その人が追い求める対象とは、その対象に対して、どれだけ時間や労力を使ったか、ということだ。
何を追いかけているか、何を求めているか、だ。
マルクス・アウレリウスは第16代のローマ皇帝でありながら、軍事より学問を好んだという。
そして、権力や富ではなく「徳」を求めることを自らに課した。
つまり、「あなたが今夢中になっているものを見せてくれれば、あなたがどんな人かがわかる」ということだ。
それはたとえば、仕事をしていても、「これは自分を磨く場だ」と思って働く人と、「生活費を稼ぐために仕方なく」と思って働く人では、人間としての値打ちに大きな差ができる。
一日の中で、一番多くの時間を占める「仕事」。
その「仕事」で何を追い求めているのか。
あるいは、「仕事」が終わってからの時間を何に使っているのか。
たとえ、それが、毎日、1時間か2時間だとしても、その積み重ねが大きな差となる。
漫然と時を過ごすのか、あるいは、自らを高め、磨くための時間とするのか。
そして、それは、自分の生き方の姿勢によっても決まる。
「生き方の姿勢」とは、まさに、松下幸之助翁の言葉だ。
「いやだな、つらいなと思ってもやらなければならないことがある。
その、いわば『修行』を捨ててしまうのは、 みずから『宝』を捨てることである」
『あなたは「何を追い求めているか」』という言葉を胸に刻みたい。


















































