国立大学の予算と経営努力
国の予算編成も大詰めを迎え、いよいよ民主党政権になって初めての予算案が25日を目途に閣議決定されるようです。 この予算のうち、教育や科学技術に目を移せば、これまで、行政刷新会議による事業仕分けで、予算の大幅削減などが打ち出された事業の関係者、とりわけ学界を中心とした個人やグループが記者会見し、来年度の予算確保を求める声明を発表するなど、従来にはなかった抗議活動が積極的に展開されてきました。 様々な要因が考えられますが、国立大学が法人化された際、国立大学全体としての自主性・自立性に基づいた判断ができず、声を上げる前に政治や行革に押し流された苦い経験が今回のような行動を誘引したこともその一つになっているかもしれません。 また、声明は、予算の縮減で、教育研究水準の低下や優秀な学生の確保・育成が損なわれ、地域における高度人材育成の中核拠点が崩壊するといった内容がほとんどで、国立大学の場合、法人化後、運営費交付金が毎年1%づつ削減されるなど、大学経営上の深刻な状況が続いてきただけに、事業仕分けの結果がそのまま予算化されることに対する危機感が学長さん達にこういった行動を決断させたのかもしれません。 地方大学に比べれば、資金的にさほど困窮していないであろう東京大学までもが、大学のホームページに「 明日の日本を支えるために-教育研究の危機を越えて- 」と題する特設コーナーを設けて社会に訴える活動を行ったほどですから、事の深刻さがひしひしと伝わってきます。 さて、去る12月14日(月曜日)に、九州地区国立大学の学長さん達が共同記者会見を行ったことをもって、全ての国立大学の声明発表がひととおり終わりました。各地区の声明文を全て通読してみましたが、各地区の主張そのものは全く同感、国民の皆さんにも十分理解していただける内容ではないかと思いますし、随所にそれぞれの地区の特色というか、代表で執筆された学長さんの強い思い入れが表れていたような気がしました。しかし、僭越ながらあえて苦言を呈するならば、「教育」「学生」「人材育成」「人づくり」といったキーワードよりも、「研究」「科学技術」「経済」「競争」「地域社会」といったキーワードが多用され、「教育者よりも研究者の目線」で書かれた文章という印象を強く持ちました。大学教員の発想は相変わらず世間離れしているようです。 また、これ...