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こどもの日に考える - 子どもの権利と未来を守る大人の責務

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※本稿は、公開情報をもとにAI(生成AI)を活用して構成・文章化しています。 内容は個人的見解であり、事実関係等については必ずご自身でご確認ください。 「こどもの日」が国民の祝日として制定されたのは、太平洋戦争の終結後まもない1948年のことである。子どもの人格を重んじ、その幸福をはかる日とされている。前年に児童福祉法が成立し、戦争で親を亡くした多くの戦災孤児への支援が急務となっていた時代である。先の戦争は弱い立場の子どもたちに多大な犠牲を強いた。この祝日は愚かな戦争への深い反省を土台としており、後の1954年に国連が11月20日を「世界子どもの日」と定めた精神とも通底する。 戦後80年余を経た今日、子どもたちを取り巻く現実は国内外ともに厳しい。紛争が世界各地で子どもの命と未来を奪い続け、国内では貧困・格差・デジタル化の影が成長の機会を狭めている。公教育の現場は疲弊し、学校のルールさえ子どもの自主性を阻んでいる局面がある。こどもの日のこの機に、現状を直視し、課題を整理し、私たちが何をすべきかを考えたい。 一 現 状──子どもたちを取り巻く今 世界に目を向ければ、紛争地の子どもたちの状況は深刻を極める。国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン」の報告書によると、紛争が起きている地域に暮らす子どもは2024年に約5億2000万人に上り、過去最多を更新した。世界の子ども約5人に1人が危機に直面しているという。スーダンでは3年に及ぶ内戦で1200万人以上が避難を強いられ、460万人以上の子どもが難民となった。ガザ地区では2023年10月以降の軍事侵攻により、子どもの死者は1万数千人以上にのぼると報告されており、死者全体の約7割は子どもと女性だったという分析もある。またウクライナでは、学校への攻撃が繰り返され、多くの子どもが学ぶ権利を奪われている。 子どもに対する重大な権利侵害──殺害、性暴力、徴兵など──は2024年に4万1763件確認され、前年から3割増加した。2010年以降の増加は著しく、10年余りで4.7倍に達している。国際人道法が「特別の尊重を受ける」と定める子どもへの保護は、現実には形骸化している。難民キャンプの子どもたちは訪問者に「忘れないでね。また会いに来てね」と繰り返すという。自分たちが世界から見捨てられた存在であることを、子ども自身が痛いほど知っているのだ。 国...

五輪

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記事紹介|一人も取り残さず

2020年は、コロナ禍の陰で、教育格差の解消という課題にスポットライトが当たった年だったと個人的には認識しているが、この点に関して文科省の動きが鈍いことは大いに不満である。彼らにとって目下一押しの政策らしいGIGAスクールでは、一人も取り残さないなどと威勢の良い口上が大臣からもあったが、それが具体的に何を意味するのかはよく分からない。一般的に、霞が関で成果目標を明示しない政策は、実現の責任を負わないと宣言しているようなものである。 教育格差の解消は、憲法第26条に由来する、国に対して積極的な作為を請求する権利(それに対応する国の配慮義務)に基づく課題だと思っている。深まり行く経済格差の拡大が、日本社会の基本構造を掘り崩し、国民の分断を押し進めることは、もはや明らかである。教育は、そんな危険をはらむ社会の安定装置にならなければならない。今や、教育格差の解消は、文科省の存在意義といっても過言ではないはずである。菅政権の一丁目一番地であるデジタル化の推進も結構だが、より本質的な教育格差の解消について、文科省から包括的な政策が打ち出されるべきであろう。特に、高校から高等教育段階におけるキャリア教育(雇用可能性を高める基本的な知識技能の習得)、社会に出てからのリカレント教育(産業構造の転換に即した実践的スキルの習得)について、経済支援を含む具体的な社会システムの構築が急がれる。あえて政策と言っているのは、単発の施策でやっているふりをしたところで、教育格差の解消には程遠いからである。単発の施策は、思い付きで、脈絡なく、打ち上げて終わりになることが大半である。予算に見合う成果は残らず、施策の残骸と虚しさだけが残る。そんなやったふりで、時間が無駄になり、教育格差はより深刻になり、相対的な弱者にとっては、社会での生きにくさが増していく。この分野の不作為は、国としての破滅への道だと理解すべきであろう。その意味で、文科省には、日本という国の未来が託されているのである。その割に危機感が薄い印象であり、失望を禁じ得ない。 重点となっているGIGAスクール構想に関しても、デジタル教科書の機能、その利用による学習効果などについて、ロジカルな説明がない上に、肝心のデジタル教育に関する教員のスキルアップをどうするのか、いまだに施策らしいものがない。一つの政策として、肝心な箇所に穴が開いたままで、スト...

教皇の教え

ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇(第266代)は、来日中(11月26日午前)、上智大学を訪問、大学生に向けて講話を行いました。 講話の全文が公表されています(印象に残った箇所を一部抜粋)。 学問、思索、研究にあたる教育機関は、現代文化においても重要な役割を果たし続けています。それゆえ、よりよい未来のために、その自主性と自由を保ち続けることが必要です。大学が未来の指導者を教育する中心的な場であり続けるとしたら、そこでは、及ぶかぎり広い範囲における知識と文化が、教育機関のあらゆる側面が、いっそう包摂的で、機会と社会進出の可能性を創出するものになるような着想を与えるものでなければなりません。 良質な大学での勉学は、ごく少数の人の特権とされるのではなく、公正と共通善に奉仕する者という自覚がそこに伴われるべきです。それは、各自が働くよう課された分野で、めいめいが果たす奉仕なのです。わたしたち全員にとっての大義であり、ペトロがパウロに与えた今日でも明白な助言です。貧しい人たちのことを忘れてはいけません。 教皇の日本司牧訪問 教皇の講話 上智大学訪問 2019年11月26日、東京|カトリック中央協議会  から

記事紹介|働けど貧しい

日本の失業率は、先進国でも最低の2%台だ。欧州には10%を超える国もあり、世界がうらやむ「完全雇用」を実現している。しかし、働く人々はうれしそうではない。 国税庁によると、民間企業で働く社員やパートらが昨年手にした給与は平均約422万円で前年より1万円以上多かった。とはいえ、世界経済が一気に冷え込んだリーマン・ショックの前年2007年の約437万円には届いていない。 そして、雇用形態による格差がある。正社員は約487万円で非正規社員は約172万円と、立場の違いが315万円の差を生んでいる。正規・非正規の分類が始まった12年以降、格差は年々広がっている。 厚生労働省の調査によると、働く人の数はこの間、5161万人から5391万人に増えた。だが、企業はもっぱら低コストの雇用拡大に力を入れ、非正規が1816万人から2023万人に増加している。 一人親世帯の貧困50% 政府が民間に正規雇用増や春闘での賃上げを働きかけ、圧力をかけても限界がある。4年連続のベースアップは、経団連加盟の大手企業の正社員に限った話なのだ。 そして、年172万円あれば、将来の生活設計を描けるかという現実問題が立ちはだかる。 厚労省は「国民生活基礎調査」で日本の貧困状況を明らかにしている。15年の相対的貧困率は3年前の16・1%から15・6%に下がった。だが、一人親世帯に限れば50・8%と経済協力開発機構(OECD)加盟国で最悪の水準にある。 この調査は生活の状況も聞いており、母子家庭では38%が「貯蓄がない」と答え、「生活が苦しい」は83%にのぼる。OECDによれば、日本の一人親世帯は親が働いていても貧困に陥る率が高く、多くの国でそうした世帯の貧困率が10~25%なのに比べ対照的だという。 困窮を象徴する悲劇が3年前、千葉県内で起きた。40代の母が中学2年の娘を殺した事件である。 給食センターのパート収入と児童扶養手当をあわせ手取りは月約12万円。だが、娘に不自由をさせたくない思いで制服や体操着を買うために借金をする一方、県営住宅の家賃1万2800円を滞納した。 裁判では、勤め先に「掛け持ちのアルバイトは無理と言われていた」と話し、生活保護を相談した市役所では「仕事をしているなどの理由で断られ頼れなかった」と説明した。 部屋を明け渡す強制執行の日、心中...

記事紹介|子どもの貧困-なぜ子どもが涙しなければいけないのか

あなたは、子どもの貧困という言葉を聞いてどのように感じますか? 昔と比べて日本は経済的に豊かな時代となり、あまり実感が沸かない人もいるかもしれません。もしくはパッと聞くと「みんな大変な中で暮らしているのに何を言ってるんだ」と、贅沢や甘えに感じてしまう人もいるかもしれません。 子どもは未来ある豊かな存在 子どもの貧困は、その定義の難しさや見えにくさなどから論争が起こっています。「本当にそんな子いるの?」。「何とかしなければいけない」。「いや、自己責任だろ」。それらのなかには、必死に生き抜こうとしているからこその冷たい言葉を聞くこともあります。小6で母親を自殺で亡くし「自分のことは自分でやってね」と言われて独りあがき続けた身として、何だか気持ちが分かってしまう部分もあります。 それでも、ひっかかる言葉がいくつかあります。そのひとつは、「心の貧困」です。心の貧困とは、経済的な貧しさと対比して心が貧しい意味合いで使われています。支援者の人からも、悪気なく「お金の問題だけじゃないよね」と、この言葉を聞くこともあります。 本心は違ったとしても、聞くたびに「問題なのはお金じゃなくて、心が貧しいことが問題なんだ」と聞こえて、もやもやします。今まで様々な子どもたちと出会ってきましたが一人として心が貧しいと感じる子どもはいませんでした。 春休みに開いたキャンプでは、大雪となりスタッフはひやひやとしたのですが、子どもたちは雪合戦や雪のすべり台、雪だるまをつくって思い切り楽しんでいました。キャンプに参加した子どもたちは、普段は我慢を強いられることも多く、使い余しているエネルギーをスタッフのお兄さん・お姉さんたちに遠慮なくぶつけてきます(笑) むしろ、子どもは本当に豊かな存在です。生まれ育つ環境によって、その豊かな育ちを奪われてしまう状態が「子ども(が育つ環境)の貧困」なのではないでしょうか。問題の所在は子どもを取り巻く環境など支える私たち社会側にあるのに、心の貧困はその所在を子ども個人に向けてしまう危険性があります。 心の貧困は貧困によって辛い思いをさせてしまっていることを言いたいのだとしても、誤解を生むかもしれない言葉です。 必要なのは、諦めない力より諦めずに済む環境 「報道で高校生に批判があり、冷たい言葉を聞くと、お金がないなら部活を辞めろと言わ...

記事紹介|教育機会の不平等「意欲格差」

今年もまた、大学入試の季節である。センター試験に続いて間もなく私立大入試がスタート、来月下旬には国公立大の2次試験だ。長丁場の受験シーズンは話題にこと欠かない。新聞にセンター試験の問題が一斉に載るのも、世の関心の高さゆえだろう。 しかし、心すべき事実がある。数字のうえでは希望者全員がどこかの大学に入れる「全入時代」とはいっても、実際に大学へ行く若者は同年代の半分ほどなのである。 文部科学省の学校基本調査によれば、高校生の昨春の大学・短大進学率は54.7%。2000年代以降、往年の伸びにブレーキがかかり、特にこの10年ほどはほぼ横ばいである。大学入試をめぐるさまざまな話題に実感を持てぬ人々は少なくないはずだ。 そのなかには、悔しい思いをしている若者もたくさんいるだろう。 成績はよかった。やる気もあった。なのにお金がなくて進学をあきらめたという人は多い。入学しても後が続かず退学するケースも目立つ。12年度の文科省調査では、中退者7万9000人のうち2割が経済的理由だ。 それを思えば、政府が来年度から導入する給付型奨学金制度は画期的である。住民税非課税世帯の1学年約2万人を対象に、月2万~4万円を支給するという。規模は小さいが、救われる学生は間違いなく増えるだろう。 時を同じくして東京都も、世帯年収760万円未満の私立高校生の授業料を実質無償化するそうだ。さらに踏み込んだアイデアは、日本維新の会が改憲項目案に掲げる「幼児教育から高等教育までの無償化」だろう。つまり、大学の授業料を完全にただにするという話である。 こうした流れの背景にあるのは、もっぱら教育機会の不平等は経済的な問題に起因するという観念だ。 意欲と能力がある若者を支えれば教育格差は解消に向かう――。確かに一面の真理であり、公的支援の意味は大きいのだが、さて、ことはそんなに簡単なのだろうか。肝心の「意欲」自体に、成育環境などによって格差がつきまとってはいないだろうか。教育格差を語るなら、そこにも目を配らねばなるまい。 およそ子どもの学力を形成する要因として、教育社会学ではいくつかの「資本」を挙げる。ひとつは親の所得など経済的な資本だ。塾や家庭教師への支出も含め、子どもの教育にどれだけお金をかけられるかが学力を左右する。 もうひとつは文...

記事紹介|最底辺層 子ども放置しないで

沖縄で風俗業界の女性を調査・上間陽子さん(44) 沖縄県の中でも貧困のきつい地域で育ちました。繁華街が近く、同級生たちは中学時代から暴力と性の世界へのみ込まれる。かっこよくヤンキー(不良)しているように見えた友達が性被害に遭い、傷ついた姿を見た時、本当に絶望的な気持ちになりました。 そういう生活しか選びようのない層が、社会にある。キャバクラやソープランドなど沖縄の風俗業界で未成年から働いてきた十五人の女性に継続的にインタビューする調査を五年間行い、あらためて見えたのは、生いたちの厳しさでした。 安定した家庭で育った人はまれ。貧困でアルコール依存症や暴力を振るう父親がいたり、母親の恋人に邪魔にされたり。居るのがつらくて、「性」を、生きるための掛け金(手段)にして家を出ます。自分の家族を作ろうとしますが大抵うまくいかない。相手の男性に失神するまで殴られ、ひどい浮気をされ、子どもを抱えて風俗へ戻っていく。 不安定な家族から、次の不安定な家族が生まれる。そうなるのは自己責任だという視線を浴び、本人たちも思い込んでいますが、違う。家族はもろくて弱いのが当然。だから社会が支えなければならないんです。 最底辺層 子ども放置しないで 沖縄には、地域のきずなを大事にするイメージがあると思いますが、それは中間層の人々のもの。最底辺層は日常のリズムを破壊する危険な存在としてはじかれてきました。さらに女性にとって厳しいのは、男性のネットワークが強固なことです。風俗の女性たちは、知られたくない個人情報をやりとりされ、ますます地元で生きづらくなる。 社会の支援が必要な状態なのに、遠い。公立の夜間保育所に子どもを預けたくても、就労証明書など多くの書類をそろえる手続きでつまずき、劣悪な施設しか選べません。本人たちも「自分のせいだから」と助けを求めない。 他人にも同じように「自己責任」を求めるので、生活保護たたきや差別発言にも抵抗がない。将来や社会を考えて正義を語る場もないから、辺野古や高江の米軍基地建設なども「長いものに巻かれた方がいい」と簡単に受け入れます。 最底辺層の放置は価値観の分断を深め、社会を不安定にする。転換のかぎは、社会が子どもを支え、貧困や困難の連鎖を止めることです。沖縄は子どもの貧困率が全国平均の二倍と深刻で、県も取り組みを始めましたが、支える...

記事紹介|貧困を生み出すしくみ

今日から仕事始めの人もいるでしょう。今日は、新年始まったことですし、もうそろそろいい加減に今年こそはぶっ壊したい、この日本の不条理を紹介します。ムカつきますが、注意くださいね。どうぞっ! 生活保護家庭の子どもは大学に行っちゃダメ 憲法でうたう「健康で文化的な最低限度の生活」を過ごすため、我々には生活保護というセーフティネットを頼る権利があります。例えば病気や怪我などで働けなくなってしまって、実家も頼れない時。働いても賃金が低すぎて、とても家族を養えない時。役所に言って相談すれば、我々は支援を受けることができます。 こうした「最後のセーフティネット」と言われる生活保護ですが、重大なバグがあります。それは、生活保護家庭の子どもたちは、大学進学できない、というものです。 昔は大学に行くことがある種の特殊な、ともすれば贅沢なことだったので、税金を使ってそこまでは、ということだったのでしょう。しかし現在では、安定した仕事につき、貧困の連鎖から抜け出すためには、大学進学という道は非常に有効です。 にも関わらず、国が貧困の再生産を強化するような政策を、いまだにとり続けているのは、バカバカしいにもほどがあります。 少し正確に述べますと、生活保護を受けていても、「世帯分離」と言って、進学する子どもだけ世帯から外してしまうことで、その子は大学に進学することはできます。確かに抜け穴はあります。 けれど、世帯分離した分だけ、生活保護費は数万円減ります。すると、進学した子どもはその分をアルバイト等で稼がなくてはなりません。削減された保護費と、そして学費や生活費のために勉強する時間を削らざるを得ない、生活保護家庭の子どもたち。こんな不公平はあるでしょうか。 「子どもの貧困をなんとかしたい」って政府が言ってるんだったら、寄付金とか集めてないで、こういう大昔のバカげた制度を直してくれ、と声を大にして言いたいです。 妊娠したら高校退学させられる 全国の高校において、妊娠した場合、退学させるというルールになっています。例えば、岩手県教育委員会の制定する『岩手県立高等学校の管理運営に関する規則』の中には、懲戒規定があり、具体的事例表を定めています。 その中には性的暴行(レイプ)と並んで、妊娠を退学処分としています。(出典:「第189回国会 予算委員会 においての泉...

こどもの日に思うこと

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今日は、こどもの日。こどもの健全な発達を願う日とされています。 「こどもの日」を前に総務省が4日まとめた人口推計(4月1日時点)によると、外国人も含めた14歳以下の子供の数は前年と比べて15万人減の1605万人で、35年連続の減少となったとのこと。 総人口に占めるこどもの割合は12.6%で、42年連続の低下。比較可能なデータのある1950年以降、人数、割合ともに過去最低を更新し、少子化に歯止めがかからない現状が改めて浮き彫りになったとのこと。( 2016年5月4日日本経済新聞 ) 朝日新聞提供 少子化は、世界的な問題でもありますが、放置すると、人口減少、経済力の衰退、社会保障制度の崩壊など、経済・社会全体に及ぼす悪影響は計り知れません。 近時、待機児童の問題、子どもの貧困・虐待の問題、奨学金をはじめとする教育費の問題など、国を挙げて取り組まなければならない喫緊の課題が山積している中、私たち大人は、今日一日を、将来を担う子どもたちのために、何をどうしなければならないか、そして子どもたちをどう受け止めどう寄り添うかについて真摯に考える契機にしたいものです。 こどもの日に新聞各紙が訴えたことをまとめてみます。 若者と子を見捨てぬ世界と日本に|2016年5月5日日本経済新聞 若者や子どもがしっかりと教育を受け、定職に就く。かつては当たり前だったこのことが、難しくなっている世界の現実がある。きょう5月5日のこどもの日に考えてみたい。 持続可能な経済と社会の安定の実現には、若者や子どもを見捨てず、その健全な成長と自立を後押しする必要がある。世界と日本は支援を惜しんではならない。 国際労働機関(ILO)によれば、世界の15~24歳の若年層の失業率は2015年に13%超と12年ぶりの水準となったようだ。 テロ生む高失業に手を 経済危機が起きると若年層は最初に職を失い、景気が回復局面に転じても仕事に就くのは最後になる、といわれる。すでにリーマン危機から7年半あまり過ぎたが、危機の後遺症は若者に重くのしかかったままだ。 欧州はその典型だ。ギリシャやスペインの25歳未満の失業率は今も40%を超えている。 パリとブリュッセルは過激派組織「イスラム国」(IS)によるテロに見舞われた。実行犯の多くは北アフリカなどからの移民2世、3...

子どもの貧困問題 覚悟が問われている

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「 視点・論点 「子どもの貧困対策 問われる"覚悟" 」」(2015年3月18日NHK解説委員室) をご紹介します。 日本の所得の分布は、この30年間で大きく変化しています。かつて、日本は「国民総中流社会」と呼ばれましたが、今、日本はかつてないほどの「格差社会」に変容しています。ジニ係数と呼ばれる、社会全体の格差を表す指標で見ると、日本の格差はOECD諸国34ヶ国の中で、悪いほうから数えて10番目となります。同じく、相対的貧困率で見ると16.1%と、6人に1人が貧困状態にあると推計されています。 大きく変化したのが、年齢層別の貧困の状況です。   これは男性の年齢層別の貧困率です。1985年に比べて、2012年においては、60歳より下の年齢層の貧困率が増加し、65歳以上の年齢層の貧困率が減少していることがわかります。特に気になるのが20-24歳をピークとする子どもおよび若い男性の貧困率の高さです。かつて、日本の貧困は高齢者の問題と考えられてきました。しかし、現在は、男性のライフコースの中で、もっとも貧困のリスクが高いのは24歳以下の年齢層となります。   女性の貧困率も同じように若年層で増加し、高齢層で減少する傾向があります。 しかし、男性と違って、女性の場合は高齢期の貧困率が男性ほどは減少せず、代わりに貧困全体が高くなる時期が5年ほど遅くなっています。 1985年から2012年の約30年間にかけて、男性も女性も、子ども期においては、約5%の貧困率の上昇、20歳から24歳では10%、25歳から50歳代は3~5%の上昇がありました。高度成長が止まったあとの日本は、不況や緊縮財政のつけを、若い世代におしてつけているのです。 もっとも活力があり、夢や希望に燃えているはずである若年層において、貧困が増えていることは、日本社会の根幹を揺るがしています。ある大都市の小中学生各4100人を対象として、将来の夢についての調査を行ったところ、こんな結果が出ました。   小学校5年生で既に「夢がない」という子どもが約2割も存在することがわかりました。 それ自体非常に悲しいことですが、貧困層の子どもに限ると、夢がない子どもは24%、すなわち4人に1人という高い数値になります。中学2年生になると、この割合はさらに高くなり、貧...

生活保護制度の活用を

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「 “貧困の母”はまだ救われていない-生活保護受給者「過去最高」の知られざる真実 」(2015年3月18日ウートピ) をご紹介します。 ニュースを見ていると、毎月出てくる生活保護の受給者の話。最近、やたらと「今月の生活保護受給世帯は 過去最多 」というフレーズを耳にしませんか? そんなことを聞くと、「シングルマザーや若年女子の貧困もよく話題になるし、生活保護を受ける同世代の女性も増えてるのかなぁ?」なんて思うかもしれませんが、実はちょっと違います。 増えている生活保護受給者は「高齢者」 出典:厚生労働省「 被保護者調査(平成26年12月分概数)   表2 世帯類型別現に保護を受けた世帯数」より作成 いったい生活保護受給者はなぜ増えているのでしょうか? ここ2年のデータをグラフで見てみると一目瞭然、高齢の受給者が増えているからなのです。一時期まで増加していた母子世帯や、その他世帯(高齢でも、母子でも、障害や傷病でもない世帯)はここ2年でみると横ばい、あるいは微減傾向です。 生活保護は他に収入があっても、国で定められた最低限の生活を営むのに必要な金額に満たなければ足りない分を保護費として支給してくれる制度です。高齢になって年金の支給額が少なく、貯金がつき、頼る家族・親族もいなければ、不足分は生活保護を利用することになります。 日本の高齢者の22%は無年金・低年金等で貧困状態にあると言いますので(参照:藤森克彦「 低所得高齢者の実態と求められる所得保障制度 」)、高齢化がますます進む現状では生活保護受給世帯数が過去最高を記録し続けるのは容易に予測できます。 母子世帯はなぜ微減傾向なのか けれども、「生活保護を受けなければならないほど生活に困っているシングルマザーや若年女子の数は減っているのか?」と言われると、そうではありません。子どもの貧困率は昨年発表のデータでは過去最高を記録、ひとり親世帯の貧困率は国際的に見ても最悪の状況、単身女性の3人に1人は貧困状態だと言います(参照:「 母子家庭」「20代前半男性」「子ども」に際立つ日本の貧困 国立社会保障・人口問題研究所の阿部彩部長が解説 」)。 では、なぜ生活保護受給世帯が増えないかといえば、生活保護にはマイナスイメージが強く生活が苦しくても抵抗感があるために利用しなかったり...

子供のために働けば働くほど子供との時間が奪われる

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「 川崎・中1殺害:上村さんの母、仕事に追われ ひとり親、支え不可欠 子供の異変、把握できず 」(2015年3月5日 毎日新聞) をご紹介します。 母子家庭の母が抱える子供についての悩みの内訳 「学校に行くより前に出勤しなければならず、遅い時間に帰宅するので、日中、何をしているのか十分に把握することができませんでした」。川崎市川崎区の河川敷で同区の中学1年、上村(うえむら)遼太さん(13)が刺殺体で見つかった事件。女手一つで上村さんを育ててきた母親が2日に発表したコメントからは、仕事に追われ、子供との時間を持つ余裕のないひとり親家庭の苦悩が浮かぶ。 「毎朝、子供を保育園に送り、夕方には小さい下の子2人の手を引いてスーパーで買い物をしていた」。上村さんの自宅アパート近くの住民は、介護関係の仕事と育児に奔走する母親の姿を度々見かけた。 上村さんは5人きょうだいの2番目。島根県・隠岐(おき)諸島にある西ノ島(西ノ島町)の小学3年進級時に両親が離婚。以降は母親ときょうだいと一緒に暮らし、小6の夏に川崎の母親の実家近くに越してきていた。 「仕事が忙しかった私に代わって、進んで下の兄弟たちの面倒を見てくれました」。コメントからは母親を気遣う上村さんの優しさがうかがえるが、「学校に行かない理由を十分な時間をとって話し合うことができませんでした」との文面には、後悔がにじむ。 厚生労働省の調査(2012年)によると、経済的に普通の暮らしが困難な人の割合を示す「相対的貧困率」は16・1%。ひとり親家庭に限ると、その割合は54・6%にまで上昇する。ひとり親世帯を対象に行った別の調査(11年)では、母子家庭の母親の帰宅は午後6〜8時が39・8%と最多で、8時以降も11%。子供の非行や交友関係に悩みを持つ割合は、上村さんと同世代の10〜14歳の子供を持つ母親の場合は5・6%で、全体(3・6%)に比べて高かった。 「周囲の助けなしには育てられない」。東京都練馬区で中1、小4、1歳のきょうだいをひとりで育てる母親(35)も、朝9時から夕方6時まで働き詰めだ。買い物をして夕飯を作り、下の子を寝かしつけると夜9時を回る。長男は中学生になり、交友関係も広がった。会話を持つようにしているが、「何を考えているか分からなくなるときもある」。 支えになるのは「ママ...

機能しない生活保護制度

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「 福祉が人を殺すとき-貧困大国ニッポンで機能しない社会福祉- 」(2015年2月26日BLOGOS) をご紹介します。 『福祉が人を殺すとき』 という衝撃的なテーマの本がある。27年前に出版されたものである。 社会福祉を学ぶ者にとっては、バイブルのような存在として重宝されている文献だ。 今も色あせない生々しいルポルタージュである。 当時、この本を出版したのは、埼玉県内の福祉事務所で生活保護の相談支援を担当していたケースワーカーの寺久保光良氏である。 28年前に3人の子どもを残して、母子家庭の母親が栄養失調により餓死をした状態で発見される衝撃的な事件があった。 享年39歳である。本書はこの事件の詳細や背景を取材し、記録したものだった。 そのなかで、紹介される一節がある。 彼女が子どもたちに残した遺言のようなものだ。 母さんは負けました この世で親を信じて生きた お前たち三人を残して 先立つことは とてもふびんでならないが もう、お前たちにかける声が 出ない 起きあがれない なさけない 涙もかれ、力もつきました お前たち 空腹だろう 許しておくれ 母さんを これを書いた母親はどれほど苦しく絶望のなかで息を引き取ったのだろうか。 その姿を見ていた3人の子どもたちは何を想っていたのだろうか。 この悲惨な事件を福祉が機能しなかった社会問題として、「福祉が人を殺した」と寺久保氏は表現した。 実はこのような事件は日本において、その後も頻発する。 そして、これから先も生まれるかもしれない。 最近では、2012年1月に、同じく札幌市で病弱な姉(42)と知的障害がある妹(40)の二人が室内で餓死している状態で発見された。 福祉事務所に姉が3回も訪問して、生活保護の申請意思も示していたが、申請は受理されなかった。 福祉事務所の違法運用が指摘されているところだ。 寺久保氏は、生活保護制度が必要な人に届いて、十分に機能していれば、このような悲惨な事件は防げると考える。 それにもかかわらず、なぜ福祉は必要な人々のもとに常に届かないのか。 彼の重大な問題提起であり、その背景には生活保護に対する私たちの意識の問題が含まれていることが分かる。 寺久保...

学べない子ども­たち

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一般社団法人 チャンス・フォー・チルドレン 代表理事の奥野慧氏による「 学べない子ども­たち 」のショートプレゼンテーション(2013年11月15日開催の神戸モトマ­チ大学「Sparks!」第4回)をご紹介します。

子どもの居場所

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「 子どもの貧困、支える「食堂」 手料理提供、各地で試み 」(2015年2月5日朝日新聞) をご紹介します。 出来合いの弁当や菓子パンだけで毎日の食事を済ます子。家計が苦しく食事を抜く子。心と体の成長の土台である「食」が揺らぐ。様々な生きづらさを抱えた子どもたちを、手作りの温かな食事で支えたい。そんな「子ども食堂」の試みが各地に広がり始めた。 「もう、ひとりぼっちで食べなくてすむ」「(給食がない)夏休みの食事が心配だった」。食卓を囲む子どもたちから、ふとそんな言葉がもれる。 京王線つつじケ丘駅前。飲食店が入居するビルの3階に、NPO「 青少年の居場所キートス 」(東京都調布市)はある。 2年前から通う男子中学生は、ここで初めて食べたミートソースの味が忘れられない。家ではパンやカップ麺が中心。それまでの数年間、親の手料理を口にしたことはほとんどなく、経済的事情から食事を抜く日も。「給食以外では何年かぶりのスパゲティ。最高だった」 市の中高生向け児童館で相談員をしていた白旗眞生(まき)さん(65)が5年前、キートスを立ち上げた。勉強をしたり、ゲームや昼寝をしたり。自由な居場所を、という思いだった。 活動開始後、満足に食事をしていない子が目立つことに気づいた。親の病気や貧困、虐待。理由は様々だった。週5回の活動日、昼食と夕食の提供を始めた。無条件ではなく、家庭状況を聞き、必要と判断した子が対象だ。 登録者は220人。市子ども家庭支援センターなどの紹介が多い。中高生ら15人ほどが毎日顔を出す。食事代は無料。家賃などの運営費は市の補助金や寄付などでまかなう。食材も農家や支援団体からの寄付が頼みの綱だ。 食を含む生活支援の大切さを白旗さんは強調する。「食がととのって初めて勉強にも目が向く。生活の土台となる食の支援は待ったなしです」 東京都大田区の青果店「 気まぐれ八百屋だんだん 」には月2回、店の入り口にのれんが掛かる。12年夏から続ける「子ども食堂」だ。かつて居酒屋だった空きスペースを活用する。店主の近藤博子さん(55)がボランティアと一緒に運営する。 献立はポトフなど野菜中心。毎回20人ほどがテーブルを囲む。共働きの両親の帰りを待つきょうだい。保育所に預けた子を引き取って来る勤め帰りの母親も。必ずしも生活に困った家庭ではない。それ...

もう少し利発な政治家や官僚だったら

「 学校給食と貧困 」(2015-01-23天声人語) をご紹介します。 自分は中流と考える人が約9割という新聞記事を読んで、向田邦子さんは、これは学校給食の影響だろうと思った。「毎日一回、同じものを食べて大きくなれば、そういう世代が増えてゆけば、そう考えるようになって無理はない」と書いたのは1980年のことだ。 「お弁当」と題したその随筆は、戦前の小学校のお昼というのは、貧富などを考えないわけにはいかない時間だったと続く。そして、「私がもう少し利発な子供だったら、あのお弁当の時間は、何よりも政治、経済、社会について、人間の不平等について学べた時間であった」とある。 そんな一文を、あすから学校給食週間が始まると聞いて思い出した。年配者には懐かしい「ララ物資」による、戦後の学校給食再開がそのルーツだという。 困窮する日本にアメリカなどから贈られた援助物資をそう呼んだ。やがて全国に給食が普及し、小学校のお昼から表向き貧困は消えた。高度成長から80年代ごろは、世の中が最も平均化して見えた時代だろう。 いま中流は細り、子どもの6人に1人が「貧困」とされる水準で生活している。3食のうちしっかり食べているのは給食だけ、給食のない夏休みに体重が減る子がいる-深刻な話も聞こえてくる。 向田随筆ではないが、もう少し利発な政治家や官僚だったら、子どもの苦境から、不平等について学ぶのではないか。親から子へと格差は固定しがちだ。恵まれた世継ぎの多い政界だからこそ、想像力を欠かぬよう願いたい 。

6人に1人

「 格差社会で育った子どもたち 上と下、2人の人生 」(2015年1月13日朝日新聞) を抜粋してご紹介します。 ■母からの虐待、施設を経て…孝典さんの場合 「僕たちは、すごく狭い世界にいた。今になって、よくわかります」。東洋大2年の久波(くば)孝典さん(21)は言う。 幼い頃、両親は互いに暴力をふるっていた。小2の時、父はマンションから飛び降りた。母は働かず、久波さんへの態度は、激しさを増す。何時までにドリルを終わらせないと食事抜き。できるわけのない課題を出され、できないと殴られ、首を絞められ、下着姿で家から出される。家出を繰り返すようになった。 小5の冬、母はビニールテープで輪を作り、天井からつるして言った。「死ねよ」。死んでもいいかと、ぶら下がった。気が付いたら、テープは切れていた。 それからすぐ、小平市の児童養護施設「二葉むさしが丘学園」に入った。天国だと思った。だって、自由に遊べる。ご飯も出る。 「俺ら税金で暮らしてるからなあ」。自分や施設の他の子が時々口にした言葉だ。学校の同級生を見て、普通は両親がいて、欲しい物をねだると買ってもらえるらしい、と知った。うらやましくはなかった。 できるわけがないから、最初から望むこともない。目の前にあるものを受け取るだけ。他の世界を知ろうとも思わない。受け身の姿勢が、自分と周りの子には共通していたように思う。「大学に行きたい」と言いつつ、何もしないまま高校を卒業し、18歳で施設を出た。 施設出身者を支援する「自立援助ホーム」に移って1年。コンビニのバイトで月収10万円の生活の中、知人から、あるコンテストを見に行こうと誘われた。「私はこんな夢に取り組んでいる」と発表し、魅力を競うというもの。新しい乗り物の開発、途上国の支援……。壇上の人々は、目を輝かせて熱く語っていた。 ふと「自分に足りないのは、これだ」と感じた。この人たちは「できるわけない」なんて考えていない。「できる」と信じている。 自分にも「できる」ことを探そうと、大学に行くことを決めた。働きながら通える夜間の学部に合格。施設出身者が受けられる給付型の奨学金を三つ受け、巣鴨で1人で暮らす。 久波さんは、お金の心配なく大学で学ぶ今を「恵まれている」と言う。友人の多くは、今も「恵まれない」まま。「恵まれた」世界を知らないま...

政治に問われる子どもの貧困問題

「「 夕食は「おにぎりパーティー」 子どもの貧困6人に1人 」(2014年12月9日朝日新聞) をご紹介します。 給料日前の月末になると、夕食の食卓に連日、おにぎりだけが数個並ぶことがある。 都内の母親(50)は、小6の長女(12)に「さあ、おにぎりパーティーの始まりよ」と声をかける。 「だって『おにぎりしかない』って言うと暗くなっちゃうでしょ」。具は何がいいか、リクエストも聞く。「おかかとみそ、塩の3種類しかないけどね」 母子家庭になったのは、長女が生まれてすぐだった。母親は専業主婦だったが、介護の仕事を始め、資格もとった。 週4日、病院で介護士としてパートで働く。もっと働きたいが、周りになじめず低学年から不登校になった長女を放ってはおけない。パートの収入は月12万~13万円。生活保護も一部受ける。生活費にあてられるのは月7万2千円。うち食費は2万円ほどだ。 長女は昨年からようやく、フリースクールに通えるようになった。給食は出ないので、昼ご飯を食べずに過ごすことが多い。帰り道の夕方、100円で9個入りの小さなシュークリームを買うのが楽しみだ。 夕食は、午後7時すぎに帰宅する母親と食べる。モヤシだけの焼きそば、肉のかわりに12個で87円のウズラの卵が入ったカレー。「育ちざかりなのに。虐待じゃないかと思うこともある」と母親は打ち明ける。 7月は電気、8月はガス、9月は水道などと数カ月に1回順ぐりに払う。それでも払えないこともあり、昨年のクリスマスには水道が止められた。炊飯器の釜やペットボトルを手に公園へ行き、水をくんだ。 長女はいう。「わたしはがまんしてない。お母さんの方ががまんしてる」 国民1人の平均所得の半分に満たない家庭の子どもは、6人に1人。子どもの貧困が広がっている。 留守番の夜、夕飯は児童館で タラとキノコの酒蒸し、ニンジンとホウレン草のサラダ。「いただきまーす」。夕方6時、小学生3人と、学生らボランティアの大人たち7人の夕食が始まった。東京都豊島区のお寺の施設を利用し、地元のNPO法人が毎週火曜日に開く「夜の児童館」だ。 子どもたちは午後4時から8時まで、夕食を食べ、宿題をしたり遊んだりして過ごす。「なんの魚か分かる?」「骨があるから気をつけて」。会話も楽しむ。 通うのは、ひとり親や共働きの家庭の...

地方創生、教育格差拡大に処方箋を

「 大学進学率-地域格差を見つめよ 」(2014-10-24朝日新聞) をご紹介します。 高校生の大学進学率の差が、都市と地方で広がっている。 朝日新聞の計算によると、最上位の東京(72.5%)と最下位の鹿児島(32.1%)の差が40ポイントあった。20年前とくらべると倍になっている。 これでは住む場所の違いで進路が狭まりかねない。 大学に進まない選択は、もちろんあってよい。だが、行きたくても行けない生徒が多い現実は問題だ。能力や意欲のある子が進学をあきらめるのは、本人だけでなく社会にとってもマイナスとなる。 文部科学省はこの地域間格差を政策課題ととらえるべきだ。各都道府県で国公私立別や専門分野別の進学率を世帯年収の層ごとに調べ、分析してほしい。 進学率はこの間、どの都道府県も伸びてきたが、特に大都市圏が著しい。国が02年、都市での大学増設の抑制方針を撤廃し、大学が集中した。もともと大学が多かったが、さらに通いやすくなった。 地方はどうか。大学に進みたくても数や定員が少ない。都市の大学に行くには、下宿代など親の負担が重くなる。保護者の収入が下がる折から難しい。 そこで重要なのが、地元の国立大だ。戦後、教育の機会均等を実現するために「1県1大学」以上の原則でつくられた。だが、その授業料は、入学金と合わせると82万円と30年前の倍以上まで上昇している。 最後の頼みの綱は奨学金だが、全体の9割の額を占める日本学生支援機構の奨学金は、すべてローンだ。しかも利子つきの枠が7割近くを占める。返さなくてすむ給付型はない。返せなくなると延滞金もかかる。 そもそも都市部の方が親の学歴が高く、年収も多い。地方の生徒はいくつものハンディを負っているのだ。 ことは教育にとどまらない。 大学教育を受けるのに地方が不利となると、子どもを持つ家庭や、これから産もうとする若年層が流出する恐れが高い。地方の人口はますます減る結果となるだろう。 政府の教育再生実行会議は、「地方創生のエンジン」となる教育のあり方や、これからの教育財政の方向の議論を始めた。 地元の国立大が豊かでない家庭の子に門戸を開き、地域の人材を育てる役割を持つことに改めて目を向けてもらいたい。奨学金の充実は言うまでもない。 教育は、努力次第で誰もがチャンスを得られる「格差...