「ルールだから」が一番こわい――北大アカハラ問題が私たちに問いかけていること

「教授同士のもめごと」では済まない話

北海道大学で、大学自身が「組織的なアカデミック・ハラスメント(アカハラ)」と認定する事案がありました。報道によると、北大は2026年7月に認定し、同年9月末の報道を受けて10月1日にようやく認定の事実を認めました。

「大学の先生どうしのトラブルでしょう? 自分には関係ない」と感じる方も多いと思います。でも私は、この件は大学の外にいる私たちにも関係すると考えています。「ルールの顔をした排除」は、会社でも役所でもPTAでも起こりうるからです。

何が起きたと報じられているのか

報道されている内容は、おおまかに次のとおりです。

報じられた経緯(時系列)
2020年度
教授がいなくなった研究室に残った准教授らを「旧スタッフ」と区別する内部基準が決められる。報道では、部門内の教授会にあたる「講座委員会」が認めたとされている。内容は、新たに学生を配属しない、居室を移す、新任教授は引き受けない、など。
2021年〜
ある准教授は学生を指導できなくなり、約4平方メートルのスペースで1人で研究を続けていたと報じられた。
2024年1月
基準は教授側には共有されていたが、准教授以下にはこの時期まで知らされていなかったとされる。
2026年6月
化学部門は従来の基準を撤廃し、教授不在の研究室では准教授らが主宰者になれる方針に改めたと報じられた。
2026年7月
北大が「組織的アカハラ」と認定。
2026年10月1日
9月末の報道を受けて、北大が認定の事実を認める。
基準の決定から認定まで 約6年
約4㎡
報じられた「1人で研究を続けたスペース」は約4平方メートル。目安として、2メートル四方ほどの広さです。(左の四角はイメージです)

(いずれも報道ベースの情報です。個々の事実関係は、今後の大学側の説明で変わる可能性があります。)

私が一番引っかかるのは「個人の悪意」が見えないこと

ハラスメントと聞くと、怒鳴る人、いじわるな人がいて、被害者がいるという構図を思い浮かべます。

今回の特徴は、その構図に収まらない点です。誰かが誰かを罵ったという話ではありません。会議で決めたルールによって、人が少しずつ「居場所のない人」になっていきました。

学生を付けない。部屋を移す。引き受けない。一つひとつは「組織運営の都合」と説明できそうです。ところが積み重なると、研究者から研究者としての生活基盤を奪うことになります。

しかも決めたのは特定の誰かではなく、「講座委員会」という合議の場でした。責任の所在が薄まり、「私は嫌がらせをしたつもりはない」「ルールに従っただけだ」と言えてしまいます。

会社でいう「追い出し部屋」に近い状態を、個人の嫌がらせではなく組織のルールとして生み出してしまったようなものです。この仕組みの怖さは、悪人がいなくても動いてしまうところにあります。

「学生を配属しない」ことが問題なのではない

誤解のないように書いておきます。学生の配属を調整すること自体は、大学の正当な裁量です。教育の質や研究室の規模を考えれば、全員に同じ人数を割り当てるべきだとは言えません。

問題になるのは、次のような条件が重なったときだと私は考えます。

1特定の人だけが対象になっている
2本人に十分知らされていない基準で運用されている
3長期間続いている
4抜け出す手段や反論の機会がない
5教育・研究の機会そのものが奪われている

つまり「個別の判断」ではなく「排除のシステム」になっているかどうか、という線引きです。

制度はあったのに、なぜ止まらなかったのか

意外かもしれませんが、北大にハラスメント対策の制度がなかったわけではありません。

北大のガイドラインは、ハラスメントを「人間の尊厳を著しく傷つける重大な人権侵害」と位置づけています。相談窓口もあり、調査の仕組みもあり、相談したことを理由にした不利益な扱いの禁止も定めています。

それでも、2020年度に内部基準が作られてから2026年7月の認定まで、約6年にわたって問題が続きました。「制度の有無」ではなく「制度が組織の力関係に勝てるか」が問題なのだと思います。

文部科学省の調査では、ハラスメント防止の取り組みはほぼ全大学が実施しています。一方で、学内の調査・対策機関に第三者を含めている大学は約51%です。ここでいう「第三者」には、弁護士や専門家、事案に関係のない職員なども含まれ、完全な外部機関による調査という意味ではありません。窓口という「入口」は整ったものの、問題の当事者が組織そのものだった場合の「出口」には、まだ差があります。

入口は整い、出口は半分
大学のハラスメント対策の実施状況(令和4年度・781大学が回答)
ハラスメント防止の取り組みを実施約100%
学生・教職員向けの相談窓口を設置約99%
学外機関を活用した窓口を設置 (令和2年度 約22%)約26%
学内の調査・対策機関に第三者を含める (令和2年度 約45%)約51%
51%
781大学のうち398大学。残りの約半数では、調査する側に「第三者」が入っていません。含める大学であっても、顧問弁護士や学内の関係のない職員が含まれるため、「完全な外部調査」とは限りません。
出典:文部科学省「令和4年度の大学における教育内容等の改革状況について(概要)」

これは想像してみるとわかりやすいです。あなたの評価を握る上司の部署が、あなたの訴えを調べる部署でもあったら、安心して相談できるでしょうか。

「大学の自治」は誰のためにあるのか

こうした話になると、「大学の自治があるから外部は口出しできない」という反論が出てきます。

大学の自治は、憲法23条が保障する「学問の自由」を実質的に守るために認められてきたものです。政治や行政から、研究や教育の自由を守るためにあります。

もし教授会や委員会、部門の判断が、特定の研究者の研究を封じるために使われたらどうでしょう。「大学の自治」を理由にそれを放置すれば、学問の自由を守るための制度が、学問の自由を奪う道具になってしまいます。

私は、大学の自治を弱める必要はないと思います。必要なのは、自治の内側に権力のチェック機能を作ることです。

もう一つ大事な区別があります。外部が見るべきなのは、研究の中身ではなく手続きの公正さです。調査に利害関係者が入っていないか。申立人が報復されていないか。調査が不当に長引いていないか。そこを見るなら、学問への介入にはなりません。

海外の例から見えるヒント

米国のオンブズ制度。 米国の大学などには、独立・中立・秘密保持を原則とする「オンブズ」という相談役がいます。正式な調査や処分はせず、「まだ告発するほどではないが、おかしいと思う」という段階から相談できます。「我慢するか、いきなり正式に告発するか」の二択を崩せる点が大切だと思います。

英国の外部申立て制度。 英国では2026年9月1日から、イングランドの高等教育規制機関であるOffice for Students(OfS)が、大学職員らの言論の自由・学問の自由に関する苦情を直接受け付ける制度を始めました。大学内部の手続きだけで完結させない仕組みです。ただしこれはハラスメントではなく言論の自由が対象で、制度の目的は日本の問題と同じではありません。過去の出来事にはさかのぼって適用されないという限定もあります。それでも「大学内部の問題も、一定の場合は外から検証できる」という考え方は、日本でも参考になります。

私たちはどこを見ればいいのか

大学の専門家でなくても、ニュースを見るときに確認できる視点があります。

何を認定したのか、概要は説明されたか。
個人名は出さなくても、どんな基準が、なぜ問題だったのかは説明できるはずです。「プライバシー」は大事ですが、「何も言えない」の言い訳にはなりません。
なぜ6年も続いたのかが検証されるか。
「誰が悪いか」の前に、「なぜ止められなかったのか」を問うことが再発防止につながります。
改革の「その後」が確認されるか。
新方針を作って終わりでなく、学生配属や研究スペース、相談件数、調査期間などが外部の目で点検されるかどうかです。

付け加えるなら、「相談件数が少ない組織は問題が少ない」と考えるのは危険です。相談できない空気があるだけかもしれません。

むすびに

今回の件から私が持ち帰りたい言葉は、次の一言です。

「普通の人が、普通にルールに従っているだけで、誰かを追い詰められる組織になっていないか。」

ハラスメント対策の目的は、悪い人を見つけて罰することだけではないと思います。誰も加害者にならずに済み、誰も孤立させられずに済む仕組みを作ることです。北大の問題は、そのための宿題を日本の大学全体に出しているように見えます。

そしてこの宿題は、大学だけのものではないはずです。皆さんの職場や地域の組織にも、「ルールだから」の一言で片づけられている何かはないでしょうか。

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