「外国人に生活保護を出すべきか」の前に考えたいこと

要点:最高裁は「外国人を生活保護の対象外とするのは合憲だ」と認めたわけではありません。憲法の問題には踏み込まず、上告を棄却しました。そのうえで、裁判官の意見は分かれています。この記事では、決定の全文を確認したうえで、「線の外に落ちた人を誰が受け止めるのか」という視点から考えます。

1何が起きたのか

2026年9月9日付で、最高裁第2小法廷(三浦守裁判長)が一つの決定を出しました。ガーナ国籍の男性が、生活保護の申請を却下した千葉市を訴えた裁判で、男性の上告を棄却したものです。一、二審の判決が確定しました。決定の全文(最高裁判所・PDF)は公開されています。

決定文に記された男性の経過を、時系列で整理します。

  • 2015年2月「留学」の在留資格で来日
  • その後「技術・人文知識・国際業務」へ変更して就労。その後、在留資格を失うなどの経緯があった
  • 2018年頃体調を崩す
  • 2019年3月頃末期の腎不全に進行し、人工透析を開始
  • (時期の記載なし)在留特別許可を受け、「療養活動」の指定がある「特定活動」の在留資格に。就労はできない
  • 2021年11月18日千葉市に生活保護を申請
  • 2021年12月1日千葉市が申請を却下
  • 2021年12月6日 / 14日千葉県知事に審査請求(6日)、提訴(14日)
  • 2024年1月一審・千葉地裁が請求を退ける。二審・東京高裁も退ける
  • 2026年9月9日付最高裁第2小法廷が上告を棄却
週3回現在の人工透析
1級身体障害者手帳の等級

最高裁の法廷意見は、上告の理由が民事訴訟法312条の定める場合に明らかに当たらない、というものでした。外国人を生活保護法の対象外とすることが憲法に違反するかどうかは、判断していません。反対意見を書いた三浦裁判長は、法廷意見はこれを合憲と判断したわけでもない、と指摘しています。

つまり、「最高裁が外国人を生活保護の対象外とするのは合憲と認めた」わけではありません。

2法律は、どうなっているのか

生活保護法は、保護の対象を「国民」と定めています。最高裁は2014年の判決で、この「国民」に外国人は含まれず、外国人は行政措置による事実上の保護の対象になりうるにとどまる、としました(この判決の読み方は日本ファクトチェックセンターの解説が参考になります)。三浦裁判長は反対意見で、この2014年判決も、憲法に適合するかどうかの判断は示していないと整理しています。

では「行政措置」とは何でしょうか。決定文に出てくる制度の沿革を、年表にしました。

  • 1954昭和29年通知外国人は法の適用対象外としつつ、当分の間、国民に準じて保護。対象範囲を限定する記載はない
  • 1981難民条約に加入国民年金法などの国籍要件を撤廃。生活保護法は通知に基づく保護が考慮され、改正されなかった(高須補足意見)
  • 1990口頭説明(厚生省)別表第2は含まれる。別表第1は原則含まれない。特定活動は個別判断で協議。難民は対象になりうる
  • 2009事務連絡(厚労省)永住者・定住者等、特別永住者、認定難民などを念頭に。特定活動は疑義があれば国に照会
  • 2014最高裁判決「国民」に外国人は含まれない。行政措置による事実上の保護の対象になりうる

この目安を、在留区分ごとに表にまとめます。右の列は、三浦裁判長が「違憲・無効」とした範囲です。

在留区分行政措置による保護(通知等の整理)三浦意見:除外する部分が違憲・無効(少なくとも)
永住者・定住者など(別表第2)含まれる—
特別永住者含まれる—
活動に制限がある在留資格(別表第1)原則含まれない—
難民認定者在留資格を問わず対象該当
補完的保護対象者定住者なら対象。別表第1なら直ちには対象でない該当
療養活動の特定活動(今回の男性)対象とならない(三浦意見の整理)該当

出典:最高裁決定全文(三浦裁判長の反対意見の整理に基づく)。「—」は今回の決定で判断されていないという意味です。「少なくとも」は今回の判断に必要な範囲を示すだけで、ほかの外国人の除外が合憲だという意味ではない、と反対意見は明記しています。

千葉市は、法に基づく申請については「国民に当たらない」ことを理由に、行政措置としての申請については「在留資格では要件に該当しない」ことを理由に、却下しました。

なお、この行政措置は、最高裁の整理では、地方公共団体の裁量により当事者との契約に基づいて行われるものと位置づけられています。生活保護なのに「契約」というのは意外に聞こえますが、法律に基づく保護とは性格が異なる、という整理です。三浦裁判長の反対意見によれば、通知に基づく行政措置は、法律に基づくものではなく、自治体の裁量による契約に基づくものであるため、通知どおりに実施されなくても、不服申立てなどで是正を求めることはできません。

そのため、法律が直接保障する権利と、行政措置による保護の間には、大きな違いがあります。今回の問題は、その違いがどこまで許されるのかという点にもあります。

3「日本人の税金で、なぜ?」という疑問について

この話題では、必ずこんな声が出ます。「なぜ日本人の税金で外国人を支えるのか」。

私は、この疑問を冷たいものだとは思いません。税金や保険料を負担する人が使い道に関心を持つのは当然です。財源に限りがある以上、優先順位をつける議論も必要です。

実際、限られた財源の中で自国民を優先することが許される場合がある、という考え方は、最高裁の過去の判決にも見られます。東京高裁も、今回の男性の訴えを退ける際に同じ趣旨を述べました。ただし三浦裁判長は、その過去の判決は障害福祉年金に関するもので、生活保護法の規定の憲法適合性にまでは及ばない、と整理しています。

今回の男性について、決定文から分かることと分からないことを分けておきます。

決定文から分かること

  • 留学で来日し、就労した後に重い病気になった
  • 在留資格を失うなどの経緯もあった
  • 在留特別許可を受け、療養活動の特定活動で滞在している

決定文からは分からないこと

  • 税や保険料をどれだけ負担してきたか
  • 来日や就労の細かな事情

制度の悪用や不正は、日本人であれ外国人であれ防ぐべきです。それと、困窮した人への支援のあり方は、別の問題です。

4私の視点:「線を引くか」より「落ちた人を誰が受け止めるか」

この問題は、「外国人を保護する派」と「日本人を優先する派」の対立として語られがちです。しかし私は、別の角度から見ています。

どこに線を引くかよりも、その線の外に出てしまった人を、最後に誰が受け止めるのかが問われている。

重い病気で働けず、母国に帰ることも現実には難しい人がいるとします。生活保護の対象外だとして、その人はどうなるのでしょうか。

  • 医療につながれず、病状が悪化する
  • 重症化して救急搬送されるなど、別の形で医療や社会の負担につながる可能性もある
  • 家族、友人、支援団体、地域のボランティアが、無理をして支える

人工透析は、やめれば命にかかわる治療です。「対象外」と言っても、問題が消えるわけではありません。形を変えて、医療現場や地域、本人の家族に押しつけられることになりかねません。

三浦裁判長の反対意見も、外国人の中には、帰国して国籍国の保護を受けることが難しい特別の事情を持つ人がいると指摘しています。「帰ればいい」では済まないケースがある、という問題提起です。

ここから先は、現在の制度の説明ではなく、私が考える制度設計の一案です。議論を二段に分けることを提案します。

① 通常の給付の線引き在留資格、滞在期間、保険料の納付実績などで、どこまでを対象にするか。これは国会で、財源も含めて冷静に議論する。
→
② 最後のセーフティーネット線の外に出た人にも、生命に関わる医療、最低限の住居、帰国が現実的でない場合の一時的な生活支援などに限った仕組みを、国の責任で用意する。生活費全般を給付する制度とは分けて考える。

※図は筆者の一案であり、現在の制度ではありません。

もちろん、対象者の認定、財源、在留資格との関係など、制度設計には難しい論点が残ります。「帰国が現実的でない」かどうかを、誰がどう判断するのかも大きな課題です。

なお、三浦裁判長の立場は、療養活動の外国人などには生活保護法上の権利そのものを認めるべきだ、というものです。私の案はそこまで踏み込んでいません。あくまで制度設計の選択肢の一つとしての、一市民の意見です。

5「誰が決めるのか」という論点

もう一つ見落としたくないのが、「誰が決めるのか」です。最高裁第2小法廷の4人の意見構成は、次のとおりです。

三浦 守(裁判長)
反対意見
岡村 和美
法廷意見
尾島 明
法廷意見
高須 順一
法廷意見+補足意見
上告棄却に賛成 3人反対 1人

出典:最高裁決定全文。主文は上告棄却で、三浦裁判官の反対意見と高須裁判官の補足意見が付いています。

3つの立場を整理します。

法廷意見

上告の理由が民事訴訟法の定める場合に当たらないとして棄却しただけで、憲法の問題には踏み込みませんでした。

三浦裁判長の反対意見

  • 憲法25条の生存権は、人間の生存と尊厳を基礎にしており、国籍によって左右されない。
  • 国民に限ることは、立法裁量の問題ではなく、すでに具体化された権利の主体から外国人を除く合理性の問題である。
  • 少なくとも、難民認定者、補完的保護対象者、療養活動の外国人を除く部分は、憲法25条と14条1項に違反して無効である。
  • 国会が法制度を定めず自治体の裁量に委ねていることは、国として外国人の生存と尊厳をおろそかにするものである。
  • 恩恵的な給付にとどめることは、外国人一般への差別や偏見を助長するおそれがある。

高須裁判官の補足意見

法廷意見に賛成する立場から、次の点を指摘しています。

  • 現に自治体は、昭和29年通知に基づいて一定の外国人に日本国民と同じ基準で生活保護を行っている。
  • 1981年の難民条約加入の際、国民年金法などの国籍要件は撤廃された。一方、生活保護法は通知に基づく保護が考慮され、改正の必要が生じなかった。
  • あり方を議論する際には、こうした事実と経緯を踏まえる必要がある。

つまり、結論を支持した側の裁判官からも、「この制度の歴史的な経緯を踏まえて、あり方を議論すべきだ」という問題提起が出ているのです。

裁判所と国会の役割をどう分けるかも、実は論点の一つです。三浦裁判長は、違憲の部分を無効と解して権利を認めることは、法律にない新たな権利を作ることではなく、国会の立法権を侵害するものでもない、と考えています。国会の責務を強調しつつ、裁判所が判断する余地も認める立場です。

どの立場が正しいかを、ここで決めるつもりはありません。ただ、「裁判所が正しい、間違っている」と言い合うだけでは何も変わらない、とは思います。裁判官の意見が分かれたという事実を、立法の議論や自治体の運用の見直しにつなげてこそ、この裁判に意味が生まれるはずです。

6これから日本で暮らす私たちへ

日本で暮らす外国人がいる以上、生活保護だけでなく、医療、介護、障害福祉、年金、子どもの教育など、同じ問いが次々に出てくるでしょう。

私が今回の裁判から感じた「穴」は、外国人に生活保護を出すかどうかという一点ではありません。既存の制度の対象から外れた人が、生命や尊厳に関わる状態になったとき、どの制度が、誰の責任で、どこまで支えるのかが、明確になっていないことです。

だからこそ、次のように考えてみてほしいのです。

  • 自分が海外で暮らし、病気で働けなくなったら、どんな支えがあってほしいか
  • 日本で暮らす隣人が重い病気になったとき、社会としてどう向き合いたいか
  • 限られた財源の中で、「ここまでは守る」という共通のラインをどこに引くか

正解は一つではありません。それでも、「外国人か日本人か」の二択ではなく、「どの条件で、どこまで、どう支えるのか」を具体的に話し合う段階に、日本社会は来ているのだと思います。

7読むときの注意

この記事は当初、決定原文が確認できない段階で複数の報道をもとに書き始めました。現在は、最高裁が公開した決定全文を確認したうえで、記述を修正しています。

素材の一つである東京新聞の記事は「社説」で、「外国人排除の非人道性」という明確な立場から書かれています。事実の報道ではなく、評価の文章です。反対の立場からの意見もありますので、両方に目を通して、ご自身で考えてみてください。

また、この記事の第4章の提案は筆者個人の意見であり、法律の専門家としての見解ではありません。

★参考記事・資料

※リンク先の情報は2026年10月4日時点のものです。

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