「保険あってサービスなし」の時代に、私たちが考えておくこと

「介護保険料はきちんと払っているのに、いざという時にサービスを受けられない」。そんな事態が、いま各地で現実になりつつあります。NHK解説委員室の時論公論「“保険あってサービスなし”拡大の危機 どうなる介護人材」(2026年10月15日)は、介護を必要とする人が増える一方で、支える人が減っていく2040年に向けた課題を取り上げています。

ここで言う「保険あってサービスなし」とは、全国どこでも今すぐサービスを受けられないという意味ではありません。介護保険という制度があっても、地域によっては人材不足などから、希望するサービスを受けにくくなる可能性がある、という問題提起です。

この問題の根っこにあるのは、人手不足そのものというよりも、次の問いだと私は考えています。

限られた人材と財源の中で、何を公的な介護サービスとして残すのか。私たちはどんな介護を、どのくらいの負担で残したいのか。

「介護の人手不足は大変だな」で終わらせず、この問いを自分たちの老後や家族の問題として考えてみませんか。

1. 「保険料を払えば、サービスを受けられる」とは限らなくなる

介護保険は、40歳以上の人が保険料を負担し、原則として65歳以上で介護が必要と認定されたときにサービスを受けられる仕組みです(40〜64歳の人は、加齢に伴う特定の病気が原因の場合などに限られます)。2000年の開始当初は、介護を家族だけに背負わせず、社会全体で支えること(「介護の社会化」)を目指していました。

ところが、サービスを提供する「人」がいなければ、お金だけあっても介護は成り立ちません。介護職員は、お金を出せば明日すぐに増えるわけではないからです。たとえば、山あいの地域では、ヘルパーが1軒ずつ30分以上かけて訪問するのは非効率で、事業者が訪問介護を続けにくいという報道もあります(nippon.com)。

2. 数字で見る「必要な人数」と「実際の人数」

厚生労働省は、各都道府県が第9期介護保険事業計画(2024〜2026年度)に基づいて推計した「必要な介護職員数」を集計し、2024年7月に公表しました。

介護職員数:実績と必要数
単位:万人
2022年度(実績)約215万人
2024年度(実績)約212.6万人
2026年度(必要数・推計)約240万人
2040年度(必要数・推計)約272万人
実績  2026年度の必要数  2040年度の必要数

必要数は、2022年度の約215万人を基準にすると、次のように増える見込みです。厚生労働省は、これを各地域の介護サービスの見込み量などから算出しています。

2026年度
+約25万人
2022年度比
2040年度
+約57万人
2022年度比

一方、実際の介護職員数は、第一ライフ資産運用経済研究所(旧・第一生命経済研究所)のレポートによると、2022年10月時点から約2.8万人減り、2024年10月時点で約212.6万人でした。前年からはわずか487人の増加にとどまり、ほぼ横ばいです。

つまり、ここで注目したいのは「現在、何万人足りない」という単純な数字ではありません。次の流れで、問題をとらえることが大切です。

介護の需要が増え、
必要な職員数は大きく増える
▶
実際の職員数は
ほぼ横ばい
▶
この差をどう埋めるか
が大きな課題

3. 国の対策は進んでいるけれど……

国は、介護人材の確保に向けて、次の5つを柱に取り組むとしています。

1介護職員の処遇改善
2多様な人材の確保・育成
3離職防止・定着促進・生産性向上
4介護職の魅力向上
5外国人材の受け入れ環境の整備

どれも大切ですが、ここで一歩踏み込んで考えたいことがあります。それは、「人を増やす」だけで本当に足りるのか、という点です。人口が減る地域では、利用者も職員も減ります。努力して効率化しても限界があるでしょう。

4. 「誰が負担するのか」から逃げられない

介護職員の給料を上げ、サービスを維持するには、お金が必要です。財源は、現役世代の保険料、高齢者の保険料、税金、利用者の自己負担などが考えられます。

共同通信は2025年6〜7月、全国の47都道府県知事と1741市区町村長にインターネットでアンケートを行い、1723人から回答を得ました(千葉日報の配信記事)。

全国の知事・市区町村長アンケート
対象1788人(47都道府県知事+1741市区町村長)、回答1723人(2025年6〜7月・共同通信)
介護保険サービスの提供体制の持続に危機感がある97%
サービス維持のため、国や利用者などの負担引き上げを検討すべき85%

介護の費用は、利用者の自己負担、40歳以上が支払う保険料、国と地方の税金で賄われています。保険給付の財源は、おおよそ次のような構成だと説明されています(nippon.com)。

介護保険の財源(利用者の自己負担分を除く)
国
25%
地方
25%
保険料(40歳以上)
50%

「負担を増やすのは嫌だ」だけでは制度は続きません。一方で、「必要だから負担増はやむを得ない」と言うだけでも不十分です。「誰が、どれだけ負担すれば、どのサービスを守れるのか」を、セットで考える必要があります。

5. 介護が「家族に戻る」ことへの心配

サービスが足りなくなると、「家族で何とかしてください」という方向に流れがちです。すると、仕事を辞めて親を介護する「介護離職」や、遠距離介護で疲れ果てる人が増えかねません。

介護人材の不足は、高齢者だけの問題ではなく、現役世代の働き方や家計の問題でもあります。「家族に戻さない」ことと、「家族ができることまで全部専門職に任せる」ことは別の話です。家族・地域・専門職がそれぞれ何を担うのか、役割分担を考え直す時期に来ています。

6. 「全国どこでも同じ介護」を続けられるのか

都市部では高齢者が増えて介護の需要が増えます。一方、人口が減る地域では、利用者も職員も減り、事業所そのものを続けられなくなる可能性があります。

同じ制度、同じ報酬でも、家が山間部に点在する地域と、都市部のマンションに集中している地域では、事業所の経営条件がまったく違います。事業所の連携、サービスの共同化、ICT(情報通信技術)の活用など、地域ごとに提供体制を作り直す発想も必要になりそうです。

ただ、その先にはさらに難しい問いがあります。限られた人材と財源の中で、どのサービスを「公的に保障するもの」として優先し、どこまでを地域や家族、自己負担に委ねるのか。「公平」とは全国一律にすることなのか、地域の事情に合わせることなのか。これは、専門家や行政だけでなく、私たち市民が一緒に考えるべきテーマだと思います。

7. 技術と外国人材は「補う」ためのもの

記録や見守り、移動の介助などをAIやロボットが担えば、介護職員は人にしかできないケアに時間を使えます。大切なのは、「職員を減らすため」ではなく「職員の負担を減らすため」に使うことです。

外国人材も、今後ますます重要になります。ただし、単なる「人手の穴埋め」にしてしまうと長続きしません。賃金、日本語教育、資格取得、キャリアの道筋まで整えて、「ここで働き続けたい」と思ってもらえる仕組みが必要です。

8. 私たち一人ひとりが考えておきたいこと

これからは、「必要になったら、希望するサービスを当然受けられる」という前提で老後を考えないほうがよいのかもしれません。たとえば、次のようなことを、元気なうちから考えておきたいものです。

☐ どこで暮らしたいか(在宅か、施設か)
☐ 一人暮らしになったらどうするか
☐ 家族にどこまで頼れるか、頼りたいか
☐ 介護にどれくらいお金を使えるか

そして、親の世代・自分の世代・子どもの世代の三世代で、この話をしてみることをおすすめします。

まとめ

「政府は何をしているのか」と思うのは自然なことで、政策はもちろん重要です。けれども、介護職員を増やすにも、給料を上げるにも、技術を入れるにも、サービスの範囲を見直すにも、すべて誰かの負担が伴います。

問われているのは、「限られた人材と財源の中で、私たちはどんな介護を、どのくらいの負担で残したいのか」ということです。

ニュースを「他人事」にせず、家族との会話のきっかけにしてみてはいかがでしょうか。

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