子どもの進学が「善意」頼みでいいのか。あしなが学生募金と物価高から考える

10月17日から、「第112回あしなが学生募金」が全国で始まりました。同じ日に、NHKは「奨学金を受けている高校生の保護者の約2割が、子どもの進学の断念や進学先の変更を検討している」と報じています。

団体のお知らせと報道、この二つを並べて読むと、「困っている子どもがいるから募金しましょう」という話にとどまらない問いが見えてきます。

1.「貧しい家庭の子どもの問題」で片づけない

奨学金を受けているからといって、進学できるとは限らない。今回のニュースが示しているのは、そういう現実です。

あしなが育英会が8月に、奨学金を受けている高校生の保護者に物価高の影響をたずねたところ、約2割が、子どもの進学の断念や進学先の変更を検討していると答えました(NHKの報道)。物価高による家計への負担が、奨学金を受けている家庭の子どもたちの進学にも影響していることがわかります。

【図1】奨学金を受けている高校生の保護者への調査(2026年8月)
約2割
それ以外の回答
子どもの進学の断念や進学先の変更を検討している
それ以外の回答
出典:NHKニュース(2026年10月17日)。割合は「およそ2割」の報道に基づく概数です。

注目したいのは、「奨学金が必要な家庭だから進学できない」という単純な話ではないことです。奨学金のおかげでなんとか進学の道をつないでいる家庭ですら、物価の上昇でその道が削られているのです。

こうなると、「本人の努力が足りない」「家庭の教育意識が低い」といった説明では、もう追いつきません。

2.問題は「教育費」だけではない

奨学金というと、「学びたい本人の不足分を補ってもらうお金」というイメージがあります。ところが、進学にかかるお金は授業料だけではありません。

【図2】進学にかかるのは、授業料だけではありません
家賃 食費 光熱費 交通費 教材費 制服代 受験費用 大学進学後の生活費

物価が上がれば、学費が変わらなくても、家計に残る「教育に回せる余力」が減ってしまいます。

ですから、「教育費をどうするか」だけでなく、「教育を選べるだけの生活の土台を、どう保つか」という視点で考えることが大切だと思います。

3.あしなが学生募金に起きた変化

あしなが学生募金は、あしなが育英会の大学奨学生などで組織する学生団体「あしなが学生募金事務局」が主催しています。始まりは1970年。「後輩たちに奨学金をつなごう」という思いが、半世紀以上受け継がれてきました(あしなが育英会のお知らせ)。

この募金には、2026年から大きな変化がありました。あしなが学生募金事務局によると、2016年から2025年までは、寄付の2分の1をアフリカ遺児の支援に充てていました。2026年からは、寄付の全額を日本国内の支援に使うことになりました。

【図3】学生募金の使い道の変化
2016年〜2025年
国内の遺児など 1/2
アフリカ遺児支援 1/2
2026年〜
国内の遺児など 全額
出典:あしなが育英会「秋のあしなが学生募金、10月17日から全国で支援呼びかけ」(2026年10月8日)

国内の対象は、病気・災害・自死などで親を亡くした子どもと、親に障がいがある子どもの奨学金です。9月17日に発表された「中学校進学支援金」も、この秋から使い道に加わりました。

変更の背景には、国内で奨学金を申請する人が急増していることがあるとされています。これは単なる使い道の変更ではなく、「いま日本国内で、教育の機会を守るための支援がそれだけ強く求められている」という社会の姿を映していると読めます。

4.「だから募金しよう」だけで終わらせない

募金は必要です。進学をあきらめかけている高校生が目の前にいるなら、その人を支えることには大きな意味があります。

ただ、もう一歩踏み込んで考えたいことがあります。

善意の寄付が集まる → 子どもが進学できる → よかった
この流れの「手前」にある問いを、見落とさないために

この流れで終わらせずに、「なぜ、子どもの進学という人生の大きな選択が、社会の善意に左右される状況になっているのか」という問いまで持っておきたいのです。

5.教育は、本人だけの利益ではない

高校生が大学や専門学校に進学すれば、本人の収入や仕事の選択肢は広がります。それはもちろん大切なことです。

同時に、その学びは社会にも広がっていきます。専門職や研究者、教員などの担い手が育ち、地域を支える人が増え、その人自身が、将来、次の世代を支える側になる可能性もあります。

教育の機会を守ることは、「困っている人への福祉」であると同時に、「一人ひとりが自分の可能性を生かせる社会をつくること」でもあります。そして、その積み重ねが、結果として社会の次の世代を支える力にもなっていくのではないでしょうか。

6.「自己責任」か「社会責任」か、ではなく

この問題を考えるとき、「本人が努力すればいい」という意見だけでは足りません。かといって、「すべて社会が面倒を見るべきだ」というだけでも、おそらく十分ではないでしょう。

むしろ問いはこう置き換えられると思います。

本人の努力を生かすために、社会はどこまで土台を保障するのか。

高校生は、自分の家庭を選べません。親の病気も、死別も、障がいも、物価の上昇も選べません。一方で、進学するかどうか、何を学ぶか、どんな人生を目指すかは、本来、自分で考え、選んでいけるものであるはずです。

だから社会が保障すべきなのは「結果」ではありません。少なくとも、家庭の事情や予期せぬ不運のせいで、努力する前に選択肢を失ってしまうことのない土台ではないでしょうか。

7.「支えられた人が、支える側になる」という循環

あしなが学生募金の構造そのものも、象徴的です。

街頭に立って募金を呼びかけているのは、あしなが育英会の奨学金を受けた大学生などです。自分たちが助けられたように、今度は「後輩たち」に奨学金をつなごうとしています。

「支援された人が、今度は支援する側になる」。これはとても美しい循環です。

ただ、その美しさに感動するだけでなく、もう一段深く考えてもよいと思います。支援を受けた人が次の世代を支える循環に加えて、社会全体が、次の世代の自立を継続的に支える仕組みも必要だからです。

この二つの情報から、私たちは何を考えるべきなのか

これは「かわいそうな子どもを助けよう」という話ではありません。次の問いだと思います。

  • 生まれた家庭や親の事情によって、子どもの可能性を社会が失わせてしまっていいのか。
  • 教育を受ける機会を、善意の募金だけに委ねていいのか。

そのために、私たちは次の三つを切り離さずに考えたいと思います。

1
目の前の子どもには、できるだけ具体的に支援する。
2
同時に、なぜ支援が必要になったのかを考える。
3
そして、同じ問題が繰り返されない社会の仕組みを考える。

「募金をする」か「制度を考える」かの二択ではありません。支援しながら、家庭の事情によって進学をあきらめなくてすむ社会のあり方を考え続けることが大切です。

参加するには

ここまで考えたうえで、それでも、いま目の前にいる高校生を支えることには意味があります。その一つが、あしなが学生募金です。

秋の学生募金は、10月17日(土)に始まりました。18日(日)、24日(土)、25日(日)にも、全国47都道府県の約120か所で行われます(場所によって実施日・時間が異なります)。街頭に行けない方は、ネット募金でも参加できます。

【図6】第112回あしなが学生募金の概要
47
都道府県
約120
か所
4
日間(土日)
日にち 備考
10月17日(土) 開始
10月18日(日) 実施
10月24日(土) 実施
10月25日(日) 実施
実施時間は原則12〜18時ですが、場所によって異なります。天候などで場所が変更になることもあります。お出かけの前に、ウェブサイトで最新情報をご確認ください。
出典:あしなが育英会「秋のあしなが学生募金、10月17日から全国で支援呼びかけ」

実施場所や最新の情報は、あしなが学生募金のウェブサイトでご確認ください。

あしなが学生募金ウェブサイトを見る

参考情報

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