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4月, 2011の投稿を表示しています

まず時間からスタートせよ (ドラッカー)

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私の見るところでは、成果をあげる者は、仕事からスタートしない。 時間からスタートする。計画からもスタートしない。 何に時間がとられているかを明らかにすることからスタートする。 次に、時間を管理すべく、時間を奪おうとする非生産的な要求を退ける。 そして最後に、得られた自由な時間を大きくまとめる。 ドラッカー名著集1 経営者の条件 P.F.ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:2006-11-10 ブクログでレビューを見る»

日本の為に祈りを。日本を守りましょう。

田中好子さんのご冥福をお祈りいたします

記憶に残したいと思いましたので転載させていただきます。 田中好子さんからのメッセージ・全文です (NHK科学文化部(かぶん)のブログ) 乳がんのため、55歳で亡くなったスーちゃん、田中好子さん。 きょうの告別式では、先月前に病床で録音された、肉声のメッセージが公開されました。 内容を全文ご紹介します。 ◇ こんにちは、田中好子です。 きょうは3月29日、東日本大震災から2週間経ちました。 被災された皆様のことを思うと心が破裂するような、破裂するように痛み、ただただ、亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。 私も一生懸命病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。 でもその時は必ず天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。 それが私のつとめと思っています。 今日お集まりいただいたみなさまにお礼を伝えたくて、このテープを託します。 キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間お世話になりました。 幸せな、幸せな人生でした。心の底から感謝しています。 特に蘭さん、美樹さんありがとう。2人が大好きでした。 映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。 もっともっと女優を続けたかった。 お礼の言葉をいつまでもいつまでもみなさまに伝えたいのですが、息苦しくなってきました。 いつの日か、妹・夏目雅子のように、支えて下さった皆様に、社会に、少しでも恩返しできるように復活したいと思っています。 かずさんよろしくね。その日までさようなら。

「やっぱりお父さんはすごい」 被災児童の日記

記憶に残したいと思いましたので転載させていただきます。 東日本大震災:「顔が水より冷たく…」 被災児童が日記 (2011年4月25日 毎日新聞) 「お父さんが軽トラでもどっていった姿を見ました。津波にのみ込まれませんように。そう祈っていました」。巨大地震と大津波が東日本を襲ったあの日、子供たちは何を見、その後をどう生きたのか。岩手県山田町の町立大沢小学校を3月に卒業した箱石佑太君(12)が毎日小学生新聞に寄せた体験日記には震災と向き合う姿が率直につづられていた。 3月11日 卒業式の歌の練習をしていました。とてもゆれの大きい地震が来ました。最初は単なる地震だと思っていました。大津波警報が出ても、どうせこないと思っていました。来たとしても10センチメートル程度の津波だと思っていました。全然違いました。ぼくが見たのは、国道45号線を水とがれきが流れているところです。お母さんとお父さんが津波が来る前に大沢小に来ているところは見ました。だけどその後、お父さんが軽トラでもどっていった姿を見ました。お父さんのことが不安でした。車を運転しながら津波にのみ込まれませんように。そう祈っていました。 3月18日 津波から1週間。お母さんは、もうこんなに日がたっているのに、まだお父さんが見えないとあきらめていました。じいやんは泣いて「家も頑張って建てるし、おまえたちだってしっかり学校にいかせられるように頑張るから、お父さんがもしだめだとしても頑張るからな」と言っていました。 3月23日 卒業式でした。「ありがとう」の歌を歌っている時、お父さんに「お父さん、お父さんのおかげで卒業できたよ。ありがとう」と頭の中で言いました。そしたらなぜか、声がふるえて涙が少し出てきました。その夜、こんな夢を見ました。お母さんとお父さんが宮古のスーパーマーケットから帰ってきた夢でした。 3月25日 親せきの人の携帯に電話がかかってきました。内容は、お父さんらしき人が消防署の方で見つかったということでした。急いで行ってみると、口を開けて横たわっていたお父さんの姿でした。ねえちゃんは泣き叫び、お母さんは声も出ず、弟は親せきの人にくっついていました。顔をさわってみると、水より冷たくなっていました。 ぼくは「何でもどったんだよ」と何度も何度も頭の中で言いました。...

時代が求める新しい大学づくりとは

納得の記事をご紹介します。 危機の時代に挑む大胆な大学改革を (2011年4月24日 日本経済新聞) 東日本大震災と原子力発電所の事故は、日本の社会や経済の大きな転機となるだろう。国の将来を左右する人材を育てる高等教育の仕組みもまた、見直しを迫られる。 いま、国の復興と地域や産業の再建に力を発揮する人たちを元気づけ、新たに育てていくことが、かつてないほど国家的な急務になった。グローバル経済の奔流は傷ついた日本の回復を待っていてはくれない。世界と競える能力も以前に増して日本に求められている。 文理の枠を超えて学ぶ 私たちは震災前に掲載したこのシリーズの冒頭、政治や経済、科学や文化などをひっくるめた「国の力」の根幹にあるのは一人ひとりの人間の能力であると主張した。 明日の日本を築くのは国民の「個の力」である。いま、それは一段と重みを持つはずだ。とりわけ、政治や経済、科学などの分野で、危機に際して指導力や専門知識を生かし、組織や社会が目指す方向を適切に判断できる人たちの力が大切だ。 そうした力を育てる日本の高等教育は十分に機能してきただろうか。大学を中心にした高等教育のシステムは、戦後も幾度か改革の試みがあったが、これからはもっと大胆に見直さなければならない。大学の淘汰や再編も避けられないだろう。 まず、大学の1、2年は、文系と理系の枠を超えて幅広い教養を学ぶ機会とするのが望ましい。 若いときに歴史や自然科学など多様な知識に接することが「個の力」を強め、信頼される人材を育てる根幹にもなる。若者が様々な学問に接してから進路を決め、学部や大学を自由に移れるようにしたい。 かつて、大学は学問で結ばれた者たちの共同体だった。それゆえ大学間のライバル意識が強烈な一方で、学者による学者のための閉鎖的な仕組みを内部に残してきた。これを学生中心の開かれた組織に再生しなければならない。 学生中心とは、学生を甘やかすこととは違う。授業料に見合った知識や技能を与え、学生が未来を切り開く力を獲得することに大学が責任を持つということだ。 そのためには大学のなかに様々な専門職が要る。大学教員が入学試験など学内業務に多くの時間を費やしているのが現状だが、これでは本来の教育や研究がおろそかになる。 社会との関係も、大学はもっと深めるべきだ。研究の成果や...

何によって人に憶えられたいか (ドラッカー)

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私が13歳のとき、宗教の先生が生徒一人ひとりに「何によって人に憶えられたいかね」と聞いた。 誰も答えられなかった。 先生は笑いながらこう言った。 「いま答えられるとは思わない。でも、50歳になって答えられないと問題だよ。人生を無駄に過ごしたことになるからね」。 ドラッカー名著集 4 非営利組織の経営 P.F.ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:2007-01-27 ブクログでレビューを見る»

東日本大震災が与える示唆

今なお廃墟と化した被災地の映像を見、被災者の吐露する言葉を聴く毎日。私たちは日本人として何を考え、行動していかなければならないのか。共感を覚えた記事がありましたのでご紹介します。 東日本大震災から1ヵ月 生きる意味を揺さぶられた30日間  われわれはいま何を問われているか(2011年4月11日 ダイヤモンド・オンライン) あの日から、ちょうど1カ月が経った。2001年の9.11がアメリカの世界観を変えたように、3.11からわれわれの世界を見る目は、大きく変わったように思う。 アメリカにおける世界観は90年代の冷戦の終結による平和の配当から、サミュエル・ハンチントンが予言した『文明の衝突』へと変わり、ときのブッシュ政権はアフガン戦争から、果てはイラク戦争にまで突っ込んでいった。では、3.11が我々にもたらしたものは何だろうか。それは文明に対する「不信」かもしれない。 暴きだされた欺瞞と一筋の光明 世界で最も文明の進んだ先進国の一つでありながら、巨大地震を予知することはできず、堤防も防潮堤や水門も、巨大な津波にいともたやすく乗り越えられてしまった。そして、われわれの豊かさ、利便性、効率性を支えてきた巨大なシステムが、あの時を境に恐怖の源泉となっている。原子力の専門家なる人々の楽観的な見立てはことごとく外れ、完全に信頼を失った。福島第一原発は、いまもなお近隣の土地を殺し、海を殺し続けている。 そして、電力不足で右往左往する大都会は、その利便性と生産力を支えるためのリスクを、補助金という巨額の札束で、田舎の町や村に押しつけていたという構図を、目の前に突きつけられることとなった。 その一方で、われわれが光を見出したのは、自らの犠牲を顧みず自分たちの責任を果たそうとした人々の存在であり、互いに乏しきを分かち合い、助け合う被災者たちの「絆」であった。テレビでインタビューを受ける自治体の長たちから、最初に口を突いて出てくる言葉は、全国からの支援に対する感謝である。NHKで見た老婆は、肉親が行方不明になっていながら「ご迷惑をおかけしております」とマイクに向かって答えていた。私はこの言葉に返す言葉を見出せない。 この三つを前提とするならば、われわれが学んだことは、日本が3.11までの旧社会へ復帰することでよいのかということであろう。言い換えるならば、日本...

政治家よ、学者よ、しっかりしてくれ!

個人的に納得の記事があったので。 菅首相への批判 ただ「辞めろ」は無責任だ(2011年4月14日 毎日新聞) 統一地方選前半戦での民主党敗北を受け、野党だけでなく民主党内からも菅直人首相の退陣を求める声が出てきた。強い余震が続き、東京電力福島第1原発の危機的な状況がなお続く中での退陣論だ。果たして政治がこんな状態でこの難局を乗り切れるだろうか。不安と不信を募らす国民は多いはずだ。 まず、この非常時に退陣要求が出ること自体、菅首相の責任というべきだろう。震災前から予想されていたとはいえ、統一地方選での敗北は多くの国民が原発事故や大震災の被災者支援などに関し、政権の対応に不満を持っている表れである。 ねじれ国会の下、首相がどう復旧・復興策を実現しようとしているのかも、なお明確ではない。一時、自民党の谷垣禎一総裁に入閣を持ちかけたが、拒否されるとその後はなしのつぶてだ。首相を支える民主党執行部も今度は与党の国民新党への気兼ねなのか、この時期およそ優先度は低いと思われる郵政改革法案を審議する特別委員会を12日設置した。自民党が反発するのは当然だ。 既に指摘したように何より首相には「最終責任は自分が取る」という迫力が欠けている。「非常時だから野党は協力するのが当たり前だ」といった謙虚さに欠けた姿勢では、やはり与野党の協力体制はできない。 ただし、だからといって今、首相退陣を求める意見にも到底、賛同はできない。谷垣氏は「菅首相は国民の厳しい声にどう応えるか、自ら判断すべきだ」という。自発的に辞任せよというわけだ。だが、菅首相が退陣し、どんな体制を作ればよいのか。具体的な言及はない。 当面、衆院を解散して民意を問うことができないのは野党も承知のはずだ。では、首相さえ交代すれば連立を組んでもよいと考えているのか、あるいは「私が首相になる」と谷垣氏は考えているのか。このリーダーのもと、こんな体制にすれば原発対応も復興も進むという具体的な案もないまま、ただ「辞めろ」というのは無責任というものだ。 民主党内では小沢一郎元代表が13日、菅首相を強く批判する書面を出し、小沢元代表を支持するグループから退陣論が出ているが、こちらも「首相交代した後、どうする」が見えない。 仮に今、首相が交代すれば、国民のみならず、国際社会も「いよいよ日本は政治の統治能力を失っ...

ツイッターの活用から見る大学の姿

このたびの東日本大震災において、ツイッターの果たした役割を高く評価する記事を最近よく目にします。 このツイッター、利用者人口の増加に相まって、いろんな活用の仕方が生まれてきているようですが、大学の広報ツールとしての存在感も日増しに強くなってきているような気がします。 (参考) 「大学のTwitter利用に関する実態と意向」-全国1128大学/大学人(教員・職員)を対象とした調査による『高等教育界とTwitter(ツイッター)の現在と明日』 -(調査報告書) http://chiikikagaku-k.co.jp/kkjhp/survey/201006/report/report.pdf 要約版はこちらをどうぞ http://chiikikagaku-k.co.jp/kkjhp/survey/201006/report/summary.pdf ツイッターに登録されているアカウントから大学関係者と思われるものを探してみましたが、大学教員による研究室やゼミの紹介、学生個人による課外活動、サークル等の学生グループの紹介のほか、同窓会、生活協同組合、教職員組合等の関連団体による情報発信など、様々なものがありました。 そこで、国立大学法人が大学広報の一環として公式的に発信しているものをいくつかご紹介します。今後のツイッター活用の進展が大いに期待されるところです。  東北大学 Unofficial  @TohokuUniv https://twitter.com/#!/TohokuUniv 宮城県仙台市青葉区片平2丁目1-1に本部を置く日本の国立大学。1907年に設置され、大学の略称は「東北大」。日本で三番目の帝国大学として、1907年(明治40年)に創設された東北帝国大学を前身とした大学である。「研究第一主義」「門戸開放」「実学尊重」の3つを大学理念としている。 ※まだツイートがありません。 koho terui(宮城教育大学) @teruco_mue https://twitter.com/#!/teruco_mue 宮城教育大学の事務職員です。広報担当として、宮教の良さをたくさんの人に知っていただきたいとの思いから、つぶやいています。一応、中学生と小学生の子どもの親でもあります。音楽と野球が好きです。多少その辺の話題に脱...

この日だけは泣くよ 明日へ、また歩むため

つらい内容ですが、どうしても日記に掲載したかった記事なので。 ◇ 俺は父ちゃんだから。泣くのはやめよう。そう決めていた。岩手県釜石市の測量会社勤務佐藤正則さん(55)は震災から1カ月たって、ようやく、亡くした長男正樹さん(18)の思い出に浸ることができた。ふだんは泣けないから。毎月、この日だけは兄ちゃんのことを思い出して泣くよ。 ダウン症だった正樹さんは、12歳から特別支援学校の寄宿舎に入っていた。自活する力を身に付けてほしかったから。 震災後、火葬場で正樹さんだけの卒業式をした。「卒業したら、ちゃんと働きたい」。特別支援学校の校長から手渡された文集に書かれた夢。卒業証書とともに持ってきてくれた。誰かが「おめでとう」と声を掛けてくれた。それで十分だった。自分も声を掛けたら、きっと我慢できない。 3月に入り、インフルエンザの流行で学級閉鎖になり、久しぶりに根浜海岸に近い鵜住居地区にある家に戻ってきたところだった。 あの日、経験したことのない強烈な揺れに、すぐに津波が来ると分かった。避難した高台から防潮堤をやすやすと乗り越えてくる津波を見てぞっとした。 夕方。水が引いたのを待って鵜住居に戻った。家は崩れ、内陸側に約100メートル流されていた。近所の人から、近くの避難所に家族がいると聞き、合流した。正樹さんの顔だけがなかった。「兄ちゃんはどうした」「家にいたけど、分からない」 寒い日だった。「早く助けてやらねえと」。夜、懐中電灯を持って、1人で家に戻った。がれきをかき分け、隙間を照らす。1時間ほど作業を続けた。白く、冷たくなった正樹さんを見つけた。 高台に連れて行った。息をしていないのは分かっている。それでも、なんとかしてやりたいと思って泥をぬぐい、服を着替えさせた。「明日になったら、病院に連れて行ってやっかんな」と声をかけ続けた。応えてくれない正樹さんの隣に座り、一晩中泣いた。 泣いたのはそれっきりだった。家族がいる。俺は家長、父ちゃんだ。泣くわけにはいかなかった。生きてゆくための煩雑な手続きで時間はあっという間に過ぎた。 震災から1カ月たった4月11日午後2時46分。釜石の隣にある大槌町の城山公園に上った。津波にのまれた町を見下ろし、正樹さんとの思い出に浸ることを初めて自分に許した。 寄宿舎で使っていた歯ブラシを手にし...

明日のために昨日を捨てる (ドラッカー)

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イノベーションの戦略の一歩は、古いもの、死につつあるもの、陳腐化したものを計画的かつ体系的に捨てることである。 イノベーションを行う組織は、昨日を守るために時間と資源を使わない。 昨日を捨ててこそ、資源、特に人材という貴重な資源を新しいもののために解放できる。 マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則 ピーター・F・ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:2001-12-14 ブクログでレビューを見る»

Japan’s crisis: one month later

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Japan is just in the beginning of the long term recovery effort from the earthquake that struck off northeastern Japan on March 11. The crisis alert level from the damage to the Fukushima Nuclear Power Plant has now been raised to the highest level of impact, the same as the Chernobyl Russia incident 25 years ago. Searchers continue to look for the dead, displaced Japanese live in shelters, protests continue over use of nuclear power, Japan's economic engine may be disrupted, the massive cleanup of debris is just underway, aftershocks are feared and many continue to mourn those who were lost. The photos collected here are from one month to the day of the quake and beyond. -- Lloyd Young (36 photos total)(April 13, 2011 BOSTON.COM) その他の写真はこちら http://www.boston.com/bigpicture/2011/04/japans_crisis_one_month_later.html

気持ちはわかるけど、人間としては言語道断!

差別・偏見。ムカツク記事をまとめて。 福島ごみ「受け入れるな」 川崎市に市民ら苦情2千件超 (2011年4月13 日 共同通信) 川崎市の阿部孝夫市長が福島県などの被災地を7、8両日に訪れた際、災害廃棄物処理の支援を表明し、川崎市民らから「放射能に汚染されたごみを受け入れるな」などの苦情が2千件以上寄せられていることが13日、市への取材で分かった。担当者は「汚染ごみは運べるはずがない」と説明、対応に追われている。 川崎市は2007年の新潟県中越沖地震でも、柏崎市の粗大ごみを鉄道輸送で受け入れ、無償で焼却処理した実績がある。今回も阿部市長は福島、宮城、岩手の3県などに支援を申し出たものの、ごみの量が桁違いに多く単独で処理できないため「国主導で支援したい」(処理計画課)と、計画は白紙状態だ。 ところが8日以降、同課への電話や市長へのメールで「絶対に福島からごみを受け入れるな」「(福島市出身の)市長の売名行為だ。リコールする」などの苦情が殺到。「川崎市民だけの問題ではない」と、埼玉や千葉県、米国からも反対意見が相次いでいるという。  ネット掲示板「2ちゃんねる」やツイッターでも話題に上っており、「小さい子どもがいて不安」といった、女性からの訴えが大半を占めるようだ。担当者は「行政不信に陥っているようだが、これでは復興の妨げになる」と困惑している。 「放射能怖い」福島からの避難児童に偏見 (2011年4月13日 毎日新聞) 原発事故で被ばくを恐れ福島県から避難してきた子供が「放射能怖い」と偏見を持たれるケースがあるとして、千葉県船橋市教委が全市立小中学校長らに配慮するよう異例の指導を行っていたことが分かった。福島県南相馬市から船橋市へ避難した小学生の兄弟の事例では、公園で遊んでいると地元の子供から露骨に避けられたという。兄弟は深く傷つき、両親らは別の場所へ再び避難した。大震災から1カ月たつが、福島第1原発の深刻な事態が収まる見通しは立っていない。知識の欠如に基づく差別や偏見が広がることを専門家は懸念している。 南相馬市の小学生の兄弟のケースは、避難者の受け入れ活動に熱心な船橋市議の一人が把握し、市教委に指摘した。市議によると兄弟は小5と小1で、両親と祖父母の6人で震災直後船橋市内の親類宅に身を寄せ、4月に市内の小学校に転校、入学する予定だっ...

泣ける歌 僕が生まれた時のこと

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今日(4月11日)は、東日本大震災から1か月目に当たります。 改めて亡くなられた方々に対しまして哀悼の意を表しますとともに、ご冥福をお祈りいたします。 未曽有の大災害による国難に直面している中にあっても、季節は必ずやってくるものです。 被災地の方々に昨日撮ってきた「桜」をお送りします。

東日本大震災に伴う学生等への支援

東日本大震災に伴う学生等への支援について、文部科学省から各大学あて以下のような通知が行われています。(4月8日付) ◇ 東日本大震災等により被害や影響を受けている大学、高等専門学校、専修学校及び各種学校(以下「大学等」という。)においては、被災した学生・生徒(以下「学生等」という。)の修学上の配慮等について、文部科学省から発出した通知等を踏まえ、既に様々な対応を講じていただいているところです。 このたび、平成23年度の各大学等での留学生を含む学生等への支援等について、下記の諸点にも配慮して、引き続き御努力いただきますようお願い申し上げます。 記 1 留学生に対する配慮 留学生については、文部科学省、(独)日本学生支援機構や各大学等における経済的支援制度の活用、授業料の納付期限の猶予等の弾力的な取扱、相談体制の充実等について引き続き配慮すること。 母国等からの渡航延期勧告や退避勧告等により、渡日できない又は、大学等に通学できない留学生に対し、入学手続期間の延長、授業開始時期の柔軟な設定、及び履修登録期間の延長等、特段の配慮を行うこと。 さらに、文部科学省では、東日本大震災に関連する外国人留学生への情報提供に努めているところであり、留学生が安心して円滑に再渡日できるように、これらを活用した地震等に関する正確な情報の提供や、再入国の際に必要な手続の周知等についても対応すること。 東日本大震災に関する外国人留学生への支援等について http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/04/1304763.htm 2 学生等に対する経済的支援等 被災の影響を受ける学生等については、これまでの通知で周知してきた緊急採用奨学金及び応急採用奨学金、授業料猶予免除制度、授業料納付時期の猶予等の経済的支援制度を活用し、学生等の実態に即したきめ細かい対応が求められること。特にこれらの取組を講じてもなお経済的に厳しい学生等については、授業料減免や奨学金等の各種の経済的支援を重複して受給できるように、学内の関係部局が連携して対応すること。 また、通学のための交通機関の確保や被災した学生等の住環境の確保について、関係事業者等と連携し、必要な情報提供や斡旋・保証等を行うなどの対応をすること。

東日本大震災から何を学ぶか

国家に頼らず 自ら行動を 曽野綾子 氏(作家) 私たち日本人は、戦後の復興と高度経済成長を経て有頂天になっていた。今回の東日本大震災によって、甘やかされた生活がこれからも続くという夢が打ち砕かれた。 私は長く海外援助活動にかかわり、アフリカなどへ度々出掛けるので、日本は夢の様な国だと思っていた。電気や水道が絶え間なく供給され、交通や通信がいつでも使える。多くの国に比べれば汚職や権力の乱用もないに等しい。しかし、今回、国のあり方の基本が崩れた。 「欲しい」と思えば何でも手に入る社会は、異常社会だ。私は、電気も水も止まるものだと思っているから、普段から自宅の瓶に水を取り置き、練炭、炭、火鉢も床下に保管している。カセットコンロも常備している。頻繁に停電するアフリカでは、いつも手元のバッグに懐中電灯と水、ビスケットを用意している。 政治家は「安心して暮らせる社会を作る」と言うが、そんなものはありえない。老年世代までが、政治家のそんな言葉を信じていた。政治家も有権者も、自分の頭で考えることをしなくなっている。 震災後、政府の不手際や東京電力の失敗はあったかもしれない。しかし、犯人捜しをしても仕方がないことだ。現在のシステムは複雑で、総合的に見ないと日本は復興に向かって歩き出せない。 そうした時代を生きる私たちは、国家やシステムを疑い、それらにあまり依存しないことだ。日本には優秀な技術者や官僚がいるから、被災したライフラインも間もなく復旧されるだろう。私もシステムにお世話になっているが、最後は自分で自分を助けることができなければ、人間としての義務に欠けると考えている。 国家がすべて何とかしてくれると考えるのは違う。めいめいが自分で考え、行動する癖を身に着けることだ。それは他人の痛みを部分的に負うことでもある。被災地の支援も国家にい頼るのでなく、「痛い」と感じるくらい自らお金を出すことだ。出さない人がいてもいい。だが、そうした人は人権だ、権利だと言わないことだ。 東北の人たちが礼儀正しく、苦しさの中でも微笑をたたえていられるのは、雪深い冬を生き、過去に津波や貧しさを体験し、日常で耐えることや譲ることを知ってる人たちだからだろう。以前は集団の出稼ぎもあった。苦しみに耐えてきた人たち、耐えることができる人は美しい。 人間は本来、苦しみに耐えるようで...

自らの強みに集中する (ドラッカー)

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不得手なことの改善にあまり時間を使ってはならない。 自らの強みに集中すべきである。 無能を並みの水準にするには、一流を超一流にするよりも、はるかに多くのエネルギーと努力を必要とする。 明日を支配するもの―21世紀のマネジメント革命 P.F.ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:1999-03 ブクログでレビューを見る»

Rise Again, Japan !

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子どもたちの明るい笑顔があふれる学校をもう一度

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新学期を迎える小学校段階の児童のみなさんへ、菅内閣総理大臣、高木文部科学大臣からのメッセージ 新学期を迎える、中学校、高等学校段階の生徒の皆さんへ、菅内閣総理大臣・高木文部科学大臣からのメッセージ 直接被災をした皆さん。皆さんは、十代のもっとも人間が成長する時期に、この大きな試練に立ち向かわなければならなくなりました。 いま抱えているすべての悲しみや不安から、完全に逃れることはできないかもしれません。でもいつか、皆さんが、その悲しみと向き合えるようになる日まで、学業やスポーツ、芸術文化活動やボランティア活動など、何か一つでも夢中になれるものを見付けて、この苦しい時期を乗り越えていってもらえればと願います。 学校は、あらゆる面で、皆さんが、この逆境を乗り越えていくためのサポートをしていきます。 災害にあわなかった地域の生徒の皆さんにも、お願いがあります。 どうか、皆さんの学校にやってくる、避難してきた仲間たちを温かく迎えてあげてください。すぐ近くに、そういった友達がいなくても、遠く離れて不自由な生活をしている同世代の友達を、同じ仲間、友達だと思ってください。そして、被害を受けた仲間の声に耳を澄ましてください。 この大震災を通じて、日本国と日本社会は、大きな変化を余儀なくされます。この大震災からどうやって国を立て直していくのか。自然と共生して生きてきたはずの日本社会が、その本来の姿を取り戻すためには何が必要なのか。 もちろん復興の過程では、「がんばろう」という元気なかけ声が必要です。しかし、それと同時に、新しい社会、新しい人間の絆(きずな)を作っていくために、大きな声にかき消されがちになる、弱き声、小さな物音にも耳を澄ましてほしいのです。 東北が生んだ詩人宮沢賢治は、科学と宗教と芸術の力で、冷害・凶作の多かったこの東北地方の農民を、少しでも幸せにしようと考え、そのことに一生を捧げました。 どうか、他人の意見もきちんと受け止めながら、自分で合理的な判断ができる冷静な知性を身に付けてください。しかしそれだけではなく、他人のために祈り涙する、温かい心も育んでください。そして、芸術やスポーツで人生を楽しむことも忘れないで...

教育情報の公表から見る大学の姿

「学校教育法施行規則等の一部を改正する省令」(平成22年文部科学省令第15号) が昨日(4月1日)施行され、大学は、省令で定められた以下の事項に係る教育情報を公表しなければならなくなりました。 大学の教育研究上の目的に関すること。 教育研究上の基本組織に関すること。 教員組織、教員の数並びに各教員が有する学位及び業績に関すること。 入学者に関する受入方針及び入学者の数、収容定員及び在学する学生の数、卒業又は修了した者の数並びに進学者数及び就職者数その他進学及び就職等の状況に関すること。 授業科目、授業の方法及び内容並びに年間の授業の計画に関すること。 学修の成果に係る評価及び卒業又は修了の認定に当たっての基準に関すること。 校地、校舎等の施設及び設備その他の学生の教育研究環境に関すること。 授業料、入学料その他の大学が徴収する費用に関すること。 大学が行う学生の修学、進路選択及び心身の健康等に係る支援に関すること。  今後、大学は、公的な教育機関として社会に対する説明責任を果たすとともに、当該大学における教育の質を向上させていくことが求められます。 (関連過去記事) 情報公開の促進に向けた体制整備を (2009年10月17日) 大学の教育情報の公開(1)(2010年6月15日) 大学の教育情報の公開(2)(2010年6月25日) (関連参考記事) 特集 情報公開時代を先取りする戦略的大学広報(Benesse教育情報サイト) 参考までに、全国の国立大学法人が、どのような教育情報を公表しているのか、各大学のホームページを覗いてみましたのでご紹介します。(2011年4月2日現在) ほとんどの大学が、教育情報をホームページを通じて公表し、省令により公表が求められている事項に沿った整理が行われていました。 なお、やむを得ないことではありますが、このたびの東日本大震災の被災地に立地する大学は、災害対応業務を優先せざるを得ないためか、まだ準備中のようでした。 北海道・東北地区 室蘭工業大学 北見工業大学 弘前大学 関東・甲信越地区 茨城大学 筑波大学 宇都宮大学 群馬大学 埼玉大学 千葉大学 東京大学 東京医科歯科大学 東京学芸大学 東京藝術大学 東京工業大学 ...

知りながら害をなすな(ドラッカー)

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プロフェッショナルの責任は、すでに2500年前、ギリシャの名医ヒポクラテスの誓いのなかに、はっきり表現されている。 「知りながら害をなすな」である。 プロたるものは、医者、弁護士、マネージャーのいずれであろうと、顧客に対して、必ずよい結果をもたらすと約束することはできない。最善をつくすことしかできない。 しかし、知りながら害をなすことはしないとの約束はしなければならない。 顧客となるものが、プロたるものは知りながら害をなすことはないと信じられなければならない。 これを信じられなければ何も信じられない。 マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則 ピーター・F・ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:2001-12-14 ブクログでレビューを見る»