内閣不信任案は、野党の政権攻撃の切り札だ。それを切るなら、もっとわかりやすい理由と明確な展望が要る。そのどちらもないではないか。 自民党の谷垣禎一総裁は、きのうの党首討論で、震災と原発事故への対応の不手際などを理由に挙げた。 確かに、原発事故の情報公開は遅れ、迷走を重ねている。だが、自民党がこれみよがしに攻め立てることへの違和感をぬぐえない。情報公開への消極姿勢も危機管理の甘さも、自民党政権でも指摘されてきたことだ。国策として原子力発電を進めたのも自民党だった。 だからこそ、各党が力を合わせて危機を乗り越えてほしい。それが国民の願いだろう。 谷垣氏は菅直人首相が辞めれば、「党派を超えて団結する道はいくらでもできる」という。 だが「菅おろし」に同調するのは、小沢一郎元代表ら民主党の「反菅」勢力だ。両者は、民主党マニフェストの撤回か、固守かで百八十度違う。首相を代える一点でのみの協調であり、その先の政権構想も描けまい。 「急流でも馬を乗り換えよ」と唱えるのなら、せめて乗り換える馬とともに、その行く先を明示しなければ無責任だ。 野党よりもっと、あぜんとさせられるのは、民主党内の動きだ。首相指名で菅氏に投じ、政権を誕生させた連帯責任を都合よく忘れたようだ。 首相に知恵と力を貸し、叱咤(しった)し、政治を前に進める。それが与党議員の責任だ。なぜ、被災地を回り、支援策を考え、首相に実現を迫る努力を、もっとしないのか。 野党が提出する不信任案への賛成は筋が通らない。内閣を倒そうとするのなら、まず離党してから行動すべきだ。賛成しても除名されないと考えているなら、非常識にもほどがある。 不信任にひた走る議員は、...